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城戸朱理のブログ

2018年05月22日

ブログ更新お休みのお知らせ



このブログに、いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。


そろそろ止めようかと思ったこともあったのですが、多いときだとPVが8000を超える日もあり、力を得て、更新を続けることが出来ました。


まだ、当分は続けるつもりですが、仕事に専念するため、しばらく更新をお休みさせていただきます。


次の更新は6月1日を予定しておりますので、再開のおりには、お付き合い下さいますよう、お願い申し上げます。
posted by 城戸朱理 at 19:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アレン・ギンズバーグをめぐって

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ワタリウム美術館の和多利恵津子館長から電話があった。


故・和多利志津子前館長は、アレン・ギンズバーグと親交があり、ギンズバーグがワタリウム美術館でリーディングをした映像も残されている。

さらに1988年1月30日に、ニューヨークのギンズバーグの自宅で、志津子さんが試みた10時間に及ぶギンズバーグへのインタビューの全原稿が、現在、開催中の「理由なき反抗」展(4月7日〜7月29日)に合わせて冊子化されたというではないか。

それが『アレン・ギンズバーグと和多利志津子の会話とインタビュー 1988年1月30日、ニューヨーク』なのだが、これは日本側が起こした原稿にギンズバーグが手を入れ、自らワタリウム美術館まで持参したもので、「インタビュー」とタイプされたところを手書きで「会話」と直したのはギンズバーグ自身であるという。


ワタリウム美術館からは、ギンズバーグのサイン入りのリトグラフを贈られたことがあるが、それも志津子館長とギンズバーグの交友の賜物なのだろう。



なぜか、バンビことパンクな彼女は、恵津子さんと仲がいい。

一緒に瀬戸内まで美術展巡りの旅をしたり、お正月に恵津子さんが鎌倉に遊びにきたこともあったっけ。


何かやりましょうと恵津子さんが言っていたそうだから、ワタリウム美術館で、アレン・ギンズバーグにちなむイベントを開催することになるかも知れない。

ヤリタミサコさんや遠藤朋之先生に相談してみなくは。


詳細は決まり次第、このブログでお伝えする予定である。
posted by 城戸朱理 at 08:05| イベント告知など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

ジム・ジャームッシュ「 パターソン」レビュー、その2



 それにしても、なんという静けさに満ちた映画だろうか。ニューヨークのミッドタウンならば、街の喧騒は深夜でも変わることはないが、人口十六万の地方都市、パターソンは、バーまで喧騒と無縁である。

 映像もまた、静かだ。ここで私が言う静かとは過剰なものがないということであり、全編を通して、パンとズームは、それぞれ一回ずつしか使われていない。それだけに印象深いものになっているのだが、どの場面かは、見てもらったほうがいいだろう。
 また、毎日、描かれるのが同じ時間帯の同じ場所であることも、この作品を特徴づけている。朝の室内の光。バスの車窓から見える朝の街。昼のパセイック川とグレート・フォールズ。夜の室内、そして、バー。

 その光の変容が、パターソンの一日を彩る。

 妻のローラも不思議な女性だ。家中をペイントして飾りたてているが、つねに白と黒のモノトーンで、着る服もモノトーン、通販で買ったギターも、カップケーキを焼いても、モノトーンなのだから。

 また、監督の指示通り演技しているとしか思えない愛犬マーヴィンが素晴らしい。カンヌ映画祭でパルム・ドッグを受賞したそうだが、演技するブルドッグを見たら、賞を新設しなくなる気持ちも分かる。そして、この犬が曲者なのだ。

 ローラは、パターソンを詩人として高く評価し、その詩を愛している。ところが、パターソンはノートに書くだけで、発表しようとはしないし、控えもない。ローラはノートのコピーを取るように何度も訴え、パターソンも、ようやく週末にコピーを取ることを約束する。ところが――

 土曜日に、ローラは市場にカップケーキを売りに行くが、これが好評で、二百八十六ドルの売り上げになる。それを祝って、ふたりは、古いホラー映画を見に行くのだが、帰宅してみたら、パターソンの詩のノートが粉々になって床に散乱しているではないか。

 犯人は、マーヴィンである。いつもなら地下の書斎に置いておくノートを、パターソンがソファーに置き忘れ、マーヴィンの遊び道具にされてしまったのだ。

 翌日、失意のパターソンは、散歩に出かけ、パセイック川のほとりのベンチに座っていると、日本人に声をかけられる。この日本の詩人を演じるのが、「ミステリー・トレイン」以来、二十七年ぶりのジャームッシュ作品出演となる永瀬正敏。

 日本人は、パターソンに尋ねる。「偉大な詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズをご存知ですか」と。

 このシーンでのふたりの会話は、実に興味深い。ウィリアムズのみならず、ギンズバーグ、そして、フランク・オハラといった詩人たちのことが話題になる。ちなみに、この映画の作中の詩は、オハラと同じくニューヨーク派の詩人、ロン・パジェットによるもの。
(ロン・パジェットを、この映画に推薦したのは、ジャームッシュと親交がある作家、ポール・オースターだという)

「パターソンの詩人ですか」という日本人の問いに、パターソンは「バスの運転手です。ただの運転手」と答え、自分が詩を書いていることを伏せるが、永瀬正敏演じる日本の詩人は、会話からパターソンが詩人であることに気づき、一冊のノートをプレゼントする。
「白紙のページに可能性が広がることもある」と言って。   

 パターソンのノートは愛犬によって、ボロボロになり、彼の詩は失われた。そして、パターソンは、少女の「詩を書いているの」という問いにも、日本の詩人の「あなたもパターソンの詩人ですか」という問いにも、否定の答えしか返さない。エミリー・ディキンソンがそうであったように、発表することなく、ひそかにノートに詩を書き続けるが、決して詩人とは名乗らず、そして、その詩は失われてしまう。

 それは、たんにシナリオ上の物語なのではなく、言葉にしがたいことまでも言葉にしようとする詩人という存在のメタファーなのではないだろうか。

 また、パターソン市のバス運転手にして詩人、パターソンという構造も重要だと思う。

 ウィリアムズの全四巻から成る長篇詩『パターソン』は、都市パターソンを舞台に、都市自体を擬人化して語る作品だが、この映画も、その構造を受け継いでおり、その意味では、ウィリアムズへのオマージュである以上に、長篇詩『パターソン』の映画化という要素を持っている。

 このジャームッシュの新作を見た人は、たびたび現れる双子を疑問に思うかも知れない。ウィリアムズの『パターソン』には「巨人パターソン」と「ドクター・パターソン」が登場する。それは都市の擬人化であるとともに、ウィリアムズその人の分身でもあるのだが、スクリーンに映し出される双子は、その象徴なのではないだろうか。

 詩から呼び起こされた映像という点では、アンドレイ・タルコフスキーの「鏡」やゴダールの「アワー・ミュージック」のジャームッシュ・ヴァージョンとでも呼ぶべき作品であり、いかにもワーキング・クラスらしい白いTシャツにチェックのシャツ、ネイビーのジャンパー、あるいはカントリーやカップケーキ、平均的なアメリカ人ならば、週に一回は深夜テレビで見るというホラー映画と、アメリカ的な記号をちりばめながら、そこに留まらない。

 言葉と沈黙が、言葉と光が、言葉と映像が測り合うかのような作品である。
posted by 城戸朱理 at 00:25| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジム・ジャームッシュ「パターソン」レビュー、その1



 舞台は、アメリカ東海岸、大西洋に面したニュージャージー州の都市、パターソン。主人公の名前も、パターソン。

 静かな映画だ。パターソン(アダム・ドライバー)は、パターソン市のバス運転手。愛する妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)、そして、ブルドッグのマーヴィン(ネリー)と暮らしている。

 パターソンの一日は、いつも変わらない。シリアルの朝食を取ると、ローラの作ってくれたサンドイッチが入ったランチボックスを持って、市場通りの車庫まで歩いていく。乗務が始まると、乗客のさまざまな会話が聞こえてくる。

 パターソンが昼食を取るのは、パセイック川のグレートフォールズ(大滝)と向かい合うベンチ。ここで、彼はノートを広げて、詩を書く。


 彼が愛するのは、二十世紀のアメリカ詩の方向性を決定したモダニズムの大詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ。ウィリアムズはパターソン市に近いラザフォードで医師として働きながら、詩を書いていたが、その作品と存在は、この映画のライトモティーフとなっている。


 仕事を終えるとパターソンは帰宅して、ローラと夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩に出かける。そして、行きつけのシェープス・バーに立ち寄って、ビールを一杯だけ飲んで帰宅する。
 バーのカウンターには、パターソン市出身の名士を称える「殿堂の壁」があり、そこには第二次世界大戦後のビート・ジェネレーションを代表する『吠える』の詩人、アレン・ギンズバーグの記事が貼られていることにも注意しておこう。
 パターソンは、ビールのうっすらとした匂いをまといながら、ローラの隣で眠りにつく。ローラは、その匂いが好きだった。

 特別なことは何も起こらない。映画は、寄り添って眠るパターソンとローラの俯瞰から毎日始まり、ビール・ジョッキから暗転して終わる一日を淡々と写していく。月曜日からの一週間を。

 だが、この映画が当たり前の日常を描いていると考えるのは間違いだろう。それは、アメリカという国、ひいては欧米社会の常識に関わっている。アメリカでは、バスの運転手のような労働者階級(ワーキング・クラス)の人間が詩を書くというのは、きわめて特殊なことと見なされる。実際、私の知るアメリカの詩人は、父親から、ワーキング・クラスの人間が詩なんか書くんじゃないと厳しくたしなめられ悩んでいる詩人がいることを語ってくれたことがあった。

 劇中、木曜日に、パターソンが詩を書く少女と出会う場面がある。パターソンは、少女の詩に感銘を受けるのだが、十九世紀のアメリカの詩人、エミリー・ディキンソンのことを尋ねられ、「好きな詩人のひとりだ」と応えるパターソンに、「クールね。ディキンソンが好きな運転手さん」と少女が言う、そのセリフの重さは、そうした社会的背景を意識すると、より鮮やかなものになるだろう。

 ジャームッシュが描く、ワーキング・クラスでありながらアーティストであるというパターソンは、その意味では、特異な存在なわけであって、だからこそ、彼は日々の出来事のなかから、豊かな詩を汲み上げていく。つまり、パターソンという詩人にとって、一見、当たり前に見える日常は、事件に満ちたものなのだ。

 さらに、全編のライト・モティーフになっているウィリアムズのことについても語っておこう。
 ウィリアムズは、事物や事象を直接的に表す、言葉によるスナップショットのような短詩を書く詩人としてスタートした。土曜日にローラが好きだというウィリアムズの詩をパターソンが朗読する場面があるが、そこで選ばれた詩「言っておくね」は、初期のウィリアムズの代表作である。

 また、水曜日にマーヴィンを連れて、夜の散歩に出かけたパターソンが、コインランドリーで、ラップ調に詩作をしているメソッド・マン(クリフ・スミス)と出会うが、そこでメソッド・マンが歌う「No ideas, but in things(観念は事物のなかにしかない)」というフレーズは、ウィリアムズが生涯をかけた長篇詩『パターソン』のなかの一節であり、ウィリアムズの詩的命題として知られている。

 いや、もっと象徴的なのは、月曜日にバスに乗り込んできた黒人の子供ふたりの会話かも知れない。

「ハリケーン・カーターは有名なボクサーだ。パターソンに住んでいた」

「デンゼル・ワシントンに似てた」。

 何気ない会話だが、殺人の冤罪で投獄され、19年を獄中で過ごしたボクサー、ルービン・ハリケーン・カーターの半生は、「ザ・ハリケーン」(一九九九、ノーマン・ジェイソン監督)として映画化され、話題を呼んだが、主演をつとめたのがデンゼル・ワシントンで、この演技によって彼は、アカデミー主演男優賞を獲得している。

 その劇中、流れる印象的なテーマ曲が、ボブ・ディランの「ハリケーン」だった。

 アルバム「欲望」(一九七六)に収録されているディランの「ハリケーン」は、まさに、ルービン・カーター事件の冤罪を訴えるプロテスト・ソングだが、このアルバムは、ディランのなかでも特筆すべきもので、ライナーノーツを、詩人、アレン・ギンズバーグが書いている。そして、ギンズバーグは、そのなかで、ウィリアムズについて、次のように語っている。



この近くで、死ぬ前に、医師にして詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズは言った。
「新しい世界とは、新しい精神にほかならない」と。
そして、彼が生涯を生粋のニュージャージー語を取り戻すことに賭けたおかげで、
後続の詩人たちは、「タフな鋼鉄」のような語りのリズムで歌えるようになった。(拙訳)



ここでギンズバーグが語っていることは、きわめて重要である。アメリカの詩は、当然のことながらイギリスの影響下にあったわけだが、ウィリアムズの生涯を賭けた詩的実験によって、アメリカの詩は、英国的な英語、ブリティッシュ・イングリッシュの規範から逃れ、初めて、アメリカ語たるアメリカン・イディオムによる、口語的な語りのリズムの詩が実現したわけであり、黒人の子供の会話は、ウィリアムズからギンズバーグ、そして、ボブ・ディランという二十世紀アメリカ詩の潮流を示すものとなっている。

 それは、ジャームッシュが考える詩史なのだろうし、パターソンが書く詩も、タフで鋼鉄のような口語の語りのリズムを持っている。
 ちなみに、ギンズバーグの『吠える』に「ご婦人がた、ドレスの裾をからげなさい。これから地獄を通るのだ」というセンテンスで終わる名高い序文を寄せたのが、ウィリアムズだった。(つづく)
posted by 城戸朱理 at 00:22| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジム・ジャームッシュ「パターソン」レビュー、オリジナル原稿公開



昨年、公開されたジム・ジャームッシュ監督による「パターソン」は、主人公が詩を書いているバス運転手、彼が愛するのが20世紀アメリカ詩の巨星ウィリアム・カーロス・ウィリアムズという設定で、全編に詩がちりばめられ、詩への愛に満ちた傑作だった。


私は「映画芸術」の依頼で、幸いにもレビューを執筆する機会を得た。

この原稿は、ゲラが出た段階で、字数がオーバーしているのが判明し、出来るかぎり削ったので、掲載された原稿は、オリジナルの三分のニの長さになった。

私が文字量を間違えるのは、きわめて珍しいが、超過してしまったのは、それだけ書きたいことがあったということにほかならない。

本ブログにオリジナルの原稿を掲載するので、アメリカ文化に関心がある人、映画を愛する人、そして、詩を愛する人は、ぜひジャームッシュの「パターソン」を見てもらいたいと思う。
posted by 城戸朱理 at 00:21| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

横浜の地ラーメンといえば、サンマー麺

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フェリスに行くときは東戸塚から、女子美に行くときは相模大野からタクシーに乗るのだが、帰りは電車で藤沢経由になる。


小田急デパ地下で買い物をして帰宅するのだが、月に一、ニ回は藤沢の町中華、古久家で昼食を取ることができるのが楽しい。


先日は久しぶりにサンマー麺を頼んだ。


サンマー麺は、横浜発祥、神奈川の地ラーメン。

戦前には、調理人のまかない料理だったという説があるが、昭和初期に中華街の聘珍楼の料理長が考案したものらしい。

野菜の餡掛けが乗った醤油ラーメンである。


今では横浜から湘南にかけて、神奈川南部なら、どこにでもあるが、東京の広東麺のようなもの。

ところで、広東麺と五目麺の違いもよく分からないが、広東麺とサンマー麺の違いも、よく分からない。

広東麺は醤油味、五目麺は塩味と分けている店もあるようだが、広東麺にしろ、サンマー麺にしろ、天津飯と同じく、日本でアレンジされた料理で、中国には存在しないそうだ。


古久家のサンマー麺も、当たり前に美味しい。

この感覚は、町中華ならではだろう。
posted by 城戸朱理 at 09:03| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

GUCCIのデニムの行方???

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鎌倉の古着屋で、GUCCIのデニムを購入した。

このモデルは、フリーダ・ジャンニーニがクリエイティブ・ディレクターだったときの「フローラ・ナイト」コレクションだったと思うが、凝った刺繍が目を引く。

もともとダメージ加工がほどこされていたので、新品に近いコンディションと言っていい。


バンビことパンクな彼女なら穿けるだろうと思ったのだが、問題が発生。

バンビは小柄なので、裾をかなり詰めなければならない。

すると、せっかくの刺繍を裁ち落としてしまうことになる。



バンビの提案で、もらってくれる友人を探すことにした。

ところがーー

いざ聞いてみると、サイズが小さすぎて、痩身の友人でも、穿ける人が見つからないのだ。


はたして、このデニムは、誰のところに行くことになるのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 08:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クルベル・キャンでひと休み

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鎌倉に帰って、クルベル・キャンへ。

ジン・トニックを頼んで、ひと息ついた。


前菜の三種盛り合わせは、こぶ鯛のカルパッチョにヤングコーンの石窯グリル、パテ・ド・カンパーニュ。

バンビことパンクな彼女がパスタを食べたいというので、生の桜海老と岩海苔のクリームパスタを頼む。


オーナーバーテンダーの秋山正治さんがパッション・フルーツのカクテルを作っていたので、オーダーしてみたらハワイの雰囲気で、バンビが喜んでいた。


私は、久しぶりにビールをチェイサーにバーボン。

夏になると、ときどきバーボンを飲みたくなる。
posted by 城戸朱理 at 08:14| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

試写から打ち合わせへ

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5月16日(水)は、水原紫苑さんが京都で桜を詠む「H(アッシュ)」の第四弾の試写があった。

これで、このシリーズも一段落することになる。


吉増剛造さんのドキュメンタリー映画「幻を見るひと」のニューヨーク・シティ・インディペンデント国際映画祭でのU.S.A.プレミアに立ち会い、帰国したばかりの井上春生監督と立川駅で待ち合わせて、12時半から試写。

設楽実氏を始めとする担当の立ち会いのもと、ナレーション原稿をチェックする。

井上監督は「正身(むざね)のさくら」という切れ味のいいタイトルを考えてくれたが、分かりにくいかも知れないという意見もあって、「さくらの花の果てまで」というタイトルに変更した。


会議の要点は、いつものようにアシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女がまとめることになる。


井上監督から「幻を見るひと」が招待されたダブリンのシルクロード国際映画祭、NYCインディペンデント国際映画祭の報告があり、会議は終了。


その後、場所をかえて、「幻を見るひと」公開の打ち合わせ。

さらに夕方から、別件の打ち合わせが続き、疲れはてて、鎌倉に戻り、クルベル・キャンで小憩してから帰宅した。


打ち合わせや会議は、長丁場になると、執筆とは違う疲れ方をするものだ。
posted by 城戸朱理 at 08:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

絵唐津の茶碗

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父方の祖父が京都で骨董屋だったというだけあって、加藤恭一さんは長いこと、骨董に親しまれている。

モダンなお住まいには、さりげなく古器があしらわれ、話題が骨董に及ぶと、志野といえば志野が、初期伊万里といえば初期伊万里が、次々に出てくるのには驚くしかない。


この日は唐津の話になったのだが、加藤さんがどこかに行ったと思ったら、居間のテーブルに茶碗が八つほど並んだ。

作家物の唐津がひとつ、あとは古作の唐津と李朝である。


ひとつずつ手にしてみたのだが、一目で唐津と分かるものもあれば、李朝か、唐津か、判別できないものもある。

唐津は、周知の通り、豊臣秀吉の文禄・慶長の役のときに、朝鮮半島から連れてこられた陶工が始めた焼き物であり、李朝とは兄弟のようなものだから、当然かも知れない。


あれこれ話しながら、掌にちょうど収まる絵唐津の茶碗を愛でていたら、「城戸さん、それが気に入ったようだね。持っていけば」と加藤さん。


加藤さんからは、李朝の刷毛目盃、粉引盃から始まって、あれこれいただいたが、こうして絵唐津茶碗も、わが家に到来することになった。



桃山から江戸初期の古唐津だが、掘りの手で灰釉は風化しており、呼び継ぎもあるものの、見込みは綺麗で、何よりも形がいい。

ころりとしていて、これが私の手にちょうど収まるサイズなのだ。


鉄絵は何を描いたのか分からないほど単純で、素朴このうえない。


鉄分の少ない砂目のさくりとした土で、窯は特定できないが、もともとは飯茶碗として焼かれたものだろう。


さっそく、お茶を点ててみたが、茶碗としてだけではなく、御飯茶碗に、小鉢に使い倒して、どう変わっていくのかを見てみたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 00:08| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする