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城戸朱理のブログ

2015年12月31日

年末年始、ブログ更新お休みのお知らせ



日本にとって、世界にとって、大きな曲がり角だったと後世、言われるような1年が終わりつつあります。

個人的にも怒濤のような1年でした。

ただ、そうした年を過ごして、自分に出来ることは、結局、詩を書くことだけなのだという想いを新たにしています。


年末年始は、ネットの接続が難しくなるため、しばし、ブログの更新をお休みさせていただきます。


次の更新は、正月5日を予定しておりますので、来年もまた、このブログにお付き合い下さいますようお願い申しあげます。


それでは、みなさん、よいお年を!
posted by 城戸朱理 at 08:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月30日

蟹が届いて

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「蟹さんがピースを出して待っているんだよ!」


バンビことパンクな彼女が興奮している。

ただし、蟹はピースサインを出しているわけではない。

いつもチョキなだけである。


冷凍の宅急便で届いたのは大きな毛蟹×2と、さらに大きなズワイ蟹×2。

仕事でよく使うワシントンホテルの藤田観光グループのカードのポイントがたまったので、三越・伊勢丹のギフトカタログに交換し、松阪牛がいいか、それともアワビステーキかと、さんざん迷ったあげくに、バンビが蟹の詰め合わせを選んだのだった。

ちなみに、このギフトカタログ、実に多彩な品揃えで、吉兆やなだ万などの名だたる料亭の料理から果物やお菓子まで取り揃えているので、見ているだけでも楽しい。


わが家では、今回の藤田観光グループのポイントか、もしくはJALのマイレージのポイントが失効するときに、ギフトカタログに替えるのだが、いつもなら近江牛のステーキ肉を選ぶことが多い。

だが、今回はバンビが蟹気分だったらしい。


いちどには食べられないので、半分は冷凍し、スパークリングワインを用意して、夕食は蟹をメインに、溶かしバターを添えて、今回は洋風に。

テーブルに並んだのは、オマール海老のビスクとほうれん草のバター炒め、イチゴとトーストである。


「残りはお正月に食べるんだよ!」


お正月は和風に蟹鍋にでもして、蟹雑炊で締めるのがいいかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 09:46| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

bambi in Vivienne Westwood!

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つな八で昼食を取ったあとは、バンビことパンクな彼女が「久しぶりにヴィヴィアンに行くのはどうかな?」と言い出した。


今年はあまりの忙しさにヴィヴィアンをゆっくり覗く余裕もなかったから、ニューヨークに行く前に新作のトレンチコート、黒とベージュの二着と黒のヴェルヴェットのドレスを購入して以来である。

というわけで、バンビを連れて、パンクの聖地、ヴィヴィアン・ウエストウッドへ。


バンビが欲しかったのは、仕事にも着ていけるベーシックなワンピース。

ところが、ヴィヴィアンに「ベーシック」なものなど存在しない。

パンクでアバンギャルド、ときにゴージャスで、あるときはガーリー、それがヴィヴィアンの魅力だろう。


「an・an」の読者に語りかけるような文体を作り上げ、戦後女性ライターの草分けと呼ばれた三宅菊子さんは、その晩年に、認めるデザイナーはヴィヴィアン・ウエストウッドただひとりと語ったことがある。

三宅さんは、白洲正子さんとも親交があって、白洲正子ブームの火付け役にもなったが、戦後まもなく、両親に連れられて、白洲邸に行ったとき、白洲次郎さんがTシャツにジーンズ姿でバーベキューをしてくれたそうで、生まれて初めてバーベキューというものと男性のTシャツ・ジーンズ姿を見たと言っていたっけ。

ちなみに、三宅菊子さんの父親はシュルレアリスムの画家、安倍金剛、母親は女流作家で青山二郎の青山学院のメンバーでもあった三宅艶子、哲学者・評論家の三宅雪嶺は大伯父に当たる。


ヴィヴィアン・ウエストウッドは、流行を意に介さず、あくまでも独自のスタイルを貫くデザイナーだが、三宅さんは、そのあたりに共鳴したのだろう。


一方、バンビは、パンクだから、学生時代からヴィヴィアンが憧れで、よく代官山に見に行ったらしい。


「バンド仲間とよくヴィヴィアンに行ったんだけど、見るだけなんだよ!」
???

「学生には高くて買えなかったんだなあ!」

たしかに当時は、直輸入品だけだったから、学生に手が出るようなものではなかった。

ヴィヴィアンの本店は言うまでもなくロンドン、オリジナルはイタリア製だが、今でもイタリア製のアイテムは、やはり高価である。


店頭には、やはり「ベーシックな」ワンピースは見当たらなかった。

ところが、店員さんが次々とバックヤードから出してきてくれるではないか。


やはり特徴あるデザインだが、仕事にも着ていけそうなワンピースもある。

バンビは喜んで次々と試着し、黒や紺、グレーなどのワンピース4着を選んだ。


さらに革手袋とマフラー、合わせて6点の買い物に。


バンビは、ヴィヴィアンなら買ってもらえるものと思っているのである。


「いつも、お洒落にしているのは大変なんだよ!」
・・・

「バンビくんは、人知れず努力してるんだなあ!」

いったい、どんな努力なんだろう?

何かパンクな努力なのだろうか?

「だからヴィヴィアンを買ってあげて!」
・・・

「いっぱい買ってあげて!」
・・・・・・


いつも買ってあげてるじゃないか。

かくして、私の年末年始資金は、バンビのヴィヴィアン代に化けてしまったのだった。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 09:44| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昼食に天ぷらを

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23日のこと。

午後の試写まで時間があったので、ゆっくり昼食を取ることにした。


朝は、いつものようにコーヒーだけだったので、バンビことパンクな彼女に何を食べたいか聞いたところ、「天ぷらがいいよ!」という応えが帰ってきた。


というわけで、久しぶりに新宿つな八へ。

「天茶漬けに黄身揚げ追加!」とバンビ。

黄身揚げは、玉子の黄身の天ぷらで、どうやって衣をつけて揚げるのか見当がつかないが、とろりとした見事な半熟で、御飯によく合う。


私は江戸前天ぷら定食に黄身揚げを追加する。


海老やキス、穴子に茄子、しし唐、海苔に掻き揚げの定食である。


つな八は、手頃な値段だし、天ぷら茶漬けもメニューにあるのが嬉しい。
posted by 城戸朱理 at 09:44| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月29日

贅沢な本

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鎌倉の小町通りの書店で新刊の文庫本をチェックし、3冊を購入した。

レジで支払いをしていたとき、目についたのが、レジ後方の棚の山田和『夢境 北大路魯山人の作品と軌跡』(淡行社)である。

今年の8月に京都国立近代美術館で「魯山人の美 和食の天才」展を見たとき、この本が刊行されることを知って楽しみにしていたのだが、1000点を超える図版とともに魯山人の作品が紹介されており、圧巻。

これまでも魯山人に関する本はかなりの数が出版されているが、生涯で18万点とも言われる作品を残した魯山人の作品を編年体で紹介する初めての本である。

しかも、決定版とも言うべき伝記『知られざる魯山人』の著者、山田和によるものだから、作品集としても、望みうる最良のものと言えそうだ。


その隣にあったのが、林屋晴三『名碗は語る』(世界文化社)。

茶の湯の文化の体系化に功績が大きい林屋晴三が、茶の湯の名碗に解説を寄せたもので、青磁の銘「馬蝗絆(ばこうはん)」、喜左衛門井戸、小井戸の銘「老僧」といった唐物や高麗茶碗の名品から長次郎の銘「無一物」「大黒(おおぐろ)」、光悦の銘「富士山」「毘沙門堂」あるいは志野の銘「卯花墻」、奥高麗の銘「深山路」「菖蒲刀」といった国焼きまで、名高い名碗が並ぶ。

戦前ならば名家に秘蔵され、見ることもかなわなかったような名碗が、写真とはいえ拝見できるのだから、時代の変化というものは、私たちが漠然と思っているよりも激しいのかも知れない。


どちらも図版がメインの大判の美術書だから、一般書より値は張るが、自分への御褒美に購入することにした。


年末年始にじっくりと読み、かつ眺めたいと思ったのだが、贅沢な時間を約束してくれそうな本だけに、重さまで心地よかった。
posted by 城戸朱理 at 13:16| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

忘年会はぶりしゃぶで

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22日、23日と忘年会が続いたが、2日とも楽今で寒鰤のしゃぶしゃぶを囲んだ。


以前、ホテルに缶詰になって原稿を書いていたとき、快適なホテルを探して都内を転々としたのだが、郊外ほど部屋が広く、宿泊費も安くなる。

たどり着いたのが、立川ワシントンホテルで、デスクが広いのが決め手になった。


ある日、バンビことパンクな彼女が遊びに来て、夕食の店を探していたとき見つけたのは「とおせんぼ」という居酒屋で、この店の寒鰤のしゃぶしゃぶが絶品。

鰤の中骨で取った出汁は味付けしてあり、刺身で出す鰤と野菜を出汁で泳がせて、出汁とともに食べる。

野菜を増量してもらうのがコツで、締めの雑炊も旨い。

気楽な居酒屋だが、魚が美味く、テレコムスタッフの寺島高幸社長も大いに気に入っていた。


以来、忘年会や新年会で、よく行くようになったのだが、とおせんぼは人気店で、年末はなかなか予約が取れない。

幸いにも、立川駅近くに楽今という支店が出来たので、今回は設楽実氏が予約を入れてくれた。


22日は殻付きの生牡蠣、生ウニに白子の天ぷらから始めて、鰤のしゃぶしゃぶと鰻土鍋飯。

土鍋で炊き上げた鰻飯は、出汁が添えられ、二膳目は鰻茶漬けにして、変化が楽しめる。


24日は、バンビが電話したところ、席があって、開店と同時に4人で楽今へ。

内子と外子を持ったせいこ蟹から始めて、やはり生牡蠣と鰤のしゃぶしゃぶ。

井上春生監督も赤塚敏史ディレクターも、寒鰤に唸っていた。


いちど、テレコムスタッフの伊藤憲、平田潤子ディレクターも連れていってあげたいと思いながら果たせない。
posted by 城戸朱理 at 13:13| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

クリスマスからお正月へ



クリスマス一色だった街も、25日に過ぎると、いきなりお正月の雰囲気にかわる。

なぜか、時間までゆったりと流れ始めるようで、この変化は悪くない。


25日には解説を引き受けた誉田哲也『増山超能力事務所』が文春文庫編集部から届く。

毎日新聞出版の「俳句α」誌から特集「神野紗希の世界」の原稿依頼があったので、お引き受けし、
さらに翌日には「三田文学」から久保田万太郎論、「かまくら春秋」から対談の依頼があったので、それぞれ返信する。

そろそろ、来年3月締切の依頼まで来る時季になった。


27日は、片付けを進めるかたわらで、バンビことパンクな彼女が、1月の京都ロケのためのホテルを手配し、夕食の店の予約を入れ始める。

ごだん宮ざわにも予約を入れたが、来年は宮澤政人さんにも出演していただくことになっているので楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 15:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年のクリスマスプレゼント

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今年の5月、私の誕生日に、バンビことパンクな彼女が「はい。誕生日プレゼントだよ!」と、いきなり手渡してくれたのは、BOSEのヘッドホンだった。

私はとくに欲しいものはないし、買うものと言えば本と酒くらいだが、バンビは役に立ちそうなものや面白そうなものを見つけると、プレゼントしてくれることがある。


ヘッドホンは、ノイズキャンセリング機能付きで、外界の雑音をシャットアウトできるモデル。

飛行機の機内はジェットエンジンの騒音がひどいが、このヘッドホンを使っていると気にならないので、ビデオサービスで映画を見たり、眠るときにも役に立った。


そして、クリスマスプレゼントにバンビがくれたのが、小さい掌(てのひら)サイズの鰹節削り箱である。

家で使っている有次の鰹箱と比べると、その小ささが分かるだろう。


「これならポケットに入れて持ち歩いて、
いつでも、どこでも、マイおかかを削ることが出来るよ!」
・・・・・・


そのためには鰹節も持ち歩かなくてはならないが、お店でいきなり鰹箱を取り出して、鰹節をしゃかしゃか削っていたら、あからさまにヘンな客である。

ただし、この鰹箱、創業天保元年、京都は錦市場の鰹節専門店・田邊屋の品だから、小さいながらも本格的で、卓上で使うにはいいかも知れない。


バンビは、カメラの機材を入れるバックパックを探していたので、誕生日&クリスマスプレゼントということで、PRADAのリュックを買ってあげたのだが、23日にISETANでPRADAの新作を見ていたら、A4の書類が入るスクエアなレザーバッグがあった。

PRADAには珍しいタイプのシンプルなデザインがいいし、女性用のバッグでA4の書類が入るバッグは滅多にない。


バンビに見せたところ――


「あのね、城戸さんは今年、忙しすぎて鎌倉で飲む余裕もなかったから、
その分だと思って、このバッグをクリスマスプレゼントに買ってあげるのはどうかな?」
!!!!!!


違う。

絶対に違う。

私が飲みに行く余裕がなかったのは事実だが、なぜ、その分がバンビのクリスマスプレゼント代になるんだ?


とはいえ、バンビにとってバッグは大事な仕事道具だし、気に入るものは滅多にない。

私も仕事柄、本を何冊も持ち歩くものだから、若いころは、1、2年でバッグが壊れ、新しいバッグを探すはめになったが、それを考えると、きちんとアフターサービスが受けられる良質なバッグを持ったほうがいいので、結局、買ってあげることにした。


「やったね!
頑張った御褒美だよ!」


こうして、バンビは4つ目のPRADAをゲットしたのだが、たしかに、今年は忙しすぎた。

私も自分に御褒美をあげたいくらいである。
posted by 城戸朱理 at 14:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月27日

情けない話

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なんとも情けないことにコートを電車の網棚に置き忘れてしまった。

24日にテレコムスタッフで試写を終えたあと、新橋から横須賀線に乗るつもりが、放心していたのか逆方向の成田行きに乗ってしまったのが敗因で、東京駅で気づいて慌てて降りたもののコートを網棚に置き忘れてしまったのである。

かくして、私のコートはひとり成田方面に旅立ったのだった(?)。


バンビことパンクな彼女は「誰かにクリスマスプレゼントであげたと思えばいいんだよ!」と勝手なことを言っていたが、JR東日本の問い合わせ先を調べてくれたので、翌朝、JR東日本の遺失物係に問い合わせてみたら、なんと今や忘れ物もデータ化され、すぐに検索できるようになっていて、千葉駅に届けられているのが判明。

GUCCIの黒いカシミヤのロングコート、しかも裏地が白と特徴のあるコートだったので、すぐに分かったのはよかったのだが、千葉駅まで受け取りに行かなければならないので、26日は、往復3時間もかけて、千葉まで行くことになってしまった。


覚悟を決めて、大船軒の鱒の押し寿司とビールを買ってグリーン車に乗り込み、車中では読書。

ちょっとした旅気分である。

これが、本当に旅ならば言うことがないのだが。


千葉駅で無事にコートを受け取ったのだが、せっかく、千葉まで来たのだから、どこかで飲もうかとも考えたものの、iPhoneで検索してみても、これという店が見つからない。

お土産がないかも見てみたが、こちらも落花生くらいしか見当たらなかった。

何もないのか、千葉には!?

いや、東京ディズニーランドも東京国際空港も幕張メッセも千葉だし、サイバーパンクの嚆矢たるウィリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』もチバ・シティが舞台だったと気を取り直したのだが、何日か滞在するならともかく、やはり、知らない街を歩くには地元の友人がいないと無理かと諦め、真っ直ぐ帰ることにした。

帰りの車中も読書。


コート自体、私にとっては高い買い物だったし、内ポケットには、30年近く前に、新宿ISETANで母が買ってくれた革手袋も入っていたので、見つかってほっとしたが、うっかりしていたおかげで半日を潰すことになって、あまりの情けなさに脱力した一日だった。
posted by 城戸朱理 at 16:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月26日

ミッシェル・ナカジマのクリスマス・ディナー、その3

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アヴァン・デセールは爽やかな〈グレープフルーツのジュレにプリンとココナッツのクリームを重ねて〉。


グラン・デセールは〈ガトーアランブラ ラズベリーとレザーウッドハニーのアイス〉。

ガトーアランブラは、アブランハム宮殿から名づけられた層状のチョコレートケーキで、今まで経験したことのない濃厚さ。

アイスクリームのタスマニア産レザーウッドの蜂蜜の香りも比類ない。


エスプレッソと自家製シュトレーンで、食事は終わったのだが、御機嫌のバンビは、シュトレーンに添えられたヒイラギの葉をヒゲにして遊んでいた。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?


最後は、これまた恒例の中嶋秀之シェフとバンビの記念撮影。


中嶋シェフは、ミュンヘン総領事館公邸料理人をつとめ、名だたるレストランでも修行してから帰国したが、独立するに当たって、鎌倉を選んでくれたのは、本当にありがたい。
posted by 城戸朱理 at 14:53| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミッシェル・ナカジマのクリスマス・ディナー、その2

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魚料理は〈平目とキャベツのヴァプール カマンベールのソース 宮城産カキのグリルを添えて〉。

ヴァプールは蒸す調理法。

カマンベールの優しいソースが平目と大粒の牡蠣を包み込む。

ブランケット・ド・リムーが空いたので、白ワインをグラスで頼んだところ、シャブリが出た。


ザクロの食感が楽しい〈ザクロとウォッカのグラニテ〉のあとは、肉料理である。

この日のメインは〈仔牛のロースのポアレ マディラワインソース 西洋わさびのエキュームとトピナンプールのピューレ〉。

エキュームは新しい調理法で、泡立てること。

トピナンプールは菊芋で、ほのかに土の香りがする。

マディラワインのソースが風味豊かで、バンビは、あっという間に仔牛を食べてしまった。


バンビが、デセールの前にフロマージュも食べたいと言うので、チーズをお任せで3種類頼む。

白トリュフの香りの蜂蜜が添えられたフロマージュは、マンスティール、そしてラングルとサントモール。

マンスティールは強烈な個性派で、チーズのドリアンという感じ。

ラングルはウォッシュタイプで塩味が強く、シェーブルのサントモールと、いずれもお酒なしには考えられない。


シェフからのサービスの食後酒は、グラッパとカルバドス。

ネピオールのグラッパも素晴らしかったが、カルバドス「シャトード・ブルイユ1979」は、絶品だった。
posted by 城戸朱理 at 14:51| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミッシェル・ナカジマのクリスマス・ディナー、その1

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開店10周年を迎えた鎌倉のフレンチ、ミッシェル・ナカジマ。

バンビことパンクな彼女が、毎年、楽しみにしている特別メニューのクリスマス・ディナーは開店の翌年から始まった。

毎年、欠かさず通っているので、バンビと私も、9回目の中嶋秀之シェフのクリスマス・メニューになる。


バンビはヴィヴィアン・ウエストウッドのヴェルヴェットのドレスを着て、ボッテガ・ヴェネタのパーティーバッグを持っている。

これはバンビなりのシェフへの敬意の現れなのだろう。


まずは、シャンパンの原型とされるブランケット・ド・リムーをボトルで頼んで、乾杯。

ここで、なぜかコート・デュ・ローヌの赤を勧められたので、とりあえず抜栓してもらう。

プルミエ・クリュだったが、赤ワインを勧められた理由は後で分かった。



前菜は3皿。

最初は〈オマール海老と甲殻類のジュレ 蕪のブランマンジェと葉のピューレ〉だった。

蕪のブランマンジェの上に蕪の葉のピューレ、その上がオマール海老の殻から取ったジュレと海老の身が層になって、キャビアがトッピングされている。


「美味しすぎるよ!
大盛りにしてもらいたいくらいだね!」


バンビは前菜から大興奮していたが、たしかに甲殻類の旨味と蕪のほのかな香りが素晴らしい。


ふた皿目は〈グリルした寒鰤とフランス産茸のテリーヌ セルバチコと赤ピーマンのソース〉。

セルバチコは、野生のルッコラで香が強い。

テリーヌは、寒鰤の表面をグリルしてあるためスモーキーで、赤ピーマンのソースが実によく合う。


3皿目は、贅沢にも〈ランド産フォアグラのロースト イタリア産栗のローストとピューレ 柑橘類の香るポルト酒のエッセンス〉。

フレッシュ・フォアグラはナイフを入れたとたんに、肉汁と脂があふれ出す。

たしかに、この料理には赤ワインしか考えられない。

コート・デュ・ローヌを勧められた理由が、ようやく分かった。

ローストにピューレと、まったく食感が違う栗の風味が、フォアグラを引き立て、バンビは「もうフルコースを食べたみたいな満足感だよ」と喜んでいた。
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2015年12月25日

年内最後の打ち合わせと試写へ



22日は、打ち合わせのため東京へ。

まずは、宗教情報センターの西浦恭弘所長と3時から打ち合わせだったのだが、カリフォルニア大学バークレー校で年明けに開催される仏教学シンポジウムの件での相談だった。

日本からは下田正弘東大教授が出席するそうだが、下田先生とは10年ほど前にインド、ミャンマーを一緒に旅したことがあるので、懐かしい。

オックスフォード大学の博士過程に留学しているナタリア・ドーンさんから、私とバンビことパンクな彼女宛ての手紙と紅茶を受け取ってから、ワシントンホテルにチェックインする。

6時にEdgeを立ち上げたプロデューサーである設楽実氏と楽今という店で待ち合わせて、来年度の打ち合わせがてらの忘年会。

バンビも遅れて到着した。


翌日は、午後2時半までフリーだったので、バンビと久しぶりにヴィヴィアン・ウエストウッドへ。

さらにISETANで、バンビにクリスマスプレゼントを買ってあげたのだが、この件は別にアップしよう。

午後3時から、H(アッシュ)高柳克弘・神野紗希、秋篇の試写。

赤塚敏史ディレクターが、うまくまとめてくれたので、いいコンテンツになった。

試写のあと、増本和宏、西森基文氏と別件の書籍刊行の打ち合わせをして、6時から、再び楽今で井上春生監督、赤塚ディレクターと忘年会。

忘年会といっても、いつものように来年のロケの打ち合わせになってしまうのは、いつものことである。


ホテルに戻ったのは9時ごろだろうか。


さらに、24日は、青山のテレコムスタッフで試写。

何が悲しくて、クリスマスイブに試写をやらなければならないのか?

とはいえ、私が企画・監修者なのだから仕方がない。


12時にワシントンホテルをチェックアウトして、御茶ノ水へ。

神田古書店街を少しだけ見てから、テレコムスタッフに向かう。


試写のプログラムは、柳美里さんをナビゲーターに迎え、消えつつある青森の巫女、イタコの姿から日本人の死生観を探る「魂のゆくえ」(仮)である。

平田潤子ディレクターが一年半をかけて、ようやく完成させたプログラムだけに見応えがあった。


暑かったので、帰りの車中でコートを脱ぎ、網棚に乗せたのはいいが、忘れて帰宅。

「忙」という漢字は「心」が「亡(ほろぶ)」と書く。

心ここにあらずだったのだろう。
posted by 城戸朱理 at 18:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月24日

ホテル暮らし

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今年もホテル泊まりが80泊を超えた。

ひと月ほどが海外、京都がひと月以上になるだろうか。

年間、80〜100泊をホテルで過ごすような年が、もう何年も続いている。


旅行ならともかく、仕事のためのホテル泊まりは、本当にわびしいもので、唯一、いいところがあるとしたら、原稿に専念できることくらいだろう。

ただ、執筆に専念するためには、あるていどの期間、滞在する必要がある。

今年のような状況だと、原稿を書く余裕はないし、ゲラをチェックするくらいしか出来ない。


しかし、わびしくてもヴィラフォンテーヌ神保町や(理想を言えば)山の上ホテルに泊まったときだけは、気持ちが浮き立つ。

なにせ、神田古書店街のなかで目覚めるようなものだから、古本屋を見てから帰途に着くことが出来るからだ。


最近はビジネスホテルでも朝食をサービスするところが増えた。

ヴィラフォンテーヌ神保町の朝食は、写真のようにサンドイッチにオムレツ、オレンジジュース、コーヒーといったもの。

楽しいのか、わびしいのか分からないが、来年こそは、鎌倉から動かず、腰を据えて執筆に専念する年にしたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 11:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

エルスール財団新人賞授賞式へ



バンビことパンクな彼女もなかなか咳が抜けないが、ついに私も風邪をひいてしまった。

バンビの風邪が移ってしまったのだろうか。

無理をしないように過ごすしかない。

それでも、19日(土)は、エルスール財団新人賞の授賞式に出席すべく東京に出かけた。

会場は世田谷パブリックシアターがある三軒茶屋のキャロットタワー。

野村喜和夫・眞理子夫妻が設立したエルスール財団の新人賞は、現代詩・コンテンポラリーダンス・フラメンコの三部門があり、現代詩部門は詩集ではなく、詩人に対して授与される。

つまり、際立った活動を見せた新人を顕彰するためのものであり、今年の受賞者はカニエ・ナハさんだった。

2年続けて、瞠目すべき詩集を刊行するとともに、同世代の詩人たちの作品集を次々と手造りで送り出し、実験的なパフォーマンスを展開するカニエさんは、まさにエルスール財団新人賞にふさわしい受賞者と言えるだろう。

コンテンポラリーダンス部門の受賞者は、かえるP。

フラメンコ部門の受賞者は、土方憲人氏だった。


私は、こうした席に顔を出すことは滅多にないが、ローライ同盟の会員でもあるカニエさんの受賞とあっては駆けつけないわけにはいかない。

バンビは例によって、写真を撮りまくっていたが、受賞者による朗読やパフォーマンスも見応えがあって、土方憲人さんのフラメンコには大いに魅了された。

逸材と言うしかない。

二次会にも顔を出し、鎌倉に帰宅したのは0時すぎ。

やはり、東京に出かけると一日仕事になる。

翌日は、写真の整理を進めるバンビのかたわらで、ひたすら静養していた。


月曜日は、H(アッシュ)高柳克弘・神野紗希篇のナレーション原稿をチェックしていたら、文藝春秋の文春文庫編集部から文庫解説の依頼があったので、お引き受けする。


3時に予約を入れておいた「たまいこころクリニック」へ。

院長の玉井洋一先生は、私が鬱病になったときにお世話になった精神科医で、それ以降もときどき自他さまざまな件で相談に乗ってもらっている。

玉井先生と話していると問題の所在が明確になってくるので、どうすべきかが自ずと明らかになるところがあるようだ。


御成通りのスコーン専門店、ダイアモンドケークスで友人にクリスマスプレゼントを手配し、山本餃子でバンビと待ち合わせる。


久保田潤さん、山本理央ちゃんと会うのも夏以来だ。

餃子、水餃子に煮鶏やら何やらを頼んで、70年代のロンドンとロックの話で盛り上がった。
posted by 城戸朱理 at 08:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月22日

曹操「短歌行」



わが国でも人気が高い『三国志』だが、一般に流通しているのは、晋代に陳寿が著した正史の『三国志』ではなく、明初に羅貫中の筆になるとされている『三国志演義』である。

前者が歴史書であるのに対して、後者は小説であり、史実ではない脚色が施されているが、両者のクライマックスが、赤壁の戦いであるのは異論のないところだろう。


魏の曹操が、80万と号する軍を率いて、呉の孫権に臣従を迫るが、孫権は、のちに蜀を起こす劉備の軍師、諸葛亮(孔明)の説得で劉備と組み、曹操を赤壁に大破する。

ここから、魏呉蜀の三国鼎立へと歴史が動き出すのだが、『三国志演義』では魏と曹操を悪役に描いているため、曹操の姦雄ぶりばかりが強調されており、人気もなかった。

しかし、近年、正史の『三国志』を下敷きにした漫画『蒼天航路』などによって、曹操が正しく英雄として描かれ、歴史への関心が高まるにつれて、曹操の人気が高まり、日本人が好きな中国史上の人物の一位に選ばれるなど、様相がだいぶ変わってきたようだ。


曹操は魏王として亡くなり、その子、曹丕が漢最後の帝たる献帝から禅譲を受けて、魏の文帝となるわけだが、このとき父に諡号を贈り、曹操は魏の武帝とも呼ばれるようになる。

杜甫の詩にも現れる「魏武」が、すなわち、曹操にほかならない。

曹操の五男で曹丕と帝位を争った曹植は中国文学史に屹立する大詩人であり、「詩聖」と呼ばれた。

そして、曹操もまた偉大な詩人であった。


『三国志演義』では中国統一を賭けた赤壁の戦いを前にして、曹操が「短歌行」という詩を朗々と歌う場面がある。



酒に對して当に歌ふべし
人生 幾何(いくばく)ぞ
譬(たと)ゆるに朝露の如し
去りし日は苦(はなは)だ多し
慨して当に以て慷すべし
何を以って憂いを解かん
唯杜康(さけ)あるのみ



『文選』にも収録された不朽の名作「短歌行」の冒頭である。

大意は、酒を前にしたならば歌うしかない。人生はどれほどか。たとえるなら朝露のようなものだ。
過ぎ去った日々ばかりが多く、悲憤に暮れ、わだかまる想いに囚われる。
この憂いをいかにして解くのか。ただ酒があるのみだ、というもの。

杜康は酒を作ったという伝説上の人物で、転じて酒を意味する。


「短歌行」は悲憤から始まって、広く天下に人材を求める志操を歌う雄大な展開を見せるが、その調子の高さとともに、私の年になると、「去りし日は苦だ多し」といった一節に、深く感じいることになる。


実際のところ、「短歌行」は、赤壁の戦いの前に賦したものではないが、赤壁の戦いのとき曹操は54歳。

ちなみに呉主・孫権は27歳、劉備は48歳、諸葛孔明は28歳だった。

おそらく、赤壁の戦いも、そのとき何歳だったかによって、意味合いが違うものになったことだろう。
posted by 城戸朱理 at 13:33| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月20日

今日もふわふわ???

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バンビことパンクな彼女から、LINEで写真が送られてきた。

タイトルまであって、「昨日のふわふわ」。
???

続けて、もう一枚の写真が。

今度のタイトルは、「今日のふわふわ」。
!!!!!!


この脱力した生き物は――


「裏駅のペットショップに面白いにゃんこがいるんだよ!」

やはり、鎌倉駅西口のPET PLUSを覗いていたらしい。


「お昼に見に行くと、ちっちゃいにゃんこ3匹が輪になって、ネコパンチを繰り出し合っているんだよ!」

それは――面白そうだ(笑)。

「それで、夕方になると、3匹とも寝てるんだなあ!」

なにせ、江戸時代にはネコを「寝子」とも書いたほどだから、猫は寝るのが仕事とばかりに、よく寝ている。

そこが面白いのだが、どうやら、仔猫を見るために、毎日、昼と夕方にPET PLUSを覗いているらしい。


「にゃんこは、柳美里さんが飼ってるトラみたいなキジトラの仔と灰色の仔と、ふわふわの三毛なんだよ!」

面白そうな取り合わせである。

「バンビくんは、ふわふわの仔が好きなんだけど、あのにゃんこは3匹まとめて飼ったほうがいいね!」


バンビは何でも飼いたがるので、本当は仔猫を飼ってみたいのである。

しかし、これだけ出張が多いと、金魚とウーパールーパーが限界で、犬や猫は飼えないのが分かっているものだから、PET PLUSに通って仔猫を観察しているらしい。

寝床でもネコパンチをしていたが、仔猫の夢でも見ているのだろうか?


パンクだから仕方がないが、より厳重な注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 19:57| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月19日

座談会「アメリカとは何か」(「表現者」第64号)

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「表現者」の最新刊、第64号に私も参加した座談会「アメリカとは何か」が掲載されている。

出席者は、『江藤淳』等の著作がある文芸評論家、田中和生氏、『福田恆存 思想の〈かたち〉 イロニー・演戯・言葉』等の著者で文芸評論家の浜崎洋介氏、それに西部邁先生が参加され、司会を文芸評論家で「表現者」編集長の富岡幸一郎氏がされている。


この座談会は、日本の戦後の文学者と作品を通じ、日本にとってのアメリカとは何であったかを考えるために企画されたもので、いわば文学がとらえたアメリカから戦後70年を経た日本の現在を考えるものと言えるだろうか。


私は、「表現者」に「保守主義者T.S.エリオット」を連載していたが、2012年に父が倒れたときから、うまく時間が作れず、休載が続いている。

この連載に関しては、問い合わせが多く、来年には、ぜひ再開したいと思っているのだが。
posted by 城戸朱理 at 08:57| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月18日

コンビニで買った文庫本

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コンビニには、雑誌のほかに若干の文庫本も置かれている。

私が興味を引かれるようなものは滅多にないが、先日、なんと白洲正子『なんでもないもの』(角川ソフィア文庫)が平積みになっていた。

コンビニで白洲正子とは、さすがに驚かざるえない。

しかも、内容は青柳恵介篇による骨董エッセイ。

はたして、コンビニで売れるような本だろうかと思ったが、これは鎌倉ならではの選択なのだろうか?

内容的には、読んだことがあるエッセイがほとんどだったが、こうしてまとまってみると、また別の発見があるものだ。


ちなみに、白洲さんの隣にあったのは、木下半太『GPS:鎌倉市役所 消えた大仏』(PHP文芸文庫)。

こちらは、心霊現象をモチーフにしたエンターテイメントで、京都と鎌倉の市役所だけにある心霊相談課の職員が主人公。

もちろん、鎌倉市役所にそんな部署は存在しない。

心霊相談課は、幽霊が出るという噂で困っている不動産屋や心霊商法にひっかかった市民などの苦情相談を引き受ける部署という設定になっていて、いかにも幽霊が出そうな古都(?)ということで、京都と鎌倉が選ばれたのだろう。

京都と鎌倉は、たしかに幽霊話が多いのは事実だが――。


第一作の『GPS:京都市役所 魔性の花嫁』は、京都、太秦の東映撮影所をモデルにした映画撮影所が舞台。

第二作は舞台が鎌倉になったので、コンビニにまで並んだのだろうが、白洲正子との取り合わせが何とも珍妙で、面白かった。

白洲さんのエッセイとともに買ってきて読んだうえに、GPSシリーズの第一作も読んでみたのだが、コンビニのおかげで、不思議な読書をすることになった。
posted by 城戸朱理 at 15:57| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月17日

謎の死骸???

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バンビことパンクな彼女が、カエル王子号で鎌倉の市役所通りを爆走していたらしい。

ちなみに、カエル王子号とは、スプリンググリーンのバンビの自転車である。

パンクだから、バイクは安全運転だが、自転車だと爆走してしまうのである。


そして、LINEで写真が送られてきた。

これは!?


「市役所通りに謎の死骸があったよ!
うちゅうじんかな?」
・・・・・・

違う。

絶対に違う。


「子タヌキかな?」


まさにタヌキの子供だった。

車にはねられてしまったのだろう。

合掌。


それにしても、ひと目でタヌキと分かるのに、まず宇宙人を疑ってみるあたりが、バンビらしい。

宇宙人だといいなと思ったのだろうが、どう見てもタヌキである。

だいたい、宇宙人が鎌倉の市役所通りなぞに落ちているはずはない。

もし宇宙人が地球にいるとしたら、やはりペンタゴンあたりだろう(?)。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 09:41| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする