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城戸朱理のブログ

2016年02月14日

栗蟹と毛蟹

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「さあ、蟹さんを捕まえてくるぞう!」

バンビことパンクな彼女が気勢を挙げている。

買い物に行くのだが、蟹が目当てらしい。

バンビは颯爽とバイクで出かけていった。

ところが――


紀伊国屋にも元町ユニオンにも東急ストアにも、毛蟹が見当たらなかったのである。


「おかしいなあ。
いつもなら、どこかにブクブクしているのに、なぜか毛蟹さんが見当たらないよ〜」


そうなると、余計気になるもので、バンビは毎日のように鮮魚売り場のチェックを始めたのだった。


そして、見つけてきたのが小さな栗蟹。

見かけは毛蟹に似ているが、とにかく小さい。

茹でた栗蟹をハワイのスリフトショップで見つけた耐熱性のガラス皿に盛ったのだが、毛蟹と比べると、その小ささが分かるだろう。

栗蟹は、青森から北海道にかけての名産で、毛蟹より美味しいと言われているらしい。

青森では、味噌汁にしたりするようだ。

食べるところは、ほとんどないが、味はすこぶるよい。


そこで記憶が甦ったのが、小学生のころ、岩手県の沿岸北部、「あまちゃん」の舞台となった久慈で食べた蟹のことである。

ときおり、母親が、そのときの蟹の味のよさを思い出しては懐かしがっていたが、その蟹が栗蟹だったことに気づいた。

味覚というものは、幼少期の記憶と通底していることを吉本隆明さんがエッセイで語っていたが、そういうものかも知れない。


その翌日、バンビは、ついにブクブクと泡を吹いている活毛蟹を東急ストアで捕獲。

しかも、なぜか1058円とサービス価格。


毛蟹を茹で、さらに真鯛と鰹、紅白のお刺身まで並ぶ贅沢な食卓で、晩酌した。
posted by 城戸朱理 at 10:39| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月13日

魔法のきかない世界



こんまりメソッドが世界的に流行、著書は世界38か国で翻訳出版され、アメリカAmazonでは総合1位、100万部超のベストセラーになるとともに、社会現象にまでなっている。

そう、近藤麻理恵『人生がときめく片づけの魔法』である。

英題は、the life-changing magic of tidying up。

ちなみに「ときめき」は「Spark Joy(スパーク・ジョイ)」という訳になっている。


「こんまり」こと近藤麻理恵さんは、米タイム誌の「世界でもっとも影響力がある100人」にも選ばれたほどで、アメリカ人もこんまりメソッドに熱狂している様子だが、要不要ではなく、「スパーク・ジョイ」か否かで物を仕分けるというあたりが新鮮だったのだろう。


こんまり流行片づけ術は、「片づけ=収納」ではなく、「物を持たない=まずは捨てる」を前提にしている。


最初は衣類から、持っている衣類すべてを一ヶ所にまとめて、残すものを選ぶなど、辰巳渚『捨てる!技術』ややましたひでこ『断捨離』といった従来の片づけ術と、それほど大きな違いはないように思えるのだが、やはり、こんまり流が受けたのは、「ときめき」というキイワードのせいだろう。

必要か、不要か、使うか、使わないかではなく、ときめくか、ときめかないか。

「ときめき」が基準というあたり、私などは卒倒したが、何のことはない、使わないものは買わなければいいし、使わなくなったものは処分すればいいだけの話という気がしないでもない。


ところが――

もの書きを仕事にしていると、それが簡単ではないのだ。

新刊、古書、自分が買う分とは別に、執筆した紙誌を含めて、年間、2000冊近い本や雑誌が送られてくる。

仕事関係の書類は、いつも山積みだし、ときめこうが、ときめかまいが、ひとつの仕事が終わるまで、処分はできない。


衣類だけは、春と秋の衣替えのときに、不要なものを一気に処分するようにしているが、本と書類ばかりは、そんなわけにもいかず、いつも格闘することになる。

どうやら、私が生きているのは、魔法がきかない世界らしい。
posted by 城戸朱理 at 08:11| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月12日

ヘンな骨董、その8〜とりわけヘンなもの

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決して集めているわけではない。

探しているわけでもないのに、なぜか増える。

それが、ヘンな骨董だ。

考えてみれば、ヘンだからこそ手が伸びるのだろうし、どれもが小さく、掌に乗るサイズなので場所を取らない。

これが、不二家のペコちゃんとかケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースのように大きかったら、やはり躊躇することだろう。


ヘンな骨董は、いずれも、何かのついでに求めたものだから、気楽なものだが、居間のサイドボードの一画を占めるようになると、笑いを誘う。

なんとも愉快な代物である。

以前、紹介した「ヘンな骨董」のうちでも、とくに面白いものを再掲しておこう。


まずは、英国製のスコッチテリア型の栓抜き。

真鍮製で、アールデコの雰囲気を残す1940年代の品である。

いいデザインだが、小さいので、実際は使いづらい(笑)。


木彫りのウサギは、江戸時代のもの。

商品として作られたものではなく、余った木材で、職人が自分の子供のために作ったものではないだろうか。

これだけは、高さ14cm、全長28cmと、やや大きいので、居間ではなく、書斎に鎮座している。


そして、極めけは、やはり中国は磁州窯の犬である。

磁州窯は唐末から続く華北最大の窯業地で、宋時代のものに名品が多い。

これは副葬品の明器だが、年長の友人に譲られたもの。

和洋を問わず骨董とアンティークを生かしたお宅の棚に、この犬を見つけ、そのあまりにとぼけた顔に大受けしていたら、「持っていけば」のひと言で、わが家の犬となった。

犬というよりは、人のようでもあり、見る者を脱力させる魔力を秘めている(?)。


ちなみに、バンビことパンクな彼女が、いちばん気に入っている骨董は、唐津でも備前でもなければ、乾山でも魯山人でもなく、この磁州窯の犬だったりするのだが。
posted by 城戸朱理 at 10:51| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

にゃんこ気分???

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バンビことパンクな彼女が、チョコレートをくわえて嬉しそうにしている。

何なんだ、そのチョコレートは?


「ピルッコがクリスマスに送ってくれた猫舌型のチョコレートだよ!」
!!!


昨年の夏に、バンビをフィンランドの自宅に招いてくれたノンフィクション作家、ピルッコ・リンドベリさんが送ってくれたチョコレートだった。


「これをくわえると、べーって舌を出した、にゃんこ気分が味わえるんだよ!」
・・・

「城戸さんもくわえてみてね!」
・・・・・・


別に、にゃんこ気分を味わなくてもいいのである。


パンクなだけに次々と新しいお遊びを発明してしまうのだが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 09:16| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月11日

格差社会の先に



厚生労働省の発表によると、昨年11月の段階で、派遣やパートなど非正規雇用の労働者が、ついに就労人口の40%に達したという。

今や、日本で働く人の5人に2人が、派遣やパートなどの非正正規労働者ということになる。


しかも、連合などの調査によると、2000万人を超える非正規雇用の労働者のうち、年収100万未満が全体の38.4%ともっとも多く、全体の約70%が年収200万円以下のワーキングプア層であることが分かった。

愕然とせざるをえない数字だ。


就職氷河期に正社員になれなかった35歳以上の中年フリーターは、今や273万人にも達し、低所得者ほど未婚率も高いため、男性に限ると未婚率は、なんと89.6%にもなるという。

さらに、働く単身女性は3人に1人が年収114万円以下の貧困層であることが2014年1月27日に放送されたNHK「クローズアップ現代」で取り上げられ、「貧困女子」なる言葉まで生まれて、女性の貧困が社会問題になった。


貧困と貧乏は違う。

「貧乏」ならば、昭和の大看板、五代目古今亭志ん生が、自伝『びんぼう自慢』で語ったように「貧乏はするもんじゃありません。味わうものですな」といった趣きもあったりするのだが、貧困となると生存に関わる問題である。

貧困問題に詳しい作家の雨宮処凛は、同じ日本に住んでいても、言葉が通じないぐらいに格差が広がっていることを指摘していたが、雇用の流動化から始まった格差社会は、未婚の増加による少子化、貧困層の高齢化、さらには貧困の連鎖を生んでいく。

いったい、いつの間に、日本という国は普通に働いて、当たり前に暮らしていくことが、こんなにリスクを伴うようになってしまったのだろうか?


10年ほど前に、雇用破壊による格差社会と貧困問題が社会化したとき、私は、こうした問題が広く社会に認知され、さまざまな運動が展開されていけば、いずれ解決策が見つかるのではないかと思っていた。

しかし、現実には何も解消されないまま、貧困層が増大し、少子高齢化だけが進んでいる。

これからの日本は、成長ではなく、どのように衰えていくのかが、主題となるのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 18:55| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月10日

「書く」という非常時



これまで、多いときだと年間150本を超える原稿を書いてきた。

21世紀になってから、年間の締切が100本以下の年は、ほとんどなかったのではないかと思うが、その意味では2、3日おきに締切があったことになる。

しかも、『地球創世説』や『世界-海』、『漂流物』といった詩集は書き下ろしだから、締切とは別に創作をしてきたことになる。


そうなると、原稿を書くのが日常ということになりそうなものなのに、いまだに「書く」ということは、私にとって非常時にほかならないような気がする。


とりわけ、詩を書いている時は、時間も空間も別の次元に旅しているかのようで、書き終えても、なかなか今この時に戻れず、幽世(かくりょ)の縁を歩いているような気分になることがある。


長く詩に心を砕いていると、心のほうが砕けてしまうと語ったのは辻征夫さんだったが、思うだに恐ろしい。

恐ろしいと思いながら、そこに没入できる時だけを待ち望んでいるのだから、結局、書くということは非常時を生きることにほかならないのだろう。
posted by 城戸朱理 at 10:17| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月09日

小津安二郎監督の赤いケトル



現在、開催中の鎌倉文学館「作家 身のまわり」展(4月17日まで)は、実にユニークな企画で、面白かったが、昭和もなかばまでの文学者が、身辺で愛用したものは、いずれも職人芸が生きていた時代のものだから、現在とは条件が違う。

しかも、川端康成を始めとして、骨董や書画に関心を持つ人が多かったから、展示も多彩で見応えがあるものになるが、今の作家だと同じような展覧会は出来ないかも知れない。

小津安二郎監督が、映画「彼岸花」のために購入し、撮影が終わってから自宅で使っていたという赤いケトルは、展示品のなかでも印象深かったもののひとつだ。

カラーになってからの小津作品は、赤という色が象徴的に扱われているが、赤いケトルもそのひとつ。


すると、鎌倉文学館の学芸員、山田雅子さんから、このケトルについて、思いがけない連絡があった。

次のようなものである。



【小津さんの赤いケトルについて、小津さんの記録で「デンマーク製」とあり、当館でも長年そのように紹介していたのですが、スウェーデンのコクムス社製と判明しました。

1893年に創業し、1970年代に廃業してしまった会社で、ネットなどで時々ユーズド品が販売されています。

(中略)

「彼岸花」パンフレットによりますと小津さんはこの映画のため、このケトルを購入したとのこと。

そして、その後は自分で使っていたようです。】



小津監督の赤いケトルに憧れ、似たようなものを探したというだけあって、山田雅子さんは、調査を続けていたらしい。

かくして、「彼岸花」のケトルは、デンマーク製ではなく、スウェーデン製なのが判明したのだが、小津監督は北欧のモダンデザインを好んだのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 21:30| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月08日

ヘンな骨董、その7〜鹿の染付皿

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鹿児島は霧島の露天風呂に入っていたとき、鹿が近くを歩いていたことがあった。

野生の鹿を見ることなんて滅多にないので驚いたが、江戸時代ならば当たり前の眺めだったのかも知れない。

与謝蕪村が松尾芭蕉を偲んで再興した京都、金福寺の芭蕉庵で詠んだ句を見れば、洛北でさえ、鹿が身近だったことが分かる。


三度啼きて聞こえずなりぬ鹿の聲

鹿ながら山影門(さんえいもん)に入(いる)日哉


これは日本だけではなく、中国や朝鮮半島でも同じだったようで、中国でも李氏朝鮮でも、日本の伊万里でも、鹿の染付の器をときおり目にする。


最初の写真の小皿は、明末清初に中国の景徳鎮で焼かれた古染付。

中国には「陶によって政を見る」という言葉があって、陶磁器の出来が世相を写すものになる。

明末清初、戦乱が続く混乱期には、陶磁器も造作も粗くなり、古染付は、絵付も粗にして雑なら、口縁に釉切れが生じ、中国では「景徳鎮の恥」とまで言われた。

ところが、日本の茶人は、逆にその粗さに雅味を見出だし、釉切れまで「虫喰い」と呼んで鑑賞したのだから、美意識の違いというものは面白い。


この小皿は先月、鎌倉で見つけたものだが、絵付けが闊達で、生き生きとしている。


次の鹿図染付小皿は、古伊万里で、これも鎌倉の骨董屋で買ったもの。

紅葉に鹿と花札を思わせる絵付だが、ちなみに花札の紅葉に鹿は、十点。

しかも鹿がそっぽを向いているため、無視することを「鹿十(しかと)する」と言うようになったのだとか。


最後の染付け皿は、李朝で、直径30cmほどの大皿である。

これは、京都で求めたものだが、大皿だけに持ち帰るのに苦労した。

李朝の染付けは、古伊万里に比べると稚拙なものが多いが、李朝では呉須の産出が少なかったので、陶工が手慣れるほどの経験を積むことが出来なかったのかも知れない。


古染付と古伊万里の小皿は、直径10〜12cmほどで取り皿によく使っているが、李朝の大皿は手巻き寿司のときなどに登場する。


別に「ヘンな骨董」というわけではないのだが、バンビことパンクな彼女が「鹿。にゃふふふふ」と喜ぶので、わが家では、ヘンな骨董に分類されている。
posted by 城戸朱理 at 10:04| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月07日

ヘンな骨董、その6〜犬の根付

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円山応挙が描いたような愛らしい仔犬は、根付けである。

根付けは、和装のとき、巾着や印籠、煙草入れなどの提げ物に結んで、帯にひっかけて留めるための道具で、江戸時代に発達し、次第に細密な彫刻がほどこされるようになった。

最盛期は文化文政から幕末にかけてで、明治になると実用品としては廃れたが、海外での評価が高まり、その多くが海外に流出するとともに、輸出用にも作られるよになった。

コレクターは欧米人が多いが、彼らは、根付けを実用を兼ねた装飾品ではなく、小さな細密彫刻として見ていることになる。


根付けは、江戸時代から明治までのものを古根付け、昭和から平成のものを現代根付けと分けるが、写真の仔犬の根付けは、江戸時代の古根付けで、しかも象牙製、
その意味では、ヘンな骨董ではなく、立派な骨董品と言えるのだが、犬の表情がなんともかわいいし、器のように使えるわけではないので、わが家では「ヘンな骨董」に分類されている(?)。
posted by 城戸朱理 at 09:05| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

骨董、その5〜正体不明の水滴

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これを初めて見たときには、思いっきり脱力してしまった。


墨を磨るときに使う水滴なのだが、この間抜けな顔はどうだろう。

しかも犬のようでもあり、タヌキのようでもあり、正体がよく分からない。


瀬戸の産かと思ったら、胎土はもぐさ土。

そうなると美濃産の志野ということになるが、時代は、江戸と言われれば江戸のように見えるし、明治と言われれば、そんなものかと思うだけで、結局は、よく分からない。


こんな水滴で墨を磨っても、まともな字は書けそうもないが、楽しいことは楽しい。

まさにヘンな骨董の真骨頂である(?)。
posted by 城戸朱理 at 09:04| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

富岡幸一郎夫妻と「手打ち釜揚げうどん みよし」へ

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神奈川県立近代美術館の旧学芸員室での宴会までの待ち時間、どこかで軽く飲もうということになって、富岡幸一郎夫妻をお連れしたのは、小町通りの「手打ち釜揚げうどん みよし」。

私もバンビことパンクな彼女と先月、初めて入った店だが、酒の当ても充実しているし、日本酒の品揃えもいい。


思い思いに肴を頼んだのだが、焼き味噌やいぶりがっこ、それに天ぷらで飲むことにした。

天ぷらは、サキイカ、幻魚(げんげ)、それにうどんとセットになった黄鶏(かしわ)を。

サキイカも幻魚も珍しいが、サキイカは一度、煮るか戻してあるらしく柔らかい。

鶏の天ぷらと言えば、大分の名物だが、みよしの黄鶏(かしわ)の天ぷらは、品がよく、吟醸酒に合う。


薬味は4種類。

しかも最初はつゆだけを味わい、次にネギ、続いて揚げ玉、さらにショウガ、最後に七味を入れるように書かれている。

たしかに、この順番で入れると、味の変化が楽しい。


天ぷらはからっと揚がり、塩でいただくのだが、これは酒を呼ぶ。

富岡夫妻は、小町通りを歩くことなど滅多にないので、店が出来たことさえ知らなかったそうだが、たしかに、鎌倉の住民は、いつも観光客で賑わっている小町通りを避けて動くので、無理もない。

私もバンビが見つけてこなければ知らないままだったろう。


休日の午後、軽く飲むにはうってつけの店だ。
posted by 城戸朱理 at 09:02| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

ヘンな骨董、その4〜用途不明の鴨と熊

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別に専門店があるわけでも、集めているわけでもないのだが、なぜか目につき、ふと手に取ってしまう。

そこで戻せばいいのに、つい買ってしまう。

それが、ヘンな骨董の宿命らしい(?)。


ヘンな骨董だけに、値段も手頃だから迷うこともないが、探して見つかるというものでもない。

歩き回っていると、つい出会ってしまうというのが本当のところだろう。


去年の夏に由比ヶ浜通りのアンティーク・ユーで出会ったのがメタルの熊。

何に使ったものなのか見当がつかないが、お尻のボタンを押すと、プレートを持った両手を上げるようになっている。

プレートには「HAPPY BIRTHDAY」とタイプされた紙が入っていたが、これは何を書いてもいいのだろう。

芸は細かいが、何の役にも立たないところが身上である(?)。


もうひとつのメタルの鴨も訳が分からない。

だいたい鴨なのかどうかも分からないのだが、羽根の部分が開くようになっており、中が空洞になっている。

つまり、容器状ではあるのだが、あまりに小さいので、入れたとしても錠剤の薬をいくつかというところだろう。

御主人も「何に使うのか分かりません」と言っていたが、用途だけではなく、どこで作られたものかも分からない。

そして、分からないものは、分からないままにしておくしかない。

バンビことパンクな彼女は「小人さんの小物入れかな?」と言っていたが、どこにいるんだ、小人さんなんて?
posted by 城戸朱理 at 11:25| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヘンな骨董、その3〜猿蟹合戦

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あれは3、4年前のことだったと思う。

鎌倉は由比ヶ浜通りのアンティーク・ユーを久しぶりに覗いたとき、ヘンなものが目についた。

陶器の栗と蟹である。


丹波とおぼしき栗は香合、蟹は、中国、清時代の嘉慶年間の作で、毛筆を置く筆架だろう。

産地も用途も関係ないのだが、蟹と栗という取り合わせは、猿蟹合戦を思わせる。


バンビことパンクな彼女が、「ふたつを並べて置いたら面白いよ!」というので、買ってみることにした。


本来ならば、猿蟹合戦は、ずる賢い猿に騙され、硬い青柿を投げられてが死んでしまった蟹の子どもたちが、栗、蜂、牛糞、臼の助けを借りて猿を殺すという復讐譚。

かなり、残酷な内容だけに、昭和になって、猿も蟹も怪我をする程度に改められた。

芥川龍之介は、復讐に成功した子蟹たちが、裁判にかけられ死刑になるという短編小説「猿蟹合戦」を書いているが、こちらの結末のほうが、オリジナルの近代的な解釈としては、むしろ順当かも知れない。


だが、私が子供のころに読んだ「猿蟹合戦」は、すでに、猿に苛められた蟹が、仲間と一緒になって猿を懲らしめるというヴァージョンだったから、陶製の蟹と栗を並べておくと、昔話の風情があって、和むものがある。


だが、栗では、香合としての品格がないし、蟹は、筆架としては滑稽である。


作者の意図がよく分からないところが面白い。
posted by 城戸朱理 at 11:24| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神奈川県立近代美術館鎌倉館の最終日

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1月31日は、地元で「近美(きんび)」の愛称で親しまれた神奈川県立近代美術館鎌倉館の一般公開最終日だった。

バンビことパンクな彼女が、平塚美術館の土方明司館長代理と午後4時に鎌倉館前で待ち合わせたので、私も一緒に出かけることに。

すると、鎌倉館前で遭遇したのが、文芸評論家の富岡幸一郎氏と孝子夫人。

富岡夫妻も最後に鎌倉館の展示を観に来られたとのこと。

富岡さんとお会いすると、たいてい、前日は深夜まで飲んで泥酔したという話を聞くことになる。

しかし、富岡さんは関東学院大教授で鎌倉文学館館長、さらに西部邁先生が顧問をされている「表現者」編集長もされている。

連日、飲んでばかりいるのは私も同じだが、『川端康成 魔界の文学』(岩波書店)を始めとして、次々と新著を刊行されているあたりは、見習わなくてはならないところだ。

いったい、いつ執筆されているのだろうか?


土方さんが合流したので、結局、富岡夫妻も誘って、鎌倉館へ。

近美の元主任学芸員で、武蔵野美術大学教授の是枝開氏の顔が見えないのが淋しいが、萬鐵五郎や松本俊介、古賀春江などの館蔵作品をじっくりと見ながら歩いた。


この近美の鎌倉館で観た展覧会は少なくない。

鎌倉に転居する前から、何度も訪れ、西脇順三郎展やジョセフ・コーネル展、ジョン・ラスキン展などを観たものだった。


土方さんから、閉館後の旧学芸員室での宴会に誘っていただいたので、いったん外に出て、富岡夫妻と小町通りの「手打ち釜上げうどん みよし」で天ぷらを肴に飲む。


7時に戻ってみると、旧学芸員室は歴代学芸員が集って酒盛りの真っ最中。

かつては紫煙渦巻き、毎夜、酒盛り、梱包材を布団がわりに泊まる学芸員もいたという伝説の旧学芸員室は、初の女性学芸員、長門佐季さんの登場によって様変わりしたそうだ。

鎌倉近美の美人学芸員として名高い長門さんを前に、梁山泊の猛者たちも遠慮するようになったとは、愉快なエピソードである。


だが、旧学芸員室には、かつての名残のように、大量のワインやビール、さらにはシングルモルトまで用意されていた。


やがて、閉館後の作業を終えたスタッフ全員が集まったところで、水沢勉館長が挨拶して、乾杯になる。


鎌倉館が閉館しても、葉山館と鎌倉別館があるが、鶴岡八幡宮境内という立地で、坂倉準三による名建築の鎌倉館が閉館するのは、やはり淋しい。


旧学芸員室での宴会を辞し、クルベル・キャンでイチローズ・モルトのグラスを傾けてから帰宅した。
posted by 城戸朱理 at 11:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月05日

昼食は、天ぷら ひろみで

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「詩とファンタジー」の選考を終えてから、かまくら春秋社の山本太平さんが昼食に連れていってくれたのは、小町通りの「天ぷら ひろみ」だった。


小林秀雄や永井龍男、あるいは澁澤龍彦といった鎌倉文士や小津安二郎監督がひいきにした鎌倉の名店である。

名物は、小林秀雄が好んだ天種と小津安二郎が好んだ天種を使った小林丼と小津丼。

30年ほど前に、私が初めて訪れたときは、まだ小町通りと若宮大路の間の路地にあったが、その後、今の場所に移転した。


いちばん軽い定食は、白身魚か穴子のどちらかを選ぶようになっている。

この日の白身魚はキスだったので、私はキスを、山本さんは穴子を選んだ。

海老にキス、野菜は、アスパラにオクラ、ヤングコーン、南瓜、蓮根に椎茸で、穴子の骨煎餅が付く。

天ぷらは、ビールにも日本酒にも合うが、まだ仕事があるので、ビールだけにしておいた。


ひろみの天ぷらは、軽やかで、さらに美味くなっていたように感じたが、山本さんも同じ意見。

次回は小津丼を頼んで、小津安二郎監督のように、お銚子10本(日本酒一升!)くらい飲んでみたいものだ。
posted by 城戸朱理 at 15:10| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヘンな骨董、その2〜フィンランドのハニーポット

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見るからに愉快なハニーポットは、やはり4年前に、ヘルシンキのヒエハラハティーのフリーマーケットで見つけたもの。

これも、時代は分からない。


バンビことパンクな彼女には「どうせ使わないよ〜」と止められたが、フィンランドのフリーマーケットは、日本と同じく、どれも数百円だから、求めるのは気楽である。


しかし――やはり使わなかった(笑)。

誰かにプレゼントしようかとも思ったが、こんなものを欲しがる友人も思いつかない。

結局、ヘンな骨董コーナーに置かれている。
posted by 城戸朱理 at 12:57| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヘンな骨董、その1〜フィンランドのリスと猫

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去年、フィンランドにから帰ってきたバンビことパンクな彼女が、トランクを解き、得意気に取り出したのが、小さな猫の陶器人形だった。

「ヘルシンキのヒエハラハティーのフリーマーケットで見つけたにゃんこだよ!」
!!!

フィンランドにもこんなものがあったのか!

しかし、日本人が作ったら、もっとマンガっぽくなりそうだが、微妙にリアルなのはお国柄というものだろうか。

「にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ♪」
・・・

「にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ♪」

何も歌わなくてもいいのだが――

「にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ♪」
・・・・・・

「にゃんこ〜♪」


かくして、フィンランド製の猫の置物が、ヘンな骨董コーナーに増えてしまったのだった。


一方、小さなリスの置物もフィンランドで求めたものである。

これは、3年前にアンニッキ・ポエトリー・フェスティバルに呼ばれたとき、フィンランド第2の都市、タンペレーで開催されたフェスティバルの出演を終え、次のリーディングのために向かった古都トゥルクのアンティークショップで見つけた。

持ち帰るのに邪魔にならないサイズだったので、旅の記念に求めることに。

バンビが買ってきた猫と同じく時代は分からないが、そう古いものではなく、1970年代くらいのものではないかと思っている。

なにせ、アンティークショップのお爺さんは、まったく英語が通じず、何も聞くことが出来なかったのだ。


フィンランドは、語学が盛んで、国民のほとんどが英語も話す。

ヘルシンキの高級デパート、ストックマンだと、店員がジャケットの胸ポケットに国旗を4〜6個付けているのだが、これはその国の言葉が話せるという印で、5か国語ていどは話せる人がざらにいることになる。

実際、タンペレーのレストランで、金髪のウェイトレスに流暢な日本語で話しかけられたり、ヘルシンキの寿司レストランのスタッフに、流暢な日本語で話しかけられたことさえあった。

日本語でさえ、そんな調子なのだから、英語はフィンランド語やスウェーデン語と同程度に通じる感じだったが、それだけにトゥルクのアンティークショップのお爺さんは、古いタイプのフィンランド人という感じがして、印象に残った。

ちなみに、もうひとり、英語がまったく通じなかったのは、トゥルクのマーケットで魚のフライを売っていたお婆さんで、手振り身振りで白身魚のフライを買ったっけ。
posted by 城戸朱理 at 12:56| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月04日

ペコちゃん、苺ショートになる???

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鎌倉は小町通り入り口の不二家の前を通って愕然とした。

ペコちゃんが、苺ショートになっているではないか!?

ペコちゃんは衣装持ちだが(?)、こんなコスチュームは初めてである。

いや、これでは、もう衣装とは呼べない。

コスプレの次元をも超えた(?)仮装である。

写真を撮って、バンビことパンクな彼女に見せたら――


「凄いよ!
ペコちゃんが衣装まで立体化して、ついにショートケーキになっちゃったよ!
見に行かなくっちゃ!」


わざわざ行く必要はないのだが、すぐ行動に移してしまうのがパンクの特徴である。

ヴィヴィアン・ウエストウッドのライダースジャケットを羽織ると、バンビはパタパタと出かけてしまった。


そして、ショートケーキと化したペコちゃんを一眼レフで、激写してきたのである――

ローライフレックスを持ち出さなかっただけ、まだマシと思うしかないが、
パンクなだけに油断大敵、たゆまぬ警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 10:32| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月03日

鎌倉に帰る



7泊8日の京都滞在を終えて、鎌倉に帰宅したのは、1月24日(日)。

仕事の合間を縫って、大山崎山荘美術館で「三國荘」展を、何必館で「マルティーヌ・フランク」展も観ることが出来た。

ところが。

底冷えする京都に比べたら暖かく感じるものの、鎌倉も今冬いちばんの冷え込みになり、25、26日の朝は水道管が凍結寸前に。

東北から北海道にかけての北国ならば、冬は、最高気温が氷点下の真冬日が続くし、天気予報でも水道管凍結注意報が出たりするが、鎌倉では珍しい。


帰宅した翌日は、「毎日新聞」の詩の月評ゲラの行数を調整して返送してから、届いたトランクをほどいて、衣類を整理した。

今回は荷物の片付けに手間取り、洗濯をしたり、靴やバッグのメンテナンスをするのに3日もかかってしまったが、長期のロケだけに、疲れがたまっていたのだろう。


同時に井上春生監督と電話やメールで連絡を取りながら、春の京都ロケの段取りをしたのだが、異様なまでの肩凝りに悩まされることに。

不在中に届いた郵便物や書籍、雑誌が山のようになっているのに、封を切る余裕がない。

一方、バンビことパンクな彼女も戻るなり仕事に忙殺され、こちらも余裕がない。

落ち着くまで一週間かかってしまった。


30日(土)は、午前10時から、かまくら春秋社で「詩とファンタジー」投稿作の選考。

蜂飼耳さん、平岡淳子さんが先に選考をしてくれていたので、早く終わったが、編集の山本太平さんと小町通りの「天ぷら ひろみ」で昼食のあと、再び、かまくら春秋社に戻り、午後1時から伊藤玄二郎代表と「かまくら春秋」誌のための対談を。

伊藤代表からポルトガル土産のワインをいただいて帰宅したのだが、太陽が溶け込んだような赤ワインだった。


生活をするのでさえ準備が必要で、日常でさえ、その言葉とは裏腹に、いつもあるわけではないことを、このごろ痛感する。
posted by 城戸朱理 at 14:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

にわか俳句ブーム???

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吉増剛造さんが俳句に興味を示したものだから、バンビことパンクな彼女まで、四条通りを歩きながら、俳句をひねり始めた。

しかも、どこかで聞いたような句だと思ったら、どれもこれも松尾芭蕉の名句をパクって、ちょっと変えただけではないか!


「mad_bambiのパクリ俳句だよ!」
・・・

「駄句が次々に出来ちゃうなあ!」
・・・・・・


たしかに、芭蕉の名句も一部を変えるだけで、恐ろしいほどの駄句になる。

逆に芭蕉が、どれだけ細心に言葉を選んでいるかが分かるが。


「バンビくんは、駄句の泉なんだなあ!」

駄句の泉……

「俳句だから、駄句の古池のほうがいいかな?」

駄句の古池……

ちっとも有り難くない。


ホテルに戻ってみたら、ひと足先に東京に戻った吉増さんから、バンビ宛てにFAXが入っていた。

なんと、「残雪や」で始まる俳句が書かれているではないか。

しかも「駄句ですが」という添え書きが。


駄句なら私も負けないが(?)、吉増さんの句は挨拶句だった。

それにしても、どうして、こんなに「駄句」という言葉が流行ってしまったんだろう?


俳句への関心が高まった吉増さんが、高柳克弘・神野紗希篇の試写に参加したいとおっしゃるので、鎌倉に帰ってからバンビが、みんなのスケジュールを調整したのだが、こうなると、留まるところを知らない。


「歳時記を出してあげて!」とバンビが騒ぐので、私が中学生のころから持っている山本健吉編『歳時記』を出してあげた。

春夏秋冬に新年の五巻本なので、バンビは冬篇を出し、「にゃふふふ」と喜びながら読んでいる。

このままだと、勢いに乗って駄句を量産し、「新興俳句ならぬパンク俳句なんだよ!」とか言い出しかねない。

パンクだから仕方がないが、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 08:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする