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城戸朱理のブログ

2016年11月30日

大こけし???

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バンビことパンクな彼女が、美容室ユアーズに予約を入れている。

いやな予感がしたので、こけし頭にしないように注意したら――


「わからないよ〜。
また、こけしになるかも知れないよ〜」
・・・・・・

そして、「にゃふふふ」と怪しい笑いを残すと、パタパタ出かけてしまった。

困ったものである。


しばらくして、LINEで連絡が。


「ハーフこけしになったよ!」

ハーフこけしって、どんな髪型なんだ!?

「サイドはアシメなんだけど、前髪だけはこけし風にぱっつんと切ってもらったんだよ!」
・・・・・・

要するに、アイドル風のこけし頭ということか?

よく分からないが、パンクだから仕方がない。


そして、Amazon Videoで「大魔神」シリーズを見て、興奮したバンビが、またまた奇妙なことを考え始めたのである。


「大こけしという映画があったら、面白いね!」

大こけし?

「そ。
巨大なこけし様が、変身して悪者を踏み潰す映画だよ!」

ちっとも怖くない。

「あれ、こけしは足がないから、悪者を踏み潰せないかな?」
・・・

「ぴょんぴょん跳べばいいのかな?」

それでは、滑稽なだけである。

「んふ。
んふふふふん」
・・・・・・


バンビは悩み始めたが、こんな企画が実現するはずはない。

悩むだけ無駄である。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 07:08| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

大魔神!!!

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ゴジラ・ブームのせいもあって、バンビことパンクな彼女が、Amazon videoのプライム会員になった。

定額で、映画やテレビドラマ、アニメが見放題というプランである。

どんな映画があるのかチェックしていたら、「大魔神」三部作を発見。

東宝が、ゴジラ、ラドン、モスラの三大怪獣を送り出したのに対抗して、大映(現KADOKAWA)は. ガメラをシリーズ化したが、大映といえば、大魔神も忘れがたい。


特撮時代劇である大魔神は、1966年に「大魔神」(安田公義監督)「大魔神怒る」(三隅研次監督)「大魔神逆襲」(森一生監督)の三作が制作された。

音楽は、初期ゴジラ・シリーズと同じく伊福部昭で、これがまた雰囲気を盛り上げる。


私は「大魔神」封切り時には7歳で、いずれもロードショーで観た記憶がある。

巨大な武人の埴輪が、憤怒の形相の大魔神に変身するシーンは怖かったが、興奮したものだった。


バンビと一緒に視聴したのだが、バンビも、大魔神が変身するシーンと、さらには、虐げられた村人の祈りによって覚醒した大魔神が、いざ目覚めると悪人も善人も見境なく踏み潰してしまうパンクぶりが気に入ったらしい。

パンクだから仕方がないが、困ったものである。


もっとシリーズ化して欲しかったが、当時にしては巨額の1億という制作費を投じ、大ヒットしたものの、一作目、二作目ともに興行収入も1億。

つまり、制作費がかかりすぎていることになるのだが、それだけに今、観ても実にリアルで、迫力がある。


ちなみに、『値段の風俗史』(朝日新聞社)によると、1966年の巡査の初任給が4万600円、タクシーの初乗りが130円、映画館入場料が700円だから、当時の1億円は、今ならば4〜5億円という感じだろうか。

しかし、三作目は、赤字となり、シナリオまで完成していた四作目の企画は没になった。

幻となった四作目のシナリオは、なんと筒井康隆によるもので、2001年に徳間書店から書籍化されている。

このシナリオ、さすが筒井康隆だけに、前三作を踏襲しつつも、江戸時代初期、慶長のころの因幡国・白石藩を舞台に、仇討ちや商人の不正なども盛り込み、より時代劇寄りの新機軸を打ち出している。

「シン・ゴジラ」のようなヒット作になる可能性もあるわけだから、KADOKAWAで映画化してくれないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 09:22| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

「ローライ同盟新聞」第1号

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吉増剛造名誉会長の提案で「ローライ同盟新聞」を制作することになり、同盟幹事の小野田桂子が編集を担当。

第1号が刊行されたのは、竹橋の東京国立近代美術館で「声ノマ 全身詩人、吉増剛造」展が始まる1日前の6月6日で、展覧会初日、7日の内覧会のときに、会員に配布された。


題字は吉増さんによるもので、同盟会長の城戸朱理による「ローライ同盟宣言」から始まって、石田瑞穂「ローライ同盟発足会」、菊井崇史「ローライ同盟一回感想」、カニエ・ナハ「ROLLEI&CIGARETTE」など会員の原稿と、井原靖章氏が二眼レフで撮影した写真が掲載されている。

この新聞は原稿を切り貼りし、罫線などは手書きという、あえて昔ながらの方法で、小野田幹事が版下を作成、mad bambi pressを発行元に50部だけが制作された。


つまり、ローライ同盟の会員10人に5部ずつ配ったら、なくなってしまうという代物で、めったにお目にかかれない不思議な新聞である。

こんな印刷物を「新聞」と呼べるかどうかは別にして、それもまた、いかにもローライ同盟らしい(?)。


12月には、第2回の撮影会が予定されているので、「ローライ同盟新聞」第2号も年明けには発行される予定である。
posted by 城戸朱理 at 00:40| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月27日

怪獣王、ゴジラ!!!

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今年、大いに話題になった庵野秀明総監督「シン・ゴジラ」を見たのは、京都で短い夏休みを過ごしていた8月18日のこと。

新京極の映画館でだった。


すでに、さまざまな批評や感想が氾濫しているので、ここでは詳しくは触れないが、これまで制作されたゴジラ・シリーズ全29作のうち、第一作の「ゴジラ」(1954)と比肩しうる怪獣映画の金字塔である。

ゴジラ、ひいては怪獣というもの自体が、広島・長崎と二度の被曝を経験した日本という国が生んだ核のメタファーだが、「シン・ゴジラ」は、さらに福島第一原発事故という日本人にとって三度目の被曝のメタファーにもなっているあたりも、つねに時代ごとの社会問題を反映させてきたゴジラ映画の名に恥じない。



私が、初めて観たゴジラ映画は「モスラ対ゴジラ」(1964)で、5歳のときだった。

両親は、盛岡の材木町にある民芸店、光原社によく通っていたが、当時は材木町にも映画館があって、「総天然色」の「ゴジラ対モスラ」のポスターに私が見とれていたら、父に「見たいのか?」と聞かれ、父に連れられて、そのまま映画館に入ったのを覚えている。

ちなみにモスラの原作は、なんと、中村真一郎、福永武彦、堀田善衛による『発光妖精とモスラ』で、原作は1994年に摩摩書房から単行本が刊行されている。


「モスラ対ゴジラ」以来、中学生くらいまでは、ゴジラ映画が封切られるたびに映画館に通ったのではないだろうか。

ゴジラ・シリーズは1974年の「メカゴジラの逆襲」を最後に長い休止期間をはさみ、1984年に原点回帰的な「ゴジラ」が制作され、復活する。


それ以降の作品もレンタルなどで観ているので、気づけば、全作を観ていることに。

5歳のときから、およそ半世紀もゴジラ映画に付き合ってきたのだから、感慨深いものがある。


一方、バンビことパンクな彼女はゴジラ映画を観たことはあるのだろうか?

「ないよ」

一本も?

「一本も観たことないよ」
・・・・・・・


「スターウォーズ」と同じく、一本も観たことがなかったのである。

バンビは、映画といえば、タルコフスキーとゴダール、それにカラックス、邦画だと小津安二郎くらいしか観たことがないらしい。

したがって、バンビにとっては「シン・ゴジラ」が初ゴジラになったわけだが、むしろ、それは幸運だったかも知れない。


バンビが怪獣映画に目覚めたおかげで、京都の「シン・ゴジラ」以来、「ゴジラ全映画DVDコレクターズBOX」を買い込むなど、わが家ではゴジラ・ブームが続いている。
posted by 城戸朱理 at 00:11| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

厳冬に備えて

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11月24日、東京では初雪が。

目覚めると、鎌倉もしんしんと雪が降っていた。

東京で、11月に初雪が降ったのは、54年ぶりのことだという。

この日の鎌倉は、最低気温が2℃、最高気温でも、わずか7℃。

今年の冬は、厳冬という長期予報が出ているが、そうなりそうな気配である。


私は北国生まれだけに、厳冬と聞くだけで身構えてしまうところがある。


北国で厳冬期に猛烈な吹雪になると、視界は1mもなくなり、暴風雪ともなると、自宅のそばまでたどり着きながら、凍死した例も過去にはあるほどだから、防寒を意識してしまうのは、北国生まれの人間の本能のようなものかも知れない。

そのせいか、冬物の衣料となると、まずコートに目がいく。


とりわけ、昔ならば外套と呼んだような厚手のウールコートが好きなのだが、これは、やはり重いウールコートを好んだ父の姿が、刷り込まれているからかも知れない。


もちろん、関東で北海道のような暴風雪になることはないだろうが、今年は厳冬に備えて、イタリアはコロンボ社のキャメル地のチェスターコートを出した。

キャメルヘアーは、繊維が中空構造になっており、ウールの5倍の保温力を持つので、厳冬に向いているのだ。


もう一着は、ジョルジオ・アルマーニ、ブラックレーベルのムートンコートを。

どちらもダブルで、前合わせが深いだけに保温力も高い。


さらに、いきなり冷え込んだので、フィルソン社のダブル・マッキーノ・クルーザーまで出したのだが、これは、24オンスというヘビーウェイトの未脱脂ヴァージンウールを二重に使った、アラスカの厳寒にも耐えられる究極のアウトドアコートである。

赤と黒のバッファロー・プレイドは、ハンターの誤射を避けるためで、いかにもアウトドアという感じがするのが好ましい。

これに合わせるブーツは、「キング・オブ・ブーツ」と呼ばれるホワイツのセミドレスか、分厚いビブラム100をソールに搭載したレッドウィング最強のロガー・ブーツしか考えられない。

もっとも、そんなコーディネートをすると、アメリカの木こりのようになってしまうのだが。


さらに、UNIQLOのヒートテックを補充して、ひと安心。

しかし、よくよく考えるとおかしな話である。

ヒートテックが発売される前は、真冬でも長袖のTシャツはもちろん、タイツをはくこともなかった。

例外はスキータイツだが、これはスキーをするときしか使わない。

ところが、いったんヒートテックを着るようになってからは、ヒートテックなしだと寒く感じるようになってしまった。


身体がそれだけヒートテックを着た状態に慣れてしまって、寒さへの耐性がなくなってしまったのだろう。


エアコンに頼りすぎると自律神経の働きが弱くなることが知られているが、程度の差はあるにしても、同じようなことがヒートテックでも起こるのかも知れない。


人類の文明というものは、つねに快適さを目指してイノベーションを重ねてきたわけだが、私たちは、そのかわりに何を失ったのか、ふと、考えてしまった。


しかし、考えたところで、寒いのが苦手なのは変わらないのだが。
posted by 城戸朱理 at 12:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月25日

川崎の四川料理・松の樹、その2

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春巻ももらったが、これも当たり前に美味しい。

「あれこれ食べてみたいから、つい追加で頼んでしまって、なかなか前菜と点心の先に行けないね」と久保田さん。

たしかに、前菜と点心だけで、紹興酒2本が空いてしまった。


スープのかわりには、五目おこげを。

さらに、油醤貴蟹(渡り蟹の中国味噌炒め)と黒酢の酢豚。


3本目の紹興酒も空いたので、締めは、土鍋焼き四川麻婆豆腐を。

柑橘系の香り高い四川省産山椒と唐辛子を使った麻婆豆腐は、とにかく辛いが、旨みがしっかりある。

ただし、御飯と一緒ではないと、食べられないほどの辛さだった。


仕事帰りのひとり客も次々と訪れては、担々麺などを頼んでいる。

それだけ地元に溶け込んでいるのだろう。


しかし、中華料理は、4人以上で行ったほうが、あれこれ試せるので楽しい。

さらに、久保田さんと理央ちゃんの婚姻届けの保証人を頼まれたので、忘れがたい夜になった。
posted by 城戸朱理 at 10:30| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

川崎の四川料理・松の樹、その1

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画家の久保田潤さん、山本餃子の山本理央ちゃんからお誘いがあって、久しぶりに会食することになった。

バンビことパンクな彼女が理央ちゃんと連絡を取りあって日程調整をしたのだが、お二人からの提案は、なんと川崎の四川料理の店・松の樹。

鎌倉にもいくらでもお店はあるのに、わざわざ川崎の店を選ぶのだから、久保田さんも理央ちゃんも、よほど気に入っているのだろう。

こういうときは、友人の提案に従ったほうがいい。

というわけで、11月23日は、鎌倉駅のホームでバンビと待ち合わせて、川崎へ。

川崎で下車することは滅多にないので、活力ある街の様子に圧倒される。

やたらと目立つのは、中華料理屋に焼肉屋で、牛舌屋も多いらしい。

バンビは、こういう雰囲気が好きなので、「楽しそうな街だね!」と喜んでいる。


目指す松の樹は、川崎駅から5分ほど、繁華街を過ぎたあたりにあった。


久保田さん、理央ちゃんとビールで乾杯し、まずは近況報告。

お二人のお勧めを中心に、まずは前菜と点心を頼む。


最初は海老ニラ蒸し餃子。

次に雲白肉、これは蒸した豚肉を薄切りにして、薬味ソースをかけたものだが、花のような香りで、ピーラーで薄くそいだキュウリがよく合う。

焼売も、挽き肉ではなく、肉を叩いて餡を作っており、食感が格別だった。

黄ニラ炒めも、高い火力で一気に炒めたもので、理想的な加熱。


巷の中華料理は、化学調味料を大量に使う店が多いが、松の樹は、化学調味料は使わず、素材の味が聞こえる優しい味付けで、それなのに、四川料理だから、山椒や唐辛子が効いている。


久保田さんお勧めの樟茶鴨(四川式鴨の香り揚げ)は、脂の乗った鴨をスモークしたものだろうが、やはり見事だった。
posted by 城戸朱理 at 10:27| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

岩佐なを『パンと、』(思潮社)〜岩佐なをさんのこと

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岩佐なを『パンと、』は、食パンやクリームパンなど、パンをモティーフにした詩篇を中心に編まれている。

「中心に」と書いたのは、そうではない詩もあるからで、そのあたりの事情を、タイトルの「パンと、」の「と、」が表しているのだろう。

軽妙にして、洒脱。

そのくせに、ときおり現実世界の裂け目が覗く。

いかにも、岩佐さんならではの詩集である。


歴程賞を受賞された岩佐さんは、歴程祭の授賞式の挨拶で、これからは昼寝でもしていようかと思っていたが、詩集をもう一冊、読者がふっと笑ってしまって、そのあと何も残らないような詩集を作りたいと語られていた。

笑いだけを残して、姿を消していくチェシャ猫のような詩。

そんなことを考える詩人も、岩佐さんだけだろう。


私が、岩佐さんの詩に初めて触れたのは、もう40年近く前、私が18歳のときだった。

岩佐さんは、私も投稿していた「ユリイカ」の投稿欄(長谷川龍生選)の常連で、
住友浩さんと並んで、毎月のように入選、掲載されていたからである。

それ以来、岩佐さんの仕事を拝見してきたのだが、その御縁もあって、岩佐さんが『霊岸』で、第45回H氏賞(1995)を受賞されたときの「詩学」の特集で、私も作品論を書かせていただいたし、『現代詩文庫 岩佐なを詩集』(2005)でも、作品論・詩人論を寄稿した。


また、私が小詩集『まんぼう』を編んだときには、銅板画を作っていただいたこともある。


岩佐さんは、銅板画のエクスリブリス(蔵書票)でも有名で、挿絵や装画のお仕事も多い。


ボクシングと競艇のファンで、詩を書き、絵を描き、銅板画を作る。

岩佐さんを見ていると、粋な人の暮らしぶりとは、こういうものではないだろうかと思ってしまうのだ。
posted by 城戸朱理 at 16:53| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

瓜南直子へのオマージュ――「妃」18号

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田中庸介氏を編集・発行人とする「妃」18号に、鎌倉に生きた日本画家、瓜南直子さんに寄せる月読亭羽音さんの連作詩「游心記」が掲載されている。


「游心記」の語るところによると、東大阪在住の作者は、今年の3月5日に、姫路で見た「画家の詩、詩人の絵」展で、瓜南直子の「夜の図鑑」「あきつしま」「望月」、3点の絵と出会い、閉館時間まで、絵の前から動けないほど魅了されたのだという。

帰宅して、画家のブログを探り当て、瓜南さんの言葉に、絵画に、さらに酔った月読亭羽音さんは、瓜南さんが通い、看板を描いた店が鎌倉にあることを知り、3月25日に北鎌倉を訪ねる。

その店とは、侘助。


店主の菅村睦郎さんは私の高校の先輩で、作家、藤沢周さん、香港でブレイク中のアーティスト、稲田吾山さんらが集う。

瓜南直子さんや伴清一郎画伯もかつては常連で、睦郎さんの依頼を受けて瓜南さんが描いた看板が、今でも掲げられている。

月読亭羽音さんは、侘助に寄られたのだろうか?


「妃」も創刊から20年以上を経て、18冊目。

編集・発行人の田中庸介さん以外の同人の顔ぶれは、創刊当時とはすっかり変わってしまったが、ベテランの鈴木ユリイカさんや文化人類学者でもある菅啓次郎さんも加わり、仲田有里、後藤理絵、広田修氏ら、幅広い世代の同人を擁する同人誌になった。


田中庸介氏は、東大医学部に籍を置く研究者でもあり、その論文は世界的に権威のある学術誌「ニュートン」にも掲載されているが、ひとつのテーマの研究には、およそ10年がかかるのだという。

医学と詩をともに生き抜く姿勢が、田中さんの詩にも反映されている。
posted by 城戸朱理 at 08:54| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

新保祐司さんの新著を祝う集い@銀座ライオン

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文芸評論家で都留文化大学副学長の新保祐司さんの新著『「海道東征」への道』(藤原書店)と『散文詩集 鬼火』(港の人)の出版を祝う会が、11月17日に、銀座ライオンで催された。


新保さんが、詩を書いていたのは知らなかったが、『散文詩集 鬼火』は、22〜23歳のとき、新保さんの東大時代の作品だという。


パーティーは、作家、辻原登さんの挨拶から始まった。

「百年後に残る作品は、叙事詩だけです」と辻原さんは、新保さんの仕事の叙事詩性を讃えたが、
「叙事詩」の例として挙げられたのが、大佛次郎『天皇の世紀』で、辻原さんは、詩そのものではなく、作品の叙事詩性に着目されていることになる。


評論家、川本三郎さんの洒脱なスピーチのあと、評論家、西尾幹二さんも挨拶に立たれたが、西尾先生の世代にとって、小林秀雄は触れることがタブー視されるほど巨大な存在だったというお話が、印象深かった。


会場には、澁澤龍子さんや富岡幸一郎さん、芦澤泰偉さん、倉和男さん、石川洋一さん、ジャズシンガーの阿川泰子さんなど鎌倉組の顔ぶれも。

やはり、鎌倉在住の政治学者の御厨貴さんの姿もあったが、斗夜子夫人とも初めてお会いした。


ふだんのパーティーとは顔ぶれも違うし、年齢層も高い。

いささか緊張する会だったが、御主人の著作をまったく読んだことがないという新保智子夫人が、「みなさんのお話を聞いて、新保が、どんな仕事をしていたのか分かりました」と感銘を受けられていた様子が素敵だった。
posted by 城戸朱理 at 11:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「禅――心をかたちに」展@東京国立博物館

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上野公園は、木々が色づき始めていた。

東京国立博物館で開催されている「禅――心をかたちに」展は、臨済禅師御遠忌1150年、白隠禅師御遠忌250年記念するもの。


唐の臨済義玄は、言うまでもなく中国・臨済宗の開祖。

「五逆聞雷」、五逆の大罪を犯した者が百雷を聞くがごとき厳しい棒喝で知られ、その言行は『臨済録』にまとめられている。


白隠は「五百年間出の大徳」と呼ばれる江戸時代、臨済宗妙心寺派の禅師である。


禅は6世紀初頭に達磨が中国に伝え、唐代、宋代に隆盛を迎えた。

中国の禅宗は五家七宗に分かれるが、そのうち臨済宗を栄西が、曹洞宗を道元が、鎌倉時代に日本に伝えた。

ただし日本の曹洞宗は、中国曹洞宗とは別のものであり、道元を開祖とする宗派と考えるべきだろう。

その背景には、道元の透徹した言語と世界への認識があるのは言うまでもない。


さらに、禅は中国では廃れ、日本だけに残されることになったことも興味深い。


「禅――心をかたちに」は、会場を回るだけで、禅宗の特徴を感得できる貴重な展覧会だった。

仏教であるのに、禅宗においては、仏像は展示の中心にはならない。

もっとも多いのは開山や高僧の画賛であり、あくまでも修業者の系譜によって宗門が成立していることが分かる。


禅の基本概念、「不立文字」「教化別伝」は、経典に記述されているところに仏道はなく、
「直指人心」「見成仏性」は、禅が目指すべき境涯をただちに把握、実践して大悟に至ることを言うものだが、
その意味では、大乗仏教諸宗のなかで、禅とは、時代と風土に即した方法で釈尊に回帰する仏教のラディカリズムだったのだと言えるだろう。


釈尊の時代、初期仏教から上座部の仏教においては、出家修業者は働かず、托鉢によって食を得たが、中国の禅宗は人里離れた山中に僧堂が作られたため、僧侶も作務として自給自足の生活を営んだ。

8世紀、百丈懐海の「一日作(な)さざれば一日食らわず」とは、そのことを言うものである。


また、禅は、絵画や茶の湯にも大きな影響を与えたので、会場には、大巧如拙「瓢鮎図」を始めとして、雪舟等楊、雪村周継、長谷川等泊、狩野探幽らの絵画、
そして、油滴天目茶碗、大井戸茶碗の銘「有楽」など、国宝、重要文化財の茶道具まで観ることができた。

千利休以前、茶の湯で茶碗の首座とされた井戸茶碗は、国宝の銘「喜左衛門」、重要文化財の銘「筒井筒」などがあり、銘「有楽」もバランスの取れた名碗として名高いが、実物は、図録で見るよりも、何やら、あっけらかんとしていて、私には、それが面白かった。


さらに「平安の秘仏――滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」展を観て、会場を後にしようとしたら、バンビことパンクな彼女が、「写真を撮ってあげて!」と言うので、見たら、バンビが羅漢像のパネルから顔を出しているではないか。

パンクだけに、こういう機会は決して逃さない。

いよいよ、注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:28| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

焼肉ハウス・暖家

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初のソロ公演と誕生日をお祝いすべく、予約したのは立川の焼肉ハウス、暖家(だんけ)。

以前、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)、定方まこと両氏と行ったことがあるのだが、肉質が良く、後々まで鯨井くんが「あの肉!」と記憶を反復していた店である。


笠井叡さんの天使館は国分寺にあるため、天使館のメンバーは国分寺周辺に住んでいる人が多い。

鯨井くんとは、一昨年など、ほぼ月に一度のペースで飲んでいたが、鎌倉でなければ、国分寺か立川で会うことが多かった。


待ち合わせは、7時。

まず鯨井くんと野口泉さんが現れ、少し遅れて定方まことさんも合流した。

泉さんは、オイリュトミストらしく、シュタイナーを読んで、体調を整えるために、2か月、菜食にしていたので、肉を食べるのは久しぶりだという。



ナムルとキムチを頼み、まずはビールで乾杯。

暖家は、黒毛和牛の専門店だが、最初に和牛A5等級の6種盛り合わせを頼んだ。

これは特上のカルビやロース、ミスジにハラミやタンが盛り合わせになったもの。

さらに、モツ4種盛りをタレと塩でひと皿ずつ。


「灰のオホカミ」制作の裏話を聞きながら、バンビと私が焼き方を担当し、順番に焼いていく。


「謙太郎くんは、具体的な指示ではなく、夢みたいなことばかり言うんで困りました」と笑いながら、泉さん。

すると、定方さん、「それで、泉さんはスタッフみんなに、謙太郎くんの夢をかなえてやって下さいって、お願いしてたよね」。


夢を形にする、そんなふうにして、「灰のオホカミ」は立ち上がっていったらしい。


焼肉は、みるみるなくなっていく。

これだけサシが入った肉なのに、脂がもたれず、ふだんは焼肉を数切れしか食べない私でも、珍しく食が進んだ。


さらに、A4等級のカルビ、ヒレ、ミスジの盛り合わせ2皿を追加、目の前で次々と肉が消えていくのを見ているのは、痛快である。


最後はコムタンなど好みのスープと御飯をもらって締めたのだが、楽しい夜だった。
posted by 城戸朱理 at 09:21| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

bambi in Vivienne Westwood〜いかれバンビの悪だくみ???

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明日は、新保祐司さんの出版記念会だというのに、バンビことパンクな彼女が、毛玉だらけのニットワンピースを着ているではないか。

着替えは、持ってきたのだろうか?

「ないよ!」
!!!

「明日のパーティーは、ずっと写真を撮ってるから、毛玉ワンピでもいいんだよ!」
・・・・・・


いつものヴィヴィアン・ウエストウッドではなく、クリストフ・ルメールによる新ライン、ユニクロUのワンピースなのだが、部屋着にしているうえに、リュックやらポシェットやらバッグをたくさん持っていたものだから、摩擦で毛玉が出来てしまったらしい。


「もし、このワンピじゃダメなら、ヴィヴィアンに行って、新しいワンピを買ってあげるのもいいね!」
!!!!!!

「買ってあげて!」
・・・

「新しいワンピを買ってあげて!」
・・・・・・


仕方がないので、パンクの聖地、ヴィヴィアン・ウエストウッドにバンビを連れていくことに。


あれこれ試着して、パーティー用に襟元がリボンになっている黒のワンピースを、
さらに大人っぽいツィード風のワンピースと黒のカーディガン2着、計4着を買ってあげることにした。


「いいコにしてたら、いいものを買ってもらえたなあ!」
・・・・・・

都合のいいときだけ、「いいコ」になるのは、バンビの得意技である。


ひょっとして、バンビは、新しいヴィヴィアンを買ってもらおうと、部屋着にしていた毛玉だらけのワンピースを、わざと着てきたのだろうか?


パンクなだけに油断大敵、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 07:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鏡花の極醤油ラーメン

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バンビことパンクな彼女は、鏡花のラーメンを食べたことがないので、お昼に連れていった。

ラーメン王、石神秀幸が「日本で五指に入るラーメン職人」と絶賛した有名店だが、バンビはまず、店内の様子に驚いている。

まるで、バーのように暗い店内は、夜の山家の雰囲気。

泉鏡花『高野聖』に魅せられた店主が、鏡花の小説世界を意識したのだという。

目指すは、幽玄。

こんなラーメン屋は、鏡花だけだろう。

客席ごとに小さなランプがあり、ラーメンを照らすようになっている。


頼んだのは、極醤油ラーメン。

一杯、1000円と、ラーメンにしては割高だが、5種類の醤油と味醂を合わせたタレと鶏を主体とした奥行きのある柔らかなスープ、
小麦の香りが口のなかに広がる国産小麦の平打ち麺に三元豚のチャーシュー、味付け玉子と、尋常ではない完成度。


麺をひと口食べたバンビが「美味しい!」と目を丸くしていた。
posted by 城戸朱理 at 07:58| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

富山の漁 紋屋、その1

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打ち合わせのための会食は、富山直送の魚介類が名物の紋屋で。

以前、二度ほど行ったことがあるが、和食・懐石の店で、構えも落ち着いている。


この日の先付けは、鮟鱇の友和えで、鮟鱇の胆と身を和えた、冬の一品。


お造りは、さすがに見事で、まぐろに、かわはぎ、武鯛、クエ、湯引きした真鯛、平政が盛り合わせになっており、包丁が冴える。

お造りだけで、飲んでいられるほどだった。

とりわけ、関東では、めったに出会えないクエが嬉しい。


お椀は、雲子(鱈の白子)の清汁。


焼物が、贅沢に、のどぐろの唐墨焼き。


冬の献立は、全体にこっくりとした味付けで、燗酒によく合う。
posted by 城戸朱理 at 07:57| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

富山の漁 紋屋、その2

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煮物は、海老芋と鴨の治部煮。

治部煮は、金沢の郷土料理で、そぎ切りした鴨に小麦粉や蕎麦粉をまぶし、甘辛い出汁で煮たものだが、火加減が絶妙なのか鴨は柔らかく、味わい深く、素晴らしかった。


揚げ物は、穴子の鳴門揚げで、酢の物は饅頭蟹(写真なし)。


土鍋で人数分を炊き揚げた鶏手羽御飯も好評で、バンビことパンクな彼女も気に入った様子だったが、もうお腹がいっぱいで食べられない。


菓子は、和風にアレンジされた酒粕のティラミス。


店を出ると、京都のお店のように、御主人と女将さんが、私たちの姿が見えなくなるまで、見送ってくれた。
posted by 城戸朱理 at 07:57| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

東京、2泊3日



11月は、イベントやパーティー、打ち合わせなどで、どうしても外出する機会が増える。

鎌倉から東京に出るのは、往復で3時間前後はかかるため、用事が続くときは、ホテルに泊まるしかない。


先週も、2泊3日で、東京泊まりになった。


15日は、3時から立川で「H(アッシュ)詩人 吉増剛造 幻を見るひと」秋篇、冬篇の試写。

これで、京都を舞台とする吉増さんの番組、春夏秋冬が完成、井上春生監督は、映画版「幻を見るひと」の編集に入ることになる。

試写が終わってから、ワシントンホテルにチェックイン、7時からCS放送担当の平島進史、西森基文両氏と紋屋で会食しながら、来年度の番組編成の打ち合わせをした。

バンビことパンクな彼女も、アシスタント・プロデューサーとして参加。

この日は、読売文学賞の推薦の締切だったのに気づき、FAXで推薦状を送る。


翌日は、番組のための資料探しをしてから、バンビとISETANを覗き、さらにヴィヴィアン・ウエストウッドへ。

夜は、初ソロ公演を終え、誕生日を迎えた鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏を招待して、焼肉をご馳走することに。

天使館の定方まこと、野口泉さん、バンビと私の5人で、焼肉・暖家(だんけ)のテーブルを囲んだ。


17日は、ホテルをチェックアウトして、上野に向かい、東京国立博物館で「禅――心をかたちに」展と「平安の秘仏――滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」展を観る。

そして、銀座に移動して、和光裏手のイッセイ・ミヤケへ。

今季のイッセイ・ミヤケのモデルは、なんと鯨井謙太郎氏。

鯨井くんの巨大な写真パネルが店内に飾られており、バンビはショップ・スタッフに「このモデルさん、友だちなんです」と自慢。


そして、6時半から銀座ライオンの「新保祐司さんの新著を祝う集い」に出席。

このパーティーのことは、別にアップしたい。


鎌倉に戻ったのは、10時すぎ。

長い一日だった。
posted by 城戸朱理 at 15:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

KENTARO KUJIRAI ソロ公演「灰のオホカミ」

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それは、身体と言語が交錯する未知の領域の踊りだった。


鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)の初ソロとなるダンス公演「灰のオホカミ」は。


始まりは、むしろ静かで、照明のなかに浮かびあがるダンサーの肉体は、さらに研ぎ澄まされ、長髪のせいもあって、舞踏神・土方巽の姿がだぶる。


鯨井謙太郎が、笠井叡の天使館の門を叩いてから、14年。

オイリュトミーで作られた身体による彼のダンスは、新たな局面に達したようだ。


たとえば、スサノオを踊る鯨井謙太郎は、たしかに鬼神の姿だった。

しかし、「灰のオホカミ」で、彼は激しさだけではなく、苦悩を踊った。

北欧神話を語りながら、世界の創世を。

さらには、ラグナロック、神々の黄昏を前にして、現れる狼を。


それは、世界が終わりを迎えようとするときの、肉体的な表現にほかならなかったのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 12:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「灰のオホカミ」を観て

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11月12日。

鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)初ソロとなるダンス公演「灰のオホカミ」は、中野、テルプシコールで、午後3時から。


バンビことパンクな彼女は、撮影のために最前列中央に陣取り、私は、最前列左側に座った。

客席には、写真家の高木由利子さん、女優の鶴田真由さんの姿も。


終了後、打ち上げまで2時間ほどあったので、上海家庭料理の名店、蔡々食堂へ。

和光大の遠藤朋之先生、渡辺めぐみさん、「ろちこさん」こと斎藤千尋さんにバンビと、昨夜の歴程祭でも一緒だった顔ぶれだったのだが、誰もが「灰のオホカミ」に圧倒され、言葉がなかった。


蔡々食堂の蔡さんと奥さんとも久しぶりだが、料理は相変わらず素晴らしい。

ちなみに、旧友だけに、蔡さんも奥さんも、平松洋子さんや藤沢周氏と同じく、私のことを「しゅりあん」と呼ぶ。

それを、遠藤くんやろちこさんが面白がっていた。


打ち上げは、7時から樽屋という居酒屋で。

鎌倉に帰ったのは、11時すぎ。

いささか興奮していたのか、バンビと「灰のオホカミ」のことを語り合い、気づいたら午前3時になっていた。
posted by 城戸朱理 at 12:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

いかれバンビの好物は???

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バンビことパンクな彼女は、食事のとき、最初にフルーツを食べるので、わが家では、いつも数種類のフルーツを買い置きしている。

今ならば、オレンジにグレープフルーツ、葡萄や柿など。


オレンジは、そのままだと食べにくいので、ある日、私が薄皮まで剥いてタッパーに入れておいたら、それを見つけてバンビが喜んだ。


「食べやすいし、とってもいいね!」


「これから、毎日、剥いてもらえるのかな?」
!!!!!!


そして、翌朝。

コーヒーを淹れようとキッチンに行ったら、まな板のうえに、いかにも「剥いてあげてね」というようにオレンジが2個、置かれているではないか!?

仕方がないので、またオレンジを剥いたのだが、それ以来、バンビのために、毎日、オレンジ2個を剥くのが私の日課になってしまった――

オレンジがグレープフルーツにかわる日もあるが、食卓には常時、2、3種類の果物が並ぶ。

巨峰のように大粒の葡萄はふたつに切って盛り付け、柿や梨はひと口サイズに切って出すのだが、果物は生ハムと合わせるとスパークリングワインや白ワインにも合う。


バンビは、スパークリングワインに冷凍したベリー類やマンゴーを入れることもあるが、これはヘルシンキで、ノンフィクション作家、ピルッコ・リンドベリさんの友人夫妻の自宅に招待されたときに振る舞われて、気に入ったらしい。


そろそろ、梨と林檎の季節だなと思っていたら、福島の及川俊哉氏からバンビ宛てに見事な葡萄と洋梨が届いた。

葡萄は皮ごと食べられる絶品のシャイン・マスカット、洋梨は見たこともないほど大きいラ・フランスである。

どうやら、及川俊哉氏と天使館の鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)が共演した福島でのイベント「よみがえりの風」を、バンビが自費で撮影に行ったお礼らしい。

シャイン・マスカットも素晴らしかったが、通常の倍はあるラ・フランスは今まで食べていたラ・フランスが何だったのかと思えるほど香り高く、甘く溶けるようで、生ハムとよく合う。

バンビは、白ワインと会わせて興奮していた。


さらに山口眞理子さんが、瀬戸内海は大崎上島〈次郎さん農園〉のオーガニックみかんをひと箱も送ってくれた。

無農薬栽培で大きさもさまざまだが、昔ながらの味がするみかんである。


すると――

「お風呂に入ってね!
今日は蜜柑湯だよ!」

蜜柑湯?

「そ。
バンビくんがお風呂で食べた蜜柑の皮を浮かべておいたんだなあ!」
・・・・・・

たしかに、バスタブには蜜柑2個分の皮が、ぷかぷか浮いていた。

「蜜柑の箱に入っていた栞に、皮をお風呂に浮かべると、よく温まりますって書いてあったんだよ!」
・・・・・・


かくして、バンビは、お風呂に入るたびに蜜柑2個を食べては、皮を浮かべるようになってしまったのだった。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 23:42| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする