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城戸朱理のブログ

2015年10月24日

糸屋ホテルの朝食、その4

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糸屋ホテルは、組紐などの糸の細工を百年以上、手がけてきた糸文が営むホテルだけに、紐細工がインテリアにも使われている。

ルームキイも階ごとに色が違う糸の房飾り付きで、和を演出している。

これも海外の旅行客に好まれる「和」の演出になっているようだ。


さて、10月20日の朝食の味噌汁は、大根、ワカメ、油揚げに九条ネギ。

帆立のバター焼きに出汁巻き玉子、柚子大根、揚げ出し豆腐に小鉢がほうれん草と菊のお浸しというメニューだった。


ホテルの朝食は、2日も続くと飽きるのが普通だが、糸屋ホテルは、連泊客のことを考えてメニューを変えてくれるのが嬉しい。
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至上のモヒート

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烏丸松原の糸屋ホテル周辺は、ごだん宮ざわを除くと、あまり店がないように見える。

だが、連泊して近所を散策するにつれ、そうではないのが分かってきた。


インターフォンを押すと、人数を聞かれる。

入店できるのは、グループなら4名まで。

人数を確認してから、初めてドアのロックが解かれ、二階に上がって扉を開く。

そこには、一枚板のカウンターの、いかにもバーという空間が広がっている。


BAR Islay mojito。

その名の通り、アイラ・モルトとモヒートに特化した店で、シガーも置いている。


「我がモヒート、モヒートに非ず」と謳うだけあって、ソーダを加えず、シェイクで仕上げるモヒートは、なんと時間がたつほど濃くなっていくというオリジナルレシピ。

時間がたてば氷がとけて、カクテルは薄まっていくはずなのだが、秘密は氷にあるらしい。

この店では、スペースの三分の一を冷凍庫が占めている。

氷を、シェーカー用、ロック用、クラッシュアイス用、ロングカクテル用と作り分け、さらにそれを3週間以上寝かせて、天然氷に極限まで近づけた熟成氷にすることで、特色あるカクテルが可能になるのだとか。


オリジナルのモヒートは、口にしたとたん、思わず井上春生監督と顔を見合わせたほど、素晴らしかった。


これで、京都に行く楽しみがひとつ増えたことになる。
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新京極の蛸八、その2

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御主人は、ぐじ(甘鯛)に大根の皮を置いて焼いている。

聞けば、火に近い部分だけが焦げすぎないように工夫したものだとか。

焼き上った甘鯛は、ほっこりとして、旨みの塊のようだ。

皮は、さらに焼いてから、あとで出されたのだが、うろこを立たせない見事な焼き上がり。

皮はもちろん、うろこまで味わい深い魚は珍しいが、甘鯛は焼き方が難しい。

バンビことパンクな彼女は、甘鯛を上手に焼くためにバーナーまで買い込んだが、やはり家庭では限界があるようだ。


松茸の土瓶蒸しも素晴らしかった。

鱧を取り出すと、目の前で骨切りして、それを焙る。

出汁を張った土瓶の中身は、潔く松茸と鱧のみで、澄みわたるような味わい。

土瓶蒸しは、液体なのに、酒の肴になるという不思議な代物だが、蛸八のそれは、たっぷりあって、堪能した。


ビールで始めて、お銚子を五、六本は飲んだのに、会計は驚くほど安い。

酔いざましに、夜の京都を散策した。
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新京極の蛸八、その1

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ホテルで小憩してから、予約しておいた新京極の蛸八に向かう。


今や、若者向けの洋服屋や雑貨屋ばかりで、京都の原宿と化した感がある新京極のなかほどにある蛸八は、注意しなければ見逃してしまうような小体な店。

何事にもうるさい京都人に愛されるだけあって、酒杯を傾けつついただく料理は、いずれも素晴らしかった。


先付は、柚子が香る玉子豆腐。

生ずしは、しょうが酢で。

関東の締め鯖と違って、しっかりと締められた京都の生ずしは、やはり内陸の土地ならではの味なのだろう。


芋の甘みが存分に引き出された小芋の空揚げは、癖になる食感だった。
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京都を歩いていると

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ごだん宮ざわでの昼食のあとは、しばし散策。

バンビことパンクな彼女と大丸を覗いたりしたのだが、旅先でしか、デパートを見たりする余裕がないのだから、笑うに笑えない。

もっとも、本阿弥光悦・俵屋宗達「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」、宗達「風神雷神図」や空海「風信帖」を見て、流響院で過ごしたあとだから、気持ちが満たされており、デパートを見ても何かを買おうという気にはならないのだが。


歩き回っていたら、与謝蕪村宅跡という石碑を見つけた。


千年の都、京都は、どこであっても歴史の堆積を感じさせてくれるところがある。
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2015年10月23日

ごだん宮ざわで、その3

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ごだん宮ざわは、夜だと料理の品数が多すぎて、御飯が出るころには、すでにお腹がいっぱいになっているが、お昼ならば、それほどでもない。

京都で、御飯を主菜に位置づけたのは、百万遍の草喰なかひがしだが、ごだん宮ざわの御飯も絶品なので、御飯を味わうにはランチのほうがいいかも知れない。

まずは、軽く煮えばなを。

自家製の漬物は、キュウリに大根、オクラと割干し大根、そして白菜。

白味噌で炊いたじゃこも出る。

味噌汁が出て、二膳目は、お米が艶を帯びて、御飯に変わっている。

三膳目は、じゃこでいただいたが、もう限界。

珍しく、バンビも三膳目をおかわりしていたが、これは作戦勝ちか。

井上春生監督は、六膳おかわりしたことがあるが、さすがとしか言いようがない。


まるでゼリーのような奈良の熟柿に最中が出て、抹茶をいただく。

こうして、空海の「風信帖」のことを語り合ったり、宮澤政人さんと今後の打ち合わせをしながらの昼食は、終わったのだった。
posted by 城戸朱理 at 07:52| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ごだん宮ざわで、その2

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お造りは、金目鯛に天草産の赤うに、湿り海苔が添えられている。

金目鯛は皮目を焙ることで旨みが増し、見事だったし、赤うには、いっさい癖がなく、口にすると淡雪のように溶けて、甘みだけが広がっていく。

器は、井上春生監督が古染付、バンビことパンクな彼女が江戸初期の織部だったが、私には桃山の古唐津、皮鯨茶碗。

これは、私の唐津好きを知っての配慮だろう。


名物、焼き胡麻豆腐は、銀杏を練り込み、銀杏と胡麻の風味の二重奏が楽しめる。


本来ならば、続くおかしのぎは、手打ち蕎麦に自家製カラスミをすり下ろしたものになるのだが、井上監督がまだ未経験だからと、前日にお願いしておいた餅米カラスミを出してくれた。

ふだんなら、「美味しい!」とすぐに反応する井上監督が、感極まって、沈黙。

本当に美味しいものには、人を黙らせる力があるらしい。


最後の料理は、カマスとぶなしめじに水菜の小鍋立てだった。
posted by 城戸朱理 at 07:50| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ごたん宮ざわで、その1

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井上春生監督は、私の勧めで、東寺に空海「風信帖」を見に行き、バンビことパンクな彼女は、散歩に出かけた。

私は、ホテルの部屋で「抒情文芸」に渡す詩篇を、メモを取りながら考える。


昼食は、12時に「ごだん宮ざわ」集合ということにしておいた。


最初に着いたのは、私で、本阿弥光悦のお軸を、ゆっくり拝見する。

次いで、井上監督、そして、朝食抜きのうえに散歩して、お腹を空かす作戦のバンビが到着した。


煎米茶を出された茶碗をじっくり見せていただいたのだが、楽九代、了入の作。

楽焼きの初代、長次郎が千利休の指導で楽茶碗を焼き始めたのは、天正年間のこと。

その茶碗は、織田信長に、さらには豊臣秀吉に献上され、「天下一」の称号を得て、楽茶碗は、茶の湯の茶碗の首座を占めることになる。


三代道入は、「のんこう」というあだ名でも知られ、本阿弥光悦から「今の吉兵衛は至って楽の妙手なり」と称えられたほどの名人だったが、暮らし向きは楽ではなかったらしい。

光悦は道入に関して「しかれども当時は先代より不如意の様子なり、すべて名人は皆貧なるものぞかし」と『本阿弥行状記』で語っている。

江戸時代後期を生きた九代了入は、「のんこうの再来」と言われるほどの名手で、「楽中興の祖」とも呼ばれるが、六十余年も作陶を続け、印も、三種類を使っている。

煎米茶が供された茶碗の印は、了入が56歳で隠居して、79歳で没するまで使った草楽印だった。

了入の作は手取りが軽く、赤楽は淡紅を帯びて、実に美しい。


まずは、今年の日本酒鑑評会で1位になった宮城の「勝山 献」を一献。

先付は、雲子の蓮蒸し。

京都では、鱈の白子を雲子と呼ぶ。

白子にすりおろしたら蓮根をかけて蒸しあげたものである。

餡かけで、出汁が素晴らしく、滋味あふれる先付だった。

初見の絵唐津は、中里重利の作だという。


続いて、日月椀で供されたのが、甘鯛とつるむらさき。

つるむらさきの花も添えて。

つるむらさきの青くささは、花のほうが強いほどで、それが、品のいい出汁と甘鯛と衝突しながら、別の味覚になっていく、インパクトのあるお椀だった。
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糸屋ホテルの朝食、その3

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糸屋ホテル、3日目の朝食。

味噌汁の具は、茄子と里芋、九条ネギだった。

魚は脂の乗ったかれいの煮付け。

小鉢は、ピーマンの煮びたし。


出汁で炊いた飛龍頭を見て、私が「がんもどきですね」と言ったら、「ひろうすです。関東では、がんもどきですね」とスタッフ。

飛龍頭も「ひろうす」も、語源はポルトガル語の「フィリョース」の音写だと言われている。

フィリョースは、小麦粉と玉子を混ぜて揚げたお菓子だが、「ひろうす」は、つぶした豆腐を野菜と混ぜて揚げたものだから、共通しているのは「油で揚げる」という調理法だけなのだが。

朝食の飛龍頭は、出汁の加減が絶妙で、ひじきがたっぷりと入り、いいものだった。


「この出汁巻き玉子、美味しい!」と佐藤文香さん。

さらに、「毎日、このホテルの朝食を食べたい」。

隣でうなずく榮猿丸さん。

料理じたいは、家庭でも作れるものばかりだが、これだけの品目を作るのは時間的に無理というもの。

それだけに、ホテルや旅館の朝食は、「きちんとした朝食」という感じがするのだろう。
posted by 城戸朱理 at 07:38| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月22日

和食 晴ルで、その2

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焼き物は、甘鯛を。

鮎と甘鯛は、私がもっとも好む焼魚だが、バンビことパンクな彼女も大好物だけに、きれいに骨だけにしていた。

隣のお客さんが、銀杏を頼んだので、便乗したのだが、これもカウンター席だけの店ならでは。


和食と謳いながら、ポテトサラダ、ビーフカツといったメニューもあって、肩肘はらずやっている感じも好ましい。

ポテトサラダは、ジャガイモをザクッと粗く潰して、自家製の軽やかなマヨネーズと和えただけで、井上春生監督が唸っていた。

ビーフカツも、柔らかく、絶妙の加熱。


最後に鱧と松茸の巻き寿司を。

京都といえば、押し寿司だが、「和食 晴ル」では、巻き寿司なのが面白い。

しかも一貫から注文できるので、ひとり飲みにも最適である。

口にしたとたん、松茸の香りが、口腔から鼻にかけて炸裂するようで、井上監督は「うっ! 松茸がっ!」と叫んでいた(笑)。


食堂といった風情でありながら、この料理、また来たいと思わせる店である。
posted by 城戸朱理 at 09:42| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

和食 晴ルで、その1

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四条から、高倉通りを下っていった最初の十字路の角に、気になるたたずまいの店があった。

なんとも枯れた風情の「にこみ鈴や」という飲み屋で、不惑どころか知命の飲み屋とでも呼びたくなる店だったが、ふと気づくと移転してしまって、空き家に。

どうなるのだろうと思っていたら、店の雰囲気は以前と同じく侘びたままで、「和食 晴ル」が開店した。


理容室を改装した店内は、昭和にタイムスリップしたような感覚に襲われるが、なんとも心地よい。


店内は、L字型のカウンターで、11席のみ。

単品で注文する食堂といった感じで、値段も手頃だが、料理は間違いなく美味しい。

聞けば、まだ若い御主人の桔川晴年さんは、和久傳の出身だという。


まずはビールをもらって、先付は、舞茸と水菜、新蓮根のお浸し。

生麩のバター焼き、続けてお造りを盛り合わせにしてもらったのだが、これが、明石の鯛にタコ、長崎産の剣先イカ、まぐろに鰹の叩き、新秋刀魚の叩き、さらに鱧の落としと素晴らしかったので、燗酒を頼む。


明石伝助穴子煮も、井上春生監督が、口にして、すぐさま「美味い!」という声を挙げるほど、見事だった。
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穂久彩のロケ弁当

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流響院での昼食は、バンビことパンクな彼女が、穂久彩のロケ弁当3種を手配した。

京都では、太秦に東映撮影所があって、時代劇を始めとする映画やテレビのロケが多いので、ロケ弁当の需要が高い。

穂久彩は、京都市内であれば、どこでも指定した時間までに配達してくれるというロケ弁当に特化した店。

これも、京都ならではの営業形態だろう。


たしかにロケ弁を食べる機会など、めったにないだけに、俳人たちは、面白がっていたが、映画の撮影となると、一週間、二週間、あるいは、ひと月も、ロケ弁ばかりが続くのだから、そうなったら苦行のような気がしないでもない。

井上春生監督は、大学を卒業して、太秦の東映撮影所に入り、深作欣二監督の助監督となったが、井上監督から聞く日本映画の現場の食事の貧しさは、それだけで一本の映画になるほどだった。


今回は松花堂風のお弁当とカレーそぼろ弁当、そしてキツネ丼を頼んだのだが、私は、いちばん小さいキツネ丼を選んだ。

油揚げと九条ネギを出汁であっさりと炊いた具が御飯に乗っていて、上品な味。

おかずも生麩、野菜の炊き合わせ、出汁巻き玉子と京風で、麩饅頭まで付いている。


ロケ弁当とはいえ、よく考えられているのには感心するが、まさか映画人でもない自分が、何度もロケ弁を食べることになるとは思わなかったな。
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流響院吟行

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10月18日は、吟行のため、タクシー2台に分乗して、真澄寺別院・流響院へ。

戦前は三菱財閥の総帥、岩崎小弥太の京都別邸であり、チャールズ・チャップリンやアルフレッド・ヒッチハイクが訪れ、川端康成が滞在して『古都』を執筆したところでもある。

七代目小川治兵衛による池泉回遊式庭園は、東山を借景とし、季節ごとに違った表情を見せて、いつ来ても素晴らしい。

そういえば、吉増剛造さんは、初めて流響院にいらっしゃったとき、「こんなところにいたら、悟りを開いちゃうね」とおっしゃっていたっけ。


午前10時に到着し、まずは庭と数寄屋造りの母屋を、私が案内する。

それから、俳人たちは句材を探して思い思いに散策したのだが、二度目の流響院訪問となる関悦史、佐藤文香両氏はともかく、榮猿丸さんの感嘆ぶりや中山奈々さんの驚いた様子、そして、山口優夢さんのくつろぎ方と、反応が三者三様なのが、あまりに面白かった。

昼食をはさんで、関さん、佐藤さんは午後2時にホテルへ、ほかの3人は3時にホテルに戻り、句会に突入。


私と井上春生監督は、4時に自転車で流響院に着いた「ごだん宮ざわ」の宮澤政人さんを案内した。

宮澤さんは、四季おりおりの流響院を見て、懐石料理を作るという来春からの新企画に出演して下さることになっている。

お茶をたしなみ、器にも造詣が深く、茶室を思わせるお店の設えを自ら指示して作りあげた宮澤さんだけに、流響院の庭にも、母屋にも感嘆することしきり。

その様子を激写していたのが、バンビことパンクな彼女である。


宮澤さんを見送ってから、私たちもタクシーでホテルに戻った。
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糸屋ホテルの朝食、その2

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撮影があるときは、朝食を取っている余裕はない。

せいぜい、ロケバスでサンドイッチをかじるくらいだが、今回は、ホテルでゆっくりと朝食を取ることができた。


糸屋ホテルの朝食、2日目、魚は甘露煮風の鰯に、漬物は水菜に変わっていた。

昨日は揚げ出し豆腐が付いたが、今日は焼き胡麻豆腐。

小鉢はきんぴらごぼうである。


味噌汁は、例によって、ほうれん草、三つ葉にワカメ、そして油揚げと具沢山。


ちなみに、昨日、チェックインした関悦史氏の焼魚は、私の昨日の朝食と同じく鮭だったので、連泊する宿泊客のために、朝食のメニューを変えているのだろう。

こうした配慮は、プチホテルならではという気がする。
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和牛専門 はつだ

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観光客なら、京都といえば「和食」をイメージするが、京都人が好むのは、実は洋食、そして牛肉だったりする。

焼肉屋も多いし、洋食屋では、ビーフカツが人気メニューで、必ずある。

あるテレビ番組の調査によると、京都市民の95%が、朝食はパンなのだとか。

それだけに、美味しいパン屋も多い。


修学院に近い「和牛専門 はつだ」は、もう何度も行っているが、京都きっての焼肉店。

JR伊勢丹の老舗弁当売場でも「はつだの焼肉弁当」を扱っているが、途中下車してまで、この弁当を求める出張のサラリーマンがいるというほどの人気である。


ポテトサラダにキムチを頼み、まずはハツを、次にカルビを薄切りにした名物メニュー、薄切りバラ、そしてレバーを焼く。

「焼肉弁当」に乗っている薄切りバラは、御飯にこよなく合うので、最初に御飯を頼んでしまうのが、コツ。


それから、イチボなど稀少部位を、ゆっくりと楽しむ。


最後の写真、奥から榮猿丸、関悦史、山口優夢の三氏。

その向かいに、佐藤文香さんと中山奈々さん。

優夢さんの隣が、奥様で娘さんを抱いた江渡華子さん。


俳人たちは、食欲旺盛で、見ていて気持ちがいいほどだったが、話題は、たとえ京都に来ても、俳句一色。

俳句の磁場の強さを改めて確認する思いだった。
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流響院吟行へ



京都は、今年、5回目になる。

長いときは一週間を超える滞在になるので、昨年と同じく、一年のうち、ひと月以上を、すでに京都で過ごしていることになるが、さすがに慣れてきて、地理も分かるようになってきた。


今回の目的は、若い世代の俳人を案内して、真澄寺別院・流響院で吟行してもらうことだから、ロケのときのように午前4時や5時に起きる必要がないのは助かった。


10月18日には、俳人たちが、別々に到着。

今回の顔ぶれは、関悦史氏が声をかけた榮猿丸、山口優夢氏、佐藤文香さんが声をかけた中山奈々さんの総勢5人。

さらに山口優夢さんの奥様で第二句集『笑ふ』を上梓したばかりの江渡華子さんも一歳になる娘さんを連れて同行された。


糸屋ホテルに最初に到着したのは関さんだが、「平成の怪物」は、体調が思わしくなかったのか、部屋で休んでいたらしい。


私とバンビことパンクな彼女も、午前中に東寺で「風信帖」を見てから、午後は久しぶりに寺町や新京極を散策し、ホテルで小憩。


6時にホテルのロビーで待ち合わせたのだが、列車の故障というアクシデントで6時寸前にようやく到着したのが、榮猿丸さん。

それから、タクシーで夕食の店に向かったのだが、子供連れだけに、入れる店は限られるので、今回は修学院に近い和牛専門・はつだに予約を入れた。


遅れて京都入りした佐藤文香さんは、直接、はつだで合流。


翌日は午前10時から流響院に入ることになっていたが、私は、「週刊 現代」の書評の締切があったので、誉田哲也の新刊『プラージュ』を翌朝までに読み終え、さらに執筆しなければならなかったので、大変だった。
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2015年10月21日

日本で最初のティールームでランチを

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東寺を見たあとは、リプトン三条本店で昼食を取る。

この店は、昭和初期に、日本でいちばん最初に出来た紅茶専門店なのだとか。


洋食好きの京都人を相手にしているだけに、ハンバーグやパスタ、サンドイッチなど軽食メニューも充実している。


バンビことパンクな彼女は、ハンバーグと海老フライを盛り合わせたランチプレートを、私はハンバーグを頼んだ。

ハンバーグは和牛100%。

とろりとした半熟の目玉焼きを崩しながら食べるのだが、ドミグラスソースも洗練されており、実に京都らしい洋食だった。

添えられたサラダも美味しい。


このハンバーグ、玉子に隠れているので分からないが、180gもあって、かなり食べがいがある。


バンビは、リプトン三条本店がかなり気に入った様子で、洋食が好きな柳美里さんを思い出し、「この店は、柳さんもきっと気に入るよ!」と喜んでいた。
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京都の秋

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東寺では天皇をお迎えする小子房も拝観できた。


かつて、大塔宮護良親王、楠正成、新田義貞らに一敗地にまみれ、九州まで落ちた足利尊氏が、再び挙兵して、光厳上皇を奉じて反攻したおりには、一時的に小子房が上皇の御所となったという。


現在の建物は、昭和9年(1934年)に再建されたもので、総檜造り、障壁画は堂本印象によるもの。


小子房の庭園、澄心苑は、真澄寺別院・流響院と同じく、七代目小川治兵衛の作。

京都では、円山公園、都ホテルと七代目小川治兵衛が手がけた名庭が実に多い。


堂本印象の襖画も、雄渾にして繊細、実に見事なものだったが、室内は撮影禁止。


少し歩いただけで汗ばむほどの陽気だったが、葉はわずかに色づき始め、京都は紅葉の季節に入ろうとしていた。
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空海「風信帖」を見る

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「風信雲書、天より翔臨す」。

空海筆「風信帖」の書き出しである。


書いたのは弘法大師・空海、宛先は伝教大師・最澄。

日本書道史に屹立する神品として名高い。


毎年、春期と秋期に開催されている東寺名宝展が、今秋は、5年ぶりに「風信帖」を展示しているのを知った。


東寺、あるいは教王護国寺は、桓武天皇が開基で、創建は平安遷都の2年後となる延暦15年(796年)。

嵯峨天皇によって、空海に下賜され、空海の京都における活動拠点となった。

国宝、重要文化財の指定を受けた寺宝だけでも2万5千点を数えるだけあって、名高い「風信帖」であっても、めったに出会えない。


東寺慶賀門(東門)から境内に入り、左手に五重塔を見ながら、宝物館へ。

「風信帖」は、宝物館に入ってすぐの左手に、国宝とも思えぬほど無造作に展示されていた。


書風は草書体で、その気韻の高さ、流麗にして堅固、自在にして位高く、目にしているものが信じられないほどだった。

「風信帖」は、「羲之に入って羲之を出でたる妙跡」とまで讃えられるが、まさに書聖・王羲之の「蘭亭序」に比肩しうる筆跡だろう。


図版でしか見たことがない伝・空海蔵「風字硯」も展示されていた。

風字硯が、実際に空海が使ったものかは定かではないが、そう伝えられるのも無理はない気格があって、私も似た形の清朝の端渓硯を求めたことがある。


さらに小子房、講堂、金堂が特別拝観で開放されていたので、ありがたく拝見する。


空海が21体の密教仏を配置し、曼荼羅を表したという講堂、東寺の本尊、薬師如来、日光菩薩、月光菩薩を安置する金堂と、ただならぬ気配を体感できた。
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糸屋ホテルの朝食、その1

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糸屋ホテルは、プチホテルなので、朝食は前日までに予約しなければならない。

朝食は1000円と、ホテルにしては良心的な値段で、焼魚は焼き立て、揚げ出し豆腐は作り立てで供される。

これもプチホテルだからこそ、可能になるサービスだろう。


10月17日のメニューは、鮭と出汁巻き玉子、蕪の浅漬け、揚げ出し豆腐、小鉢はピーマンの煮浸しだった。

味噌汁は大きめの丼で供されるのが特徴で、好みで黒七味を振るのだが、具沢山で、この日は水菜、油揚げ、しめじ、えのきにアサツキと、味噌汁が野菜料理として仕立てられている。


糸屋ホテルは、ヨーロッパからの観光客が多い。

私の隣のテーブルでは、フランス人のカップルが、上手に箸を使っていた。
posted by 城戸朱理 at 06:36| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする