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城戸朱理のブログ

2017年09月16日

ブログ更新お休みのお知らせ



いつも、当ブログにお付き合いいただき、ありがとうございます。

仕事に専念すべく、来週までブログの更新をお休みします。


来週、後半には再開する予定ですので、よろしくお願いいたします。
posted by 城戸朱理 at 12:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

追悼、藤富保男



藤富保男さんが、9月1日に永眠された。

若き日にはサッカー選手、東京オリンピックでは審判をつとめられた藤富さんは、7月から入院されていたが、8月31日に経過安定のため一泊の帰宅を許され、その日のワールドカップ予選、日本対オーストラリア戦をベッドで観戦。

日本の勝利に大いに満足して安らかに眠りに就いたが、翌朝、容体が急変して、あの世に旅立たれたのだという。

いかにも、藤富さんらしい最期ではないか。


藤富さんの詩と言えば、ユーモアとペーソスにあふれ、肩透かしを食らわされたり、意表を付かれたりする洒脱なものだが、その背景には、前衛の精神と江戸っ子らしい笑いが共存していたのだと思う。


実際、藤富さんは、わが国のコンクリート・ポエトリーの先駆者である新國誠一と芸術研究協会を設立、機関誌「ASA」を刊行するとともに、
「VOU」を率いた北園克衛とも親交があり、さらには西脇順三郎が自宅で開催していた西脇による自作解説の会である西脇ゼミのメンバーでもあった。

いわば、前衛運動の渦中に身を置きながら、独自のスタイルを作り上げた詩人だったと言うことができるだろう。


藤富さんは、語学が堪能で五か国語を話せたが、楽しくもシュールな線描画も残した。


これは藤富さん本人からうかがった話なのだが、藤富さんは1945年に長崎の親戚のところに向かうとき、原爆投下翌日の広島を列車で通過したことがあるそうだ。

窓の外を見ないように指示されたそうだが、貨物車の隙間から、藤富さんは爆心地を見たのだという。


戦争の惨禍を十分、知りながらも、いや、だからこそ、藤富さんは、戦後という時代をモダニストとして生きようとしたのではないだろうか。


異能の詩人、藤富保男。

私は、これまで2本の藤富保男論を書いているが、藤富さんの作品を、また読み直したいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 19:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月13日

進歩がない?



ここのところ、鎌倉の最高気温は、27〜30℃。

蝉の声と虫の音の合唱が一日中聞こえる。

空の色は秋めいているが、まだ夏が居座っている感じだ。


9月11日は、「詩と思想」の座談会「IT社会と現代詩の行方」のゲラをチェックして返送し、『火の刺繍』に収録される吉増剛造さんとの対談をチェック、
さらに鎌倉文学館、秋の特別展「リスペクト 好き、好き、大好き」のためのコメントを執筆した。

この特別展は、夏目漱石や芥川龍之介ら、物故文学者10組の尊敬関係を展示するものだそうだ。

何人か候補をあげて、学芸員の山田雅子さんと相談し、私は、宮澤賢治について書いた。

『霊性の震災学』で話題になった東北学院大学の金菱清教授のゼミに、和合亮一氏を迎えるロケのために、アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女と井上春生監督との間に連絡が行き交い、何やら落ち着かない。


連絡が一段落したところで、書斎の片付けと掃除に取りかかった。

どうしたことか、いつも整理と片付けに追われているのに、気づくと、本と書類があふれかえっている。

仕事がたて込むと、ひと月以上、郵便物の封を切ることさえ出来ず、山になっているし、参照した資料を片付ける間もなく、次の原稿に着手することが多いので、書斎のデスク回りは、いつも本と雑誌が山積みになっている。

それに書きかけの原稿や資料の書類にメモが散乱すると、ほとんど無頼派、坂口安吾の書斎といい勝負だ。

そんな状態になると、どこに何があるのやら、見当がつかなくなるので、何とかするしかない。

散乱した本を、本棚の所定の位置に戻し、ハンディクリーナーで埃を払いながら、片付けること5時間。

ようやく、終わりが見えてきた。

それにしても、いつも本と書類の整理と片付けに追われているのだから、進歩がないことはなはだしい。
posted by 城戸朱理 at 10:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月12日

第5回芝不器男俳句新人賞



芝不器男俳句新人賞実行委員会から第5回芝不器男俳句新人賞の選考委員就任依頼が来たので、お引き受けした。


応募は、今年、2017年10月〜12月10日の予定。

これまで通り、名前・年齢を伏せての公開審査になるが、選考会は、来年3月を予定している。


芝不器男俳句新人賞では、本賞のほかに選考委員の名前を冠した奨励賞もあるので、本賞ひとりと奨励賞5人が受賞者となる。


冨田拓也・杉山久子・御中虫・曽根毅といった本賞受賞者のみならず、
関悦史・神野紗希・佐藤文香・九堂夜想・岡田一実・堀田季何・西村麒麟ら、これまでの奨励賞受賞者の活躍によって、
俳壇の登竜門となった感がある芝不器男俳句新人賞だが、百句競作という難関に、ぜひチャレンジしてもらいたい。
posted by 城戸朱理 at 09:04| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月11日

吉増剛造『火の刺繍』

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昨年だけで、9冊もの新刊が刊行された吉増剛造さんだが、今度は対談集が刊行される。

それが『火の刺繍 吉増剛造2008〜2017』。

素晴らしいタイトルではないか。


版元は札幌の響文社。

編集は吉原洋一(編集者・写真家、日本近代文学館勤務)、装幀はローライ同盟のメンバーでもある井原靖章(グラフィックデザイナー)。

なんと1136ページの大冊になるそうだ。


「現代詩手帖」2016年7月号の特集「吉増剛造、未知の表現へ」に掲載された吉増さんと私の対談「詩を超えて、詩へ」も収録される予定。


今年の5月に開催された札幌TENPORARY SPACEでの吉増剛造展も「火の刺繍 La borderie de feu」と題されていたが、
A4よりも大きい変形版の案内状をいただいて、そこに吉増さんの書き文字で「火の刺繍」という言葉を見いだしたときの興奮は、いまだに忘れられない。

火と火を縫い合わせるように紡がれた言葉、発火する言葉を、私たちはそこに見出すことになるのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 15:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

ナディッフの吉増剛造イベントへ

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9月8日。

「映画芸術」からアキ・カウリスマキの新作「希望のかなた」のレビュー原稿依頼が来たので、受諾。

ジム・ジャームッシュ「パターソン」のレビューが内外で好評だったとのこと、ありがたい話である。


「詩と思想」座談会のゲラが出たので、車中でチェックすべく、プリントアウトをバッグに突っ込んで、恵比寿に向かう。


ナディッフ・アパートは前身がアール・ヴィヴァンなだけに、美術書が並ぶ刺激的なスペースである。

6時前に到着したら、吉増剛造さんは会場セッティングの最中だった。


若林奮氏から贈られた銅板が新たに見つかったので、また銅板に文字を打ち始めた吉増さん、「風車詩社」という言葉が刻み込まれている。

ホアン・ヤーリー監督のドキュメンタリー「日曜日の散歩者」で描かれた風車詩社は、日本統治下の1930年代に西脇順三郎、瀧口修造らの影響を受けて、台湾で日本語による新たな詩を試みたモダニストのグループ。

吉増さんは「日曜日の散歩者」を3回見たそうだ。


バンビことパンクな彼女は許可をもらってイベントの様子を撮影することに。


開演は、7時。

まずは、鈴木余位さんの映像をバックに、WHITELIGHTの音響設計で、マリリアさんのパフォーマンス。

ときに高原をわたる風のようでもあり、ときには洞窟のなかで響くかのような声が、聴く者を彼方に誘う。

素晴らしいパフォーマンスだった。


続いて、吉増さんが登場、語りながら銅板を叩き始める。


吉増さんと私のトークは、90歳で亡くなったアメリカの詩人、ジョン・アッシュべリのことから。

そして、このイベントのために井上春生監督が編集した10分の「幻を見るひと」特別予告編の上映。

濃密な映像は観客を圧倒したが、井上春生監督、英訳の監修をしてくれた遠藤朋之氏にも前に出てもらって、しばし、「幻を見るひと」のことを語り合う。

さらに永田耕衣や西脇順三郎のことを、吉増さんに振られるままに語りあって、イベントは終わった。


最後に客席から、アメリカの詩人、ジュディ・ハレスキさんにコメントをいただいたのだが、会場には、写真家の今道子さん、カニエ・ナハさん、今年、第一詩集『耳の生存』を刊行した菊石朋さんの姿もあった。


近所の店で打ち上げとなったのだが、誰もが興奮気味で、その興奮を持ち帰るようなイベントだったと思う。


終電で鎌倉に戻ったのだが、タクシー乗り場は長蛇の列。

バンビとクルベル・キャンで、カクテルを飲みつつ小憩し、タクシーを呼んでもらって帰宅した。
posted by 城戸朱理 at 12:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月09日

土方巽の漬物と大野一雄の鮭



1985年に、私が第一詩集『召喚』を刊行して間もないころ、ひと抱えもある宅急便が届いた。

差出人を確認して、愕然としたのを今でも覚えている。


「アスベスト館 土方巽」


なんと、舞踏の創始者からの宅急便ではないか!


慌てて開けてみると、出てきたのは木桶で、中身は金沢の鰤と蕪の漬物だった。

手紙も何も添えられておらず、届いたのは漬物だけ。

訳も分からぬまま、いつか、土方さんにお会いする日が来たときにお尋ねしようと思ったのたが、翌年、1月21日に、土方巽は世を去った。

あの漬物は何だったのだろうか?


それから、17年後。

あれは、2002年のことだったと思う。

ある日、大きな宅急便の包みが届いた。

差出人は、大野一雄先生である。

大野先生が何を送って下さったのだろうと、急いで包みを開けてみたら、なんと大振りな時鮭が出てきた。

やはり、手紙などは添えられていない。

鮭が一尾。

時鮭がまるごと一尾。

時鮭(ときしらず)は、夏に水揚げされる白鮭で、産卵期ではないため、身に脂が乗っている。

出刃包丁でさばき、絶品の時鮭をいただいたのだが、こちらは翌日、大野先生からお電話があって、先生から問い合わせがあった詩篇が収録されている詩集を私が調べてお伝えしたことへのお礼であることが分かった。


しかし、この二度にわたる突然の贈り物のおかげで、私のなかでは舞踏家のイメージが、鰤と蕪の漬物や時鮭と繋がってしまったのも事実である。

突然、送られてくる発酵食品やまるごとの魚。

それは、土方巽の「舞踏とは命がけで突っ立った死体である」という言葉と響き合うような気がしないでもない。
posted by 城戸朱理 at 15:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月08日

右手がドラえもん!?



9月5日は、喜多流の能役者、友枝昭世の11月5日の国立能楽堂での「松風」のチケット発売日。

横浜能楽堂に行ったのがきっかけになって、バンビことパンクな彼女がお能に関心を持ったので、あれこれ説明しているうちに、わが家ではにわかにお能がブームになり、稀代の名人、友枝昭世を見に行こうという話になったのだが――


売り出しの11時を前に、私は電話を用意して待機、11時ちょうどにコールするも、まったく繋がらない。

一方、バンビは、ウェブ予約するべく、PCを立ち上げて待機していたのだが、アクセスが集中したのか、PCがフリーズ、結局、11時10分には、全席ソールドアウトになっていたのが後で判明した。

私は、2時間近く電話をかけつづけたのだが、一度も繋がらないという混雑ぶりで、さすがに諦めるしかなかった。

友枝昭世の公演は、20年前から入手困難だったが、また次回、挑戦してみるしかないようだ。


とりあえず、鎌倉宮の薪能は予約できたので、この日は「詩とファンタジー」の選評を書いてメールし、「岩手日報」の投稿作品を読み込んで、入選作を絞っただけで終わった。


翌日、6日は、まず「岩手日報」投稿欄の入選作を選び、選評2回分を執筆。

バンビことパンクな彼女が、アシスタント・プロデューサーとして、今月のロケのスケジュールを組み立て、新幹線や宿の手配をしてくれたので、それを確認してから、「週刊 現代」から依頼があった書評のための本を読み始める。


夕食後、「詩と思想」11月号の座談会のテープ起こしに手を入れ始めたのだが、これが容易ではない。


途方に暮れていたら、なんと右手をムカデに噛まれ、右手がドラえもんのように腫れ上がってしまったではないか!

鎌倉では、ムカデに注意しなければならないのだが、去年から、ほとんど出なかったので油断していたのが祟ったようだ。

ペンを持つことさえ出来なくなったので、私の口述をバンビが物凄いスピードでPCに打ち込み、なんとか終えることが出来たのだが、午前2時半までかかってしまった。

草木も眠る丑三つ時である。


長時間、テープ起こしのプリントアウトを手に、あれこれ考え続けていたものだから、頭に血は登っているし、右手はドラえもんになってしまったし、なかなか寝つけず、ようやく眠りに落ちたのは明け方になってから。


目覚めても、右手はドラえもんのままである。

しかし、四次元ポケットなしで、右手だけドラえもんになっても、何にもならない。
posted by 城戸朱理 at 11:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月07日

いよいよ明日、吉増剛造さん企画イベント「剛造 Organic Fukubukuro Orchestra Vol.3 幻を見るひと」!

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吉増剛造さん自らが企画するイベント「剛造 Organic Fukubukuro Orchestra」の第3回となる「幻を見るひと」が、明日、開催されます。


第一部は、吉増さん、マリリアさんのパフォーマンス、第二部は、私も制作に関わった吉増さんのドキュメンタリー映画「幻を見るひと」(井上春生監督)の特別予告編上映のあと、吉増さんと私が、映画誕生の背景や撮影時のエピソードを語り合います。



詳細は下記の通り。


2017年9月8日(金)
19:00〜20:30
会場/恵比寿_NADiff a/p/a/r/

出演/吉増剛造×マリリア 
ゲスト城戸朱理

料金/2000円

お土産/吉増剛造“裸のメモ”



「幻をみ見るひと」をめぐって、あるいは京都を、さらには東日本大震災以後の詩の言葉をめぐって、今、開かれつつあるものを語り合えたらと思っています。

「福袋」の名のもとに、何が起こるか分からないイベントに、ぜひ、お運び下さい。
posted by 城戸朱理 at 09:34| イベント告知など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月06日

デニムの聖地、岡山

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岡山は、デニムの産地として世界的に名高い。

先日、和光大学でパウンド協会の合宿があったとき、遠藤朋之准教授が面白いデザインのジーンズを穿いていた。

聞けば、岡山の児島ジーンズだという。

デニム地とストライプ地が切り返しになったジーンズで、Tシャツには漢字で「次男」というプリントが。

大学の先生とは思えぬユニークなコーディネートだが、よく似合っていた。


遠藤くんは、児島ジーンズの前に、やはり岡山の鬼デニムを購入したそうだ。

鬼デニムはブランド名で、70代の老職人しか扱えない古い織機でデニムを織り上げている。

雑誌等の取材は受けないので、知る人ぞ知るデニム。

なんと、20オンスという極厚のデニムで、遠藤くんによると、馴染むまで半年はかかるらしい。

古い力織機で織られたセルビッチのリーバイスXXデニムでも14オンス、それでも、まるでベニヤ板のようなのだから、それを上回る頑健さだろう。


今や、世界に流通しているジーンズの三分の一は、中国で生産されている。

中国のデニムの産地は新塘(しんたん)で、日産が、なんと80万本。

年間だと2億9200万本で、その40%が、アメリカのウォルマートなどの廉価店に流通している。


それに比べると、岡山デニムは、ごく少量しか生産されておらず、生地、縫製ともに世界最高の品質を誇る。

なにせ、アメリカではセルビッチデニムを織ることが出来る工場は今やコーンミルズにしかないが、岡山ならば、いくつものメーカーが古い力織機を所有しているほどなのだ。


ジョルジオ・アルマーニやラルフ・ローレンが、ハイエンド・ラインのジーンズを岡山に発注するのも納得できるが、鬼デニムは、東京だとアメ横でしか手に入らないらしい。


今度、遠藤くんに連れていってもらおう。

上野で美術館を見て、アメ横に回ったら、さぞや楽しいに違いない。


ジーンズは、かなり持っているが、この何年か穿いていなかったので、久しぶりに引っ張りだした。

数えてみたら、リーバイスが6本(うち3本がXX)、アルマーニが9本、ラルフ・ローレンが3本など、計20本もある。

横浜に行くとき穿いたのは、アルマーニ・ジーンズ。

大腿部にデニムと同色の糸でイーグルが刺繍され、ダメージ加工をほどこした一本で、パラブーツに合わせたが、デニムだとオールデンのコードバンとの相性もいい。


今年の秋は、ジーンズで過ごすことにしよう。
posted by 城戸朱理 at 18:05| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月05日

横浜ビール直営・驛の食卓

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「左右左」公演のあとは、軽く飲むことにしたのだが、バンビことパンクな彼女が、あらかじめ行きたい店を調べていた。

それが、横浜ビール直営のクラフトビール工場&レストラン、驛(うまや)の食卓。


横浜ビールのヴァイツェン、アルト、ペールエール、ピルスナー、ラガーと出来立てのクラフトビール五種類を供する。

大きなタンクを前にして、飲むクラフトビールは、自分までタンクになった気分で(?)、実に旨い。


この店は地産地消がモットーで、神奈川県の食材を使っている。


まずは、藤沢産の生ハムをもらって、ヴァイツェンで乾杯。

この生ハム、輸入品と違って塩分が控え目で、柔らかく味わい深い。

生ハム好きのバンビが、「おかわり物件だよ!」と言って、すぐにおかわりを頼んでいた。


地鶏半身のロースト、ムール貝のビール蒸しを追加し、クラフトビールを飲み比べるうちに、あたりは暗くなっていく。


天気に恵まれた一日だった。
posted by 城戸朱理 at 10:44| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

左右左(さゆうさ)@横浜能楽堂

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太陽堂で昼食を取ったあとは、バンビことパンクな彼女と横浜に向かった。

桜木町駅で降り、横浜能楽堂へ。


この日は、横浜能楽堂本舞台でダンスを踊るという異例の試みがあった。


演出・振付は、ルカ・ヴェジェッティ。

踊るのは、笠井叡、中村恩恵、鈴木ユキオ、そして2歳半で初舞台を勤め、能学子方として注目を集める長山凛三。


音楽監督・小鼓は、小倉流十六世宗家、大倉源次郎、能菅は、藤田流十一世宗家、藤田六郎兵衛。


ルカ・ヴェジェッティは、友人のドナルド・キーンから「翁」と「羽衣」を新たなダンスの枠組みとして示されたそうだ。

「翁」は「能にして能にあらず」と言われるほど神聖視される曲だが、翁、千歳(せんざい)、三番叟(さんばそう)の三人がそれぞれ別々に舞うだけで、戯曲的な構成をまったく持たない。

いわば神事としての能楽であり、今回は翁を笠井叡が、千歳を鈴木ユキオが、三番叟を長山凛三が演じた。

それに対して、お能のなかでも、もっとも広く知られる「羽衣」は、戯曲的構成を持つ演目である。

能は五番立てで分類するが、「羽衣」は髷物・女能の三番目物。

しかも、三番目物のなかで、「羽衣」は、シテが幽霊ではなく、物語が夜ではない唯一の曲になる。

「羽衣」のシテである天人を、中村恩恵が舞った。


能舞台という制約のなかで、能楽を踏まえたダンスという試みは、予想できないダイナミズムを持ち、新たなパラダイムを創造することに成功していたと思う。


笠井叡さんが、能舞台で踊る日が来るとは想像したこともなかったが、その神事的な性格を考えると、これほど似つかわしいことはないのかも知れない。


今回は、文芸評論家の富岡幸一郎夫妻とともに招待していただいたのだが、富岡さんもいささか興奮気味だった。

ちなみに、タイトルの「左右左」は、能の連続的な舞い、その動きを言うものである。


「左右左」は、横浜能楽堂とニューヨークのジャパン・ソサエティの共同制作作品で、10月には、ニューヨークで北米初演が予定されているそうだ。


舞台のあとは、レセプションに参加させてもらう。

ビールにワイン、ピンチョスやキッシュが並び、少し、興奮を冷ますことができた。
posted by 城戸朱理 at 10:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月04日

ゲーリー・スナイダーも行ったラーメン屋

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獨協大の原成吉教授と話していたときのこと。


「よく行っていた家の近所のラーメン屋が、鎌倉に移転したんだ。
城戸さんも行ってみてよ」

お気に入りだったんですか?

「旨いんだ、ゲーリーも旨いって言ってたよ」
!!!


ゲーリー・スナイダーは、来日すると立川の原先生のお宅によく泊まっているが、そのとき、原先生は行きつけのラーメン屋にも案内したらしい。

ちなみに、ゲーリー・スナイダーを花巻の大沢温泉に連れていったのも原先生である。


原先生が行きつけにしていたラーメン屋、太陽堂は、鎌倉駅西口からすぐの御成通りに開店した。

カフェのような内装で、鎌倉でも人気店になりつつある。


9月2日、横浜に出かける前に、バンビことパンクな彼女が、太陽堂に行ってみようと言い出したので、お昼は久しぶりにラーメンを食べることにした。


原先生はいつも塩ラーメンを頼むと言っていたので、バンビは塩ラーメン、私は醤油ラーメンにしてみる。

私は味玉を、バンビは味玉に海苔2枚を追加。


このラーメンが、なんとも独創的だった。


まずはスープを口にして、「美味しい!」とバンビ。


麺は中太のストレート麺で、京都の天下一品ほどではないが、スープは粘度が高く、どろりとしている。

味は濃厚で、付け麺のスープのようだったが、聞けば、豚骨と鶏と大量の野菜で取ったスープに、毎朝、魚介系の出汁を加えているのだそうだ。

いわゆるWスープになるわけだが、旨みが渾然一体となっていて、素材がまるで聞き取れない。

塩ラーメンは、バジルがスープの奥に潜んでいて、涼感を運んでくる。


隣の家族連れも「美味い!」と声を挙げていたが、鎌倉にはなかったタイプの店で、叉焼も柔らかく、バンビは「次はチャーシュー麺でもいいね!」と喜んでいた。

鎌倉で、ゲーリー・スナイダーも行ったことがあるラーメン屋に行こうというイベントでも、誰か企画しないだろうか?


ラーメンはイノベーションが進んで、今や和食の一ジャンルを形成しているが、なぜか、この日は横浜で、ダンサーの笠井瑞丈さんともラーメン談義になった。

瑞丈さんは、週に3、4回はラーメンを食べるというほどのラーメン派で、横浜の吉村家を元祖とする濃厚な家系が好み。

「つけ麺の元祖」池袋・大勝軒の山岸一雄や「ラーメンの鬼」戸塚・支那そばやの佐野実の話題になったのだが、横浜能楽堂で、そんな話をしていたのは間違いなく、私たちふたりだけだろう。
posted by 城戸朱理 at 10:22| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月02日

ウタマロ洗濯石けん

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かつてなら鎌倉の海岸を歩くと、よく目についた桜貝がほとんど見つからなくなってしまった。

桜貝は、汚れた海には棲まないので、水質汚染の目安となるが、それだけ鎌倉の海も状態が悪くなったのだろう。

バンビことパンクな彼女は、桜貝を見つけると拾ってガラス瓶に入れているが、ほとんど増えない。


水質汚染の原因は、家庭排水である。

とりわけ、環境に悪いのは、界面活性剤を使った各種洗剤と食用油だと言われている。


それもあって、わが家では、食器洗いも洗濯も石鹸を使っている。

入浴時もボディソープなどは一切、使用せず石鹸である。


バンビが、浴室に新しい石鹸が出してくれたのだが、ミントが配合されていて、爽快感が夏にふさわしい。

これは、ハワイのノースショアの手作りソープ・ショップで買ったものだったっけ。


シリアのオリーブオイルを主原料とする無添加のアレッポの石鹸は、必ずストックしてあるし、消耗品だから、
旅先でも機会があるたびに石鹸を求めているが、京都の東急ハンズで、石鹸を物色しているとき、写真の「ウタマロ洗濯石けん」なるものを見つけた。


「ウタマロ洗濯石けんなら、昔からあるよ!」とバンビ。


私は知らなかったので、試しに買ってみることに。

旅が多い生活を送っているので、入浴時に下着やハンカチなど細かいものを手洗いするのが習慣になっているものだから、浴室に置いて使ってみたのだが、これが実に優秀で、必需品になってしまった。

とりわけ、白い衣類を白く洗い上げるための部分洗いに威力を発揮する。

シャツの襟の汚れは、繊維の奥に入り込んだ皮脂が酸化したものだが、ウタマロを使うと、黄ばみまで消えるのだ。

長寿の商品には、やはり長寿の理由があるらしい。
posted by 城戸朱理 at 22:47| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月01日

レコード、カセット、写ルンです

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あらゆるものがデジタル化され、情報として流通するようになった時代に奇妙なことが起こっている。


カメラ付きが当たり前のスマートフォンとデジタルカメラの普及で、今や誰でも気楽に写真を撮れる時代だが、カメラ女子と呼ばれる写真好きの女性を中心に、ひそかに「写ルンです」が人気を呼び、雑誌で特集まで組まれた。

若手写真家の奥山由之さんも「写ルンです」を愛用していたりする。


「写ルンです」は、富士フィルムが、1986年に発売した、レンズ付きフィルム。

一般には、使い捨てカメラと思われているが、正しくは「レンズ付きフィルム」である。

絞りもシャッタースピードを気にせず、デジカメと同じように気楽に撮影できるが、現像して紙焼きするまで、どんな写真が撮れたかは分からない。

それだけ、手間がかかるわけだが、若者にはコピーもレタッチも出来ない一回性と、デジカメとは違うフィルムの質感が、逆に新鮮に映るらしく、思いがけないアナログ回帰が起こっている。

「写ルンです」のみならず、やはり富士フィルムのインスタントカメラ、チェキの人気も再燃しているが、同じ理由だろう。

あのライカが、インスタントカメラ「ゾフォート」を発売したのも、そうした流れを汲んだものなのだろうか。

私もライカ「ゾフォート」を発売直後に購入したが、インスタントカメラは、一眼レフとは、また違う楽しさがある。



さらに、今や、CDよりも配信が中心になった音楽業界でも、レコードとカセットが売れるという不思議な現象が起こっている。

20世紀の遺物と思われていたカセットが復権する日がくるとは思ってもみなかったが、ジャスティン・ビーバーがアルバム「パーパス」をリリースするとき、カセット版も出したのがきっかけとなって、音楽ファンの間で人気が再燃したらしい。


また、レコードの売上げも、飛躍的に増加しているが、こちらは分からないでもない。

CDは、人間の可聴音域以外の低音域と高音域をカットしているが、レコードには、人間の耳には聞こえない音まで録音されている。

そのため、音に広がりと深みがあり、コアな音楽ファンは、CDの時代になっても「ヴァイナル」と呼ばれたレコードを探して歩き回ったものだった。


その傾向が、最近、世界的に加速し、アメリカでは、アナログ・レコードが、前年比49%アップ、800万枚ものセールスを記録したという。

イギリスではレコードの売上げがデジタルを上回ったほどで、日本でも、2009年に約10万枚と最低を記録したレコードは、2015年には約66万枚と売上げが増加している。


こうした一連の動きは、たんなるアナログ回帰なのではなく、むしろ、身体性に関わるものなのかも知れない。

そして、これは書物はもちろん、実は詩にも関わる問題なのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 13:39| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする