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城戸朱理のブログ

2016年01月31日

吉増剛造さんとごだん宮ざわへ、その4

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吉増さんは、お疲れだったのか、御飯を少しだけ召し上がって、ホテルに戻られた。

送っていったのは、バンビである。


水菓子は、イチゴが京都産のかおりの、蜜柑が愛媛の紅まどんな。


お汁粉が出て、最後はお抹茶である。

お汁粉の織部は、信楽の杉本貞光の作、箸置きは魯山人だった。

ちなみに、近代の作家で初めてぐい呑みと箸置きを作ったのが、魯山人だという。

魯山人は、箸置きを箸枕と箱書きしており、私も魚型のものを所持している。

箸置きが登場する前は、お盆の縁に箸を置いたのだとか。


最後のお薄が、しみじみと美味しい。


井上春生監督と私とバンビは、吉増剛造篇オールアップに、さらに祝杯を上げるべく、BAR、アイラ・モヒートに絶品のモヒートを飲みに行ったのだった。

寝不足なのに。
posted by 城戸朱理 at 08:07| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんとごだん宮ざわへ、その3

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続けて、氷魚(ひうお)の木の芽和え。

氷魚は、鮎の稚魚で、初めて出会った食材だったが、いかにも京都らしい。


さらに驚いたのは、小鍋立てで、なんと熊(!)に壬生菜と九条ネギの鍋。

熊も初めてだが、意外にも柔らかく、旨みが凝縮しているのにあっさりとしていて、全員で唸った。

「これは美味いわ!」と笑い出したのは、井上春生監督である。

中沢けいさんとソウルの眞味食堂(チンミシクタン)で、初めてカンジャン・ケジャン(生のワタリガニをニンニクや青唐辛子の醤油に漬け込んだ韓国料理)を食べたとき、
私も、思わず笑い出したことがあるが、最上の美味は、人を笑わせたり、黙らせたりする力があるらしい。

聞けば、宮澤さん、熊肉は美味しいし、いい出汁が出るので、あるときは仕入れるようにしているのだとか。


最後に土鍋で炊き上げた御飯が出て、食事は終わった。
posted by 城戸朱理 at 08:06| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんとごだん宮ざわへ、その2

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お造りは平目で、鬼下ろしの大根にシソの花と海苔を散らし、吉野葛でとろみをつけた土佐醤油が掛け回してある。

器は北大路魯山人の代表作、染付け福字皿だが、このひと皿、お造りの次元を超えた創作料理と言えるだろう。

やはり魯山人の備前皿で出された焼き物は、金目鯛。

身はふうわりとぎりぎりの加熱で、皮目だけはよく焙って、旨みを最大限に引き出している。

焼魚とひと口に言っても、これだけ違うのだから、料理は面白い。


名物の焼き胡麻豆腐は、白胡麻をたっぷりあしらったオリジナルのものが出た。

おしのぎは、カラスミ蕎麦ではなく、自家製カラスミを惜し気もなく切って蒸し上がったばかりの餅米に乗せたカラスミの飯蒸しである。

何度いただいても絶品で、井上春生監督とバンビことパンクな彼女は、至福の表情で少しずつ、摘まんでいる。

あっという間に食べ終えたのは、吉増さんで、吉増さんは酒杯を傾けるペースも私と変わらない。


「春夏秋冬と来ていると、故郷みたいだね」と吉増さんはおっしゃっていたが、京都の空気に身体が馴染んできたのだろう。


揚げ物は、蒸しアワビとバチコの天ぷらを、尾形乾山の銹絵長皿で。

バチコは珍味中の珍味だが、これだけで徳利、一、二本は飲めそうだった。
posted by 城戸朱理 at 08:05| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんとごだん宮ざわへ、その1

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吉増剛造さんを初めて「ごだん宮ざわ」にお連れしたのは、昨年の春のことだったが、
たいへん気に入られ「夢のように美味しいねえ」とおっしゃるものだから、吉増さんの撮影のときは、出来るだけ、ごだん宮ざわをスケジュールに入れるようにした。

だから、春夏秋冬4回の撮影で、吉増さんがごだん宮ざわに行くのは、今回で6回目。

そのうち、2回は東直子さん、高柳克弘・神野紗希夫妻との会食だった。


吉増さんが、掛軸の前の席を希望されたので、吉増さんの席はカウンターの右端に。

前回は千利休の消息だったが、今回は古田織部の書だった。


「帰ってきたねえ」と吉増さん。


いつものように、煎米茶から。

この楽九代了入の赤楽はぐい呑みにもなりそうだ。


濁り酒、古都の一献に続く先付けは、ぐじ(甘鯛)の蕪蒸し。

古伊万里の色絵碗の蓋を取ると、ふうわりした蕪蒸しが姿を表わす。


お碗は、のどぐろに壬生菜と舞茸。

日月椀は、初代が北大路魯山人の漆器を手がけた二代村瀬治兵衛のもので、私の好きな器である。

のどぐろの脂が出汁に浮き、奥深い旨みの椀だった。
posted by 城戸朱理 at 08:04| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増さんの執筆作法

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吉増さんが「詩の傍らで」を制作したり、執筆されたりするときの道具立ては、写真のようなものである。


「机は小さいほうがいいよ」と吉増さん。

たしかに御自宅の書斎でも小さな文机を使われている。

文机だと、周囲に資料を広げられるというのが、その理由。

また、吉増さんのお祖母さんがお花をされていたので、この写真の文机と同じ二月堂は、子供のころから馴染みがあったそうだ。

二月堂は小さな座卓だが、東大寺の二月堂の食堂(じきどう)で使われたのが、その名の由来。

正しくは二月堂食堂机(にがつどうじきどうき)と呼ぶ。


わが家にも二月堂がひとつあるが、これは田村隆一さん(吉増さん、マリリアさん御夫妻の仲人でもある!)が稲村ヶ崎に住んでいたころ使われていたもので、いずれは鎌倉文学館に寄贈しようと思っている。


吉増さんは机に向かうと、まず、お香を焚き、キャンドルに火を灯す。

原稿用紙は満寿屋製。

長期乾燥の中性紙の原稿用紙で、私も使っているが、東京だと売っているところが少なく、東京で暮らしていたときは、銀座の伊東屋まで買いに行ったものだった。

ちなみに鎌倉だと、駅東口の島森書店でも扱っている。


吉増さんは、煙草を止めてから、ライターを持つこともなくなって、火と遊ぶことが出来なくなったので、かわりにお香とキャンドルで火遊びをするようになったのだとか。


ICレコーダーは2台もち歩かれていたが、ご自身の朗読や酒席の会話まで録音して、あとで聞かれている。


意外なほど、文房具がお好きで、原稿用紙の上のカラフルなマーカーは、京都に来てから無印良品で求められたもの。

ちょっとした空き時間にも、文具を見たりしておられるのだなと感心してしまった。


2枚目の写真のように、いつも多種多様な筆記具を持ち歩かれている。


音楽をかけ、ときには誰かの朗読を聞きながら、執筆されることも多いそうで、その意味では、光と香りと音を座辺に、五感を開いて机に向かうのが、吉増さんの作法のようだ。
posted by 城戸朱理 at 08:03| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんの懐中時計

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吉増さんは、いつもさまざまな物を持ち歩いているが、写真の懐中時計もそのうちのひとつ。


「音がきれいだから聞いてみて」と吉増さんは、スタッフみんなに聞かせてくれたのだが、秒針が刻む音は、なんとも繊細で、薄い薄いガラスを割っていくような音だった。


このオメガの懐中時計は、お父さまの形見だそうだ。
posted by 城戸朱理 at 08:01| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉増剛造さんの執筆風景

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庭園のあとは数寄屋造りの母屋で、吉増さんの執筆風景とインタビューを収録した。

現場は井上春生監督に任せ、私は別室で「毎日新聞」の詩の月評を執筆していたのだが。


原稿を書き上げて、戻ってみたら、吉増さんは、妙心寺で朗読した新作「惑星に水の木が立つ」を推敲されていた。

撮影現場でも、仕事に集中できるのは、さすがと言うしかない。
posted by 城戸朱理 at 07:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

流響院で

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昼食を終え、12時半に南禅寺別荘群の流響院に到着した。


まずは吉増剛造さんに庭園を歩いてもらう。

最初の写真に見えるのが、川端康成が『古都』を執筆した観月亭。

川端が『古都』を書いていたころ、流響院は『古都』にも登場する龍村美術織物が所有しており、中村登監督、岩下志麻主演で、1963年に映画化されたときは、流響院もロケ地となっていた。


『古都』は生き別れになった双子の物語だが、冒頭にキリシタン燈籠が登場する。

手前の燈籠がキリシタン燈籠で、普通の燈籠と違って台座がなく、十字架を表わす膨らみがあるのが特徴となる。

川端が見たのは、この燈籠だったのだろうか。


朝方の雪が幻だったかのように、青空が広がっていた。
posted by 城戸朱理 at 07:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鴨川べりの撮影を終えて

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1月22日は、鴨川べりを歩く吉増剛造さんの撮影から始まった。

ここで、吉増さんからお母さんのことをうかがったのだが、吉増さんの希望で、オフレコに。


思ったよりも早く撮影が終わったので、銀閣寺に近い定食屋、大銀で早めの昼食を取ることにした。

場所は、かの名店、草喰なかひがしの手前。

京都では有名な定食屋で、井上春生監督は同志社大学の学生時代から利用していたのだとか。

メニューも豊富なら、単品で追加もできる。

鎌倉には、こういう定食屋がない。

あると便利なのだが。


吉増さんはカレー蕎麦、井上監督はうどんに野菜炒めを注文。

私はカメラの安田さんと同じく、鯖塩焼定食を頼んだ。

若いスタッフは、しょうが焼き定食と、やはり肉を欲するらしい。

寒気が厳しいだけに、室内に入ると、それだけで気持ちが和む。
posted by 城戸朱理 at 07:56| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする