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城戸朱理のブログ

2016年06月29日

澁澤龍彦邸訪問

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女子美術大学大学院の私の授業を受講しているOさんが、高校のときに澁澤龍彦さんの著作に衝撃を受け、以来、愛読していることを知って、澁澤龍子さんにお尋ねしたところ、澁澤邸訪問を快諾して下さった。

Oさんの友人で、やはり高校時代から澁澤龍彦に傾倒するあまり、澁澤先生と同じ東大仏文に進んだという渡辺賢人さんとともに、澁澤邸を訪問したのは、6月22日(水)のこと。


北鎌倉は、「あじさい寺」とも呼ばれる名月院の紫陽花目当ての観光客で賑わっていた。


澁澤邸に到着すると、龍子さんの愛犬もみじが、激しく尻尾を振って迎えてくれる。

ちなみに、澁澤先生の書斎の四谷シモンの人形の指をかじったのは、先代の芝犬、ぼたんである。


書斎や書庫を自由に拝見させていただいて、渡辺さんは、何よりも澁澤の蔵書に感銘を受けたようだが、Oさんは、澁澤邸の息遣いのようなものに感応していた。


今年は澁澤龍彦没後30年。

Oさんも渡辺さんも、澁澤先生が亡くなられてから生まれたわけだが、その作品が若い世代に読み継がれていることは、素晴らしいことだと思う。


龍子さんは、空豆やイタリア土産のパルミジャーノ、スタッフド・オリーブ、サラミを出し、ビールを空けて下さったので、グラスを傾けつつ、澁澤先生の思い出話をうかがう。

澁澤先生が筍を掘ったり、つくしを摘んだりするのがお好きだったのは以前、聞いていたが、まつぼっくりやドングリを拾うのもお好きだったそうだ。

丸2日、24時間、起き続けて原稿を書いていることもあれば、24時間、眠り続けることもあったそうで、澁澤先生の生活は執筆を中心に据えた、きわめて不規則なものだったのだとか。

明け方に庭でコジュケイが「ちょっとこーい!」と鳴くと、澁澤先生は「はい、はい」と言って、書斎のガラス戸を開けて必ず出ていったという愉快な話も。


5時に澁澤邸を辞し、鎌倉のクルベル・キャンへ。

もみじを散歩に送り出し、少し遅れて龍子さんも合流。


カクテルを頼み、料理は、新じゃがのフリット、鳥白レバーのクロスティーニ、バルサミコのドレッシングが素晴らしい赤タマネギとトマトのサラダ、
ピザは、サーモンを使ったサルモーネと4種のチーズのクワトロ・フォルマッジ、
パスタは、フレッシュ・サマートリュフを贅沢に散らしたカルボナーラを頼んだ。


クルベル・キャンの料理は、龍子さんもお気に入りだが、なぜか満席で入れないことが多いそうだ。
posted by 城戸朱理 at 10:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月28日

ヌメ革の経年変化

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ヌメ革は、植物成分のタンニンで鞣し、染色や塗装がなされていない皮革である。

タンニン鞣しの加工法の結果、繊維がびっしりと詰まった状態になるため、ほかの革より強靭で、使い込むにつれて飴色に変化していく。


ヌメ革は、ルイ・ヴィトンのモノグラム・キャンバスのバッグなどに使われているが、バッグならば、ドイツのBREEが名高い。

また、10万という高価格にもかかわらず、発売日に完売が続いている土屋鞄製造所の大人ランドセルもヌメ革のモデルがある。


ただし、使い始めは雨などで水染みが出来やすいので、革自体に染み込んだ油脂分を浮き上がらせるため、使う前に2週間ほど日光に当てて日焼けさせるなり、クリームで保護膜を作る必要がある。


革自体の油脂分と手の皮脂分によって保護膜が出来ると、ヌメ革は水濡れにも強くなるが、経年変化が楽しめるという点でも、革らしい革と言えるだろう。


ちなみに最後の写真が20年以上、使ったルイ・ヴィトンのワンストラップの大型リュック、「ランドネGM」のヌメ革。

旅行に、普段の買物にと使い倒したので、底はすり切れ、ヌメ革は飴色を通り越して、ただ汚いだけの焦げ茶色になってしまったが、それだけ愛用したわけだから、鞄も本望だろう(?)。

それでも、白洲次郎が愛用した「スティーマーバッグ」の域に到達するには、あと20年はかかりそうだ。


最初の写真は、もう10年以上、使っているヌメ革のメモカバーと、2年前に購入したペンケース。

私は、フランスのRHODIAのメモを愛用していて、どこに行くときでも必ず携帯するが、ヌメ革のメモカバーは、銀座の伊東屋がRHODIA用に作ったオリジナル。

やはり、頑丈このうえない。

ペンケースは、銀座の画材屋、月光荘のオリジナルで、万年筆用に使っている。


誕生日プレゼントにもらった「海へ、空へ、彼方へ――旅するルイ・ヴィトン」展限定のパスケースもヌメ革だが、これが飴色に変わるには、10年以上かかることだろう。
posted by 城戸朱理 at 14:14| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

寿司處もり山で、その4

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そろそろ、味の濃いものを握ってもらうことにして、まずは中トロ、そして大トロは焙って、レモン汁と塩で。

大粒のイクラのあとは、生ウニの握り。


巻物は、いつもなら赤貝のヒモとキュウリに、ネギトロを頼むのだが、今回は赤貝がなかったので、ネギトロを巻いてもらった。


もり山さんのネギトロは、澁澤龍彦夫人の龍子さんがお好きで、「ここでしかネギトロを頼まない」とおっしゃっていたが、注文を受けてから、トロのサクを切って叩き、ネギを刻んで巻くので、目が覚めるような鮮烈さがある。


会計は、銭洗い弁天で洗ったお札で。

鎌倉では、どの店でも濡れたお札を普通に受け取ってくれるが、1万円札5枚を出したら、女将さんに「こんなに洗ったんですか!?」と驚かれた。

銭洗い弁天で洗ったお金は、すぐ使うと増えて戻ってくると言われているので、私としては、もり山さんでの3人分の会計を見越して、洗ったつもりだったのだが。
posted by 城戸朱理 at 07:19| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

寿司處もり山で、その3

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軽く焙って甘みが引き出した北寄貝のあとは、まぐろの赤みを漬けにして握ってもらう。

ここで箸休めに、自家製のカラスミと鯛の酒盗をのせたマスカルポーネチーズが。

珍味好きのバンビが喜んでいたが、いよいよ酒が進むのは言うまでもない。


子持ちのシャコも見事だった。


寿司處もり山は、開店してから22年になるが、素木のカウンターは今でも美しい。

ミシュラン・ガイドにも掲載されたが、私が初めて、もり山さんの暖簾をくぐったのは、開店から半年くらいのときだったから、22年前のことになる。
posted by 城戸朱理 at 07:13| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

寿司處もり山で、その2

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光物は、小肌と鯖を。

小肌は、寿司屋の仕事ぶりがいちばん分かる寿司ネタだが、実に丁寧な仕事で、香りも素晴らしい。

ここで玉子焼きが焼き上がったので、切ってもらう。

玉子に芝海老と白身をすりおろして焼いた、これまた江戸前の仕事である。


歯ごたえも香りも素晴らしい生の鳥貝に、煮はまぐり。

はまぐりの見事さに設楽くんが驚いていたが、小肌、鯖、玉子焼き、煮はまぐりと、もり山さんでは、昔ながらの江戸前の仕事を守っているのが嬉しい。
posted by 城戸朱理 at 07:12| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

寿司處もり山で、その1

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夕食は何がいいか、候補をあげたら、設楽実くんから寿司というリクエストがあったので、大船の寿司處もり山に予約を入れた。


バンビことパンクな彼女も「もり山さん、楽しみだね!」と喜んでいる。


「新子はあるかな?」とバンビ。

寿司ネタで唯一「香りもの」と呼ばれる小肌の当歳魚、新子が出るのは、早くても7月末だから、まだ無理だが、バンビも夏の新子を楽しみにするようになったらしい。


ビールで乾杯し、いつものように、白身から握ってもらう。

最初はきす、そして皮目を軽く焙ったかますは、夏の香りがした。

柚子を散らしたあおりいかは塩で、煮上がりの穴子も塩でいただく。
posted by 城戸朱理 at 07:10| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月27日

天ぷら ひろみの小津丼

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旧友との昼食は、小町通りの天ぷら・ひろみを予約した。

小林秀雄、永井龍男、澁澤龍彦ら鎌倉文士が通った鎌倉の老舗である。


小津安二郎監督も常連で、メニューには小林秀雄が好んだ天種の小林丼と小津安二郎好みの小津丼がある。

この日は、設楽くんも私も小津丼を頼んだ。

小津丼は、海老3本にめごち、きす、椎茸、インゲンに小海老のかき揚げがのっている。

まずは、穴子の骨と海老の頭を揚げたものが出て、これを肴にビールを飲んでいると、小津丼が登場。


小津監督は、天種を肴に、お銚子で10本の(約一升!)熱燗を飲み、最後に御飯だけ食べたという。

夏でも熱燗だったそうだから、日本酒好きだったのだろう。


小津丼のあとは、生ウニの磯辺揚げを追加。

これは生ウニと蟹身を海苔で巻いて揚げた贅沢な一品で、日本酒が欲しくなる。


天ぷら・ひろみに私が初めて行ったのは、もう30年も前のことになるが、変わらず続いている店があるのは、素晴らしいことだ。
posted by 城戸朱理 at 11:19| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鎌倉に戻って

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6月15日、盛岡グランドホテル・アネックスで「現代詩手帖」吉増剛造特集のカラー4ページのゲラを校正して戻してから、10時半にチェックアウト。

お土産を手配して、紫陽花が咲き乱れる鎌倉に戻ったのだが、それから数日は再校のやり取りに加えて、私が脚本を担当することになった映画(!)のシノプシスを書いたりと、あわただしかった。

そして、フェリス女学院大学、女子美術大学大学院の講義を終えた19日(日曜日)。


Edgeを立ち上げたプロデューサーであり、高校時代からの旧友、設楽実氏が鎌倉にやってきた。

今後のCS放送の番組の打ち合わせをしつつ、鎌倉を散策しようという計画である。


この5年ほど、日本にいるのが珍しいほど海外を飛び回っていた設楽くんを慰労すべく、バンビことパンクな彼女と、どんなふうに過ごしてもらうか、
綿密な計画を立てていたのだが、アシスタント・プロデューサーとして国内、海外のロケに何度も立ち会っているだけに、こうしたこともバンビの得意技である。


設楽くんには、まずホテル・ニューカマクラにチェックインしてもらい、荷物を置いてから、天ぷらのひろみで昼食。


それから銭洗い弁天にお参りして、設楽くんが鎌倉ラポールでマッサージをしてもらう間、バンビは、柳美里さんに頼まれた草履と下駄を小町通りの江戸屋で選ぶ。

柳さんは、いつも江戸屋で夏用の履物を買っていたらしい。


マッサージを終えた設楽くんを迎えに行き、夕食は、大船の寿司處もり山へ。

さらにタクシーでクルベル・キャンに移動し、カクテルを傾けながら語り合う。

肝心の打ち合わせも、この日のうちに終えることができた。


翌、20日(月曜日)、私は6時に起床。

盛岡に行く前から準備していた詩篇「凍った月」と「かなしい魚」を書き上げて、「俳壇」編集部と「法政文芸」編集部にメールしてから、ホテル・ニューカマクラに設楽くんを迎えに行く。

バンビがひいきにしている御成通りのカフェでコーヒーを飲んでから、由比ヶ浜を散策。


旧友とこんな時間を過ごせるのは、何よりもありがたい。


海辺に咲く花は、もう夏の気配だった。
posted by 城戸朱理 at 10:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月23日

機屋のオールド・コーヒー

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盛岡に帰ったとき、必ず寄るのが、コーヒー専門店、機屋。

日本全国で唯一、スターバックスが撤退した盛岡は、昔ながらの喫茶店が少なくないが、なかでも、機屋は求道的なまでにコーヒーを追求している店である。


機屋では熟成させたオールドコーヒーを頼むのだが、この日は黒板にオールドコーヒーが書かれていなかったので、尋ねてみたら、ちょうどグァテマラ・ジャイアンツ1992年を焙煎したばかりだった。

機屋ならコーヒーゼリーも美味しいだろうと、一緒に頼む。


グァテマラ・ジャイアンツ92年は、まったりと舌に絡みつくようで、経験したことのない深い味わいだった。

コーヒーの香りのなかで、詩稿の整理をしたのだが、こういう時間を鎌倉でも持ちたいものだ。
posted by 城戸朱理 at 12:02| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

白龍のじゃじゃ麺

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盛岡冷麺、わんこ蕎麦とともに、盛岡三大麺に数えられるのが、じゃじゃ麺。

四川料理のじゃーじゃー麺が、中華麺に肉味噌なのに対して、盛岡のじゃじゃ麺は、平打ちのうどんに椎茸の出汁が効いた肉味噌で、これに、しょうがとニンニク、ラー油や酢を好みで混ぜて食する。


白龍(パイロン)の初代が満州で食べたものを再現したというが、こんな料理が満州にあるのだろうか?

私が高校生のころは、じゃじゃ麺を出す店は白龍一軒のみ。

知る人ぞ知るといった代物だったのだが、今や、盛岡名物のひとつになってしまった。


じゃじゃ麺を食べ終えたら、目の前の玉子を割り入れ、よく混ぜてからカウンターに出すと、ちーたん湯というスープになって帰ってくる。


ちなみに、稲川方人さんが盛岡で偶然、白龍本店に入り、じゃじゃ麺を気に入られたそうだが、バンビことパンクな彼女も好物なので、自宅に送ってもらうことにした。
posted by 城戸朱理 at 08:30| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

こけし風味???

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ふと気がついたら、冷蔵庫にマグネットで、こけし型のカレンダーが留められていた。

バンビことパンクな彼女の仕業なのは言うまでもない。

鎌倉は長谷の「こけしとマトリョーシカ」の専門店、「夢を売る店」コケーシカ鎌倉のカレンダーである。


「にゃふ」
・・・

「にゃふふふふ」
・・・・・・

洗面所からバンビの喜ぶ声が聞こえてくる。

いったい、何を喜んでいるのだろう?


「こけし風味、100%!!!」
!!!!!!!!!


バンビは、こけし風にカットした髪を、さらに、こけし風にピタッと整え、喜んでいたのである!

しかし、こけし風味も100%になると、それは、もはや「風味」ではない。

「こけし」そのものである。


ますます、生きているこけし=生(なま)こけしとなって、パタパタとパンクに遊び回ろうという魂胆なのは間違いない。

さらなる注意、厳重なる警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 19:45| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月20日

盛岡の青果店

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地方都市では、地元商店が閉店したあとを大資本のチェーン店が埋めていく光景が当たり前になったが、盛岡は、いまだに地元の商店が健闘しているようだ。

なにせ繁華街のど真ん中で青果店が営業しているのだから。


品揃えも、いかにも盛岡らしい。

朝採りの茹でたとうもろこしや若筍、山菜の「みず」、そして網茸。

網茸は、岩手では、よくある茸で、私も小学生のころ、友だちや両親と茸狩りに行っては、山のように採ってきたものだった。

網茸は、ゴミを払ってから、唐辛子を入れた水に浮かべて虫を出し、茹でて塩蔵する。


食べるときは、塩抜きしてから大根おろしを添えたり、菊の花と酢のものにするのだが、懐かしさのあまり、3袋も買ってしまった。
posted by 城戸朱理 at 09:12| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月19日

東京駅で駅弁を選ぶと

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先日、吉増剛造さんが、「現代詩手帖」対談のために鎌倉にいらっしゃったとき、崎陽軒の売り場が鎌倉にあるかを尋ねられた。

その日、吉増さんは鎌倉の定宿、ホテル・ニューカマクラに泊まり、翌日、箱根に行かれたのだが、「僕はね、横浜では崎陽軒の焼売弁当を買うの」とおっしゃっていたっけ。

鎌倉でも駅前の東急ストア1階に崎陽軒の売り場があるのでお伝えしたのだが、翌朝、買われたのだろうか。

ちなみに、吉増さん、東京駅だと駅弁は「深川飯」がお気に入りなのだとか。


今や、東京駅の駅弁売り場は、日本全国の駅弁を扱っているので、目移りするほどだが、今回、盛岡に行くとき私が選んだのは、東華軒の「うな重」だった。


小田原の東華軒は創業明治21年。

最初に売り出した駅弁は、おにぎりと沢庵を竹皮に包んだものだったらしい。

「うな重」は夏期限定で、これまでは品川駅でしか見たことがなかったが、今回は東京駅にも入荷していた。

タレはやや甘めで、鰻は静岡産。

鰻一尾を使った贅沢な駅弁である。


鰻は焼きたてがいちばんだが、車窓から景色を眺めながら食べる鰻重も悪くない。
posted by 城戸朱理 at 11:58| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月16日

盛岡へ

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11日(土)は女子美術大学大学院の講義を終えてから、藤沢の小田急デパ地下で買い物して帰宅し、岩手日報随筆賞候補作品を読んでいた。

バンビことパンクな彼女は、美術家の秋山祐徳太子が鎌倉にいらしたので、案内役として出動。

なんと4軒もハシゴしたらしく、翌日は二日酔いで夕方まで寝ていたのだった。


13日(月)は、起きてみたら、激しい雨で、肌寒いほど。

昨日、絞り込んだ候補作を再読し、岩手日報随筆賞の私の推薦作を学芸部にFAXする。

それから荷物をパッキングして東京駅に向かい、12時20分発の新幹線で盛岡へ。


車中では、中央公論の横手拓次編集長から送られてきたゲラをチェックしていた。


北国の深い緑のなかを縫う北上川が、車窓から見えると、盛岡に帰ってきたのだなという気持ちになる。

到着は2時半。

そのままタクシーで市街中心部、映画館通り裏手の盛岡グランドホテル・アネックスにチェックインしたら、「毎日新聞」書評欄「昨日読んだ文庫」のゲラが届いているではないか。

部屋で「毎日新聞」ゲラの行数を調整し、さらに、尾崎左永子さん主幹の歌誌「星座」と「かまくら春秋」に掲載される、かまくら春秋社代表でエッセイストの伊藤玄二郎さんとの対談ゲラ2本に手を入れて、フロントでFAXを頼んだ。


いつもなら、盛岡に戻ったときは、高校時代からの旧友、松尾尚人くんに付き合ってもらうのだが、さすがに、その余裕はない。


6月14日(火)は、ホテルで朝食のあと、詩作の時間を取るつもりだったのだが、フロントからFAXが入っていますという連絡があったので降りてみたら、「現代詩手帖」の吉増剛造さんとの対談のゲラだった。

急いでチェックし、若干、加筆して戻したのだが、今回の盛岡2泊3日はゲラと縁が切れないらしい。


中津川を見に行き、川辺を歩いては、浮かんでくる言葉を書きとめ、菜園の機屋でオールドコーヒーを頼んで、詩のメモを整理した。

次回、盛岡に来たときは一戸彦太郎さんのお墓参りをしなければ。


ホテルに戻ると、「毎日新聞」から再校が来ていたので、確認してメール。


そして、4時から創業140周年を迎える岩手日報社で岩手日報随筆賞選考会議である。

平谷美樹委員、千葉万美子委員と選考に当たり、最優秀賞、優秀賞、佳作を選ぶ。


終了後は直利庵二階の個室で恒例の会食。


そして、ホテルに戻ると、またもやゲラが届いていた――

今度は「現代詩手帖」吉増剛造特集のカラー4ページのゲラである。

かくして、盛岡の夜はゲラとともに更けていったのだった。
posted by 城戸朱理 at 16:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

レストランKIHACHIでの会食

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女子美術大学大学院での授業は土曜日の2限なので、終わってから院生と会食することがある。

とは言っても、せいぜい年に数回なのだが、いつの間にか恒例になってしまった。


よく使うのは、相模大野のISETANに入っているレストラン・キハチ、言わずと知れた熊谷喜八シェフの店である。

ランチは、前菜5種類、パスタか主菜8種類から好みのものを選ぶことができるようになっている。


お店は屋上にあり、窓が広いので明るく、気持ちがいい。


初夏のメニューで好評だった前菜は「フォアグラの白味噌マスタードソース、ホワイトアスパラを添えて」。

白味噌を使うあたりが、キハチ流だが、これがフォアグラにも、グリルしたホワイトアスパラにも実によく合う。

受講生は全員、フォアグラは初めてとのことで、歓声を挙げていた。


パスタはオマール海老の冷製ペスカトーレ。

オマール海老のほかにムール貝、帆立、イカが入ったペスカトーレは、魚介類とトマトのクリームソースが後を引く。


この日のドルチェは、ココナッツのプリン。

食後に学生はコーヒーか紅茶、私はエスプレッソをダブルでもらう。


キハチはフォカッチャも美味しいが、フォアグラやオマール海老といった高級食材を惜し気もなく使いながら、値段は決して高くないのが有難い。
posted by 城戸朱理 at 05:53| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月14日

誕生日プレゼントをもらって

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吉増剛造さんと対談した翌日、5月23日は、私の誕生日だった。

この年になると、誕生日も祝う気にはならないが、バンビことパンクな彼女がモエ・エ・シャンドンを買ってくれたので、シャンパンで乾杯した。


わが家では、バンビの誕生日にはプレゼントを用意するが、私は欲しいものもないし、誕生日は外食するか、自宅で乾杯するかのどちらかである


それでも、ときどきバンビが面白いものを見つけて贈ってくれることがあって、以前、誕生日にプレゼントしてくれた日本で唯一の馬具メーカー、ソメスが作った革製のデスクマットなどは、ずっと愛用している。

デスクマットを敷くと、万年筆を使った手書きの執筆が、スムースになるのは、驚くほどだ。


さて、ルイ・ヴィトン展に出かけるとき、バンビは今回の「海へ、空へ、彼方へ――旅するルイ・ヴィトン」展限定のグッズが何かあるのではないかと楽しみにしていたのだが、展覧会場限定の商品は、天然鞣し革のカードケースだった。


これにイニシャルを入れてもらって、バンビが誕生日プレゼントに贈ってくれた。

ヌメ革は、使い込むにつれて飴色に変化していく。

経年変化が、楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 08:25| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月13日

板垣退助と白洲次郎のルイ・ヴィトン

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ルイ・ヴィトンのモノグラムは、日本の家紋から発想されたものだが、ルイ・ヴィトン展では、板垣退助と白洲次郎が愛用したトランクやバッグも展示されていた。


自由民権運動の板垣退助とルイ・ヴィトンの結びつきは意外だが、船旅用のトランクは、ルイ・ヴィトンしかない時代だったのだろう。

板垣退助のトランクはレイエ・キャンバスの「スティーマー・トランク」。

白洲次郎は、モノグラム・キャンバスのトランク「ビステン」と「スティーマー・バッグ」だった。


スティーマー・バッグはもともと、船旅用のトランクに収納できるサブバッグとして作られたそうだ。


以前、白洲正子展を観たとき、白洲次郎愛用のルイ・ヴィトンとエルメスにオーダーしたトランクがあったが、白洲正子さんもルイ・ヴィトンを愛用したらしい。

『かくれ里』や『近江山河抄』を読めば分かるように、白洲正子さんは旅を愛したが、旅に出るときは、必ずルイ・ヴィトンのバッグを携えたそうた。

とりわけ「サックプラ」というトートバッグが、原稿用紙がすっぽり入るという理由で、お気に入りだったことを、娘さんの桂子さんが語っていた。

白洲さんのことだから、骨董やお能を見る目でバッグを選んだら、ルイ・ヴィトンになったのだろう。


私もサックプラを愛用しているが、たしかに原稿用紙やゲラを持ち歩くのに重宝する。
posted by 城戸朱理 at 11:12| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

ルイ・ヴィトン展から川端康成展へ

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6月9日は、目まぐるしかった。

7時に起床、まず「毎日新聞」書評欄のコラム「昨日読んだ文庫」を執筆する。

書き上げてメールし、続けて「岩手日報」の投稿欄「日報文芸」の選評2回分を書き始めた。

11時に書き終え、入選作を宅急便で手配して、小憩。

着替えてバンビことパンクな彼女と東京に向かった。

車中では「現代詩手帖」吉増剛造特集カラーページの原稿を執筆。

車中で、4ページのうち3ページ分を書き上げることが出来た。

2時半に麹町の「空へ、海へ、彼方へ――旅するルイ・ヴィトン」展特設会場に到着。


1997年にマーク・ジェイコブスをアーティスティック・ディレクターに迎え、プレタポルテを事業に加えてから、ルイ・ヴィトンはファッション・ブランドのイメージが強まったが、19世紀の木枠の船旅用のトランクから新作まで、その歴史は、やはり旅とともにあったことが分かる。

実に面白い展示だった。


ひと回りして、カフェでコーヒーを飲みながら休み、「現代詩手帖」の原稿を携帯で書き上げ、バンビのPCに送る。

バンビが原稿を20字詰めに流し込み、その場で藤井一乃編集長にメールして、この日の原稿は終わった。


さらに赤坂見附から丸の内線で東京駅に移動し、ステーションギャラリーの「川端康成コレクション 伝統とモダニズム」展へ。


川端康成と東山魁夷の親和性が高いのは納得できるが、意外なことに古賀春江の作品も多い。

なるほど、伝統とモダニズムが、川端さんのなかでは共存していたらしい。

それにしても、絵画や彫刻から古美術まで、質量ともに素晴らしいコレクションで、川端康成が「ヴィジオネール(見る人)」だったことを改めて確認した展覧会だった。


東京駅地下街のエビス・バーで喉を潤して帰宅。


翌日、10日は、早起きして「俳壇」と「法政文芸」に依頼された詩作を試みるも、不発。

詩稿を持って、フェリス女学院大学に向かう。

講義を終えて、そのまま鎌倉に戻り、着替えて、今度は高田馬場に向かった。


この日は島村輝教授の誘いで、石田瑞穂くんにも声をかけ、吉岡実『薬玉』を英訳したエリック・セランドさんと横浜で会うことになっていたのだが、急に「詩と思想」の詩論特集の座談会が入ってしまったのだ。


司会は小川英晴さん、顔ぶれは、朝日新聞社記事審査室幹事で『安倍官邸と新聞』(集英社新書)や『安倍晋三「迷言」録』(平凡社新書)といった著作を次々と刊行している徳山喜雄さんに私である。

ジャーナリストを交えて、詩論特集の座談会とは、いかにも小川さんらしい奇想としかいいようがない。

どんな座談会だったかは、誌面を見てもらうことにして、打ち上げは小川さん行きつけの青柳で。

お造りやふぐの白子、おつまみ筋子、鯵フライなど実に美味な肴で酒を酌み交わし、歓談のときを過ごす。

なんとも愉快なひとときで、終電を逃しそうになり、結局、高田馬場からタクシーで鎌倉に帰った。


翌日は、二日酔いのまま、相模大野の女子美術大学へ。

あわただしい日々が続くが、詩論集の入稿作業も少しずつ進めているし、達成感がある。
posted by 城戸朱理 at 12:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月02日

ジャケットを新調して

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原稿とゲラに向かい合う日々が続いている。

書斎に腰を据えて仕事ができるのが、今は心地よい。

すると、バンビことパンクな彼女が――


「ようやく、落ち着いてきたから、久しぶりにシャツでも買いに行ったらいいんじゃない?」と言い出した。


それもいいかも知れないと思ったのだが、ワードローブをチェックしてみたら、シャツは今のところ足りている。

衣替えのときにジャケットを2着、処分したので、シャツでははなく、夏物のジャケットを見に行くことにした。

2着処分したら、1着購入することにすれば、次第に洋服は減っていく。

これを続けていけば、いずれは過不足ないワードローブになることだろう。


去年はアルマーニのリネンの明るいブルーのジャケットを愛用したので、今年は、やはりアルマーニで、ピンク系のコットン・ジャケットを選んだ。


仕事のときは、いつも黒やネイビーのスーツだから、鎌倉にいるときは明るい色のジャケットを着ることが多い。


NASAの予想だと、今年の夏は、観測史上、最高の猛暑になるとのこと、すぐに袖を通すことになるだろうと思っていたのだが、鎌倉は6月に入っても最高気温が25℃前後。

過ごしやすい日が続いていて、着るのは、まだ先のことになりそうだ。
posted by 城戸朱理 at 10:52| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

こけし時代、再び???

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「バビッコ、バビッコ、バビッコ♪」

バンビことパンクな彼女のテーマ曲なのだが――

「バビッコ、バビッコ、バビッコ♪」

いつもは「バンビコ、バンビコ♪」なのに、今日は「バビッコ、バビッコ♪」にヴァージョンアップしているではないか!?

「バビッコ、バビッコ、バビッコ♪」
・・・

「バンビぃ〜♪」
・・・・・・


ますます勢いづいているらしい。

こういうときは注意が必要である。


「ユアーズに予約を入れたから、これから髪を切ってくるよ!」
!!!!!!


髪を切るたびに、おかしなことになるのは、バンビの得意技である。

しばらくすると、LINEでメッセージが送られてきた。

「日本のおもしろい子になったなあ〜」

おもしろい子?

「土門拳の写真に出てくるような、昭和の子どもだよーん」
!!!

要するに、こけし風のおかっぱ頭ではないか!

「メイクがあればモード系だけど、メイクなしだと座敷わらしだよーん」
・・・・・・

座敷わらし……


そして、バンビは帰宅。

どう見ても、ヘンな髪型だが、本人は得意気である。


「岡本かの子もこけしだし、キキ・ド・モンパルナスも山口小夜子も広瀬すずも、みんなおかっぱなんだよ!」

キキ・ド・モンパルナスは日本人ではないし、広瀬すずはグルーピングが違うような気がする。


「激しいこけし、なんだなあ!」
・・・・・・


厳密に言うならば、激しくこけし風のおかっぱにしてしまったということだが、どうやらバンビのこけし時代は、まだまだ続くらしい。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 16:35| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする