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城戸朱理のブログ

2015年10月29日

第30回国民文化祭・かごしま2015 「現代詩の祭典」

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「文化の国体」と呼ばれる国民文化祭が、今年は鹿児島で開催される。

国民文化祭の一環である「現代詩の祭典〜詩の現在・詩の未来」の会場は、南九州市コミュニティセンター・知覧文化会館。

知覧は、薩摩藩の武家屋敷が残り、茶畑が広がる美しい町だが、特攻隊基地があったことも忘れてはならないだろう。


「現代詩の祭典」は、2015年11月8日(日)。

10時に受付開始、12時15分にオープニング、式典は13時〜16時30分の予定。

川辺フィルハーモニー管弦楽団による演奏会、劇団いぶきによる朗読劇、和合亮一・和合敦子による詩の朗読と多彩なプログラムが予定されており、私もシンポジウム「詩の現在・詩の未来」にパネリストとして参加する。

パネリストは、和合亮一氏、石田瑞穂氏。

はたして、どんな現在が露わになり、いかなる未来が姿を現すのか。


詳細は下記で。


http://www.city.minamikyushu.lg.jp/cgi-bin/hpViewContent.cgi?pID=20150910143514
posted by 城戸朱理 at 09:06| イベント告知など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『水都』まで

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一昨年の10月に父を、今年の2月に母を見送ってから、故郷の景色が一変した。

どうしたことか、何を見ても、何らかの記憶が甦る。

それは、狂おしいほどで、私はとまどいながら、それと向かい合っているしかなかった。

それは、いまだに変わらない。

いや、おそらく、これからも変わることはないのだろう。


父が春先に倒れて、入退院を繰り返しているとき、中津川ぞいの病院を何度か訪ねた。

宮澤賢治が学生時代に下宿先で使っていたという井戸から水を引いた賢治清水で喉をうるおし、下の橋を渡りながら、川と湧水に恵まれた盛岡のことを思ったりもした。


それが、詩集『水都』を構想するきっかけだったのだが、水色の革表紙のノートに、詩稿のメモが増えるにつれて、故郷の景色が、記憶の底で静かに澄みわたっていく。


私はかつて非在の故郷をめぐる詩集『不来方抄』を書いた。

『不来方抄』から始まる起源の詩的探求は、『幻の母』、そして執筆中の『白鳥伝説』の三部作で完結するが、『水都』は『不来方抄』と対を成し、実在の故郷をめぐるものとなるだろう。


先週、「抒情文芸」に『水都』の一篇となる「水面の影のように」を渡したが、詩集の原稿は来年の3月までに書き上げるつもりでいる。
posted by 城戸朱理 at 06:54| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

城戸朱理のヴィジュアル・ポエトリー

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TOLTAの『現代詩100周年』には、私も作品を寄せているが、これは、私にとって、初めてのヴィジュアル・ポエトリーの試みとなった。


NO-WHEREは、「どこにもない」という意味だが、NOW-HEREは「今-ここ」であるとともに「ユートピア」という意味を持っている。

同じ綴りでありながら、分節によって意味が変わるわけだが、同時に「ユートピア」とは「どこにもない」からこそユートピアなのではないか。


作品のタイトルは「blue bird」。


ツイッター上では、広瀬大志くんが「城戸朱理くんがビジュアル・ポエトリーを出してきたのには、びっくり。やるなあ。カッコええな」、中家菜津子さんが「ぱらぱらしてたら、城戸朱理、かっこええ(≧▽≦)」(顔文字!)という嬉しい反応が。


私自身は、これが最初で最後のヴィジュアル・ポエトリーのつもりでいたのだが、いざ『現代詩100周年』を手にしたら、次作のアイデアも湧いてきたので、いずれ発表することになるかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 06:52| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『現代詩100周年』(TOLTA)、その2

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TOLTAによる『現代詩100周年』の特徴のひとつは寄稿者の人選にある。

寄稿者の顔ぶれは、谷川俊太郎、北川透といった大家から、長尾早苗、あるいは和合大地といった「現代詩手帖」投稿欄の常連的な書き手にまで及んでいる。

これは、商業出版のジャーナリズムには決してなしえない人選だろう。


つまり、『現代詩100周年』は、TOLTAのメンバー、河野聡子、山田亮太、佐次田哲、関口文子が、年齢やキャリアを考慮することなく、今日、アクチャリティを認めた詩人に依頼することによって成立しており、そこにこそ、現代性を映す稀有な衝突や交響が起こっているのではないだろうか。

もちろん、寄稿者は100人近いだけに、依頼を受けながら、何らかの事情で参加しなかった人もいることだろう。


だが、私自身に関して言えば、河野聡子さんから、山村暮鳥『聖三稜玻璃』を現代詩の起点として、その100年目に編むアンソロジーという依頼をいただいたときに、すぐに寄稿を決意した。

こうした「大きな」問題提起に、どうして応えずにいられるだろうか。


その意味では、『現代詩100周年』は、依頼に応えるかどうかが、すでにアクチャリティを問われるような出来事だったと言えるかも知れない。

こうした仕掛け自体も、TOLTAならではという気がする。


これだけの内容となると編集作業も大変だったろうが、2015年の現代詩と今日の言語のカタログとも言うべき労作である。


『現代詩100周年』は頒価2000円。

問い合わせは、下記、TOLTA(河野聡子)アドレスまで。


okokotosan@yahoo.co.jp
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