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城戸朱理のブログ

2017年03月30日

地政学的な危機



英国の「ファイナンシャル・タイムズ」(3月9日)が、朝鮮半島の現状を「コリア・クライシス」と報じた。

アメリカのCNNなどのメディアも、同様のトーンで、朝鮮半島の危機的状況を報道しているそうで、日本のメディアより、強い危機感をにじませている。


それも当然だろう。

北朝鮮が、度重なる核実験、さらにはミサイル発射と軍事的挑発を強めるなか、
韓国は、朴槿恵(パク・クネ)大統領の弾劾、罷免によって政治的空白が生じたうえに、
THAAD(高高度ミサイル防衛システム)の配備をめぐって、韓国が米中2大国の衝突の場となり、中国の露骨な経済制裁が、ただでさえ不振だった韓国経済を圧迫している。

ちなみに、韓国は昨年のGDPが世界11位と、経済的には大国なのだが、その約80%を輸出に頼っているため、貿易依存度が異様に高く、もともと内需が弱い。

日本の貿易依存度が、15%ていどであることを思えば、韓国の貿易依存度が異常なまでに高いものであることが分かるだろう。

世界経済の減速による輸出の不振に加えて、もともと低かった韓国の内需を、不動産バブルで約130兆円まで膨れ上がった家計負債が圧迫し、消費者心理を冷え込ませている。

ちなみに、昨年の韓国の国民ひとりあたりの国民総所得(GNI)は、2万7561ドル。

国民総所得は、ある国の国民の生活水準を示す経済指標だが、韓国は、2006年に2万ドルを超えて以来、10年もの長きにわたって、先進国入りの指標となる3万ドルの壁を超えることができず、2万ドル代を推移していることになる。


韓国経済の失速は、若年層(15〜29歳)の12.3%という高い失業率を見ても明らかで、韓国メディアでも、これから韓国が日本のように「失われた20年」を迎えるのではないかという報道が、去年からずいぶん目につくようになった。


たしかに「漢江(はんがん)の奇跡」と呼ばれた韓国の経済成長は、目覚ましいものがあった。

日韓が国交回復した1965年の段階で、両国のGDPは約30倍の開きがあったが、近年だと、韓国のGDPは1兆3000億ドルと日本のGDP4兆9000億ドルの約26%、その差は4倍まで縮まっている。

だが、基幹産業が中国の猛追を受けており、技術革新では日本に遅れを取り、成長エンジンが見当たらない。

さらに、財閥中心の経済構造に国民の不満が募り、人口も減少に転じたため、今後は、これまでのような経済成長は見込めないというのが現実だろう。


しかも、次期大統領が確実視される文在寅(ムン・ジェイン)「ともに民主党」前代表は、かねてから親中、親北、反日、反米の左派として知られ、
文在寅大統領が誕生したら、北朝鮮と韓国の連邦制統一、最悪の場合には共産党独裁の赤化統一のシナリオを予想する識者さえいる。

もし、そうなったら、実質的には北朝鮮主導の半島統一となり、米軍は朝鮮半島から撤退、韓国は地上から消滅することになりかねない。

もっとも、文在寅候補が、実際に大統領として執権するようになれば、単純に反米を貫くとは思えないので、状況が、そこまで急変することはないのかも知れないが、可能性が捨てきれないのも事実だ。


かつては、中国(清)とロシア、日本という列強の、そして今は中国とアメリカという二大強大国の思惑が衝突する朝鮮半島の地政学的な困難さ。

そして、朝鮮半島と対峙する日本列島の位置を思えば、それは日本という国の困難さでもあることを忘れてはならないだろう。
posted by 城戸朱理 at 19:04| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

宮澤賢治「雨ニモマケズ」手帳を使い始めて

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盛岡の光原社で求めた復刻版の宮澤賢治の手帳を使うことにした。

この手帳は、横罫なのだが、賢治は裏表紙から縦書きで使っているので、私も「雨ニモマケズ」が書かれたあとのページから、縦書きでメモを取り始める。

メモは、手書きに限る。

ハーバード大学の調査で、手書きとPCを比較した場合、手書きのほうが記憶として定着するという結果が出たが、手書きだと、記憶に残るだけではなく、次の思考が呼び起こされるところがある。

乱雑でも構わないし、気になったことを何でも書いておくと、新しい関係が立ち上がり、それまで気づけなかったことが、突然、見えてくることもあるのだ。

私は、ノートも用意して、気になったことを書きつけるようにしている。

ノートはテーマ別にも用意しているが、実際は、テーマを決めず何でも書き込むことにしている雑記帳から、何かを発想することが多いようだ。

つまり、考えを整理するのではなく、雑多な事項の「遠いものの連結」(西脇順三郎)によって、新しい考えが生まれるということだろうか。


「雨ニモマケズ手帳」に、ここしばらく詩について考えていたことをランダムに書いてみたら、私にとっても思いがけない詩の問題が見えてきて、自分でも驚いているところなのだが、それは、これから自分が書くべき詩を、その方位と地平を照らすものになるかも知れない。


それが、どんなことなのかは、詩集の形で問うことになるだろう。

人は、結論を求める。

しかし、大切なのは問い続けることだ。
posted by 城戸朱理 at 09:51| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月28日

吉増剛造さんのドキュメンタリー映画「幻をみるひと。」完成間近!

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井上春生監督は、NHKの仕事で、ル・マン24時間耐久レースを8Kで撮影するため、渡欧したが、パリにたつ前に、「幻をみるひと。」のDVDを手配してくれた。

写真は、川端康成『古都』の舞台、北山杉の産地、中川での吉増さんである。


編集をほぼ終え、英語字幕をつけたヴァージョンだが、あとは、英語字幕を確認、問題があれば修正して、完成となる。

吉増さんが「怪物君」制作中に流していた与謝野晶子本人の朗読による短歌と吉増さんの新作「惑星に水の樹が立つ」の翻訳は、遠藤朋之和光大准教授に、それ以外の字幕は専門の会社にお願いした。


4月中には、完成する予定だが、公開までは半年ほどある。

これからは、国内での試写や公開について考えていかなければならないが、この企画を立てた者としては、早く観てもらいたい気持ちのほうが強いので、もどかしい思いをしている。
posted by 城戸朱理 at 07:50| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月27日

愉快すぎる披露宴

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八雲神社での結婚式もつつがなく終わり、披露宴は、八雲神社隣の大町会館で15時半から。

大町会館は、昭和を感じさせるレトロなところだが、手作り感満載の披露宴も、まるで戦前の披露宴のようで、逆に新鮮だった。

久保田潤さんと山本理央さんの友人、50名ほどが集ったのだが、新郎新婦の交友の広さがうかがえる。


山本餃子関係の友人や、ヒグラシ文庫関係の友人といったように席が分けられ、まずは鏡割り。

乾杯の音頭は、私が取らせていただいた。


テーブルには理央ちゃんが長年、コレクションしてきたアフリカの布が敷かれ、久保田さんによる鶴の絵があしらわれたランチョンマット、友人によるフラワーアレンジメント、やはり友人の料理研究家によるお弁当と、すべてが手作り。


お弁当は、潮鮭、南瓜・ふき・高野豆腐の煮物、椎茸の詰めもの、菜の花のからし和え・人参と糸こんにゃくの胡麻和え・鶏胸肉の山椒焼き・豚ヒレ肉のさくら葉蒸し・ズッキーニのジョンに美しく染めた酢蓮ていった酒を呼ぶ取肴を吹き寄せにし、御飯はちらし寿司と春らしいしつらえで、料亭なみの美味しさ。

お酒は飲み放題で、バンビことパンクな彼女によると「みんなガンガン飲んでたよ!」という宴会だったが、理央ちゃんも日本酒をすいすい飲んでいたので、それでいいのである。


傑作だったのは、景品目当てのゲーム大会で、司会の矢崎敏美さんが抜群に面白い。

私など、笑いすぎて、涙が出てきたほどだった。


「横浜の吟遊詩人」スーマーさんがギターを抱えて、歌ってくれたが、最後は理央ちゃんのリクエストで「人生いきあたりばったり」。

人気のテレビドラマ「深夜食堂」のシーズン1・第2話「猫まんま」で使われた曲だが、スーマーさんのオリジナルである。


サプライズで仕込まれたのが、理央ちゃんのお母さんからの手紙。

理央ちゃんが涙ぐむのは分かるが、なぜか、ヒグラシ文庫の中原蒼二さんまで涙ぐんでいたものだから、会場は爆笑の渦。


久保田さん、理央ちゃんはやる気がなかったウェディング・ケーキも勝手に用意されていて、本人たちの意向を無視した、この勝手さ加減がまた、いい(笑)。


最後に久保田さんの挨拶があったのだが、久保田さんが「僕と理央は」と言うたびに、客席は異様に盛り上がり、「もう一回!」と騒ぎ出す。


あまりにも愉快な披露宴で、翌日まで笑いが止まらなかった。
posted by 城戸朱理 at 10:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

八雲神社で結婚式

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3月25日(土)は、久保田潤さんと山本理央さんの結婚式があった。

場所は、大町の八雲神社。

八雲神社は、平安時代後期、後三年の役を兄・八幡太郎源義家とともに戦った新羅三郎源義光の勧請と伝えられ、下って、戦国時代には小田原の北条氏直、さらには徳川家康の保護を受けた。

平安時代から続く神社ということになるが、神主さんは通いで、なんと結婚式をとり行うのは、今回が初めてなのだとか。

鎌倉の神社で挙式するのなら、鶴岡八幡宮を選ぶのが当たり前だから、それも納得できないこともない。

久保田さんと理央ちゃんらしい選択だと思った。


結婚式は親族のみだが、バンビことパンクな彼女が理央ちゃんから写真撮影を頼まれたので、様子を見ることが出来たのは、とても良かったと思う。


久保田さんは外資系の広告代理店でCMディレクターをされていたが、画業に専念するために退職、理央ちゃんは脱サラして山本餃子を開店、ふたりともサーフィンが趣味で、音楽が好きというところも共通している。

久保田さんも、理央ちゃんも和服が実に似合っていた。
posted by 城戸朱理 at 10:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

忍者アイス!?

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クルベル・キャンのカウンターに座ったら、バーテンダーの馬場さんが、氷をナイフで削っていた。


1996年に「IBA 世界カクテルコンクール」で日本人初の世界チャンピオンとなり、その名を轟かせたバーテンダー、岸久(きし・ひさし)さんの創案になるダイアモンド・アイスである。

岸さんは、日本バーテンダー協会の会長をされており、お店は銀座の並木通りにある「スタア・バー」。

私は、旧友の数寄屋橋BIRD LAND店主、和田利弘さんに連れていってもらったことがある。


ダイアモンド・アイスは、ブリリアントカットのように面取りした氷で、お酒を注ぐと見えなくなるため、忍者アイスとも呼ばれる。

たいへんな手間がかかるので誰にでも出すわけではなく、客が選んだ酒と飲み方に合わせて使うらしい。


バンビことパンクな彼女が、シングルモルトを頼んだら、馬場さんがスペイサイドのシングルモルトを忍者アイスに注いでくれた。

しかも、固く凍っているので、少し室温になじませてからスコッチを注ぐという念の入れ方で、いきなり常温の酒を注ぐと氷が割れてしまうのだそうだ。


日本のバーテンダーの細心さや緻密さは、世界的に有名で、海外から修行に来る人も少なくないが、馬場さんを見ていても、それは納得できる。

バンビは、丁寧な仕事ぶりに「癒されるね!」と感嘆していたが、男前な仕事ぶりを見ているのは、実に気持ちがいい。
posted by 城戸朱理 at 15:01| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クルベル・キャンで

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3月24日(金)。

バンビことパンクな彼女が、更新したパスポートを横浜に取りに行っている間に、髪を切ろうと思ったのだが、いつもカットをお願いしているユアーズは、予約が取れず、鎌倉駅西口のたらば書房を覗いて、気になる新刊3冊を購入。

明日は友人の結婚式と披露の宴がある。

やはり、散髪くらいしておこうと思って、東急ストア内のイレブン・カットでカットしてもらった。

ここは、QBハウスの美容室版。

理容師と美容師は、別の資格で、カットの基本も違えば、美容師は剃刀を当てることが出来ないといった違いもあるそうだ。

QBハウスは、10分で散髪してくれるが、イレブン・カットは、11分。

ユアーズで、いつものようにカットとヘッドスパを頼むと1時間半くらいかかるが、イレブン・カットなら、シャンプーを追加しても20分。

時間がないときは、やはり便利だ。


バンビとは、6時にクルベル・キャンで待ち合わせ、久しぶりに軽く飲むことにした。


頼んだのは、真鯛のカルパッチョにスタッフド・マッシュルームの石窯グリル。

マッシュルームには、叩いた黒オリーブとアンチョビが詰められている。

私は、ジントニック、バンビはジンリッキーから始めたが、続いてプロセッコをグラスでもらって、ミラノ風カツレツを。

カツレツは、私も作ることがあるが、中まで火が通らなくてもいいように、ステーキ用の牛肉を使うのがもっぱらで、それに赤ワインを煮詰めたソースを添える。

クルベル・キャンのミラノ風カツレツは、薄く叩いた鶏肉を使っており、ビールや白ワインと相性がいい。


最後はスコッチにかえて、パスタは、ホタルイカと春キャベツのスパゲッティを。

春キャベツの甘みをホタルイカの濃厚な旨みが包み、素敵な春の味覚で、バンビが大いに喜んでいた。


最近、藤沢周氏が顔を出さないそうだが、藤沢さんは、忙しいうえに、引越ししたばかりだから余裕がないのだろう。

そういう私も、久しぶりで、クルベル・キャンに寄ると、必ずのように誰かがいた頃が、今になると懐かしい。
posted by 城戸朱理 at 12:34| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

つくしを摘んで

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鎌倉では、あちこちにつくしを見かけるようになった。

龍子さんによると、澁澤龍彦先生は、つくしを摘むのがお好きだったとか。

春に澁澤邸を訪ねると、龍子さんは必ずつくし料理を出して下さるが、生前の澁澤先生は、若い編集者が来ると、見たことがないだろうと、得意気につくし料理を振る舞ったそうだ。


つくしは、袴を取るのが大変で、指が黒くなるが、これは指に酢をつけながらやるといいらしい。

下処理が終わったら、胡麻油で炒めたり、梅肉と和えたり、玉子とじにしたりする。

春の味覚のひとつだが、それ以上に、つくしは、野原や土手に、ぬっと出ている感じが面白い。

漢字だと「土筆」になるが、たしかに地面に筆を立てたかのようでもある。


田鼠の穴からぬつと土筆かな(小林一茶)


土筆は春の季語。

古句には「つくづくし」とも詠まれている。
posted by 城戸朱理 at 11:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バンビ=鹿千代の悪だくみ???

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あるときは、生きているこけし=生(なま)こけし。

そして、あるときは、子供剣士・鹿千代。

しかして、その実体は――

そう、バンビことパンクな彼女である。


「鹿千代にござりまする!」

また、鹿千代になってしまった――

「ちっちゃいのでござりまする」
・・・

困ったことに、鹿千代は、六つか七つの子供という設定なのだ。

「鹿千代は、お腹が空きましてござりまする」
・・・・・・

何か作ってくれという意味である。


仕方がないので、私が昼食の準備をすることにした。

考えてみると、ここ数年、多忙を極めていたせいもあるが、料理はバンビに任せっぱなしだったから、私が厨房に立てるというのは、余裕ができてきたということで、悪い話ではない。


ラードでタマネギのみじん切りと挽き肉を炒め、さらに人参、キャベツをさっと炒めて、鳥ガラスープで煮てから味噌を溶く。

生麺を茹で、茹で玉子をトッピングして、味噌ラーメンを作ったのだが、ちょうど出来上がったところで、バンビ=鹿千代がやってきた。

スープには仕上げに、おろしニンニクとショウガ、そして山椒を。

これは、味噌ラーメンの名店、さっぽろ純連の調理法から学んだ。


「美味しゅうござります」
・・・


そして、翌日。

夕方にバンビ=鹿千代からLINEで連絡が来た。

「鹿千代は、お肉を食べとうござりまする」
・・・

「京都の焼肉はつだ風にお願いいたします」
・・・・・・


焼肉はつだのタレが買ってあったので、バンビ=鹿千代が自分用に買ってあった牛肉を、はつだ風に焼いていたら、バンビが帰ってきた。


「ステーキも焼いてほしゅうござりまする」
・・・

冷蔵庫を覗いてみたら、綺麗にサシが入った和牛A5等級のステーキ肉が。

どうやら、自分用にステーキ肉も買ったらしい――

「にゃふ〜ん!」と喜びながら、ステーキ肉をカゴに入れるバンビが、目に浮かぶかのようだ。


かくして、私は焼魚、バンビはステーキと焼肉の夕食になったのだが、なにせ鹿千代は六つか七つの子供という設定だから、鹿千代になられると、料理も私がせざるをえない。

ひょっとして、それが、バンビの狙いだったのか!?


パンクだから仕方がないが、さらなる警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:51| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月24日

盛岡土産の食材で

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休日の昼食は、横澤パンのトーストにクラムチャウダー、佐助豚のハムステーキに目玉焼きと、盛岡で買ってきたパンとハムを使ったものだった。

私が10代のころから、実家の朝食は横澤パンだったが、かつては、ホテルへの卸だけで小売りはしていなかったので、父親が車で製造所まで買いに行ったものだった。

まるで、バゲットが四角いイングリッシュ・ブレッドになったような食パンで、どっしりとした小麦の味わいがある。


午後は、あれこれ所用を済まし、入浴して、湯豆腐とイカ納豆で晩酌を始めたのだが、バンビことパンクな彼女が、昼食に続いて、盛岡の食材を使った料理を食卓に並べ始めた。


海宝漬・中村屋のアワビステーキ・グラタンと、佐助豚のベーコンとリンゴのソテー、ネギトロである。

このうち、アワビとベーコンが盛岡土産。

中村屋のアワビステーキ・グラタンは、三陸産のエゾアワビを使っており、バンビの大好物、
ベーコンにリンゴを合わせたのはバンビの独創で、リンゴには黒糖を、全体に黒胡椒を挽いてある。

先日、私がノルマンディーの郷土料理、豚肉とリンゴのクリーム煮を作ったので、リンゴを合わせてみようと思ったらしい。

ネギトロは、昨年末に招待してもらった四谷の茶懐石「木挽町 大野」風に、叩いたマグロにネギと海苔が添えられていた。

料理が和洋折衷なので、私は日本酒、バンビはシャンパンを。


「盛岡には、どうして美味しいものばかりあるのかな?」


バンビは、よくそう言うが、以前、盛岡に取材に行ったエッセイストの平松洋子さんも、同じことを言っていたっけ。


盛岡のみならず、日本は、どこに行っても、その土地ならではの特産や料理がある。

それも、旅の楽しみのひとつだろう。
posted by 城戸朱理 at 11:11| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする