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城戸朱理のブログ

2009年11月12日

波瀾万丈の火曜日

火曜日はたいへんな一日になった。


午後に彼女が体調を崩して帰宅。
激しい腹痛を訴えるので、私も執筆を中断、
薬局で薬を買ってきたのだが、治まらない。


近所の病院に連れて行ったのだが、
原因が分からず、鎮痛薬を処方してもらって、
様子を見ることに。


本人が大丈夫だというので、
私は予定通り、御成通りの花平へ。

この日は、私が伴清一郎画伯に頼んだ油絵が完成、
御披露目の会だったのである。

この作品、私が昨年、瓜南直子氏に
頼んで描いてもらった
岩絵具による日本画と二幅一対になる油絵なのだが、
怒りの炎がすべてを焼き尽くすかのような、
すざまじい作品である。


絵を前に、座敷でお造りや焼き物に鍋などを頼み、
伴さん、瓜南さんと熱燗を酌み交わしていたら、彼女から電話が。


「ますます痛くなってきた!
帰ってきてね!」


あわてて今日、引き取るはずの作品を再び伴さんに託し、
鎌倉駅まで全力疾走して、タクシーで帰宅。

救急車を呼び、湘南記念病院へ。


当直は内科医で、これだけ急性で激痛を伴う痛みには
外科的な対応が必要と告げられ、
再び、救急車で外科医が当直の病院へ行くことになった。

彼女は激痛に苦しみ、
レントゲンを撮るために
立つことさえ出来ない状態である。


ありがたいことに、検査と応急の処置のあと、
ようやく、状態が落ち着いてきた。


幸いにも、命にかかわるような病気ではないらしい。


私が帰宅したのは、午前1時ごろ。


何とも落ち着かず、結局、就寝は午前3時を回ってしまった。



眠りが浅く、翌日は、7時前に起床。

シャワーを浴びてから、10時にかまくら春秋社へ。

午後3時ころまで、投稿詩数百篇を読み、選考に当たる。


途中、彼女からメールが。
メールが打てるくらいには回復したらしい。

大部屋が空いたから移ろうかなという内容だったので、
個室にいるように返信。

個室の差額は、1日1万円ていどだから、
最終的な処置が終わって、
落ち着くまでは個室にいたほうが楽だろう。


かまくら春秋での仕事を終えてから、病院へ。


意外にも、彼女はかなり元気になって、
もう、4人部屋に移ってしまっていた。


「こっちのほうが退屈しないからね」
・・・


たしかに、大部屋は人生劇場のようで面白い。


しかも、彼女は、むちゃくちゃなことを言っている。


「ポカリスエットを1リットル、がぶ飲みしたいなあ!
それから、スイカをまるごと一個食べるんだよ!」


しかし、まだ飲食はできないし、
抜本的な処置は、これからである。


入院しているときくらいは、
少しはおとなしくしていてほしいものなのだが。
posted by 城戸朱理 at 09:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

金魚の勢力分布?

金魚鉢のなかで異変が起こっている。


彼女が金魚すくいで、すくってきた4尾の金魚のうち、
生き残っているのは、「まぐろ」と「もみじ」なのだが、
まぐちゃんこと「まぐろ」は雌、
モミーこと「もみじ」は雄である。


最初は、まぐろが餌をバクバク食べまくり、
ぷりっと太ったメタボ金魚となって、
もみじを突つき回していたのだが、
ふと気づいてみたら、もみじが成長し、
やたらと大きくなっていたのである。


今年、孵化した稚魚のなかでは
大きいほうの「稚魚大海(ちぎょたいかい)」や
「稚魚富士(ちぎょのふじ)」でさえ、
もみじの尾びれより小さいし、
全長はまぐろの2倍以上、容積はまぐろの5倍はありそうだ。


「モミちゃんは、水を換えるときに、
捕まえられないくらい大きくなったんだよ。
ホントは鯉なんじゃないかな?」
・・・

金魚である。


「でも柳美里さんも、モミちゃん、
おっきいねって感心してくれたよ」


柳さんが感心しても、
たんに大きくなった金魚であって、
鯉ではないのである。


現在、大きさだけだと、
もみじ・稚魚一(ちぎょかず)・まぐろの順だろうか。


一昨年に孵化した稚魚一は、いつもぼーっとしている。
こいつは金魚のニートか?
はたまた、長男だから、おっとりしているのだろうか?
そもそも、金魚に長男も次男もないか。


もみじが巨大化した結果、もみじが泳ぐと、
水圧でまぐろが端に追いやられるほどになった。

突つかれたら、どう見ても、まぐろが不利である。

突進好きなまぐろの覇権(パックス・ツナ?)も、
どうやら終わりらしい(?)。
posted by 城戸朱理 at 14:35| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

野口玲写真展「CLIMAX 極まる森」

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子供の死をきっかけに、
森をさまようようになったという写真家が、
アラスカやカナダの苔むした森を
題材にした写真展が開催される。


まるで時間が、空間と化したような、その作品は、見る者を
現在とは違う時間に連れて行く扉のようだ。

詳細は以下の通り。



野口玲写真展「CLIMAX 極まる森」

【東京】

2009年11月12日(木)〜18日(水)

オリンパスギャラリー東京
TEL03・3292・1934

神田小川町交差点そば
午前10時〜午後6時(最終日 午後3時)
日曜・祝日休館


【大阪】
2009年12月10日(木)〜16日(水)

オリンパスギャラリー大阪
TEL06・6535・7911

地下鉄四つ橋線本町駅22、23番出口
午前10時〜午後6時(最終日 午後3時)
土曜・日曜・祝日休館



1976年生まれの野口玲くんは、
彼が学生時代からの私の飲み友だちだが、
ついに写真家としてスタートを切ることになった。

私も初日に駆けつける予定。

ぜひ、足を運んで、太古からの時間をたたえる
神秘的なまでの森と出会っていただきたい。
posted by 城戸朱理 at 10:16| イベント告知など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高岡さん、山下さんと鎌倉2日目

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高岡修・山下久代両氏は、
俳誌「形象」の主催と編集長という師弟関係、
さらには出版社ジャプランの
社長と社員という雇用関係でもある。


そうなはずなのだが、お二人のやり取りは、
吉本興業の芸人より面白いのは、なんでだろう?


「今回は全社を挙げて鎌倉に来ました」と高岡さん。


そう、ジャプランはお二人でやっているのだ。


「久代くんが仕事が忙しくて、
家に帰れなかったときに、
久代くんのお母さんから
会社に留守番が入っていたんです」


「久代ちゃん、身だしなみだけはきちんとしなさいよ。
高岡先生も、お金はないけど、
身だしなみだけはきちんしているでしょうって」
爆笑!!!


とはいえ、高岡さん、
けち臭ささなど欠片もない快男児である。


さて、月曜日。

高岡さん、山下さんは10時にホテルをチェックアウト。

10時半に鎌倉駅で待ち合わせて、
小町のイワタ珈琲で朝のコーヒーを飲みつつ、よもやま話を。

イワタは大佛次郎、川端康成から澁澤龍彦まで、
鎌倉文士が散歩の途中で立ち寄った店だが、
ここでは甘党でもある高岡さん、山下さんに、
写真のプリンアラモードを注文。
昭和っぽい器が気分である。


それから、タクシーで稲村ヶ崎のロンディーノへ。

晩年の田村隆一が愛した店で、
海を見ながら、ゆっくりと昼食。

スプマンテ、2本が空き、
私はさらに赤ワインも。


田村隆一『ぼくの人生案内』(小学館)には、
ロンディーノで撮った田村さんの写真が載っているので、
持参して、田村さんと同じポーズで、
高岡さんを記念撮影したりした。


昼食後は、江の電で鎌倉に戻り、
ミルクホールで歓談。

4時に鎌倉駅でお二人を見送って、
タクシーで帰宅したのだが、
昼から飲み続けていたので、
もう使いものにならない。

覚悟を決めて、本を読みながら、
また飲み始めた。


「週刊現代」からコラムの依頼、
「毎日新聞」から、松浦寿輝さんとの対談の日程の連絡、
仕事を御一緒することになった三島由紀夫の姪御さんから電話と
私が仕事をしていないのを見計らったかのように、
仕事関係の連絡が相次いだが、
すべては、明日から。

まず、日課の詩作を明日から
再開することにしよう。
posted by 城戸朱理 at 08:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高岡修氏、鎌倉に

歴程祭のために上京した高岡修氏と山下久代氏が、
東京で2泊してから、鎌倉に。


大船のホテルにチェックインしてから、
3時半に電話があったので、
鎌倉文学館で待ち合わせて、
「鎌倉からの手紙、鎌倉への手紙」展を見る。

太宰治が川端康成に、
連綿と芥川賞が欲しいと綴った手紙も。

やはり、手紙というものは面白いものだと思う。


それから、由比ヶ浜通りのこ寿々で、
わらび餅や豆かんを頼んで、お茶を飲む。


高岡さん、山下さんの歓迎会は、
6時から、小町のあさ月で。

私は4日連続であさ月ということになる。

顔ぶれは、文芸評論家の新保祐司夫妻と富岡幸一郎さんに八木寧子さん、
小説家が中沢けいさんと藤沢周さん、
それに私と彼女である。

生牡蠣、お造りの盛り合わせから始まって、
白子と穴子の天ぷらや海苔巻きなどが次々と並び、
みんなで高岡さん、山下さんの会話に爆笑しながら、
しこたま、焼酎を飲んだ。


明日は人間ドッグという新保さん、
ラスベガスに仕事で出張という新保夫人も、
わざわさ参加してくれたし、
中沢けいさんが来て下さったのもありがたい。

私は中沢さんと、例によって、
韓国行きの相談もしていた。


新保夫妻はひと足先に帰られたが、
二次会はグレでカラオケ大会となる。

ここで柳美里さんが突然、現れる。

なんで、グレにいると分かったのだろう?


「城戸さんのツィッターを見たんです」と柳さん。


そういえば、「グレなう」とつぶやいたのだった。

こういうときは、役に立つな、ツィッター。

グレのあとは、さらに御成通りのバー、ユニヴァイブへ。


私は連日の早起きと睡眠不足に、
飲みすぎが祟って、ここで熟睡。


誰と飲んでいるかも忘れ、
ひとりでタクシーで帰ろうとして、
高岡さんを慌てさせたのだった。


それに比べて、藤沢さん、
高岡さんと山下さんを大船のホテルまで、
遠回りしてタクシーで送っていったというのだから、偉い。
posted by 城戸朱理 at 08:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

はちゃけたランナー

彼女がランニングウェア姿になっている。

湘南国際マラソンを走るためである。

彼女は柳美里さんや珍念さんと
10キロにエントリーしたのだが、
なんと柳さんも珍念さんも出場できなくなってしまって、
ひとりで走ることになってしまったのだ。


「この格好でどうかな?」
・・・


ナイキのピンクのヒョウ柄のTシャツに、
「しましまぱんつ」こと、
カラフルなボーダーのランニングタイツ、
さらに黒地にペパーミントの水玉模様の
ランニングスカートという出で立ちである。


たしか、このヒョウ柄のTシャツ、
「安田美沙子ちゃんも同じTシャツを買ったんだよ」と言って、
彼女が吉祥寺のナイキで買ってきたもの。

安田美沙子はグラドルだが、
フルマラソンまで完走している
かなり本格派のランナーである。


しかし、あまりにカラフルで、
はちゃけすぎてないか?


「んふう」

不満の声である。

「じゃあ、黒にするよ」


結局、ランスカを黒に変えることに。


彼女も、すでに21キロの
ハーフマラソンを完走しているが、
今回は、10キロで制限時間は1時間半。


「ハーフを完走したときは、
お小遣いをたくさんお手々にのせてもらったけど、
今回もお手々にたっぷりのせてもらえるのかな?」
・・・

「美味しい御飯も御馳走してあげなくちゃね」
・・・・・・


捕らぬ狸の皮算用をして、彼女は元気に出かけていった。


結果は、1時間強で完走。

完走メダルをもらって、帰ってきたのだった。

入れ替わりに私は鹿児島の高岡修・山下久代両氏を
迎えるべく、外出したのだが。
posted by 城戸朱理 at 09:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

珍念さんの誕生日

11月7日は、珍念さんの誕生日。

彼女はプレゼントを買いに出かけたのだが、
さらに紀伊国屋でパテやテリーヌ、パエリアなど、
お祝いの食事になるような総菜を選んだ。


ランヤカメヤ本部長の好きなマンゴーや
お祝いっぽいイチゴなど、
贈る人の顔を思い浮かべながら、
選ぶことじたい、楽しいものである。


それから、柳美里さん宅にプレゼントを届ける。

珍念さんには知らせていなかったので、驚いていたのが、
プレゼントとサプライズを
届けようという彼女の企画は、
成功したことになる。


裏駅のロンディーノでコーヒーを飲み、小憩。

5時半にエリック・セランド氏と待ち合わせ。

彼はかつて、吉岡実『薬玉』の英訳をアメリカで刊行したが、
今は日本のモダニズムのアンソロジーを翻訳・編纂中とのこと。


20代のときに吉岡さんに引き合わせてもらって以来だから、
もう長い付き合いになる。


今回の日本滞在は3か月。

かなりの量の本をサンフランシスコから
持ち込んでの滞在らしい。


3日連続で小町のあさ月へ。
6時にはフェリス女学館大学の島村輝教授が到着。

島村先生は、私の講演会の
学生による見事なレポートが掲載された
「ふえりす国文学会会報」を持ってきてくれた。


ところで、国文学会の委員長の名前の
「星慧礼」って何と読むのだろう?


「私も読めなかったんですよ」と島村先生。
しばらく、眺めていた私は、

「せえら?」

「そうです。さすが詩人」


そういう問題だろうか。


お造りやお寿司などをつまみながら、歓談。

セランド氏と島村先生、
日本的モダニズムの問題で大いに話が弾み、
面白い出会いになったのは、何よりだった。


帰りには駅前で、文芸評論家の富岡幸一郎さんと遭遇。


実は、明日もあさ月に予約が入れてある。
その件を富岡さんと確認してから、タクシーで帰宅した。
posted by 城戸朱理 at 07:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蘭陵の美酒

「岩手日報」の投稿作品を何度となく読み直し、
2回分の選評を執筆、原稿を送った翌日は、
掲載作品を送り出し、鶴岡八幡宮まで散歩して、
あさ月にふらりと立ち寄り、
生牡蠣、締め鯖で燗酒、
さらに赤貝をヒモはキュウリと巻物に、身は握ってもらった。

しみじみと熱燗が似合う季節になった。

さらに袈裟丸屋に寄って、焼酎のお湯割り。

しみじみとお湯割りがうまい季節でもある。


翌日は、鎌倉文学館の「鎌倉と詩人たち」展のために、
満寿屋の原稿用紙に自作をペン書き。

すでに活字になった自分の詩を、
あらためて手書きしているのだから、
よくよく考えると、不思議な話である。

京都で買った端渓硯で古墨を磨ったのだが、
色紙までは手が回らず、後日を期す。


夕方、寄贈する自著と自筆原稿を持って、駅前のルノアールへ。

鎌倉文学館の宮崎京子・大野絵里佳両氏と待ち合わせて、
受け渡しと打ち合わせ。

さらに、あさ月に席を移し、
寿司をつまみながら、飲みつつ、
ときどき取材を受ける。

おまけにマイクスに寄って、
ローストビーフとカクテル。

かなり酔っ払ったが、
酔っ払って、ふらふら歩くには、
本当にもってこいの季節である。


蘭陵の美酒 鬱金香
玉椀 盛り来る琥珀の光
(蘭陵の美酒は鬱金香のように香り、
玉の椀に盛って来れば琥珀色に光る)


李白の客中作、つまり旅先で詠んだ詩だが、
酒を歌わせたら、やはり漢詩がいちばんだ。
posted by 城戸朱理 at 06:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

料理本

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古本屋で、まず値がつかないものに、料理本がある。

例外は北大路魯山人くらいだろうか。
ただ、魯山人は全3巻の著作集が手元にあるので、
とくに欲しいとは思わない。


いずれにせよ、定価と関わりなく、
料理本は、がいして安いが、
これは、あくまでも実用書だからだろう。


そして、料理本というもの、
その大半が役に立たない。


和食だろうが、洋食だろうが、
セオリーというものがあって、
それを覚えてしまうと、応用が効くものだが、
基本は教えず、応用ばかりを披露するものが多いからだ。

とくに、料理研究家と称する人に、この傾向が強い。


しかし、なかには面白いものがないわけではない。


私が探しているのは、陶芸家、辻協の料理本。

辻協の夫君は、信楽焼きで有名な辻清明で、
「太陽別冊 辻清明」は、平凡社の「太陽別冊」のうち、
古本屋でもっとも見つかりにくい一冊。

それも人気のほどを示すものだろうが、
辻清明は、骨董の収集家としても知られ、
作陶は茶器や酒器が中心で、高値を呼ぶ。

それに対して辻協は、手ごろな価格の食器を焼いており、
こちらも愛陶家に人気が高い。


辻協の料理本は、本人が作った器に料理を盛って見せるもので、
そのバランスが見事だった。

しかも夫婦で陶芸家だけに、人の出入りが多い。
勢い、料理もダイナミックで、思いがけないものが。


この本は、貸したところ紛失してしまったが、
見つけたら、また手元に置きたい一冊である。


先日、求めた太田潤『アウトドアクッキング大事典』(成美堂出版)も秀逸。


セオリーよりも、まず火ありきの豪快な料理が並ぶ。

アウトドアだけに細かいことは言っていられない。

手抜きのわりには、出来上がりは豪華だったりして、
家庭で再現しても面白そうな料理が目白押しである。


こうした本を見つけては、
実際に試してみるのが面白いのだが、
その意味では、やはり、料理本は、
実用書ということになるのだろう。
posted by 城戸朱理 at 10:46| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

年を取ると

『ゴロ寝上手は老い上手』など著書も多い
精神科医の中沢正夫氏によると、
「歳をとるとその人の嫌な性格が一層際立ってくる」というのが、
精神医学の通説なのだそうだ。


そうなると、日本がこれから迎える高齢化社会とは、
嫌な性格の人間の比率がひたすら増えるだけの
困った社会ということになるのか?
posted by 城戸朱理 at 06:17| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする