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城戸朱理のブログ

2015年05月29日

2日続けて誕生日?

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人は誕生日を迎えるたびに年を重ねていく。

ところが、私の場合、2日続けて誕生日だった。

となると、私は今、いくつなのだろう?


どうしてかと言うと、5月23日の夜に羽田をたち、日付変更線を越えたので、やはり23日の昼にワイキキ空港に着いたためである。

昨年もまったく同じだったので、2年続けて、2日続きの誕生日という滅多にない経験をしたことになる。


それにしても、旅立つ前は、いつもあわただしい。


私は6時に起床して、書斎の片付けと整理を始めた。

バンビことパンクな彼女は、8時に起きて、着替えや荷物のパッキングを始める。

バンビはアシスタントプロデューサー兼スチールなので、一眼レフやレンズなど機材が多いため、パッキングにも時間がかかる。

私は、着替えをパッキングするだけなので、30分で終わった。

旅の準備が終わったのは、12時半。


小憩してから、羽田空港に向かう。

横須賀線の車中では、高柳克弘さん、神野紗希さんを迎えての京都ロケ構成案を確認する。


4時に国際線に隣接したロイヤルパークホテル羽田のラウンジ、テイルウィンドで、井上春生監督と待ち合わせて、テレビ番組制作会社アマゾンラテルナの上杉直子プロデューサー、渡辺丞祐ディレクターとベルリンロケの打ち合わせ。

打ち合わせを終えてから、夕食がてら鰻やおでんで、しこたま芋焼酎飲んだのだが、機内で熟睡し、時差ボケを防ぐためである。


ANA・NH186便で、ハワイへ。

たとえ、仕事であっても、ハワイの風と光は素晴らしい。
posted by 城戸朱理 at 10:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月23日

ブログ更新お休みのお知らせ



いつも、このブログにお付き合いいただき、ありがとうございます。

仕事が立て込んでおり、しばし、ブログの更新をお休みさせていただきます。


次の更新は、5月28日からを予定しておりますので、また、お付き合いいただけますよう、お願いいたします。
posted by 城戸朱理 at 22:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紫陽花の季節まで



連日、CS放送の番組の件で井上春生監督を始めとするスタッフと連絡が行き交い、頭が混乱してくる。

なにせ、台湾ロケのナレーション原稿の確認に、ハワイロケの事務的な連絡、京都ロケの構成案、さらに秋の京都のスケジューリングまで重なっているのだから仕方がない。

早朝、6時すぎから深夜まで、ひっきりなしにメールが届き、電話のやり取りも。

アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女が交通整理をしてくれなければ、私の手に負えない状況だったのは間違いない。

紫陽花の咲くころまでには、落ち着いてくれるといいのだが。


例外的に、19日(火曜日)だけは、サバチカル中の島村輝教授と、立ち飲みバール・テンスケで待ち合わせて、クルベル・キャンでグラスを傾けながら、ゆっくり語り合うことができた。

藤沢周氏も来店したのだが、満席で顔を見るだけで終わったのが、残念。

藤沢さんは、芥川賞受賞作の『ブエノスアイレス午前零時』が舞台になり、昨年屈指の演劇という高い評価を得たが、
最近もヒップな剣道小説『武曲』が文庫化され、新刊『界』(文藝春秋社)が刊行されるなど、波に乗っている。


21日(木曜日)は、前日から準備していた「毎日新聞」の詩の月評を執筆。

夕方に書き上げてメールし、続けて、第4回芝不器男俳句新人賞の受賞者である曾根毅氏の句集に寄せる原稿を書く。

私も選考委員に名を連ねる芝不器男俳句新人賞は、冨田拓也、関悦史、神野紗希、佐藤文香といったこれまでの受賞者の活躍によって、俳壇の登竜門としての位置を確立したが、本賞の副賞は、句集刊行となる。

曾根毅さんの句は、禍々しくも一行として屹立するもので、刊行が楽しみだ。


この日は、11月に鹿児島で開催される「文化の国体」こと第30回国民文化祭の件で、高岡修さんに連絡した。

テーマは「詩の現在、詩の未来」。

私も和合亮一、石田瑞穂両氏との座談会に参加することになっているが、久しぶりの鹿児島である。


5月22日(金曜日)は「毎日新聞」月評ゲラを確認してから、フェリス女学院大学で授業。

小説でも映画でも音楽でも、好きな作品を選び、アンサーソングを書くという課題を出したら、学生が選んだのは、ほとんどアニメとゲームだった。

去年までならば、小川洋子さんの『薬指の標本』を取り上げる学生もいたりしたのだが。

『薬指の標本』は、ディアーヌ・ベルトラン監督によって、フランスで映画化されたが、主役を演じたのは、のちに「007 慰めの報酬」でボンドガールに抜擢されたオルガ・キュリレンコだった。


バンビは、南相馬に引越した柳美里さんと、毎日のようにメールのやり取りをしているが、この数日かで柳さんの身辺で起こったことには絶句するしかない。

柳さんは、現在、ブログもツイッターもお休みされているが、いずれ御自身から報告があると思う。
posted by 城戸朱理 at 07:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月21日

またもやパンクな髪型に???

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バンビことパンクな彼女からメールが来た。


「前髪をバシッと切ってこけし化をはかるぞう!」
!!!!!!

前回、髪を切ったときは、ようやく、こけし風のカットを止めたと思ったら、またもや、こけし風の髪型にして、生きているこけし=生(なま)こけしになろうと企んでいるらしい。

そして、しばらくしたら――


「こけし度がアップしたよ!」
・・・・・・

こけし度なんてアップしなくていいのだが、パンクだから仕方がない。


私は、洋服を整理して断捨離に精を出していたのだが、持っているのを忘れていたショートパンツが衣装ケースの奥から出てきたので、夏の部屋着に使うことにして出しておいた。

その夜のこと。

バンビが見慣れない膝下のパンツをはいていると思ったら、私が出しておいたショートパンツではないか!


「そ。
いつも驚きをお届けするマッド・バンビだよ!」
・・・

「驚き」ばかり届けられても困るのである。

「この短パンは、バンビくんに上げたらいいんじゃないかな?」
・・・・・・

当然、大きすぎるものだから、バンビは、こけしなラッパーのようになっている。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 11:29| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月20日

悪口と認知症の関係



今日の脳科学の研究は、思いがけないことを明らかにしつつある。

なんと、他人の悪口や批判ばかり言っている人は、そうでない人より、はるかに認知症になりやすいというのだ。


人間の感情を司る古い大脳皮質は、主語というものを理解できない。

そのために、他者の悪口や批判を言うと、新しい大脳皮質から送られてくる情報を、古い大脳皮質は、主語抜きで理解するため、自分自身を悪く言っているように誤解してしまう。

その結果、ストレスがたまって不快感がつのると、視床下部が刺激され、コルチゾールが分泌される。

ストレスホルモンとも呼ばれるコルチゾールは、副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンの一種だが、ストレスに敏感に反応して分泌量が増加する。

そして、コルチゾールは記憶を司る海馬を傷つけ、脳を老化させてしまうのだという。


フィンランドの脳神経学者、トルパネン博士の研究チームは、調査の結果、悪口や批判を好む人は、そうでない人の約3倍も認知症になる可能性が高いという研究結果を発表した。


他者を批判し、悪口を撒き散らしていると、認知症になりやすく、果ては自分が誰かも忘れて徘徊老人になりかねないわけだから、実に皮肉な結果と言うしかない。


たしかに批判が必要なことはあるだろう。

しかし、批判に走る前に、小林秀雄の次のような一節を思い出しておきたいものだ。


「ある対象を批判するとは、それを正しく評価することであり、正しく評価するとは、その在るがままの性質を、積極的に肯定する事であり、そのためには、対象の他のものとは違う特質を明瞭化しなければならず、また、そのためには、分析あるいは限定という手段は必至のものだ。
カントの批判は、そういう働きをしている。彼の開いたのは、近代的クリチックの大道であり、これをあと戻りする理由は、どこにもない。批評、批判がクリチックの誤訳であろうとなかろうと。」(「批評」)
posted by 城戸朱理 at 11:36| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月19日

ウグイスが鳴く季節





先週、台風が過ぎたあとは、東京で30℃近くまで気温が上がった。

鎌倉は、東京や横浜よりはやや涼しく、25℃前後の日が続いている。

裏山ではリスが御機嫌らしく「ケタケタケタケタ」と鳴き、ウグイスの声も、ようやくウグイスらしくなってきた。


金曜日は、フェリス女学院大学で、土曜日は女子美術大大学院で授業があるので、週末は、落ち着かない。

フェリスには、東戸塚から、女子美には相模大野からタクシーで行っているが、帰りは藤沢経由になるので、小田急デパ地下で食材を買物してから帰宅するようにしている。

だから、金曜日と土曜日は、私が夕食の準備をすることが多い。


金曜日は、尾崎左永子先生が主宰する歌誌「星座」と、鎌倉ペンクラブ会報から、エッセイの原稿依頼が来ていたのを思い出し、確認したところ、鎌倉ペンクラブ会報の依頼は、エッセイではなく「俳句10句」というものだった。

なぜだ?

なぜ私に俳句の依頼が?

200句ほどを書き止めた俳句ノートは、見つからないし、どうしたらいいのだろうか。


土曜日は午前中で雨が上がったので、講義のあと、院生4人と相模大野の伊勢丹に入っているレストラン・キハチに行った。

言うまでもなく、熊谷喜八シェフの店だが、シェフ本人が来店して特別なコースを出す日もあるらしい。


そして、日曜日は午前10時から、かまくら春秋社で「詩とファンタジー」選考会。

平岡淳子さんはすでに前日に選考して下さっていたので、蜂飼耳さんとかまくら春秋社の山本太平さんに私の3人で選考に当たる。

蜂飼さんは台湾の東部の街で開催されている詩祭に招待されて以来、台湾に魅せられ、毎年行っているのだとか。

台湾話で盛り上がったが、そういえば私も台湾のことをブログにアップしなくては。


平岡さんが選考を済ましておいてくれたおかげで、選考は、いつもより早く終わり、お昼はオステリア・コマチーナで御馳走になった。

2日続けてイタリアンになったが、スパークリングワインも飲めたし、土日も仕事とはいえ悪くない週末である。


ようやく外出しなくてもいい日が来たのは、月曜日。

衣替えも終わったことだし、衣類を整理して、断捨離に励んでいたのだが、毎日新聞の井上卓弥氏から電話があって、今月の詩の月評について打ち合わせる。

「毎日新聞」の月評も4月で5年目に突入した。

京都で吉増剛造さんから、「もう一冊にまとめられるんじゃないですか」と言われたが、これまでの執筆分は8400字詰原稿用紙に換算して、約200枚。

通常の新書の原稿量が240枚なので、たしかに一冊にまとめられる日が近づいている。

ちなみに、「読売新聞」で詩の月評を担当していた野村喜和夫さんは、4年の連載が終わり、単行本にまとめるそうだ。

さらに亀岡大助「現代詩手帖」編集長から、久しぶりに野村さんと、ゲストを迎えて「討議 ポスト戦後詩」を、という依頼が。

一瞬、連載かと思って、無理と口に出かかったが、特集に合わせた一回だけの企画だというので、胸を撫で下ろした。


思潮社の戦後50年企画だった「討議 戦後詩」を野村さんと「現代詩手帖」に連載したのは、もう20年前になる。

私は、連載途中で36歳になり、その年の終わりに当時、「現代詩手帖」編集長だった小田康之氏から連絡をもらって『現代詩文庫 城戸朱理詩集』の刊行が決まったのだった。

それから、20年。

日本という国の姿が揺らいでいる。
posted by 城戸朱理 at 13:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月18日

吉増剛造さんからGOZO CINE新作が届く

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4月25日に、吉増剛造さんから、私とバンビことパンクな彼女宛てにDVDが届いた。

吉増さんが撮り続けている実験的な映画、GOZO CINEの新作である。


タイトルは、「ダイゴジカクメイ キセキノダイゴジ」。

「醍醐寺革命 奇跡の醍醐寺」!?


醍醐寺では丸1日がロケで、吉増さんが動画を撮る余裕はなかったはずだが。


さっそく、観てみたのだが、これは、醍醐寺で罫線を引いた「詩の傍らで」を御自宅で完成させる様子を撮影したものだった。


原稿用紙に時間が堆積していくかのように、上書きされていく言葉、飛び散るインク。


なんということだろうか。

吉増さんは、醍醐寺でドキュメンタリーの出演者となるだけではなく、撮影中も「詩の傍らで」の制作を続けていたが、それが完成する様子もまた、GOZO CINEの新作として生成させたことになる。

生きている時間のすべてで、ポイエーシス(創造)に向かい合う、その姿勢は、圧倒的としか言いようがない。
posted by 城戸朱理 at 13:55| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

突然にしか起こらないこと




台湾のことをブログにアップしていこうと思っていたとき、突然の訃報が。

鎌倉の飲み屋で、よく顔を合わせていたSさんが事故で亡くなったというではないか。

台風が上陸し、風が吹き荒れていた5月12日の夜。

Sさんは飲み屋をハシゴして、泥酔したのか、横須賀線にはねられて亡くなったのだという。

驚いた。

驚くしかなかった。


Sさんは、67歳。

若いころは、考古学者として、エジプトなど各地で発掘に従事したらしい。

日本画家の瓜南直子さんが急逝したときは、遺品整理のかたわらで、Sさんが、伴清一郎画伯の引越し作業を黙々とこなしてくれた。

飲み屋で会ったときなど、あれこれ話をしたものだが、まさか、こんな亡くなり方をするとは。


5月14日が通夜。

私は、重要案件の打ち合わせが東京であったのだが、延期してもらって、バンビことパンクな彼女とカドキホールにむかった。


伴さんも滋賀から駆けつけたが、誰もが「まさか」という顔をしていた。


Sさん、やすらかに。
posted by 城戸朱理 at 11:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月14日

2泊3日の荷物には

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1泊だけならば、ふだん使っているトートバッグに、シャツと下着の着替えだけ入れれば済む。

3泊以上の小旅行ならば、あらかじめトランクを宅急便で送り出してしまうが、
東京で会議や打ち合わせとなると、2泊3日というケースが多い。

これが、問題なのだ。

それなりに着替えは必要だが、大きなトランクを使うほどでもないし、ボストンバックだとスーツやジャケットを収納できない。


そんなときには、もっぱらルイ・ヴィトンのソフトトランクを使っている。

これだと、3日分の着替えや部屋着などパッキングすることが出来る。


ルイ・ヴィトンのトランクは、もうひとまわり大きいものも持っているが、現在は生産されていないソフトトランクは、収納力が大きいところがいい。


フランスのトランク職人だったルイ・ヴィトンが、フランス東部からパリまで400kmを歩いて旅した経験から防水性のある布地を用いたトランクを作り、世界初の旅行鞄専門店をパリのキャプシーヌ通りに開業したのは、1854年。

それまでのトランクは、上部が山型になっていたため、重ねて積むことが出来なかったが、ルイ・ヴィトンは初めて積み上げることが出来る上部が平らなトランクを作ったのだとか。

「コロンブスの卵」的な発想の転換だが、ルイ・ヴィトンも、自身が創り出したブランドが、今日のように世界を席巻するような隆盛を迎えるとは予測できなかっただろう。


開業以来、評判を呼ぶとともに、その後は万国博覧会でも声価を高めたが、「LV」というマークがプリントされたモノグラムは、ルイの息子、ジョルジュが万国博覧会で見た日本の家紋から発想したものだという。

今ではルイ・ヴィトンといえば、ハイファッションのブランド品というイメージが一般的だが、もともとは旅行鞄の専門店であり、白洲次郎の遺品にもルイ・ヴィトンの船旅用のトランクがあった。

それが、1998年にマーク・ジェイコブスをデザイナーに迎えてから、ファッション性を高め、今日のような洋服や靴からバッグまでを扱うハイブランドになったのだが、個人的には、それ以前の、いかにも鞄らしいヴィトンのほうが好ましい。

2014年のスプリング・サマー・コレクションを最後にマーク・ジェイコブスは退き、ニコラ・ジェスキエールがクリエイティブ・ディレクターに就任したが、おそらく現在の方向性は変わらないだろう。


私のように旅と移動が多い生活をしていると、旅行鞄は必需品だが、なかなか理想的な鞄には出会わないものだ。
posted by 城戸朱理 at 13:45| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月13日

bambi in Vivienne Westwood!?

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「にゃふ」


「にゃふふふふ」
???

バンビことパンクな彼女が喜んでいる。

いったい、どうしたのだろう?


「明日はお仕事で東京だから、久々にヴィヴィアンに寄れるね!」

それで喜んでいたのか!

そして、何かつぶやいているではないか?

何なんだ?

「たっぷり買ってあげたいものだねって、こっそり、つぶやいていたんだよ!」
・・・・・・


全然、「こっそり」ではないのである。


バンビも写真展を始めたとして昨秋から忙しかったものだから、1月3日に寄っただけで、ヴィヴィアンも長らく覗いていない。

翌日は仕事のあとで、パンクの聖地、ヴィヴィアン・ウエストウッドにバンビを連れていくことにした。


新作を吟味して、試着すること1時間。

私が気に入ったのは、ヴィヴィアンのアイコン、襟がハート型になったラヴジャケットをアレンジした黒のライダースジャケット。

これは、オータム&ウィンター・コレクションで、ツイードとレザーのコンビネーションで発表されたライダースと同じ型である。

ツイード×レザーのライダースは、ツイードのスカートとセットアップで購入したが、バンビによく似合っていたので、今期の黒のライダースもスカートとセットアップで買ってあげることにした。

バンビは、ハワイ行きに備えて、ショートパンツを3着、デニムスカートを1着、カットソーを4着を選ぶ。

合計、10着。

なじみの店員さんに「大人買いですね」と感心されたが、さすがに会計は半端ではない。

ところが、バンビは――


「ヴィヴィアンのお洋服は細く出来てるから、着るのも真剣勝負なんだよ!
ちょっとでも太っちゃったら着れないからね!」

たしかに。

ヴィヴィアン・ウエストウッドは、Lサイズでも、他のメーカーのMサイズより小さめの作りになっている。

「ヴィヴィアンを着るためにダイエットをするから、スポーツクラブに通ったりするのを考えると、これだけ買ってあげても安いものなんだよ!」
・・・・・・

勝手な理屈だが、分からないでもない。


洋服のみならず、さらにヴィヴィアンらしいデザインの大型のトートバッグを買って、次はアルマーニ・ジーンズを覗く。


バンビは梅雨どきのあために雨に濡れても大丈夫なバッグを探していたらしい。


「前、見たときにこれなら雨でも大丈夫と思ったバッグがあるんだよ!」
・・・・・・


現物を見てみたら、白いエナメル風のトートバッグである。

海やプールに行くときにも似合いそうな涼しげなバッグだったので、これも買ってあげることにした。

結局、12点の買い物である。

私は、この何年か鎌倉で飲み歩く余裕もなくて、本くらいしか、お金を使っていないから、まあ、よしとしよう。


「いいコにしてたから、いいものをいっぱい買ってもらえたなあ!」
・・・・・・

こういうときだけ、「いいコ」になるのは、バンビの得意技である。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 20:13| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神楽坂のフィンガーズに行く、その2

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フィンガーズの前菜は、海鮮のハーブ蒸しだった。

スパイスが効いたフレンチフライもビールに合う。

待つことしばし、ロブスターのコンボがやって来た。


トウモロコシを背負ったロブスターが面白い。

コンボにはロブスターとトウモロコシのほかにズワイ蟹と海老、ムール貝が入っている。

私がハサミでロブスターを解体し、バンビことパンクな彼女がせっせと食べる。


「んふ!
身がふんわりしていて、とっても美味しいよ!」

たしかに。

レイジング・クラブはボイルだが、フィンガーズはスチームで、絶妙の加熱である。


聞けば、ハワイのレイジング・クラブに行ったオーナーが、こういう店を作ろうと決意し、2か月後に開店したのがフィンガーズだというではないか。

レイジング・クラブとスタイルが同じなのも当然だが、料理は素晴らしかった。


「また、行きたいね!」


バンビも興奮していたが、たしかに、また行ってみたい店である。
posted by 城戸朱理 at 16:45| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神楽坂のフィンガーズに行く、その1

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「神楽坂にハワイのレイジング・クラブみたいなお店が出来たんだよ!
せっかく、神楽坂に行くんだから予約しておくね!」

バンビことパンクな彼女が興奮している。


ハワイのアラモアナ・センターに近いレイジング・クラブは、蟹や海老をボイルして手掴みで食べさせる店である。

料理はビニール袋に入ったままテーブルにドサッと置かれ、使い捨てのビニール手袋で蟹や海老を食べる。

何ともパワフルな店だったが、同じような趣向の店が神楽坂に出来たらしい。

その名もフィンガーズ。


やはり、使い捨ての手袋で食する。


バンビは、さっそく手袋を膨らましたり、オペに臨むドクターの真似をして遊んでいる。

さらにロブスターのコンボが来たら、ロブスターとジャンケンを始めてしまったのである!


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 16:44| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神楽坂のフィンガーズに行く前に

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5月3日、憲法記念日に笠井叡「日本国憲法を踊る」の再演が神楽坂のセッションハウスであった。

私は、一昨年の横浜での初演、芸術選奨文部科学大臣賞受賞を記念した昨年の再演も観ているが、今回の再演はさらに過激に、そして切実なものになっていた。

笠井さんの舞踏については、いずれまとまったものを書いてみたいと思っている。


公演のあとは、バンビことパンクな彼女が、8時からレストラン、フィンガーズを予約していたので、空いた時間を近所のイタリアンで過ごすことにした。


「日本国憲法を踊る」の興奮冷めやらぬまま、プロセッコをボトルでもらって、ひと息つく。

頼んだのは蒸し牡蠣と肉の前菜の盛り合わせ。

蒸し牡蠣は、ギリギリの加熱でほとんど生、肉の前菜も自家製のサルシッチャ、パテ・ド・カンパーニュと盛り沢山で、楽しめた。

これまでも何度か寄っているのに、店名を覚えていないのは、なぜだろう?
posted by 城戸朱理 at 16:43| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ再開

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5月の連休のころになると、鎌倉の山々は、あちこちが紫にけぶるようになる。

山藤の季節だ。

ブログの更新が止まってしまったが何かあったわけではない。

大学の授業も始まり、忙しさにかまけていたら、つい忘れてしまったのである。

バンビことパンクな彼女も、ブログを更新せず、仕事に励んでいたのだが、鎌倉ケーブルテレビJ:COMからNHK横浜放送局の鎌倉地域報道室に転職した中村早紀さんに、ブログを更新して下さいと言われたらしい。

「きっと待っている人がいますよ」と中村さんは言ってくれたそうだが、少なくても中村さんは待ってくれているのだろうから、明日から台湾旅行記も含めて、少しずつ更新していきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 16:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする