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城戸朱理のブログ

2016年01月28日

ロケ中の昼食

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制作の山本礼二さんが手配したロケ弁は、なんと下鴨茶寮のお弁当だった。

創業安政3年(1856年)。

遡るなら、平安時代の下鴨神社の料理人に由来するという老舗料亭だが、小山薫堂のプロデュースで面目を一新、ミシュランでも二つ星を獲得している。


だが、お弁当はいたってオーソドックス。

炊き合わせと焼き物の取肴で、品がよく、量的にも、ちょうど良かった。
posted by 城戸朱理 at 14:01| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

流響院吟行

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ホテルを9時半に出発して、真澄寺別院・流響院へ。

秋は、紅葉で華やかな流響院も、冬には景色が一変する。

だが、この枯れた風情も好ましい。


午前中は、高柳克弘、神野紗希夫妻が、句材と季語を探して、近代庭園の祖、七代目小川治兵衛による池泉回遊式庭園を散策した。

はたして、何が見つかったのだろうか。
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人生初お団子!?

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ヘアメイクの有路涼子さんは実に上手で、東直子さんは、京都の撮影で有路さんにヘアメイクをしてもらってい以来、東京で雑誌取材やテレビの撮影があるときも、有路さんを指名しているそうだ。


かくして、H(アッシュ)撮影時には、有路さんにメイクしてもらって、撮影の合間に、バンビことパンクな彼女が著者近影用の写真を撮るのが定番に。


東直子さん、水原紫苑さんを始めとして、高柳克弘さんも、バンビ撮影の写真を、最近の著者近影に使ってくれているそうだ。


さて、今回の神野紗希さんの髪型は――人生初というお団子!

お似合いなので、撮影の合間に、さっそく撮影会となった。
posted by 城戸朱理 at 12:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

糸屋ホテルの朝食、その2

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糸屋ホテル、2日目の朝食は、焼魚がかれいになっていた。

出汁巻き玉子は定番だが、小鉢と味噌汁の具は毎日、違うものになる。

一日の始まりが、こんな朝食だと、気分がいい。
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花遊小路の江戸川へ

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冬の京都は底冷えがする。

足裏から寒さが沁みてくる感じなのだ。

午後は、ずっと屋外での撮影だったので、高柳克弘さんも寒かったことだろう。


夕食は何がいいか、お尋ねしたら、「鰻の串焼きの店に行ってみたいです」と神野紗希さん。

どうやら、このブログで見て、興味を持たれたらしい。


というわけで、新京極は花遊小路の江戸川へ。


実は神野さん、昔から何かの記念日には必ず鰻屋に行ったというほどの鰻好き。

そして、高柳さんは、大の蜜柑好きだというから、蜜柑の産地、愛媛で育った神野さんと、鰻の名産地、浜名湖のほとり浜松に生まれた高柳さんの出会いは必然だったのだろうか?

鰻と蜜柑の出会い???

違うな。


まずは、ビールで乾杯し、鰻の串焼きから。

最初に、鰻肝の半月状のレバーだけを刺した串とニラをヒレで巻いたヒレ串が出た(写真)。

さらに赤バラ、白バラ、そして、カシラにクリカラ。

赤バラ、白バラは鰻の腹身、クリカラは背中で、カシラは、その名の通り頭部だが、関東ではエリと呼ぶ。

ビールから熱燗にかえて、鰻串で飲み、締めは鰻丼と肝吸い。


高柳、神野夫妻のお宅のそばにも鰻串を出す店があるそうだが、いつも常連のお爺さんで満席で、いまだに入ったことがないのだという。

だが、入りずらい店ほど、馴染みになると居心地が良かったりするものだ。

そのうち、行ってみたいものである。
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金福寺、芭蕉庵

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左京区一乗寺の佛日山金福寺。

臨済宗の小寺だが、元禄のころ、金福寺の鐵舟和尚と親交があった松尾芭蕉が京都を訪れたときに滞在したところとして知られている。

庭園の東側、小高い丘に建つ茅葺きの庵、芭蕉庵は、芭蕉を敬愛する与謝蕪村と一門によって、安永5年(1776年)に再興されたもの。

蕪村は、ここに住み暮らして、次のような句を詠んだ。



耳目肺腸ここに玉巻(たままく)芭蕉庵

三度啼きて聞こえずなりぬ鹿の聲

鹿ながら山影門(さんえいもん)に入(いる)日哉

畑うつやうごかぬ雲もなくなりぬ

冬ちかし時雨の雲もここよりぞ

我も死して碑にほとりせむ枯尾花



蕪村の彼方に芭蕉の姿がある。

俳人にとっては、聖地とも言うべき朽ちかけた庵のかたわらに立って、高柳克弘さんの表情には、緊張と喜びが交錯する。


芭蕉庵の背後には、蕪村の墓があった。

手を合わせる高柳さんは、何を思ったのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 12:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天下一品総本店

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午後のロケ地である金福寺に向かう途中で、昼食を取ることになった。

「天下一だけど、いいですか」と井上春生監督。

かくして、たどり着いいのが、天下一品総本店。


高柳克弘さんは早稲田時代、友人とよく行ったそうで、懐かしさを感じるらしい。


山下つぼみディレクターとバンビことパンクな彼女は、初めての天下一。

ふたりとも美味しいと言っていたが、バンビはかなり気に入った様子である。

私は苦手なのだ、粘度の高い濃厚なスープが。


「ラーメンだと思わなければいいんだよ!
シチューみたいだから!」とバンビ。


たしかに、完成された創作ラーメンだとは思うが、私は、やはり苦手である。

天下一ファンのみなさん、ごめんなさい。
posted by 城戸朱理 at 12:49| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祇園散策

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1月18日は、午前4時に起床。

「俳句α」の特集「神野紗希の世界」に寄せるエッセイを執筆する。

神野さん本人と京都に来て、神野さんについての原稿を書いているとは、なんたる偶然だろうか。


書き上げて、編集部に送ってから、朝食。

そこに、ヘアメイクを終えた高柳克弘さんが登場。

ヘアメイクの有路涼子さんの手によって、変身した高柳さんは、韓流スターのようで、バンビことパンクな彼女から歓声が上がった。


撮影は高柳さんのみで、神野さんはホテルで休んでもらう。

高柳さんの希望で、撮影は、祇園になった。

四条からスタートし、細い路地を抜けて、白川へ。

ひとつ目小僧の提灯は、手打ち蕎麦と近江豚のしゃぶしゃぶが売りの「おばけ」という店のもの。

白川にそって歩いていると、白鷺が優美な姿で立ち、ひっきりなしに鴨の騒がしい鳴き声が聞こえてくる。


句材を探して歩く高柳さんは、真剣そのもの。

どちらかと言えば、高柳さんは隠居派だというが、家にこもってばかりいると、俳句が観念的になってしまうので、実際に外に出て、句材を探すのが大切なのだという。


ある店の軒先には、早咲きの桜が飾られていたが、これは山形は白鷹町の啓翁桜だった。


祇園散策のあとは、花見小路のお茶屋、吉うたへ。

花見小路は中国人観光客ばかりで、日本人はほとんどいない。

着物姿の女性も多かったが、近づいてくると話しているのは中国語なのだから、隔世の感がある。
posted by 城戸朱理 at 12:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

糸屋ホテルの朝食、その1

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いつもなら、ロケ中はホテルで朝食を取る余裕はない。

移動中のロケバスでサンドイッチをかじるくらいなのだが、神野紗希さんは妊娠八か月、きちんと食事を取るべきなので、今回は余裕のあるスケジュールを組んだ。


糸屋ホテルの朝食は、具沢山の味噌汁が特徴だが、好みで黒七味を振る。

一泊目の朝食は、鮭と焼き胡麻豆腐が定番。

出汁巻き玉子も美味しい。

ぜんたいに薄味で、重くもなければ、軽くもなく、よく考えられた献立だと思う。
posted by 城戸朱理 at 12:47| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月27日

冬のごだん宮ざわで、その4

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水菓子は、イチゴと蜜。

イチゴは、熊本のひのしずく、蜜柑は果肉がゼリーのような愛媛の紅まどんなである。


さらに織部の小椀でお汁粉が出たが、箸置きは魯山人だった。


最後のお抹茶は、口縁に鉄釉を掃いた、桃山時代の古唐津皮鯨椀で。

この日、私は、最後の写真の古唐津皮鯨盃を持ち込んで使っていたので、先付けは鯨、盃も皮鯨、茶碗も皮鯨と、鯨で始まり鯨で終わる一夜となったのだった。
posted by 城戸朱理 at 15:18| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬のごだん宮ざわで、その3

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驚いたのは、素揚げした菊芋を添えたクエの昆布締め。

明時代の七官青磁に美しく盛られたクエは、昆布とミルフィーユのような層状になっており、贅沢このうえない味わい。


いつもなら、ここで小鍋立てが出るのだが、今回ははウズラを叩いた団子と聖護院大根、京人参、京菊菜、堀川ごぼう、京野菜の炊き合わせだった。

器は、楽十二代弘入の隅入りの蓋物だが、用途が分からない不思議な器型である。


漬け物と白味噌で炊いたじゃこが出て、ひと組ごとに時間を見計らって土鍋で炊き上げる御飯になる。

まずは軽く煮えばなを。

さらに蒸らして、煮えたお米が御飯になっていく過程を楽しむ。


料理で、すでにお腹がいっぱいなのに、この御飯をおかわりして、満腹のあまり歩けなくなってしまったのは、テレコムスタッフの平田潤子ディレクターだが、気持ちは分からないでもない(笑)。
posted by 城戸朱理 at 15:15| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬のごだん宮ざわで、その2

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北大路魯山人の染付け福字皿に盛られたお造りは、平目に金目鯛、そして北海道産の塩水ウニ。

3kgの大物を2日寝かせたという平目は旨みが乗り、皮目を軽く焙った金目鯛は、とろけるようである。

ごだん宮ざわでは、冬場は北海道の塩水ウニ、夏場は天草など九州産のウニを使うようだ。


焼き物は、マナガツオの味噌漬けで、器は尾形乾山の銹絵長皿。


名物の焼き胡麻豆腐は、煮穴子をあしらい、山椒醤油が掛け回してある。


おしのぎは、たっぷりと自家製カラスミをすり下ろした手打ち蕎麦。

李朝初期の白磁皿は、宮澤さんがソウルは踏十里(タプシンニ)の長安坪(チョンアンピン)骨董街で掘り出してきたものだと聞いた。


揚げ物は、のどぐろと長芋の天ぷら。

器は、北大路魯山人の木の葉皿で、のどぐろの美味さは、言うまでもない。
posted by 城戸朱理 at 15:14| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬のごだん宮ざわで、その1

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高柳克弘、神野紗希夫妻とホテルのロビーで待ち合わせて、ごだん宮ざわへ。

栗の一枚板のカウンターに座り、まずは宮澤政人さんと新年の挨拶をした。


最初に楽九代了入作の赤楽で煎米茶をいただく。

そして、食前酒に京都の古都を一献。

濁り酒は、寒い季節に合う。


先付けのミンク鯨の酢味噌和えは、初見の絵唐津向付けで供された。

五客揃いの完器だから、作家物かと思ったら、なんと桃山時代の伝世品というではないか。

「五客、揃った伝世品は滅多にないので、清水の舞台から飛び降りるつもりで」と宮澤さん。

新年早々、たいへんな買い物をされたものである。

ミンク鯨の濃厚な味わいと茗荷に酢味噌が素晴らしく調和している。


お椀は、菱形の金箔を置いた秀衡塗りで、初春にふさわしい。

しかも、京都のお雑煮を思わせる白味噌仕立ての長芋と緑鮮やかな菜の花。

滋味深いひと椀だった。
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車中のお弁当を探して

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高柳克弘、神野紗希夫妻は、いつもなら魚と野菜派で、肉が食卓に上がることは滅多にないらしい。

しかし、妊娠すると嗜好が変わるというが、神野さんは、最近、肉を好むようになったと聞いていたので、東京駅で、バンビことパンクな彼女とお弁当を物色した。


「紗希ちゃんは、お肉がいいよ。
秋も京都で、ビストロの熟成肉のメニューを見て、美味しそうって言ってたから」とバンビ。

ちなみに、そのビストロはシトロン・ブレ。

バンビはこちらも予約済みである。


高柳さんは浜松生まれ、浜名湖を控えているだけに、鰻がお好きだろうと、鰻弁当をふたつ。

ただし、鰻は浜名湖産ではなく、宮崎産。

そして、お肉の弁当は、A4等級の和牛を贅沢に使った人形町今半の牛肉弁当ふたつを選んだ。


結局、高柳さんと私が鰻弁当、神野さんとバンビが牛肉弁当になったのだが、最近は女性のほうが肉を選ぶ傾向があるような気がする。
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京都7泊8日の旅へ

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1月16日の午前中に、着替えなどの荷物をパッキングして宅急便で送り出しておき、翌7日に、京都に向かった。

今年、初めての京都だが、昨年11月29日から12月5日まで、6泊7日で訪れているので、久しぶりという感じはしない。


今回は南禅寺別荘群の真澄寺別院・流響院を舞台にするH(アッシュ)の高柳克弘・神野紗希篇の3本目となる冬篇と、昨春から始まって、夏篇、秋篇を撮り終えた吉増剛造篇の冬篇の撮影である。

高柳・神野篇は、夏篇に続いて山下つぼみディレクターの演出で、井上春生監督はプロデューサーに回り、
吉増篇は井上春生監督がディレクターを担当、高柳・神野さんの秋篇をディレクションした赤塚敏史氏が制作に入る。

私は企画・監修者として、バンビことパンクな彼女は、アシスタント・プロデューサー&スチールで立ち会うことになる。


東京駅のホームで、高柳・神野夫妻と待ち合わせたのだが、神野紗希さんは妊娠八か月。

井上春生監督が無理のないスケジュールを組んだが、バンビは神野さんのアテンドも仕事になる。

私は、締切の原稿2本を抱えてのロケ立ち会いとなった。


新幹線は12時半東京駅発。

3時に京都駅に着き、烏丸松原の糸屋ホテルにチェックイン。


井上春生監督は前日に京都入りしてロケハンを始めている。

撮影は、18日から始まった。
posted by 城戸朱理 at 15:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小町通りの奈可川で

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バンビことパンクな彼女が、新年会に予約したのは、小町通りの奈可川。

小林秀雄や永井龍男らが通った鎌倉の名店だが、この何年か、あまりの忙しさに立ち寄ることが出来なかった。

かつては、藤沢周氏と座敷に上がって、よく飲んだものだったのだが。


私は、桃山時代の絵唐津筒盃を持参。

バンビがあらかじめ頼んでおいたのは刺身の盛り合わせだけだったので、風呂吹き大根、このわた、アワビの酒蒸し、さらにビーフシチューを頼む。

このビーフシチュー、大量のタマネギを特大の寸胴で3日も炒め続けたもので、もともとは賄いだったのだが、目ざとい常連が頼むようになり、メニューに乗るようになったという逸品で、その味わい深さに、みんな唸っていた。

話も弾み、酒も進み、締めは、鯖寿司と穴子寿司。


いずれ、鎌倉に一泊して宴会をやらかそうという案も出たが、ぜひ実現させたいものである。
posted by 城戸朱理 at 11:11| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神奈川県立美術館クロージングパーティーと新年会

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1月16日は、神奈川県立美術館鎌倉館のクロージングパーティーがあった。

日本初の公立近代美術館として1951年に開館して以来、65年。

ジョン・ラスキン展や西脇順三郎展など、私にとって思い出深い展覧会を観た美術館でもある。


田野倉康一くんから新年会をやろうという提案があったので、久しぶりに詩友に声をかけてみた。

発案者の田野倉くん、さらには野村喜和夫さんも都合がつかなかったが、広瀬大志、高貝弘也くん、さらに茅ヶ崎に仕事場がある石田瑞穂くんが参集した。


せっかく、鎌倉まで来てもらったので、まずは鎌倉文学館へ。

相模湾を望む中庭を散策してから、「作家 身のまわり」展を観て、公文堂、游古洞と古本屋を覗き、神奈川県立近代美術館に向かう。

展示は今月いっぱいで終了するが、日本を代表する近代建築でありながら、一時は取り壊しの話まで出た坂倉凖三設計の鎌倉館が保存されることになったのは、喜ばしい。


クロージングパーティーは、5時からで、石田瑞穂夫人の未祐さんも、ここで合流。

会場の中庭には、アメリカ詩研究の泰斗、新倉俊一先生や写真家の今道子さん、詩人の高橋睦郎さん、建畠晢さんの姿もあった。

パーティーは盛況で、知人を見かけても、ワイングラスを持って移動するのさえ、難しい。


一時間ほどで引き上げ、まずは小町通りのブルールームで石窯ピザとクラフトビールで乾杯し、6時に割烹、奈可川に席を移した。

杯を重ねながら、近況を報告したり、詩のことを語り合ったり、愉快な時を過ごす。

広瀬大志くんが、ブラッド・ピットやキアヌ・リーブスに会った話は傑作。

無口な高貝弘也くんが次第に笑顔になっていく。

こんな時間を持てたのは、何年ぶりだろうか。



(撮影=mad_bambi)
posted by 城戸朱理 at 10:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月18日

持つ者、持たざる者



昨秋の総務省の労働力調査によると、非正規雇用の労働者は、前年同時期比で38万人増加して2003万人に達し、就労人口の38%を占めるまでに至った。

今や、東京都の人口をしのぐ労働者が、派遣などの非正規雇用であり、その過半が生活保護水準以下のワーキングプア層となってしまっているのだから、これは異常な事態と言うしかない。


消費税を8%に引き上げるとともに、政府・日銀によって円安が誘導されたわけだが、円安は自動車を始めとする輸出産業には有利に働くものの、小麦粉や大豆などの輸入品は値上がりすることになり、庶民の食卓を直撃している。

しかも、消費税は、さらに10%まで引き上げられるわけだから、状況はさらに悪くなるだろう。


実際、日本のGDPのうち、輸出が占める割合は10%にすぎないわけだから、60%近い個人消費が低迷すると、景気は停滞することになる。

消費税値上げ前のデフレ化でも好調だったコンビニの売上さえ下がったが、非正規雇用の増加は、経済と社会の不活性化を招いたとしか言えないのが、日本の現状だろう。


新自由主義を代表するサプラサイド経済学におけるトリクルダウン理論は、富める者がさらに富めば、自然とその富が貧困層にまで滴り落ちるというものであり、アベノミクスもこの理論を背景にしている。

だが、供給側(サプラサイド)だけに着目し、供給力の増大によって経済成長が達成されるとするサプラサイド経済学は、供給されるものが需要と等しいことを理論の前提としている。

この前提は、経済学者、ジャン=バティスト・セイが提唱したため、セイの法則と呼ばれるが、供給を拡大すると、需要もそれに応じて拡大し、
供給と需要が等しいものになるという、およそ非現実的なものであり、経済学者からは批判の対象となっている。

目の前に商品を積み上げられたからといって、それが必ずしも欲しくなるとは限らないことを思えば、サプラサイド経済学の現実味のなさが分かるだろう。

また、ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティーグリッツ・コロンビア大学教授は、トリクルダウン理論を、経済理論にも、歴史的な経験にも反するものとして批判しており、
サプラサイド経済学もトリクルダウン理論も、大企業と富裕層が、既得権益を拡大するための根拠として仮構されたものでしかないというのが識者の指摘するところである。


何よりも、日本における非正規雇用と貧困層の増加が、それを証明しているではないか。

たしかにアベノミクスによって、昨年の名目GDP(国内総生産)は28兆円増え、500兆円を超えたし、雇用も110万人以上、増えている。

問題は、大企業や富裕層の富が増大しても、企業と富裕層の富が上積みされるだけで、低所得層や貧困層に配分されないことであり、

その行き着く先は、アメリカのように1%の富裕層が99%の貧困層を支配する社会にほかならない。


今や、アメリカでは年収1500万円以下が中間層、シリコンバレーの大卒新入社員の平均年収が1800万円と、日本では考えられない所得体系となっているが、一方で年収200万円以下の貧困層は5000万人に及ぶ。

今のところアメリカ経済は順調で、平均所得も右肩上がりなのだが、そのほとんどが上位数%の富裕層の所得増加分であり、所得下位60%には還元されていない。

2000年以降、アメリカではインフレが続き、物価は13年間で35%も上がったが、庶民の実質賃金は、同じ期間で27. 6%も下がり続けたため、庶民が貧困層に転落し、深刻な格差が生じた。

そして、物価が上がり、実質賃金が下がるというのは、今日の日本の現状なのだから、現在のアメリカの姿は、近い将来の日本のそれにほかならないのは簡単に予想できる。


こうした事態に憂慮して、中間層の崩壊と貧困層への転落を食い止めるべく、アメリカの次期大統領有力候補であるヒラリー・クリントン元国務長官は、「インクルーシヴ・キャピタリズム(包括的資本主義)」を旗印に掲げたが、具体的にどんな富の再配分ができるのかは、まだ未知数のままだ。


世界中でテロが多発し、中近東で、そして東アジアで、安全保障が深刻化するなか、ひたすら持つ者がさらに富み、持たざる者がさらに失っていくという新自由主義が世界を覆っていく。

これが、破局への序奏としか思えないのは、私だけではないだろう。
posted by 城戸朱理 at 04:58| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月17日

いかれバンビのタヌキ寝入り???

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バンビことパンクな彼女が、お昼になっても起きてこないので、寝室を覗いてみたら――

布団に潜り込んだままiPhoneで遊んでいるではないか!

しかも、見つかったとたんに、iPhoneをパタッと下ろし、寝たふりをし始めた。


「ぐーっ、ぐーっ」
・・・・・・


もう起きているのに、布団から出たくないのである。


「んふ。
見つかっちゃったなあ」

もう起きるように言ったところ――


「舌を出して、くたっとするコ」
・・・・・・


なぜか、ペコちゃんのように舌を出して、くたくたと脱力してしまった。

全身で起きるつもりがないことを表現しているのである。

さらに、寝たまま、弱々しいネコパンチを繰り出しているではないか。

断固としてではなく「にゃんことして」起きる気がないことを表明しているらしい。


仕方がないので放っておいたのだが、よく次から次へとヘンなことを思いつくものだと感心してしまった。

いや、感心している場合ではない。

パンクなだけに油断大敵、たゆまぬ警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 08:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月16日

鎌倉駅西口の勝烈庵

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仕事が立て込んで、夕食を簡単に済ますときに、よく使うのが、鎌倉駅西口の勝烈庵。

横浜馬車道の老舗トンカツ屋、勝烈庵の支店である。


店内には棟方志功の作品が飾られている。


バンビことパンクな彼女は、迷ったあげくに牡蠣フライ定食を、私は若鳥フライ定食を頼み、白身魚のフライを追加して、ふたりで取り分けた。


この店は揚げ物なのに軽やかで、お年を召したお客さんが多いのが特徴だろう。


勝烈庵は、ソースはもちろん、マヨネーズもパン粉も自家製だが、ポン酢も新たに加わって、よりあっさりと食べたいときには、うってつけ。


キャベツと御飯は、おかわり自由なので、バンビはせっせとキャベツを食べていた。


「んふ。
一気に食べちゃったなあ!」


冬になると、バンビは必ず牡蠣フライを食べるのだが、勝烈庵は牡蠣フライも美味しい。
posted by 城戸朱理 at 12:06| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする