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城戸朱理のブログ

2015年11月21日

高橋昭八郎さんと犬

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バラックは隠れ家のようなカフェで、看板もわざわざ見えない位置にあった。

この雑然とした物置場も、高橋昭八郎さんなら「詩が降ってくる場所」と呼んだに違いない。


バラックに行く手前、左側には宮後郁子さんが飼っていたキャンディの犬小屋がある。

昭八郎さんは帰りぎわに、必ずキャンディを撫でてから帰ったそうで、昭八郎さんの友人で『動物哀歌』の詩人、村上昭夫が飼っていたクロにキャンディが似ていると語っていたそうだ。


昭八郎さんは、昨年の5月24日に亡くなったが、宮後さんがキャンディにそれを告げると、キャンディは悲しい声で鳴き、ちょうど1年後、昭八郎さんの命日に死んだという。

バラックの敷地内にあるキャンディのお墓には、煉瓦と鉢が置かれていた。


いろいろとお話をうかがっているうちに、すっかり暗くなっていた。
posted by 城戸朱理 at 13:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バラックの店内には

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バラックの店内には、宮後郁子さんが集めた詩集や絵本があちこちに置かれているが、高橋昭八郎さんが参加していた詩誌「gui」や著作もカウンターにあった。


昭八郎さんがいつもコーヒーを飲んでいたという北欧のモダンデザインのカップでコーヒーをいただきながら、あれこれと思い出話をうかがったのだが、バンビことパンクな彼女が録音していたので、いつか紹介できるだろう。


昭八郎さんは、コーヒーを飲むとき、砂糖の紙袋を折る癖があって、宮後さんはそれを取って置いたのだが、昭八郎さんに見せたところ、「これで作品を作れるかも知れない」と言って、持ち帰ったそうだ。

残念ながら、その作品は残されていないが、写真は、昭八郎さんが2013年に残していった紙袋である。


昭八郎さんは、いつも奥の席に座っていたというので、バンビがその席に座って、昭八郎さんと同じポーズで記念撮影。

その席の窓際には、昭八郎さんが落としていった10円玉が、今でも置かれている。
posted by 城戸朱理 at 13:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高橋昭八郎さんが通った喫茶店、バラック

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高橋昭八郎さんは唐津のお宅から近い喫茶店バラックに、よく通われていた。

昭和30年代に建てられた長屋を改装したカフェで、店主の宮後郁子さんは、昭八郎さんのよき理解者でもあった。

一時は、昭八郎さんの作品を宮後さんが倉庫に預かっていたこともある。


今回はあらかじめ宮後さんに連絡して、昭八郎さんの思い出話をうかがうことにしていたのだが、店に入ると、まるで、小さな高橋昭八郎記念館のようで、嬉しかった。


入り口には、昭八郎さんの視覚詩作品と写真が飾られている。


この写真は、ワタリウム美術館のオンサンデーズで「高橋昭八郎展〜翼ある詩」を開催したときにのプロフィール写真に使ったものだが、バラックの前で宮後さんが撮影したものだという。


壁には、昭八郎さんのインタビューが掲載されている2011年10月21日付けの「佐賀新聞」が貼られていた。

このインタビューで、昭八郎さんはヴィジュアル・ポエトリーを「言葉による、社会的に規定されたコミュニケーションの形を拒否し、言葉が生まれる原初に立ち戻る」ことだと語っている。


北園克衛のVOUクラブに入会するに当たって、「叩けばキーンと音がするような抽象的詩を書きたい」と北園さんに書き送った昭八郎さんらしい言葉ではないか。


宮後さんは、高橋昭八郎さんが亡くなってから、ほとんど店を開けることがないと語っていた。

「高橋先生に出会うために、自分はバラックを始めたんだと思うんです」という宮後さんの言葉に、運命的な出会いを感じざるをえなかった。
posted by 城戸朱理 at 12:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

唐津シーサイドホテル

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唐津に着いて、荷物を置くために、まずはホテルにチェックインした。

今回の宿は、唐津シーサイドホテル。


バンビことパンクな彼女が和室を予約したのだが、部屋に入って、その広さに驚いた。

しかも広いだけではない。

茶室まで設えられており、水屋にはお道具まで揃っている。

抹茶さえ持参すれば、茶会ができるわけだが、そんな人がいるのだろうか?

お風呂は檜造りで、玄海灘を見ながら入浴できる。


不安になって、バンビに料金を尋ねたところ、東京のビジネスホテルより安いので、また驚くことに。


ホテルで遅い昼食を取ってから、出かけることにした。
posted by 城戸朱理 at 12:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高橋昭八郎さんの面影を求めて、唐津へ

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鹿児島からまっすぐ帰らなかったのは、昨年、亡くなった伝説のヴィジュアル・ポエット、高橋昭八郎さんを偲ぶために、昭八郎さんが晩年を過ごした唐津を再訪するためだった。

11日は、ホテルをチェックアウトし、バンビことパンクな彼女が、幼少期を過ごしたエリアをタクシーで回ってもらってから、電車で唐津へ。


唐津は美しい街だ。

海辺には唐津城。

その東には、5kmに及ぶ虹の松原が続き、高島、鳥島、神集島などの島々を浮かべた穏やかな玄海灘が広がる。


初めて訪れたとき、昭八郎さんは、まず佐用姫伝説で知られる鏡山に案内して下さったのだが、頂上の展望台から望む、エメラルドグリーンの玄海灘を背景にした街は、風まで見える気がした。


岩手県北上市で、代々、漆の塗師を営む家に生まれた高橋昭八郎さんは、退職するまで盛岡で暮らしていた。

昭八郎さんのお宅は、盛岡の私の実家から、歩いて1、2分のところだったが、唐津に引越しされてから、わざわざ、お訪ねすることになるとは、若いときは想像もできなかった。

そして、昭八郎さんは、この風光明媚な唐津にあっても、情緒を排した先鋭な視覚詩を作り続けた。

その前衛を貫き通す姿勢は、やはり驚嘆に値する。
posted by 城戸朱理 at 10:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする