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城戸朱理のブログ

2020年11月03日

アメリカのAction Booksに作品掲載



アメリカのWebマガジン「Action Books」が詩の翻訳を特集し、私の詩「渇水期」が紹介された。

翻訳は和光大の遠藤朋之先生とピューリッツァー賞詩人、フォレスト・ガンダーさん。


お二人による私の英訳詩集の原稿も完成し、アメリカでの出版を待っているところだが、コロナ禍のなかで、自分の作品が国境を超えていくことに、いささかの興奮を禁じえない。



https://actionbooks.org/2020/09/the-dry-season-by-shuri-kido-and-translators-tomoyuki-endo-forrest-gander/


posted by 城戸朱理 at 16:07| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月02日

新型コロナウイルスで火の海と化した世界



10月19日、全世界の新型コロナウイルス感染者は4000万人を超えた。

WHO(世界保険機関)は、全人類の10%がすでに感染しているという推測を発表したが、それから、わずか二週間たらずで感染者は4500万人を超えてしまった。


大統領選のさなかのアメリカでは、21の州で感染爆発が起こっており、11月1日には新規感染者が一日で9万人を超え、これまでの感染者は一千万人に迫っている。

ブラジルも連日、1万人の新規感染者が出ており、さらにヨーロッパも第二波に襲われ、再び感染が拡大、スペイン、フランス、ドイツ、イギリスなど各国は、ロックダウンや何らかの規制に踏み切った。


新型コロナウイルスは、回復まで数週間から数か月もかかるうえに、陰性になっても息苦しさや動悸、発熱など障害が残る症例が報告されており、しかも無症状であっても心臓や脳、血管に深刻なダメージを与えるケースがあることが分かってきた。

さらに、感染者がいったん陰性になっても抗体は半年たらずで消え、再度、感染する例もあるうえ、二度目のほうが重症化しやすいというのだから、有効なワクチンの開発は無理なのかも知れない。


日本の感染者は中国を超えて10万人に達したが、北米、南米、ヨーロッパに比べるならば、かろうじてアウトブレイクは避けられている。

しかし、ニュージーランドや台湾、中国や韓国のようにウイルスの抑制に成功したわけではなく、第二波が収束しきれないまま微増傾向にあるのも間違いない。


ここで気を緩めると、11月末から12月にかけて感染拡大の第三波を迎えることになるが、ヨーロッパがロックダウンに入るのに、真逆のGo toキャンペーンやらをやらかしているのだから、感染が収束するはずはなく、よくても現状の維持、悪くすると感染爆発という結果になるのは当然としか言いようがない。


理論的には、すべての人間が2m以上、距離を開けて二週間その状態をキープすればウイルスは死滅するわけだが、現実には感染を抑制して経済活動を再開すると再び感染が拡大し、またもや抑制に転じるといういたちごっこを続けていくしかないのだろう。

それが、あとどれだけ続くのかは分からない。

しかし、来年も再来年も同じような状況が続いたら、焦土化した都市だけが残されるのではないだろうか。


去年まで当たり前だったことができなくなって久しい。

この変化を心身に刻みつつ、次なる言葉を探す毎日が続いている。
posted by 城戸朱理 at 17:11| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月14日

異常な常態を生きて



7月は青空を見た記憶がないほど、雨が降り続いた。

8月は、生命の危険を感じるほどの酷暑が続き、鎌倉では10月上旬になっても最高気温25℃を超える夏日があった。

今や異常気象が当たり前で、将来、2020年の夏は涼しかったと言われる日が来ると警告する科学者もいる。

地球温暖化とはそういうことであり、これから夏は、さらに暑くなっていくというのだから気が遠くなる話ではないか。


ともあれ、10月になって、ようやく酷暑からは解放され、ひと息つくことができた。


先月末には、「詩と思想」11月号の特集「四季派の遺伝子」鼎談のゲラをチェックし、「公明新聞」から依頼されたエッセイ「コロナ禍とその後に紡ぐ言葉」のゲラを戻したのだが、今月に入って、共同通信の月評「詩はいま」を執筆、さらに「岩手日報」投稿欄の選評2回分を書き上げて、「現代詩手帖」11月号の岡田隆彦特集の論考に着手したところまでは順調だった。


ところが、私の企画・監修で制作中の建築家、栗生明さんの番組で問題が発生して対応に追われ、さらにアメリカのルイーズ・ブリュックのノーベル文学賞受賞が発表されると、日本では知られていない存在だけに、私にまで「日本経済新聞」と共同通信から取材があった。

「日本経済新聞」には私のコメントも掲載されたようだが、私はまだ見ていない。


「現代詩手帖」の岡田隆彦論を書き上げ、続いて井上春生監督がプロデューサー、ディレクターを兼任する運慶の番組ーー奈良・円成寺、東京・真澄寺、足利・光得寺に残された運慶の三体の大日如来像を運慶研究の第一人者、山本勉先生に語ってもらうという企画の構成案とナレーション原稿を書いているところだが、吉増剛造さんが久しぶりに鎌倉にいらっしゃるそうなので、スケジューリングをしなければならなくなった。

コロナ禍で強いられる不自由さと、それゆえの自由とにはさまれた日々。

私たちは、当分の間、この異常な日々を常態として過ごさなければならないわけだが、これに慣れる日は来るのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 16:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

乱世の予兆



鎌倉の小町通りや若宮大路を歩くと、シャッターを下ろしたままの店舗がずいぶん目につくようになった。

感染を抑制できないまま、経済を回すために、政府はGO TOキャンペーンを前倒しして実施したが、旅行に行けるのはコロナ禍でも余裕がある富裕層・中間層に限られるし、失業して本当に困っている人には、なんら恩恵のないキャンペーンである。

今年の第二四半期(4月ー6月)の経済成長率は、中国が3.2%、台湾がマイナス0.6%、韓国がマイナス3.3%なのに対して、日本だけはマイナス7.9%と東アジア最低で、もはや世界恐慌レベル。

マッキンゼーは、ロックダウンの有無に関わらず、感染が抑制されている国ほど経済は好調に転じ、人命より経済を優先して、感染を抑制しきらないまま経済を回そうとすると、パフォーマンスが落ちるという分析を発表したが、日本はまさに、そうしたもっとも悪い例の見本となっているとしかいいようがない。


感染爆発が止まらないアメリカでは、自衛のため銃器と弾薬の売り上げが飛躍的に伸びたそうだが、日本でも、毎日のように強盗や窃盗の報道がされている。

また農畜産物の盗難も続いており、印象に残ったものだけでも、4月には群馬でホウレン草550キロ、7月には前橋市で豚400頭、8月には群馬で豚50頭、前橋市で豚100頭、北海道でタマネギ100キロ、9月には埼玉で豚130頭、茨城で新米3.7トンと、窃盗の規模も大きくなっている。

ほかにもシャインマスカットやリンゴなど果物の盗難も相次いでおり、規模が規模だけに計画的な犯行としか思えないが、いずれにしろ、これまでなかったようなことが起こっているのは間違いない。


一方で、生活苦からの万引きや窃盗の報道も増え、困窮のあまり人心が乱れているのを感じざるをえない。

それは乱世の予兆にほかならないだろう。


新型コロナウイルスのエアロゾルによる感染は今や常識だが、それは人間が対話することは、呼気を互いに交換することでもあったことを私たちに教えた。

ウイルスの危険性は対話の忌避を生み、同時に、人間を他者の排除に向かわせる。

それも、また乱世の発端にほかならず、私たちはさまざまな方法で対話の可能性を探っていかなければならないのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 15:19| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新型コロナウイルスのパンデミックの下で



インドでは、新型コロナウイルスの感染者が、アメリカ、ブラジルに続いて500万人を超えた。

全世界の感染者は3700万人に達し、死者は100万人を超えている。


新型コロナウイルスの発生源とされた中国、武漢の華南海鮮市場が閉鎖されたのは、1月1日。

1月15日の段階で、COVID‐19の感染者は中国の59人だけだったし、2月1日には、中国で7700人と感染爆発が起こり、日本でも11人の感染が確認されたが、中国以外の感染者は世界で100人にすぎなかったことを思うと、隔世の感がある。


世界中、どこにも逃げ場はない。

これが、パンデミックというものなのか。


日本の感染者は10月13日の段階で、累計27959人と中国を超え、政府の無策ぶりをあらわにしている。

世紀の愚策として記憶されるだろうGO TOキャンペーンで、第二波が収束しないまま、日本は感染拡大の第三波を迎えることになりそうだ。


人間に感染するコロナウイルスは、これまで、風邪ウイルス4種とSARS‐CoV(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス)、MERS‐CoV(中東呼吸器症候群コロナウイルス)の6種が知られていたが、7つ目となったSARS‐CoV‐2(新型コロナウイルス)は、新型だけに、いまだに分からないことが多い。

恐ろしいのは、肺炎だけではなく、無症状の感染者でも心臓の炎症など、さまざまな後遺症が認められることだ。

識者によると、コロナウイルスは、ひと月に一度のペースで変異していくそうだが、新型コロナウイルスが変異して弱毒化し、季節性インフルエンザになってしまうのか、あるいは強毒化して、人類が対抗薬を開発するまで猛威を振るうことになるのかも予測できない。


新型コロナウイルスは、罹患してしまった場合、家族や友人に感染させる危険性があるため、自分が世界の一部を成す存在であることを意識することになったが、オックスフォード大学が予想したように、コロナ禍が終息するのに2024年までかかるとしたら、世界は焦土化してしまうことだろう。


新型コロナウイルスで余儀なくされた自粛生活のなかで思ったことを、これまで「神奈川新聞」6月14日、「現代詩手帖」6月号、「公明新聞」10月7日に執筆してきたが、今はまだパンデミックの最初の段階なのかも知れないし、そうだとしたら、恐ろしいことだと思う。
posted by 城戸朱理 at 14:27| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月03日

東京アラートの意味は?



アメリカの新型コロナウイルスの感染者は268万人を、死者は12万8千人を超え、22の州が経済活動制限の措置に踏み切った。


1日で新規感染者が5万2千人超と過去最多を記録したというニュースには愕然としたが、アメリカはコロナ抑制に完全に失敗しており、トランプ大統領の再選はなくなるだろうという予測が語られるようになった。


一方、日本でもアメリカほどではないとはいえ、新規感染者が増え、東京では、7月2日の新規感染者が107人と、5月2日以来の100人超えとなった。

北米や南米に比べると、アジアの被害が少ない理由は分からないが、アジアではコロナ対策に失敗した劣等生でしかない日本が、このまま終息を迎えられるのか、それとも感染が拡大していくのかは、都道府県を越えた移動自粛要請が解除されてから二週間となる今週末を待たないとはっきりしないだろう。


それにしても、東京都知事の「東京アラーム」とは何だったのだろうか?

たんにレインボーブリッジと都庁を赤くライトアップしたかったのだとしか思えない。
posted by 城戸朱理 at 10:42| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月01日

パンダ・バルでスパークリング、その2

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そして、イベリコ・ベジョータをフライパンで焼き、オーヴンで仕上げたプランチャ。


トルティージャは野菜とチーズ入りを頼み、食事はSサイズのパエリアにした。


外食は、今後も控えていかなければならないだろうが、コロナ対策をしっかりとしている店なら、空いている時間帯に利用したいものだ。

ちなみに、この日は入店時は私たちだけ、その後、カウンター席にはちらほらとお客さんがいたが、帰るときには私たちだけになっていた。

誰もが長居するのを避けているのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 23:19| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パンダ・バルでスパークリング、その1

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新型コロナウイルスを警戒して、美容室に行くのも控えていた。

私の髪はバンビことパンクな彼女が上手にカットしてくれたが、女性の髪は私の手には負えない。

暑くなってきたし、久しぶりに若宮大路のユアーズに予約を入れて、髪を切ってもらうことにした。


私もバンビも担当は杉山店長なので、まず私がカットしてもらって、バンビが切ってもらう間に、島森書店やたらば書房を覗く。


髪を切るだけでも、緊張を強いられる日が来るとは。


バンビはお気に入りのヴィヴィアン・ウェストウッドのパグ柄ワンピースを着て、髪も短くなりご機嫌である。

さっそく、LINEで柳美里さんに写真を送っていたようだ。



せっかくなので、久しぶりに、御成通りのパンダ・バルに寄って、軽く飲むことにした。

コロナ対策で、カウンターと調理場はビニールシートで仕切られ、奥の半個室もテーブルを減らして、ひと組だけ。

さまざまな工夫をしているのに感心する。


いつものようにポルトガルの微発泡のロゼ、ヴィーニョヴェルデをボトルでお願いして、ピンチョスを全種類もらう。

スペインのバルの定番、ししとうの素揚げにマッシュルームの生ハム詰めのフリット、さらにバンビの大好物、ハモン・イベリコ・ベジョータを切ってもらった。


「イベリコ・ベジョータは、ドングリを食べて育ったんだから、バンビもドングリを食べているようなものなんだよ!」


違う。

明らかに違うし、イベリコ・ベジョータの生ハムの奥深い味から、ドングリを想像するのはーー難しい。
posted by 城戸朱理 at 22:33| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月30日

人類と新型コロナウイルスの現在



中国で最初の新型コロナウイルス感染が報告されてから6月末で半年になる。

当初は、感染の抑制に成功すれば、いずれ終息のときが来るような気分が支配的だったが、今では、感染拡大の第二波、第三波があるというのが常識になった。


しかも、世界的には感染拡大は加速している。

アメリカの感染者は250万を超え、全世界では感染者が1000万人、死者は50万人を超えた。


中国や台湾、韓国では第一波の抑制に成功したが、日本は東京や北海道でいまだに終息しきれず、東京と首都圏の新規感染者は拡大傾向にある。


新型コロナウイルスは「新型」だけに人類にとって未知のウイルスなわけだが、なぜか、欧米に比べて東アジアでは死者が少なく、致死率は国によって、3%から10%超もの違いがある。

同じウイルスとは思えないほどの違いだが、世界中の国境が閉ざされたなかでも、いまだに感染が拡大しているということに、新型コロナウイルスの恐ろしさを感じざるをえない。

世界的には第一波の終息でさえ、年内いっぱいはかかるのではないだろうか。

いや、年内で済めば、まだいいほうかも知れない。



日本は、地下鉄がある規模の大都市では感染拡大の傾向があるが、東北や中国、四国、福岡県以外の九州地方では、ほぼ終息しており、今後は都道府県を越えた移動の自粛要請が解除されたあとの状況を見守っていくしかない。


いったん終息しても、感染者が移動することで、ウイルスは拡散していく。

国内のみならず、4月以降、99.9%減となったインバウンドが少しずつ回復していったときにも、ウイルスは海外から持ち込まれることになるだろう。


この厄介なウイルスと共存しなければならない日々は、いつまで続くのだろうか。



この時季、鎌倉では、コジュケイとガビチョウの鳴き声がやかましく、ホトトギスの声も聞こえてくるのだが、今年はカラスが異様に鳴いている。

繁華街の飲食店が営業自粛で生ゴミが減ったため、餌がなくなったカラスが、自炊で生ゴミが増えた住宅街に移動して、縄張り争いをしているらしい。

コロナで生活が一変したのは人間だけではないようだ。

見たことのない世界が、日々、立ち現れてくる。
posted by 城戸朱理 at 23:33| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月29日

自宅でアウトドア???

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発端はYouTubeだった。


これまでYouTubeといえばミュージッククリップかプロレスしか見たことがなかったのだが、ここ数年、静かなブームになっているという「ソロキャンプ」を検索したところ、ハマってしまったのである。

テントを張って火を起こし、焚き火で料理をするだけの動画ばかりなのだが、なぜか引き込まれるものがある。

焚き火に魅せられたのだろうか。


とりわけ「伊豆のぬし釣りキャンプ」という男性ふたりのYouTuberの動画は、映像も編集も凝っていて実に雰囲気がある。


焚き火をして、バナナにチョコをはさんで焼き、まずはチョコバナナでシングルモルトを楽しみ、それから分厚い和牛ステーキを焼いて、ジントニックを飲む。

持参したウィスキーが、ボウモア12年と宮城峡、ジントニックは肉専用と称して黒胡椒を振るといったこだわりも渋い。


チョコバナナとウィスキーという組み合わせは意外に思うかも知れないが、ウィスキーとチョコは昔から定番である。



キャンプだと、料理も家庭のキッチンのようにはいかないが、その不便さまで含めて楽しいのだろう。


バンビことパンクな彼女も喜んで見ていたのだが、パンクだけに自分もすぐやりたくなるのを失念していたのが失敗だった。

バンビはあれこれ調べたあげく、スウェーデン製の飯盒、メスティンの人気が高いことを知って、さっそく取り寄せてしまった。

メスティンはスウェーデンのポータブルストーブのメーカー、トランギアの製品なのだが、飯盒とはいえ、炊くだけではなく、煮る、蒸す、炒める、焼く、燻すと万能の調理器具なのだとか。

トランギア公認の『メスティンレシピ』には、たしかに飯盒料理とは思えぬ料理が並んでいるので驚いた。

表紙のパエリアは、まだ分かるが、レモンローズマリーチキンだのミートパイからローストビーフまで多彩なメスティン・レシピが紹介されている。


バンビはお米のとぎ汁を煮て、シーズニングを済ますと、さっそく御飯を炊いていた。

美味しく炊けたが、さすがに土釜のような甘みと香りはない。


続いてバンビは手羽中のビール煮に挑戦。

手羽中をビール、醤油、きび砂糖、ニンニクで煮るのだが、こちらもうまくいったものだから、バンビは得意の絶頂に。


メスティンばかりではなく、コッヘルでアサリのワイン蒸しを作ったりして、食卓にアウトドア用品が並ぶようになってしまった。

かくして、わが家の食卓は、普通の器とキャンプ用品が混在する不思議なものになってしまったのである。



パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 17:09| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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