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城戸朱理のブログ

2015年11月30日

詩論集『洪水の後で』

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私が最初にまとめた詩論集は、2004年に「現代詩手帖」に連載した「手帖時評」を中心にした『潜在性の海へ』(思潮社、2006)だった。


その後、29歳から30歳にかけて連載した「手帖時評」を中心に、20代後半から30歳にかけて書いた論考をまとめた『戦後詩を滅ぼすために』(思潮社、2008)を刊行した。

私としては、この本は『海洋性』という書名を考えていたのだが、編集部の意見を容れて、タイトルを変えたのだが、それが、ジャーナリストの視点というものなのだろう。

かわりに「The Regeneration of Alexandria」という英題を表紙に入れたが、これは「手帖時評」連載時のタイトル「アレクサンドリアの復興」を英訳したもので、アレクサンドリアの大図書館の復興、すなわち戦後詩の歴史化という想いを籠めたものだった。


その後、1990代に執筆したものを集成する『都市の文書』は、入稿原稿を思潮社に渡したものの、
担当の亀岡大助氏との打ち合わせが進まないまま、亀岡氏が退職して、宙に浮いたままになっている。


さらに『潜在性の海へ』以降に短期集中連載を含めて執筆した「洪水の後で After the Flood」は、昨年の2月には書き終えたのに、日々の仕事に追われて、いまだに入稿できないままだ。


『潜在性の海へ』以降に発表した詩をめぐる文章は、すでに400字詰め原稿用紙で1000枚を超えているが、とりあえず『洪水の後で』をまとめ、年明けには編集部に渡したいと思っている。


それから、散文詩についての考察を含む『都市の文書』をどうするか、編集部と相談していきたい。


原稿を書くというのは、孤独な作業だ。

逆に言うならば、ひとりでいることが何よりも重要になる。

ひとりの時間を、いかに作るか。

ひとりの時間をどれだけ増やしていけるか。

それが、目下の課題である。
posted by 城戸朱理 at 04:58| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月29日

十四代中里太郎右衛門窯で求めたもの

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唐津の中里太郎右衛門窯で求めたのは絵唐津の湯呑みと斑唐津の片口である。


湯呑みは、酸化炎焼成によって灰釉が枇杷色を帯び、いい肌をしている。

古唐津の絵付けに倣った松絵も達者なものだ。


中鉢サイズの片口は、失透性の藁灰釉による斑唐津。

斑唐津は、白唐津とも言われるが、たんなる白ではなく、むらむらとした雲のような表情を持つ。

古唐津の片口のサイズがいいものは、あえて口を欠いて金継ぎし、茶の湯の茶碗に取り上げられてきた。

これを酢注ぎ手と呼ぶが、片口は片口のままのほうが使い勝手がよいのは言うまでもない。


この片口は、かんかんに焼き締められて、たわんだ楕円になっており、その姿の良さに魅せられた。

今のところ、徳利がわりに使っているが、何でも酒器に見立ててしまうのは酒徒の悪癖というものだろう。

いずれは、まっとうに食器として使おうと思っている。


旅先で器を求めると、何年もたってから、食卓の器を見て、旅の記憶が粟立つように甦ることがある。

新作だろうと古陶だろうと、気に入ったものがあったとき、旅先で器をひとつ、ふたつと求めてみるのは、だからこそ愉しいのだろう。
posted by 城戸朱理 at 08:31| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月28日

岡晋吾・天平窯の器

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唐津で、岡晋吾さんの天平窯を訪れたときに、選んだ器が宅急便で届いた。

いざ自宅で見ると、ギャラリーで拝見したときよりも存在感がある。


求めたのは、色絵の盃ふたつと同じく色絵の小皿2枚。

盃は、呉須赤絵白金彩菱文六角盃と呉須赤絵萩文面取盃で、古拙な味わいが漂うこの盃は、お正月に下ろそうと思っている。


初期伊万里とみまごう染付皿は、呉須に泥を混ぜ、あえてにじみが出るようにしているそうだが、筆ばかりではなく、草葉や枝も使うという絵付けの、柔らかな描線が美しい。

しかも、胎土には、古伊万里と同じく有田泉山の磁石が使われているため、磁器なのに温かみがある。


白磁の皿と湯呑みは現代的な造型だが、白磁釉だけで焼かれた器は、初期伊万里に特有の釉垂れも見えて、落ち着いた佇まい。


ちょうど、荷物が届く前日に、岡晋吾の新たな作品展の案内が届いたが、この日本橋高島屋での展覧の副題が「アバンギャルドなものII」。

残念なことにスケジュールが合わず、立ち寄ることはできないが、古陶の再現ばかりではなく、新しい造型や絵付けにも挑むあたりが、この陶芸家の魅力だろう。


家人も大いに気に入って、最近は食卓に天平窯の器が乗らない日がないほどだ。

花唐草染付皿に無花果を、白磁皿にせいこ蟹を盛ったりしたのだが、実に料理が映える器で、重宝している。
posted by 城戸朱理 at 09:42| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月27日

吉増さん行きつけのイタリアンで

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京都ロケに先立つ吉増剛造さんの書斎での撮影は、カメラ2台を使い、2時間半ほどで終了した。


6時に吉増さんが予約してくれたイタリアンに席を移す。

まずは、「ここのしらすピザは美味しいよ」と吉増さんが石窯で焼き上げるピザをオーダー。

江戸時代、大川と呼ばれた隅田川は白魚の産地として知られた。

徳川家康も白魚を好み、白魚は佃島の漁師だけが捕ることを許された「御止魚(おとめうお)」で、江戸城に献上された。

家康の死後、解禁になったものの高価だったという。


白魚としらすは厳密には違うものだが、隅田川のそばのイタリアンが、しらすピザを出すのは、いかにもという気がしないでもない。


ワインは私がセレクトを任されたので、タンニンがしっかりしたフルボディの赤をボトルでもらう。


バーニャカウダ、パルマ産生ハム、じゃがいものアンチョビソース、鶏白レバーのパテ、海老とマッシュルームのアヒージョなどを頼んで、ローライフレックスなどカメラを話題に、ワイングラスを傾けた。


吉増さんのお宅でハーフボトルのシャンパン2本と赤ワイン1本を開け、さらにお店で2本目の赤ワインまで頼んだのだから、しこたま飲んだことになる。
しかも、井上春生監督は車の運転があるので飲まなかったのだから、ほとんど吉増さんと私が飲んだことになるが、愉快な夜だった。
posted by 城戸朱理 at 13:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんの書斎

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吉増剛造さんの書斎は、フローリングのリビングの一角から和室まで。


「昔から川のほとりで、和室にライティングビューロー、それも座り机のライティングビューローを置いた書斎が夢だったから、夢がかなったんだね」と吉増さん。


洋室のデスクは、インク瓶がずらりと並び、アトリエの様相を呈している。

和室の壁面には、進行中の「詩の傍らで」が一面に貼られていたが、一枚の紙が時間をたたえた厚みのあるタブローに変わって波打つかのようで、圧倒的だった。


「詩の傍らで」の壁面の鴨居の上の扁額には思いがけない人の書が。

これは吉増さんのお父さまが所持していたもので、吉増さんが子供のころから見て育った書なのだという。


和室のデスクの前の障子には、フィルムやメモが貼られ、交錯するスクリーンのようでもある。

写真を見れば分かるように、芥川龍之介、ジョナス・メカス、萩原朔太郎、エミリー・ディキンソンらのポートレイトと吉増さんの手書きのメモが二重露光のように重なり合う前で、吉増さんは川端康也について語った。


座り机の上にはスチーム式のアロマポットが蒸気を上げ、お香が焚かれている。


「蒸気と煙と、ふたつあるのがいいんだなあ」


吉増さんは煙草を止めてから、火と遊ぶことがなくなったが、お香を焚くようになって、火の感覚が戻ってきたと語っていた。


エレメンタリーな要素が重なって揺らぎ合う、それが吉増剛造の書斎なのだろう。
posted by 城戸朱理 at 12:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんの撮影へ

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「表現者」の特集座談会のテープ起こしに手を入れてFAXしてから、「岩手日報」の選評2回分を執筆した翌日、25日は、午後3時から吉増剛造さんのお宅で撮影があった。


アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女と鎌倉駅のホームで待ち合わせて、横須賀線で東京へ。

資料を持参し、車中で、さらに原稿を一本、書き上げることができた。


タクシーで吉増さんのお宅に向かったのだが、約束の時間にお訪ねしたところ、井上春生監督はすでに撮影を始めているではないか。


吉増さんは、なんとシャンパンを用意して歓待してくれた。

さらにマリリアさんがカナッペを作って下さる。

おふたりのお心使いには感謝するしかない。

バンビはマリリアさんとお会いするのは初めてなので、喜んで記念撮影をお願いしていた。


吉増さんはシャンパンを音を立てて開けるのがお好きで、マリリアさんが眉をひそめると、


「開けるときの音はシャンパンの声なんだから」と吉増さん。


世界の万象の「声」を聞くこと、それは吉増さんの詩学なのだろう。

まずは、ヴーヴクリコで乾杯し、さらにモエ・エ・シャンドンを開けて下さる。

このシャンパンは、私たちのために、わざわざマリリアさんと買いに行ったと聞いて、恐縮した。
posted by 城戸朱理 at 11:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

打ち合わせ、そして執筆



18日は静岡でゆっくりして、夕方に戻る予定だったのだが、井上春生監督から急ぎの打ち合わせの要請があったので、まっすぐ鎌倉に帰ることにした。

11時にホテルをチェックアウトし、柳美里さんへの「ハガキ・プロジェクト」の葉書を投函してから、新幹線の切符を変更し、東京行きに飛び乗る。

移動の時間は、読書の時間でもある。

今回、静岡には3冊の本を持参したが、ホテルと往復の車中で、3冊とも読み終えた。

小田原から東海道線に乗り換え、藤沢で下車してタクシーで帰宅したのは2時。


小憩して、「毎日新聞」月評のために取り上げる詩集を、再読して選ぶ。


6時過ぎにバンビことパンクな彼女と出かけ、井上監督と鎌倉駅で落ち合って、クルベル・キャンへ。

一目見るなり、井上監督に「城戸さん、疲れてますね」と言われたが、移動続きの生活で、疲れを癒す暇がないのだから、どうしようもない。


クルベル・キャンで、じゃがいものフリットやフルーツトマトのカプレーゼ、平目のカルパッチョなどを頼んでから、次回の吉増剛造さんの京都ロケについて打ち合わせる。

ピザはクワトロフォルマッジ、パスタは活ワタリガニのトマトソースにしたのだが、井上監督は、どちらも気に入っていた。

最後はステーキ。

ただし、私は外食に疲れ気味なので、ほとんど食べず、もっぱら飲むのに専念。


鹿児島、駒場、静岡での講演や朗読を終えたので、月末の京都ロケまでは、しばらくどこにも出かけずに済むのが嬉しい。


京都行きの前に書かなければならない締切は7本。

翌日は、まず「毎日新聞」の詩の月評を書き上げてメールしてから、静岡から送り出したトランクを解き、荷物を整理した。

続けて、「表現者」の特集座談会のテープ起こしに手を入れ始めたのだが、しばらくは執筆の日々が続くことになる。
posted by 城戸朱理 at 10:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

静岡のイタリアンで、その2

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続けて、山内先生が絶賛する生パスタが2皿。

最初はムール貝のタリアテッレ(写真なし)。

タリアテッレは、幅広のパスタだが、生パスタとなると、食感が素晴らしくいい。

ふた皿目は、苦ヨモギとほうれん草を練り込んだスペッツェルで、こちらはローストした鶏と合わせてあった。


牛肉のローストは、マデラ酒のソースだったろうか。


エミリオ・ロマーニャ風のパンナコッタを始めとするドルチェの盛り合わせの後は、ダブルのエスプレッソを。


イル・カンパーニョは、素材と自家製に徹底的ににこだわった店で、生パスタ以外も、素材を生かした繊細な味わいだった。
posted by 城戸朱理 at 10:16| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

静岡のイタリアンで、その1

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山内功一郎准教授が会食の場に選んだのは、オステリア・イル・カンパーニョ。

「栗の木の下で」という店名らしいが、イタリアンなのに座敷があるのが珍しい。

早く着いたので、スプマンテを飲みながら、今野喜和人教授の到着を待つ。


静岡大学人文社会科学部の学部長をされている今野先生は、最近、合気道を始められたのだとか。

初段は取ったが、合気道の才能が自分にはないのに気づき、退職後の趣味を探されているのだという。

「趣味」をめぐる話から始まり、さらに大学の現状などをうかがいながらの会食は、実に愉快だった。


前菜は、なんと3皿。

まずは牡蠣のワイン蒸し、そしてイナダのカルパッチョは甘海老ソースで。

自家製の生ハム盛り合わせは、いずれも素晴らしく、メインディッシュでもおかしくない充実ぶりだった。
posted by 城戸朱理 at 10:14| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本平ホテル、寿司処・富貴庵で、その4

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さらにお好みで、ウニとイクラを。

ウニは海苔ではなく、昆布の軍艦になっている。

聞けば、ウニは昆布を食べるので、海苔よりもウニの香りや味を邪魔しないのだとか。

たしかに、ウニの香りと甘さが、よく聞き取れる握りだった。


最後に赤貝を剥いてもらう。

ヒモも小さな握りにしてくれる。

後の水菓子は、イチゴと蜜柑、それにキウイの寒天寄せで、さっぱりとしていいものだった。


店内は私たちだけで、貸切状態。

おかげで、職人さんから駿河湾の地魚のことを教えてもらいながら、寿司をつまむことができた。
posted by 城戸朱理 at 09:46| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本平ホテル、寿司処・富貴庵で、その3

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玉子焼きは、白身魚を練り込んだ江戸前の仕立てで、見事。

煮穴子のあとネギトロ巻きとお椀が出て、コースの握りは終わったが、駿河湾のぼたん海老があるというので握ってもらう。

北海道産より、やや小振りで、味が濃い。

頭は素揚げにしてくれた。

これは酒の当てによい。
posted by 城戸朱理 at 09:45| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本平ホテル、寿司処・富貴庵で、その2

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とろけるような金目鯛のあとは、静岡名産のしらすと桜海老。

鎌倉でもしらすは名物だが、鎌倉が真鰯のしらすで、やや灰色がかっているのに対して、静岡のしらすは、片口鰯と大羽鰯のしらすで、色が白く、苦みが少ない。


甘みが素晴らしい大トロに続いて、新鮮そのものの鯵、焙った鯖が出た。
posted by 城戸朱理 at 09:45| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本平ホテル、寿司処・富貴庵で、その1

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鹿児島では高岡修さんにすっかり御馳走になってしまったが、静岡では山内功一郎先生に御馳走になってしまった。

もちろん、鎌倉に来客があるときは、私が御馳走するようにしているが、ありがたくも申し訳ない気持ちになる。


「城戸さん、最後の晩餐なら何にしますか? 私ならお寿司です」と和美さん。

日本平ホテルには駿河湾の地魚を出す寿司屋があったので、静岡を案内してくれた和美さんの労をねぎらうべく、私が御馳走させてもらうことにした。


和食の富貴庵は日本料理と寿司処に分かれていて、寿司処にはテーブルがなく素木のカウンターのみで、寿司屋さながら。


私は静岡限定の静岡麦酒を頼んだが、和美さんは運転があるので、お茶を。


ランチの11貫コースは、軽く焙った鱈の白子から始まった。


握りは、御前崎産しまあじ、焼津産のどぐろから。

ネタは、いずれも静岡の漁港に水揚げされたもの。

のどぐろは、皮目を焙ってあり、旨みが凄い。

続けて、本めじまぐろ。

本まぐろは、いいものでないと、鉄味が強いことがあるので、本まぐろの子供のめじまぐろを使っているという。
posted by 城戸朱理 at 09:44| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

静岡大学での講演

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17日は、6時に起きて、朝食は食べずに講演の準備を。

8時に山内功一郎夫人の和美さんが白のフォルクスワーゲンで迎えに来てくれた。


静岡大学は、山の斜面に学舎が点在しているので、学生は通学がたいへんだろう。

人文社会科学部棟の前林には「マムシに注意」という看板が。

聞けば、30年前にひとりマムシに噛まれた人がいたそうだ。


講演「声と文字のパフォーマンス」は、8時40分から。

会場は人文社会科学大講義室で200人を超える学生が聴講してくれた。


『千の名前』以降の詩集からの自作朗読をはさみながら、言葉とは何か、詩の権能とは何かについて話したのだが、山内先生があらかじめ学生からの質問をまとめておいてくれたので、質問事項にも言及できた。

熱心にノートを取って、講演のあと質問に来てくれた学生もいたが、私の話が、言葉と世界を考えるきっかけになってくれたら、これに勝る喜びはない。


講演が終了したら、あとは自由時間。

和美さんが愛車で日本平に連れていってくれた。


日本平という地名は日本武尊(やまとたけるのみこと)伝説に由来するもので、茶畑と広葉樹林が広がる有度山の山頂とあたり一帯を指す。

頂上にあるのが、日本平ホテル。

日本平ホテルの庭園からの眺めには、ただただ感嘆するしかなかった。

眼下には静岡市街と駿河湾が広がり、正面には富士山、伊豆半島から南アルプスまでを一望できる。

しばし散策し、日本平ホテルの富貴庵で昼食を取ってから、ホテルに送ってもらい、午後は本を読んだり、静岡駅周辺を散歩して過ごした。


6時に山内先生が迎えに来てくれ、イタリアン、オステリア・イル・カスターニョで、静岡大学人文社会科学部の学部長でもある今野喜和人先生と会食。

ここもいいレストランで、会話が弾んだが、今野先生の退職後の趣味についての話題が、とても愉快だった。

趣味を探すということ自体、とても新鮮に感じたが、それは私がそうしたことを考えたことがないからだろう。


食事のあとは、山内先生とホテルに戻り、またもや深夜まで、エマイユで語り合う。

この夜は、単行本をまとめることについて、これから刊行していく本について話し合ったのだが、これは私にとっても、最大の課題である。
posted by 城戸朱理 at 13:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

和の食楽 佐平の旬華膳、その2

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揚げ物は、海老しんじょの紅葉揚げで、舞茸とピーマンとともに。


煮物は、白菜巻きで、これはロールキャベツの白菜版。

スープ餡がかけられ、キャベツが白菜にかわるだけで和風の味わいになるのが面白い。


むかご御飯になめこ汁が出て、食事は終わった。


水菓子は黒糖ジュレを添えた林檎の蜜煮。


佐平の御主人は、ホテルのレストランで修行した方だと聞いたが、山内家がひいきにしているだけあって、工夫を凝らした丁寧な料理を出す店である。
posted by 城戸朱理 at 10:38| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

和の食楽 佐平の旬華膳、その1

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山内功一郎先生が案内してくれた店、佐平は月替わりでメニューが変わるそうだ。


霜月の旬華膳は、まず四種の先付けから。

有馬焼きの帆立に乗った紅葉麩が季節を演出する。


吸い物がわりのひと品は、吉野海老に栗や里芋が入った初霜蒸し。

これはとろろ昆布の餡をあしらった茶碗蒸しで、柚子の香りも素晴らしかった。


総織部の皿に盛られたお造りは、紅葉鯛に太刀魚、平目。

鯛の旬は春、その時期のものを桜鯛と呼ぶが、紅葉鯛も洒落た呼び方だと思う。

駿河湾の魚は、どれも美味い。


焼き物は、魚ではなく野菜なのが面白いが、バーニャカウダをアレンジした餡で食べさせるあたりは、創作和食ならでは。


中皿は牛ロースの利休焼き。

利休焼きは胡麻で作ったタレを使う料理方だが、これも意外性があるうえに、赤身の肉によく合っていた。
posted by 城戸朱理 at 10:38| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

静岡へ

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16日は、東海道線で小田原まで出て、新幹線で静岡に向かった。

九州5泊6日の旅に続く2泊3日の旅である。


静岡着は3時50分。

駅まで静岡大学の山内功一郎准教授が迎えに来てくれた。

そのまま、駅前のホテル・センチュリー静岡にチェックイン。

静岡には、これまでも静岡連詩や日本エズラ・パウンド協会の年次総会のためなどで来ているが、温暖で豊かな土地なので、いつも緊張している身体がほぐれる気がする。


部屋は23階で、駿河湾を望むことができ、ガラス張りのエレベーターからは富士山が見えた。


6時に山内先生とロビーで待ち合わせて、夕食の店へ。

山内先生が予約してくれた「和の食楽 佐平」は、創作和食の店で、実に丁寧な料理だった。

この店については、別にアップしよう。

食事をしながら、翌日の講演会の打ち合わせをしたのだが、パリとベイルートのテロが勃発したあとだけに、内容は、よりラディカルなものに変えることにする。


その後、再びホテルに戻って、夜景が素晴らしい最上階のラウンジ、エマイユでカクテルを前に、現代詩のことやアメリカ詩のことを深夜まで語り合ったのだが、世界の行方がこれだけ不分明になると、詩をめぐる状況も変わらざるをえないのを痛感する。
posted by 城戸朱理 at 09:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月24日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日、11月24日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の遠景・近景」が掲載される。

今回、取り上げたのは次の5冊。


蜂飼耳『顔をあらう水』(思潮社)

日和聡子『砂文』(思潮社)

石田瑞穂『耳の笹船』(思潮社)

平田俊子『戯れ言の自由』(思潮社)

安藤元雄『樹下』(書肆山田)


このひと月ほど、見逃すことができない詩集が、次々と刊行され、選んだ詩集すべてに言及することが出来なかった。

それらについては、来年、1月の月評で取り上げたいと思っている。


来月は月評は休載で、年間回顧「詩、この一年」が掲載されることになる。
posted by 城戸朱理 at 10:16| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本近代文学館での「声のライブラリー」

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福岡から戻った翌日は、鹿児島から送りだしたトランクを解き、荷物を片付けたり洗濯に終われた。

その翌日、14日は、パリの同時多発テロのニュースで目覚める。

ベイルートでもテロが発生したことを知って慄然としたが、世界が誰もが望まぬ方に転がり始めたような不吉な予感に苛まれた。


気持ちを鎮め、犠牲者の冥福を祈ってから、着替えて東京に向かう。

ISは、日本もテロの標的と宣言しているので、いずれ、日本でもテロが起こる日が来るのかも知れない。

ISがYouTubeに投稿した動画では、浅草寺が爆破される場面があるそうだが――

今や見慣れた景色さえ、別のものに見えるようになった。


雨のなか、駒場公園内の日本近代文学館に到着したのは、午後1時。

朝から何も食べていなかったので、文学館のカフェで昼食を取るつもりだったのだが、混んでいたので、結局、朝食・昼食抜きで朗読に臨むことになった。


2時からの「声のライブラリー」で、私は『千の名前』『地球創成説』『幻の母』『世界-海』『漂流物』から全部で6篇を朗読。

西部邁先生の朗読の後、作家、佐藤洋二郎さんの司会で、西部先生とトークをした。

西部先生は、体調が優れないと言いつつも、語り出すと止まらない。


トークが終わってから、サイン会があったのだが、『漂流物』を買って下さった方を見たら、なんと西部智子さんだった。

私も西部先生の『蜃気楼の中へ』(中公文庫)を買って、列に並ぶ。

私の顔を見て驚いた西部先生、「お! どなたですか」。


5時から空いている店を探し、バンビことパンクな彼女が、渋谷のワイン居酒屋VINに予約を入れる。

渡辺めぐみさんも誘って、タクシーに分乗してVINに移動したのだが、西部先生は若者の街、渋谷がお嫌いなので御機嫌斜め。

しかし、VINの料理がお気に召したらしく、再び、勢いを取り戻す。

佐藤洋二郎さんが、日本の離島を訪ねたり、日本各地の神社を訪ねたりしているのは聞いていたが、ふらりと電車に乗って、各駅ごとに降り、呑み屋で一杯ずつ飲み歩く趣味があるとは知らなかった。

なんとも楽しそうではないか。


翌15日は、静岡大学での講演会のために静岡行きで、またもや荷物をパッキングしていた。

これだけ、あわただしいと鬱病になる暇もない。

6年前に鬱病で苦しんでいたときは、やはり鬱だった柳美里さんと、精神科医のことや抗鬱剤のことなど、あれこれ情報交換をしたものだが、どうやら、柳さんも私も、鬱からは抜け出ることが出来たようだ。

私が抗鬱剤を処方してもらったのは、5カ月だけだったが、その間は、仕事がほとんど出来なかったのを思い出す。
posted by 城戸朱理 at 07:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

津蟹を食べに〜飴源、その2

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バンビとふたり、「ちょっと」の川魚に圧倒されていたら、大女将が挨拶に来てくれた。

そして、ついに津蟹の姿煮が、大皿にどさりという感じに盛られて登場する。


「こんなの聞いてないよ!」

なぜか怒り出すバンビ。

よくよく聞いたら、バンビは上海蟹くらいの小さい蟹を想像して、足りないかも知れないと、ひそかに心配していたらしい。

「もし、ちっちゃい蟹が、ふたりで一匹だけだったら足りないなあって、すご〜く心配していたんだよ!
これなら大きな毛蟹とでも喧嘩できるね!」

たしかに、大振りの毛蟹ほどの津蟹が二匹、その下には、中型の津蟹が三匹も盛られている。

「これだけ大きいのは珍しいですよ。食べきれなかったらお持ち帰り下さい」と大女将。


この時期の津蟹は、ストーンクラブ並みに殻が硬かったが、バンビは夢中で食べ始める。

上海蟹より美味いと言われる津蟹だが、鮎がの産地の玉島川の清流で育った津蟹は、ぎっしりと詰まった蟹味噌が癖もなくとろけるようだし、身は脂が乗り、風味が素晴らしい。

「ちょっと」の川魚に圧倒されたあとなので、ふたりで一匹ずつを食べ、三匹は包んでもらった。


姿煮のあとは、小振りの津蟹を炊き込んだ秘伝の津蟹飯と津蟹汁。

津蟹汁は蟹の旨みが凝縮したようで目が覚めるようだったが、津蟹飯の美味しさも、また格別だった。


水菓子は、自宅で採れたというちゃら柿に大柿、レインボーキウイにあけび。


飴源では、昼も夜も同じ料理を出すが、3時間かけても食べきれないほど品数が多い。

最後は飛行機の時間を気にしながらになってしまったが、もし次の機会があるのなら、絶対、夜に来ようと思った。
posted by 城戸朱理 at 07:23| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする