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城戸朱理のブログ

2016年11月05日

京都で美術館巡り

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翌日は、まず京都市美術館のダリ展へ。

圧倒的な画力とシュルレアリスティックな奇想を存分に鑑賞してから、ミュージアムショップで、カダケスのダリ美術館の「溶ける時計」を購入。

あのダリの溶ける時計を実際に時計に仕立てたもので、これはダリの「ポルト・リガトの聖母」をこよなく愛する鹿児島の高岡修さんに、現代俳句協会賞受賞のお祝いにお送りした。


さらに、京都市立美術館向かいの京都国立近代美術館で「アンフォルメルと日本の美術」展を見る。

今や、現代美術のクラシックとなった感もある戦後美術の熱気に興奮した。


遅い昼食を京都国立近代美術館のカフェで取ることにして、頼んだのは、カルボナーラ・リゾットやビーフシチュー・スパゲッティ。

バンビことパンクな彼女とシェアしたのだが、このカフェのメニューは、ユニークで面白い。
posted by 城戸朱理 at 12:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏の京都、ごだん宮ざわで、その4

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お客さん、ひと組ごとに土鍋で炊き上げられる御飯は、煮えばなをひと口味わったあと、赤だしとともに蒸らした御飯になる。

水茄子の漬物が嬉しい。


ルネ・ラリックのクリスタルに盛り付けられたみつ豆は、みつ豆とは思えないほど美しい。

鈴型の最中、さらにお抹茶が出て、食事は終わった。

最中のお皿は、尾形乾山の土器皿で、宮澤さんが先週、五客組みで求めたのだとか。

茶碗は、李朝の平茶碗で、細かい貫入が入った井戸脇。

夏茶碗で点てられたお薄は、見た目にも涼しげで、いいものだ。
posted by 城戸朱理 at 10:45| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏の京都、ごだん宮ざわで、その3

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鮎とともに夏の京料理に欠かせないものと言えば、鱧。

目の前で骨切りした鱧の落としは、梅肉に奈良漬とワサビが添えられ、素晴らしい味わいだった。

器は、北大路魯山人の備前。


桃山から江戸初期の絵唐津向付けに盛られたのは、白ずいきと毛蟹。

揚げ物は、尾形乾山作オランダ写しの角皿で、贅沢にも、蒸しアワビと蓮根の天ぷらが。

アワビ好きのバンビは、大喜びである。


これも定番、自家製カラスミを大きく切り、蒸し上げたばかりの餅米に乗せた飯蒸し。

実に、酒が進む。


おしのぎのカラスミの飯蒸しやカラスミ蕎麦の次に、秋から春にかけては、熱々の小鍋立てが出るが、夏は煮穴子だった。
posted by 城戸朱理 at 10:41| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏の京都、ごだん宮ざわで、その2

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続いて、焼き上がったばかりの鮎の塩焼きを、宮澤政人さんが、目の前で鮮やかに骨抜きして出してくれた。

たで酢ではなく、木の芽酢というのが、新鮮。

鮎は福井産、器は尾形乾山の銹絵長皿である。

鮎の骨は、素揚げして別に供された。


名物の焼き胡麻豆腐は、とうもろこしを練り込み、蒸したとうもろこしを素揚げしたものが添えられている。
posted by 城戸朱理 at 10:39| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏の京都、ごだん宮ざわで、その1

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京都の常宿、糸屋ホテルにチェックインして、まずは四条烏丸の東急ハンズへ。

京都に来たら、東急ハンズで、文具などを補充するのが、私とバンビことパンクな彼女の定番になった。

部屋に戻って、ゆっくり入浴してから、夕食は、予約していた「ごだん宮ざわ」へ。


栗の一枚板のカウンターに座ると、なんとも落ち着く。

まずは、ベネチアンガラスで冷たい煎米茶が出て、福井の早瀬裏を一献。

先付けは、帆立に紫蘇をあしらった枝豆のすり流し。

優しい枝豆の香りが帆立を引き立てる。

白磁皿は、白洲正子さんと交流があった加藤静允さんの作だという。


お椀は、初見の網手文で、あこう鯛にじゅんさい。

明末清初の古染付で供されたお造りは、めじ鯛と天草産の赤ウニである。

めじ鯛は、秋が旬で、しかも旬が短いことで知られる魚だけに、珍しい。

淡白な味わいだが、ねっとりと後を引く。

京都で生ウニというと、淡路産や天草産が多いが、北海道産に比べると、味も香りも柔らかい。
posted by 城戸朱理 at 10:38| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都の夏休み



2013年の春に、宗教学者の山折哲雄先生との対談するために訪れてから、仕事で京都を訪れる機会が増えた。

今年の春まで、3年間で16回も行っているのだから、行きすぎの感もあるが、撮影の立ち会いだと、午前5時、6時起きも珍しくないし、湯船にゆっくり浸かる余裕もない。

そこで、バンビことパンクな彼女が、たまにはプライベートで京都に行こうと言い出した。


「京都で、鮎と鱧を食べて、日本酒でじんわりするのは、どうかな?」

名案である。

「ダリ展も見たいね!」

京都は移動が楽なうえに、東京ほど美術館が混雑していないので、展覧会を見て回るのに向いている。


かくして、私とバンビは、8月16日から3泊4日で、短い京都旅行に行くことになったのだった。
posted by 城戸朱理 at 10:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月04日

秋のローライ同盟

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「現代詩手帖」11月号に、菊井崇史氏によるレビュー「ローライ同盟の仲間とともに」が掲載されている。

これは、7月24日に、ワタリウム美術館で開催された「吉増剛造 詩と写真」トークと朗読の夕べを紹介するもの。

イベントは、ナムジュン・パイク展が始まったばかりのワタリウムを舞台に、ローライ同盟幹事の小野田桂子が制作、遠藤朋之が司会をつとめた。

菊井崇史は、ローライ同盟参加の経緯を語り、私と遠藤朋之は、エズラ・パウンドの原詩と訳詩を、カニエ・ナハは吉増作品を、石田瑞穂は、自作詩にエミリー・ディキンソンの原詩を朗読した。

さらに、京都の四季を歩く吉増剛造を追ったドキュメンタリー映画「幻をみるひと。」(井上春生監督、ローライ同盟顧問)予告篇の特別上映も。


圧巻だったのは、「怪物君」の制作過程をパフォーマンスとして披露してからの、吉増剛造名誉会長の朗読だったが、その様子は、菊井氏の熱を帯びたレビューに詳しい。


現在、会員のスケジュールを調整し、次回の撮影会日程を決めている最中だが、撮影ではなく、またもや、ただの飲み会に終わる可能性も高い。

ローライ同盟は、カメラと写真を中心にした前衛活動グループだから、それでいいのである(?)。
posted by 城戸朱理 at 06:46| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月03日

現代詩文庫『田野倉康一詩集』『広瀬大志詩集』刊行記念「出航アンソロジー」

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広瀬大志くんが資料を提供し、思潮社がイベントのために制作してくれたのが、写真の「出航アンソロジー」。

これは、「洗濯船」創刊号に掲載された田野倉康一「漂流」、高貝弘也「THE AISLE」、城戸朱理「港」、「洗濯船」第2号に掲載された広瀬大志「水階」と田野倉康一による創刊号の「あとがき」を原版より収載したもので、懐かしいだけではなく、各自の資質の違いを改めて確認することが出来た。

私は、当日まで、このアンソロジーが作られていることを知らなかったので、神田白十字で、高木総編集長から、この小冊子を手渡されたときには驚いたが。


イベントは、若い詩人たちにとって、大いに刺激になったようで、同世代で同人誌を作ろうという気運が盛り上がったとのこと。

今は、誰でもネットで手軽に発信できる時代である。

同人誌を作ろうという若者も減っているだけに、嬉しい話だった。
posted by 城戸朱理 at 10:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

田野倉康一・広瀬大志「現代詩文庫」刊行記念イベント

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10月29日は、田野倉康一、広瀬大志両君の現代詩文庫刊行記念のトーク&朗読会。

このイベントは、最初、亀岡大助「現代詩手帖」前編集長が企画したものだが、「現代詩文庫」の刊行を機に実現することになった。

当日、出演者は正午に、戦前から続く名曲喫茶、神田白十字に集合。

そういえば、西脇順三郎が『ヨーロッパ文学』を刊行したときの出版記念会の写真が残されているが、会場は新宿白十字だった。


1時半に、会場となる神田古書センター7Fの「ほんのまち」に移動。

会場後方には、田野倉康一、広瀬大両君が、若き日に参加した同人誌「洗濯船」や「EONTA」、そして初期詩集の展示も。

高貝弘也くんも第一詩集『中二階』と第二詩集『深沼』を、私も第一詩集『召喚』を並べる。

また、このイベントのため、田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也・城戸朱理の初期作品を集めた小冊子「出航アンソロジー」を思潮社が制作してくれた。


イベントは盛会で、客席にはカニエ・ナハ、小林坩堝、そらしといろさんら、若い世代が目立ったのが特徴だろうか。


セッション第一部「1 2010s→80s」は、杉本真維子、伊藤浩子、高塚謙太郎、暁方ミセイ、石田瑞穂氏が登壇。

石田瑞穂氏の名司会で、田野倉康一と広瀬大志の詩の新たな読解の可能性を提示する刺激的なものになった。

高塚謙太郎氏による広瀬詩のサイバーパンク性の指摘など、意表を突かれるものが。


セッション第二部「 80s→2010s」は、私が司会。

田野倉康一、広瀬大志、高貝弘也氏と、まずは、それぞれの原風景から語り始め、詩的出発のころ、そして、今、考えていることまでを語り合った。


休憩をはさんで、野村喜和夫、榎本櫻湖、田野倉康一、広瀬大志の四氏の朗読が始まる。

しかも、野村、榎本両氏も自作ではなく、田野倉・広瀬作品を朗読。

榎本櫻湖は、田野倉・広瀬・高貝・城戸詩集を『中二階』と『深沼』の2冊を除いて、すべて持っていることをアピール。

展示してある『中二階』と『深沼』を、ぜひ譲って下さいと高貝くんに訴えていたが、前者は130部、後者が100部の限定だから、やはり入手は難しいのだろう。

イベントは、広瀬大志「激しい黒」の朗読で終わった。


打ち上げは、6時からランチョン・ビアホールで。

嬉しかったのは、いまだ読み解かれざる大作『プトレマイオスの生』の著者、國米隆弘くんと再会できたことである。

新詩集を準備中と聞いたが、期待が募る。


参加者も会場も熱気が凄かったので、イベントを制作してくれた思潮社の高木総編集長も遠藤みどりさんも興奮気味だったが、高揚感のある一日になった。
posted by 城戸朱理 at 10:28| イベント告知など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月02日

銀座、煉瓦亭の洋食

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和合亮一氏の撮影が終わったのは、8月4日。

和合くんと私とバンビことパンクな彼女は、新花巻駅から新幹線で帰途に着いた。

何時にロケが終わるか、見当がつかなかったので、この日は銀座のホテルを予約し、銀座泊まりに。


翌日は、煉瓦亭で昼食を取ることにした。

煉瓦亭は、明治28年(1895)創業の老舗洋食店。

本来ならラードで焼くカツレツを、油で揚げ、日本のトンカツを考案したのも、それにキャベツ千切りを添えたのも、煉瓦亭が元祖と言われている。

池波正太郎が愛した店としても名高い。


バンビと相談し、スープは冷製コンソメとコーンポタージュを。

さらにトンカツとオムライスをもらって、シェアすることにした。

いかにも洋食屋という雰囲気を喜んだバンビは、さっそく撮影を始める。


ウスターソースで食べるトンカツは上品で、オムライスは、玉子でくるむのではなく、とろとろの玉子が御飯と絡み合うスタイル。

このオムライス、かなり大きい。


印象的だったのは、隣席で、ひとり食事をしていた50くらいの男性で、海老フライとオムライスを頼み、目を閉じて、ひと口ずつ味わっている。

煉瓦亭の洋食には、特別な想いがあるのだろう。


食事を終えて一階に降りたら、「城戸さん!」と声をかけられた。

なんと、思潮社編集部の出本喬巳氏だった。

思いがけないところで会うものである。



それから、松屋で買い物をしてから、竹橋の日本近代美術館へ。

この日は、「声ノマ 全身詩人、吉増剛造」展の関連イベントとして、吉増さんと佐々木中さんのトークがあった。

ここでも、静岡大教授の山内功一郎氏、さらには京都の西原多朱さんと再会。

多朱さんと会うのは、10年ぶりだろうか。


2時間に及ぶトークも素晴らしかった。


トークのあとの吉増さんのサイン会には、長蛇の列が。


結局、この日は、吉増さん、佐々木さんと神保町のスペイン・バルで語り合ったのだが、刺激的で長い一日だった。
posted by 城戸朱理 at 13:51| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

和合亮一氏、岩手県大槌町の「風の電話」へ

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岩手県の大槌町の海を見下ろす岡に「風の電話」がある。

電話ボックスのなかにあるのは、回線がどこにも繋がっていない電話機とノート。

これは、ガーデニング・デザイナーのSさんが、亡くなった従兄弟に想いを届けるために設置したものなのだが、東日本大震災のあと開放され、亡くなって会えなくなった親しい人に想いを伝えようと、訪れる被災者があとを絶たない。


かねてから、「風の電話」に行きたいと言っていた和合亮一氏が、大槌町を訪れ、Sさんの話を聞く「友心」のコンテンツの撮影は、柳美里さんの只見ロケに続いて行われた。

私は、福島市でスタッフと合流、翌朝、和合氏の自宅を訪ね、さらに水田が広がる福島県の最南端でのロケのあと、岩手県大槌町に向かった。

車で5時間の強行軍である。


和合くんの書斎も、初めて拝見したが、見事なまでに本がない。

本は実家の書庫に置いているのだとか。

大震災のあと、「詩の礫」を書いて発信したというPCも見せてもらったが、和合くんは余震のたびにPCを抱えて庭に出て、「詩の礫」を書いていたのだという。


「風の電話」でのロケのあとは、船越湾で朗読シーンを撮影した。

ちなみに、井上ひさしの小説『吉里吉里人』の舞台、吉里吉里は、大槌町の地名である。


この番組は、すでに完成しているが、「風の電話」のボックスのなかで、思わず涙ぐんだ和合くんの姿が、印象的だった。


大震災の傷は、いまだに癒されてはいない。

それは、生き残った者が、死ぬまで抱えていくしかないものなのだろう。

微力でも、私も、そのことを伝えていきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 07:47| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

柳美里さん、南相馬から只見へ

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東日本大震災の記憶が風化しないように、被災地と被災者に取材するコンテンツ「友心」は、8月始めに撮影された。


柳美里さんが、亡くなったが、遺体を引き取る家族がいない除染作業員の遺骨を預かる南相馬の住職を訪ね、さらに、新潟との県境に位置する会津の只見へ。

只見は、柳美里さんのお母さんが、かつて暮らした町だが、ダムに水没した町でもある。

故郷を失った人と失われた故郷。

そして、柳さん自身の故郷とは。


アシスタント・プロデューサー兼スチールとしてロケに参加したバンビことパンクな彼女は、久しぶりに柳さんに再会。

ふたりで、大きなハートを作って、記念撮影をした写真が送られてきた。

私は、フェリス女学院大学の受講生9人が鎌倉に来ることになっていたため、ロケに参加できなかったのである。


柳さんが、ラグドールのティグリとエミリーを抱いた写真は、番組の最後に使われた。

それにしても、のっこりと大きなネコである。
posted by 城戸朱理 at 16:56| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

試写と打ち合わせへ



帰国した翌日は、荷物を整理して終わった。

24、25日は、来年度のCS放送番組「Edge」「H(アッシュ)」ほかの企画書を作り、26日は、試写と打ち合わせのため東京に向かう。


試写は、午後2時から。

出演は柳美里さん、南相馬と会津の只見を舞台とするコンテンツ。

バンビことパンクな彼女も、アシスタント・プロデューサーとして参加した。

試写終了後、私は、番組プロデューサーの平島進史、西森基文氏らに来期番組の企画案を説明。


その後、場所をかえて、5時から井上春生監督と秋の京都ロケの打ち合わせ。

そして、私が仕上げたシナリオをめぐって、映画の構想を聞いたのだが、なぜかラストシーンの湯河原が、アイスランド・ロケに変更しようという展開になって盛り上がる。


さらに、6時半から、Edgeを立ち上げたプロデューサーでもある設楽実氏と打ち合わせである。

気づいたときには、終電を逃し、ホテル・メッツに泊まることになってしまった。
posted by 城戸朱理 at 16:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする