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城戸朱理のブログ

2017年01月30日

講演会の打ち合わせ

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1月25日(水)。

出光美術館で開催される古唐津展で、講演をすることになり、打ち合わせのために学芸員の柏木麻里さんが鎌倉まで来てくれた。

柏木さんと言えば、私にとって、まず何よりも『音楽、日の、』『蜜の根のひびくかぎりに』の詩人であり、出光美術館の学芸員をされているのを知ったのは、最近のこと。

これまで「三代山田常山」展、「板谷波山の夢みたもの」展、「仁清・乾山と京の工芸」展などの展覧会を企画されてきたそうだ。

今回、担当されている「古唐津――大いなるやきものの時代」展(2月11日〜3月26日)は、出光美術館開館50周年の展覧会となる。


待ち合わせは、クルベル・キャン。

最初に古唐津展図録のカラーコピーを拝見しながら、展示品の説明をうかがい、古唐津の魅力について、語り合う。


専門家でもない私に、あえて講演を依頼されたのは、言葉と器物の関係を再考するためだろうか。


柏木さんは、ひとりでも多くの人に陶磁器を好きになってもらいたいという想いから、誰もが入りやすい「かわいい」という切り口で、『かわいいやきもの』(東京美術)という著書まである。

とにかく、焼き物に対する柏木さんの愛情が熱いくらいで、打ち合わせと言いながらも、楽しい時間だった。


私の講演は、一般向けではなく、出光美術館の会員のみ参加できる形式だが、後日、館報に内容が紹介される予定である。
posted by 城戸朱理 at 14:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

鰻のつるや

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「かまくら春秋」対談のあとは、伊藤玄二郎代表に由比ヶ浜通りの「つるや」に連れていっていただいた。

もう何年も、私は来客があるときしか行けないが、柳美里さんも鎌倉に住んでいたころ、つるやから出前を取っていたっけ。


創業1929年の老舗で、かつては川端康成、小林秀雄、立原正秋ら、鎌倉文士が通った店でもある。


この店は、注文を受けてから鰻を捌くので、予約しておかないと、1時間近く待つことになる。

私が初めて、つるやを訪れたのは、もう30年ほど前になるが、そのときは、お新香でビールを飲みながら、1時間近く待ったものだった。


甘味を抑え、ふうわりと焼き上げられた蒲焼きは、実に酒に合うので、吉増剛造さんも気に入られている一軒だ。
posted by 城戸朱理 at 14:44| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ホテル・ニューカマクラ

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年間観光客が1200万人を超える観光地なのに、鎌倉にはホテルが少ない。

プリンスホテルを始めとして、いくつかあるホテルは、ぜんぶ泊まったことがあるが、抜群に面白いのは、やはりホテル・ニューカマクラだろう。


鎌倉駅のホームからも見える木造の洋館は、大正13年(1924)に建てられたもので、関東大震災前には、文人がよく利用した料亭・貸別荘、平野屋があったところ。

大正12年に、岡本かの子は、避暑で平野屋を訪れた芥川龍之介と偶然、出会い、小説「鶴は病みき」を書いた。


バス、トイレは共有ながら、掃除が行き届き、赤いカーペットに、シャンデリア、ステンドグラスと、内装が実に洒落ている。

レストランはないので、素泊まりのみ。

鎌倉駅西口から徒歩一分、平日なら一泊5000円からというという手頃さ。


吉増剛造さんも気に入られて、鎌倉に来るときは、バンビことパンクな彼女が予約を入れるのが恒例になった。

吉増さんは、いつも和室を利用されるが、御自宅の書斎も、和室に文机だから、ホテルの部屋でも「怪物君」の制作を続けているのだろう。
posted by 城戸朱理 at 14:30| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

吉増剛造さんと、かまくら春秋社へ

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1月22日は、10時から、かまくら春秋社で「詩とファンタジー」選考会だった。

刊行が年2回になったため、蜂飼耳さん、平岡淳子さんとお会いするのも半年ぶりである。

終了後は、鎌倉彫会館の倶利で昼食。

私は、飛び込みで美容室ユアーズに入り、カットとヘッドスパをしてもらって、元町ユニオンで買い物をして帰宅した。

それから詩作の時間。

夜は、バンビことパンクな彼女と山田洋次監督「たそがれ清兵衛」を見る。


23日は、吉増剛造さんが「かまくら春秋」誌の対談のため、鎌倉にいらっしゃったので、バンビと一緒に吉増さんを迎えに行った。

吉増さんは、若宮大路に建つ四階建てのかまくら春秋社ビルを見て、その大きさに驚かれていたが、たしかに小出版社の規模ではない。


伊藤玄二郎代表との対談は、4時から。

先日、私が原稿を渡したのは「新・鎌倉のみほとけ」だが、1974〜79年にかけて連載された「鎌倉のみほとけ」では、田村隆一さんも吉増さんも原稿を寄せている。

田村さんは吉増さんの仲人だし、酔っ払っては、かまくら春秋社のソファーで、よく寝ていただけに、伊藤代表も親しかったので、対談は田村さんの思い出話から始まった。


バンビは写真担当、私はオブザーバーで、山本太平編集長も同席したのだが、滅多に聞けない吉増さんの詩に対する、もっともラディカルな考えを、吉増さん自身の言葉で聞くことができる貴重な対談になった。

山本太平編集長も興奮気味だったが、掲載時には、思潮社や友人にも送らなければ。


終了後は、由比ヶ浜通りの鰻の「つるや」で御馳走になりつつ、歓談。

伊藤代表から思いがけない提案があって、今度は、吉増さんと私が、いささか興奮することになった。
posted by 城戸朱理 at 09:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

福島名物、円盤餃子

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去年の夏、ロケで福島に行ったとき食べた円盤餃子。

一個はひと口サイズで、井上春生監督と、すぐに、もうひと皿、追加したっけ。

夜、iPhoneで去年の写真を確認していたら出くわしたのだが、餃子でビールをしたくなった。
posted by 城戸朱理 at 22:52| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

向田邦子の牛乳スープ

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『向田邦子の手料理』を読み直し、牛乳スープなるレシピを見つけたので作ってみた。


骨付きの鶏腿肉を使うのだが、手羽元で代用する。

まず、バターで鶏肉に焼き色を付け、ジャガイモも炒めて、ひたひたの水で煮る。

火が通ったら、牛乳を加え、なじむまで煮て、仕上げに黒胡椒を。

調味は塩だけで、水で煮る段階で加えると鶏肉にも味が入る。

私は、水のかわりに鶏ササミをローリエ・白胡椒5粒・塩で煮て、ササミのハムを作ったときのスープを使った。


バターの風味と黒胡椒の香りを生かすために、鶏とジャガイモのみというところが、向田さんらしい。


バンビことパンクな彼女が、活帆立のカルパッチョと茸の炒め物を作り、牛乳スープを出して、晩酌を始めたのだが、この牛乳スープ、シンプルなのにこっくりとしたコクがある。


「美味しい!」とバンビは喜び、「生麺を入れて、牛乳ラーメンにしても、きっと美味しいよ!」と言い出した。

見た目は、豚骨ラーメン風になるだろうが、実は牛乳というのが面白い。


向田邦子は、大きなプロ用のずんどう鍋で、いつも、たっぷりスープを仕込んでいたそうだ。

執筆中に小腹が空いたときや、お酒のあとに、寒い日にはスープでおじやを作ることもあったという。
posted by 城戸朱理 at 13:04| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

新連詩、スタート!



高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩は、大志くん出題の「謎」に続いて、田野倉くん出題の「夷狄」が完成し、高貝くんが出題した「夢十二夜」が、始まった。


出来るだけ実際に見た夢を題材にするというのが、高貝くんからのリクエスト。

高貝くんの素晴らしい書き出しで始まった連詩を大志くんがどう受けるか期待していたら、こんな強烈な夢を見るのでは、寝ていても休まらないだろうという、恐い夢が繰り広げられた。

これは夢なのか、それとも夕張ファンタスティック映画祭なのか?

それにしても、見る夢までホラーとは、大志くんも徹底している――


はたして、自分はどんな夢を見て、十二夜で、どんな四人の夢が紡がれていくのか。


連詩は、さらに続いていく。
posted by 城戸朱理 at 09:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月21日

『向田邦子の手料理』(講談社)

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脚本家としても活躍した直木賞作家、向田邦子は、文筆業のかたわらで、女性がひとりでも気楽に立ち寄れる店を作ろうと、妹の向田和子とともに、赤坂に「ままや」を開店したほど料理が得意だった。

本書は和子さんによる監修で、料理も和子さんによるもの。

初版は、1989年に刊行されたが、私が持っているのは、1994年刊の16刷だから、どれだけ人気があったか分かる。


この本は実に丁寧な編集で、向田邦子の著作から、食べ物に関する文章と和子さんの姉の思い出話をあちこちにちりばめ、生前の向田邦子という作家の姿が、ありありと浮かんでくるところがある。


料理が得意なだけに器好きでもあり、向田邦子が集めた器も紹介されているのだが、中国龍泉窯の青磁や古伊万里などの骨董から、北大路魯山人の爼板皿、醤油差しまで、実に多彩で、楽しい。


向田さんは「私は、ひとり暮らしのくせに、膳の上に品数が並ばないとさびしいと思うたちである」と語っており、これは酒好きならばうなずけるところだが、それだけに掲載されている料理の品数も多い。

家庭にまでフレンチやイタリアン、エスニック料理が入り込んだ今から見ると、どこか懐かしさを感じる昭和的なレシピが多いが、手間をかけずに美味しいものを作るという姿勢が貫かれているので、実用書としても役に立つ。

一見、ポタージュに見える「じゃが芋スープ」など、すり下ろしたジャガイモを煮るといった手の抜き方が、向田流。


サツマイモと栗のレモン煮やクレソン炒飯、白身魚のマヨネーズ焼きや鶏肉のレモン風味炒めなど、向田さんが考案したとおぼしきレシピも多く、よほどの料理好きだったのだろう。


向田邦子は、旅先の台湾で、飛行機事故のため、51歳で亡くなった。

第83回直木賞を受賞したのは、その前年のことだが、受賞作は、雑誌連載中の連作短編。

単行本化を待たずに候補になったこと自体、異例だが、選考会では、山口瞳が、向田邦子はもう51歳、いつまで生きてるか分からないと発言し、授賞がきまったそうだ。

本当は、そのとき向田さんは50歳だったのだが、51歳で亡くなるとは誰も想像できなかっただろう。
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2017年01月20日

bambi in Vivienne Westwood!?

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洗面所から、バンビことパンクな彼女の楽しげな歌声が聞こえてきた。


「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」

バンビのテーマ曲である。

「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」

いつもより、威勢がいいような気がする――

「ビコバン、ビコバン、ビコバン〜♪」

今度は、逆転してしまった――

「バンビィ〜♪」


何をやっているんだろう?

「毛繕いをしているんだよ!」
・・・・・・

バンビなのに、猫のようなことをしていると思ったら、たんなるブラッシングを毛繕いと言っていたのである!

一事が万事、こんな調子だが、バンビと言ってもマッド・バンビ、パンクなので、仕方がない。


「試写のあとで、ヴィヴィアンに寄れるね!

きっとセールになってるよ!」

それが狙いだったのか!


仕方がないので、試写と打ち合わせを終えてから、バンビを連れて、パンクの聖地、ヴィヴィアン・ウエストウッドへ。


まだ春物の新作は入荷していなかったが、秋冬物は定番を除き、セールになっていた。


とはいえ、昨年のうちに、レザーのライダース・ジャケットはすでに入手済みだし、ベーシックなカーディガンも買い足したし、コートも足りている。

あれこれ試着してみて、着丈の長いスウェット地のラヴジャケットとカラフルなパターンの巻きスカートの2着を買ってあげることに。

「この巻きスカートは、前から目をつけていたんだよ!」

目はつけたものの、イタリア製の輸入品だけに、コート並みの値段だから迷っていたらしい。

巻きスカートと言っても、ヴィヴィアン・ウエストウッドならではのアバンギャルドなデザインで、セールなら半額である。

かくしてバンビは、2着のヴィヴィアンをゲット、帰宅すると、さっそく着ている。


「このジャケットは、裏地がふわふわしてて、とってもあったかいね!」


そして、そのまま寝てしまったのである!

バンビは気に入ったものを枕元に置いたり、寝床に引っ張りこむ癖があるが、ジャケットはパジャマではない。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 20:33| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

辻清明/協『肴と器と』(講談社)

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先に、辻協の料理本『存分に恵みの食卓』を紹介したが、本書は辻清明と協夫妻による料理本で、器にも重心が置かれている。

というよりは、前者が実用的な料理本なのに対して、本書は、むしろ器の取り合わせを楽しむものになっている。

いや、たしかに料理本なのだが、ハモやウツボなど、入手が難しい食材が多いので、簡単には再現できないのだ。


たとえば、伊勢海老を何匹もぶちこんだ磯鍋。

これは伊豆大島の泉津漁協に頼んで入手した活きのいい伊勢海老、ぞうり海老、蟹、サザエ、とこぶしに海藻などを鉄鍋で煮て、味噌・酒・粗塩だけで調味したもの。

これを仲間と囲み、焼酎を酌み交わすというのだから真似できない。


だが、器使いを見ているだけでも楽しい。

韓国風サラダを18世紀のオランダ、デルフトの色絵皿に盛り、狩野川の鮎のひと干し開きは、ツワブキの葉に。

李朝、信楽、備前、漆器もあればガラス器もある。

古器に、辻清明・協夫妻の自作が混じり、料理が実によく映える。


玉子の黄身の味噌漬けや蒸しアワビなら、私も作ることがあるが、本書は、むしろ、陶芸家の器使いを見る本だろう。
posted by 城戸朱理 at 09:00| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

菊石朋『耳の生存』(七月堂)

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文庫本のサイズで、本文は44ページ。

小さくて薄い、蕭洒な本だが、その見かけとはうらはらに、一冊で一篇の長篇詩を収録する力作が登場した。

『耳の生存』とは、不思議なタイトルだが、耳という言葉が示すように、言葉を聞くことの可能性と不可能性をめぐって、生者と死者、自己と他者の輪郭をなぞっていくかのような趣きがある。



わたしは見ていた
それが
名前を与えられるようなはじまりならば
終わりはなくなる 泥土の深い静けさの中で
頭骨は輝いているのだと それは、
わたしの頭の中の ときめきのような痛みで
共鳴しあい、そこから涙があふれるようだ
孤独というのならば
夏の空よりも晴れ 雨より冷たく
わたしのからだは目覚めている


これが長篇詩の始まりなのだが、これから何かが起こるのではなく、すでに何事かが起こってしまったかのような事後の感覚に満ちた始まりだと思う。

その感覚は、一冊を貫くものの予兆であるとともに、主題を指し示しているのではないだろうか。


なかほどに村上昭夫『動物哀歌』の「雪」の引用をはさんで、ゆるやかに繰り広げられるのは、生の鼓動と死の呼吸にほかならない。

『耳の生存』は、著者の第一詩集。

ひとりの詩人の誕生を刻む、鮮やかな一冊である。
posted by 城戸朱理 at 10:30| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月17日

新春の酒器

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新春の酒器は、秋に京都の「ごだん宮ざわ」に持参した北大路魯山人の赤呉須銀彩徳利と小山冨士男の宋赤絵風花字盃を使った。


魯山人の赤呉須は雅味があり、実に美しい。

金彩や銀彩は華やかにすぎるが、それを問われた魯山人は、数十年すれば分かると応えたという。

たしかに、経年によって銀彩は酸化して黒ずみ、落ち着きを見せている。

花字盃は見込みに酒が染み、とろりとした肌になってきた。

お正月にふさわしい花のある取り合わせだが、写真は撮らなかったので、ごだん宮ざわで撮影したものを流用した。


魯山人も、古山子と号した小山冨士男も鎌倉在住だったから、鎌倉の骨董屋では、ふたりの作品を見かけることがある。

あるときなど、若宮大路の骨董屋に小山さんの盃が五点も並んでいたことがあった。

魯山人は、さすがに見かけなくなったが、由比ヶ浜通りの瀧屋美術で、よく扱っていたのを思い出す。


小山冨士男は文部省の技官だったときに、魯山人を二度、人間国宝に推したが、魯山人はこれを断った。

しかし、ふたりの交流は損なわれることなく、魯山人が亡くなったとき、真っ先に駆けつけたのは小山冨士男だったという。


宮澤政人さんによると、京都の骨董屋が扱う魯山人作品は、本人による共箱がほとんどらしい。

魯山人没後、公式鑑定人は銀座の黒田陶苑か、鎌倉の魯山人館の竹腰長生になっているが、東京の骨董屋で、いちばん見かけるのは黒田箱だろう。

それ以外だと、魯山人の星岡窯の主任をつとめ、のちに人間国宝となった荒川豊蔵や小山冨士男の箱書きを見たことがある。

私の手元にある魯山人作品は黒田箱がいちばん多いが、朝鮮唐津茶碗は小山冨士男の箱書きだった。



北鎌倉在住の70代の方から聞いたのだが、妹さんが魯山人の娘さんと小学校で同級で、山崎の星岡窯に遊びに行ったとき、魯山人その人から器をもらったことがあるそうだ。

魯山人には、傲岸不遜、唯我独尊のイメージがつきまとっているが、気前がいい人だったのも間違いない。

そのあたりのことは白洲正子さんも書いている。


また、魯山人の生前には、鎌倉の雪の下に魯山人作品の販売店「かまくらや」があったので、鎌倉のあちこちに、魯山人作品が、まだ眠っているかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 09:16| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

魯山人で和食を

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1月11日(水)は試写のため、東京へ。

井上春生監督と立川駅で待ち合わせた。


番組は、昨秋、京都で撮影した「H(アッシュ)」である。

名店がひしめく京都にあって、開店の翌年にミシュラン・ガイドで星を獲得した「ごだん宮ざわ」の宮澤政人さんが、
岡崎の真澄寺別院・流響院にインスパイアされた秋の料理をあつらえるという企画で、石田瑞穂・みう夫妻がお客さんとして出演する。


和食の場合、器使いまで含めて料理となるが、宮澤さんは、今回の撮影のために北大路魯山人の漆器を手がけた山中漆器の辻石斎のお椀を新調し、本番では魯山人作割山椒の先付けから始まって、魯山人尽くしの器使いを披露してくれた。


お造りは、藁で焙った締め鯖で、器は、明末の古染付もみじ皿だったが、これは魯山人が写しを作っている。

ただし、写真は私が撮影の前に訪れたときのもので、お造りは締め鯖ではなく、安乗ふぐである。

締め鯖も、いわゆる京都の「きずし」ではなく、軽く締めた鯖を藁で焙ったもので、香りも味も素晴らしかった。


ピークは、穴子と牛蒡の天ぷらを盛った魯山人の絵替わり色絵双魚文皿で、博物館級の名品である。


流響院での石田瑞穂氏の自作詩朗読の場面や、宮澤・石田両氏が、宮澤さん行きつけの骨董屋を訪ねる場面もあって、京都の秋を堪能できるコンテンツになった。

宮澤政人さんが、流響院の四季からイメージした料理を作る番組は、これで春篇、秋篇の2本が完成したが、あと夏篇と冬篇を制作する予定。


秋から冬にかけての京都の撮影は、あまりの寒さに震えることがある。

なかでも、東直子さんの詩仙堂での早朝ロケや、吉増剛造さんの妙心寺法堂、狩野探幽雲龍図の下での朗読シーンを撮影した早朝ロケのときの、骨の髄まで凍えるような寒さは忘れられないが、昨秋のロケは、早朝ロケがない分、楽だった。


試写で気になった点は、アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女が、整理して、メールで井上監督と私が共有し、ナレーション原稿を修正する。


井上監督は、現在、「H(アッシュ)」から派生したドキュメンタリー映画「詩人・吉増剛造 幻を見るひと」の編集に入っており、出品する海外の国際映画祭についても相談した。

公開は、映画祭のあとになるので、今年の秋を予定している。


試写と会議のあとは、井上監督と今年度のコンテンツの具体的な打ち合わせをして、この日は終わった。
posted by 城戸朱理 at 12:04| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月15日

及川俊哉氏の「詩と思想 新人賞」贈呈式へ

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及川俊哉氏による現代祝詞「水蛭子(ひるこ)の神に戦を防ぐ為に戻り出でますことを請ひ願ふ詞」の朗読は、会場の空気を一変させた。

憲法九条を含むこの詩は、まさに現在への祈念として響きわたったと言ってもいい。


それにしても、及川俊哉氏の第25回「詩と思想 新人賞」受賞の知らせには意表を突かれた。

この賞は刊行詩集2冊までの新人を対象とするもので、公募制。

受賞者は「詩と思想」の版元である土曜美術社出版販売から、3年以内に詩集を刊行してもらえるそうだ。


贈呈式は1月9日(月)の「詩と思想 新年会」の最初に行われた。

会場は、九段のホテル・グランドパレス。

私は初めて参加させていただいたが、一色真理さんの開会の言葉で新年会が始まり、来賓挨拶のあと「詩と思想 新人賞」贈呈式。

選考経過は実に面白く、最初、及川作品を押した選考委員は高良留美子さんひとりだけだったが、論議を重ねるにつれて評価が高まり、最終的に授賞作に選ばれたとのことだった。


及川さんが編集長をつとめる「ウルトラ」同人の渡辺めぐみさんが、受賞者紹介のスピーチをされたのだが、これが第一詩集『ハワイアン弁財天』から近作の現代祝詞まで、及川さんの作品世界を読み解く素晴らしいものだった。

そして及川俊哉氏による朗読となったのだが、会場を圧する朗読と、そのあとの、あまりに控え目な受賞者挨拶のギャップに腰がくだけそうになる。


及川さんの恩師である澤正宏福島大学名誉教授(写真2枚目)ともお会いできたが、澤先生は和合亮一氏の恩師でもある。

和合さんによると、澤先生の指導によって西脇順三郎や吉岡実の詩と出会ったそうだが、澤先生によると、和合さんは、詩人になりたいと言って訪ねてきた初めての学生だったそうだ。

さらに、及川さんは三島由紀夫を読んでいると寝食を忘れるような青年だったのだとか。

和合亮一氏も駆けつけ、「ウルトラ」の初代編集長と二代編集長が揃ったが、福島ならともかく東京でふたりが並んでいるのは珍しいのではないだろうか。


バンビことパンクな彼女は愛機オリンパスOM-Dで記念撮影していたのだが、会場で「バンビさんですか?」と声をかけられたと言っていたっけ。


私が選者をしている「岩手日報」投稿欄の常連で、甲府からいらした佐々木貴子さんともお会いできた。


会場はなごやかな雰囲気だったが、福島第一原発事故以降、頻発している天災・人災と、世界的に揺らぎ始めた状勢を反映して、危機感をたたえたスピーチが多かったのが印象深い。

及川俊哉氏の受賞作もまた、そうした危機の時代に向けた詩だったと思う。

現代祝詞が、詩集になる日が待ち遠しい。
posted by 城戸朱理 at 13:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

犯人は誰だ?

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寝室からバンビことパンクな彼女の歌声が聞こえてきた。


「にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ♪」

いつものテーマソングである。

「にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ♪」
・・・

「にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ♪」
・・・・・・

「にゃんこ〜〜♪」


何をしているのだろうと思って覗いてみたら、お腹に大きなキティちゃんの顔をのせて、なごんでいるではないか。

何なんだ、そのキティちゃんは?

「これは湯たんぽキティだよ〜」
・・・

「このキティちゃんをお腹にのせておくと、ポカポカなんだなあ!」
・・・・・・

「貸してあげようか?」
・・・・・・


そんなものがあったとは――


東京でホテル泊まりになったときのこと。

コンビニでミネラルウォーターやビールを買っていたら、バンビがパタパタとやって来た。

「これも買ってあげてね!」

見れば、妙に四角っぽいキティちゃんである。

何なんだ、これは?

「これは使い捨てのカイロを入れるキティちゃんだよ!」
・・・・・・

こんなものまであったとは――


海外から日本に戻ってきて、いかにも日本に帰ってきたなと思うのは、空港でコンビニに寄ったときである。

日本人は、どんなものでもキャラ化するのかと思えるほど、やたらとあるのだ、「カワイイ」ものが。

何も湯たんぽをキティちゃんの顔にしたり、使い捨てカイロのケースをキティちゃんにしなくてもいいのではないかと思うのだが、してしまうのである、日本人は。


そして、バンビの身辺は、次第にキティちゃん化していくのだった――


ある日、気づいたらデスクのマウスパッドが、イチゴに化けたキティちゃんになっていた。

さらに、携帯用のウェットティッシュのケースにまで、キティちゃんの顔が付いている。

バンドエイドまで、キティちゃん柄に――


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 23:42| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

トランク、ついに壊れる

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東京のホテルからトランクを宅急便で送り返し、鎌倉に届いてみたら、本体に亀裂が走っていた。


2013年にフィンランドから帰ったら、角が割れていたので修理に出し、2015年にハワイだったがニューヨークだったか忘れたが、海外から戻ったら、今度は取手が取れたので直し、騙し騙し使ってきたのだが、どうやら寿命らしい。


このトランクは、ドイツのリモア社のサルサで、発売直後に、バンビことパンクな彼女が、誕生日プレゼントに買ってくれたものだから、もう15年ほど酷使したことになる。

海外が20回以上、国内に至っては旅行、出張、さらにはホテルでの缶詰と100回以上、使ったのではないだろうか。


トランクの亀裂を、バンビに見せたら――


「ぼく、トランクだよ」
・・・

いきなり、トランクになってしまった――

「お腹がさけちゃったんだよ」

パンクだから、なんでも、お遊びのネタにしてしまうのである。

「だから、こうやって、しゃべることが出来るようになったんだなあ!」
・・・・・・

別にトランクが、しゃべれなくてもいいのである。


ともあれ、私にとってトランクは必需品だから、新調しなければ。

「でも、唐津くんちのステッカーが勿体ないね!」

飛行機をよく利用する人なら分かるだろうが、トランクのメーカーは限られているから、空港で受け取るとき、見分けがつくようにステッカーを貼ったりして、カスタマイズする必要がある。

私のトランクには、唐津で買った「唐津くんち」のステッカーが貼ってあるのだが、これは、諦めるしかない。

唐津神社の秋季例大祭である唐津くんちは14の曳山が町を練り歩くのだが、この曳山は、乾漆によって江戸時代から明治初期に作られた工芸品で、赤獅子、青獅子、金獅子、飛龍など神話的なモチーフや、酒呑童子と源頼光の兜、源義経の兜、上杉謙信の兜、武田信玄の兜など、勇壮なものが多い。

そのなかで小学生のいちばん人気は、魚屋町の曳山の鯛。

鯛は――たんなる「お魚」である。

龍や酒呑童子に混じって、ただの「お魚」が曳山になっているところが傑作だし、これが実にかわいい。

唐津くんちを見に行くのは、私の夢のひとつである。


新しいトランクは、またリモアを買うか、グローブトロッターにするか、迷っているのだが。
posted by 城戸朱理 at 15:46| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理の連詩、暴走状態?



昨年末に始まった4人による連詩は、さらにペースを上げ、続いている。

新年の連詩が完成してからは、広瀬大志出題による「謎」が1月10日に完成し、翌日から田野倉康一出題による「夷狄」が始まった。

これは連詩の六篇目となるが、歴史マニアの田野倉くんらしく、古事記、日本書記を踏まえた書き出しを、大志くんがロジャー・ゼラズニィ風のハードSF調の詩行で受け、なんともシュールな展開に。

第二連は高貝くんと私の担当だが、どう進むのか、まるで見当がつかない。

それが、他者の言葉と向かい合う醍醐味でもあるのだが。
posted by 城戸朱理 at 12:09| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新年会とiPhone7



7日(土)も、鎌倉は人出が多かった。

日中は、アンケートの回答など郵便物を処理し、夕方、若宮大路のauショップでのiPhone7+ を購入。


マガジンハウスの「コロカル」編集長、及川卓也氏から、女子美大学院の受講生との新年会のお誘いがあったので、6時過ぎにクルベル・キャンへ。

及川さんも女子美大学院とフェリス女学院大学に出講している。

去年は仕事の出張が多く、鎌倉に寄る機会もなかったそうだ。

今になると、よく鎌倉で一緒に飲んでいたころが懐かしい。


修士の院生3人とも半年ぶりに再会、2年生は無事、就職も決まったという。


8日(日)は、バンビことパンクな彼女が、iPhone7+を使えるように、クラウドからデータをダウンロードしてくれたのだが、これが異様に時間がかかる。

しかも、バンビは、私のiPhone用ケースを、すでに用意していたのだが、またもやリラックマが付いているではないか――


この日は出光美術館から講演の依頼があったのだが、詳細は、近いうちに報告したい。
posted by 城戸朱理 at 11:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

念持仏〜大日如来

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数年前に、鎌倉は由比ヶ浜通りの骨董屋で小さな小さな仏さまを見かけた。

像高2センチほどで、厨子に入っている。

念持仏のなかでも、旅に携帯する守本尊で、智拳印を結んだ大日如来である。


ふだんなら、そのまま戻すところだが、東日本大震災のあと、父と友人を見送ったばかりだったので、しばし見入ってしまった。

小さいが、仏師の手になるもので民間仏ではない。

江戸時代のものだろうが、お顔は凛々しく、時代はかなり上がるのではないだろうか。


高くもなければ安くもない、江戸時代の念持仏の値で譲ってもらって居間のテーブルに仮安置したのだが、気づくとバンビことパンクな彼女が、よく手に取ってじっと見つめている。


「このカーブがぴったり合っているんだから、凄い細工だよ!」
・・・・・・


なんと、バンビは仏さまではなく、厨子を見て感心していたのである!

しかし、これだけ毎日、眺めているのだから、もはやバンビの念持仏と言ってもいいだろう。

とはいえバンビは京都の弘法市で見つけた1cmほどの黄水晶の観音さまを旅の守本尊にしているから、そちらが持仏ということになるのだろうか。


もっともパンクだから、何をお祈りしているかは分かったものではない。

なんと、京都の下鴨神社にお詣りしたときは、「お手々にたっぷりお小遣いがのせてもらえますように」と声に出してお願いしていたくらいなのだから。


それでも、小さな仏さまを傍らに置くのは、悪くないと思う。
posted by 城戸朱理 at 09:09| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

バンビ、覚醒???

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初めてのスターウォーズ、しかも3Dの「ローグワン/スターウォーズ・ストーリー」にバンビことパンクな彼女は大興奮、とりわけ、ジェダイ騎士のフォースとライトセーバーが気に入ったらしい。


「フォースが覚醒しちゃったなあ!」

嘘である。

「騎士名は、バンビ・ケノービだよ!」

冬毛が伸びたバンビのような名前である。

「オビ=ワン・バンービのほうがいいかな?」

わんことバンビが合体したようで、まったく強そうではない。

千世代にわたる銀河共和国の守護者、ジェダイ騎士の名前としてはどちらもヘンである。


毎年、無印良品のスケジュールを書き込めるカレンダーを使っていたのだが、今年の分を買い忘れていたので、チェックしたところ、湘南テラスモールの無印良品でも売り切れだった。

すると、帰宅してから――


「カレンダーが、大船の無印良品にあるのが分かったよ」
???

「フォースを使ったんだよ!」
・・・

嘘である。

ネットで在庫を調べたに違いない。

「フォースの力が、ぴくぴくしちゃうなあ!」
・・・・・・

フォースは「力」という意味だから、同語反復である。


スーパーで新鮮な野菜を見ても――

「この野菜は、フォースがあるね!」
・・・・・・

お湯を沸かすと――

「フォースで沸かしたんだよ!」

嘘である。

ガスコンロで沸かしたのである。


一事が万事、こんな調子で、しかも、ネットでライトセーバーの玩具をチェックしているではないか!

油断すると、玩具のライトセーバーを買って、家のなかで「むーん、むーん」とか言いながら振り回しかねない。

パンクだから仕方がないが、いよいよ厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 05:08| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする