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城戸朱理のブログ

2017年07月21日

ヌッフ・デュ・パプで前菜を

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買い物した荷物をホテルに置いて、夕食に出かけることにした。

バンビことパンクな彼女は、「夕食は、食道園でカルビ&冷麺だよ!」と楽しみにしていたのだが、突然、「食道園の前に、ヌッフ・デュ・パプで、ベアレンを飲んで、生牡蠣をちゅるっと食べるのはどうかな?」と言い出した。

どちらの店も、ホテルから徒歩1分圏内だから、ヌッフ・デュ・パプで前菜、食道園で主菜というのは、名案かも知れない。


というわけで、映画館通りのヌッフ・デュ・パプへ。

まずは、地ビール、ベアレンの「夏のヴァィツェン」で乾杯。

白ビールを思わせる香りと軽さが、夏にふさわしい。

そして、バンビの狙い通り、生牡蠣があった。

陸前高田、広田湾産の生牡蠣は、日本屈指の大きさと味を誇るだけあって、通常の牡蠣の3〜4倍の大きさがあり、クリーミィで、なんとも言えない甘みがある。


「ニューヨークで食べたクマモトに似ているけど、海の香りが炸裂しているね!」とバンビ。


「クマモト」は、その名の通り、熊本原産だが、GHQの指令官だったマッカーサーが気に入ってアメリカで養殖を始めたおかげで、アメリカでは定着したが、熊本では絶えてしまった、小粒で濃厚な牡蠣である。

広田湾産の牡蠣は、たしかにクマモトに似ているが、大粒で磯の香りが強い。


さらに、旬のほや刺しを頼もうとしたら、バンビが「エグくないのかな?」と難色を示す。

ほやは鮮度が命で、新鮮ならばエグ味はなく、フルーツのようなさわやかさがあり、「海のパイナップル」と呼ばれるのが納得できるはずなので、とりあえず注文する。

種市の洋野町で100年を超える伝統のヘルメット式「南部潜り」で獲ったという天然のほやは、まさに「海のパイナップル」で、バンビが目を丸くしていた。


もう一品は、雫石チーズ工房のリコッタチーズと生ハムのコロッケを。

コロッケといってもジャガイモは使っておらず、割ると、生ハムの風味のチーズがとろりと溶ける。

これも、ベアレンによく合った。


ここまでが、前菜である。
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機屋でコーヒーを調達して

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盛岡に到着し、映画館通りのグランドホテル・アネックスにチェックイン。

荷物を置くと、さっそくCUBEの機屋に行った。

コーヒーを調達するためである。


まずは自宅用にグァテマラ・カルメン農園の80年古木のティピカ種を200g。

古木のティピカ種は品種改良されていないコーヒーで、フルーティーな香りが特徴。

ほかに、今後の一週間の滞在で、500g弱が必要となるので、盛岡ブレンド、スマトラ・マンデリン、エルサルバドル・パカマラ各200gを購入し、こちらは挽いてもらう。

コーヒー豆が挽き終わるのを待ちながら、お店で頼んだのは、私がバリ・アラビカ神山1995年物のオールドコーヒー、バンビはハワイアン・コナ・プライム。

コナは、豆が100gで3000円もするプライムコーヒーだが、コナのイメージが崩壊するようなコクと華やかさ。

これまで、感心するコナ・コーヒーに出会ったことがないので、最近、コーヒーに凝っているバンビも喜んでいた。

アラビカのオールドコーヒーは、苦みと甘みがまったりと絡みつくようで、こちらも素晴らしい。

コーヒーゼリーも頼んでみたのだが、生クリームとコーヒー・リキュールが添えられ、ゼリーもしっかりとしたコーヒーの味がある。


美味しいコーヒーを堪能してから、カワトク・デパートの地下で必要な品を買い込んだ。
posted by 城戸朱理 at 07:12| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月20日

東京駅で買える鰻弁当

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東京駅には、全国の駅弁を扱う売り場があるので、旅の気分が高まるが、だからと言って、東北に向かうのに、北陸や信州のお弁当を買うのは、何か違う気がする。

結局、最近は、吉増剛造さんもお気に入りの「深川飯」か、東京駅限定「老舗の味 東京弁当」、そうでなければ、鰻弁当のどれかを選ぶようになった。


6月に盛岡に行くときは、「宮川本廛 うなぎ」弁当、今回は、小田原は東華軒の「うな重」にしたのだが、どちらも鰻一匹を使ったお弁当である。

もちろん、お店で焼きたてを食べるのに勝るものはないが、どちらも明治から続く老舗だけに、旅の伴にはうってつけ。

鰻弁当は、ビールや日本酒にも合うところがいい。


鰻は、世界中に棲息しているが、日本人になじみが深いニホンウナギは、いまだに生態がよく分かっていない。

5〜15年を河川で過ごしてから、海に下り、日本から2000km離れたマリワナ諸島近海で産卵するのが分かったのも、近年のこと。

鰻は、海で孵化し、川に登って淡水で過ごし、再び海に戻って産卵するわけだが、こんな謎めいた魚を、当たり前に食べていることを考えると、不思議な気分になる。


ちなみに、『万葉集』の大伴家持の和歌にも、鰻は夏痩せに効果のある滋養食として登場するが、縄文時代の遺跡からも骨が出土しており、古くから食されていたことが分かっている。

ただし、鰻が高級料理となったのは、江戸時代後期に、蒸してから焼き上げる調理法が考案されてからで、それまでは、屋台で、ぶつ切りにした鰻を串焼きにし、たまり醤油や味噌で食べていたというが、これは、人足などの労働者しか口にしない下魚だったそうだ。

もっとも、今では高級魚のマグロも、江戸時代には庶民でさえ、買ったことを隣近所に知られたくないほど安価きわまりない下魚で、塩マグロの塊を鉈でぶち切って売っていたというのだから、食材の価値というものも、時代と調理法によって変化することになる。


私などの世代なら、鯨がその好例だろう。

昭和もなかばまでは、小学校の給食でも定番メニュー、定食屋でいちばん安いメニューといえば鯨カツで、貧しい学生の食欲を満たしたものだったそうだ。

全共闘世代の老人がたによると、若いとき、食べるのは鯨カツ、夢に見るのがトンカツだったそうだから、鯨が高級食材となった今では、考えられないことではある。

ちなみに、鯨でもっとも珍重されるのは尾の身で、獣肉としてはもっとも癖がなく、寿司ネタでも高級食材とされている。
posted by 城戸朱理 at 08:12| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月19日

原稿を一気に仕上げて



鎌倉ペンクラブが、来年の明治150年を前に、今秋、鎌倉と縁のあった明治時代の文学者をめぐる講演会を企画、私に島崎藤村についての講演依頼があったので、お引き受けすることにした。

「詩と思想」からも、11月号の特集座談会への出席の依頼があったが、こちらは夏のうちに収録することになっている。


吉増剛造さんのドキュメンタリー映画のことで、ニューヨークのジョナス・メカスと連絡を取ることになったのだが、こちらは順調に運んでいる旨、井上春生監督から連絡があった。


あれこれ、日程調整をしつつ、岩手日報随筆賞授賞式のために盛岡入りする前に、急ぎの原稿を仕上げねばならなくなり、7月13日は、まず「映画芸術」誌のためのジム・ジャームッシュ「パターソン」評を執筆。

今年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品された「パターソン」は、アメリカ、ニュージャージー州の小都市パターソンを舞台に、詩を書くバス運転手、パターソンを主人公とする詩へのオマージュ。

この映画については、いずれ、別にアップしたい。


午後は、Edge公式ホームページのために、吉増剛造、前田英樹、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)など5本の番組を見直し、紹介文を書く。

夕方、5本の原稿を書き上げ、ひと息ついたのだが――

「映画芸術」から夕方、ゲラが来たところ、規定の文字量を大幅に超過し、約三分の一を削らなければならないのが判明。

とりあえず、削れるだけ削って、夜には再校が出たのだが、まだ14行のはみ出しが。

途方に暮れていたら、バンビことパンクな彼女が、いつの間にか手を入れ、見事に14行分を削ってくれた。

このあたりは、さすが編集歴20年のプロフェッショナルである。

それにしても、私が文字量を間違えることなんて、滅多にないので、ジャームッシュの映画に、それだけ書くことを促す力があったということだろうか。

いや、そうではなくて、たんに私の不注意なのだが。


翌朝は、Edge公式ホームページの紹介文5本を見直してから、テレコムスタッフの平田潤子ディレクターにメールで送り、着替えをトランクにパッキングして宅急便で送り出す。

あわただしく10時半にタクシーで鎌倉駅に向かったのだが、猛暑のせいもあって、新幹線に乗る前に、私もバンビも疲れはてていた。
posted by 城戸朱理 at 07:39| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

東京駅構内で和んでみたら

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「桃」の公演が終わった翌日、10日(月)。

この日は鎌倉に帰るだけなので、神田古書店街に寄ろうかと思ったのだが、あまりに暑さに断念、昼食を取って、真っ直ぐ鎌倉に戻ることにした。


バンビことパンクな彼女が、「美味しいものをたくさん食べたから、お昼は駅ナカで済ますといいんじゃない」と言うので、東京駅構内で、食事をすることに。

と言っても選択肢が多すぎて、目移りするほど。


近年の日本の駅構内の飲食店の充実ぶりは、本当に凄いと思う。


結局、日本酒でくつろぐべく、「築地すし好―和(なごみ)―」へ。


バンビは、東京の地酒、澤乃井の利き酒セット、私は、生ビールと獺祭をもらう。

撮影中は黒子に徹するため、バンビはヴィヴィアン・ウエストウッドの黒のワンピースを着ていたが、撮影の仕事を終えたので、ヴィヴィアンのパグ柄ワンピースに着替え、表情も明るい。


「さあ、じんわりするぞう!」


私が10貫の握りと、ふたりでつまむ鉄火巻きを頼んだら、なんとバンビは、私より4貫多い握りの「おまかせ」を注文。

日本酒を飲みつつ、楽しげにお寿司をつまんでいる。

マグロは天然の本マグロで、日本酒の品揃えも悪くない。


ニューヨーク在住の友人が、日本の駅ナカは神と言っていたが、海外と比較したら、そう言いたくなるのも分かる。


結局、ランチタイムを過ぎて、お客さんがいなくなってからも、飲み続け、2時間以上、のんびりしていた。


あとは帰るだけとなると、気分も楽である。
posted by 城戸朱理 at 06:30| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

新作コレオグラフ「桃」〜舞踏への切線

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鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)による新作コレオグラフ「桃」は、全公演完売、立ち見まで出る盛況だったが、それ以上に、鯨井氏が未踏の地平に立ったことを感じさせるものとなった。


なんと、土方巽による舞踏創草期から、舞踏評論を担ってきた大御所、97歳の合田成男さんも来場されたが、何か予感されるものがあったのだろう。

合田さんは、これが自分が会場に足を運んで見る最後の公演になるだろうとおっしゃったそうだが、鯨井氏の踊りに、土方巽的身体と舞踏を感得されたそうだ。

それはオイリュトミーによって形成された鯨井氏の肉体が、舞踏への回帰を意識したことを言うものなのだろうか。


今回、鯨井氏とユニット「CORVUS」を組む定方まこと氏は、踊りだけではなく、ピアノも担当したが、テーマを尋ねられた鯨井氏は「舞踏」と答えたそうだ。

ただし、その「舞踏」とは、かつてあったものではなく、いまだ見たことのない領域に開かれようとしているのだろうし、また、そうでなければ意味がない。


「桃」は、大倉摩矢子(舞踏家)、四戸由香(ダンサー)、桃澤ソノコ(オイリュトミスト)、定方まこと(オイリュトミスト・ダンサー)が、無造作に歩き、すれ違い、たたずむところから始まる。


大倉摩矢子の幽明境に歩み入るかのような動き。

四戸由香のグランギニョルな、壊れた人間=機械仕掛けのマネキンの踊りも圧巻なら、ナイフを持った定方まことの狂気と正気の狭間のような姿も目に焼きつく。

そして、ときにイザナミと化す桃澤ソノコの圧倒的な存在感。


そこを不具の乞食に身をやつした鯨井謙太郎が横切っていく。

その姿は、たしかに土方巽を想起させるところがあるが、そのように了解してしまうのであれば、この公演は、たやすい納得で終わってしまうのではないか。

むしろ、私は鯨井氏が舞踏家とダンサー、それにオイリュトミストと、異なるコンテクストの身体と踊りを異質なまま、ひとつの舞台に投げ込み、自らはオイリュトミーで作られた肉体で、舞踏を踊ろうとしたことに注目すべきだと思う。


また、この公演を、たとえば、無関係のまますれ違い、ときに衝突する現代人と、現代社会を襲うテロルを、乞食という低い地平すれすれの視点と、鳥の俯瞰的な視点の境に出現させたものと読み解くことも出来るかも知れない。

だが、そうした演劇的なドラマトゥルギーによって、解釈されるべきものではない気がする。


吉岡実の詩篇の朗読が流れるパートもあり、鯨井氏が吉岡実『薬玉』の詩句を呟く場面もあったが、日本神話におけるイザナミや昔話の桃太郎を重層化させながら、
踊りが言語による解釈を導くのでもなければ、物語性が肉体を動かすわけでもなく、あたかも肉体がそのまま言語であり、言語がそのまま肉体である世界を、鯨井氏は開示しようとしたのではないだろうか。

その言葉と肉体のはざまを、一個の桃が転がっていく。


乞食として横切るだけではなく、いざ踊り出すと天地をしたがえるようなダイナミズムを現前させる鯨井謙太郎も健在だったが、観客として座っているだけでも、何かと対決させられているような踊りを見たとしか言いようがない。

未踏の舞踏へ、肉体=言語の新たな地平へ。

何かが起こり、さらにそこから新たな何かが、立ち上がりつつある。



(撮影=小野田桂子)
posted by 城戸朱理 at 17:04| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

夏のシルクジャケット

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鎌倉でも、最高気温が30℃に達する夏日が到来。

今年の梅雨は、降雨量こそ少ないが、やはり湿度は高く、不快な日が続く。


これだけ暑くなると、さすがにスーツを着るのは特別な日だけになるが、外出するときは、最低、ジャケットだけは手放さないようにしている。

これは、私が自分で作ったルールなのだが、白洲次郎も、男は、ノータイでもジャケットを持つべきと語っていた。

だが、ジャケットを羽織ったら、どうしても汗をかいてしまうのが、日本の夏。

かなりの頻度で、クリーニングに出すことになるので、一週間分くらいは用意しておかなければならない。


夏の衣類と言えば、何よりも麻だが、最近はシルクのジャケットも愛用するようになった。

シルクは繊細なイメージがあるし、夏には向かないように思っていたのだが、実は丈夫で通気性がよく、綿の1.3〜1.5倍の吸湿性と放湿性を持ち、夏でも涼しい。

問題は、皺になったときの復元力が弱く、水に濡れると色落ちしやすいことだが、最近は、シルクの長所を生かし、欠点をおぎなうシルク・ウールやシルク・リネンの生地もよく見かけるようになった。


去年、購入したのが最初の写真のシアサッカーのジャケット。

シアサッカーは、生地に縞状の凹凸があるため、見た目にも清涼感があるが、肌に触れる面積が少ないため、さらりとした着心地で、夏にうってつけ。

通常はコットンだが、このジャケットは、シルク50%、ウール47%、エラスタン3%と、いかにもアルマーニらしい素材使いで、コットンのものより張りがある。

このジャケットは、銀座、松屋のアルマーニ・コレツィオーニで求めたものだが、試着したとき、直しの必要がないので、ショップスタッフが驚いていた。

たいていの人が袖を詰めるなど、何らかの補正が必要になるそうだが、私にはジャストサイズなのがありがたい。


次の写真は、シルク100%のショールカラージャケット。

ショールカラーは、タキシードなどによくあるデザインだが、ジャケットでも、シルクだとフォーマルな印象がある。

ところがシルクだけに軽いので気楽に羽織れるし、好きなデザインだ。


3枚目の写真も、シルク100%のジャケット。

シャツなみの軽さで、まさに夏向き。

すべてパッチポケットなため、カジュアルな印象になる。


最後の写真は、リネン84%、シルク16%なので、質感はリネン。

ショールカラーだが、胸ポケットを省略し、腰はパッチポケットのため、カジュアル感が強くなるので、カーディガンを羽織るような感覚である。


以上の3着は、いずれもアルマーニのコレクションラインのGIORGIO ARMANI。

アルマーニは、現在、ジョルジオ・アルマーニ、セカンドラインのエンポリオ・アルマーニ、ビジネスラインのアルマーニ・コレツィオーニ、カジュアルラインのアルマーニ・ジーンズとファスト・ファッションのアルマーニ・エクスチェンジで構成されているが、
来年から、アルマーニ・コレツィオーニとアルマーニ・ジーンズをエンポリオ・アルマーニに統合し、3ラインに整理されるそうだ。

そうなると、現在のアルマーニ・コレツィオーニとアルマーニ・ジーンズの売り場は、すべてエンポリオ・アルマーニに変わることになるのだろうが、
整理したいという欲求は、マーケティング戦略以上に、「モードの帝王」「マエストロ・ディ・マエストロ(巨匠のなかの巨匠)」と呼ばれるアルマーニも、老いのなかで、心境の変化があったということなのだろう。

動物愛護の視点から、アルマーニは、昨年、毛皮を一切使わないノーファーを宣言したが、アパレルをめぐる状況も変化しつつあるようだ。
posted by 城戸朱理 at 11:44| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月15日

水原紫苑さん、第53回短歌研究賞受賞!

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水原紫苑さんが、第53回短歌研究賞を受賞された。

短歌研究賞は、歌集ではなく、「短歌」「歌壇」「短歌研究」などの短歌総合誌に発表された20首以上の作品と、それまでの実績を対象として選考される。

水原さんは「極光」30首詠(「歌壇」2016年7月号)での受賞。


「東京新聞」6月24日「詩歌への招待」欄に発表された「ヘブンリーブルー」連作も素晴らしかった。

そのうちの一首。



詩を織るは永遠の問ひ
たましひの殺人消えずわれこそあなた



同欄のエッセイで、水原さんは「世界はまず言葉から壊れてゆく。言葉が死ぬ時、世界も死ぬのだ」と書かれているが、これだけ端的に今日の危機を語ることができるのも、「永遠の問ひ」のさなかに生きているからなのだろう。


水原さん、おめでとうございます!
posted by 城戸朱理 at 09:28| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月14日

ゴーストタウン化する日本

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鎌倉市の「広報かまくら」7月15日号では「空き家を増やさないために」という特集が組まれている。

鎌倉市の調査によると、鎌倉の空き家と考えられる戸建て住宅は、1108戸。

空き家が放置され、老朽化すると、倒壊などの危険を伴うことになる。

今や、空き家対策は、地方公共団体の急務となりつつあると言ってよい。


実際、日本では、住む人がいない空き家が増え続けている。

2016年6月の段階で、すでに空き家は820万戸、総住宅数に占める空き家率は、13.5%。

野村総研は、空き家の有効活用が進まなかった場合、2023年には、空き家が1400万戸(空き家率21.1%)となり、
2033年には2170万戸(空き家率30.4%)、なんと住宅の3戸に1戸が空き家になると予測している。


しかも、日本は人口減少期に入ったわけだから、現実を直視するなら、もう家を建てる必要はないわけであり、物の価格は需要と供給の関係で決まるわけだから、今後は、地価も家の価値も下落するだけなのは、火を見るよりも明らかだろう。


実際、東京を始めとする大都市の一等地を除けば、地値は下がり続けており、作家の佐藤洋二郎さんは、ネットで、地方都市の中古マンションの価格を調べるのが趣味だとおっしゃっていたが、今や100万を切る物件さえ珍しくないそうだ。

暮らす場所によっては、住まいが新車より安く買える時代が到来したわけだから、驚かざるをえない。



そうした状況に、いち早く気づいた坂口恭平は『0円ハウス』(2004)を上梓、「建てない建築家」として出発することになったわけだが、『0円ハウス』は、とあるホームレスに取材し、ホームレスを、狩猟と採集によって生きる現代の縄文人としてとらえたところが新鮮だった。

坂口恭平的な発想だと、家はもはや「0円」なのである。


たしかに東京の銀座など、一等地の地価はバブル期以上に高騰しているが、それ以外のエリアでは、土地や家が、資産たりえない時代が来ようとしている。


昭和という時代は、右肩上がりの成長期で、人口も増え続けたため、親が持ち家であっても、子供は親との同居を望まず、何十年ものローンを組んで、家を購入したわけだが、そうした核家族化の結果、家余りの現状が到来したのは当然のことでしかなく、今や昭和的な価値観は、完全に過去のものとなった。


空き家が増えた地区は、次第にさびれて、ゴーストタウン化していく。

核家族化のはてに広がる、この荒涼たる眺めは、団塊以上の世代には想像も出来なかった未来図なのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 11:16| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月13日

再び、たつみやへ

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9日は、セッションハウスに入る前に昼食を取ることにしたのだが、「また、たつみやに行くのはどうかな?」とバンビことパンクな彼女が言い出した。

2日続けて、同じ店に行こうというのだから、よほど気に入ったのだろう。

私も異存はない。


開店10分前に到着し、暖簾が出るのを待った。


「また来ました」と挨拶し、まずは、ビールと骨せんべい。

メニューにはないが、昨夜、隣のテーブルのお客さんが肝焼きを頼んでいたので、聞いてみたら、「出来ます」とのこと。

出てきた肝焼きを見て、バンビは「もっちりしてるね!」と驚いていたが、この肝焼き、肝ばかりではなく、肝とエリを交互に刺し、ヒレを巻いたもので、鰻の旨みが凝縮しているものだから、こよなく酒に合う。

こんな肝焼きは初めてだが、おそらく、捌いた鰻の数しか肝がないので、メニューにはないのだろう。


バンビが楽しみにしていたのは、絶品の白焼き。


「やっぱり美味しいね!
アイスクリームに乗せたいくらいだよ!」
???


どう考えても鰻の白焼きが、アイスクリームに合うはずはないが、これはどうやら「とろけるようだ」のバンビ流表現らしい。


「剛造先生をお連れしたら、きっと気に入られるよ!」

たしかに。

吉増さんは、鰻がお好きなので、次回の打ち合わせはここにするといいかも知れない。


食事はいちばん軽い鰻丼にしたが、たつみやは御飯の盛りが多めなので、次回からは御飯を少なめで頼むことにしようと話し合った。

要するに、ふたりとも、機会があり次第、また来る気なのである(笑)。
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猛暑のダンス公演

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東京の最高気温は、35℃。

歩いているだけで意識まで蒸発しそうな猛暑日だった。

たつみやでの打ち合わせを終え、平島進史、松浦梓さんとセッションハウスに入ったのは、6時半。

鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏による新作コレオグラフ「桃」の初日である。

「桃」については、別にアップしたい。


会場には、鯨井氏をダンスに誘った笠井瑞丈さんの姿が。

鯨井氏から写真家の高木由利子さんを紹介していただいたが、鯨井氏をモデルとするイッセイ・ミヤケの広告写真は、高木さんによるものである。

公演後は、いまだ余韻とも呼べね熱を抱えたまま、石田瑞穂、遠藤朋之氏、アメリカの詩人、ジュディ・モレスキさんとワイン・バーで飲んだ。


バンビことパンクな彼女と私は、半蔵門のダイアモンドホテルに投宿。

翌日は、たつみやで昼食を取ってから、バンビはひと足早く、会場入りして、撮影を始めた。

私は、鯨井氏の生後まもなくからの幼なじみにして盟友、富田真人氏が「桃」のために上京したので、一緒に会場入りする。

9日のマチネは、14時から。

気づいたら、バンビが、舞踏評論家の志賀信夫さん、詩人の林浩平さんと談笑していたが、いつの間にか顔なじみになってしまったらしい。


終了後、近くのイタリアンで、暑気払いをしつつ、バンビと富田さんの話を聞く。

10代のころは、鯨井くんとともに詩を書き、本当ならば、一緒に上京して天使館で、オイリュトミーを学ぶことになっていた矢先に、子供が出来たことが分かり、仙台に留まることになったそうだ。

富田さんは、バーテンダーの仕事のかたわらで、前衛的なパフォーマンスを続けているが、中学のころからの念願だった映画制作にいよいよ取りかかるのだという。

アバンギャルドを生きる富田さんだから、並みの映画ではあるまい。

楽しみである。


夜の公演は19時から。

渡辺めぐみさんもポエケットから駆けつけてくれたが、この日はポエケットだけではなく、TOLTAの実験的な朗読会もあり、イベントが重なっていたようだ。


私の隣には、笠井叡さん、久子夫人が座られたので、笠井さんとお話しながら、開演を待つ。

この公演には、舞踏評論の草分け、97歳の合田成男までいらっしゃったので、スタッフは騒然となった。


公演終了後、鯨井氏とM-laboratoryを主宰する三浦宏之さんのアフタートークがあったのだが、ダンサーにとって、本番直後のトークは大変だろう。

三浦さんが、先に客席に質問はないかを振るという異例のトークで、スリリングだった。


バンビは、合わせて3時間半となる全3公演で、2400枚を撮影。


打ち上げは、飯田橋のインド・タイ料理店で。

さらに、居酒屋に席を移して、閉店となる午前1時まで語り合ったのだが、三浦さんの「人類の全記憶を肉体に集約した舞台」という感想には脳髄が痺れた。
posted by 城戸朱理 at 11:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月12日

神楽坂のたつみや

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7月8日と9日は、神楽坂のセッションハウスで、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏の新作コレオグラフ「桃」の公演があったので、全3公演を撮影するバンビことパンクな彼女が、半蔵門もダイアモンドホテルを予約した。

私も全公演を観るべく、神楽坂へ。


そして、公演前に「Edge」「H(アッシュ)」を始めとするCS放送のプロデューサー、平島進史氏、担当の松浦梓氏と、緊急の課題について、打ち合わせをすることになった。


お店は、ひっそりとした佇まいの「たつみや」。

戦前から続く、鰻の老舗である。


ビールを頼むと、当ての骨せんべいが。


白焼きは、よく蒸されており、箸で持ち上げようとすると崩れるほど柔らかい。

口のなかで溶けるようで、みんな唸ったが、バンビは「今まで食べた白焼きでいちばん美味しいよ!」と感嘆していた。

鰻重は、醤油と味醂を合わせただけで、秘伝のタレといったものではないと言いながら、辛めで、柔らかい鰻とよく合う。

肝吸いの出汁が、また見事だった。


開店してすぐに、満席になってしまったが、近所にあったら、私も通いつめることだろう。


「たつみや」は、井伏鱒二、岡本太郎らに愛された店だが、荒木径惟さんも常連らしい。

また、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが来店したこともあるそうな。


こういう店は、変わらず、ずっと続いて欲しいものだ。
posted by 城戸朱理 at 11:43| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月11日

洋食の一日

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吉増剛造さんとの打ち合わせの場所だった東銀座のカフェ・セレは、資生堂パーラーのプロデュースだから洋食がいいだろうと、私が頼んだのは、食前酒がキールロワイアルで、食事はオムライスを。

洋食は、洋食と言いながら、今や日本の料理ジャンルだけに、懐かしさが隠し味になるような気がする。


その後、銀座松屋などを覗いて歩いたのだが、あまりの暑さに疲れはて、バンビことパンクな彼女と相談して、暑気払いをすることにした。


向かったのは、銀座七丁目のライオン・ビアホールである。

昭和9年、創建のライオン本店は、戦前の雰囲気を今日に伝える老舗だが、なんとも雰囲気がある。


1000リッターのタンクから注がれる生ビールで喉を潤し、ようやく、ひと息ついた。

ちょうど、シェフのスペシャリテのローストビーフが焼き上がる時間だったので、ローストビーフをグレービーソースでもらったのだが、
このローストビーフ、焼き上がると、10分もしないうちに売り切れてしまうので、すぐに頼まないとありつけない。

ほかには塩えんどう、王子サーモンのスモーク、フィッシュ&チップスを頼む。


生ビールをおかわりし、軽く食事をしたのだが、やはり老舗のビアホールで飲むビールは、ひときわ美味い。
posted by 城戸朱理 at 14:39| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

電話とメールのマナー



電話とメールの使い分けに関して、若者と中高年の世代間ギャップが激しいそうだ。

コラムニストの石原壮一郎氏によると、おじさん世代は気にかかることがあると、すぐに電話してしまうきらいがあるが、それは、今やNGとのこと。

電話は相手の時間を奪うので、まずはメールで連絡するというのが、今日の若者の常識らしい。

また、仕事上の連絡を電話で済ますのは非常識であり、記録に残るメールが望ましいという声が目立つのだとか。

あの堀江貴文氏も、電話をかけてくる人とは仕事をしないとまで言っており、仕事の連絡を電話でするのは、今やデキない男のやることらしい。


たしかに、出版業界では、だいぶ前から、連絡はメールが常識になっているが、メールでやり取りしたうえで、さらに依頼書を郵送してくる編集部も珍しくない。

電話がかかってくるとしたら、校了間際に問題が見つかったとか、よほどの時だけである。


つまり、電話は仕事のツールとしては、緊急時限定のものになったということなのだろうか。

この緊急時も問題で、自分にとって緊急だとしても、相手にとって緊急だとは限らない。

電話の使い方も、難しくなったものである。


さらに、もの書きの場合は、執筆中に電話を受けると、意識が中断してしまうので、電話を取らないのが普通である。

私も執筆中は、携帯電話を書斎には置かないし、緊急の連絡であれば、電話に出なくても、メールなり何なりで必ず連絡が入るから、困ったことはない。


人生には、急ぐべきことなど、さしてないことも分かっているし、電話に頼らなければならないほど、切羽詰まっているとしたら、それはたんに仕事の段取りが悪いだけということだろう。


こうやって考えると、電話は必要ない気さえしてくるが、絶え間ない電話とFAXに悩まされる日も珍しくなかった20年ほど前のことを考えると、隔世の感がある。
posted by 城戸朱理 at 13:47| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月10日

吉増剛造さんのドキュメンタリー映画打ち合わせ

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7月4日(火)は、京都、南禅寺別荘群の真澄寺別院・流響院を舞台に春夏秋冬、撮影を重ねてきた吉増剛造さんのドキュメンタリー映画「幻を見るひと。」の今後の展開を打ち合わせるため、銀座に赴いた。

場所は、東銀座。

資生堂パーラーがプロデュースしたカフェ・セレの個室で。


井上春生監督に、アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女、「キネマ旬報」元編集長で城西国際大学客員教授の掛尾良夫さん、エグゼクティブ・プロデューサーの私の4人で、吉増剛造さんを迎えた。


昨年、竹橋の国立近代美術館で、初めての詩人の展覧会となる「声ノマ 全身詩人、吉増剛造」展が開催された吉増さんだが、
反響が大きく、今後は足利美術館、パリのポンピドー・センターなど形を変えて、吉増剛造展が開催される予定だという。


「幻を見るひと。」も吉増剛造展の関連イベントとして美術館で上映される機会があるかも知れない。


まずは、国際映画祭へのエントリー状況を確認して、公開の時期や方法を検討したのだが、関係者のための初号試写は夏に、その後、マスコミ向けの試写をすることになる。


打ち合わせのあと、井上監督と掛尾さんは、そのまま二人で打ち合わせを続け、私とバンビは、吉増さんと別れて銀座を散歩した。
posted by 城戸朱理 at 09:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月09日

盛岡土産〜白龍のじゃじゃ麺

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今回は、盛岡で白龍のじゃじゃ麺も食道園の冷麺も食べなかったので、お土産にじゃじゃ麺を手配した。

知っている人は知っているが、知らない人はまったく知らない(?)盛岡三大麺のひとつ、
平打ちのうどんに肉味噌をかけ、おろしショウガ、おろしニンニク、酢、ラー油を好みで加えて、よくかき混ぜて食する。


これが、バンビことパンクな彼女の好物なのだ。


ネギとキュウリを刻み、肉味噌に添えるのだが、普通盛りでも多いので、店で食べるときは小盛りを、自宅で調理するときは、一人前をふたりで分けるくらいが、ちょうどいい。
posted by 城戸朱理 at 09:28| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

そのころ、南相馬では

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私が立川で詩友と会っていたころ、バンビことパンクな彼女は、福島県の南相馬にいた。


柳美里さんが、被災者に寄り添うべく、鎌倉から南相馬の原町区に引越したのは、3年前。

今回、柳さんは原町区から小高区に引越し、校歌を作詞した福島県立小高産業技術高校の生徒が集えるような本屋を開店するのだという。

話はうかがっていたが、それを実行してしまうあたりが凄い。

ちなみに、書店名は「フルハウス」なのだとか。


柳さんに声をかけてもらったバンビは、「作家の引越し」を撮影すべく南相馬へ。


ダンボール300箱を超える蔵書と柳さんは格闘していたらしいが、柳家3人と猫4匹は、これから小高駅から徒歩3分の新居で暮らすことになる。

井上春生監督も引越しの様子を撮影するために南相馬入りしたが、さすが柳さん、引越しのさなかでもテレビや新聞の取材に対応していたそうだ。


写真は、キジトラのトラとラグドール種のティグリ。
posted by 城戸朱理 at 13:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也・城戸朱理による連詩再開打ち合わせ&宴会



「現代詩手帖」7月号に田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也と私によるトークと連詩が掲載されたので、祝杯をあげがてら、連詩再開の打ち合わせをするべく、7月2日に4人で集うことにした。


私が提案したのは、以下の3案。


(1)神田神保町で古本屋回り→ランチョンで乾杯
(2)鎌倉で古本屋回り→クルベルキャンで乾杯
(3)国立で古本屋回り→立川の鰻串焼きで乾杯


結局、みんなが鰻串焼きに反応したものだから、鎌倉からいちばん遠い中央線の立川が会場になってしまった。


なんとも暑い日だったが、大志くんと私は国立で古本を見てから立川の鰻串焼き「うなくし」へ。


高貝くんと思潮社の遠藤みどりさんは、すでに到着していたので、まずはビールで乾杯。

前の晩に声をかけた遠藤朋之氏も駆けつけてくれた。


遠藤みどりさんが、高校生のとき、初めて買った詩集が広瀬大志『喉笛城』と伊武トーマ『A=a』、
しかも、立ち読みして購入を決めたのではなく、直感で選んだのだとか。

そのきっかけになったのが、私が「幻想文学」に書いた原稿だったそうだが、本人は何を書いたか、まったく覚えていなかった。

『喉笛城』は私が栞を書いているし、『A=a』は、帯に私の言葉が引かれているので、その意味では、高校生のときの遠藤みどりさんと私も出会っていることになる。


田野倉くんは、野川朗読会出演のため、一時間遅れで合流。

再び、乾杯する。


連詩については、来年1月までに、あと10篇を書こうという話になったが、最初の出題は大志くんに決まった。


ところで、田野倉くんは相変わらず、よくしゃべる。

到着してから、一瞬たりとも途絶えることなく、話し続けていたのではないだろうか。


「ぼくはマグロと一緒で、しゃべってないと死んでしまうんだ」と田野倉くん。

マグロは泳ぎ続けていないと死んでしまうそうだが、だとしたら、田野倉くんは寝ている間も寝言を言い続けているのだろうか?


驚いたのは、高貝くんが、ボブ・ディランのファンだったこと。

小学生のとき、初めて買ったEPレコードがディランで、なんと、これまで6回の来日公演すべてに行っているというではないか。

高貝くんとは、武満徹やアルヴォ・ペルトなど、現代音楽の話しかしたことがないので、ディラン好きとは知らなかった。

「初めて聞いた」と大志くん。

「あれ、言ってなかったですか」と高貝くん。

「ビートルズの話なら聞いたけど」

そこから、話題はビートルズに。


なんと、ポール・マッカートニーの初来日のとき、3人とも会場にいたのが判明。

ちなみに、ディランの2回目の来日公演のときも、3人とも武道館にいたのが分かった。


さらに驚いたのは、高貝くんが、AKB48のファンだったこと。

なんでも、秋元康さんを尊敬しているそうで、AKB48のドラマもすべて観ているというではないか。

意外だったが、まさか高貝くんとAKB48や欅坂46のことを語り合う日が来るとは思わなかったな。


今回は、2000円以下、1000円以下で入手した古本を持ち寄ることにしていたので、それぞれ披露したのだが、この企画は実に面白い。

次回から記録を取ることにしよう。
posted by 城戸朱理 at 12:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

蔵前の古本屋

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神田の古書店街で買ったばかりの本を開きながら、ランチョンでビールを飲むのは、私が愛して止まない時間である。

ランチョンは二階だから、古書店街を見下ろすことができるが、いつも気になるのは、田村書店。

どう見ても、右に傾いている。

本の重さのなせるわざなのだろうか。


蔵前で見かけた御蔵前古書房も、やはり傾いていた。

専門は、「大江戸 大東京 相撲文献」と、いかにも蔵前らしい。

なんとも言えないたたずまいである。
posted by 城戸朱理 at 07:38| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蔵前で昼食難民に

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空蓮房の場所を確認してから、昼食を取るべく、西脇順三郎が愛した駒形どぜうに行ってみたのだが、長蛇の列。

どじょう鍋でビールと思っていたのだが、待ち時間の見当がつかない。

そういえば、蔵前には町中華の名店として名高い幸楽があったのを思い出し、小一時間も歩き回って、ようやくたどり着いてみたら、臨時休業だった。


完全に昼食難民と化したとき、目についたのが天ぷら「いせや」。

飛び込んで、とにかくビールで喉を潤し、頼んだのは魚天丼である。

これは、穴子、きす、めごちに野菜の天丼で、胡麻油で揚げた江戸前の天ぷら。

衣は茶色で、タレは甘め、歩き回ったあとだけに旨かった。


次々と来店するのは、家族連ればかりだから、地元で愛されている店なのだろう。
posted by 城戸朱理 at 07:37| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする