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城戸朱理のブログ

2016年01月29日

糸やホテルのロビーで



妙心寺、大徳寺と21日の撮影は、午後2時すぎに終わったので、ホテルで休むことができるかと思ったのだが、吉増さんが、夕食は外出せずに、ホテルのロビーでワインを飲みたいとおっしゃるので、バンビことパンクな彼女と部屋に荷物を置いて、すぐに買い出しに出かけた。

吉増さんは「チーズと蒲鉾と漬物、あとはおにぎりがあればいいよ」とおっしゃっていたので、まずは錦市場へ。

リクエストの蒲鉾に漬物、おにぎりを買って、さらに三木鶏卵の出汁巻き玉子や蒸し鶏、鯛の子煮、鰻肝煮などを調達する。

さらに大丸デパ地下で、ウォッシュタイプのチーズ4種類とフランス産のスパークリングワイン、赤ワイン、白ワイン3本を選んで、ホテルに戻った。


小一時間だけ休んで、ロビーで宴会の準備をしていたら、吉増さんがいらして、大いに喜ばれ御機嫌である。

井上春生監督も合流して、まずはスパークリングワインで乾杯する。


吉増さんが、おもむろに取り出したのは、なんとニューヨークのジョナス・メカスから吉増さんに送られてきたプライベート・ポエム。

古いタイプライターで打った原稿で、ペン書きのサインが入っている。

吉増さんに翻訳を託されたので、バンビが原稿をお預かりしたのだが、92歳になる戦後前衛芸術の生き証人にして、映画作家、メカスの作品を、ここで拝見することになるとは思わなかった。

メカスの詩の翻訳は、ローライ同盟の機関紙「ローライ新聞」に掲載される予定だが、たった10人しか読者がいないローライ新聞に、こんな貴重な原稿を発表していいのだろうか?


井上監督からは、東映の太秦撮影所では、「仁義なき戦い」を撮影した吉田貞次さんがメカスの大ファンで、撮影所内で上映会をするほどだったという秘話も。

その影響を受けて、菅原文太さんがメカス風の実験映画を撮ったこともあるそうだ。



井上監督はスタッフを食事に連れていくため、一時間ほどで中座し、それからは3人で赤ワイン。

吉増さんに尋ねられるままに、高柳克弘さん、神野紗希さんの吟行に御一緒して気づいた俳人の特徴などを語っていたら、異様に盛り上がり、話題は俳句に。

俳人は、いつも句材と季語を探しているので、歩くのが異様に遅いという話に、なぜか吉増さんが反応したのが始まりだったろうか。


「吟行って、どんなふうにするの?
腰に短冊の束をぶら下げるの?」と吉増さん。

「みなさん、文庫本くらいの手帳を使われてます」とバンビ。


これまで吉増さんにとっての俳人とは、芭蕉に蕪村、そして飯田蛇笏の3人だけだったそうだが、吉増さんのなかで、俳句という世界が広がろうとしているのかも知れない。


吉増さん、「高柳さんに師匠になってもらって、ぼくも俳人になろうかな」とまで言い出したが、この顛末は、いずれ報告したい。


吉増さんは、この宴会が、よほど楽しかったらしく、2時間に及ぶ宴会の会話をICレコーダーで録音されていたのだが、翌朝、聞き直していたそうだ。
posted by 城戸朱理 at 13:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

狩野探幽の雲龍図の下で@妙心寺

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1月21日。

起きてみたら、京都も雪だった。

午前4時に起きて、シャワーを浴び、6時にホテルを出発して、右京区花園の妙心寺に向かう。

開基は花園上皇、開山は大燈国師の高弟、関山慧玄。

1342年に開かれたが、日本にある臨済宗寺院の過半を妙心寺派が占めることからも分かるように、塔頭が建ち並ぶ大寺で、京都では「西の御所」とも呼ばれている。


ロケの目的地は、妙心寺法堂(はっとう)、ふだんは非公開の法堂には、狩野派の祖、狩野探幽の雲龍図がある。

この天井画の下で、吉増剛造さんに書き下ろしの新作「惑星に水の木が立つ」を朗読してもらうシーンは、春夏秋冬と撮ってきた今回のドキュメンタリーのクライマックスになる。

なるはずだったのだが――


発端は夏に訪れた貴船神社。

京都の水神の境内を巡りながら、吉増さんが「惑星に水の木が立つという詩を書けるかも知れないなあ」と呟いた。

私と井上春生監督は、最終回の冬篇のためにその詩篇の執筆を吉増さんにお願いしたのだった。

ところが――


「やばいなあ。詩が書けてないぞ」
!!!

「新幹線に乗っているとき、このまま夜逃げしようかと思ったんだけど」と吉増さん。

「構いません。編集で何とかしますから」と井上監督。

「それでね、関ヶ原に来たあたりで雪になってね、
そうしたら、書けたの、詩が」
・・・・・・


結局、詩篇「惑星に水の木が立つ」は完成していたのだった!


徳川幕府の御用絵師として数々の傑作をものにした狩野探幽が、8年をかけて描いたという法堂天井鏡板の雲龍図は、「八方にらみの龍」とも呼ばれ、どこから見ても龍と目が合う。

その下を巡りながら、吉増さんの独白が続く。

最後に朗読のシーンを撮影したのだが、鬼気迫るものがあった。



滅多にない機会だから、立ったり座ったり、果ては寝転がったりして、1時間以上、雲龍図を鑑賞したのだが、圧倒されているうちに、雲龍図に吸い込まれて、自分まで雲に乗っているような心持ちになった。
posted by 城戸朱理 at 10:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ビストロC(セー)でワイン

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荷物を部屋に置いた吉増剛造さんをお連れしたのは、ビストロC(セー)。

昨夜、高柳克弘、神野紗希夫妻と行ったシトロン・ブレの姉妹店で、こちらは魚介類をメインにしたカジュアルなビストロである。


京都の寒さに驚いた吉増さんは、メニューにホットワインを見つけて、さっそくオーダー。

まずは、ホットワインで乾杯してから、注文を決めた。

ポテトサラダにキッシュ、聖護院蕪のトリュフ風味のスープ。

温泉玉子を乗せたラタトゥィユに海老のソースのズワイガニと茸の茶碗蒸し。


吉増さんは赤ワインがお好きなので、国産ワインをボトルで貰って、明日からの撮影の打ち合わせが続く。


吉増さんは少しお疲れの様子だったが、その理由は、翌日、判明した。


最後は、ビストロC名物のオマール海老のフライを。


翌日は早朝から撮影だったので、この日は早めに引き上げた。
posted by 城戸朱理 at 10:07| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「三國荘―初期民藝運動と山本為三郎」展@大山崎山荘美術館

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1月20日。

東京は大雪で交通が麻痺したが、京都では雪は降らなかった。

朝食のあと、高柳克弘、神野紗希夫妻を京都駅までお送りしたのだが、この日は吉増剛造さんが京都に到着する夕方まで予定がなかったので、バンビことパンクな彼女と大山崎の山荘美術館に「三國荘」展を観に行くことにした。


京都から新大阪行きに乗って、15分ほどで山崎駅に着く。

サントリーの山崎蒸留所がある、あの山崎である。

いささか興奮したが、今回は蒸留所に行くわけではない。

タクシーでアサヒビール大山崎山荘美術館に向かった。



民藝運動の初期、昭和3年(1928年)のこと。

上野で昭和天皇の即位を祝う御大礼記念国産振興東京博覧会が開催された。

柳宗悦ら民藝運動の同人は、この博覧会に木造平屋の民藝館を出品、設計・内装を手がけ、各地で収集してきた陶磁器を飾って、民藝運動の思想と美意識を生活空間として提示したのだが、
この民藝館を保存すべく購入し、大阪に移築して住まいとしたのが、民藝運動のパトロンであり、のちにアサヒビール社長となる山本為三郎だった。

大阪に移築された民藝館は、三國荘と名付けられ、民藝運動の拠点になるとともに、各界の名士が訪れたが、三國荘に招待された倉敷紡績社長、大原孫三郎の支援によって、駒場の日本民藝館が開設される運びとなったのは周知の通りである。

大原孫三郎と言えば、まずは大原美術館を連想するが、美術のみならず、病院や孤児院を作るなど、社会・文化活動にも力を注いだ実業家だった。

今、そんな財界人はいるのだろうか?


話がそれたが、「三國荘」展は、暮らしのなかに息づく民藝品の美しさを改めて確認させてくれる展覧会だった。

濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチ、黒田辰秋といった民藝運動の同人の作品や李朝、江戸から明治の日本の陶磁器まで、展示品は、いずれも三國荘で、実際に使われていた品であり、繊弱なところは欠片もない。

健康にして無事、これは民藝運動の根幹となる思想だが、まさにそうした品々を目の当たりにして、私がいずれ書くべき柳宗悦論のことを考えたりした。


山本為三郎は実業家としてホテル王とも呼ばれたが、美術館開館20周年を記念して、カフェでは、リーガロイヤルホテルのフランス人シェフが半世紀前に作ったフランス菓子を再現した「プティ・ビジョー(小さな宝石)」というメニューがあり、飲み物とセットで500円だった。

私が頼んだのは、マロンペーストを練り込んだ生地に国産栗をあしらった「アルデショア」。

バンビはキャラメリゼしたリンゴのケーキ「デリス・ポンム」を頼む。



それにしても、大山崎山荘美術館は、美術館自体が素晴らしい。

地下の展示室にはモネの「睡蓮」3点もあったが、これもじっくり観ることが出来た。


京都に戻ったのは午後2時前、昼食のあとホテルで小憩し、夕方、井上春生監督とバンビは、吉増剛造さんを京都駅に迎えに行った。

明日から、吉増さんの冬篇の撮影が始まることになる。
posted by 城戸朱理 at 08:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

糸やホテルの朝食、その3

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3日目の糸やホテルの朝食は、焼魚が鰯の丸干し、小鉢は温奴だった。


鎌倉で暮らしていると、魚屋が自家製の干物を作っているので、美味しい干物が手に入るが、相模湾と言えば、何と言っても鯵だろう。

食通で知られた作家、立原正秋も、相模湾の鯵はなぜか美味いと書いているほどだが、京都では、鯵の干物は、あまり見かけない。


鰯の丸干しも、いかにも朝食という感じがしていいものだが、ふだんは朝食を取らないから、余計、そう思うのかも知れないが。
posted by 城戸朱理 at 08:05| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夕食はシトロン・ブレで、その2

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この店のメインは、熟成肉のステーキ。


ドライエイジングによる長期熟成で、蛋白質を旨み成分のアミノ酸に分解した熟成肉は、赤身を美味しく食べるための工夫で、ニューヨークのステーキハウス、ピーター・ルーガーやウルフギャング・ステーキハウスが有名だが、ここ数年、日本でも流行している。


シトロン・ブレでは北海道産の十勝ハーブ牛を使っているが、200g以上を塊で焼いてもらうシステムだった。


私たちのテーブルは5人だったので、700gをオーダーしたのだが、さすがに迫力がある。

表面を高温で焼き上げるニューヨークスタイルで、これはパリでも7、8年前から流行っているらしい。


サシが入った和牛は脂の旨みだが、赤身の美味しさを引き出す熟成肉のステーキは、違う美味しさがある。

そして、赤ワインに合う。


シトロン・ブレ、また来たいと思わせる店だった。
posted by 城戸朱理 at 08:04| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夕食は、シトロン・ブレで、その1

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無事に2日間の撮影を終え、打ち上げは予約しておいたシトロン・ブレへ。

秋に権太呂でうどんすきを食べたとき、向かいにあるビストロを神野紗希さんが気にしていたのを覚えていたバンビことパンクな彼女が、予約していたのである。


ここは、肉料理に特化したビストロで、近年、流行りの熟成肉を扱っている。

国産ワインが豊富なのも特徴だろう。

まずは、山形は高畠ワインのスパークリングワイン、嘉スパークリング、シャルドネをボトルでもらって乾杯する。

辛口で、フローラルな香りの個性的なスパークリングだった。

前菜は、フォアグラのテリーヌとブリオッシュ、それにお肉の前菜盛り合わせを頼む。

フォアグラのテリーヌはリンゴのピューレとプルーンが添えられ、美味。


そして、盛り合わせが凄かった。

中央には瓶に入った鶏白レバーのテリーヌ、パテ・ド・カンパーニュや京都豚とシャラン産鴨のリエットや生ハムなど、
このプレートだけで、ワインをいつまでも飲んでいられそうなほど。

やはり国産の赤ワインを頼んだのだが、これが料理に実に合う。


魚料理も何かということになって、鱈のグラタンを注文したのだが、これは余計だったかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 08:04| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする