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城戸朱理のブログ

2017年09月30日

福島の円盤餃子、照井

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福島名物、円盤餃子。

とりわけ、福島駅前にある照井という店は、いつも行列が出来ている人気店だ。

飯塚温泉に本店があり、福島市内でも3店舗を展開しているそうだが、和合亮一氏によると、行ってみたら餃子が売り切れていたり、餃子はあるものの御飯が売り切れだったりと、和合家とは相性が悪い店なのだとか。

バンビことパンクな彼女も、2回行って、2回とも入れなかったそうだ。


今回も昼に行こうとしたら、1時間以上待たなければならないと言われて、一度は断念したが、6時4分の新幹線しか取れなかったので、開店前から並んで、5時の開店とともに入店できた。



地元客は、餃子に御飯をもらって食事している人、餃子で飲んでいる人とさまざまだが、ラーメンを頼んでいる人も多い。

バンビと相談して、味玉・チャーシュー・メンマの三点盛りを頼んで、ビールを飲みつつ、円盤餃子を待つことにした。

円盤餃子はひと皿22個で、1300円。

皮はクリスピーで、餡は少なめの軽い餃子である。

照井の先代店主が、太平洋戦争中に中国で味わった餃子を、試行錯誤のすえに再現したものだというが、中国では焼き餃子は食べないので、日本人向けにアレンジしたのだろう。

餡は、通常の餃子の三分の一くらいしか入っておらず、食事というよりはビールの当てにつまむのが似合う、おやつ感覚の餃子だった。

ワンタン入りの若芽スープも頼んでみたが、スープがしっかりしていて、ラーメンを頼む人が多いのも納得。


餃子は餃子に変わりないのだが、円盤型に置かれただけで、名物になってしまうあたりが面白い。
posted by 城戸朱理 at 09:24| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月29日

帰宅難民



9月18日は、帰るだけだから気楽なはずだったのだが、これが誤算だった。

朝食とシャワーのあと、のんびり荷物をパッキングして、地元の中合デパートを覗いたりしていたのだが、三連休の最終日だけに、いざ福島駅に行ってみたら、新幹線はすべて満席。

なんとか取れたのは、18時4分の新幹線だったので、午後の時間が空いてしまった。

駅ビルの店を見たりして時間を潰し、見事な福島産白桃をひと箱、自宅に手配したのだが、福島は本当に果物が豊富な土地なのを改めて確認する。

5時から早めの夕食を取って新幹線に乗ったのだが、7時36分に東京に着いてみたら、人身事故で横須賀線も東海道線も止まっているではないか。

電車が動くまでどれくらいかかるのか見当がつかないので、新宿まで出て小田急線で藤沢まで戻ることにした。

中央線の車中で、バンビことパンクな彼女がiPhoneでロマンカーを予約し、8時50分の新宿発、江ノ島行きのロマンスカーに乗って、ようやく9時48分に藤沢にたどり着く。

なんとか日付が変わらぬうちに、タクシーで鎌倉に帰ることは出来たものの、さすがに疲れはてた。


本当ならば、夕方には鎌倉に着いて、ゆっくり晩酌できるはずだったのだが。
posted by 城戸朱理 at 01:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ホテルメッツ福島の朝食

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福島では、ホテルメッツに宿を取ったのたが、庵ぐらでの宴会のあと、和合亮一・敦子夫妻、及川俊哉・友江夫妻がホテルまで送ってくれた。


ホテルメッツはJRが経営しているホテル・チェーンなだけに、駅に隣接した立地なのが便利だが、あちこちで泊まってみると、同じホテルなのに、内装や印象はずいぶん違う。

ビジネスホテルであることに変わりはないのだが、ホテルメッツ福島は部屋も広く、居心地が良かった。


おまけに朝食付きのプランにすると、これまたメッツごとに、かなり違う。

東京だと、ホテル内か近辺のチェーン店と提携して、実に味気ない朝食を前にすることになるのだが、福島は洋定食か、和定食を選ぶようになっていて、これが実に過不足ない朝食だった。


献立は、ごく単純。

干物にオクラと豆の和え物、温泉玉子に海苔、納豆、高菜漬け、それに御飯と若芽の味噌汁。

手が込んでいるわけでもないし、贅沢なわけでもない。


しかし、ラジウム温泉で作られた温泉玉子を始めとして、どれも美味しく、満足感がある。

御飯が美味しいのと、食材がいいせいもあるのだろう。


バンビことパンクな彼女も、ふだんなら旅先の朝は小食なのに、「んふ。美味しいから、ぺろっと食べちゃった」と完食していた。


やはり、和定食はいいものだ。
posted by 城戸朱理 at 00:51| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月28日

福島で、和合夫妻、及川夫妻と

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すべてのロケが終わり、午後4時半に井上春生監督の運転で南三陸町を出発、最寄りのくりこま高原駅まで送ってもらった。

17時57分発の新幹線に乗り、仙台で乗り換えて18時56分に福島に到着する。


ロケというものは、スケジュールより何時間か押すことが珍しくない。

そうなると東京まで戻れても、鎌倉までは帰れないかも知れないし、台風18号が北上していたので交通機関の混乱も予想されるため、バンビことパンクな彼女が、大事を取って福島に宿を取っていたのだ。

せっかくだから、和合亮一氏に敦子さんも呼んで、一緒に夕食をと提案したところ、敦子さんが駅前エスタビル内の庵ぐらという店に予約を入れてくれた。

しかも敦子さんは、及川俊哉・友江夫妻にも連絡して、和合家・及川家・城戸家が揃うという初めての宴会に。


あん庵は、馬刺から円盤餃子、会津牛と福島名物が揃う店で、和合くんはひとりで飲みに立ち寄ることもあるらしい。
だが、この顔ぶれだと、まず会話ありきになる。

詩のこと、生活のことと話は尽きない。


及川俊哉氏に「現代祝詞」を含む新詩集のゲラと表紙の装幀案を見せてもらったのだが、画期的な詩集の誕生に立ち会っている気分になった。

福島には「福島民報」「福島民友」と地方新聞が二紙あるが、文江さんからは、去年、「福島民友」に連載したエッセイのコピーをいただいた。

素直な文体で、展開は巧み、これまた見事なエッセイだったが、敦子さんは「福島民報」に連載を持ったことがあるそうだ。

和合夫妻はかつては朗読ユニット、JAMで一緒に詩の朗読をしていたし、敦子さんはイベントの制作もされている。

文江さんもイベント制作を手がけているし、みなさん多才だが、バンビことパンクな彼女も、そのあたりは変わらない。

詩人の妻、3人が語り合ううちに、和合亮一氏が「ウルトラ」で「詩人の妻」特集をと言い出し、爆笑したが、もし、そんな特集が実現するとしたら、座談会のテーマは「こんなはずじゃなかった」とか「こんなのはイヤだ」とか「ここが嫌いだ」といったものになるのだろうか?

「ウルトラ」の特集には、まったく似つかわしくないが、付録なら読んでみたい気がしないでもない(笑)。


しかも気づいたら、敦子さんが会計を済ませていて、御馳走になってしまったが、敦子さんの御配慮で、忘れがたい夜となった。
posted by 城戸朱理 at 23:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月27日

南三陸町防災庁舎

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巨大津波に襲われた南三陸町は、大震災から6年以上がたった今でも、いまだに復興の途上だった。

高台に立って町を望むと、津波で流された市街地には10mの盛り土がされている最中で、造成中の工事現場のような眺めが広がっている。

被災した町が復興するためには、いったい、どれだけの時間が必要なのだろうか。


チリ地震による津波を経験し、宮城県沖地震の危険が高まっていた南三陸町では、防災意識がきわめて高く、ハザードマップに従って町内会ごとに備品を備え、避難訓練もしていたという。

宮城県沖地震が発生した場合、震度6、最高で6mの津波が予想されていた。

そのために南三陸町では町役場に隣接した防災対策庁舎を建設し、その2階に危機管理課を設置するなどの対策を取っていたが、東日本大震災大震災は震度7、予想をはるかに上回る14mもの津波が襲来したため、3階建て12mの庁舎の屋上まで津波が押し寄せ、屋上に避難した53名の職員のうち、生還したのは、わずか10名だったという。

また、大地震発生直後から防災無線で避難を呼びかけ、放送を最後まで続けて数多くの町民を救いながらも、自らは津波に流されて亡くなった遠藤未希さんは「天使の声」として語り継がれることになった。

防災無線での呼びかけは、62回。

そのうち、18回は課長補佐の三浦毅さんによるもので、三浦さんも行方不明だという。


防災庁舎は津波に流されて赤い鉄骨だけが残り、震災遺構となったが、保存か、取り壊しかで町民の意見が割れ、とりあえず、20年間は、宮城県が管理することになった。

防災庁舎は、今では周囲に盛り土がされたため、わずかに3階部分が見えるだけである。


昼食のあとは和合亮一さんが、遠藤健治元副町長から、復興の計画を聞く場面を撮影する。

遠藤さんは、防災庁舎から生還した10人のうちのひとりである。

さらに、津波襲来から避難生活まで、詳細な写真の記録を残し、さんさん商店街で、写真館・佐良スタジオを営む写真家、佐藤信一さんのお話をうかがった。


最後に、和合さんが防災庁舎に献花をしたのだが、雨のなか、地元の方が何人も献花に訪れていた。
posted by 城戸朱理 at 22:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

さんさん商店街で刺身バイキングの昼食

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南三陸町復興の拠点として、今年の3月3日にオープンしたのが南三陸さんさん商店街。

設計は隅研吾によるもので、28もの地元の事業者の店が軒を連ねる。


昼食は、井上春生監督がロケハンのときに選んだ、さんさん商店街の山内鮮魚店の刺身バイキング。

山内鮮魚店は雁屋哲原作のマンガ『美味しんぼ』第75巻にも登場するが、刺身バイキングは、好みの刺身を選んで盛り合わせにしてもらうという、鮮魚店ならではのバイキングである。
これに、御飯と蟹汁が付く。


私は甘海老、かじき、赤貝にウニといくらを選び、海風で身体が冷えたので、澤の泉特別純米の二合瓶を買った。

鮮度のいいかじきの刺身は実にいいものだが、東京ではめったにお目にかかれない。

これも南三陸ならではの味わいだろう。
posted by 城戸朱理 at 09:06| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いかれバンビ、大興奮!?

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「はかはかするう!」

バンビことパンクな彼女が興奮している。

ちなみに「はかはか」は仙台弁で「ドキドキ」するという意味。


なにせ、昨夜はアワビステーキを食べ、翌日は金比羅丸の船上で海風に吹かれながら活き帆立を試食させてもらったのだから、「はかはか」するのも無理はない。


しかも、和合亮一氏の朗読場面を撮影していたとき、突堤を歩いていたバンビは、海底にウニがたくさんいるのを発見したのである!


「ちゃぽんと潜ったらウニがたっぷり食べれるね!」


勝手に採ったら密漁だが、ウニがあちこちにいる様子は、なかなかに壮観だった。


「高橋直哉さんの帆立がとっても美味しかったから、取り寄せを頼むのはどうかな?」

それは名案である。

牡蠣の季節になったら、牡蠣と帆立を注文しよう。


「はかはかしちゃうなあ!」


ますます「はかはか」しているのだが、パンクだから仕方がない。
posted by 城戸朱理 at 09:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

金比羅丸に乗船して

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午前2時まで飲んでいたので、私は起きられなかったが、バンビことパンクな彼女は、なんと5時に起きて屋上の露天風呂に浸かりながら、日の出を見たというではないか。

私は昨日に引き続き、朝食もパスした。


台風18号が北上しており、南三陸町も昼から雨という予報だったが、早朝ならば、まだ海に出れるというので7時半にホテル観洋を出発。


8時過ぎに、高橋直哉さんの金比羅丸に乗船した。

高橋さんは漁師だが、東日本大震災の津波で祖母と漁具を流され、船こそ流されなかったものの漁をする気になれず、一年ほど仙台で土木作業員や警備員の仕事をされていたそうだ。

ところがボランティアで南三陸町に来た方々が、海産物の美味しさに驚く様子を見て、やり甲斐を感じ、再び海へ。

海の男は、やはり海に還るのである。


売上は、まだ大震災前の半分までしか回復していないそうだが、漁師仲間と観光客向けに漁船で漁場の様子を見せるツアーを始めるとともに、南三陸の海産物の魅力を発信していく決意をされたのだという。


台風が近づいているが、海は凪いでいて船もほとんど揺れない。


高橋さんは帆立と牡蠣の養殖をされているが、養殖の様子は初めて見た。

段々になった網に帆立を重ならないように並べ、ときどき殻を洗っては付着した生物を除去して、帆立がストレスを感じないように養殖するのだとか。

牡蠣は帆立の殻に稚貝を植えつけて養殖する。

その様子は、まるで海の畑のようだった。


高橋さんが剥いてくれた帆立の美味しさに、和合さんもバンビも目を丸くしていたが、その美味さたるや、語る言葉が見つからないほど。


和合さんが高橋さんからさまざまな話を聞いて、金比羅丸での撮影を終え、あちこち移動して、結局、港で和合さんが南三陸町に寄せた詩の朗読場面を撮影したのだが、鬼気迫るものがあった。
posted by 城戸朱理 at 08:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

月に吠える?

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夕食のあとは日本酒とビールを大量に買い込み、和合亮一氏と私は、部屋飲みを決め込んだ。

まずは『詩の礫』、フランスのニュンク・レビュー・ポエトリー・プライズ外国語部門の受賞を祝って、仙台で買っておいたシャンパンで乾杯する。


そこから先は詩の話のみ。

和合亮一×城戸朱理対談の様相を呈したが、かなり深いところに言葉の触手が届き始めた手応えがあった。

それが何なのか、来年には公にできると思う。


翌朝は早朝から撮影なので11時には散会するつもりだったのだが、和合くんが熱く燃え上がり、気がつくと0時。

それでも話は終わらず、午前1時に和合くんが自販機で缶チューハイをどっさり買い込んできたものだから、結局、2時まで飲みながら、ふたりは月に吠えていたのである。
posted by 城戸朱理 at 01:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

アワビの踊り焼き付き? 南三陸ホテル観洋の夕食

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南三陸町にはホテル観洋を除くと民宿しかない。

ところが今回のロケは、ヤフーが主催する復興支援のイベント、ツール・ド・東北の日程と重なってしまったので、宿はどこも満員でキャンセルを待つしかないという危機的状況に陥った。

アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女が、毎日、PCでチェックし、ホテル観洋に空きが出たところで予約を入れてくれたので、ようやくホテルを確保できたのだが。


ホテル観洋は全室、オーシャンビュー。

屋上の露天風呂が名物。

海の幸が売りなので、夕食は、ひとりに一個、アワビの踊り焼きが付くコースにした。


夕食会場は怪しいブルーの照明の大広間。

あらかじめ先付けやお造りのお盆が置かれていて、席に着くと温かい茶碗蒸しや炊き合わせ、それに生ウニなどが出る。

昔ながらの豪華な旅館風の献立だが、アワビの踊り焼きと釜飯は火が消えたころに出来上がるという仕立ては悪くない。


アワビはバターとレモン汁でいただくのだが、三陸の蝦夷アワビだけに柔らかく、味わい深い。

しかもアワビはバンビの大好物。

バンビがあっという間に食べてしまったので、私のアワビも半分上げた。

つまり、バンビはひとりでアワビ一個半を食べたことになる。


ビールで乾杯し、日本酒をもらい、ロケとは思えぬゆったりとした時間だった。
posted by 城戸朱理 at 15:12| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北学院大学の金菱清ゼミへ

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9月16日は、和合亮一氏が早朝に福島をたち、9時2分に仙台着。

私とバンビことパンクな彼女は和合さんを仙台駅で迎え、そのままタクシーで東北学院大学の土樋キャンパスに向かった。

場所は東北学院大学のホーイ記念館。

ホーイ記念館は新しいモダンなビルで、一階にはお洒落なカフェまである。


「死者たちが通う街――タクシードライバーの幽霊現象」など、東日本大震災後の霊的事象に着目し、大いに話題を呼んだ『霊性の震災学』(新曜社)の金菱清教授のゼミは、
現在、被災者の方々が大震災の前と後に見た夢を聞き取り、分析するというフィールドワークをされており、その授業に和合亮一氏が参加した。

私も片隅で聞かせてもらったのだが、学生のみなさんの発表は思わず唸るほど刺激的だった。


近所のレトロな喫茶店で昭和なナポリタンの昼食を取り、午後はゼミ生の赤間由佳さんの研究発表を撮影する。

タイトルは「幽霊の出ないまち――社会が決定する身内の死――」。

石巻市のタクシードライバーに幽霊との遭遇体験が多いのに対して、宮城県最北端の遠洋漁業の町、唐桑では大震災で被害を被ったのにも関わらず幽霊がまったく出ないことに着目し、唐桑という地域における社会的システムから、その理由を探るという実にユニークな研究である。


金菱清先生は、フィールドワークをする際には「黒い白鳥を探せ」と教えているそうだが、「幽霊が出ない」ということは、まさしく「黒い白鳥」だろう。


最後に金菱先生と和合さんの会話を撮影して、3時半に和合さんの出番は終わったので、実景撮影のクルーを残して、和合亮一氏と私とバンビは仙台駅へ。


駅構内のすし通りにある北辰寿司で、ビールで喉を潤してから、寿司を少しだけ摘まんで日本酒を飲んだ。


5時に井上春生監督を始めとするクルーと合流し、翌日の撮影のためロケバスで南三陸町に移動。


6時半に南三陸のホテル観洋に着いた。

ホテル観洋は、二階まで津波に襲われたにも関わらず、大震災のあと、三階以上を町民に無料で提供し、食事の世話までしたホテルだが、
なんと、大震災以前は和合家が夏に家族旅行で泊まりに来ていたホテルだそうだ。
posted by 城戸朱理 at 11:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

富田真人氏のK's Bar



利久東口分店で食事をしたあとは、ホテルから近いK's Barへ。

天使館の鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)の生後3か月からの幼なじみ、富田真人さんがバーテンダーをつとめるお店である。


富田さんには、仙台の郵便局限定で発売された「仙台弁こけし オリジナルフレーム切手 夏だっちゃ!」を手配してもらうなど、お世話になっているので、私の詩論集『潜在性の海へ』を献呈した。


富田真人さんは若き日には、鯨井くんとともに詩作に熱中、21歳のときに詩集も出しているが、いまだにアバンギャルドなパフォーマンスを続けているところが素晴らしい。

来年から三島由紀夫を原作に映画を撮るそうなので楽しみだ。


そんなわけで、話題はもっぱら映画のことになったのだが、カウンターには富田さんのよき理解者らしき美女が先客でいらしていて、4人で語り合った。

アートが介在すると人間の距離は一気に縮まる。


本当ならば、富田さんに和合亮一氏を紹介したかったのだが、それが次の機会に持ち越されることになったのは、少し残念。
とは言え、愉快な夜だった。
posted by 城戸朱理 at 11:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

牛舌の利久で、その2

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甘鯛もあれば、締めた金華鯖もあるので、お造りを何にするか迷っていたら、店員さんが盛り合わせにしましょうかと言ってくれた。


盛り合わせは、甘鯛、金華鯖、銀タラ、マグロに生ウニと、酒を呼ぶものばかり。

鮮度も素晴らしく、バンビことパンクな彼女は大喜びしている。


銀タラのカマ煮も頼んでみたのだが、味が滲みた大根もカマも、抜群に美味しい。


店内を見回してみると、私たちのように飲んでいる客もいれば、牛舌定食で食事をしている人もいる。


食事は、極み牛舌定食を一人前と、牛舌シチュー単品を頼み、バンビとシェアした。
牛舌定食には麦飯とテールスープが付くので、オプションで、とろろを追加する。

仙台の牛舌はバンビの大好物だが、利久では牛舌カレー、牛舌シチューとメニューが豊富なので、これまた迷うところだが、シンプルな牛舌塩焼きは、やはり美味しかった。
posted by 城戸朱理 at 11:33| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

牛舌の利久で、その1

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ホテルにチェックインして、寝不足気味のバンビことパンクな彼女は仮眠。

私は必要な連絡事項をメールし、ホテルに届いた「週刊現代」の書評のゲラをチェックしていた。


本来ならば和合亮一氏も、この日に仙台入りするはずだったのだが、韓国の詩祭に招かれ帰国したばかりの和合くんは大量の締切を抱えているため、翌日の朝に福島から来てもらうことにしたので、夕食は私たちだけで取ることになった。


バンビが予約していたのは、利久東口分店。


この何年か、バンビはダンス公演撮影のため、何度も仙台を訪れているが、前回、東口分店に入ってみたところ、海鮮も豊富なのだとか。

利久といえば、仙台名物、牛舌の老舗だが、メニューは店舗によって若干違う。

たしかに東口分店は、海産物も豊富で迷うほどだった。


とりあえずビールで乾杯し、牛舌の塩茹でとばくらい(ほやの塩辛)を頼む。


日本酒も揃っていたので、お勧めを聞いてから、豊香、川口納豆、綿屋を順に試してみた。
posted by 城戸朱理 at 11:32| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

駅弁を買って

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朝食も昼食も食べずに東京駅に向かったので、駅弁を買うことにしたのだが、三連休だけに、駅弁売場は大変な混雑。


バンビことパンクな彼女が「鰻重と何かもうひとつ選んでシェアするのはどうかな?」と言うので、私ひとりが売場に分け入りお弁当を選んだ。


ひとつはバンビのリクエスト通り、小田原・東華軒の「鰻重」。

もうひとつは、「米澤牛 焼肉重 松川辨當」である。


新幹線は12時20分発、こまち19号。

列車が発車してから、お弁当を開いて、この日初めての食事を取る。

バンビは松川辨當のレトロな包装が気に入り、最初に焼肉重を開いていた。


「んふ!
焼肉重の隣には、ハンバーグもあるよ!

焼肉も甘辛くて、とっても美味しいよ!」


大喜びでパクパク食べている。

私は鰻重を半分食べたところで、バンビと交換。


「んふ!
鰻重も、とっても贅沢だね!
美味しい鰻だよ!」と喜んでいる。


仙台着は、13時52分。

あっという間に着いた感じがしないでもない。

そのままトランクを引っ張って、仙台駅に近いホテルJALシティにチェックインした。
posted by 城戸朱理 at 10:56| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月23日

仙台に向かう



プチ・トラブルとでも呼ぶべきなのだろうか。

あれこれと問題が生じ、その連絡に追われて執筆に専念できない日が続いた。


9月14日は、「週刊現代」から依頼された書評原稿を執筆するも、途中、「幻を見るひと」予告篇の件で問題が生じ、中断を余儀なくされたりする。

今回の依頼は、前回と同じく新本格ミステリーの旗手、有栖川有栖の新刊『濱地健三郎の霊なる事件簿』(角川書店)。

なんと、主人公は幽霊が見える心霊探偵で、ミステリーと怪談の境界を縫う連作短篇である。

夕方に書き終えてメールしたのだが、ほぼ同時にバンビことパンクな彼女も校正の仕事を終えたので、スパークリングワインを開けて乾杯する。

明日から出張なので、冷蔵庫を整理すべく、食卓には和牛イチボのステーキ、鰻の白焼き、冷やし焼き茄子、グレープフルーツに巨峰という珍妙な取り合わせのメニューが並んだ。

しかも、食事は豆と挽き肉のカレーである。

奇妙だが、これはこれで楽しい。

バンビは、深夜からトランクにパッキングを始める。


私は、翌朝、起床してからパッキング。

3泊4日の荷物ならば、パッキングには20分もかからない。


10時半にタクシーを呼んで鎌倉駅へ。


仙台から南三陸町を巡るロケの始まりである。
posted by 城戸朱理 at 20:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

ブログ更新お休みのお知らせ



いつも、当ブログにお付き合いいただき、ありがとうございます。

仕事に専念すべく、来週までブログの更新をお休みします。


来週、後半には再開する予定ですので、よろしくお願いいたします。
posted by 城戸朱理 at 12:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

追悼、藤富保男



藤富保男さんが、9月1日に永眠された。

若き日にはサッカー選手、東京オリンピックでは審判をつとめられた藤富さんは、7月から入院されていたが、8月31日に経過安定のため一泊の帰宅を許され、その日のワールドカップ予選、日本対オーストラリア戦をベッドで観戦。

日本の勝利に大いに満足して安らかに眠りに就いたが、翌朝、容体が急変して、あの世に旅立たれたのだという。

いかにも、藤富さんらしい最期ではないか。


藤富さんの詩と言えば、ユーモアとペーソスにあふれ、肩透かしを食らわされたり、意表を付かれたりする洒脱なものだが、その背景には、前衛の精神と江戸っ子らしい笑いが共存していたのだと思う。


実際、藤富さんは、わが国のコンクリート・ポエトリーの先駆者である新國誠一と芸術研究協会を設立、機関誌「ASA」を刊行するとともに、
「VOU」を率いた北園克衛とも親交があり、さらには西脇順三郎が自宅で開催していた西脇による自作解説の会である西脇ゼミのメンバーでもあった。

いわば、前衛運動の渦中に身を置きながら、独自のスタイルを作り上げた詩人だったと言うことができるだろう。


藤富さんは、語学が堪能で五か国語を話せたが、楽しくもシュールな線描画も残した。


これは藤富さん本人からうかがった話なのだが、藤富さんは1945年に長崎の親戚のところに向かうとき、原爆投下翌日の広島を列車で通過したことがあるそうだ。

窓の外を見ないように指示されたそうだが、貨物車の隙間から、藤富さんは爆心地を見たのだという。


戦争の惨禍を十分、知りながらも、いや、だからこそ、藤富さんは、戦後という時代をモダニストとして生きようとしたのではないだろうか。


異能の詩人、藤富保男。

私は、これまで2本の藤富保男論を書いているが、藤富さんの作品を、また読み直したいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 19:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月13日

進歩がない?



ここのところ、鎌倉の最高気温は、27〜30℃。

蝉の声と虫の音の合唱が一日中聞こえる。

空の色は秋めいているが、まだ夏が居座っている感じだ。


9月11日は、「詩と思想」の座談会「IT社会と現代詩の行方」のゲラをチェックして返送し、『火の刺繍』に収録される吉増剛造さんとの対談をチェック、
さらに鎌倉文学館、秋の特別展「リスペクト 好き、好き、大好き」のためのコメントを執筆した。

この特別展は、夏目漱石や芥川龍之介ら、物故文学者10組の尊敬関係を展示するものだそうだ。

何人か候補をあげて、学芸員の山田雅子さんと相談したのだが、私は宮澤賢治について書くことになった。

『霊性の震災学』で話題になった東北学院大学の金菱清教授のゼミに和合亮一氏を迎えるロケのために、アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女と井上春生監督との間に連絡が行き交い、何やら落ち着かない。


連絡が一段落したところで、書斎の片付けと掃除に取りかかった。

どうしたことか、いつも整理と片付けに追われているのに、気づくと、本と書類があふれかえっている。

仕事がたて込むと、ひと月以上、郵便物の封を切ることさえ出来ず、山になっているし、参照した資料を片付ける間もなく、次の原稿に着手することが多いので、書斎のデスク回りは、いつも本と雑誌が山積みになっている。

それに書きかけの原稿や資料の書類にメモが散乱すると、ほとんど無頼派、坂口安吾の書斎といい勝負だ。

そんな状態になると、どこに何があるのやら、見当がつかなくなるので、何とかするしかない。

散乱した本を、本棚の所定の位置に戻し、ハンディクリーナーで埃を払いながら、片付けること5時間。

ようやく、終わりが見えてきた。

それにしても、いつも本と書類の整理と片付けに追われているのだから、進歩がないことはなはだしい。
posted by 城戸朱理 at 10:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月12日

第5回芝不器男俳句新人賞



芝不器男俳句新人賞実行委員会から第5回芝不器男俳句新人賞の選考委員就任依頼が来たので、お引き受けした。


応募は、今年、2017年10月〜12月10日の予定。

これまで通り、名前・年齢を伏せての公開審査になるが、選考会は、来年3月を予定している。


芝不器男俳句新人賞では、本賞のほかに選考委員の名前を冠した奨励賞もあるので、本賞ひとりと奨励賞5人が受賞者となる。


冨田拓也・杉山久子・御中虫・曽根毅といった本賞受賞者のみならず、
関悦史・神野紗希・佐藤文香・九堂夜想・岡田一実・堀田季何・西村麒麟ら、これまでの奨励賞受賞者の活躍によって、
俳壇の登竜門となった感がある芝不器男俳句新人賞だが、百句競作という難関に、ぜひチャレンジしてもらいたい。
posted by 城戸朱理 at 09:04| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする