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城戸朱理のブログ

2009年07月12日

私の書斎〜書斎をめぐって、その2

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「現代詩手帖」2007年7月号の「城戸朱理特集」で、
野村喜和夫氏が、「城戸朱理と隣接諸ジャンル」と題して、
私の書斎の架空訪問記を寄せてくれているのだが、
このエッセイについて、ときどき質問を受けることがある。


野村さん自身が「もう長いつきあいになるのに、
私はまだ彼の住まいを訪れたことがない」と
語っているように、あくまでも架空の話であるだけに、
それだけに、どこまで事実なのか、
気になることもあるのだろう。


実際のところ、どうなのか、
野村さんのエッセイと現実との違いなどを実況してみよう。


まず、野村さんは、「案内された書斎はかなり広く、十畳はあろうか、
南側に面した窓からは、
鎌倉特有のもっこりした照葉樹の森がみえ」と舞台を設定しているが、
私の書斎は8畳のフローリングで、
窓から見えるのは、数軒の民家とたしかに鎌倉の森である。

しかし、野村さんが想像したような整頓された部屋ではなく、
実際は、足の踏み場がないというほどではないものの、
本と資料の間を縫う獣道のような
スペースが残されているだけである。


窓に面して、10代から30年以上愛用している
北欧製のデスクが置かれており、
椅子はイタリアのティト・アニョーリが
デザインした名作、リマの黒い革張りのものなのだが、
もう20年近く使っているので、
これは、だいぶ痛んでいる。


デスク左手の壁面を埋めるように4本の本棚と
デスクの後ろには、背中合わせになるように、
6本の本棚が置かれており、
壁面の本棚は、棚の奥行きがあるので、
2列に本が置かれているのだが、
計10本の本棚では、
私の蔵書の4分の1も収容することはできない。

勢い、本は、実家に置いてある分や
倉庫に置いてある分のほかに、
居間や寝室も浸食しつつある。


野村さんのエッセイとは違って、
決して、広々とした書斎ではないが、
それなりに整理と分類はされているといったところだろうか。


野村さんは、「雑然とした感じはあまりせず、
かといって、学者の書斎のような
鬱蒼とした書物の壁というふうでもなく」と描写しているが、
たしかに、学者の本棚とは、だいぶ違うものかも知れない。(つづく)
posted by 城戸朱理 at 09:30| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月11日

書斎をめぐって、その1

松浦寿輝さんのお宅にうかがって、
書斎を見せていただいたときのこと。


日当たりのいい2階の20畳ほどの広々とした書斎には、
小規模な図書館なみの蔵書が並んでいたのだが、
これが、いかにも松浦さんらしく、
関心がないものは、いっさい書架に並べないといった様子が見えて、
実に気持ちがよかった。

書架は、フランス文学関係の棚や、映画関係の棚など、
ジャンルごとに大別されているのだが、
たとえば、詩書はごくわずかしかないし、
「現代詩文庫」なども2、30冊が並んでいるだけである。
つまり、資料としてではなく、
自分が本当に好むものだけが
セレクトされて並んでいるといった風情なのだ。


これが、野村喜和夫さんの書斎となると、
デスク脇にフランス語の原書の棚があるものの、
壁面の本棚は、すべて、
詩集と詩の関係書だけで埋め尽くされているので、
松浦さんの本棚とは、だいぶ趣が違うのが面白い。

野村家では、フランス文学を始めとする
詩以外の本をすべて居間に置いてある。


松浦さんの書斎には、現代の小説も見当たらなかったが、
1階にも仕事場があるとおっしゃっていたので、
小説は、そちらにまとめて置いてあるのだろう。


また、デスクの後ろのいつでも手が届く書架に、
80年代に松浦さんが参加した同人誌「麒麟」が、
創刊準備号の0号から、
終巻の10号まで並んでいたのも印象深かった。


私も「麒麟」は発売されるたびに
神田の東京堂で求めたので、全冊を持っているが、
松浦さんにとって、「麒麟」は文学的出発であるとともに、
大切な思い出なのだろう。


私の書斎は、野村さんのように
詩書で埋め尽くされているといったものではないが、
それでも、必要に応じて求めたり、
送っていただいたりした
「現代詩文庫」だけでも150冊以上はある。


文筆業で生計を立てていると、
どうしても資料としての本も必要になるし、
資料も増える一方である。

いつかは、本当に自分が関心のある本だけを
すっきりと並べることができたら、
さぞ気持ちがいいだろうと夢想するのだが、
いつ実現できるか、こればかりは分からない。
posted by 城戸朱理 at 06:20| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月10日

鎌倉のカブトムシ

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気づいたら、大きなカブトムシが、
居間の床を歩いていた。

捕まえて、外に逃がしたのだが、
あまりに立派なカブトムシだったから、
子供だったら、飼いたくなったことだろう。
posted by 城戸朱理 at 10:18| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

なさそうであること、ありそうでないこと

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異能の詩人、藤富保男氏によると、
世の中には、「なさそうであること」と
「ありそうでないこと」があって、
後者こそが、詩なのだという。


たとえば、渋谷に行ったときに、
偶然、田中一郎さんという人に会うのが、
なさそうであること。

電車に乗ったときに、各車両にひとりずつ、
田中一郎さんという人が乗っているのが、
ありそうでないこと。

藤富さん一流の喩えだが、
思わず、笑ってから、唸ってしまった。


水曜日は青山のテレコムスタッフで、
Edge藤富保男篇の試写があったので、
早めに出て、神田の古書店街を回った。


昼食を取っていなかったので、
久しぶりに天麩羅いもやに入ったら、
声をかけられたのだが、
見れば、私の担当の「アサヒ芸能」加々見正史副編集長ではないか!

加々見さんは、鎌倉の大船在住だから、
大船の千里飯店や石狩亭でばったり会うのなら、
まだ、分かるが、神田神保町の
しかも、とんかつのいもやでもなく、
天丼のいもやでもなく、
天麩羅いもやで偶然にも、
著者と担当編集者がばったり会うというのは、
これは、「なさそうであること」だろうか、
それとも「ありそうでないこと」だろうか?


ともあれ、ふたりで天ぷら定食を食べながら、
今後の書評の打ち合わせができたのは、
一石二鳥というものだろう。


聞けば、加々見さん、担当の伴田良輔氏と
打ち合わせるために、よく神保町に来るらしい。


それにしても、いもやは変わらない。
海老、きす、イカにカボチャと春菊の天ぷら、
それに御飯としじみの味噌汁がつく天ぷら定食は、650円。
30年前に比べると、100円値上がりしただけである。
私は穴子を追加したが、
御飯は多すぎて半分しか食べられなかった。


5時半からは、テレコムスタッフで試写。
ディレクターはベテランの狩野善彦氏である。

Edge藤富保男篇は、「なさそうであること」になったが、
番組で語られているのは、
「ありそうでないこと」ばかり。

異色のドキュメンタリーになりそうだ。


試写が終わって、寺島高幸プロデューサーは、
所用で席を外し、私と狩野さん、
そして、清田素嗣プロデューサーは、
初めて入る青山ゑびす堂という店で、
飲みつつ、さらに打ち合わせである。


この店、ビルの3階の隠れ家のような店なのだが、
若い勤め人で賑わっている。
なるほど、料理が凝っているわりには、値段は手頃である。


私たちが頼んだのは、刺身の盛り合わせ、
タラモサラダ、水茄子など生野菜の盛り合わせに
イベリコ豚のソテー、そして焼きそば風のスパゲテッィだが、
刺身の盛り合わせの炙り締め鯖は、
写真のように店員が目の前でバーナーで、
締め鯖を炙ってくれる。

ちなみに炙り締め鯖は、辛子とポン酢で、
いさきは梅肉で、すずきの昆布締めは塩で、
そして生うにだけはわさび醤油でと、
風味が聞き分けられるように
配慮されているあたりも面白い。

ビールのあとは、青竹の酒器で冷酒を酌んだのだが、
顔ぶれが顔ぶれだけに、何度となくおかわりし、
日本酒をたくさん召し上がったのでと、
店からサービスの品まで出たが、
ちょっと飲みすぎだったかも知れない。
まあ、毎度のことではあるのだが。


打ち合わせは、EdgeのDVD化から始まって、
次の山岳信仰のドキュメンタリーのことなど、
課題があれこれとありすぎ、とても1日では詰められない。

日を改めて、また打ち合わせをする必要があるだろう。


仕事以外では、自分探しのために
パリに旅行に行った狩野さんの話が最高だった。
「世界の車窓から」を立ち上げた狩野さんは、
パリで「自分」が見つかったのだろうか?


この顔ぶれだと、もう一軒となるのがふつうだが、
私が疲れた様子なのを察した清田さんの勧めで、
青山からタクシーで帰宅することに。


鎌倉に着いたのは、0時ごろだった。
posted by 城戸朱理 at 13:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年の鎌倉花火大会の団扇

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鎌倉花火大会を前に鎌倉商工会議所から売り出される
四国丸亀製の団扇は鎌倉の夏の風物詩のひとつだが、
今年は、団扇絵を、このブログでもおなじみの
瓜南直子(かなん・なおこ)氏が画いている。

瓜南さんといえば、昨年、私が注文して、
絵を画いてもらった日本画家だが、
例年ならば、花の絵ばかりの団扇が、
今年は、瓜南直子氏ならではの
朝顔に人物を配したものになっている。

今年の夏は、この団扇で涼を取ろう。
posted by 城戸朱理 at 11:58| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月08日

ヘッドハンティング?

彼女が得意そうにしている。

だいたい、いつも根拠もなく得意気ではあるのだが、
どうやら、何かいいことがあったらしい。

いったい、どうしたのだろう?


「ヘッドハンティングされたんだよ!」!!!


それは凄い。

彼女はパンクだが、英語が堪能で、英会話も達者なら、
TOEICの点数もハーヴァード大学の
合格水準を超えている。


ひょっとして、外資系からヘッドハンティングされたのだろうか?


ほかに彼女が持っている資格といえば、
一定規模以上の工場がある会社ならば、
必要とされる安全衛生管理者があるし、
書道は3段、アロマテラピー検定1級で、
アドバイザーの資格は取ったらしいが、
これらはヘッドハンティングの条件にはなりそうもない。


ひょっとして、以前、外国専門の旅行代理店にいたことがあるので、
旅行代理店からの引き抜きだろうか?


「違うよ。
オオクニさんのバンドで、
ベースを弾いてほしいって頼まれたんだよ!」
・・・


オオクニさんのバンドのマトリックスといえば、
還暦近い猛者が、おもに1970年代の
クラシック・ロックをコピーしているバンドではないか。

パンクとは無縁だと思っていたのだが。


「そ。
だから、白のブラウスと紺のタイトスカートを着て、
黒縁メガネのOLみたいな格好で
ベースを弾こうと思うんだけど、どうかな?」
・・・


演奏はうまいが、Tシャツにビーチサンダルと
ゆる〜いスタイルのおじさま方に混じって、
OLみたいなのが、ベースを弾いていたら・・・
かなりヘンである。


しかし、本人はすっかり、その気になっているし、
OLみたいな格好ならば、
いつものように、ふだんは着れない
お尻が出そうなワンピとかを
またまた買い込む心配だけはないので、
気にしないことにした。
posted by 城戸朱理 at 09:13| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

江ノ島でライヴ?

彼女がブルマのように見える
バルーンスカートを着ているではないか。

お尻のあたりが、もっこりするので、
「蜂ちゃんスカート」と彼女が呼んでいるヤツなのだが、
どこに行こうとしているんだろう?


「今日は江ノ島でライヴがあるんだよ!」


また、ウェンディといっしょにライヴに行こうとしているらしい。


「違うんだよ。今日は柳美里さんといっしょに行くんだよ」!!!

「村上さんもいっしょだよ」
!!!


なんと、柳さんとそのパートナーの珍念さんこと村上さんと
いっしょにライヴに行く約束をしていたらしい。


出演するのはクロマニョンズとドラゴンアッシュ。

凄い顔ぶれである。
柳さんと村上さんはクロマニョンズのファンだし、
彼女はドラゴンアッシュがブレイクする前、
下北沢で毎月、ライヴをやっていたころ、
まだ観客が5人しかいなかったときの常連で、
ライヴのあと、メンバーと飲みに行ったこともあるという
コアなファンだから、
クロマニョンズとドラゴンアッシュならば、
3人で出かけようというのも納得である。


かくして、彼女は元気に出かけていったのだが、
この怒涛のライヴの様子は、
柳さんのブログ「柳美里の今日のできごと」7月5日に
すでにアップされているので、
そちらを参照していただきたい。


私は鶴岡八幡宮の鎌倉大骨董祭に出かけ、
いったん帰宅したのだが、
柳さんたちが8時ごろ鎌倉に戻ってくるというので、
合流して、夕食を御一緒することにした。


立ちっぱなしで騒ぎまくっていた3人ならば、
ずっしりした料理がいいだろうと、
御成通りのフレンチ、ル・ポアン・ウェストに
私が先に入り、席を確保する。


オーダーを任せられたので、
鶏レバーのムースと鴨のハツのソテー、
エスカルゴのパイ包みブルゴーニュ風、
フレッシュ・フォアグラのソテー、
さらに牛舌の煮込み、トマトソースと
重めのコースを頼み、楽しく食事をしたのだが、
私より25歳年下で、今、25歳という村上さんの
波乱万丈というか、激動の人生には、
絶句したり、笑ったり、感心したりと、
楽しい時間だった。


柳さん、村上さんと別れて、タクシーで帰宅。


ライヴ中、拳を振り上げ、
ずっと飛び跳ねていた彼女は、
翌日から、筋肉痛で唸っていたが、
これは、自業自得というものだろう。
posted by 城戸朱理 at 09:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

しゅんわりするもの?

土曜日は二日酔いながら、
無事に大学の講義を終えたのだが、
授業が終わったら、もう使いものにならない状態だった。


彼女からメールが来て、
夜は「しゅんわり」しながら、
カウチポテトしようという提案があったので、
それに乗ることに。


ちなみに、彼女が言う「しゅんわり」とは、
スパークリングワインのこと。

彼女はシャンパンを始めとする発泡性のワインが好きなので、
よくスパークリングワインを買うのだが、
中世の修道士ドン・ペリニヨンが、
偶然に作ってしまってから、
そのあまりの美味しさに
醸造されるようになったスパークリングワインは、
フランスのシャンパーニュ地方で
作られるもののみをシャンパンと呼び、
イタリアだとスプマンテ、
スペインならばカヴァと呼ぶ。


わが家にはシャンパンは
クリュッグのロゼが1本あったはずだが、
ドン・ペリニヨンよりも貴重なシャンパンを、
カウチポテトで開けるわけにはいかないので、
カヴァを1本、買って帰ることにした。

あとは、彼女からリクエストがあった海苔巻き各種と
ケンタッキー・フライド・チキン、
それに、柳美里さんからいただいた
新潟は加島屋の帆立の貝柱の旨煮を並べて、
ポテトチップはないもののカウチポテトを決め込む。


映画は「007 慰めの報酬」である。

物語は、前作「カジノロワイアル」の4時間後から始まる。

のっけから、壮絶なカーチェイスで幕を開け、
ジェームズ・ポンドの愛車、
アーストン・マーティンDTSがボロボロに。

日本での販売価格が3千万円を超えるクルマが、
ボロボロになっても、平然としているあたりは、さすが、007。

なみの国家公務員ではない(?)。


それにしても、新ポンドのダニエル・クレイグは、
相変わらずカッコいい。

ショーン・コネリーとは違う007像を
初めて作ることに成功した役者だろうな。


彼女は007の刺激が強すぎたらしく、
映画が終わると、すぐに
ラッコのようなポーズで寝てしまったが、
私は3時ごろまで本を読んでいた。
posted by 城戸朱理 at 09:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月06日

かまくら春秋創刊40周年パーティーへ

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金曜日は、地元の出版社、かまくら春秋社の
文芸タウン誌「かまくら春秋」創刊40周年を祝う
パーティーがあった。

会場は鎌倉プリンスホテルのバンケットルーム。


さすがに40年という重みを反映して、
発起人でもある石原慎太郎東京都知事を始めとして、
金屏風の前には、生花がずらりと並び、
結婚式か何かのように華やかである。


パーティーは、鎌倉在住の直木賞作家の長老、永井路子さん、
芥川賞作家の長老、三木卓さんのスピーチで始まり、
その後も政財界の要人が挨拶に立ったため、
かまくら春秋社の伊藤玄次郎代表の挨拶が終わったときには、
パーティー開始から1時間15分が過ぎていた。

さすがに脚に来たが、歴代の「かまくら春秋」誌の表紙や、
折々のスナップを紹介するスライド上映があり、
堀口大學や小林秀雄、田村隆一に山崎方代など、
往年の鎌倉文士の姿を見ることができたのは、
なかなかに楽しかった。


会場には日本画家の小泉淳作さん、歌人の尾崎左永子さん、
作家の斉藤栄さんを始めとして、
諸先生方の顔が見える。

私は藤沢周氏や日本画家の瓜南直子さんと
料理を物色しては、スコッチの水割りを飲んでいた。


パーティー終了後は、藤沢さん、瓜南さんらと
タクシーで小町のバー、マイクスへ。

さらにロックがガンガンかかっている
スタンド・バー、ラムに席を移し、
カクテルを飲み続けたものだから、
翌日は二日酔いで、女子美術大学の講義に
行くはめになってしまった。
posted by 城戸朱理 at 10:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鶴岡八幡宮の鎌倉大骨董祭にて

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今年も鶴岡八幡宮境内で
鎌倉大骨董祭が開催される季節がやって来た。

毎年、7月と8月に2回、開かれる鎌倉大骨董祭が来ると、
いよいよ夏になった気分になる。


顔なじみの骨董屋さんも出店していたので、
何人かと話しこんだのだが、
やはり、リーマン・ショック以降、
骨董も売れなくなって、
ぜんたいに値下がり傾向にあるのだとか。


今回、私が求めたのは、使い込まれたヨーロッパの白磁皿3枚。

いずれも、口径18センチ前後の中皿である。


面白いことに、染みが出て、
いちばん古く見える染め付けの皿(写真左奥)が、
いちばん、新しい。

もっとも古いのは、写真右奥のオランダの白磁皿で、
これは、1880年代、19世紀のもの。
白磁釉も分厚く、手取りも重く、
東洋では見かけないタイプの磁器である。

写真手前の風合いが柔らかい白磁皿は、
1920〜30代のベルギーはミニー窯のもの。

そして、染め付けは、オランダのマーストリヒト窯の軟磁器で、
1950〜60代のものである。


江戸時代から、オランダのデルフト窯の焼き物は、
紅毛手と呼ばれて茶人に珍重され、
尾形乾山も写し物を焼いているが、
17〜18世紀のデルフトとなると、
市場では品も少ないし、
ふだん遣いできるような値段ではない。


私などの場合、骨董にのめり込んでいるうちに、
一時期は、日本の焼き物にしか目がいかなくなっていたが、
日本人の食生活は、今や、世界でも、もっとも多様で、
私自身、和洋中エスニックと、何でも料理する。

しかし、そうなると和食器だけでは料理が映えない。


勢い、適当なものを探すようになったのだが、
19世紀から20前半のヨーロッパの食器ならば、
ふだん遣いできるものが、いまだにあり、
そうしたなかから、使い込まれたものを選ぶようになった。


面白いことに、ヨーロッパで評価されるのは、
精緻な絵付けがされた上作だけだが、
日本人は、こんなところまで、
茶の湯の美意識を反映して、
使い込まれた味っぽいものを好む傾向があるらしい。


とくにオランダのマーストリヒト窯の白磁は、
象牙色を帯びた柔らかい肌が好ましく、
肉料理や魚料理を盛る口径24センチの平皿6枚組み、
スープやパスタに使える白磁深皿8枚組みを
オランダの業者から求め、常用しているのだが、
今回、求めた皿は、やや小振りなので、
取り皿として使おうと思っている。
posted by 城戸朱理 at 10:20| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする