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城戸朱理のブログ

2017年06月28日

「田野倉康一×広瀬大志 80s⇔2010s」イベント、「現代詩手帖」に

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昨年の10月29日に、田野倉康一・広瀬大志両君の「現代詩文庫」刊行を記念して開催されたイベント「田野倉康一×広瀬大志 80s⇔2010s」でのトークと、このイベントをきっかけに始まった連詩の一部が「現代詩手帖」7月号に掲載されている。


レビューは、中家菜津子さんが書いて下さった。


イベント後の打ち上げの席で、高貝弘也、暁方ミセイ両氏が「静岡連詩」に参加することになっていたものだから、連詩の話になり、田野倉康一くんが「いいなあ。連詩、やったことがないんだ」と言うものだから、さっそく4人で、メールをやり取りして、連詩を始めることになったのだが、これまで完成した連詩は、10篇。

今回、掲載されたのは最初の2篇で、「航海」は、イベント・トークで各自が語った原風景を織り込むのが条件、2篇目の「書物」は、忘年会のときに各自が持参した「思い出の古本」の書名を織り込んで書かれたものである。


6月4日(日)に、思潮社の遠藤みどりさんが鎌倉まで、打ち合わせに来てくれたとき、全10篇をプリントアウトして渡し、選択を遠藤さんにお任せしたのだが、残りの8篇は未発表のまま、来月から連詩を再開することになっている。


吉増剛造さんから、トークについて「若いころのことをあんなに楽しく語るなんて、本当に素敵でした。ああいう呼吸を出していかなくてはと思った」という感想を、お電話でいただいた。

中家菜津子さんも、レビューで「空気や重さを持つもののエネルギーの交歓は、時を経ても眩耀としてSNS時代とは違う魅力に満ちている」と感想を語られているが、たしかに、1980年代と今日を比較すると、その変化の激しさは、目眩がするほどだ。
posted by 城戸朱理 at 14:01| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

なんたる掘り出し物!



先月から本と書類の整理と片付けを続けている。

5月は2回に分けて、ダンボールで計5箱を古本屋に送り出し、書類はダンボール3箱分ていどを処分したのではないだろうか。

書類の日付を確認すると、古いものが2014年。

つまり、2014年から、3年以上、ろくに整理が出来ていなかったことになる。

たしかに、2014〜15年は忙しすぎたし、その余波で、2016年は、脱力しているうちに終わってしまった。

適度に忙しいと、生活にも張りがあるが、忙しすぎるのは考えものである。


だが、整理が進むほど、片付けはしやすくなるもので、ようやく、どこに何があるかを把握できるようになったから、真夏になる前には落ち着くだろう。


本と書類だけではなく、目につくものは適宜、片付けていたのだが、クローゼットを整理していたら、買ったことを忘れていた洋服まで出てきた。

秋冬用のブリオーニのミッドナイト・ブルーのジャケットである。

本と酒以外には、めったにお金を使わない私としては、年に何度あるかという安くない買い物だったのに、タグも取らないまま忘れていたのだから情けない。


さらに旅行用のバッグやトランクをメンテナンスしようとしたら、今度は、買ったのを忘れていたバッグが出てきた。

バンビことパンクな彼女に、サプライズのクリスマス・プレゼントとしてあげようと購入したPRADAのバッグである。

クリスマスまで隠しておこうと思って、ボストンバックに入れておいたのだが、それを完全に忘れてしまい、今ごろになって、自分が驚いているのだから、自分のためのサプライズになってしまったではないか。

呆然としていたら、バンビが覗きに来た。


「このPRADAは何かな?
バンビくんのかな?」

何であれ、新しい包みを見つけると、自分のものか、そうではないのかを確認してみるのが、バンビの特徴である。

そこで、事情を説明したら――

「やったね!
今まで持っていなかった小さめのバッグだよ!
ころっと丸くて可愛いんじゃない!」


喜んで、さっそく翌日から使い始めたので、結果としては、サプライズにはなったのだが、釈然としない。

去年は、ブログには書けないようなトラブル続きだったせいもあるが、「忙しい」という言葉を改めて噛みしめることになった。

心が亡ぶと書いて「忙しい」。

心、ここにあらずという状態なわけだから、やはり、決していいことではない。
posted by 城戸朱理 at 21:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

笠井叡、降臨!



笠井瑞丈「花粉革命」公演のあと、笠井叡さんから富岡幸一郎さんとの面談のセッティングを頼まれたので、バンビことパンクな彼女が、電話やメールでやり取りしながらスケジュールを調整し、なんと笠井さんが鎌倉まで来て下さることになった。


6月15日(木)のことである。

伝説的な舞踏家の笠井叡さんだけに、富岡さんも緊張されていたが、午後4時に鎌倉駅で笠井さんと久子夫人をお迎えし、富岡孝子夫人の運転で、まずは鎌倉文学館へ。

夏目漱石展を見てから、館長室でしばし歓談し、それからクルベル・キャンに席を移した。


ワインで乾杯し、食事をしながら、会話が弾んだが、会話というよりは、観客がいないシンポジウムかトークのようで、富岡さんのカール・バルトをめぐる著作『使徒的人間』を入口に、福音の意味や黙示録の解釈、さらにはニーチェ的なアンチ・キリストではなく、ヘリオガルバス的アンチ・キリストをめぐって、会話は白熱した。

デカダンの限りを尽くしたローマの少年皇帝、ヘリオガルバスについては、アントナン・アルトーの傑作、『ヘリオガルバスまたは戴冠せるアナーキスト』があるが、14歳でローマ帝国の皇帝に即位し、18歳で親衛隊に惨殺されたヘリオガルバスを、アンチ・キリストのもうひとつの潮流の先駆的存在に据える笠井さんの思考は、その天使的な舞踏の濃い影に潜むものを示唆するものなのだろうか。

これだけの会話が酒席で交わされ、消えていくのだから、贅沢極まりない。


いささか興奮し、孝子夫人が笠井夫妻を鎌倉駅前までお送りしてから、バー・ザ・ティップルに席を移し、富岡夫妻と、飲み足す。

私は、久しぶりに英国王室用のウィスキー、ロイヤルハウスホールドを頼んだ。


前日は、嶋岡晨篇『詩国八十八ヵ所巡り』の書評を書き上げて、「洪水」編集部に送り、この日は、午後1時半から御成町法律事務所の二見宏史先生と打ち合わせと、あわただしいスケジュールだったが、笠井さんとお話していると、意識が数千年を旅するかのようで、気分が異様に高揚する。


翌朝は、6時に起床、シャワーを浴びてから、フェリス女学院大学の講義に出かけた。
posted by 城戸朱理 at 15:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

夏の茄子かやき

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茄子かやきは、秋田の郷土料理で、「かやき」は「貝焼き」と書く。

本来は、帆立の貝殻を鍋がわりに使った名残りなのだとか。


鍋料理だけに、調理はごく簡単で、小鍋に鮭缶を開け、昆布出汁を適量加えて、酒・醤油で調味し、皮を剥いた茄子を煮るだけ。


この料理を私が初めて知ったのは、20年ほど前で、新聞か何かの投書だった。

そのときは、秋田にそんな郷土料理があるのかと思っただけだったが、『池波正太郎 梅安料理ごのみ』でも紹介されていたので、試してみることに。

なにせ、池波正太郎がらみの料理となると、酒に合うものばかり、やってみない手はない。

私としては、シンプルな焼き茄子のほうが好みだが、ときには小鍋立ての茄子かやきも気分が変わって悪くない。

とりわけ、夏に熱々の鍋で晩酌するのが気に入った。


もともとは鮭缶ではなく、塩鮭を使う料理だったそうだが、普通に流通している鮭缶は、鮭缶と言っても中身は樺太鱒だから、やや高価だが、紅鮭の缶詰めを使ったほうがいい。

コストコだと、カナダ産の天然紅鮭の缶詰めが安いので、わが家ではまとめ買いするようにしている。
posted by 城戸朱理 at 18:51| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

バンビ、怒りの鉄拳???

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居間から奇声が聞こえてきた。

「あちゃ! あちゃ!」

バンビことパンクな彼女である。

「あちゃ! バシッ!
あちゃ! ビシッ!」

今度は効果音まで入っている。

「あちゃーーっ!!!」


覗いてみたら、バンビがペコちゃんのように舌を出して、ブルース・リーの真似をしていた。


完全に私の失策である。

バンビがブルース・リーの映画を見たことがないというので、Amazon Videoで「燃えよドラゴン」を見せたのが、運の尽き。

ブルース・リーのカンフーに興奮したバンビは、ほかの出演作を次々に購入し、毎日、ブルース・リー映画を見ては真似するようになってしまったのである――


「スターウォーズ/ローグ・ワン」を見たあとは「ジェダイ騎士 バンビ・ケノービ」になってしまったし、
「たそがれ清兵衛」を始めとする時代劇にハマったときは、「子供剣士・鹿千代」になってしまったが、今度は――


「ブルース・リーの中国名は李小龍だからね、
李小鹿でバンビ・リー、
李狂小鹿でマッド・バンビ・リー!!!」
・・・

「あちょぉーーっ!」
・・・・・・


毎日、奇声に悩まされることになってしまった。

そればかりではない。

「あちゃ! あちゃ!
あっ!」
???

「腕がつったよ!」
!!!

「痛いよ〜、痛いよ〜」
・・・・・・

無茶をするからである。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 20:38| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

変わらないことの凄さ



かつて、オーソン・ウェルズは、好きな映画監督を3人あげてくれという質問に対して、次のように答えたという。


「ジョン・フォード、ジョン・フォード、ジョン・フォード」


私はオーソン・ウェルズも、ジョン・フォードも好きなので、この答えには痺れたが、奇妙なことを連想した。

それは、白洲次郎の英国留学以来の親友、ロビンのことである。

彼は、後に七世ストラッフォード伯爵になるのだが、いつも同じ服を着ていたことを白洲正子さんが書いている。

同じと言っても着替えなかったわけではない。

ロンドンのサヴィル・ロウのテーラーで、同じ生地、同じ型で一週間分のスーツを仕立てていたのだという。

「ジョン・フォード」と繰り返すように、毎日、同じスタイルだったことになるが、おそらくは、白洲次郎も顧客だったヘンリー・プールで仕立てたスーツではないだろうか。

同じスーツ、同じシャツとネクタイを揃え、いつも同じ格好をしていたというのだから、それが英国貴族流なのかと驚いたことがあった。

着回しなどという庶民的な発想とは無縁のあたりが、やはり貴族的だが、ロンドンではラウンジ・スーツはベーシックでも、シャツは派手なストライプが好まれる傾向がある。

サヴィル・ロウ仕立てのスーツなら、シャツはジャーミン・ストリートのターンブル&アッサーを合わせたのだろうが、七世ストラッフォード伯爵は、どんなシャツとネクタイを選んでいたのだろうか。


オーソン・ウェルズとジョン・フォードから話が飛んでしまったが、ストラッフォード伯爵のスタイルには、変わらないことの凄みを感じたし、「保守」とは、そういう姿勢なのだと思う。
posted by 城戸朱理 at 18:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也・城戸朱理による連詩



毎回、テーマを決めて、4人で展開してきた連詩は、「萩原朔太郎」をテーマとする10篇目が完成したところで、小休止。

全10篇をプリントアウトしたものを全員に送り、各自、校正中だが、そのうちの2篇が「現代詩手帖」7月号に掲載される予定である。


この連詩は、4人で一連を書き、四連で構成されるものが多いが、2人で一連、あるいは1人で一連を担当したものもあり、毎回、交替でテーマを出題するので、脳髄に他者が入り込んでくるような刺激がある。


全員が顔合わせをして再開する予定だが、年内に、あと10篇の完成を目指したい。
posted by 城戸朱理 at 09:27| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都風の玉子サンドを作ってみたら

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京都は、朝食はパンという人が90%を超えるほどパン好きで洋食好き。

その京都ならではのサンドイッチが、分厚いオムレツをはさんだ玉子サンドだ。


もともとは惜しまれつつ閉店した洋食屋コロナの人気メニューだったが、コロナのレシピを受け継いだ喫茶マドラグ、姉妹店の喫茶ガボールでも、さらには祇園の切通し進々堂でも人気メニューになっているし、創業70年のパン屋、志津屋の「ふんわりオムレツサンド」のように、パン屋にもある。


日曜日のこと、ふと思い立って、京都風の玉子サンドを作ってみることにした。

まずは、玉子4個でオムレツを作る。

ふんわりと仕上げるためにマヨネーズを加え、京都風だから牛乳ではなく出汁で伸ばしてみた。


パンにバターとマヨネーズ、さらにマスタードを塗っていたら、バンビことパンクな彼女が、キッチンにやってきた。


「それは何かな!?」

オムレツだよ。

「どうやったら、そんなに分厚くて、ふわふわのオムレツが出来るのかな!?」

バンビは、それが京都風玉子サンドになると知って、目を丸くしている。


玉子サンドが出来たので、フルーツにアルファルファのサラダ、そしてフライドチキンを並べて、昼食。


「んふ!
とっても美味しいね!
お弁当に持っていくから作ってあげて!」

今回は、初めてだったから、やや焼きすぎたが、次はもっと上手に作れるだろう。

玉子サンドだけだとさびしいから、ハンバーグサンドにサラダも付けようかと考えていたら――

「今日の夜は、どんな美味しいものを作ってもらえるのかな?」
・・・・・・


なんと、バンビは夕飯まで、私に作ってもらおうとしているではないか!

パンクなだけに油断大敵、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 08:09| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月14日

メイド・イン・オキュパイド・ジャパン

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第二次世界大戦後、1945年から1952年まで、日本はアメリカの占領下にあったわけだが、1947年から52年までの5年間、日本からの輸出品には「Made in Occupied Japan」(占領下の日本製)と入れることが義務付けられていた。

ほとんどがアメリカ向けの輸出品だったが、この「オキュパイド・ジャパン」ものは、製造期間が5年間だけだったこともあって、アメリカではコレクティブ・アイテムとなっており、日本でもコレクターが少なくない。


私が、このオキュパイド・ジャパンの存在を知ったのは、1980年代のことで、下北沢や西荻窪あたりのアンティークショップでは、よく見かけたものだった。


私はコレクターではないので、オキュパイド・ジャパンものを集めようとは思わなかったが、当時、買ったものが、いくつかが手元にある。


最初のカップは、西荻窪のアンティークショップで3客あったものを求め、後に骨董市で見つけて、6客組みにしたもの。

デミタスカップのサイズで、ぐい呑みにも使えるが、本来の用途は分からない。

エッグスタンドかと思ったのだが、玉子を入れると安定しないので、やはりカップなのだろう。

絵付けは雑で手早く、戦後の混乱期を偲ばせる。


次の6枚組みの皿のほうは、精巧な出来で、ケーキ皿に適寸。

やはり、西荻窪で求めたものだが、これはバンビことパンクな彼女のお気に入りである。


最後の直径30cm近い大皿は、阿佐ヶ谷のアンティークショップで山積みになっていたもの。

銅版転写による印判手だが、ムラがあり、一枚ずつ確認して、発色のいいものを2枚選んだのを思い出す。

2羽の鳥と柳を配したパターンは、中国の悲恋物語に由来するもので、「ブルー・ウィロー」と呼ばれる。

18世紀なかばにイギリスで生まれ、19世紀の西欧におけるシノアズリーの流行によって、世界に広まった。

イラストレーターの安西水丸さんは、「ブルー・ウィロー」のコレクターとしても有名だったが、コレクターも少なくない。

今でも、食器の定番としてイギリスのバーレイ社などが製造しているが、たしかに魅力的な図柄だし、料理の和洋を問わないところがいい。

仕切りがあるので、朝食用のプレートとして、しばらく愛用したものだった。


日本が貧しかった時代に作られたオキュパイド・ジャパンものは、一生懸命、西洋的なものを作ろうとしているところがあって、切なくも、いとおしい。


ただ、わが家では、もう使うことがないので、気に入ってくれる友人がいたら、プレゼントしようと思っている。
posted by 城戸朱理 at 11:26| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月13日

手巻き寿司の翌日は

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手巻き寿司のために刺身をサクで買うと、どうしても余ってしまうので、バンビことパンクな彼女が残った尾長鯛を翌日のために、昆布締めにしてくれた。


そして、翌日。

私は一年中、豆腐ばかり食べているが、この時季は、トウモロコシか枝豆、それに水茄子があれば、何もいらない。

トウモロコシと水茄子で晩酌を始めたら、バンビがイクラとイチジクを出してくれた。

イチジクには蜂蜜を加えたマスカルポーネチーズが添えられていたが、これは白ワインと相性がよさそうだ。

そして、次にバンビが用意したのが、お造りである。


「初段宮ざわですよ〜」
!!!

京都の「ごだん宮ざわ」の真似をして、工夫してみたらしい。

ちなみに「ごだん宮ざわ」の「ごだん」は漢字で書くと「後段」で、茶事のあとの気楽な宴会の指すが、バンビは「後段」を武道の「五段」にかけて「初段」にしたわけである。


甘海老にはオレンジを添え、柳美里さんからもらった鉢植えの山椒の葉を散らし、尾長鯛の昆布締めで生ウニを巻いて、ネギが散らしてある。

それに根ワサビと、出汁で割った土佐醤油。

たしかに、「ごだん宮ざわ」風である。


「宮澤さんに比べたら、初段じゃなくて、八級くらいかな」とバンビ。


本職の料理と家庭料理を比較すべきではないが、冷酒が進むお造りだった。
posted by 城戸朱理 at 15:19| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月12日

週末は手巻き寿司を

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金曜日にフェリス女学院大学で講義を終えたあとは、藤沢の小田急デパ地下で食材を買い物してから帰宅するので、週末は、私が料理することが多い。

作るものを決めてから買い物するわけではないので、何があるかを見てから献立を考えるのだが、見事な鹿児島産の尾長鯛とインドまぐろがあったので、久しぶりに手巻き寿司をすることにした。


酢飯を作っていたら、バンビが帰ってきて、「やったね! 今日は手巻き寿司だよ!」と喜んでいる。


果物はイチゴとメロン。

インゲンのお浸しを添え、バンビが好きなスパークリングワインを開けて、手巻き寿司が始まった。


取り揃えたネタは尾長鯛にインドまぐろ、北海道産生ウニにイクラと甘海老、そしてタラコとキュウリで、バンビが根ワサビを鮫皮ですり下ろす。


タラコとキュウリを一緒に巻いたり、尾長鯛にウニを添えてみたり、手巻き寿司だと、アレンジを試せるのも楽しい。

おまけに、調理と言っても酢飯を作って、刺身を引くだけだから、手間がかからないのもいい。
posted by 城戸朱理 at 10:18| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

いかれバンビの悪だくみ???

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バンビことパンクな彼女は、紅茶党。

もともと、コーヒーはあまり飲まなかったのだが、最近、なぜか、コーヒーにハマり、あちこちから豆を取り寄せては、毎朝、ハンドドリップで淹れるようになった。

おかげで、美味しいコーヒーには不自由しなくなったのだが、コーヒーだけではなく、ひと晩かけて水出しした冷茶も、毎日、冷蔵庫に入っている。

ありがたいことだと思っていたら、冷蔵庫の脇に「冷茶制作」なるリストがマグネットでとめてあるのを見つけた。

作った日には、○が付いているのだが、余白には130円×116本=15080円という謎の計算が!?


「手作りだから、1本、130円として、このリストが埋まったら、15080円のお小遣いを城戸さんにもらおうという計画なんだよ!」
!!!!!!


なんと、バンビは冷茶を私に売りつけて、お小遣いをせしめようとしていたのである!!!


「ペットボトルは買わなくて済むし、美味しいお茶は飲めるし、バンビくんはお小遣いを貰えるし、一石三鳥というものなんだあ!」
・・・・・・


そう言われると、そんな気もするが、騙されてはいけない。

たんにお小遣いをゲットすべく、あの手この手を考えているだけなのだから。


パンクなだけに油断大敵、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 13:47| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

詩の容器

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フランスのロディアのメモ帳をよく携帯している。

耐水ペーパーだから、雨にも強く、旅行のときは欠かせない。

ミシン目があって切り離せるのも便利だが、逆に、せっかくのメモが散逸してしまうこともある。

そこで、書きとめた詩のメモを、蓋付きのガラス瓶に入れておくことにした。

この戦前のガラス瓶は、京都、寺町の古家具を主に扱うクラフト・キャンディ・ジョイで見つけたもので、吹きガラスだけに気泡が入り、味わい深い。

ここに詩のメモを投げ込んでいくと、ガラス容器じたいが、書物とは違った詩の器になっていくようでもある。


そこで、ふと思い出したのが、子供のころの憧れだった「おもちゃの缶詰め」のこと。

そう、森永チョコボールを買って、金のくちばしなら1枚で、銀のくちばしなら5枚でもらえた、あの「おもちゃの缶詰め」である。

もらった人と会ったことがないので、どんなおもちゃが入っていたのかは分からないが、おもちゃが缶詰めになっているというところが、子供には魅力で、憧れの的だった。

人間には袋であれ、缶であれ、箱であれ、何かしらの容器に入ったものに惹かれる習性があるのかも知れない。

マルセル・デュシャンの代表作のミニチュアを詰めたトランクは、ボックス・アートの先駆的作品だが、その制作をジョセフ・コーネルも手伝っている。

コーネルもまた、ひたすら箱のなかに世界を作ろうとしたアーティストだった。


「詩のガラス瓶」は、別に作品ではなく、あくまでも詩作のための準備だが、それでも、ボックス・アートと同じような欲求が潜んでいるのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 18:37| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

岡晋吾の天平窯〜使い勝手がよすぎて困るもの?

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佐賀県の唐津で、初期伊万里と見紛う器を焼いている陶芸家が、天平窯の岡晋吾。

私は、2015年に鹿児島で開催された国民文化祭に出演したあと、天平窯を訪ねてみたが、京都は「ごだん宮ざわ」の宮澤政人さんも、窯に行ったことがあるそうだ。

それだけ、器好きに注目されているということなのだろうが、ここのところ、東京のデパートやギャラリーでも個展が、たびたび開催されている。


最初の写真は、銀座のギャラリーおかりやで6月14日〜19日に開催される「岡晋吾陶展 日本のかたちを求め」の案内状。

染付に白磁、李朝の鶏龍山を模した片口と、いずれも魅力的で、使ってみたくなる。

さらに、天平窯は酒器もいい。


実際、天平窯を訪ねたときに求めた色絵の小皿や染付皿、生がけの釉だまりが美しい白磁皿は、和洋を問わず料理が映えるし、サイズもいいものだから、食卓に並ばぬ日がないほどだ。

民芸運動を代表する陶芸家、河井寛次郎は、物を買う基準を娘に問われ、「誠実、簡素、健全、自由」と答えたそうだが、岡晋吾さんの器も、そうした条件を満たしているのだと思う。

ほかにも器はたくさんあるのに、使い勝手がいいものだから、バンビことパンクな彼女も、つい天平窯の皿に手が伸びてしまうらしい。


「でも、ほかにもいい器がたくさんあるんだから、岡晋吾さんのお皿ばかりじゃなくて、ほかのも使わないとね!」とバンビが言い始めた。


まったく、その通りである。

食卓に変化をつけるべく、北大路魯山人の絵志野皿や木の葉皿、織部の向付けなど、数点を桐箱から出して食器棚に移し、ふだん使いできるようにしたのだが、それでも天平窯の皿の出番は多い。


今度の個展も、時間があったら行きたいと思っているが、新作を求めたら、また、そればかり使うようになってしまうのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 11:00| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

一生モノの意味



中沢けいさんが、ツイッターで、一生モノの買い物と言えば、20代のころなら耐用年数50年は考えなければからなかったが、もうすぐ還暦となると、一生モノと言っても、せいぜい20年、いや10年の耐用年数があればいいといった主旨のツイートをされていた。

私は中沢さんと同い年なので、深くうなずいてしまったが、モノの意味が、年齢によって変わっていくのは、実に面白い。


雑誌などが、高価なモノを「一生モノ」として推奨したりするが、実際は、一生使えるものなど、めったにあるものではない。


身の回りを見回してみると、私が長年、愛用しているものと言えば、16歳のとき、父親が選んでくれたスウェーデン製のデスクがいちばん古く、40年以上になる。

20代なら、20歳のときに買ったアメリカ、イーグル社製のデスクライトと資生堂ザ・ギンザで求めたブックエンドにペン立て、それにモンブランとオマスの万年筆くらいだろうか。

家電の耐用年数は10年ていどだし、洋服は流行があるから、一生モノと言えるのは、むしろ包丁や鍋などのキッチン用品だろう。

実際、20代なかばのときに求めた業務用のアルミの寸胴など、いまだにパスタを茹でたり、シチューを煮込むときに重宝しているし、鉄製のフライパンも現役である。

有次や正本の包丁を砥石とともに揃え、鋳物ならフランスのル・クルーゼやストゥブ、ステンレス多層構造の無水鍋ならアメリカのビタクラフトやドイツのフィスラーなどを若いうちに買っておくと、長く使えるわけだし、結局は得かも知れない。

つまり、一生モノなどといったものは、実はそれほどあるわけではないということになる。


例外は、やはり本だろうか。

書架を見ると、11歳のときに神田で揃えた『三国志』(岩波文庫・全10巻)や15歳のときに求めた蒲松齢『聊斎志異』(柴田天馬訳、角川文庫・全4巻)、高校生のときに買った粟津則雄訳『ランボオ全詩』や父から譲られた『ヴィリエ・ド・リラダン全集』など、10代のころから持っている本も少なくない。

20代に求めた本となると、さらに多く、自分の思考の方向性を決定した感がある。

そう考えると、若いうちに「一生モノ」の本と出会うか否かが、いちばん大切なような気がする。
posted by 城戸朱理 at 07:27| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

鰻の串焼きで、その2

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短冊は、タレと塩で。
塩焼きにはワサビが添えられているが、鰻は塩焼きにすると、川魚の風味が強くなるのが面白い。

やはり、タレ焼きが考案されてから、鰻が独立した料理になったのが、よく分かる。


食事は鰻重をふたりで取り分ける。


バンビとほろ酔いで、部屋に帰ったのだが、鰻を肴に飲むと、飲みすぎないのがいい。
posted by 城戸朱理 at 14:14| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鰻の串焼きで、その1

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朝食は取らずに「まんぱく2017」に出かけたのだが、気づくと一万歩近く歩いていた。

フードフェスもディズニーランドのようなものかと思いながら、ホテルに戻って、小憩。


夜は、バンビことパンクな彼女と相談し、先日、設楽実氏に連れていってもらった鰻の串焼きの店「うなくし」に行くことにした。

鰻のさまざまな部位を串焼きで出してくれる店は、渋谷のうな鐵や荻窪の川勢など、都内に何軒かあるが、高柳克弘・神野紗希夫妻によると国立にもあるらしい。

たしか「うなちゃん」という店だったと思うが、開店と同時に常連で満席になってしまうため、なかなか暖簾を潜れないのだとか。

立川の「うなくし」は、テーブル席がメインなので、その点、気楽である。


ビールは、「赤星」ことサッポロのラガー。

突き出しは、バンビ好みのもずく酢。

まずは、トマトとつるむらさきのお浸し、冷やしトマト、奈良漬のマスカルポーネチーズ、肝わさびを頼み、乾杯する。

湯剥きしたトマトのお浸しは、出汁が染みて美味しい。

マスカルポーネと奈良漬の組み合わせも秀逸だった。

肝わさびは、茹でた肝を出汁に浸し、ワサビを添えたもので、肝刺のバリエーション。


串焼きは、ひと通りを頼んでみたら、まずは鰻の背のくりからと肝焼き、それにニラを巻いたヒレ焼きが出た。

鰻串となると、やはり日本酒を頼まないわけにはいかない。

ヒレ焼きは、鰻串の定番だが、ニラと鰻の風味が実によく合う。

川勢だと、蓮根の細切りをヒレで巻いたものもあったっけ。
posted by 城戸朱理 at 14:12| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まんぱく2017@立川・昭和記念公園

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翌日の試写に備えて東京泊まりになったので、日中は、立川の昭和記念公園で開催されている「まんぱく2017」に行くことにした。

なぜか、ロッキングオン主催、日本最大級のフード・フェスティバルで、「まんぱく」とは「満腹博覧会」の略なのだとか。


これが凄かった。

ラーメン、餃子から、蟹や牡蠣などの海鮮、そして、名古屋コーチンの親子丼、牛舌、ステーキ、ビーフカツレツ、さらにはスイーツまで。

会場をひとまわり見て歩くだけでも小一時間はかかる。


バンビことパンクな彼女と相談し、まずは、「みやぎ石巻 かき小屋」の焼き牡蠣とチーズ焼き牡蠣、「大洗 カニ専門店かじま」の本ずわい蟹かにみそ甲羅めしを買って、秋田の地ビールを。

さらにA4・A5ランクの上州和牛を使った「上州和牛 とろける和牛のステーキ」で、角切りとロースのステーキセット、「十勝牛とろ丼」のハーフをもらって、厚木の地ビール飲みくらべセットを買う。


ほかにもアワビのステーキやオマール海老がまるごと一匹乗ったピザなど目移りするほどだったが、会場は若いカップルや家族連れで賑わっていた。


さらに仙台の牛舌の利久で、まんぱく限定の牛舌焼きを買ったのだが、これは、たこ焼きのタコのかわりに牛舌が入っている。


なぜ、ロッキングオンが主催なのかは分からないが、実に楽しいフードフェスだった。
posted by 城戸朱理 at 13:08| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鯨井謙太郎の新作コレオグラフ「桃」の稽古へ

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笠井叡さんの天使館でオイリュトミーを学んだ鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏は、昨年、初のソロ公演となる「灰のオホカミ」を発表、自らの肉体でもって、旧来のダンスのコンテクストを振り切るかのような踊りを見せた。

その鯨井氏が新作のコレオグラフを準備中で、なぜか、稽古を観に来て欲しいという連絡が。


タイトルは、「桃」。

何事かと思ったら、鯨井氏は、吉岡実の詩から感得した「桃」をテーマに、それを量子力学的な解釈によって身体化しようとしているらしい。


「シュレディンガーの猫」ではないが、観察者の存在によって、ダンスの変容をはかるべく、私の視線が必要とされたということか。


かくして、5月25日に、国分寺のもとまち公民館での稽古を観に行くことに。

今回の新作コレオグラフは、構成・演出・振付が、鯨井謙太郎。

出演者は、鯨井氏とユニット〈CORVUS〉を組む定方まこと氏が、音・ピアノも担当し、桃澤ソノコ(オイリュトミスト)、大倉摩矢子(舞踏家)、四戸由香(ダンサー)と、ダンスのジャンルを越境した顔合わせになっている。

舞踏とコンテンポラリー・ダンス、そしてオイリュトミーでは、身体の造られ方が異なるが、その差異がどんな融合と離反を見せるのか、まだ構造を手探りしている段階だったが、通常のダンスの力学ではない方法を、鯨井氏が模索していることは、稽古からも見えてくるようだった。


「桃」の公演は、神楽坂セッションハウスで、7月8、9日。

詳細は追って、お知らせするが、私は、かなうなら、2日間の全3公演を観たいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 12:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

吉岡実『薬玉』『ムーンドロップ』のこと

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吉岡実晩年の詩集『薬玉』『ムーンドロップ』の2冊は、今のところ、古書で求めるか、『吉岡実全詩集』を買わないと、読むことが出来なくなっている。

『全詩集』となると、10万を超える古書値がつくことがあり、『薬玉』『ムーンドロップ』も、かなりの古書値を呼ぶ。

若い世代の人たちに、手軽に後期吉岡実が読めるようになるためにも『現代詩文庫 続々・吉岡実詩集』が出るといいのだが、今のところ、頓挫したままだ。

実は10年ほど前に、刊行の企画はあった。

『現代詩文庫 続・吉岡実詩集』の裏表紙の推薦文を私が書かせていただいたあと、思潮社の小田久郎会長から打診があり、『薬玉』『ムーンドロップ』を中心に、『現代詩文庫』未収録作品も収録する一冊を私が編纂したのだが、事情は分からぬものの、企画自体が頓挫してしまった。


次の世代に、吉岡さんの晩年の詩を手渡す機会が失われたのは、今でも残念だ。


吉岡実といえば、初期の『静物』と『僧侶』、中期の引用の詩学の達成である『サフラン摘み』と『夏の宴』が頂点を形成しているが、後期の『薬玉』と『ムーンドロップ』も、それらと並ぶ高峰であり、シュルレアリスムが土着化し、神話と通底するかのような趣きをたたえている。


これは『吉岡実の肖像』(ジャプラン)にも書いたが、装幀も手がけた吉岡さんは、装幀用の麻布である特上シュランクをこよなく愛していた。

『薬玉』はイタリア製の深みがある紫の紙が表紙になっているが、背に使われているのが、特上シュランクであり、『ムーンドロップ』、さらには『吉岡実全詩集』も特上シュランク装になっている。


また、『薬玉』には、通常の版以外に表紙の色が違う著者本、さらには限定の特装版もあり、愛書家を悩ませている。


写真が、『薬玉』特装版で、限定40部。

ダンボールの保護函を開けると、濃紫のクロース貼りの箱に本が収められている。

表紙は、小野麻里による手描染布で背革という造本。

本文紙は、耳付きの雁皮紙で、吉岡実による毛筆書きによる一葉が挿入されている。


20代の私には高い買い物だったが、当時でも目にすることがなかったほど凝った造りで、吉岡さんの没後、陽子夫人から形見として贈られた「静物」の自筆ペン書き原稿、さらには『僧侶』とともに愛蔵している。
posted by 城戸朱理 at 06:46| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする