サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jp のロゴ
城戸朱理のブログ

2015年09月17日

東直子さんを迎えて、ごだん宮ざわへ〜その1

__1918.jpg__1919.jpg__1920.jpg__1921.jpg__1922.jpg



京都に行ったときは、仕事でもプライベートでも、ごだん宮ざわに行くことが多い。

宮澤政人さんが、最初の店である「じき宮ざわ」を弟子に任せて、「ごだん宮ざわ」を開店したのは、昨年、7月14日。

私が初めて、「ごだん宮ざわ」を訪れたのは、去年の10月のことだが、それ以来、ほぼ月に一度のペースで寄らせてもらっている。

今回は、宮澤政人さんに撮影までお願いしているが、快諾していただけたのが有難い。


宮澤さんは、東直子さんをイメージして、料理を作って下さることになっているが、今日は前夜祭というところか。


まずは、煎米茶が出る。

ビールは、バカラのグラスで。

岐阜の冷泉で一献のあと、先付けは、枝豆をすり流した茶碗蒸しだった。

このこが潜み、クランベリーが添えられているのも意外性がある。


「和食の華」、お椀は、湯葉で巻いた鰻と蓮根。

新ショウガの香りも。


お造りは、軽く皮目を焙った鰆(さわら)。

朝採れの茄子と八代の青海苔が添えられている。

吉野葛でとろみをつけた土佐醤油を掛け回したお造りは、たんなる刺身を超えた見事な一品だと思う。

ルネ・ラリックのクリスタル皿が、涼を呼ぶ。
posted by 城戸朱理 at 09:25| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月16日

流響院の灯籠流し

__1911.jpg__1912.jpg__1913.jpg__1917.jpg



この日の夕方は、南禅寺別荘群の真澄寺別院・流響院で、お盆の灯籠流しがあった。

近代庭園の祖、七代目小川治兵衛による池泉回遊式庭園は、琵琶湖疎水の水が引かれている。

参加者は、30名ほど。


暮れなずむ空の下、灯籠流しが始まり、次第に闇が濃さを増していくと、灯籠の灯かりが鮮やかさを増していく。
posted by 城戸朱理 at 14:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

下鴨納涼古本まつりで買った本

__18830001.jpg__18780001.jpg__18790001.jpg__18800001.jpg__18810001.jpg
下鴨納涼古本まつりでは、長らく探していた空海関係の本が、すでに老紳士が選んだものだったり、会場が広すぎて、チェックした本が見つからなくなったりしたが、旅先だけに、かさばるものには手が出ない。


結局、購入したのは、まず内田魯庵「芭蕉庵桃青傳」(立命館出版部、昭和17年)。


松尾芭蕉の伝記だが、この内田魯庵の著述が現れて、芭蕉研究は新たな局面を迎えることになった。



太平洋戦争のさなか、1942年に刊行された本だが、和綴じ、箱入りの贅沢な造本になっている。これが、1000円。



シャガールの画集は、1977年刊、「デリエール・ル・ミロワール」の一冊。


「デリエール・ル・ミロワール」は、パリで刊行された豪華版画集で、必ずオリジナル・リトグラフが収録されてている。


この画集では、3枚目の写真がオリジナル・リトグラフ。


1980年代までは神田の古書店で、ときどき見かけたが、最近は見なくなった。



シャガールは5000円だったが、掘り出し物と言えそうだ。



最後の二枚は、ヨーロッパの版画を扱う店で見つけたターナーのエッチングである。



19世紀のものだが、こうしたものを見つけるのも、古本市ならではの楽しみという気がする。
posted by 城戸朱理 at 14:35| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

下鴨納涼古本まつり

__1893.jpg__1894.jpg__1895.jpg__1896.jpg__1897.jpg



京都の古書市といえば、春の古書大即売会(京都市勧業館)、夏の下鴨納涼古本まつり(下鴨神社糺の森)、秋の古本まつり(百萬遍知恩寺)だが、これまで私が行ったことがあるのは、秋の知恩寺だけだった。

今回は、幸いにも下鴨納涼古本まつりの会期に当たったので、初めて夏の古本市を覗くことができた。


猛暑のなかの古本市だけに、団扇を配っていたが、これが役に立ったのは言うまでもない。



会場は広く、書架が山脈のように続く。

値付けも安く、本気で探して買い始めたらダンボール何箱にもなりそうだった。


意外だったのは、学生らしき若者の姿が多かったこと。

みんな、戦利品を入れるリュックやデイパックを背に、熱心に本の背を目で追っている。

カップルで、本を探す若者も目についた。


京都は、人口の10%が学生と大学関係者という文京都市でもあるわけだが、若い人が熱心に本を探している姿は、活字離れが言われて久しいだけに、心強いものがある。
posted by 城戸朱理 at 14:34| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

下鴨神社

__1898.jpg__1899.jpg



翌日は、今後の撮影のロケハンも兼ねて下鴨神社へ。


正しくは加茂御祖神社。

加茂別雷神社(上加茂神社)と並んで加茂氏の氏神を祀る神社であり、両社で催す葵祭で名高い。


運よく公開中だった大炊殿を見学することができた。


バンビことパンクな彼女も、お詣りしたのだが、声を出してお祈りしている。


「お手々にお小遣いをもっとたっぷり乗せてもらえますように」
・・・・・・


バンビとはいえ、中身はパンク、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 14:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

先斗町のBAR、吉祥

__1914.jpg__1915.jpg



御料理めなみのあとは、先斗町を散策し、国産ウィスキーを扱うバー、吉祥に入ってみた。

2014年、イギリスのウィスキーガイドブック「ワールド・ウィスキー・バイブル2015」で、
サントリーの山崎シングルモルト・シェリーカスク2013が、世界最高のウィスキーに選ばれたことは海外でも話題になったが、
世界で、もっとも権威があるとされるワールド・ウィスキー・アワード(WWA)とインターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)においても、
サントリーやニッカの日本産ウィスキーは、最高賞をたびたび受賞しており、日本産ウィスキーの世界の最高水準にあることは知られていた。


私もサントリーのチーフブレンダー、福與伸二さんから送っていただいたシングルモルトを秘蔵(?)しているが、国産ウィスキーに特化したバーは珍しい。


吉祥には、オールド・ボトルや限定ボトルも多く、山崎50年やニッカ40年など、ワンショット何万円(何十万?)になるのか分からないような貴重品も目につく。


ともあれ、山崎をあれこれ飲み比べて過ごすのは、得がたい時間だった。
posted by 城戸朱理 at 14:31| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

御料理めなみで、その2

__1889.jpg__1891.jpg__1892.jpg



蓮根団子は、めなみの定番。

餡かけで、ショウガの風味が素晴らしい。


さらに、夏の京都と言えば、鮎の塩焼を忘れるわけにはいかない。

蓼酢でいただく鮎は、ビールにも日本酒にも合う。


親日家の外国人は少なくないが、トミー・リー・ジョーンズが、好きな和食を尋ねられて「鮎の塩焼」と答えたときには、さすがに卒倒したっけ。

寿司なら、まだ分かるが、鮎の塩焼とは渋すぎるではないか。


最後は、これまた京都らしく、ぐじ(甘鯛)の若狭焼を。


鮎と甘鯛は、私がもっとも好む焼魚だが、バンビことパンクな彼女も好物である。
posted by 城戸朱理 at 14:30| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

御料理めなみで、その1

__1886.jpg__1903.jpg__1888.jpg__18870001.jpg__1890.jpg



魯山人展を見てから、烏丸松原の糸屋ホテルにチェックインして小憩し、夕食を取りに出かけた。


目指したのは、木屋町三条の御料理めなみ。

京都と鎌倉を行き来して暮らしていた、今は亡き日本画家、瓜南直子さんに教えてもらった店である。


タクシーを降りると、店の前に小さな怪しい人影が――

なんと、バンビことパンクな彼女ではないか!!!

いや、バンビは、京都・流響院を舞台とする番組「H(アッシュ)」のアシスタント・プロデューサーだから、いるのが当然なのだが。


まずはビールで喉をうるおす。

お通しは、水菜と油揚げの炊いたん、この日のおばんざいの盛り合わせは、生湯葉造り、オクラおひたし、さわら叩き、はもの子玉子締め、厚焼き玉子だった。

さわらもはもの子も実に旨く、酒を呼ぶ。


そして、夏の京都と言えば、これ。

鱧(はも)の落としは、梅肉ではなくわさび醤油で。

鱧は肉厚で、淡白さと濃厚さの接点のような味わいは、京都ならでは。

揚げ物は、とうもろこしの掻き揚げをもらった。
posted by 城戸朱理 at 14:30| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「和食の天才 北大路魯山人の美」展@京都国立近代美術館へ

__1884.jpg__1907.jpg__19050001.jpg__19060001.jpg



8月15日。

京都に着いて、最初に向かったのは平安神宮の参道にある京都国立近代美術館だった。

「和食の天才 北大路魯山人」展を観るためである。


稀代の美食家にして料理人であり、書、篆刻から、画や陶芸に大きな足跡を残した魯山人は、「食器は料理の着物」と唱えたが、料理を盛る器という視点からの展覧会は初めてだろう。


今回の京都ロケでは、魯山人についての場面も予定されているので、これはぜひ観ておきたいと思っていたのだが、仕事と関係がなくても個人的に行きたいと思っていた展覧会である。


魯山人の器をまとめて見るのは久しぶりだが、以前より、その素晴らしさが身に沁みるようになった。


日本の陶芸の頂点は桃山時代とされ、近代の陶芸家も桃山陶の再現を目指したが、魯山人ひとりが、織部であれ志野であれ、再現ではなく、現代の器を焼こうとした。

それは、魯山人織部、魯山人志野であり、昭和の織部、昭和の志野と言うべきものである。


写真の染付福字皿は、魯山人の代表作のひとつで、ごだん宮ざわで撮影させてもらった。

魯山人は、この籠字による染付福字皿を二千枚は焼いたらしいが、ひとつとして同じ書体はないという。

ごだん宮ざわでは、この福字皿を初めとして魯山人作品を普通に使っているが、たしかに料理が映える。


会場では、私も所持している青織部籠形花器の前で立ち止まったりもしたが、器はもちろん、良寛の漢詩「十字街頭」屏風の魯山人の書が、とりわけ素晴らしかった。
posted by 城戸朱理 at 14:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

和合亮一・大地親子、来鎌!

__1877.jpg



8月13日。

突然の連絡があって、和合亮一氏と大地くんが鎌倉にやって来た。

和合くんは、大地くんが「現代詩手帖」の投稿欄で一席を取ったら、私とバンビことパンクな彼女に会いに鎌倉に連れていくという約束を大地くんとしていたそうで、それが実現したわけである。


和合くんは、前日は東京で吉増剛造さんとトークだったのだが、トークのあとの打ち上げには大地くんも参加したそうで、大地くんは「現代詩の神々」に会えたと興奮気味だった。

大地くんは、高校生だが中学のときに早くも「現代詩手帖」投稿欄に登場し、個人誌「赤蒸気」まで刊行して、その才能を強烈に印象づけた。

まだ10代の若い詩人にとって、「現代詩の神々」とは、吉増さんと誰を言うのだろうか。

興味深いが、聞き忘れたのが情けない。


来客ふたりをお連れしたのは、晩年の田村隆一が愛したイタリアン、稲村ヶ崎のロンディーノである。

スプマンテで再会を祝し、前菜からパスタ、魚、肉とアラカルトでコースを頼んで、歓談のときを過ごした。


和合亮一くんは、新たな創作神楽の試みである「ふくしま未来神楽」に挑戦している。


東日本大震災以来、つねに何事かを詩で生起させ続けてきた詩人の、それは最終的な回答なのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 10:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏の風物詩、ザリガニ・パーティー

__1904.jpg



北欧諸国の夏の風物詩が、ザリガニ・パーティー。

これはスウェーデンが発祥で、ディルで風味を添え、塩茹でしたザリガニを手づかみで食する。

酒はビールやアクアビット。


バンビことパンクな彼女が、お母さんと横浜のIKEAに行って、ザリガニと海老を買ってきたので、夏の一夜、わが家でもザリガニ・パーティーをやらかすことにした。


ザリガニ・パーティーに欠かせないものと言えば、ヴェステルボッテン・チーズ。

このチーズは生産量が少なく、スウェーデンでも貴重品で、きわめて高価である。


柳美里さんからスウェーデン土産でいただいたことがあるが、パルミジャーノ・レッジャーノに似て濃厚、やや柔らかい。

ザリガニに合わせたら素敵だろうが、日本では手に入らないので、常備しているパルミジャーノで代用することにした。


ザリガニと海老、パンにサラダを並べて、お酒はシャンパンを開ける。

きっと、この真っ赤なザリガニは、白夜の国の人たちにとって、短い夏と切り離せない記憶のひとつなのだろう。
posted by 城戸朱理 at 10:29| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「群像」2015年10月号、特集「個人的な詩集」

__1876.jpg



「群像」10月号に特集「個人的な詩集」が掲載されている。


編者は吉増剛造・山田詠美・島田雅彦・長野まゆみの四氏。


吉増さんは「獣語」と題して、松尾芭蕉・大手拓次・黒田喜夫らから動物が登場する詩を、山田詠美さんは「性的ヒーリングワーズ」というタイトルで、性をテーマにした詩と詞を、島田雅彦さんは、「都市生活者には牧歌が足りない」と題して、ウィリアム・ブレイク、ヘルダーリンら海外の詩人の作品を選んでいる。


長野まゆみさんは、「あの時代、港で」と題して、高貝弘也・田野倉康一・城戸朱理・吉増剛造の四篇を。

私の詩は「非鉄」が採られている。


いずれも独自の視点から編まれているだけに、編者のエッセイも楽しい。


興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 07:56| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本の駅弁、吉増剛造さんが好きな駅弁

__1875.jpg__18740001.jpg



京都で吉増剛造さんとお話していたとき、なぜか、話題が駅弁のことになった。

「僕ね、好きな駅弁があるの」と嬉しそうに吉増さん。

「深川めし。ちょうどいい」。


吉増さんお気に入りの駅弁は、写真の「深川めし」だった。



江戸前の魚介類は、庶民の食卓を賑わしたが、深川飯はもともとは、青柳やアサリ、ハマグリなどの貝とネギの味噌汁を御飯にかけたもので、
江戸時代には青柳、大正のころからアサリやハマグリが用いられるようになったという。

深川丼とも呼ばれるが、近年増えたのはアサリの炊き込み御飯で、駅弁の「深川めし」もアサリの炊き込み御飯に煮穴子が乗っている。

穴子も江戸前を代表するネタだから、実に東京らしい駅弁と言えそうだ。



駅弁の誕生には諸説があるが、一般的には明治18年(1885年)に、宇都宮の旅館、白木屋がゴマ塩を降った梅干しおにぎり二個にタクアンを添えたものを竹皮で包み売り出したのが、最初だと言われている。

これは、当時、5銭だったらしいが、130年も昔のことになる。


それ以来、鉄道が延長され長距離の列車が増えるにしたがって、各地に郷土色豊かな駅弁が生まれ、今や、その数は2000種類を数えるそうだ。


私たちは意識しないが、駅弁は日本固有の食文化であり、イギリスのフィナンシャルタイムズは、2年前に日本の駅弁についての記事を掲載し、「あまりに美しく、食べるのが犯罪」「料理であるとともに手工芸」と絶賛した。


そこまで言うかと思ったが、外国人から見たら、日本の駅弁は手工芸品に見えるのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 07:51| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ふと気づくと



今週に入って、秋の気配が深まってきた。

ふと気づくと、ふた月近く、ブログを更新しないまま過ごしてしまった。

こんなことは、ブログを開設してから初めてだが、それだけ疲れていたのだろう。


4月以降、京都が2回、盛岡が2回、海外は台湾、ハワイ、ベルリンの計3回と出張が多かった。

フェリス女学院大学の授業はなんとかなったのだが、女子美大学院は、どうしても休講せざるをえない日程が多く、5コマの補講を終えたのが、8月1日。

ようやく、前期が終わったと思ったところで、張り詰めていたものが切れてしまった。

暑かったせいもあるが、ブログを書く気力も起こらず、日々を過ごすことに。


ちなみに8月は、9日にニューヨークから鎌倉に来てくれた友人と一緒に、腰越で開催された田島貴男ライヴへ。

ライヴのあとは、楽屋に田島さんを訪ねて記念撮影をしたりしたのだが、あまりに暑い一日だった。


翌週は、9泊10日で京都へ。

東直子さんと吉増剛造さんの撮影に立ち会い、合間を縫って、「毎日新聞」月評を執筆。

鎌倉に戻って、「毎日新聞」のゲラを戻し、翌日、24日には高田馬場で「詩と思想」の特集座談会に出席した。

「究極の一冊、この一篇」と題するこの座談会は、編集委員の小川英晴さんが企画したもので、鹿児島の高岡修さんも参加した。


結局、8月は、31日の富岡幸一郎邸バーベキューパーティーで終わったのだが、恒例のこのパーティー、澁澤龍彦夫人の龍子さんを始め、暁方ミセイさん、文月悠光さんも参加してくれた。


そして、気づくと9月もなかば。


ブログも徐々に、元のペースに戻していきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 07:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする