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城戸朱理のブログ

2016年03月31日

京都の洋食

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京都の開花宣言は、3月24日だった。

27日には、水原紫苑さんが京都入りすることになっていて、祇園の白川ぞいで撮影する予定になっていたのだが、巽橋あたりの開花が遅れた場合に備えて、桜が咲いている場所を探しておかなければならない。

午後は、昼食も取らずに、足が痛くなるまで歩き回って候補地を探していたので、ホテルに戻ったときには、わざわざ外出して食事をする気にはならず、夕食は、糸屋ホテル裏のハンバーグの店、綴(つづる)に行った。


京料理といえば、素材を生かした薄味というイメージがあるが、洋食屋も異様に多いし、ラーメンも「天下一品」のような濃厚な豚骨系が多い。

そうやってバランスを取っているのだろうが、京都の洋食屋といえば、まずはビーフカツレツ、そしてハンバーグである。


「綴」は、近所にお勤めの方や家族連れで賑わう店だが、これも素顔の京都なのだろう。


まずは、九条ネギのオムレツを頼んで、ビール。

ハンバーグは、御飯とよく合う醤油ベースのソースで、味噌汁も付く。


持参した文庫本を開きながら、食事をしていると、飲みすぎることもないし、ビールをおかわりするころには、緊張が少しずつ解けていって、身体が旅という日常に馴染んでいくようだった。
posted by 城戸朱理 at 23:34| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

第64回京都大アンティークフェアーへ

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西日本最大級の骨董祭、京都大アンティークフェアーが、ちょうど開催されていたので、午前中に覗いてみることにした。

会場は、伏見の京都府総合見本市会場・パルスプラザの大展示場。

400もの業者が出店するので、駆け足で回っても3時間はかかる。

店舗を構える業者の出店がほとんどで、そこは露店の骨董市とは異なるところだろう。

何となく見覚えがある品揃えのブースがあったので、店名を確認してみたら、東京は青山の有名店だったりするのが面白い。


茶道具から仏像、着物から西洋アンティークまで、信じられないほどの量の古物が並ぶ様は、圧巻だ。


私は、一度だけ行ったことがあるので、今回は2回目。

前回は、ちょうどいいサイズで伝世品の初期伊万里盃に惹かれながらも逸したので、今回は状態のいい初期伊万里の盃を見つけたいと思っていたのだが、見当たらなかった。

桃山の美濃や桃山から江戸初期の唐津の酒器となると、物によっては数百万の高値を呼ぶが、時代は、それほど違わないのに、初期伊万里となると、手が出ないわけではない。

狙いはいいのだが、10点ほど見かけた初期伊万里盃は、いずれも発掘品を呼び継ぎしたものばかりで、状態のいいものはなかった。


室町の懸仏を何点も並べている店もあれば、発掘品を金継ぎした古唐津を数十点も並べている店から、北大路魯山人や加藤唐九郎など作家物を扱う店もある。


歩き回って、普段使いできる手軽なものを選んだ。


ホテルに戻ると、さっそく洗い浄め、使っていたのだが、最初に手にしたのが、瀬戸の吹墨の、ごくごく小さい小鉢である。

吹墨の本歌は中国の古染付で、初期伊万里にもあるが、明治の瀬戸の吹墨は、コバルトのブルーの発色が軽やかで、およそ骨董という重みがなく、モダンな印象がある。

カフェオレカップを掌サイズにした軟白磁の小ボウルは、フランスのジアン製で、1940年代の品。

こうした小器は、使い勝手がよく、食卓で重宝する。


伊万里の色絵唐子草花文徳利は、取っ手付きのところが面白い。

江戸後期のものだが、伊万里で独酌に使える徳利は、めったにない。

色絵は華やかすぎて独酌には向かないが、御主人に勉強しますよと声をかけられ、話し込んでいるうちに、祭時には、こんな徳利も楽しいかも知れないと思って買うことにした。

ホテルの無機的な部屋だと、こんなふうに花のある徳利が好ましかったりする。


今回、いちばん嬉しかった買い物は、最後のスリップウェアの鉢である。

18世紀終わりか19世紀初頭の英国製で、実に頑健な出で立ち。

スリップウェアは、スリップ(エンゴーベ)と呼ばれる泥漿状の化粧土で装飾した陶器で、紀元前から世界各地で焼かれてきた。

日本では、バーナード・リーチと浜田庄司によるイギリスでの収集に始まって、柳宗悦の民芸運動にも大きな影響を与えたことが知られている。


オーブンにも使えるし、直火にもかけられる頑丈な器なので、日々の暮らしこなかで、どう生かすかが楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 09:50| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月29日

「毎日新聞」詩の月評「詩の遠景・近景」最終回



今日、3月29日の「毎日新聞」夕刊に、5年間続いた月評「詩の遠景・近景」最終回が掲載される。


2年間、月評を担当された松浦寿輝さんの後を受けて、私が連載を始めたのは、2011年4月から。

それは、東日本大震災、原発事故から始まって、世界の安全保証が揺らぐ激動の5年間でもあり、不安の時代の始まりでもあった。


それだけに、詩の変化も目覚ましいものがあり、大きな揺らぎに対峙し続けた5年間でもあったように思う。


今回、取り上げたのは次の4冊。



和合亮一『昨日ヨリ優シクナリタイ』(徳間書店)

和合亮一『生と死を巡って』(イースト・プレス)

久谷雉『影法師』(ミッドナイト・プレス)

八柳梨花『Cliche』(七月堂)



担当を始めとする関係者各位とお付き合い下さった方々に感謝したい。
posted by 城戸朱理 at 07:56| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

先月の「毎日新聞」詩の月評



ブログで告知しなかったが、「毎日新聞」2月23日夕刊に掲載された月評「詩の遠景・近景」は、
危機というキイワードで、鮎川信夫賞の受賞が決まった山内功一郎氏の卓越したモノグラフ『マイケル・パーマー』から語り起こして、次の4冊を取り上げた。


佐峰存『対岸へ』

森本孝徳『零余子回報』

松本秀文『環境』

平田詩織『歌う人』



若い世代の仕事が目立つようになったのは、ここ数年の特徴だが、1990年代からゼロ年代にかけての若い世代の詩が、世界のなかで自己を模索する傾向が目立ったのに対して、
東日本大震災以後は、亀裂だらけの世界に、やはり引き裂かれた自己が対峙する作品が増えているように思う。

マイケル・パーマーが、そうであるように、詩とは危機のクロニクルなのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 07:20| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

糸屋ホテルの朝食、その1

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おなじみの味噌汁を野菜料理として考えた糸屋ホテルの朝食。

今日の味噌汁の具材は、カボチャ、キャベツ、しめじに貝割れだった。

好みで黒七味をかける。


初日の焼魚は、鮭が定番。

出汁巻玉子は、必ず付く。

漬物と小鉢は、日替わりで、席に着いてから、揚げ物をする音が聞こえてきたが、揚げ出し豆腐だった。


温かいものを温かいうちにいただくという基本を守ることができるのは、プチホテルならではだろう。
posted by 城戸朱理 at 07:19| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

春の「ごだん宮ざわ」で、その4

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客ごとに土鍋で炊き上げたばかりの御飯が運ばれてくる。

最初は煮えばなをひと口。

赤だしが出て、次には御飯を。

漬物はおかわりできるが、白味噌で炊いたじゃこが、また美味しい。

この日、私に出してくれた白磁彫り網手文徳利も、加藤静允の作だった。


水菓子は、苺が熊本の肥のしずくで、蜜柑が佐賀の佐用姫。

佐用姫は、愛媛の紅まどんなと並んで、ゼリーのような食感と気品ある香りが素晴らしい蜜柑だ。


桜型の最中のあと、お抹茶をいただいて、食事は終わった。


最後に、わが家では使わないので、青磁の人間国宝、中島宏作の青白磁小鉢五客を宮澤さんに贈ったのだが、気に入っていただけたようで、良かった。
posted by 城戸朱理 at 15:31| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

春の「ごだん宮ざわ」で、その3

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揚げ物は、本もろこと甘草の天ぷら。

琵琶湖産の本もろこは、小さいが鯉の仲間で、鯉科でもっとも美味とされる高級魚である。

ますます酒が進んだが、器は、鉄釉をあしらった古九谷の吸坂手の写しだった。

これは、加藤静允(きよのぶ)氏の作だという。

小児科医で、陶芸家、白洲正子さんの称揚によって広く知られるようになり、個展は内覧会だけで売り切れるという人気作家だけに、宮澤さんは、よく手に入れたものだと感心した。


続いて、赤貝と菜の花の酢味噌和え。

初見の交址焼写しの皿は、楽五代宗入の作で、宮澤さんが去年、入手したものだという。

私の隣席は御夫婦だったのだが、御主人が宮澤さんに「器代が大変だね」と言うと「本望です」と宮澤さん。

宮澤さんにとって、器は料理と一体のものなのだろう。

私は、例によって、ぐい呑みを持参して使っていたのだが、今回は、古唐津でも、もっとも古い岸岳の山瀬窯のの斑唐津盃で、桃山の古作である。

隣の御主人が、私のぐい呑みに興味を持たれ、あれこれお話したのだが、陶芸のみならず文学にも造詣が深い方で、詩人では鮎川信夫がお好きだという。

名刺を交換したのだが、伏見で精神科医をされている方だった。


おしのぎは、炊き上がったばかりの餅米に自家製カラスミを乗せた飯蒸し。

何度いただいても感嘆するが、織部の蓋物が初めて見るものだったので、尋ねたら、瀧川恵美子さんの作だった。

桃山陶を手本に、織部と志野を焼く瀧川さんは、銀座の黒田陶苑でも毎年、個展をされている陶芸家だが、これは3日前に買ったものだという。

宮澤さんが、どれだけ器に入れ込んでいるかが、よく分かるというもの。


最後は、熊肉と九条ネギの小鍋立て。

熊肉は二度目だが、実に味わい深い。
posted by 城戸朱理 at 14:19| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

春の「ごだん宮ざわ」へ、その2

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明末清初の古染付に盛られたお造りは、三重県、安乗産の平目。

下にはウニが隠れており、花山葵、しその花、塩昆布、海苔があしらわれている。

これを混ぜていただくのだが、これでは、日本酒を頼まないわけにはいかない。


焼物は、鱒の木の芽焼きで、器は尾形乾山、色絵若竹図色紙皿である。

木の芽の香りが立ち、皮目はパリッと、身はふうわりと焼き上げられた鱒と乾山の絵皿が、五感で春を感じさせてくれる。


ふきのとうの天ぷらをあしらった名物の焼き胡麻豆腐は、胡麻豆腐自体にもふきのとうが練り込まれていて、胡麻の豊かな風味に、ほのかな苦みが隠れた逸品。


端正な高麗青磁で供された筍は、洛西、塚原で採れる白子筍。

甘みがあって柔らかく、筍の最高級品とされるが、雑味がまったくない、すっきりとした出汁が、また見事だった。
posted by 城戸朱理 at 14:05| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

春の「ごだん宮ざわ」へ、その1

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京都に着いた日の夕食は、ごだん宮ざわを予約しておいた。

今回は、御主人の宮澤政人さんに撮影をお願いしているので、個人的に御挨拶をしておこうと思ったのである。

軸は本阿弥光悦、その前には尾形乾山の高炉が置かれていたが、私の席からは見えない。

残念。

まずは、宮澤さん手ずから食前酒を一献。

酒は、岐阜の義侠である。


華やかな古伊万里色絵蓋物の先付けは、白魚と菜の花の玉締めで、梅肉が添えられ、実に春めいた気分。


お椀は、蛤のしんじょと生きくらげで、吸い地が沁みわたる。
posted by 城戸朱理 at 14:03| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都へ

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24日(木)は、朝から、あわただしかった。

トランクに荷物をパッキングして、東京駅に向かい、3時20分の新幹線で京都へ。

車中で書きかけだった「毎日新聞」の月評を書き上げてメールし、やっと、ひと息つくことが出来た。


京都の常宿、糸屋ホテルにチェックインしたのは、6時前。


外国人観光客があまりに増えたため、京都のホテルは、本当に予約がとりにくくなった。

宿泊費も高騰しており、ハイシーズンだと、あのアパホテルが、一泊、3万円もするのだから、たまらない。

糸屋ホテルは、その点、良心的で、しかもプチホテルだから静かで、くつろげる。


もともと、欧米からの観光客が多かったが、「ミシュラン 京都・大阪2017」にも掲載されたので、さらに、その傾向が強くなっているようだ。


糸屋ホテルは、バスルームとトイレが別で、しかも、バスタブと洗い場が別になっている。

インテリア・デザイナー、森井良幸氏が手がけただけあって、このあたりも配慮が行き届いている。

デスクも広く、吉増剛造さんは、このホテルだと仕事が出来ると喜ばれていた。


部屋には急須も常備されており、ティーバッグの緑茶とほうじ茶は、表千家がよく使う宇治の小山園。

ミネラルウォーターは、毎日2本、補充されるので、買う必要がない。


去年は、糸屋ホテルにひと月ほど泊まったのではないかと思うが、いつも同じ部屋を用意してくれるのも、ありがたい。
posted by 城戸朱理 at 12:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

こけし次第???

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バンビことパンクな彼女が、ヘアサロンに行ったと思ったら、またもや、こけし風の髪型になって帰ってきた。

生きているこけし=生(なま)こけしになって、何かパンクなことをしようとしているのは間違いない。

注意が必要である。


しかも、何やら熱心に雑誌を読んでいると思ったら、その雑誌が――「こけし時代」。

鎌倉は長谷のこけしとマトリューシカの専門店「コケーシカ鎌倉」が出している伝統こけしと温泉の専門誌である。

「にゃふ」


「にゃふふふふ」
???

「コケシッシュ!」

何なんだ、コケシッシュって?

ついに「こけし」が形容詞化してしまったのだろうか?


「城戸さんは、こけし次第なんだよ!」
??????

何なんだ、その「こけし時代」ならぬ「こけし次第」というのは?


「城戸さんが快適に仕事できるかどうかは、すべて、こけし次第なんだなあ!」
!!!!!!

この場合の「こけし」はバンビ自身のことらしい。

「そ。
こけしに美味しいものを食べさせてあげたり、
ヴィヴィアンをたっぷり買ってあげると、こけしは、せっせと家事をするから、城戸さんは仕事がしやすくなるんだなあ!」

――どういう理屈なんだ?


「だから、こけし次第を優先してあげてね!」
・・・・・・


そして、バンビは「にゃふ〜ん!」と鳴くと、パタパタとどこかに行ってしまったのだった――

バンビといっても、相手は、パンクでイカれたmad_bambi、湯田温泉ではなくて油断大敵、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 17:52| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月26日

絵瀬戸の徳利

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江戸時代の瀬戸は、造型が型にはまったものばかりで、野趣に乏しく、独酌には向かないが、珍しくも絵瀬戸の徳利を買った。


瀬戸の鉄絵は、余白が多いのが普通だが、この徳利は器胎全体に鉄絵がほどこされ、しかも絵が暴れまくっているところがいい。

唐草文を簡略化したものだろうか。

たっぷりとした胴も好ましい。


どこかで見たことがあるような気がして調べてみたら、駒場の日本民藝館の収蔵品に同手のものがあった。

柳宗悦の目に止まったものということになるが、民藝館の収蔵品は江戸時代中期、この徳利は時代が下り、江戸時代後期のものである。


さっそく、晩酌に使おうとして盃を選んでいたら、バンビことパンクな彼女が、「この徳利には小さい盃のほうがいいよ」と主張するので、とりあえず初期伊万里染付蘭文盃を合わせてみることにした。

わが国の磁器草創期、江戸時代初めに焼かれた初期伊万里は、窯跡からの発掘品がほとんどで、この盃も直しがあるが、肌はすがすがしい。


「こんなにグルグル描くなんて、変態的な徳利だね!」とバンビ。

そこがいいのだが。

「銘は芳一がいいんじゃないかな」
・・・・・・


小泉八雲『怪談』でおなじみの「耳なし芳一」からの連想である。

たしかに耳もないし(当たり前か)、気持ちは分からないでもない。

だが、もう少しひねって、耳なし芳一の舞台から、「銘 阿弥陀寺」とでもしたいところだが、よくよく考えると「銘 芳一」のほうが似合っているような気がしないでもない。

もっとも、江戸の瀬戸徳利に、わざわざ銘をつける必要はないかと気を取り直したが、桐箱はあつらえることにした。
posted by 城戸朱理 at 16:08| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月25日

打ち合わせと会議

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手書きの勘が戻らない。

私の場合、詩はもちろん、400字詰原稿用紙、10枚以上の批評や随筆は、手書きしているのだが、昨年は旅続きだったものだから、データ入稿ばかりしていた。

久しぶりに、手書きで批評を書こうとしたら、これが、まるで進まない。

毎日、原稿用紙には向かうのだが、数枚書いては破って、また、最初から書き直すことを繰り返す羽目に。

ようやく、勘が戻ってきたと思ったら、もうひとつの問題が浮上してきた。


打ち合わせやら会議やらで外出すると、帰宅して、すぐに原稿に向かうことができないのである。

若いときは、当たり前にできたことが、できなくなっていくのが、老いるということなのだろう。


20日は日曜日なのに、打ち合わせがあって、東京に出かけた。

京都、南禅寺別荘群の流響院を舞台とするドキュメンタリー、「H(アッシュ)」の今年度の番組編成の打ち合わせだったのだが、企画は立てたものの、本数自体が決まっておらず、いまだ足踏み状態。

バンビことパンクな彼女もアシスタント・プロデューサーとして参加。

打ち合わせのあと、さらに井上春生監督と居酒屋で企画を練り直していたら、終電を逃し、ホテルに泊まることになってしまった。


翌日は、バンビの提案で、ISETANのエルメスに行き、友人の出産祝いにベビータオルを手配する。

早めに帰宅したのだが、疲れてデスクに向かう気にはならなかった。


翌日、22日は午後2時から鎌倉文学館で専門委員会。

会場は、旧前田侯爵邸の3階、相模湾を望む館長室で、遠く、大島の影が見える。

山本道子、藤沢周氏、ふたりの芥川賞作家に、今回から高橋源一郎さんも加わった。

富岡幸一郎館長の挨拶のあと、秋林哲也委員の司会で、小田島一弘副館長から事業の報告があり、学芸員の山田雅子さんが補足。

鎌倉文学館は、平成26、27年度と2年続けて、年間の観覧者が11万人を超えたそうだ。

ちなみに次の特別展は生誕130年記念「萩原朔太郎」である。


藤沢さんと顔を合わせるのは、実に久しぶりなので、専門委員会が終わってから飲みに行くことにしたのだが、時間が早いものだから、まだどこも開いていない。

ふたりで小町通りまで歩いて入ったのは、寿司の大繁である。


ここは小林秀雄から田村隆一まで鎌倉文士が通った店だが、詳細は別にアップしよう。

近況から、最近、考えていることまで話は尽きない。


ビールのあと、さんざんぬる燗を飲んだのだが、さらにクルベル・キャンに席を移して、グラスを傾ける。


しこたま飲んで、タクシーで帰宅。

大繁でお土産に寿司折を作ってもらったので、バンビは喜んでいたが、私は飲みすぎで、デスクに向かう気にならなかった。


いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 06:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月24日

鎌倉、小町の「寿司 真」に行ってみた

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バンビことパンクな彼女と鎌倉駅で落ち合って用事を済ませたあと、久しぶりに外食することにした。

新しい店に行ってみようということになって、暖簾をくぐったのが「寿司 真」。


真新しい素木のカウンターが心地よい。


おまかせを頼んでみたら、カレイの昆布締めから始まって、インドマグロの中トロと大トロ、蒸しアワビ、イクラに生ウニと、なかなか充実している。

穴子とネギトロ巻で、コースは終わったが、バンビは、小肌など好みの光物を追加。


私はぬる燗を飲み、お勧めのあん肝をもらったのだが、これが、まったく癖がなく、すっきりした味わいで素晴らしかった。

これで、おまかせ3800円は、安い。


新しい店かと思ったら、小町通りで20年やってきて、移転したのだとか。

御主人と女将さんが二人で切り盛りしているが、よく笑う明るい女将さんを見て、「鎌倉にこんな美人がいるなんて知らなかったよ!」とバンビ。


ビールのあと、ぬる燗を一升ほど飲んだが、それでも会計は居酒屋と大差ないのだから、嬉しい。

駅からも近いし、ふらりと立ち寄ることができそうだ。
posted by 城戸朱理 at 07:20| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月23日

直して使うもの

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少し余裕が出来たので、2月は本を整理してダンボール3箱分を古本屋に送り出し、バッグのメンテナンスをしたり、久しぶりに包丁を研いだりした。

去年は、忙しさのあまり、家のなかのことまで手が回らなかったが、放置しておいたあれこれが、順番に片付いていくのは、気持ちがいい。


ある日のこと。

バンビことパンク彼女と外出し、専門店に頼まなければならない懸案のあれこれを済ますことにした。


まずは、鎌倉駅西口の靴専科に、15年以上履いているGUCCIのビットモカシンのヒールの張替を頼み、さらに小町通りの傘専門店、創業明治6年の老舗、富士洋傘店へ。

富士洋傘はアフターサービスが徹底していて、今どき珍しくも、自店で買った傘ならば、いつでも修理してくれるという店。

しかも、代金は部品代だけ。

私は、富士洋傘で7年前に買ったボルサリーノの傘の骨が折れたので、修理を頼んだのだが、普段、持ち歩いている折りたたみ傘は、構造上、どうしても4、5年しか持たない。

ボルサリーノを修理すると、長傘は、井上春生監督からいただいた宮内庁御用達の前原光榮商店のものもあるから、当分は大丈夫だろう。


さらにバンビが、由比ヶ浜通りの包丁専門店、菊一に鯵切り包丁の修理と研ぎを頼み、一段落。


包丁は、テレコムスタッフのプロデューサーだった清田素嗣(もとつぐ)氏から贈られた天然砥石の中砥と仕上げ砥を使って、自分で研ぐようにしているが、素人の研ぎだと変な癖がつくことがあるので、何年かに一度は、専門店に研いでもらったほうがいい。

鯵のような小魚なら、さばいて、刺身も引けるという鯵切り包丁は、藤沢の林屋製で刃紋が美しい。


こんなふうに、直してでも使い続けるものだけを身の回りに置いておきたいと思うようになったのは、年のせいだろうか。
posted by 城戸朱理 at 08:54| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

Edge15周年を迎えて



オリンパスギャラリー東京でのトークの翌日、月曜日は青山のテレコムスタッフで、試写と打ち合わせがあった。

試写は、「Edge Special 吉増剛造篇」。

かつて、吉増さんのドキュメンタリー映画「島ノ唄」(制作・テレコムスタッフ)を手がけた伊藤憲氏による演出である。

京都・流響院を舞台とする「H(アッシュ)吉増剛造篇」は、春夏秋冬の撮影を終えたが、井上春生監督による「H(アッシュ)」が、古都の深層に触れる詩人の姿を追うものなのに対して、
「Edge Special 吉増剛造篇」は、東日本大震災後に吉増さんが書き続けた「怪物くん」こと「詩の傍らで」に焦点を当てるものになっている。

舞台は、吉増さんの御自宅の書斎と福島県の浪江。

大震災以降、被災地に通い続けた吉増剛造は、なぜ「詩の傍らで」を書き始めたのか。

そして、「詩の傍らで」は、どのように変化しながら生成していったのか。

刺激的なコンテンツが完成した。


「詩の傍らで」の全貌は、6月から開催される竹橋の国立近代美術館での「吉増剛造展」で明らかになるはずだが、みすず書房から刊行される予定もあるそうだ。



アート・ドキュメンタリーEdgeが、始まったのは、2001年。

当初から、私は、企画・監修者として携わってきたが、実は1年、続いたら奇跡だと思っていた。

それが、まさか15年も続くとは、いささか驚きを覚えている。


2001年から翌年まで、10本の詩人篇を制作したが、15周年を迎えて、新たに新世代の詩人篇を予定しており、
すでに、平田潤子ディレクターによる及川俊哉篇、榎本櫻湖篇の2本が完成しているが、現在、平田ディレクターが暁方ミセイさんと打ち合わせに入っている。


また、15周年を記念して上映会イベントを企画しているが、こちらも詳細が決まり次第、お伝えしたい。
posted by 城戸朱理 at 10:03| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

iPhone、行方不明???

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起きてみたら、なぜかiPhoneが見当たらない。

黒いラバーのケースを付けているので、黒いバッグのなかだったりすると、紛れてしまうことがあるとはいえ、枕元に置いていたはずなのだが。


私はiPhoneとガラケーの2台持ちなので、ガラケーからiPhoneに電話をかけてみた。

すると――

リビングのテーブルのうえで、リラックマのぬいぐるみが振動しているではないか!

何なんだ、これは!?


「城戸さんのラバーのケースは古くなったから、バンビくんが新しいのを買ってあげたんだよ!」
!!!!!!

やはり、バンビことパンクな彼女の仕業だったのである!

「それは、リラックマじゃなくて、コリラックマなんだよ!
茶色いのがリラックマ、白い子がコリラックマなんだなあ!」
・・・

「プレミアがついてる貴重なコリラックマなんだよ!」
・・・・・・

白だと汚れが目立つんじゃないか?

「それも考えてあるよ!
コリラックマを優しく手洗いしてあげて、乾くまでは、ヒヨコちゃんを使ってね!」
・・・・・・


見ると、ヒヨコのスマホケースが、私が最近、御飯茶碗に使っていた古唐津の茶碗に入れてあるではないか。

ヒヨコがお碗で入浴しているように見えなくもない――

このヒヨコのキャラクターの名前は「キイロイトリ」と言うらしい。

そのまんまじゃないか!


かくして、私のiPhoneは、白いコリラックマ、ときどきキイロイトリと化してしまったのである。

たしかに、バッグのなかでは見つけやすいが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 08:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月21日

梅の花が散るまでは

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先月のこと。

装幀家の菊池信義さんは、『わがまま骨董』『ひんなり骨董』といった著書があるほど古物好きだが、大和プロムナードで開催される骨董市をよく覗かれるらしい。


それをネットで知った、バンビことパンクな彼女が、「久しぶりに、お散歩がてら、大和の骨董市に行ってみるのはどうかな?」と言い出した。


ちょうど、鎌倉は梅が満開。

梅を見ながら、藤沢に出て、小田急線で、大和へ。


毎週、第3土曜日に開催される大和の骨董市は、日本最大級の規模で、200を超える業者が出店する。

10年ほど前なら、骨董市でも江戸時代のものが散見したが、久しぶりの市は、すっかり様変わりしていて、いちばん目につくのは、昭和もなかば、昭和40年代のものになっていた。

なぜか、不二家のペコちゃんグッズが、やたらと目についた。


バンビのお目当ては、古い葉書や写真。

私は、とくに探しているものはなかったのだが、ふと目についたのが、梅花文の染付盃だった。

伊万里ではなく、瀬戸の産で、山呉須を使った幕末の品。

業者は「絵付けがいいでしょう」と言っていたが、梅の花の季節だけに、なんとなく惹かれて求めることにした。

戦前の小振りな剣先グラスもあったので、一緒に購入することにして、さらに別の露店で形の綺麗なガラスの醤油差しを買ったのだが、これも昭和初期ものだろう。

剣先グラスは、戦前の焼酎用のコップだが、以前より見かけなくなった。


骨董市で酒器が見つかることは滅多にないので、気分がよい。


昼すぎまで、さんざん歩き回っていたのだが、バンビの万歩計によると、なんと1万歩を超えていた。

骨董市は、はからずもウォーキングにもなるようだ。


帰宅して、夜はさっそく瀬戸梅花文染付筒盃で晩酌したのだが、磁器なのに酒に馴染む。

結局、梅が散るまで、北大路魯山人の黄瀬戸徳利を合わせて、この盃を使っていた。
posted by 城戸朱理 at 09:39| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月20日

鎌倉で昼食

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小町通りのあたりを歩いてみると、新しい店が、かなり出来ている。

この2年ほど、鎌倉をゆっくり散策する時間が取れなかったことを改めて思った。


小町通りに入って、最初の十字路を右折し、若宮大路に出る手前の右側に出来たのが、「鎌倉 鯛めし家」、その隣がカウンターのみの小体な寿司屋、「寿司 真」。


鯛飯は、愛媛の郷土料理で、一尾まるごと焼いた鯛を半炊きの御飯に載せて炊き上げるのだが、専門店が鎌倉に出来るとは思わなかった。

ちなみに、南予、宇和島あたりの鯛飯は、鯛の刺身を御飯に載せ、たれをかけたものになる。

平安時代、藤原純友の伊予水軍が起源という説もあるが、もともとは漁師料理だろう。

松山で、どちらも食べたことがあるが、炊き込みの鯛飯が美味いのは当然として、南予の鯛飯も、今では、たんに醤油ではなく、味醂などを加えたタレにゴマや生玉子を加えるなど、手の込んだものになっていて、甲乙つけがたい。


「寿司 真」は、普通ならば1万円以上はする「おまかせ」が、なんと3800円。


2店とも午後の休息時間だったので、いずれ来てみることにして、隣の「天ぷら りゅう」で、遅い昼食を取ることにした。


バンビことパンクな彼女が頼んだのは、海老天ぷら定食、私は天ぷら定食を頼む。


鎌倉で天ぷらといえば、小林秀雄や小津安二郎らが通った「天ぷら ひろみ」か若宮大路の「大石」だが、「天ぷら りゅう」も老舗である。

値段は手頃で、バンビは、ここで宴会が出来ないか、考えている様子だった。


ちなみに、この店、メニューに単品はないが、頼めばやってくれるとのこと。

次回は、穴子の天ぷらでビールを飲み、締めに掻き揚げの天茶を頼んでみたいものだ。
posted by 城戸朱理 at 09:56| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

「空でつながる」@オリンパスギャラリー東京、トークへ

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今年で4回目となる写真展「空でつながる」は、東日本大震災復興支援のために企画された展覧会。

X-JAPANやGLAYなど、数多くのミュージシャンの写真を手がけてきた菅野秀夫氏の企画によるもので、
菅野秀夫と言えば、X-JAPANのHIDEの写真集が思い浮かぶが、ブルース・スプリングスティーンのジャケ写も手がけている、わが国の音楽写真の第一人者である。

菅野さんは、福島出身。

東日本大震災後の故郷の惨状に居ても立ってもいられず、何か出来ることはないか考えられていたときに、地元の美術館からの依頼で始めたのが「空でつながる」展だったそうだ。

これは、プロ、アマ問わず、空の写真を寄せてもらって、大震災の記憶が風化しないように訴えていくことを主眼としている。


「空でつながる」の参加者は、全員がボランティアなのだが、菅野さんを慕うミュージシャンも参加、今回もTERU(GLAY)、坂崎幸之助(THE ALFEE)、浅倉大介、森友嵐士、大黒摩季といった諸氏に
写真家として、ハービー山口、山岸伸氏ら、さらにバンビことパンクな彼女も出展した。

悩んだあげく、バンビが出品したのは、ニューヨーク、マンハッタンの朝焼けの写真である。


初日のオープニングでは、ビジュアル系バンド、defspairalのTAKA&MASATOが、なんと素顔でライヴを。

GLAYのTERUさんも来場したという。


吉増剛造さんは、本当ならば翌日のトークにいらっしゃる予定だったのだが、ダブルブッキングに気づき、2日目に来てくれた。


吉増さんは、「みんな自由でいいなあ。
水に石を投げたとき、出来る波紋のように、空に波紋が広がっていくんだなあ」と感想を語られ、菅野さんは深い感銘を受けられたそうだ。

さらに「みんなの心の向きや角度が伝わってきたなあ」と吉増さん。

バンビの作品には、「こんな象形文字みたいな雲、見たことないなあ」とおっしゃっていたそうだが、たしかにニューヨークで見た雲は、日本とは、まったく違うものだった。


3日目となる13日には、菅野さんと和合亮一氏と私によるトークが。

和合さんは、自分の写真が展覧会に展示されるという初の経験に興奮気味。

1月から休みがないというハードなスケジュールのなか、自費での参加に感謝する。


和合亮一氏は、新詩集『昨日ヨリ優シクナリタイ』(徳間書店)、『生と死を巡って』、(イーストプレス)が、刊行されたばかり。

『詩の礫』三部作から始まって、大震災後に刊行された著書は、対談集などの共著も含めると、すでに20冊になるという。


トークは、私の司会で、岩手県大槌町の死者と会話するための「風の電話」や東北学院大学の金菱清教授のゼミナールによる『霊性の震災学』などをめぐって、5年目の被災地の現状について語り合ったのだが、ときおり、サングラスの影で涙ぐむ菅野さんが、大震災の衝撃と、いまだ癒えぬ傷を思わせて、印象深かった。

被災地では、大震災で亡くなられた方々の幽霊の目撃談が相次いでいる。

『霊性の震災学』は、そうした目撃談のフィールドワークを含んでいるのだが、その意味するところを明らかにしていくためには、より深い考察が必要だろう。

来年は、南相馬に転居した柳美里さんにトークに来てもらえたら、充実したものになるのではないかと、ふと考えたりした。


会場には、詩人の田野倉康一、渡辺めぐみさんやローライ同盟の石田瑞穂、カニエ・ナハ氏、
島岡輝フェリス大教授、遠藤朋之和光大准教授、井上春生監督にヴァイオリニスト・作曲家のツルノリヒロさん、パートナーでチェリストのAYAKOさん、作曲家の安江優子さん、さらにツイ友の斎藤千尋さんと、友人も集ってくれたのが有難い。

実際、年を重ねるにちれて、こうした機会でもないと、友人に会うのも難しくなったことを痛感する。


恒例の集合写真は、バンビが脚立に登って撮影。


近所の居酒屋での打ち上げには、「ベーアン」ことドラマーの阿部薫氏も飛び入りで参加。

山下達郎やTMN、TRF、及川光博や宇多田ヒカルのドラマを叩いた、あのベーアンである。


トーク前には一水会の木村三浩代表も見えらられたが、電話が入り、急遽、新宿駅前での街宣に向かわれたが、見たかったな。


翌日には、歌人の東直子さん、写真家の今道子さんも来場して下さったそうだが、最終日の16日は、北鎌倉は侘助の菅村睦郎・さやか夫妻に、澁澤龍子さん、さらにオイリュトミスト・ダンサーの鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏が来てくれたものだから、バンビが喜んでいた。

さらに、バンビは、セックス・ピストルズの写真を撮った、あのデニス・モリスからお祝いのメールをもらって、大興奮。


「空でつながる」は、大阪のオリンパスギャラリーに巡回するが、ひとりでも多くの人に観てもらいたいと思う。




(撮影=石田瑞穂、mad_bambi)
posted by 城戸朱理 at 13:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする