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城戸朱理のブログ

2016年03月21日

梅の花が散るまでは

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先月のこと。

装幀家の菊池信義さんは、『わがまま骨董』『ひんなり骨董』といった著書があるほど古物好きだが、大和プロムナードで開催される骨董市をよく覗かれるらしい。


それをネットで知った、バンビことパンクな彼女が、「久しぶりに、お散歩がてら、大和の骨董市に行ってみるのはどうかな?」と言い出した。


ちょうど、鎌倉は梅が満開。

梅を見ながら、藤沢に出て、小田急線で、大和へ。


毎週、第3土曜日に開催される大和の骨董市は、日本最大級の規模で、200を超える業者が出店する。

10年ほど前なら、骨董市でも江戸時代のものが散見したが、久しぶりの市は、すっかり様変わりしていて、いちばん目につくのは、昭和もなかば、昭和40年代のものになっていた。

なぜか、不二家のペコちゃんグッズが、やたらと目についた。


バンビのお目当ては、古い葉書や写真。

私は、とくに探しているものはなかったのだが、ふと目についたのが、梅花文の染付盃だった。

伊万里ではなく、瀬戸の産で、山呉須を使った幕末の品。

業者は「絵付けがいいでしょう」と言っていたが、梅の花の季節だけに、なんとなく惹かれて求めることにした。

戦前の小振りな剣先グラスもあったので、一緒に購入することにして、さらに別の露店で形の綺麗なガラスの醤油差しを買ったのだが、これも昭和初期ものだろう。

剣先グラスは、戦前の焼酎用のコップだが、以前より見かけなくなった。


骨董市で酒器が見つかることは滅多にないので、気分がよい。


昼すぎまで、さんざん歩き回っていたのだが、バンビの万歩計によると、なんと1万歩を超えていた。

骨董市は、はからずもウォーキングにもなるようだ。


帰宅して、夜はさっそく瀬戸梅花文染付筒盃で晩酌したのだが、磁器なのに酒に馴染む。

結局、梅が散るまで、北大路魯山人の黄瀬戸徳利を合わせて、この盃を使っていた。
posted by 城戸朱理 at 09:39| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする