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城戸朱理のブログ

2016年01月31日

吉増剛造さんとごだん宮ざわへ、その4

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吉増さんは、お疲れだったのか、御飯を少しだけ召し上がって、ホテルに戻られた。

送っていったのは、バンビである。


水菓子は、イチゴが京都産のかおりの、蜜柑が愛媛の紅まどんな。


お汁粉が出て、最後はお抹茶である。

お汁粉の織部は、信楽の杉本貞光の作、箸置きは魯山人だった。

ちなみに、近代の作家で初めてぐい呑みと箸置きを作ったのが、魯山人だという。

魯山人は、箸置きを箸枕と箱書きしており、私も魚型のものを所持している。

箸置きが登場する前は、お盆の縁に箸を置いたのだとか。


最後のお薄が、しみじみと美味しい。


井上春生監督と私とバンビは、吉増剛造篇オールアップに、さらに祝杯を上げるべく、
BAR、アイラ・モヒートに絶品のモヒートを飲みに行ったのだった。


寝不足なのに。
posted by 城戸朱理 at 08:07| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんとごだん宮ざわへ、その3

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続けて、氷魚(ひうお)の木の芽和え。

氷魚は、鮎の稚魚で、初めて出会った食材だったが、いかにも京都らしい。


さらに驚いたのは、小鍋立てで、なんと熊(!)に壬生菜と九条ネギの鍋。

熊も初めてだが、意外にも柔らかく、旨みが凝縮しているのにあっさりとしていて、全員で唸った。

「これは美味いわ!」と笑い出したのは、井上春生監督である。

中沢けいさんとソウルの眞味食堂(チンミシクタン)で、初めてカンジャン・ケジャン(生のワタリガニをニンニクや青唐辛子の醤油に漬け込んだ韓国料理)を食べたとき、
私も、思わず笑い出したことがあるが、最上の美味は、人を笑わせたり、黙らせたりする力があるらしい。

聞けば、宮澤さん、熊肉は美味しいし、いい出汁が出るので、あるときは仕入れるようにしているのだとか。


最後に土鍋で炊き上げた御飯が出て、食事は終わった。
posted by 城戸朱理 at 08:06| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんとごだん宮ざわへ、その2

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お造りは平目で、鬼下ろしの大根にシソの花と海苔を散らし、吉野葛でとろみをつけた土佐醤油が掛け回してある。

器は北大路魯山人の代表作、染付け福字皿だが、このひと皿、お造りの次元を超えた創作料理と言えるだろう。

やはり魯山人の備前皿で出された焼き物は、金目鯛。

身はふうわりとぎりぎりの加熱で、皮目だけはよく焙って、旨みを最大限に引き出している。

焼魚とひと口に言っても、これだけ違うのだから、料理は面白い。


名物の焼き胡麻豆腐は、白胡麻をたっぷりあしらったオリジナルのものが出た。

おしのぎは、カラスミ蕎麦ではなく、自家製カラスミを惜し気もなく切って蒸し上がったばかりの餅米に乗せたカラスミの飯蒸しである。

何度いただいても絶品で、井上春生監督とバンビことパンクな彼女は、至福の表情で少しずつ、摘まんでいる。

あっという間に食べ終えたのは、吉増さんで、吉増さんは酒杯を傾けるペースも私と変わらない。


「春夏秋冬と来ていると、故郷みたいだね」と吉増さんはおっしゃっていたが、京都の空気に身体が馴染んできたのだろう。


揚げ物は、蒸しアワビとバチコの天ぷらを、尾形乾山の銹絵長皿で。

バチコは珍味中の珍味だが、これだけで徳利、一、二本は飲めそうだった。
posted by 城戸朱理 at 08:05| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんとごだん宮ざわへ、その1

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吉増剛造さんを初めて「ごだん宮ざわ」にお連れしたのは、昨年の春のことだったが、
たいへん気に入られ「夢のように美味しいねえ」とおっしゃるものだから、吉増さんの撮影のときは、出来るだけ、ごだん宮ざわをスケジュールに入れるようにした。

だから、春夏秋冬4回の撮影で、吉増さんがごだん宮ざわに行くのは、今回で6回目。

そのうちの2回は東直子さん、そして、高柳克弘・神野紗希夫妻との会食だった。


吉増さんが、掛軸の前の席を希望されたので、吉増さんの席はカウンターの右端に。

前回は千利休の消息だったが、今回は古田織部の書だった。


「帰ってきたねえ」と吉増さん。


いつものように、煎米茶から。

この楽九代了入の赤楽はぐい呑みにもなりそうだ。


濁り酒、古都の一献に続く先付けは、ぐじ(甘鯛)の蕪蒸し。

古伊万里の色絵碗の蓋を取ると、ふうわりした蕪蒸しが姿を表わす。


お碗は、のどぐろに壬生菜と舞茸。

日月椀は、初代が北大路魯山人の漆器を手がけた二代村瀬治兵衛のもので、私の好きな器である。

のどぐろの脂が出汁に浮き、奥深い旨みの椀だった。
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吉増さんの執筆作法

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吉増さんが「詩の傍らで」を制作したり、執筆されたりするときの道具立ては、写真のようなものである。


「机は小さいほうがいいよ」と吉増さん。


たしかに御自宅の書斎でも小さな文机を使われている。

文机だと、周囲に資料を広げられるというのが、その理由。

また、吉増さんのお祖母さんがお花をされていたので、この写真の文机と同じ二月堂は、子供のころから馴染みがあったそうだ。

二月堂は小さな座卓だが、東大寺の二月堂の食堂(じきどう)で使われたのが、その名の由来。

正しくは二月堂食堂机(にがつどうじきどうき)と呼ぶ。


わが家にも二月堂がひとつあるが、これは田村隆一さん(吉増さん、マリリアさん御夫妻の仲人でもある!)が稲村ヶ崎に住んでいたころ使われていたもので、いずれは鎌倉文学館に寄贈しようと思っている。


吉増さんは机に向かうと、まず、お香を焚き、キャンドルに火を灯す。

原稿用紙は満寿屋製。

長期乾燥の中性紙の原稿用紙で、私も使っているが、東京だと売っているところが少なく、東京で暮らしていたときは、銀座の伊東屋まで買いに行ったものだった。

ちなみに鎌倉だと、駅東口の島森書店でも扱っている。


吉増さんは、煙草を止めてから、ライターを持つこともなくなって、火と遊ぶことが出来なくなったので、かわりにお香とキャンドルで火遊びをするようになったのだとか。


ICレコーダーは2台もち歩かれていたが、ご自身の朗読や酒席の会話まで録音して、あとで聞かれている。


意外なほど、文房具がお好きで、原稿用紙の上のカラフルなマーカーは、京都に来てから無印良品で求められたもの。

ちょっとした空き時間にも、文具を見たりしておられるのだなと感心してしまった。


2枚目の写真のように、いつも多種多様な筆記具を持ち歩かれている。


音楽をかけ、ときには誰かの朗読を聞きながら、執筆されることも多いそうで、その意味では、光と香りと音を座辺に、五感を開いて机に向かうのが、吉増さんの作法のようだ。
posted by 城戸朱理 at 08:03| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんの懐中時計

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吉増さんは、いつもさまざまな物を持ち歩いているが、写真の懐中時計もそのうちのひとつ。


「音がきれいだから聞いてみて」と吉増さんは、スタッフみんなに聞かせてくれたのだが、秒針が刻む音は、なんとも繊細で、薄い薄いガラスを割っていくような音だった。


このオメガの懐中時計は、お父さまの形見だそうだ。
posted by 城戸朱理 at 08:01| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんの執筆風景

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庭園のあとは数寄屋造りの母屋で、吉増さんの執筆風景とインタビューを収録した。

現場は井上春生監督に任せ、私は別室で「毎日新聞」の詩の月評を執筆していたのだが。


原稿を書き上げて、戻ってみたら、吉増さんは、妙心寺で朗読した新作「惑星に水の木が立つ」を推敲されていた。

撮影現場でも仕事に集中できるのは、さすがと言うしかない。
posted by 城戸朱理 at 07:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

流響院で

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昼食を終え、12時半に南禅寺別荘群の流響院に到着した。


まずは吉増剛造さんに庭園を歩いてもらう。

最初の写真に見えるのが、川端康成が『古都』を執筆した観月亭。

川端が『古都』を書いていたころ、流響院は『古都』にも登場する龍村美術織物が所有しており、中村登監督、岩下志麻主演で、1963年に映画化されたときは、流響院もロケ地となっている。


『古都』は生き別れになった双子の物語だが、冒頭にキリシタン燈籠が登場する。

手前の燈籠がキリシタン燈籠で、普通の燈籠と違って台座がなく、十字架を表わす膨らみがあるのが特徴となる。

川端が見たのは、この燈籠だったのだろうか。


朝方の雪が幻だったかのように、青空が広がっていた。
posted by 城戸朱理 at 07:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鴨川べりの撮影を終えて

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1月22日は、鴨川べりを歩く吉増剛造さんの撮影から始まった。

ここで、吉増さんからお母さんのことをうかがったのだが、吉増さんの希望で、オフレコに。


思ったよりも早く撮影が終わったので、銀閣寺に近い定食屋、大銀で早めの昼食を取ることにした。

場所は、かの名店、草喰なかひがしの手前。

京都では有名な定食屋で、井上春生監督は同志社大学の学生時代から利用していたのだとか。

メニューも豊富なら、単品で追加もできる。

鎌倉には、こういう定食屋がない。

あると便利なのだが。


吉増さんはカレー蕎麦、井上監督はうどんに野菜炒めを注文。

私はカメラの安田さんと同じく、鯖塩焼定食を頼んだ。

若いスタッフは、しょうが焼き定食と、やはり肉を欲するらしい。

寒気が厳しいだけに、室内に入ると、それだけで気持ちが和む。
posted by 城戸朱理 at 07:56| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月30日

糸屋ホテルの朝食、その4

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昨日は朝食を食べる余裕はなかったが、22日は出発が遅かったので、時間があった。

6時に起床して、持参した詩集を開き、「毎日新聞」月評の準備をしてから、ロビーへ。


この日は、焼物が帆立のバター焼き、小鉢は揚げ出し豆腐だった。

前回も同じだったので、どうやら、糸屋ホテルの朝食は、焼き魚が、鮭・かれい・鰯・帆立の順で出てくるらしい。

焼き胡麻豆腐は初日だけで、小鉢は変化するが、つくづく、日本の朝食には、豆腐や油揚げ、厚揚げなどの大豆食品が欠かせないのを痛感する。


私は家では、豆腐と野菜くらいしか食べないが、豆腐がなかったら、さぞや困ることだろう。
posted by 城戸朱理 at 08:22| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジョナス・メカスのプライベート・ポエム



「for GOZO」と手書きで記されたジョナス・メカスのプライベート・ポエムは、90歳を超えたメカスが老いと向かい合った作品だった。


吉増剛造さんにオリジナルの原稿を預かったバンビことパンクな彼女は、厚紙に5部コピーを取り、吉増さんにサインと日付を入れてもらってマルチプルを制作していたが、自分の「my世界遺産」に収蔵するつもりらしい。


メカスの詩は、その夜のうちにバンビが直訳したので、私が最終的な決定稿を作ることになっている。

発表場所は、ローライ同盟の機関紙「ローライ新聞」。

機関紙といっても、バンビがコピーで10部ほどを作り、会員だけに配るものだから、ほとんど秘密結社の会報のようなものである。

そのほうが面白いが、それでいいのだろうかという想いを消しがたいのも事実だ。


吉増さんのメカスへの返信の詩もFAXで来ているが、対にして、どこかに発表したほうがいいような気がしないでもない。
posted by 城戸朱理 at 08:20| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

糸屋ホテルのロビーで



妙心寺、大徳寺と21日の撮影は、午後2時すぎに終わったので、ホテルで休むことができるかと思ったのだが、
吉増さんが、夕食は外出せずに、ホテルのロビーでワインを飲みたいとおっしゃるので、バンビことパンクな彼女と部屋に荷物を置いて、すぐに買い出しに出かけた。

吉増さんは「チーズと蒲鉾と漬物、あとはおにぎりがあればいいよ」とおっしゃっていたので、まずは錦市場へ。

リクエストの蒲鉾に漬物、おにぎりを買って、さらに三木鶏卵の出汁巻き玉子や蒸し鶏、鯛の子煮、鰻肝煮などを調達する。

さらに大丸デパ地下で、ウォッシュタイプのチーズ4種類とフランス産のスパークリングワイン、赤ワイン、白ワイン3本を選んで、ホテルに戻った。


小一時間だけ休んで、ロビーで宴会の準備をしていたら、吉増さんがいらして、大いに喜ばれ、御機嫌である。

井上春生監督も合流して、まずはスパークリングワインで乾杯する。


吉増さんが、おもむろに取り出したのは、なんとニューヨークのジョナス・メカスから吉増さんに送られてきたプライベート・ポエム。

古いタイプライターで打った原稿で、ペン書きのサインが入っている。

吉増さんに翻訳を託されたので、バンビが原稿をお預かりしたのだが、92歳になる戦後前衛芸術の生き証人にして、映画作家、メカスの作品を、ここで拝見することになるとは思わなかった。

メカスの詩の翻訳は、ローライ同盟の機関紙「ローライ新聞」に掲載される予定だが、たった10人しか読者がいないローライ新聞に、こんな貴重な原稿を発表していいのだろうか?


井上監督からは、東映の太秦撮影所では、「仁義なき戦い」を撮影した吉田貞次さんがメカスの大ファンで、撮影所内で上映会をするほどだったという秘話も。

その影響を受けて、菅原文太さんがメカス風の実験映画を撮ったこともあるそうだ。



井上監督はスタッフを食事に連れていくため、一時間ほどで中座し、それからは3人で赤ワイン。

吉増さんに尋ねられるままに、高柳克弘さん、神野紗希さんの吟行に御一緒して気づいた俳人の特徴などを語っていたら、異様に盛り上がり、話題は俳句に。

俳人は、いつも句材と季語を探しているので、歩くのが異様に遅いという話に、なぜか吉増さんが反応したのが始まりだったろうか。


「吟行って、どんなふうにするの?
腰に短冊の束をぶら下げるの?」と吉増さん。

「みなさん、文庫本くらいの手帳を使われてます」とバンビ。


これまで吉増さんにとっての俳人とは、芭蕉に蕪村、そして飯田蛇笏の3人だけだったそうだが、吉増さんのなかで、俳句という世界が広がろうとしているのかも知れない。


吉増さん、「高柳さんに師匠になってもらって、ぼくも俳人になろうかな」とまで言い出したが、この顛末は、いずれ報告したい。


吉増さんは、この宴会が、よほど楽しかったらしく、2時間に及ぶ宴会の会話をICレコーダーで録音されていたのだが、翌朝、聞き直していたそうだ。
posted by 城戸朱理 at 08:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大徳寺・瑞峯院の枯山水

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妙心寺の撮影を終えて、紫野の大徳寺に向かう。

創立は正中2年(1325年)、開山は大燈国師、中興が一休宗純。

仏殿、法堂などの大伽藍のほかに24か寺もの塔頭が建ち並ぶ大寺であり、侘び茶の祖、村田珠光が一休禅師に参禅して印可を受けたため、茶の湯とも縁が深い。

茶碗の首座とされる井戸茶碗のうちでも名高い銘「喜左衛門」は、大徳寺の狐篷庵に納められているが、この国宝の名碗を見て、柳宗悦が起筆した「喜左衛門井戸を見る」は、私が機会があるたびに読み直す名文である。

一方、小林秀雄は、同じ茶碗を見て、「比類ない彫刻美が曲者」としながらも、李氏朝鮮の下手(げて)な雑器であることを強調しているのが面白い。


吉増剛造さんは、高校生のときに、大燈国師と一休宗純の書に衝撃を受けたそうで、その意味では大徳寺は、今回のロケにふさわしい場所と言えそうだ。


大徳寺の塔頭のうち、公開されているのは、わずか四寺だけ。

そのうちのひとつ、瑞峯院が訪問先になる。

われわれが到着すると、住職がまず茶を点ててくれた。

瑞峯院で作ったという大徳寺納豆は、門前の土産物屋のそれとは違って妙味、大いに感じ入る。


撮影は、枯れ山水「独坐庭」で。

石庭には朝がたに降っていた雪がわずかに残り、滅多に見れない眺めとなっていた。

重森三玲による独坐庭は、蓬莱山の半島と小島に打ち寄せる荒波を砂紋で表したものとされるが、連なる石組は、龍の背のようにも見える。


吉増剛造さんと、京都に龍と龍脈を探す旅も終わりに近づいた。
posted by 城戸朱理 at 08:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月29日

狩野探幽の雲龍図の下で@妙心寺

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1月21日。

起きてみたら、京都も雪だった。

午前4時に起きて、シャワーを浴び、6時にホテルを出発して、右京区花園の妙心寺に向かう。

開基は花園上皇、開山は大燈国師の高弟、関山慧玄。

1342年に開かれたが、日本にある臨済宗寺院の過半を妙心寺派が占めることからも分かるように、塔頭が建ち並ぶ大寺で、京都では「西の御所」とも呼ばれている。


ロケの目的地は、妙心寺法堂(はっとう)、ふだんは非公開の法堂には、狩野派の祖、狩野探幽の雲龍図がある。

この天井画の下で、吉増剛造さんに書き下ろしの新作「惑星に水の木が立つ」を朗読してもらうシーンは、春夏秋冬と撮ってきた今回のドキュメンタリーのクライマックスになる。

なるはずだったのだが――


発端は夏に訪れた貴船神社。

京都の水神の境内を巡りながら、吉増さんが「惑星に水の木が立つ、という詩が書けるかも知れないなあ」と呟いた。

私と井上春生監督は、最終回の冬篇のためにその詩篇の執筆を吉増さんにお願いしたのだった。

ところが――


「やばいなあ。詩が書けてないぞ」
!!!

「新幹線に乗っているとき、このまま夜逃げしようかと思ったんだけど」と吉増さん。

「構いません。編集で何とかしますから」と井上監督。

「それでね、関ヶ原に来たあたりで雪になってね、
そうしたら、書けたの、詩が」
・・・・・・


結局、詩篇「惑星に水の木が立つ」は完成していたのだった!


徳川幕府の御用絵師として数々の傑作をものにした狩野探幽が、8年をかけて描いたという法堂天井鏡板の雲龍図は、「八方にらみの龍」とも呼ばれ、どこから見ても龍と目が合う。

その下を巡りながら、吉増さんの独白が続く。

最後に朗読のシーンを撮影したのだが、鬼気迫るものがあった。



滅多にない機会だから、立ったり座ったり、果ては寝転がったりして、1時間以上、雲龍図を鑑賞したのだが、圧倒されているうちに、雲龍図に吸い込まれて、自分まで雲に乗っているような心持ちになった。
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ビストロC(セー)でワイン

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荷物を部屋に置いた吉増剛造さんをお連れしたのは、ビストロC(セー)。

昨夜、高柳克弘、神野紗希夫妻と行ったシトロン・ブレの姉妹店で、こちらは魚介類をメインにしたカジュアルなビストロである。


京都の寒さに驚いた吉増さんは、メニューにホットワインを見つけて、さっそくオーダー。

まずは、ホットワインで乾杯してから、注文を決めた。

ポテトサラダにキッシュ、聖護院蕪のトリュフ風味のスープ。

温泉玉子を乗せたラタトゥィユに海老のソースのズワイガニと茸の茶碗蒸し。


吉増さんは赤ワインがお好きなので、国産ワインをボトルで貰って、明日からの撮影の打ち合わせが続く。


吉増さんは少しお疲れの様子だったが、その理由は、翌日、判明した。


最後は、ビストロC名物のオマール海老のフライを。


翌日は早朝から撮影だったので、この日は早めに引き上げた。
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「三國荘―初期民藝運動と山本為三郎」展@大山崎山荘美術館

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1月20日。

東京は大雪で交通が麻痺したが、京都では雪は降らなかった。

朝食のあと、高柳克弘、神野紗希夫妻を京都駅までお送りしたのだが、この日は吉増剛造さんが京都に到着する夕方まで予定がなかったので、バンビことパンクな彼女と大山崎の山荘美術館に「三國荘」展を観に行くことにした。


京都から新大阪行きに乗って、15分ほどで山崎駅に着く。

サントリーの山崎蒸留所がある、あの山崎である。

いささか興奮したが、今回は蒸留所に行くわけではない。

タクシーでアサヒビール大山崎山荘美術館に向かった。



民藝運動の初期、昭和3年(1928年)のこと。

上野で昭和天皇の即位を祝う御大礼記念国産振興東京博覧会が開催された。

柳宗悦ら民藝運動の同人は、この博覧会に木造平屋の民藝館を出品、設計・内装を手がけ、各地で収集してきた陶磁器を飾って、民藝運動の思想と美意識を生活空間として提示したのだが、
この民藝館を保存すべく購入し、大阪に移築して住まいとしたのが、民藝運動のパトロンであり、のちにアサヒビール社長となる山本為三郎だった。

大阪に移築された民藝館は、三國荘と名付けられ、民藝運動の拠点になるとともに、各界の名士が訪れたが、三國荘に招待された倉敷紡績社長、大原孫三郎の支援によって、駒場の日本民藝館が開設される運びとなったのは周知の通りである。

大原孫三郎と言えば、まずは大原美術館を連想するが、美術のみならず、病院や孤児院を作るなど、社会・文化活動にも力を注いだ実業家だった。

今、そんな財界人はいるのだろうか?


話がそれたが、「三國荘」展は、暮らしのなかに息づく民藝品の美しさを改めて確認させてくれる展覧会だった。

濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチ、黒田辰秋といった民藝運動の同人の作品や李朝、江戸から明治の日本の陶磁器まで、展示品は、いずれも三國荘で、実際に使われていた品であり、繊弱なところは欠片もない。

健康にして無事、これは民藝運動の根幹となる思想だが、まさにそうした品々を目の当たりにして、私がいずれ書くべき柳宗悦論のことを考えたりした。


山本為三郎は実業家としてホテル王とも呼ばれたが、美術館開館20周年を記念して、カフェでは、リーガロイヤルホテルのフランス人シェフが半世紀前に作ったフランス菓子を再現した「プティ・ビジョー(小さな宝石)」というメニューがあり、飲み物とセットで500円だった。

私が頼んだのは、マロンペーストを練り込んだ生地に国産栗をあしらった「アルデショア」。

バンビはキャラメリゼしたリンゴのケーキ「デリス・ポンム」を頼む。



それにしても、大山崎山荘美術館は、美術館自体が素晴らしい。

地下の展示室にはモネの「睡蓮」3点もあったが、これもじっくり観ることが出来た。


京都に戻ったのは午後2時前、昼食のあとホテルで小憩し、夕方、井上春生監督とバンビは、吉増剛造さんを京都駅に迎えに行った。

明日から、吉増さんの冬篇の撮影が始まることになる。
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糸屋ホテルの朝食、その3

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3日目の糸屋ホテルの朝食は、焼魚が鰯の丸干し、小鉢は温奴だった。


鎌倉で暮らしていると、魚屋が自家製の干物を作っているので、美味しい干物が手に入るが、相模湾と言えば、何と言っても鯵だろう。

食通で知られた作家、立原正秋も、相模湾の鯵はなぜか美味いと書いているほどだが、京都では、鯵の干物は、あまり見かけない。


鰯の丸干しも、いかにも朝食という感じがしていいものだが、ふだんは朝食を取らないから、余計、そう思うのかも知れないが。
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夕食はシトロン・ブレで、その2

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この店のメインは、熟成肉のステーキ。


ドライエイジングによる長期熟成で、蛋白質を旨み成分のアミノ酸に分解した熟成肉は、赤身を美味しく食べるための工夫で、ニューヨークのステーキハウス、ピーター・ルーガーやウルフギャング・ステーキハウスが有名だが、ここ数年、日本でも流行している。


シトロン・ブレでは北海道産の十勝ハーブ牛を使っているが、200g以上を塊で焼いてもらうシステムだった。


私たちのテーブルは5人だったので、700gをオーダーしたのだが、さすがに迫力がある。

表面を高温で焼き上げるニューヨークスタイルで、これはパリでも7、8年前から流行っているらしい。


サシが入った和牛は脂の旨みだが、赤身の美味しさを引き出す熟成肉のステーキは、違う美味しさがある。

そして、赤ワインに合う。


シトロン・ブレ、また来たいと思わせる店だった。
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夕食は、シトロン・ブレで、その1

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無事に2日間の撮影を終え、打ち上げは予約しておいたシトロン・ブレへ。

秋に権太呂でうどんすきを食べたとき、向かいにあるビストロを神野紗希さんが気にしていたのを覚えていたバンビことパンクな彼女が、予約していたのである。


ここは、肉料理に特化したビストロで、近年、流行りの熟成肉を扱っている。

国産ワインが豊富なのも特徴だろう。

まずは、山形は高畠ワインのスパークリングワイン、嘉スパークリング、シャルドネをボトルでもらって乾杯する。

辛口で、フローラルな香りの個性的なスパークリングだった。

前菜は、フォアグラのテリーヌとブリオッシュ、それにお肉の前菜盛り合わせを頼む。

フォアグラのテリーヌはリンゴのピューレとプルーンが添えられ、美味。


そして、盛り合わせが凄かった。

中央には瓶に入った鶏白レバーのテリーヌ、パテ・ド・カンパーニュや京都豚とシャラン産鴨のリエットや生ハムなど、
このプレートだけで、ワインをいつまでも飲んでいられそうなほど。

やはり国産の赤ワインを頼んだのだが、これが料理に実に合う。


魚料理も何かということになって、鱈のグラタンを注文したのだが、これは余計だったかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 08:04| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月28日

俳句披露

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午後は、数寄屋造りの母屋で、高柳克弘さん、神野紗希さんが今回、京都で詠んだ俳句を披露しあって、相互批評するシーンを撮影した。

前回、秋篇から始まった駄句の紹介も。

これは、駄目な俳句とは何なのか、どこが駄目なのかが分かって、実に面白い。

しかも、お二人が話し終えたところで、外には雪が舞い始めた。


それから、個別にインタビューを収録する。

本当ならば、3時には終わる予定だったのだが、俳句に興味深々の山下つぼみディレクター、聞きたいことが山ほどあるらしく、なかなか終わらない。

インタビューが終わったのは、結局、日が落ちて撮影ができなくなる5時だった。
posted by 城戸朱理 at 14:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする