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城戸朱理のブログ

2015年09月18日

おまけ

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台湾の市場で撮った犬の写真を、おまけ(?)にアップしておこう。

おじさんと犬の対比が、面白すぎる。


台湾の市場は、本当に賑やかで、さまざまな食材が並び、実に楽しかった。
posted by 城戸朱理 at 14:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ更新お休みのお知らせ

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ようやくブログを再開したばかりですが、仕事の都合で、しばらく更新をお休みさせていただきます。


次回、更新は9月28日(月)から、吉増剛造さんの京都での撮影風景など、順次アップしていく予定ですので、
再開のおりには、また、お付き合い下さいますようお願いします。

写真は京都の奥座敷、貴船の川床で、午睡する吉増さんと、その隣でピースサインを出すバンビことパンクな彼女!

京都で、いったい何が起こったのか、乞う御期待!
posted by 城戸朱理 at 13:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「詩の傍らで」制作風景

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いよいよ流響院で、「詩の傍らで」を制作する吉増剛造さんを撮影することに。


小さなライトを灯して、与謝野晶子の肉声による本人の朗読テープを流し、
与謝野晶子の歌集をかたわらに置いて、目隠ししたまま、吉増さんは、
白いインクや赤いインクをアクションペインティングのように飛び散らしていく。


「詩の傍らで」が、どのようにして出来上がっていくのかを目の当たりにするのは、スリリングな経験だった。
posted by 城戸朱理 at 13:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドローン、再び

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ロケ弁当の昼食のあとは、再び庭で撮影。

散策する吉増剛造さんを、ドローンが追っていく。


かつてはクレーンやヘリコプターをチャーターしないかぎり撮れなかった映像が手軽に撮影できるようになったのだから、使い方を間違えないかぎり、ドローンは素晴らしい。
posted by 城戸朱理 at 13:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造「詩の傍らで」

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吉増剛造さんが東日本大震災以降、書き続けている「詩の傍らで」は、すでに600枚を超えた。

自分で線を引き、細かい文字で埋め尽くされた原稿は、さらにインクや絵の具を飛び散らすことによって時間性をたたえたタブローのように、紙一枚の薄さのまま、厚みを増していくかのようでもある。


詩人自身が「怪物くん」とも呼ぶ「詩の傍らで」の制作風景を、今回は流響院で撮影することになった。
posted by 城戸朱理 at 07:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんからいただいた本

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今回の京都・流響院ロケで、何か準備することはないか吉増剛造さんから連絡があったので、私は漢詩を意識して欲しいと返信した。

今年になって、中国からの訪日観光客の増加が話題になっているが、「爆買い」のみならず、
私が注目したのは、日本に唐の文化が残っている、あるいは、唐を見たければ日本に行けと語る中国の識者がいることだった。

中国の建築家リアン・スーチョンは、「京都の建築は唐の様式をもっともよく受け継いでいる」と語ったが、
建築や毛筆、お香など、現代の中国が失って久しい唐代の文化を日本に見出す中国人がいるわけだから面白い。


吉増さんは、私の提案を容れて、愛読書でもある小杉放庵の『唐詩及唐詩人』上巻を持ってきて下さったのだが、撮影が終わると私にプレゼントしてくれた。

奥付の前ページには、吉井勇の祇園を詠んだ短歌とともに、「慶応義塾大学国文科 吉増剛造」という署名が!

すると、これは吉増さんが学生時代に求められた本ということになる。


貴重な本をいただいたので、サインをお願いしたら、吉増さんが扉に書いて下さったのは――



「城戸朱理先生のご本になる倖せな日々。15. 8. 21 京都
五十六年間 剛造が連れ添った書物をつつしんで献じます」

結びの「ます」は、□に\。

これは、吉増さんのFAXでも特徴的な記述。


今のところ、この本は私の枕元に置いてあるが、いずれ、どこかに寄贈しなければと思っている。
posted by 城戸朱理 at 07:02| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんの撮影は、流響院から

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8月21日、吉増剛造さんの撮影は流響院から始まった。

吉増さんは、庭を散策し、樹に触れ、樹と語り、水音に耳を澄まし、水音の変化と呼び合うように独白を重ねていく。


吉増さんが手にしている本は、小杉放庵『唐詩及唐詩人』。


脚本もなければ、予定もない。

これこそ、ドキュメンタリーというものだろう。
posted by 城戸朱理 at 07:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんを迎えて、ごだん宮ざわで、その2

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続いて、北大路魯山人の染付け福字皿に盛られたのが、鮎餅。

白いちじくの天ぷらと唐揚げにした鮎の中骨が添えられており、胡麻だれがかけられている。

凄い発想だが、口にすると別の驚きが広がっていく。


小鍋立ては、鱧と湯葉に白ずいき。

お椀と同じく、鰹節と昆布の出汁だが、小鍋立てのときは、昆布を強めに引いた出汁を使っているそうだ。


土鍋で炊いた御飯のあとは、美しいみつ豆と最中。

抹茶をいただいて、この日の料理は終わった。


明日から、吉増剛造さんの撮影が始まる。
posted by 城戸朱理 at 07:00| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんを迎えて、ごだん宮ざわで、その1

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流響院で東直子さんを撮影している最中に、吉増剛造さんが京都に到着したので、アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女が京都駅まで迎えに行って、糸屋ホテルにチェックインした。


東さんも吉増さんとの会食を希望されたので、この日は、またもや、ごだん宮ざわへ。


東さんは、撮影のための昼食も含めると今回、三度目のごだん宮ざわである。


東さんが、吉増さんに名刺を渡したところ、「一首、短歌を書いて」と吉増さん。

実は、吉増さんは与謝野晶子の大ファンだったりする。


東さんが今回、京都で詠んだ一首を書いたところ、吉増さんは歌人の即詠に大いに刺激を受けた様子だった。

たしかに、詩人は、俳人や歌人のように現場で即詠するように詩を書くということはないから、吉増さんが驚かれるのも当然かも知れない。


さて、吉増さんも大のお気に入りの、この日のごだん宮ざわは、煎米茶と食前酒のあと、甘海老とグレープフルーツの先付けから始まった。

意外な取り合わせだが、グレープフルーツの酸味と香りが、甘海老と驚くほどよく合う。

シーアスパラと赤しその芽が添えられていた。


お椀は、ぐじ(甘鯛)とつるむらさきにつる瓜。

ぐじは申し分のない加熱で、出汁は、癒しの効果があるのではないかと思えるほど、しみじみ美味い。

いや、実際、井上春生監督は、ごだん宮ざわのお椀で頭痛がおさまったことがある。


お造りは、かれいと天草産のウニ。

器は、初代尾形乾山の和蘭写しのおもだか文である。


同じく乾山の銹絵長方皿に盛られたのが、びわ鱒の山椒焼き。

びわ鱒は、琵琶湖だけに棲息する日本の固有種で、イクラに似た玉子も珍重される。

山椒の風味が、鱒の美味しさをさらに引き立てていた。


焼き物が、もう一品。

じき宮ざわ、ごだん宮ざわ名物の焼き胡麻豆腐は、甘めの白味噌汁仕立てが基本だが、今回は新銀杏を添えた土佐醤油仕立て。

醤油で食べる焼き胡麻豆腐もいいものだ。
posted by 城戸朱理 at 06:59| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする