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城戸朱理のブログ

2017年04月06日

朝鮮半島の危機的状況について



4月5日の北朝鮮による弾道ミサイル発射を受けて、アメリカのレックス・ティラーソン国務長官は、非難の言葉さえ口にせず「さらなるコメントはない」と異例の声明を発表した。

これは、尋常ではない。

ティラーソン国務長官は、3月17日に、北朝鮮に対するワシントンの「戦略的忍耐」は終わったと宣言しており、「あらゆる選択肢が検討されている」と発言している。


さらに、4月2日には、トランプ大統領が、英ファイナンシャル・タイムズのインタビューで、「中国が北朝鮮問題を解決しないのなら、私たちがする」と軍事力の行使を示唆しており、朝鮮半島における危険水位は限界に達しつつある。


翌日、4月3日に、日本政府は、突然、長嶺安政駐韓大使の帰任を発表。

その理由を韓国の大統領戦、及び北朝鮮の脅威に備えるためとしたが、「在韓邦人の保護という側面もある」という文言は、朝鮮半島有事に備えるものではないかと思えるところがある。


アメリカの発表によると、北朝鮮の核実験場の活動が活性化しており、6回目の核実験の準備を進めているのではないかと見られているうえに、
6、7日には、フロリダで米中首脳会談が予定されており、ここでトランプ大統領は習近平主席に、北朝鮮問題に関して強い要求をするものと思われる。

この一両日中に、もし北朝鮮が6回目の核実験に踏み切るようなことがあれば、アメリカは武力行使も辞さないということになりかねない。


アメリカでは、北朝鮮が12〜20発ほどの核弾頭を保有していると推測している。

しかも、北朝鮮は、弾道ミサイルが日本の米軍基地を標的にしていることを公表しており、朝鮮半島の有事には、日本も無縁ではいられない。


日本でも、そこかしこが壊れていっている感があるが、今や世界中が、軋み、あちこちが壊れかけているようにしか思えない。
posted by 城戸朱理 at 09:21| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月05日

身軽になると



藤沢周氏が、生活をダウンサイジングすべく、荷物の4分の3を処分したと聞いたときには、さすがと思った。

若いときは、収入も少ないし、足りないものだらけだったが、気づくと余計なものに囲まれているというのが、今日の日本の現実だろう。


親が亡くなったとき、膨大な遺品を前にして、遺族が途方に暮れるケースが増え、ひそかに社会問題になっているそうだが、そのために遺品整理を専門とする業者も増えた。

いつかは片づけようと思っているうちに、老いて、片づけ自体ができなくなることが多いらしい。
御主人に先立たれ、遺品をいずれ整理しようと思って、とりあえず2階の部屋にまとめておいたところ、階段の昇り降りができなくって、そのまま亡くなられた方の話を聞いたことがあるが、こうしたことが、あちこちで起こっているのだろう。

今や、家庭ゴミも有料化が進んでいるので、ゴミとして出すにもお金がかかる。

私の父は、還暦を迎えたあたりから、物を減らし、写真はアルバムに整理するなど、片づけと整理を徹底してやっていた。


今や、若い世代では極力、物を持たず、すべての持ち物がトランクひとつに収まるような暮らしを営むミニマリストまで登場したが、あらかじめ物を持たない暮らしを目指すのは賢明かも知れない。

ミニマリストの欠点は、ストックを一切持たないため、大震災のような非常時には、すぐさま暮らしが成り立たなくなるところだろうか。

しかし、逆に考えると、そんなときでもトランクひとつで避難できるわけだから、困らないかも知れない。


戦中、戦後の物質が欠乏した時代を生きてきた団塊以上の世代には、ミニマリストの生活はも難しいのだろうが、気づいたときには、体力がなくなっている。

片付け業者によると、日本の老夫婦は平均して、2トントラック7〜8台分の物を抱えているという。

だが、ひとりの人間が生きていくには、2トントラックで1台分の荷物で充分なのだそうだ。


今、このタイミングで断捨離に踏み切った藤沢さんは、やはり賢い。

藤沢さんは、片付けをしているとき、「なんで俺は、こんなものを持っているんだと思うようなものが沢山あった」と語っていたが、いざ引越しをするとなると、そう思ってしまうような物が次々と出てくる。


私も鎌倉に引っ越すとき、衣類と本はかなり処分したが、今年は引っ越しをするつもりで、持ち物を整理してみたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 09:34| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月04日

澁澤龍彦邸でのパーティー、その3

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澁澤邸では、澁澤龍彦先生のコレクションが至るところに飾られている。

それは、まるで澁澤龍彦という文学者の思考が、外在化したようでもあり、心地よい緊張がある。


ミニマリストとは真逆のありようだが、それが、いかにも澁澤龍彦にふさわしい。


シャンパンやワイン、8本が空き、最後は新保夫妻が持ってきてくれたイチゴを。

新保智子さんが、イチゴをアカシアの蜂蜜で和えてくれた。

龍子さんが、日本酒も出してくれたので、私は、小山冨士夫さんのぐい呑みをリクエスト。

以前は、小山さんから贈られたという古唐津の盃を使わせてもらったことがあるが、今回は、小山さん自作の色絵盃である。


澁澤龍彦先生はウィスキー派だったそうだが、龍子さんはワイン派。

それでも、必ず、ビールと日本酒も用意して下さっているのが、嬉しい。
posted by 城戸朱理 at 14:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

澁澤龍彦邸でのパーティー、その2

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澁澤龍子さんが乾杯のために出して下さったのは、モエ・エ・シャンドン。

新保智子さんは、シャンパンで乾杯すると、幸せな気分になるとおっしゃっていたが、まったく同感である。


そして、龍子さんの手料理が並ぶ。

タコのマリネ、鶏肉のゼリー寄せ、海苔で覆われているのが、マグロとアボカドのマリネ。

山菜のうるいと浅蜊のむき身のヌタ。

写真は撮り忘れたが、つくしもあった。

澁澤邸でのパーティーも恒例になっているので、龍子さんのつくし料理をいただくと、春になったのだなと思う。


龍子さんの手料理のあとは、私の担当である。

まずは、ミスティカンツァにホタルイカと空豆のアンチョビ風味を出し、続いてコッコ・バン(鶏の赤ワイン煮)。

ミスティカンツァは智子さんに好評で、コッコ・バンは、酒井忠康さんが「感動的な味だ」とおっしゃって下さった。


メンバーがメンバーだけに、美術から音楽、そして文学と話題は尽きない。

笑い声が絶えないパーティーになった。


コッコ・バンのあとは、パルミジャーノ・レッジャーノを大量にすり下ろしてスパゲッティ・カルボナーラを作り、さらに和牛ミスジ肉のステーキを焼く。

ステーキには自宅で作ってきた赤ワインソースを添えた。
posted by 城戸朱理 at 09:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

澁澤龍彦邸でのパーティー、その1

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澁澤龍子さんから、春のホームパーティーのお誘いがあったのは、ひと月ほど前のこと。

今回は、政治学者の御厨貴夫妻をお招きして、文芸評論家の新保祐司夫妻が集うということだったので、バンビことパンクな彼女が龍子さんと相談して、4月1日に決まった。

ところが、御厨先生が急なお仕事で都合がつかなくなったため、前夜に龍子さんと手分けして、別の方に声をかけてみることになり、私はフェリスの島村輝教授をお誘いした。

幸いにも島村先生が参加してくれることになったので、北鎌倉の侘助で待ち合わせて、澁澤邸に向かう。


山を背負った澁澤邸は、いつもと変わらず、澁澤龍彦先生がいらしたときのまま。


龍子さんが、お誘いしたのは英文学者の富士川義之さんと世田谷美術館館長の酒井忠康さん。

新保祐司さんと智子さんが4時すぎに到着し、総勢8人のパーティーが始まった。
posted by 城戸朱理 at 09:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月03日

かまくら春秋社、花見の宴へ

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4月1日は、冬としか思えぬ寒さ、鎌倉では最高気温が10℃を切った。

この日は、かまくら春秋社の花見の会があったので、澁澤龍彦邸のホームパーティーの前に寄らせてもらったのだが、ムートンコートを羽織ったほどである。

冬用のウールコートは、もうクリーニングに出してしまったが、ムートンだけ収納していなかったのは、幸いだった。


花見の宴の会場は、大仏で知られる高徳院の迎賓館。

タクシーを降りて、歩いていたら、「城戸さん!」と声をかけられ、振り向いてみたら、藤沢周氏だった。


会場には、若竹煮、鎌倉野菜、しらすや唐揚げ、おでんからいなり寿司まで、かまくら春秋の社員の手料理が並び、満席の盛況ぶり。


毎年、この花見の宴の日は、桜がまだ咲いていないのが恒例となっている(?)。

アトラクションは、かまくら春秋の伊藤玄二郎代表が脚本を手がけた竹山道雄『ビルマの竪琴』の朗読劇だった。

田中あつ子(朗読と歌)、高野久美子(歌)、倉本洋子(ピアノ)と、プロの音楽家によるアトラクションだったので、聞き応えがある。


花見の宴では、毎年、茶席もあって、抹茶もいただけるが、お軸が誰のものか分からない。

歌人の尾崎左永子先生と藤沢さんがネットで検索をかけたのだが、やはり不明。

写真は、お軸を眺める藤沢さん、文学館畑の重鎮、倉和男さんにバンビことパンクな彼女である。

結局、後で、このお軸は、足利尊氏の書状であることが分かり、しばし、室町時代に思いを馳せた。
posted by 城戸朱理 at 14:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月02日

ホタルイカと空豆のオリーブオイル炒めとミスティカンツァ を仕込んで

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コッコ・バンを仕込む間に、ホタルイカと空豆のオリーブオイル炒めを作った。


オリーブオイルでみじん切りにしたニンニクとアンチョビを炒め、アンチョビが溶けたところでホタルイカと、茹でて皮を剥いた空豆を加える。

これは、昨年も作ったが、澁澤龍子さんが気に入られていたので、今年もメニューに加えた。

もう一品は、ミスティカンツァ。

ミスティカンツァとは、イタリア中部で、さまざまな野草を混ぜたものを言う。

日本の春の七草のようなもので、サラダで食べることが多いが、今回は、ニンニクと鷹の爪をオリーブオイルで炒め、キャベツ、小松菜、アスパラガス、蕗の薹を炒め煮にした。

軽く塩・胡椒で調味するのだが、これを薄切りのバゲットにのせ、アンチョビをひと切れのせて食すると、ワインに合うのだ。

家庭料理というものは、どの国であっても完成されたレシピがあるものだと、しみじみ思う。


澁澤龍彦邸でのパーティーは、龍子さんの好みに合わせて、赤ワインに合うものを作るようにしている。
posted by 城戸朱理 at 09:59| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コッコ・バン(鶏の赤ワイン煮)を仕込む

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澁澤龍彦邸での春のパーティーのために、コッコ・バン(鶏の赤ワイン煮)を仕込んだ。

コッコ・バンは、フランスのポピュラーな家庭料理で、家によって味つけが違う。

その意味では、フランスの家庭の味ということになるが、私のレシピは、ごく単純。


骨付きの鶏腿肉に塩・胡椒してバターで焼き色をつける。

かたわらで、タマネギのみじん切りを透明になるまで炒め、鶏腿肉、小麦粉、赤ワイン1本を加えて、ワインが3分の1になるまで煮込む。

そこに水とローリエを加えて、さらに煮込み、塩で調味して完成。

最後に炒めたエリンギを入れた。


アシスタントは、バンビことパンクな彼女である。

バンビに、ストックしてあるワインから、1本選ぶように言ったら――


「この汚いラベルのワインを使ったら、どうかな?」
・・・

それは、1982年と89年のヴィンテージワインではないか!

「じゃあ、この地味なラベルの新しいワインにするよ!」


バンビが手にしたワインを見たら、ジュヴレイ・シャンベルタン2013だった!?

これも、煮込み料理に使うワインではないのは言うまでもない。


もし、バンビに任せたら、このワインを使われたかも知れない。

パンクだから仕方がないが、より厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:58| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

菊石朋さん、鎌倉へ

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『耳の生存』(七月堂)を上梓したばかりの菊石朋さんが、鎌倉に来てくれた。

高岡修さんに呼ばれて、鹿児島で現代詩のセミナーの講師をしたとき、わざわざ大阪から参加して下さり、4年前にも鎌倉に来てくれたが、今回は版元の七月堂に挨拶するため上京されるというので、バンビことパンクな彼女と出版祝いをするべく、お誘いしたのだ。

藤沢周氏も参加してくれたのは、何よりだった。


鎌倉駅改札で待ち合わせて、クルベル・キャンへ。

菊石さんは、お酒を飲まないので、ノンアルコール・カクテルで乾杯。

料理は、真鯛のカルパッチョ、マッシュルームの石窯グリル、トマトと赤玉ねぎのサラダから始めた。

菊石さんは、お肉も食べないが、クルベル・キャンは、肉以外のメニューも充実しているので困らない。

遅れてバンビが合流し、藤沢さんは、ひと足先に帰宅。


ピザはスモークサーモンを使ったサルモーネ、パスタはカルボナーラ。

ドルチェも頼み、菊石さんとあれこれ話した。


最後は、菊石さんとバンビで記念撮影。
posted by 城戸朱理 at 01:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする