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城戸朱理のブログ

2017年06月28日

「田野倉康一×広瀬大志 80s⇔2010s」イベント、「現代詩手帖」に

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昨年の10月29日に、田野倉康一・広瀬大志両君の「現代詩文庫」刊行を記念して開催されたイベント「田野倉康一×広瀬大志 80s⇔2010s」でのトークと、このイベントをきっかけに始まった連詩の一部が「現代詩手帖」7月号に掲載されている。


レビューは、中家菜津子さんが書いて下さった。


イベント後の打ち上げの席で、高貝弘也、暁方ミセイ両氏が「静岡連詩」に参加することになっていたものだから、連詩の話になり、田野倉康一くんが「いいなあ。連詩、やったことがないんだ」と言うものだから、さっそく4人で、メールをやり取りして、連詩を始めることになったのだが、これまで完成した連詩は、10篇。

今回、掲載されたのは最初の2篇で、「航海」は、イベント・トークで各自が語った原風景を織り込むのが条件、2篇目の「書物」は、忘年会のときに各自が持参した「思い出の古本」の書名を織り込んで書かれたものである。


6月4日(日)に、思潮社の遠藤みどりさんが鎌倉まで、打ち合わせに来てくれたとき、全10篇をプリントアウトして渡し、選択を遠藤さんにお任せしたのだが、残りの8篇は未発表のまま、来月から連詩を再開することになっている。


吉増剛造さんから、トークについて「若いころのことをあんなに楽しく語るなんて、本当に素敵でした。ああいう呼吸を出していかなくてはと思った」という感想を、お電話でいただいた。

中家菜津子さんも、レビューで「空気や重さを持つもののエネルギーの交歓は、時を経ても眩耀としてSNS時代とは違う魅力に満ちている」と感想を語られているが、たしかに、1980年代と今日を比較すると、その変化の激しさは、目眩がするほどだ。
posted by 城戸朱理 at 14:01| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

なんたる掘り出し物!



先月から本と書類の整理と片付けを続けている。

5月は2回に分けて、ダンボールで計5箱を古本屋に送り出し、書類はダンボール3箱分ていどを処分したのではないだろうか。

書類の日付を確認すると、古いものが2014年。

つまり、2014年から、3年以上、ろくに整理が出来ていなかったことになる。

たしかに、2014〜15年は忙しすぎたし、その余波で、2016年は、脱力しているうちに終わってしまった。

適度に忙しいと、生活にも張りがあるが、忙しすぎるのは考えものである。


だが、整理が進むほど、片付けはしやすくなるもので、ようやく、どこに何があるかを把握できるようになったから、真夏になる前には落ち着くだろう。


本と書類だけではなく、目につくものは適宜、片付けていたのだが、クローゼットを整理していたら、買ったことを忘れていた洋服まで出てきた。

秋冬用のブリオーニのミッドナイト・ブルーのジャケットである。

本と酒以外には、めったにお金を使わない私としては、年に何度あるかという安くない買い物だったのに、タグも取らないまま忘れていたのだから情けない。


さらに旅行用のバッグやトランクをメンテナンスしようとしたら、今度は、買ったのを忘れていたバッグが出てきた。

バンビことパンクな彼女に、サプライズのクリスマス・プレゼントとしてあげようと購入したPRADAのバッグである。

クリスマスまで隠しておこうと思って、ボストンバックに入れておいたのだが、それを完全に忘れてしまい、今ごろになって、自分が驚いているのだから、自分のためのサプライズになってしまったではないか。

呆然としていたら、バンビが覗きに来た。


「このPRADAは何かな?
バンビくんのかな?」

何であれ、新しい包みを見つけると、自分のものか、そうではないのかを確認してみるのが、バンビの特徴である。

そこで、事情を説明したら――

「やったね!
今まで持っていなかった小さめのバッグだよ!
ころっと丸くて可愛いんじゃない!」


喜んで、さっそく翌日から使い始めたので、結果としては、サプライズにはなったのだが、釈然としない。

去年は、ブログには書けないようなトラブル続きだったせいもあるが、「忙しい」という言葉を改めて噛みしめることになった。

心が亡ぶと書いて「忙しい」。

心、ここにあらずという状態なわけだから、やはり、決していいことではない。
posted by 城戸朱理 at 21:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

笠井叡、降臨!



笠井瑞丈「花粉革命」公演のあと、笠井叡さんから富岡幸一郎さんとの面談のセッティングを頼まれたので、バンビことパンクな彼女が、電話やメールでやり取りしながらスケジュールを調整し、なんと笠井さんが鎌倉まで来て下さることになった。


6月15日(木)のことである。

伝説的な舞踏家の笠井叡さんだけに、富岡さんも緊張されていたが、午後4時に鎌倉駅で笠井さんと久子夫人をお迎えし、富岡孝子夫人の運転で、まずは鎌倉文学館へ。

夏目漱石展を見てから、館長室でしばし歓談し、それからクルベル・キャンに席を移した。


ワインで乾杯し、食事をしながら、会話が弾んだが、会話というよりは、観客がいないシンポジウムかトークのようで、富岡さんのカール・バルトをめぐる著作『使徒的人間』を入口に、福音の意味や黙示録の解釈、さらにはニーチェ的なアンチ・キリストではなく、ヘリオガルバス的アンチ・キリストをめぐって、会話は白熱した。

デカダンの限りを尽くしたローマの少年皇帝、ヘリオガルバスについては、アントナン・アルトーの傑作、『ヘリオガルバスまたは戴冠せるアナーキスト』があるが、14歳でローマ帝国の皇帝に即位し、18歳で親衛隊に惨殺されたヘリオガルバスを、アンチ・キリストのもうひとつの潮流の先駆的存在に据える笠井さんの思考は、その天使的な舞踏の濃い影に潜むものを示唆するものなのだろうか。

これだけの会話が酒席で交わされ、消えていくのだから、贅沢極まりない。


いささか興奮し、孝子夫人が笠井夫妻を鎌倉駅前までお送りしてから、バー・ザ・ティップルに席を移し、富岡夫妻と、飲み足す。

私は、久しぶりに英国王室用のウィスキー、ロイヤルハウスホールドを頼んだ。


前日は、嶋岡晨篇『詩国八十八ヵ所巡り』の書評を書き上げて、「洪水」編集部に送り、この日は、午後1時半から御成町法律事務所の二見宏史先生と打ち合わせと、あわただしいスケジュールだったが、笠井さんとお話していると、意識が数千年を旅するかのようで、気分が異様に高揚する。


翌朝は、6時に起床、シャワーを浴びてから、フェリス女学院大学の講義に出かけた。
posted by 城戸朱理 at 15:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

夏の茄子かやき

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茄子かやきは、秋田の郷土料理で、「かやき」は「貝焼き」と書く。

本来は、帆立の貝殻を鍋がわりに使った名残りなのだとか。


鍋料理だけに、調理はごく簡単で、小鍋に鮭缶を開け、昆布出汁を適量加えて、酒・醤油で調味し、皮を剥いた茄子を煮るだけ。


この料理を私が初めて知ったのは、20年ほど前で、新聞か何かの投書だった。

そのときは、秋田にそんな郷土料理があるのかと思っただけだったが、『池波正太郎 梅安料理ごのみ』でも紹介されていたので、試してみることに。

なにせ、池波正太郎がらみの料理となると、酒に合うものばかり、やってみない手はない。

私としては、シンプルな焼き茄子のほうが好みだが、ときには小鍋立ての茄子かやきも気分が変わって悪くない。

とりわけ、夏に熱々の鍋で晩酌するのが気に入った。


もともとは鮭缶ではなく、塩鮭を使う料理だったそうだが、普通に流通している鮭缶は、鮭缶と言っても中身は樺太鱒だから、やや高価だが、紅鮭の缶詰めを使ったほうがいい。

コストコだと、カナダ産の天然紅鮭の缶詰めが安いので、わが家ではまとめ買いするようにしている。
posted by 城戸朱理 at 18:51| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

バンビ、怒りの鉄拳???

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居間から奇声が聞こえてきた。

「あちゃ! あちゃ!」

バンビことパンクな彼女である。

「あちゃ! バシッ!
あちゃ! ビシッ!」

今度は効果音まで入っている。

「あちゃーーっ!!!」


覗いてみたら、バンビがペコちゃんのように舌を出して、ブルース・リーの真似をしていた。


完全に私の失策である。

バンビがブルース・リーの映画を見たことがないというので、Amazon Videoで「燃えよドラゴン」を見せたのが、運の尽き。

ブルース・リーのカンフーに興奮したバンビは、ほかの出演作を次々に購入し、毎日、ブルース・リー映画を見ては真似するようになってしまったのである――


「スターウォーズ/ローグ・ワン」を見たあとは「ジェダイ騎士 バンビ・ケノービ」になってしまったし、
「たそがれ清兵衛」を始めとする時代劇にハマったときは、「子供剣士・鹿千代」になってしまったが、今度は――


「ブルース・リーの中国名は李小龍だからね、
李小鹿でバンビ・リー、
李狂小鹿でマッド・バンビ・リー!!!」
・・・

「あちょぉーーっ!」
・・・・・・


毎日、奇声に悩まされることになってしまった。

そればかりではない。

「あちゃ! あちゃ!
あっ!」
???

「腕がつったよ!」
!!!

「痛いよ〜、痛いよ〜」
・・・・・・

無茶をするからである。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 20:38| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

変わらないことの凄さ



かつて、オーソン・ウェルズは、好きな映画監督を3人あげてくれという質問に対して、次のように答えたという。


「ジョン・フォード、ジョン・フォード、ジョン・フォード」


私はオーソン・ウェルズも、ジョン・フォードも好きなので、この答えには痺れたが、奇妙なことを連想した。

それは、白洲次郎の英国留学以来の親友、ロビンのことである。

彼は、後に七世ストラッフォード伯爵になるのだが、いつも同じ服を着ていたことを白洲正子さんが書いている。

同じと言っても着替えなかったわけではない。

ロンドンのサヴィル・ロウのテーラーで、同じ生地、同じ型で一週間分のスーツを仕立てていたのだという。

「ジョン・フォード」と繰り返すように、毎日、同じスタイルだったことになるが、おそらくは、白洲次郎も顧客だったヘンリー・プールで仕立てたスーツではないだろうか。

同じスーツ、同じシャツとネクタイを揃え、いつも同じ格好をしていたというのだから、それが英国貴族流なのかと驚いたことがあった。

着回しなどという庶民的な発想とは無縁のあたりが、やはり貴族的だが、ロンドンではラウンジ・スーツはベーシックでも、シャツは派手なストライプが好まれる傾向がある。

サヴィル・ロウ仕立てのスーツなら、シャツはジャーミン・ストリートのターンブル&アッサーを合わせたのだろうが、七世ストラッフォード伯爵は、どんなシャツとネクタイを選んでいたのだろうか。


オーソン・ウェルズとジョン・フォードから話が飛んでしまったが、ストラッフォード伯爵のスタイルには、変わらないことの凄みを感じたし、「保守」とは、そういう姿勢なのだと思う。
posted by 城戸朱理 at 18:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也・城戸朱理による連詩



毎回、テーマを決めて、4人で展開してきた連詩は、「萩原朔太郎」をテーマとする10篇目が完成したところで、小休止。

全10篇をプリントアウトしたものを全員に送り、各自、校正中だが、そのうちの2篇が「現代詩手帖」7月号に掲載される予定である。


この連詩は、4人で一連を書き、四連で構成されるものが多いが、2人で一連、あるいは1人で一連を担当したものもあり、毎回、交替でテーマを出題するので、脳髄に他者が入り込んでくるような刺激がある。


全員が顔合わせをして再開する予定だが、年内に、あと10篇の完成を目指したい。
posted by 城戸朱理 at 09:27| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都風の玉子サンドを作ってみたら

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京都は、朝食はパンという人が90%を超えるほどパン好きで洋食好き。

その京都ならではのサンドイッチが、分厚いオムレツをはさんだ玉子サンドだ。


もともとは惜しまれつつ閉店した洋食屋コロナの人気メニューだったが、コロナのレシピを受け継いだ喫茶マドラグ、姉妹店の喫茶ガボールでも、さらには祇園の切通し進々堂でも人気メニューになっているし、創業70年のパン屋、志津屋の「ふんわりオムレツサンド」のように、パン屋にもある。


日曜日のこと、ふと思い立って、京都風の玉子サンドを作ってみることにした。

まずは、玉子4個でオムレツを作る。

ふんわりと仕上げるためにマヨネーズを加え、京都風だから牛乳ではなく出汁で伸ばしてみた。


パンにバターとマヨネーズ、さらにマスタードを塗っていたら、バンビことパンクな彼女が、キッチンにやってきた。


「それは何かな!?」

オムレツだよ。

「どうやったら、そんなに分厚くて、ふわふわのオムレツが出来るのかな!?」

バンビは、それが京都風玉子サンドになると知って、目を丸くしている。


玉子サンドが出来たので、フルーツにアルファルファのサラダ、そしてフライドチキンを並べて、昼食。


「んふ!
とっても美味しいね!
お弁当に持っていくから作ってあげて!」

今回は、初めてだったから、やや焼きすぎたが、次はもっと上手に作れるだろう。

玉子サンドだけだとさびしいから、ハンバーグサンドにサラダも付けようかと考えていたら――

「今日の夜は、どんな美味しいものを作ってもらえるのかな?」
・・・・・・


なんと、バンビは夕飯まで、私に作ってもらおうとしているではないか!

パンクなだけに油断大敵、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 08:09| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月14日

メイド・イン・オキュパイド・ジャパン

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第二次世界大戦後、1945年から1952年まで、日本はアメリカの占領下にあったわけだが、1947年から52年までの5年間、日本からの輸出品には「Made in Occupied Japan」(占領下の日本製)と入れることが義務付けられていた。

ほとんどがアメリカ向けの輸出品だったが、この「オキュパイド・ジャパン」ものは、製造期間が5年間だけだったこともあって、アメリカではコレクティブ・アイテムとなっており、日本でもコレクターが少なくない。


私が、このオキュパイド・ジャパンの存在を知ったのは、1980年代のことで、下北沢や西荻窪あたりのアンティークショップでは、よく見かけたものだった。


私はコレクターではないので、オキュパイド・ジャパンものを集めようとは思わなかったが、当時、買ったものが、いくつかが手元にある。


最初のカップは、西荻窪のアンティークショップで3客あったものを求め、後に骨董市で見つけて、6客組みにしたもの。

デミタスカップのサイズで、ぐい呑みにも使えるが、本来の用途は分からない。

エッグスタンドかと思ったのだが、玉子を入れると安定しないので、やはりカップなのだろう。

絵付けは雑で手早く、戦後の混乱期を偲ばせる。


次の6枚組みの皿のほうは、精巧な出来で、ケーキ皿に適寸。

やはり、西荻窪で求めたものだが、これはバンビことパンクな彼女のお気に入りである。


最後の直径30cm近い大皿は、阿佐ヶ谷のアンティークショップで山積みになっていたもの。

銅版転写による印判手だが、ムラがあり、一枚ずつ確認して、発色のいいものを2枚選んだのを思い出す。

2羽の鳥と柳を配したパターンは、中国の悲恋物語に由来するもので、「ブルー・ウィロー」と呼ばれる。

18世紀なかばにイギリスで生まれ、19世紀の西欧におけるシノアズリーの流行によって、世界に広まった。

イラストレーターの安西水丸さんは、「ブルー・ウィロー」のコレクターとしても有名だったが、コレクターも少なくない。

今でも、食器の定番としてイギリスのバーレイ社などが製造しているが、たしかに魅力的な図柄だし、料理の和洋を問わないところがいい。

仕切りがあるので、朝食用のプレートとして、しばらく愛用したものだった。


日本が貧しかった時代に作られたオキュパイド・ジャパンものは、一生懸命、西洋的なものを作ろうとしているところがあって、切なくも、いとおしい。


ただ、わが家では、もう使うことがないので、気に入ってくれる友人がいたら、プレゼントしようと思っている。
posted by 城戸朱理 at 11:26| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月13日

手巻き寿司の翌日は

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手巻き寿司のために刺身をサクで買うと、どうしても余ってしまうので、バンビことパンクな彼女が残った尾長鯛を翌日のために、昆布締めにしてくれた。


そして、翌日。

私は一年中、豆腐ばかり食べているが、この時季は、トウモロコシか枝豆、それに水茄子があれば、何もいらない。

トウモロコシと水茄子で晩酌を始めたら、バンビがイクラとイチジクを出してくれた。

イチジクには蜂蜜を加えたマスカルポーネチーズが添えられていたが、これは白ワインと相性がよさそうだ。

そして、次にバンビが用意したのが、お造りである。


「初段宮ざわですよ〜」
!!!

京都の「ごだん宮ざわ」の真似をして、工夫してみたらしい。

ちなみに「ごだん宮ざわ」の「ごだん」は漢字で書くと「後段」で、茶事のあとの気楽な宴会の指すが、バンビは「後段」を武道の「五段」にかけて「初段」にしたわけである。


甘海老にはオレンジを添え、柳美里さんからもらった鉢植えの山椒の葉を散らし、尾長鯛の昆布締めで生ウニを巻いて、ネギが散らしてある。

それに根ワサビと、出汁で割った土佐醤油。

たしかに、「ごだん宮ざわ」風である。


「宮澤さんに比べたら、初段じゃなくて、八級くらいかな」とバンビ。


本職の料理と家庭料理を比較すべきではないが、冷酒が進むお造りだった。
posted by 城戸朱理 at 15:19| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする