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城戸朱理のブログ

2016年04月29日

豆腐、ときどき魚介類

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外食が多い生活なので、家にいるときの夕食は、豆腐ばかり。

春キャベツが美味しい季節なので、豆腐のほかはキャベツと青菜など。

ジャガイモを煮崩して、グレイターでざくざくおろしたキャベツをさっと煮るパリ郊外、イル・ド・フランスの家庭料理のスープも、春キャベツで作るとひときわ美味しい。

調味は、塩と黒胡椒だけ。

ちなみに、このスープをブレンダーにかけ、生クリームを加えて冷やすとビシソワーズになる。


豆腐と野菜以外では、蟹やお造りなど、魚介類が食卓に上がることもある。


しかも、藤沢周氏から新潟は加島屋のイクラなど珍味の詰め合わせ、柳美里さんから女川の蒲鉾をいただいたので、晩酌には困らない。


日曜日のこと。

買い物に行ったバンビことパンクな彼女が、得意気に帰ってきた。


「殻ウニがあったよ!」

見事なバフンウニである。

「これは、どうやって開けるのかなあと思っていたら、
やっぱり殻ウニを見ている人がいて、逗子の寿司いなせの御主人だったの」

なんという偶然だろうか。

「城戸先生は元気って聞かれたよ!」

いなせには、フェリスの卒業生を連れていったことがある。

彼女たちが私のことを先生と呼んでいたので、私は「先生」になってしまったらしい。

「それで、殻ウニの開け方を教えてもらったんだよ!」


いなせは、大間のまぐろがいつもあるので、ときどき立ち寄るが、醤油ではなく塩で寿司を食べさせる店である。


かくして、バンビはキッチンバサミで殻を切ると、塩水を用意して、殻ウニと格闘し始めた。

4個をさばくのに、かかったのは30分ほど。


「こんなに手間がかかるんじゃあ、ウニが高いのも仕方がないね!」


だが、手間をかけただけあって、ウニは癖がなく、甘く、口のなかで溶けるようだった。

しかも、一個ずつ味が違うのが面白い。

私は、これで十分、満足だが、バンビは、やはり魚だけでは物足りないらしい。

ときどき、カルビを焼いて、ひとり焼肉をしている。
posted by 城戸朱理 at 21:14| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月28日

「星座」にローライ同盟の記事掲載

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尾崎左永子さんが主筆をされている歌誌「星座」のリレー連載「ことばのヨ・シ・ミ」に、われらがローライ同盟が紹介されている。


ローライ同盟は、吉増剛造さんが若いときから憧れていたドイツの二眼レフカメラ、ローライフレックスで写真を撮ろうという集団だから、「ことばのヨ・シ・ミ」ではなく、正しくは「カメラのヨ・シ・ミ」なのだが。


ローライ同盟結成までの経緯を執筆したのは、同盟幹事の小野田桂子。

写真を撮るといいながら、集まっては飲んでいるだけという気がしないでもな、それはそれでいいのである(?)。

ちなみに結成までの流れは、次のようになる。



2015年4月1日/京都祗園・梨吉にてローライ同盟発会(吉増・城戸・小野田・井上春生)
吉増さんと小野田が提唱、城戸が巻き込まれる。

2015年10月11日/鎌倉・つるやにてローライ同盟設立幹部会(吉増・井上・城戸・小野田)
吉増名誉会長、城戸会長、小野田幹事長、井上顧問を決定。幹事長以外、内実はほとんどない? 
小野田幹事長を編集長とする機関紙「ローライ同盟新聞」刊行を決める。

2015年11月29日/京都・ごだん宮ざわにて幹部会(吉増・城戸・小野田・井上)
活動内容打ち合わせのつもりが、発足目前だけに、祝杯を上げて終わった。

2015年12月6日/鎌倉・神奈川県立近代美術館にて、第一回撮影会。
その後、ビストロ・オランジェで発足パーティー。ゲストに文芸評論家・富岡幸一郎、写真家・今道子氏。
なぜか、話題はカメラではなく三島由紀夫と川端康成。楽しい飲み会だった(?)。


現在は、機関紙「ローライ同盟新聞」第1号を制作中で、第2回目の撮影会も予定している。

これからも飲んでばかりなのか、それとも写真展までたどりつくことが出来るのか、展開が楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 14:55| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月27日

アルカサールのハンバーグ

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市ヶ谷から神保町に移動して、古書店を回る前に昼食を取ることにした。

バンビことパンクな彼女のリクエストで、すずらん通りのアルカサールへ。


和牛100%のハンバーグはレアの焼き加減。

ウェイターが切り分けたあと、ソースをかけてくれるのだが、これが鉄板で沸騰して飛び散るので、収まるまでナプキンを持っていなければならない。

このパフォーマンスが楽しい。

スープにサラダ、コーヒーがついたセットにしたのだが、バンビは大喜びで、私が残した分まで食べていた。
posted by 城戸朱理 at 14:41| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

第7回鮎川信夫賞贈呈式へ

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先週、22日(金曜日)は、第7回鮎川信夫賞贈呈式が、私学会館アルカディア市ヶ谷であった。

フェリス女学院大学での講義を終えて、そのまま東京に向かう。

市ヶ谷のアルカディアにチェックインしてから、隣の勘寿司で遅い昼食を取った。


贈呈式は、6時半から。

詩集は蜂飼耳さんの『顔を洗う水』、詩論は山内功一郎さんの『マイケル・パーマー』が受賞。

受付で藤井一乃「現代詩手帖」編集長に、「城戸さんが、こういう席にいらっしゃるのは珍しいですね」と言われたが、蜂飼さんとは「詩とファンタジー」の選考で御一緒しているし、山内功一郎静岡大教授は20年来の友人である。

出席しないわけにはいかない。

会場には、山内先生の恩師、原成吉獨協大教授や新倉俊一明治学院大名誉教授の姿も。

向山守先生も静岡から参加。


贈呈式は、思潮社の小田久郎会長の挨拶で始まった。

選考委員の北川透さんが蜂飼さんの詩集を、吉増剛造さんが山内さんの評論集について語り、続けて受賞者のスピーチ。

気づくと、バンビことパンクな彼女も到着して、写真を撮りまくっている。


詩人だと、渡辺武信さん、荒川洋治さん、野村喜和夫さん、朝吹亮二さん、石田瑞穂さんから暁方ミセイさん、文月悠光さんといった方々が。

故郷、熊本が被災した広瀬大志くんは、さすがに動揺を隠せない様子だった。

もっと、ゆっくり話せるとよかったのだが。

アルカディア市ヶ谷の別の会場に席が用意されていた二次会には、田野倉康一くんも駆けつけた。


終了後、山内先生、バンビとともに近くの居酒屋で、さらに祝杯をあげる。


翌日は、チェックアウトして、山内先生を見送ってから、神田古書店街に寄った。
posted by 城戸朱理 at 15:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月25日

鰻の茅木屋で

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14日に熊本で震度7の前震が起こってから、被災地の様子を注視しているうちに、東日本大震災の記憶が甦り、食欲がまったく失せてしまった。

朝食はふだんから取らないが、昼食も食べずに、夜になってから、ようやく、わずかに何かを口にするだけの日が続く。


気を取り直して、日中に食事をしたのは、20日のことだった。


桜の植え替えと改修が終わった段葛を初めて歩いたのだが、桜がまだ若木なので、落ち着かない。

段葛は、源頼朝が妻、北条政子の安産を祈願して作った鶴岡八幡宮の参道であり、盛り土された道の下には、鎌倉時代の遺構があるのだが、それにしては、何やら重みのない段葛になってしまった。


遅い昼食を取るために入ったのは、若宮大路の茅木屋である。

入口には、「当店は鰻屋です。しらす丼はありません」という張り紙が。

鎌倉といえば、生しらすが名産ということになっているが、鎌倉の住民は、しらす丼を食べることはない。

生しらすは、飲み屋の突き出しで出るくらいだろう。


茅木屋は、小津安二郎監督が通った店で、歌人の尾崎左永子先生は、二階で段葛を見下ろしながら、毎年、花見の宴をされているそうだ。


突き出しは、山菜とこんにゃくの煮物が定番。

バンビことパンクな彼女のリクエストで板わさ、それに肝煮と白焼きを頼んで、ビール。

鰻重と肝吸いが出たところで、日本酒にかえる。


御飯は半分ほど残してしまったが、疲れた身体の滋養になってくれたのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 09:08| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月24日

クルベル・キャンでジャパニーズ・ウィスキーを

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クルベル・キャンのカウンターに座ると、しみじみと鎌倉にいるのだなあと思ったりする。

私にとっては、それだけ落ち着ける店ということになるのだろう。

バンビことパンクな彼女は、メニューをじっくり読んで、カルパッチョを、ヒラメか黒鯛かと悩んでいたら、半分ずつの盛り合わせにしてくれた。

白アスパラの石窯グリルに、イチゴとパルミジャーノのリゾットを頼み、ジントニックから始めて、シングルモルトへ。

馬場さんが勧めてくれたのは、イチローズ・モルトのミズナラ・ウッド・リザーブ。

秩父のベンチャーウィスキーが仕込むイチローズ・モルトは、今や、世界的な人気で、入手がきわめて難しい。

樽出しで加水しないカスクトレングスのカードシリーズのジョーカー・モノクロームは、4万ほどで売り出されたが、今や、プレミアが付き、120万を超える高値で取引されている。

私はカードシリーズのジョーカー・カラーはクルベル・キャンで飲んだが、モノクロームは、どれくらい違うのだろう?


ジャパニーズ・ウィスキーの声値を決定したのは、2013年にイギリスで世界一に選ばれたサントリー山崎シェリーカスクだが、その2016年を秋山さんに勧められ、こちらも試してみた。

1500本限定で、すでに20万を超えるプレミアが付いているが、それも当然と思わせる素晴らしさで、バンビは陶然としている。

「これからは、シャンパンとかシングルモルトとか、いいお酒をちょっとだけ飲むようにするんだよ!」と、不穏な発言をしていたのが面白かった。
posted by 城戸朱理 at 08:33| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

余震が続くなかで



先週、17日(日曜日)は、鶴川の元白洲次郎・正子邸、武相荘で骨董市があった。

武蔵国と相模国の境にあるので武相荘(ぶあいそう)。

この白洲次郎のセンスには、やはり唸らざるをえない。

自在屋・勝見充男さんも出店するというので、友人と行くつもりだったのだが、熊本で余震が続くなかでは、そんな気分にならず、結局、中止した


翌日、バンビことパンクな彼女は、あれこれ調べたあげく、アルファー米を熊本に送れたとのこと。

私は、赤い羽根の中央共同募金会を通じて支援金を送ったのだが、さらに義援金を熊本県に送ろうと思っている。


19日(火曜日)は税務署から連絡があって人生初の税務調査がわが家に。

20代から白色申告をしているが、税務調査は、毎年、白色申告の約7%に入るらしい。

つまり、十数年に一度はあってもおかしくないわけで、井上春生監督は、独立してから、これまで2回、税務調査があったそうだ。


税務署の謹厳実直な能吏が現れるものと思っていたら、現れたのは、能吏ではあるが、イケメンの好青年。

初めてだけに緊張したが、文筆業という仕事の詳細を説明したり、私がまるで不案内な税務について、あれこれアドバイスしてもらう。

税務調査は、午前10時から、途中、1時間の昼休みをはさんで、午後2時半までかかったので、さすがに疲れはしたが、意外にも楽しかった。


バンビは、吉増剛造夫人のマリリアさんのステージ衣装の打ち合わせに立ち会うべく下北沢へ。


水曜日は、午前9時半から、精神科・神経科・診療内科のたまいこころクリニックで、この7年ほどお世話になっている玉井洋一先生の診療を受けた。

昨年の12月以来だが、やはり、自分が抱える問題がはっきりしてくるのがありがたい。


喫茶店で中央公論に渡す原稿を書き上げ、バンビと落ち合って、久しぶりの鎌倉散策。

午後は、ラポールでマッサージをしてもらって、夜は、これまた久しぶりにクルベル・キャンに。

新刊を出したばかりのノンフィクション作家、森川方達さんから、かつての鎌倉文士のことを聞きながら、グラスを傾けた。
posted by 城戸朱理 at 08:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

支援物資が送れない――



熊本地震のあと、鹿児島在住の詩人、高岡修さんや平川綾真智さんの安否が気になっていたのだが、電話で高岡さんと、ツイッターで平川さんと連絡を取ることが出来た。

平川さんは、出張先の佐賀県鳥栖で大震災に遭遇したが、熊本から離れた佐賀県でも、激しい縦揺れでベッドから跳ね上げられ、死を覚悟するほどだったという。

佐賀県でさえ、それだけ激しい揺れだったということは、熊本の揺れは、想像を絶するものだったのだろう。

平川さんも、余震が続いて、眠ることが出来ないとDMをくれたが、今は、余震が収まるのを祈るばかりだ。


水や食料が不足していると聞いたので、翌日、熊本県庁の地域生活科に電話して不足している物資を確認、バンビことパンクな彼女と相談して、ミネラルウォーターを手配することにした。

個人が、あれこれ箱詰めして送ったら、現地で仕分けするのが大変だろうから、水にしたのだが、Amazonで手配したところ、現在は配送は出来ないとのこと。

ひとまず、支援金を送るしかないと思って調べたら、熊本県庁が募集しているのは、義援金だった。

これでは、今、困っている被災者の方々に、すぐには届かないので、結局、中央共同募金会を通じて支援金を送ることにした。


私に出来ることは、それくらいしかないのが、もどかしい。

来週までには、義援金を工面しようと思っている。


被災された方々には、頑張って生き抜いて下さいとしか言えないが、一刻も早い復旧をお祈りしています。
posted by 城戸朱理 at 15:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月18日

義援金と支援金



熊本地震で、居ても立ってもいられない気持ちの人は多いだろうが、遠隔地にいると、出来ることは寄付しかない。

義援金を送ろうと思っている人が少なくないと思うが、注意してもらいたいことがある。

被災地では、物流が断たれ、スーパーやコンビニから商品がなくなって、食料や水、衣類や毛布にトイレットペーパー、紙オムツ、生理用品などの生活必需品が決定的に不足している。

支援団体が、こうした物資を被災地に届けるために使われるお金が支援金であり、それに対して、義援金は、最終的に集まったお金を、被災者の生活再建のために分配するものなので、使われ方がまったく違う。


被災された方々が、今まさに必要としているのは、食料や水を始めとする生活必需品なので、早急に必要なのは支援金、長い目で見たときに欠かせないのが義援金ということになる。

もちろん、どちらも大切なのは言うまでもないが、使われ方が違うのに気をつけてもらいたい。


支援金は、ソフトバンクやYahoo!が募集しており、携帯からでも申し込める。

私は今日のうちに、とりあえず、支援金と支援物資を手配しようと思っている。
posted by 城戸朱理 at 07:30| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地震国、日本



詳細が分かるにつれて、熊本地震の被害の大きさに、言葉を失う日々が続いている。

4月14日の前震が、M6.5、震度7。
4月16日の本震がM7.3、震度6。

その後も震度5〜6強の余震が続いているのだから、熊本の被災された方々、そして九州にお住まいの方々は、気持ちが休まるときがないだろう。

余震が収まり、医療や支援物資が早く届くことを祈るのみである。


思えば、1995年の阪神淡路大震災(M7.3、震度7)以来、日本列島は揺れ続けている。

2004年の新潟県中越地震(M6.8、震度6強)、
2008年の岩手・宮城内陸地震(M6.8、震度6強)。


そして、2011年には、東日本大震災が発生した。

観測史上最大、M9.0、震度7。

それまでの地震が、活断層の横ズレが原因だったのに対して、東日本大震災は、プレート境界で発生する海溝型地震であり、巨大津波が押し寄せ、福島第一原発の過酷事故も伴ったため、世界銀行によると、自然災害による経済損失では史上1位と発表された。


思い返すなら、阪神淡路大震災が起こったとき、私は野村喜和夫氏と「現代詩手帖」の戦後50年記念企画だった「討議 戦後詩」を連載している最中で、
本当ならば討議の準備をしなければならないのに、大震災発生からしばらくは、テレビに釘付けになってしまった。

大震災と言えば、東京の危険ばかりが報道されていただけに、神戸が大震災で甚大な被害を被ったことは予想もしなかったし、それだけに衝撃も大きかった。

友人の日本画家、故・瓜南直子は、阪神淡路大震災の惨状をテレビを見続けるうちに、このままでは鬱病になると思って、ケーブルを引き抜き、それ以来、テレビを見なくなったと語っていたのを思い出す。

たしかに、テレビで被災地の映像を見続けるだけで、鬱状態になりかねないほどの衝撃だった。


東日本大震災が発生したときは、街ひとつが津波にさらわれ炎上する陸前高田の映像を見て、神戸のように炎上する都市をまた見ることがあるとは思っていなかっただけに、呆然とした。


さらに、阪神淡路大震災と東日本大震災が発生したときでは、大きな状況の変化があった。

それは、スマートフォンとSNSの普及である。

阪神淡路大震災のときは、情報をテレビと新聞の報道に頼るしかなかったが、それから16年後の東日本大震災は、スマホで撮影した写真や動画が拡散され、ツイッターで現地の状況が投稿されるなど、被災地の状況が、より細かに拡散されたため、生々しいものがあった。

とりあえず、盛岡の両親の無事を確認できるまで、震えが収まらなかったが、岩手のみならず、福島や宮城で暮らしていた親戚も被災し、避難生活を送ることになったので、余震に怯えながら、何にも手がつけられない日々続いたのは、いまだ記憶に新しい。


それから、5年。

復興庁の発表によると、今年の2月の段階で、東日本大震災の避難者は、いまだに17万4471人を数えるという。


そして、東日本大震災の爪痕が癒えないなか、熊本地震が発生してしまった。

しかも熊本は、政府の地震調査会が、北海道や山陰と並んで、もっとも大地震発生の確率が低いと予想していたエリアであり、阪神淡路大震災と同じような衝撃があった。


熊本県には布田川断層と日奈川断層、ふたつの活断層があるが、立命館大学の高橋学教授は、熊本地震が、新潟県中越地震や岩手宮城内陸地震と同じ内陸直下型の地震であり、
長野、新潟、愛知、和歌山、四国を貫き九州に至る断層の集中帯のうえにある阿蘇山のふもとを走る布田川断層が震源と考えられることから、今後、各地で直下型地震が発生する危険があることを警告している。

さらに、それが海溝型の南海トラフ地震を誘発する危険もあるというのだから、日本で暮らすかぎり、地震災害には終わりがないということを、改めて痛感せざるをえない。


東日本大震災は1000年に一度と言われた。

しかし、熊本の活断層が動くのは、7000年周期だというから、今、日本列島は7千年から1万年ぶりの地殻変動期に入ったのかも知れない。


これからも、日本のどこかで地震は起こる。

必ず、起こる。

それだけは確かだ。
posted by 城戸朱理 at 07:28| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月17日

地震――



14日の熊本地震の被害に呆然としていたら、16日未明には、さらに巨大な地震が。

震源が東進していることから、日本は地殻の活動期に入ったのではないかと専門家が指摘していたが、なんと恐ろしいことだろうか。

世界のわずか400分の1の面積しかない日本列島に、地球の地殻エネルギーの約10%が集中している。

しかも、東日本大震災以降、それが20%まで高まったという記事を読んだときには愕然としたが、識者が東南海地震の危険を指摘するなかで、まさか熊本が地震に襲われるとは思ってもみなかった。

被災された方々の御無事をお祈りするとともに、一刻も早く救助の手と支援物資が届くことを祈るばかりだ。


私自身は体調も不調なら、気分も晴れない。

15日(金)は、フェリス女学院大学で、2コマの前期の授業が始まった。

履修制限をかけてもらっている授業は、受講生が、制限枠いっぱいの30人。

もう1コマは、履修が90人と大教室で、大いにとまどう。

お昼休みは、島村輝教授と、研究室で久しぶりに語り合った。

お互い、鬱病で苦しんだ経験があるだけに、相手の状態を理解しあえるのが、本当にありがたい。

3限の授業を終えて帰宅したら、バンビことパンクな彼女が、私の疲れ果てた様子を見て驚く始末。

本阿弥書店の「俳壇」から詩の依頼があったので、受諾の返事を書き、この日は深夜まで、バンビと今後のことを話し合った。




翌朝も調子が悪かったが、無理矢理、出かける。

土曜日は、女子美術大学大学院での講義である。

今年の受講生は、5人で、やはり、これくらいの人数だと、授業もうまく進む。


帰宅して、熊本地震のニュースを注視。
最大震度7、さらに震度5や6といった巨大地震が続くのだから、未曾有の震災と言うしかない。

東日本大震災から、わずか5年で、こんな惨状を見ることになるとは。


宗教学者の山折哲雄先生は、日本語の「死生観」という言葉を、英訳不可能、「死」が先にくるところに、日本人の生と死のとらえ方があると語られていたが、心が重い。
posted by 城戸朱理 at 09:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月16日

ローストビーフを焼いて

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澁澤龍彦邸での花見の宴のために、私が作ったのは5品。

スライスしたタマネギと串切りにしたジャガイモを炒め、アンチョビとクリームで煮た一品は、スウェーデンの名高いグラタン料理「ヤンソンの誘惑」をアレンジしたもの。

オリーブオイルでアンチョビとニンニクを炒め、ホタルイカと空豆と絡めながら炒める一品は、年長の友人、元マガジンハウスの加藤恭一さん宅のホームパーティーで教わった。

加藤さんは澁澤龍彦さんと親交があり、ふたりのお子さんの名付け親は、澁澤先生である。


ローストビーフは、紀伊国屋で買った和牛700gを背脂でくるみ、塩・胡椒せずに素焼きした。

焼き時間は、200℃のオーブンで25分。

ローストビーフには、赤ワインを煮詰めたソースとワサビ醤油を添えた。


パスタは2種類。

タマネギ、ニンニク、トマトをすべて角切りにして、オリーブオイル、オレガノとフレッシュ・バジルを加え、塩・胡椒して、冷蔵庫で冷やしたサルサを茹で立てのスパゲッティにかける生のトマトのスパゲッティとカルボナーラである。

生のトマトのスパゲッティは、ナポリ地方で夏場に作られる家庭料理で、大さじ3杯ほどを入れるオレガノの風味が暑気払いにいい。


久しぶりで、料理らしい料理をしたので疲れたが、料理をするのは嫌いではない。

龍子さんにお礼の電話をしたら、「また、やりましょう!」と龍子さん。


澁澤龍彦邸でのパーティーは、今や定例化しつつあるようだ。
posted by 城戸朱理 at 09:06| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月15日

新保智子さんのプティ・シュー

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新保智子さんは、バンビことパンクな彼女の憧れの女性だが、花見の宴のためにプティ・シューに初挑戦。

プティ・シューは小さなシュー生地を焼いたものだが、智子さんはチーズを練り込んだものと、シュー生地だけのもの2種類を作ってくれた。


シュー生地だけのものは、フォアグラとイチジクのジャムを塗る。


さっそく、バンビことパンクな彼女は、オリンパスOM-Dで記念撮影。


どちらも赤ワインに合うし、フォアグラのプティ・シューなど絶品だった。


澁澤龍彦先生の書斎に隣接した居間は、四谷シモン作の天使像が見下ろし、ドクロや貝殻が飾られたサイドボードを前にしてのパーティーだから、贅沢このうえない。
posted by 城戸朱理 at 07:40| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

澁澤龍子さんの手料理

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澁澤龍彦邸では、書斎も書庫も自由に見せていただけるので、山内功一郎、スティーブ・コルベイユ両氏は、しばし迷宮のような書斎と書庫を見て歩き、記念撮影をしていた。

澁澤邸では居間や書斎はもちろん、キッチンやバスルームの入口の壁まで絵画やオブジェが飾られているので、博物館のようである。


しかも龍子さんは料理がお上手なので、澁澤邸でのパーティーは、龍子さんの手料理も楽しみだ。

澁澤邸の裏山で採れた筍は、アクもなく実に美味しかったが、なんとスティーブ・コルベイユさんが大の筍好き。

一週間、筍が続いてもいいと言うのだから、トミー・リー・ジョーンズが好きな和食を聞かれて、「鮎の塩焼」と答えたときと同じくらい驚いた。


澁澤龍彦先生も筍がお好きで、よく掘りに行ったという。

澁澤先生は、つくしを摘むのもお好きで、いつも、どうしてそんなにというほど摘んでいたと龍子さんが笑われていた。

つくしの炒め物は梅肉が効いており、酒にうってつけだ。


タコのマリネ(写真なし)は、コリアンダーが実によく合う。

龍子さんは、ほかにも切ると出汁がしみだす人形町の鳥忠の玉子焼きや銀座のフレンチ・レストランが作った牛の生ハムなど珍しいものを出してくれた。
posted by 城戸朱理 at 07:38| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月14日

鎌倉の週末

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京都から戻ってしばらくは、裏山の山桜が見事だった。

そして、桜が散ったと思ったら、今度は冬に戻ったかのような寒さ。

東北では、桜が満開なのに、雪まで降ったのだとか。


8日(金曜日)は、「岩手日報」投稿欄の選評2回分を書き上げてメールし、入選作を宅急便で送り出す。

バンビことパンクな彼女は、山岸伸さんの写真展のオープニングにパタパタと出かけてしまった。


翌日、9日は、澁澤龍彦邸で花見の宴である。

午前中は、バンビをアシスタントに、ローストビーフを焼くかたわらで、ジャガイモのアンチョビ・クリーム煮やホタルイカと空豆のオリーブオイル炒めを仕込む。

赤ワインを煮詰めてローストビーフのソースを作り、ナポリの家庭料理、生のトマトのスパゲッティのサルサを作って、準備は終了。


4時に北鎌倉の侘助で、山内功一郎静岡大教授と待ち合わせ、今春から聖心女子大に移ったスティーブ・コルベイユ准教授を待って、澁澤龍彦邸へ。


コルベイユさんは、カナダのフランス語圏、ケベック州モントリオールの出身で、フランス語、英語、日本語が同レベルであやつれるうえに、ラテン語、ドイツ語、スペイン語も読めるそうだ。

専門は日本の戦後文学で、澁澤龍彦についての論文も発表しているほど。

一方、山内さんは高校時代から、澁澤龍彦を愛読していたというので、今回のホームパーティーに誘ったのだ。


澁澤邸に着くと、龍子さんと柴犬のもみじが激しく尻尾を振って出迎えてくれた。


山内、コルベイユ両氏は、澁澤龍彦先生の書斎や書庫を熱心に眺め、さまざまな澁澤コレクションを鑑賞。

私とバンビは、龍子さんと一緒にキッチンで盛り付けをする。

龍子さんの手料理は、別にアップしよう。


文芸評論家で都留文化大学副学長の新保裕司さん、智子さん夫妻の到着を待って、龍子さんが用意してくれたモエ・エ・シャンドンで乾杯する。

智子さんはミキモトのデザイナーで、毎年、バーゼルの見本市に行かれているが、かの地で求めたというフォアグラと焼き立てのプティシューを持ってきてくれた。

新保さんが持ってきてくれたイタリア・ワイン、アマローネも素晴らしかった。

2年前、新保さんはサバチカルで智子さんとベネツィアに半年、滞在していたが、そのとき知ったワインだという。

産地はイタリアのヴェネト州ヴェローナ近郊で、エロチックなまでに芳醇さが張り詰めたようなフルボディの赤である。

私は、ジュヴレイ・シャンベルタンを持参。

いいメンバーだったので、話が弾み、8時くらいかと思ったら、なんと11時を回っていた。


この日、山内、コルベイユ両氏はホテル・ニューカマクラ泊まり。


翌日は、いささか二日酔い。

午後になってから「週刊 現代」から依頼された高嶋哲夫『浮遊』の書評を執筆した。

夕方、「詩と思想」編集委員の小川英晴さんから電話があり、「詩と思想」座談会の打診。

終了後の飲み会も楽しみなので、喜んでお引き受けすることに。


今週から、大学の授業も始まる。

旅続きだった去年に比べるならば、日常が帰ってきたような気分になった。
posted by 城戸朱理 at 10:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月13日

鮨處 もり山で、その4

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この日は大トロが切れていたので、中トロを焙ってもらう。

これは、塩とレモンで。

井上春生監督は陶然としている。


ウニとイクラを握ってもらって、私は飲むのに専念。

この日は、五合は超えたが、一升酒にならないように留めた。


井上監督とバンビことパンクな彼女は、さよりや小肌など、好みのものをおかわりしている。


締めに、赤貝のヒモとキュウリを巻いてもらい、井上監督の奥さんのお土産に、折りを作ってもらった。


今年は、鎌倉で腰を据えて仕事をする予定だから、もり山さんに寄る機会も少しは増えるだろう。
posted by 城戸朱理 at 08:05| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鮨處 もり山で、その3

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続いて、森山さんお勧めの縞鰹を握ってもらった。

見た目は鰹だが、普通の鰹は腹に縞があるのに対して、縞鰹は背に模様があるそうだ。

しかも、鰹はスズキ目サバ科だが、縞鰹はスズキ目シマガツオ科と別の魚なのだとか。

初めて食べたが、鰹特有の癖がなく、旨みが凝縮していて、大いに気に入った。


ここで、地元の小坪のタコを切ってくれたのだが、小坪の地ダコは明石のタコより美味しい気がする。


貝は赤貝と生の鳥貝。

この季節ならではの生の鳥貝は、甘みと鼻に抜ける香りが素晴らしい。


箸休めの蒸しアワビは、肝を溶いた出汁が際立つ。

ちなみに、アワビは小肌と並ぶバンビことパンクな彼女の大好物なので、いつものように、ひと切れ上げることにした。
posted by 城戸朱理 at 08:03| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鮨處 もり山で、その2

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白身のあとは、ヤリイカと煮上がりの穴子。

柚子が香るヤリイカは塩で。

穴子も甘いツメではなく塩でいただく。

玉子焼きを切ってくれたが、これは芝海老と白身をすりおろして玉子と混ぜて焼く江戸前ならではの仕事で、玉子焼きと蒲鉾の中間のような食感である。


光物は、小肌とひこ鰯に鯖。

小肌は見事だし、鯖の締め加減も絶妙だった。
posted by 城戸朱理 at 07:59| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鮨處 もり山で、その1

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ロケ終了後の夕食は、大船の鮨處もり山へ。

開店から20年以上たつのに素木のカウンターは、汚れひとつない。

これが職人の仕事というものだろう。


森山さんは築地の寿司さゝ木の先代のもとで修行した。

さゝ木の先代は、銀座のなか田で修行し、稀代の名職人と言われた人だが、さゝ木仕込みだけあって、森山さんも実に丁寧な江戸前の仕事をする。


まずは、ビールで乾杯。

ひこ鰯の南蛮漬けが出る。


寿司屋ではつまみを切ってもらわず、お好みで握ってもらうのが、私のやり方だが、これは藤沢周氏も同じ。


まずは、白身から。

鯛、金目鯛、そして、さよりの昆布締め。

井上春生監督が、さよりに唸る。

ここで熱燗を注文。

さよりの皮は焙って出してくれるが、これが、また酒を呼ぶのだ。


マッサージのあとだけに酔いが回りやすいから、酒は、いつもの半分にしておくと言ったら、森山さんに「じゃあ、城戸さんなら五合ですね」と言われた。

いつも、一升は飲んでいるということか。
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2016年04月12日

イワタコーヒーでプリンを

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撮影は無事終了したので、小町通りのイワタコーヒーで休むことにした。


イワタは鎌倉の老舗で、大佛次郎や川端康成ら鎌倉文士が散歩の途中で立ち寄った店だが、分厚いホットケーキがメディアで何度も取り上げられたものだから、今や、観光客が行列する店になった。


コーヒーを頼んで、昔ながらのプリンを注文する。

この昭和なレトロ感が若い人には受けるのだろう。


さらにバンビことパンクな彼女の提案で、鍼灸マッサージのラポールで、みんなでマッサージしてもらうことに。

1時間、マッサージしてもらったのだが、これは実に効いた。

ちなみに、凝り具合を、最大で10とすると私は肩が10、背中が8とのこと。

ほとんど全身が固まっているようなものだが、これは文筆業の宿命のようなもので仕方がない。

これからは、ときどき、ラポールに通うことにしよう。
posted by 城戸朱理 at 12:51| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする