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城戸朱理のブログ

2015年10月13日

鬼が笑う話



つるやでの打ち合わせとローライ同盟幹部会を終えてから、吉増剛造さんの希望で酔いざましがてら、由比ヶ浜通りから御成通りを抜けて鎌倉駅まで歩くことにした。

吉増さん、鎌倉のたたずまいが気に入られた様子で、「住んでみたいなあ、引っ越そうかな」。

吉増さんを鎌倉駅で見送ったあとは、鎌倉駅西口、江の電改札からすぐの喫茶店、ロンディーノで、井上春生監督と来年度の企画の打ち合わせに突入する。


京都・流響院を舞台とするCS放送番組「H(アッシュ)」も、東直子篇は春夏秋冬4本の編集が終わり、放送が始まるし、
吉増剛造篇は3本目となる秋篇、高柳克弘・神野紗季篇は2本目となる秋篇の撮影が控えている。


吉増剛造篇、東直子篇は、ドキュメンタリー映画化を視野に入れ、4Kで撮影しているので、来年は映画化の編集作業が始まることになる。

来年、6月には竹橋の国立近代美術館で吉増剛造展が始まるので、吉増さんの映画化は、それまでに考える必要があるだろう。


来年の話をすると鬼が笑うというが、たとえ、そうだとしても、予定は立てざるをえない。

「H(アッシュ)」は、桜の季節だけ撮影する水原紫苑篇も継続していく予定だが、吉増剛造篇は今年度のうちに撮り終わるので、来年から次の企画も動かすことになる。



さらに、井上監督が長年、暖めてきた映画の企画がある。

これは自社制作を考えているようだが、ある小説の映画化で、監督はパリ・ロケのために予算をどう組むか思案中。

私がシナリオを書くことになっているが、これも年内に始動することになった。


打ち合わせ内容は、バンビことパンクな彼女がメモを取っていく。


一段落したところで、ロンディーノの窓を外から叩く人が。

なんと、思潮社の藤井一乃さんではないか!

藤井さんとは、以前にも鎌倉の神奈川近代美術館別館前でバッタリ会ったことがあるが、なんという偶然だろうか。

鎌倉在住の私が、年に何度かだけ鎌倉を訪れる藤井さんと偶然会う確率は極めて低い。

観光客の多い週末や祭日になると、鎌倉市民は町に出ないのが普通だし、私など鎌倉にいないことのほうが多いくらいなのだから。

その場で、「現代詩手帖」年鑑アンソロジーの収録作品、さらには1月号の原稿依頼と締切の確認までして、藤井さんは去っていった。

辣腕編集者としか言いようがない。


井上監督とは、来年度の番組編成案をまとめたのだ。

京都だけは6回ほど行くことになりそうだが、海外ロケの予定は、今のところないので、今年よりは余裕をもって、書斎のデスクに向かうことが出来そうだ。

いや、そうあって欲しいものだ。
posted by 城戸朱理 at 11:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真夏のつるやでは

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吉増剛造さんは鰻がお好きなので、つるやにお連れしたが、つるやに行くのは今年2回目。

鎌倉にいないほうが多いくらいだから当然だが、前回行ったのは8月9日、真夏の猛暑日だった。

夏はニューヨーク在住の友人が鎌倉まで遊びに来たので案内したのだが、考えてみると、つるやに行くのは来客があるときばかりのような気がしないでもない。


つるやには、親子丼や舞子丼といったメニューもあるが、気になりつつも、頼むのは、いつも白焼きと鰻重になる。

ちなみに、舞子丼はドジョウの玉子とじで、柳川鍋からゴボウを抜いたものらしい。


前回、頼んだ鰻重は、二段中入れ重。

鎌倉彫りの蓋を開けてみると、一見、ふつうの鰻重だが、鰻を食べていくと、さらにその下から鰻が現れる。

つまり、鰻二匹分を使ったお重で、友人の驚く顔が面白かった。


二段中入れ重だと、上の鰻で酒を飲み、下の鰻を御飯と一緒に食べることになる。


実に楽しい趣向だが、さすがに、この日は、夜になってもお腹が空かなかった。
posted by 城戸朱理 at 05:36| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鰻のつるやで

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鎌倉、由比ヶ浜通りの「つるや」は、昭和4年(1929年)創業、戦前から続く老舗である。

川端康成、立原正秋らが通い、田中絹代も常連だった。

小林秀雄は、酔って二階の座敷で寝ていたという逸話があるし、柳美里さんも、鰻といえば、つるやから出前を取っていたっけ。


藤沢周氏は、4回目の候補作「ブエノスアイレス午前零時」で芥川賞を受賞したが、惜しくも受賞を逸した2回目、3回目のときに残念会がつるやで催したので、残念会の記憶が甦るのか、つるやを避けている気配があるが、本当のところはどうなのだろうか。


注文を受けてから、鰻を捌き始めるので、予約をしておかないて、焼く匂いがするまで、小一時間は待つことになる。


私が、北鎌倉の侘助店主、菅村睦郎さんに連れられて、つるやの暖簾を初めてくぐったのは、もう30年前のことになるが、たたずまいは、当時とまったく変わらない。

昭和初期からの時間が磨き上げた北山杉の柱は飴色になって、時の経緯をたたえているかのようだ。


つるやは、食通で知られた立原正秋が「この店だけは別格」と賞賛した一軒。

ミシュランでも星を獲得しているが、この店にとっては、そんなこともどうでもいい気がする。


まずは、白焼きでビール。

鎌倉彫りの器の鰻重が出たところで、日本酒を頼む。


脂が乗った肉厚の鰻は、備長炭で、ふうわりと焼き上げられ、やや甘めのタレと相まって、言うことがない。

吉増さんも感嘆して「本当の鰻」、さらにローライフレックスを見て「本当のカメラ」と言っていたが、老舗の鰻屋とローライフレックス、よく考えると不思議な組み合わせである。
posted by 城戸朱理 at 05:36| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ローライ同盟幹部会

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ほぼ毎日、吉増剛造さんとバンビことパンクな彼女のFAXのやり取りが続いている。

吉増さんが、若林奮さんの胡桃忌のために神奈川近代美術館にいらっしゃることになり、鎌倉のホテルの予約を頼まれたバンビは、さっそく手配。

翌10月11日には、京都での撮影の打ち合わせと、ローライ同盟幹部会が挙行された(?)。


ローライ同盟は、二眼レフ、ローライフレックスで写真を撮って、写真展まで開催しようというグループ。

吉増さんが提唱し、筋金入りの写真好きのバンビが賛同して、いつの間にか、話が進んでしまった。


吉増さんは、ここのところ川端康成の作品世界に深く入り込んでいる。

京都の撮影の舞台となる真澄寺別院・流響院は、川端康成が滞在して『古都』を執筆したところでもあるので、次回の撮影の主題のひとつが、川端康成になる。

それにちなんで、打ち合わせには、川端康成が通った鰻の名店、由比ヶ浜通りのつるやを予約した。


バンビはタクシーで吉増さんを迎えに行き、私は鎌倉駅で井上春生監督と待ち合わせて、タクシーでつるやへ。
川端康成をめぐる話も濃いものだったが、京都ロケの打ち合わせが終わってからは、いよいよローライ同盟幹部会である。

吉増さんとバンビの2台のローライフレックスをめぐって、あるいはヴィヴィアン・マイヤーをめぐって、端から見たら意味不明な盛り上がりを見せた。


ヴィヴィアン・マイヤーは、家政婦として一生を過ごし、休日にシカゴの街を歩いてはローライフレックスで写真を撮り続けた。

オークションで、写真が詰まったダンボール箱を資料として落札したジョン・マルーフは、ネガをスキャンして、それが、1950年代からのシカゴを写した写真であることを知る。

マルーフは、それから、その写真を撮った写真家を探すのだが、見つかったのは、2009年の死亡記事だけで、彼女がヴィヴィアン・マイヤーだった。

それから、マルーフのヴィヴィアン・マイヤー探しが始まるのだが、その経緯は、マルーフ自身が監督したドキュメンタリー映画「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」に結実する。

ニューヨークのメトロポリタン美術館の写真のギャラリーでも、ヴィヴィアン・マイヤーの本が積まれていたが、無名の家政婦は、今や時の人になったと言ってもいいだろう。


吉増さんは、ローライを置いて、それをデジカメで撮影したりしている。

なんたるカメラ愛!

しかし、ローライフレックスは、本来は被写体ではなく、被写体を写すものであるのは言うまでもない。

バンビは、フィルムを入れて、さっそく撮影開始。


ローライ同盟は、名誉会長が吉増さん、会長が私で、「キャプテン」という呼び名の幹事長がバンビ、特別顧問が井上春生監督で、こちらは通称「組長」。


「夢のような時間だねえ」と吉増さんは、いささか興奮気味だった。
posted by 城戸朱理 at 05:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

10月はパンクな月???

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バンビことパンクな彼女が、ベースの手入れをしている。

バンビのベースは、黒のフェンダー・マスタング1976年と真紅のギブソン・サンダーバード。

しかし、バンド活動は休業中なので、家でブンブン弾かなくなったのはありがたい。


「にゃふ〜ん!」


「困ったにゃあ!」
???

「ベース・ケースから被り物ばっかり出てくるよ!」
!!!!!!


ケースから出てきたのは、猫耳やら、ハロウィーンの悪魔の角やら、メイド・コスプレ用の被り物だったのである!

こんなところに隠していたとは――


バンビは、変装と仮装が大好きである。

なにせ、ライヴのときのステージ衣装として「黄色と黒のしましまのおしっぽがついた蜂さんの着ぐるみ」を作ろうとしたことがあるほどなのだから!


困ったものである。


しかも、10月。

バンビの誕生日もあれば、ハロウィーンがある。


ただ、誕生日プレゼントは、もう上げたので問題ない。

何かというと、PRADAのリュックである。

今年の1月に、オリンパス・ギャラリー東京で写真展を開催したバンビは、井上春生監督のハグマシーン社からロケ時のアシスタント・プロデューサー&スチールを依頼され、
仕事として写真を撮ることが増えたので、オリンパスの一眼レフの最高級機種、ミラーレスのOM-Dと望遠まで含めてレンズ4本を用意した。

得意気にオリンパスのカメラバックまで買ったのはいいが、カメラバックはショルダータイプ。

現場では、両手が空いているほうが写真を撮るには都合がいい。

というわけで、バンビは、適当なバックパックを探していたのだが、京都の大丸で、PRADAを覗いたときに、ぴったりのバックパックを発見。

それを半年早い誕生日プレゼントとして買ってあげたのだ。

リモンタ社のナイロンを使った本格的な造りのバックパックで、それ以来、ベルリンやニューヨーク、そして京都でも活用している。

去年も誕生日プレゼントは、やはり京都の大丸で、日本に4個しか入荷しなかったというPRADAのレザー・バッグを選んだが、なぜ京都なのかは分からない。

海外に行く機会が多いのだから、免税店で買えばよさそうなものだが、そういう巡り合わせなのだろう。


それよりも、問題は仮装と変装である。

誕生日のディナーは予約してあるし、日本における仮装大会の日と化したハロウィーンもある。


小さな悪魔や蜂さんになって、どこかに出かけないように注意しなくては。

パンクだから仕方がないが、厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 05:23| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする