サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jp のロゴ
城戸朱理のブログ

2017年10月31日

早めの夕食は、天ぷらを

IMG_8465.jpgIMG_8468.jpg



早めの夕食を取るべく入ったのは、天ぷら・つな八の新宿総本店。

チェーン店の天丼てんやが出来る前は、つな八と神保町界隈のいもやが天ぷらを手軽に食べられる店だったが、メニューがもっとも充実しているのは、つな八だろう。


いちばん軽い御膳にしたのだが、それでも量的にはかなりのもの。


最初に海老とキスが出る。

続けて、蓮根などの野菜、穴子が出て、最後は掻き揚げ。


黄身揚げを追加したのだが、これは天つゆではなく醤油が合う。

口直しは、珍しくも冷製スープのガスパチョだった。


「冷たい雨のなかを歩いてきたんから、揚げたての天ぷらが美味しいね!」


バンビことパンクな彼女は「あまり食べられないかも知れないよ〜」と言っていたのだが、いざ天ぷらを出されるとペロッと平らげている。

だが、ふたりとも掻き揚げまでは食べられなかったので、これは包んでもらった。

家で、天ぷらうどんか鍋焼きうどんをすることにしよう。


天ぷらの名店と言えば、銀座の天ぷら近藤だが、私は言語学者の前田英樹、テレコムスタッフの清田素嗣(もとつぐ)両氏と御一緒して以来、長らく行っていない。

あれは、もう10年以上前になるだろうか。


バンビは、天ぷら近藤には行ったことがないので、一度、連れて行かなくては。
posted by 城戸朱理 at 13:23| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ペルセパッサ・オイリュトミー団「轟 GO! ROLL OVER BEETHOVEN! 」へ



10月25日は、笠井叡率いる天使館の第二期オイリュトミーシューレを卒業し、さらにフォルトクラスを修了したメンバーを中心とするペルセパッサ・オイリュトミー団の公演を見に行った。

笠井叡と麿赤兒の歴史的競演となった2012年の「ハヤサスラヒメ」で踊った笠井禮示、寺崎礁、定方まこと、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)の4人が揃うのも久しぶりである。


開演は7時半からだったので、バンビことパンクな彼女と湘南新宿ラインで新宿まで出て、ISETANを覗き、早めの夕食を取ってから、会場となる西国分寺のいずみホールに向かうことにした。


ISETANで来年の手帳を選び、食事は天ぷら新宿つな八総本店で。


いずみホールには、開演の30分前に到着した。


ロックンロールの創始者、チャック・ベリーの名曲のタイトルを借りた、今回の「轟! ロール・オーバー・ベートーヴェン!」は、
ピアノソナタ第14番「月光」第3楽章や自作主題による32の変奏曲など、ベートーヴェンの楽曲を、身体によって可視化する試みで、
足の運びを多様な線で表すオイリュトミーフォルムをベルセパッサ・オイリュトミー団のメンバーがそれぞれ担当、圧巻の群舞が繰り広げられた。


上田早智子によるピアノ演奏も素晴らしかったが、激しい動きが続く演目が多く、寺崎礁さんによると「一日一公演で限界、ゲネプロも出来ない」というほど激しいものなのが、見ているだけでも伝わってくる。


公演後は、みなさん、かなり消耗した様子だったが、私が真似をしたら、1、2分で死んでしまうだろう。

チャック・ベリーの「ロール・オーバー・ベートーヴェン」を公演タイトルに提案したのは、笠井禮示さんだそうだ。


終演後、笠井叡さん、久子さんにご挨拶して、横浜能楽堂で初演された「左右左」のニューヨーク公演の様子をうかがった。


日付がかわる前に帰宅できたが、冷たい雨が降り続けている。
posted by 城戸朱理 at 12:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

いよいよ来週、吉増剛造「幻を見るひと」、京都での特別先行試写!

IMG_1047.jpgIMG_1050.jpgIMG_1071.jpgIMG_1075.jpgIMG_1104.jpg



吉増剛造さんが、京都、岡崎の真澄寺別院・流響院を訪れ、春には醍醐寺、夏は貴船神社、
秋は北山杉の産地、中川地区、

そして、冬には相国寺、妙心寺を訪ねて、言葉を紡ぐドキュメンタリー映画「幻を見るひと」の特別先行試写が、いよいよ来週に迫った。



「幻を見るひと」は、京都でドローンを飛ばすことが出来なくなる寸前に撮影したので、ドローンによる撮影場面やヘリコプターによる空撮の場面もあって、画面に広がりと奥行きを与えている。


井上春生監督による映像詩を、ぜひ体験してもらいたい。


同志社大学での、特別先行試写は、11月9日(木)18時30分から、会場は同志社大学寒梅館ハーディーホール。

入場無料(予約不要・先着850名)。

試写のあと、吉増剛造さんによるアフタートークもあり。


詳細は下記から。



http://d-live.info/program/movie/index.php?c=program_view&pk=1507272223



「幻を見るひと」公式ホームページは下記から。


http://www.maboroshi-web.com/


「幻を見るひと」は、公開日が決まり次第、マスコミ試写を東京で行う予定。

詳細は、公式ホームページ&ツイッター、及び、当ブログにてお知らせします。
posted by 城戸朱理 at 13:33| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ワカサギ釣りに行ってみたい

IMG_8164.jpgIMG_81660001.jpg



子供のころは、父親や友だちと、よく釣りに行ったものだった。

沼釣り、川釣り、渓流釣り、海釣りとひと通り経験したが、いちばん難しいのは沼釣りで、逆にいちばん簡単なのが海釣り。

海釣りで、いちばんよく釣ったのはアイナメ、そしてサバで、ときどきフグもかかった。

フグは釣り上げられたとたん、ぷうっーと膨れるので、針を外して海に投げても、しばらくぷかぷか浮いているのが愉快だった。


もう釣竿を持つことがなくなって、40年以上になるが、先日、ロケのときに訪れた盛岡市の岩洞湖は、冬場、ワカサギ釣りの名所になるらしい。


まだ父が元気だったころ、今度、ワカサギ釣りに行ってみようと言われたことがあるが、岩洞湖のことだったのだろう。


岩洞湖のある寒川は、本州でいちばん寒くなる所だという。

冬には湖にも氷が張り、そこに穴を開けて、釣り糸を垂らすわけだが、氷上の釣りは、まだやったことがない。

釣り上げたワカサギを天ぷらにして、雪で冷やしたビールを飲んだら、さぞや気分がいいに違いない。


いつか行ってみたいものだ、ワカサギ釣りに。
posted by 城戸朱理 at 13:32| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月29日

なんでも鎌倉???

IMG_84360001.jpg



鎌倉は小町のよしろう。

夜は飲み屋だが、日中は「甘処 あかね」になる。

名物は「煮あずき」で、白玉入り煮あずきや夏場なら、かき氷もお勧め。

店主は姫田茜さん。

茜さんのお父さんは、戦前から戦後のフランス映画の字幕をほとんどひとりで受け持ち、「字幕スーパーインポーズの神様」と呼ばれた秘田余四郎である。

秘田余四郎は高見順と親交があったので、店内には茜さんが生まれたとき、高見順が贈った書が飾られている。


さて、10年ほど前に、茜さんが北鎌倉の市に出店したときのこと。


「鎌倉、小町の茜の煮あずきですって言うと、みんな立ち止まるのよ。
やっぱり、小町って言わないと駄目みたい」


鎌倉でも「小町」がブランド化したということだろう。


そして、10年前なら、年間800万人ていどだった観光客が、今や2200万人。

観光客が増えるとともに「鎌倉」と冠した商品が増えている。

今度は、鎌倉じたいがブランド化してしまったらしい。


ある日のこと。

バンビことパンクな彼女が「リニューアルしたアンデルセンで、鎌倉あんパンを買ってあげたよ〜」と言って、包みを取り出した。

あんパンのどこが鎌倉なんだ?

「鎌倉っていう焼き印が押してあるんだよ!」
・・・・・・


たしかに、「鎌倉」という焼き印が押してある――


別に鎌倉産の何かを使っているわけではなく、焼き印を押しただけではないか!?

これなら、「鎌倉おにぎり」やら「鎌倉玉子焼き」やら、何でも「鎌倉〜」に出来そうだ。


ちなみに、このあんパン、小豆餡とカスタードクリームが入っており、すこぶる美味しい。

美味しいのだから文句はないが、複雑な気分になった。
posted by 城戸朱理 at 23:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

ファストファッションの本当のコスト、その2



バングラデシュのラナプラザ崩壊事故のあと、バングラデシュ政府とファストファッションのメーカーに非難が殺到したが、
働く女性たちの日給が2ドルでは、収入が肉体を維持することさえできない「絶対的貧困」(一日あたりの生活費、1.25ドル)を、わずかに上回っているだけで、
実際のところ、バングラデシュの縫製工場で働く女性たちの月給は、現地で米5キロを買える程度だという。

これでは、フェアトレードとは言えないが、安価な衣類を提供するために、こうしたシステムが作られたわけであり、良識ある人々からはファストファッションの不買運動も起こった。


衣類というものは生活必需品であり、消耗品ではあるが、本来ならば数週間で捨てるような消費材ではない。


もちろん、経済的な理由でファストファッションしか買えない人もいるだろうし、ファストファッションで十分という人もいるだろうが、そこに流行を持ち込んだとき、負のスパイラルが始まる。


労働力に見合った、それなりの値段のサスティナブルな衣類を購入することが、いちばん望ましいのは言うまでもないが、とにかく、時代と逆行する大量消費の使い捨て文化と決別することが重要だろう。


使い捨てにされたファストファッションがゴミになるばかりではなく、リサイクルで海外に送られる古着も90%はゴミになり、大量の売れ残りもゴミになる。

どう考えても異常な超大量消費(ハイパーコンシューマリズム)の申し子たるファストファッションと、どう付き合うかは、私たちひとりひとりの問題にほかならない。
posted by 城戸朱理 at 23:38| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月27日

ファストファッションの本当のコスト



2013年4月24日、バングラデシュの首都ダッカで、縫製工場などが入居する8階建ての商業ビル、ラナプラザが崩壊し、生き埋めとなった1000人以上の労働者が死亡した。

この最悪の産業事故は、世界中で報道されたが、それをきっかけにして制作されたドキュメンタリー映画がある。

アンドリュー・モーガン監督による「ザ・トゥルー・コスト〜ファストファッション 真の代償」である。


この映画は、衝撃的だった。


この20年ほど、安価で、一週間単位のマイクロサイクルの流行を踏まえたファストファッションが、世界的な人気を博している。

ダッカのラナプラザの縫製工場も欧米の大手ファストファッションの縫製を請け負っていたのだが、今日、世界では、約4000万人の労働者が25万もの工場で、毎年、15億着の衣類を縫製しているという。

その工場は、人件費が安いバングラデシュのような貧しい国にあり、そこでは、主に女性が一日2ドルといった安い賃金で長時間の過酷な労働に従事している。

彼女たちが受け取る月給は、約7000円。

開発途上国の女性の労働力を搾取して作られるファストファッションは、先進国で消費されるわけだが、平均すると5週間だけクローゼットに置かれ、捨てられているのだという。

ちなみに、日本だと衣料の廃棄量は年間約100万トン。

およそ、33億着が捨てられていることになるそうだが、1990年に約15兆円だった日本のアパレル産業は、2010年には三分の二規模の11兆円弱まで縮小している。

ところが、衣類の供給量は、1990年の16億着が、2010年には40億着と250%も増加しているのだ。

市場が縮小しているのに、供給が増えたのは低価格のファストファッションの流行のためで、しかも2010年だと供給された111万トンに対して、廃棄されたのが94万トン。

実際に使われたのは、なんと17万トン分の衣類だけで、約85%が捨てられていることになる。

ファストファッションは、開発途上国の労働力を搾取して成立するだけではなく、資源の浪費であることも見えてくる。


それだけではない。

ファッション・アパレル産業が排出する二酸化炭素は、石油産業に次いで2位、つまり、衣類の大量生産・大量消費は、環境破壊にもつながっている。

衣類の素材としては、コットンが大量に使われるが、綿花の栽培に使われているのは、世界の耕地面積の5%に満たないのに、そこに全世界で使用されている農薬のなんと20%が散布され、土壌汚染が広がっている。

石油から作られる化学繊維と違って、コットンは天然素材と思われているが、農薬漬けの綿衣料は、廃棄してから200年たっても土には還らないのだという。


ファッション・アパレル産業は、年間210万トンの二酸化炭素ガスを排出し、7000万トンの水を消費する。

洋服の大量消費は、間違いなく環境汚染の原因となっているのだ。


アンドリュー・モーガン監督は「ザ・トゥルー・コスト」を通して、ファストファッションというアパレル産業の大量生産・大量消費のシステムが、権力と貧困、欲望と環境破壊の問題にほかならないことを提起する。



「服を作るのがどれだけ大変か 人は知りません。
ただ買って着るだけ。
でもその服は 私たちの血でできています。
私たちの血で作ったものを
誰にも着て欲しくありません」


映画のなかで、バングラデシュの女性は、涙ながらに語る。


ファストファッションの価格が、誰かの、そして地球の犠牲のうえに成り立っているとしたら、それは本当に「安い」と言えるのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 00:34| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月26日

盛岡で買ったもの〜舞良雅子のストール

IMG_8383.jpgIMG_84320001.jpg



着物を着る女性ならば、南部紫根染めを知っている人は多いと思う。

平安時代から続く南部紫根染めは、京紫、江戸紫と並んで三大紫と称されたが、たしかに匂うがごとき気品がある。


それに対して、盛岡で良質なホームスパンが織られていることを知っている人は、少ないかも知れない。

私の父も若いときに手織りのホームスパンでオーダーしたオーバーコートを愛用していたが、これが頑丈で、父のあとは兄が学生時代に、さらに私まで着ていたことがあるほどだ。

グレーのヘリンボーンのコートだったが、ずっしりと重く、いかにも防寒着としてのオーバーコートという風情だったのを思い出す。


今回は、県産品を扱うCUBEで、実に美しいシルク・ウールのホームスパンのストールを見つけて購入した。


舞良雅子(もうりょう・まさこ)さんの作品である。

舞良さんは学生時代に染織と出会い、盛岡のホームスパン工房で修行してから、絹を中心にした染織に取り組んでいる作家で、日本のみならず、フランスやドイツ、スウェーデンなど、海外でも作品が紹介されているという。


作品は、素朴さと品格が同居する不思議な柔らかさがあり、なんとも魅力的だ。

どの色にするか迷ったが、黒のスーツやジャケットと相性が良さそうな紫を選んだ。


こうした作品を手にすると、柳宗悦が「手仕事の国」と呼んだ日本の手仕事が、いまだに脈々と生きていることを実感する。
posted by 城戸朱理 at 09:27| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

詩のイベントの変容〜TOLTA「人間関数―トルタ・オーディオブック」について



アメリカでは、ビート・ジェネレーションが、20世紀後半のポスト・モダン・ポエトリーの嚆矢となったが、
アレン・ギンズバーグが初めて『吠える』を朗読した伝説的なシックス・ギャラリーでの朗読会からビートが勃興したせいもあって、ポエトリー・リーディングが、きわめて盛んである。


ニューヨークだと、マンハッタンだけで月間100もの朗読会が催され、かつては詩の朗読会の無料のカレンダーが、書店に置かれていたほどだった。


一方、日本も、東京のみならず、全国で朗読会は珍しいものではなくなったが、これは、この20年ほどのことで、1980年代から90年代なかばまでは、朗読が下火になったことがある。


日本の戦後詩において、独自の朗読を展開してきた詩人といえば、白石かずこと吉増剛造が思い浮かぶが、白石さんとお話していたとき、90年代前半は、白石さんが朗読会を開いても、観客が数人ということも珍しくなかったそうだ。



それが一気に変化したのは、1995年、野村喜和夫・眞理子夫妻のアトリエ・エルスールが主催した「詩の外出」からだった。

天王洲アイル、スフィアメックスを舞台に、毎週末、ひと月にわたって開催された「詩の外出」は、連日、立ち見まで出る盛況で、新聞でも取り上げられた。

このイベントは、詩人がダンサーやミュージシャンとコラボレートして、自作を読むというもので、自らも出演者であった吉増剛造さんが「20年に一度の大イベント」と評したことを思い出す。



「詩の外出」を境に状況は変化し、「詩のボクシング」の流行もあって、朗読会は一般的なものになったが、
そうなると、今度は、出演者がたんに自作を朗読するだけでは、ありきたりのものになってしまうから、なかなか足を運ぶ気にはならない。



ところが、今年は瞠目すべき朗読会が開催された。

私は、先約があって行くことが出来なかったが、7月9日に開催されたTOLTAの「人間関数―トルタオーディオブック」である。


2階は元ボウリング場、地下は元銭湯という北千住の廃墟を舞台に、TOLTAの山田亮太・関口文子・河野聡子・佐次田哲の4人と10人のゲストパフォーマーが詩を朗読するというイベントで、
ゲストの広瀬大志、川口晴美さんらによると、詩人は指定された場所に立って朗読をし、観客は会場を巡りながら、その朗読を聞くという趣向だったらしい。

しかも、朗読者から観客は見えず、暗闇に向けて言葉を発することになったようだ。

ここでは、旧来の出演者と観客という構造のかわりに、廃墟という、かつては何かであり、今は何でもない、場所ではない場所に朗読者は固定され、観客も、声を巡る行為の主体になっている。

まさに、詩の言葉を場所と人間の関係性に還元した先鋭なイベントであり、フルクサス的あるいはネオダダ的な試みであったと言っていい。


たが、TOLTAはヴァーバル・アート・ユニットと称するだけあって、アートに傾斜する試みであっても、決して言葉を手放さない。

だからこそ、それは詩の朗読会なのであり、「オーディオブック」というタイトルも、空間と人間の関係性と声としての言葉を「書物」として提示するという意識がはっきりと表明されており、刺激的だ。



こうして、振り返ってみると、現場に立ち会うことが出来なかったのは残念でならないが、わが盟友、ダンサー&オイリュトミスト、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏の新作コレオグラフ「桃」の公演と重なってしまったので致し方ない。


今は、TOLTAの先鋭な実験が重なっていったとき、どんな詩の言葉が現れるのかを注視しようと思う。
posted by 城戸朱理 at 10:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月24日

吉増剛造「幻を見るひと」、京都で無料の特別先行試写!

IMG_0931.jpgIMG_1100.jpgIMG_1932.jpg



吉増剛造さんが四季の京都で言葉を紡ぐドキュメンタリー映画「幻を見るひと」の公式ホームページは、
予告編のみならず、吉増さんが川端康成について語る1シーンが「映画の断片」としてアップされ、
さらにスチル担当の小野田桂子による写真のギャラリーが追加されるなど、さらに充実してきた。

「幻を見るひと」公式ホームページは、下記から。



http://www.maboroshi-web.com/



「幻を見るひと」は来月、京都の同志社大学で、特別先行試写される。


11月9日(木)18時30分から、会場は同志社大学寒梅館ハーディーホール。

入場無料(予約不要・先着850名)。

試写のあと、吉増剛造その人がアフタートークで登場するので、お見逃しなく!


詳細は下記から。



http://d-live.info/program/movie/index.php?c=program_view&pk=1507272223



前衛フィルムの巨匠、ジョナス・メカスを「なんたる美しさだ!」と感嘆させた、井上春生監督による映像詩を、ぜひ体験していただきたい。
posted by 城戸朱理 at 08:51| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鎌倉駅ビルの風凛

IMG_8422.jpgIMG_8424.jpgIMG_8427.jpgIMG_8429.jpg



鎌倉駅ビル2階にある居酒屋、風凛は観光客相手の店と思われがちだが、三崎直送の魚介類と鎌倉野菜を供する穴場の店である。

10年ほど前は、居酒屋に隣接して天丼の専門店「点天」もやっており、手軽に食事を済ませるときには重宝したものだった。


しかも天丼だけではなく、居酒屋のメニューも注文できたので、バンビことパンクな彼女は
「生牡蠣をちゅるっと食べて」から白ワインを飲み、天丼で食事にするのが好きだったが、

改装で天丼屋がなくなってしまって、残念に思っていたら、今年の改装で、カウンターの天丼スペースが復活。


バンビ好みの生牡蠣に白ワイン、そして天丼という食事が出来るようになった。


風凛は昼からやっているので、早めに飲み始めるときにも便利だが、富岡幸一郎さんの講演が終わったのは午後4時。

この時間から空いている店となると、蕎麦屋のこ寿々(こすず)か風凛しかない。


銀の鈴社が打ち上げで予約していたのは、やはり風凛だった。


まずは、お造りの盛り合わせ、秋野菜の天ぷら、カボチャの鴨そぼろ煮などを頼んで、ビールで乾杯。

翌日の衆院選のことから始まって、文学のことまで、飲みつつ、さまざまなことを語り合う。


肴は、主催者が次々に追加してくれたので、テーブルが賑やかだったが、ビールのあとは日本酒なり、焼酎なりを各自がオーダーした。


ジャケットを脱いでくつろぐ富岡さんの隣の青年が、かまくら学府事務局をされている銀の鈴社の西野大介さん。

西野さんは、関東学院大学の富岡さんのゼミの出身だという。
posted by 城戸朱理 at 08:49| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

太陽堂の塩ラーメン

IMG_8416.jpg



バンビことパンクな彼女と相談して、富岡幸一郎さんの講演の前に御成通りの太陽堂で昼食を取ることにした。


太陽堂は、獨協大学の原成吉先生行きつけの店だったが、立川から鎌倉に移転。

原先生は、アメリカを代表する詩人、ゲーリー・スナイダーを連れていったこともあるという。


原先生がいつも頼むという塩ラーメンを頼み、バンビも私も味玉とチャーシューを追加。

ちなみに太陽堂では、追加のチャーシューの食券はないが、味玉の食券一枚でチャーシューが一枚、追加できるようになっている。


太陽堂は二度目だが、お昼どきだと行列が出来るほどの人気店になった。

ひいきにしていた東口の海鳴(うなり)が閉店し、豚骨ラーメンの袈裟丸屋は蕎麦屋になってしまったので、鎌倉駅周辺でラーメンを食べるとなると、今や太陽堂か静雨庵ということになる。


塩ラーメンといえば、普通は白湯(パイタン)だが、太陽堂のそれは、まるで醤油ラーメンのような色をしている。

これは、豚骨・鶏・野菜で取ったスープに魚粉を加えているためだろう。

スープは粘度が高く、まるで、つけ麺のスープのようだが、バジルが潜んでいて、アクセントになっている。

麺は、濃いスープが適度に絡む中太のストレート麺。


チャーシューは柔らかく、箸でほろほろと崩れるほどで、味玉は割ったとたんに黄身が流れ出す。


「この味玉は、知らないでかじったら、黄身が飛び散っちゃうね!」とバンビが言うほど、見事な加減である。


客層は若者が多いが、ご夫婦や家族連れも少なくない。
posted by 城戸朱理 at 13:59| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

富岡幸一郎『鎌倉文士とカマクラ』(銀の鈴社)刊行記念講演会へ

IMG_8434.jpg



鎌倉に帰って、翌日は宅急便で手配したトランクを開き、衣類の洗濯や靴の整理で終わった。

毎年出版文化賞の推薦依頼は岩手に立つ前に届いていたが、帰宅してみると読売文学賞と「週刊文春」の「このミステリーがすごい!」の推薦依頼が届いていて、今年も残すところ、あとわずかという思いを強くする。

「ビーグル」と「鎌倉ペンクラブ会報」から原稿依頼があったので、受諾。

「ビーグル」は藤富保男さんの追悼特集の原稿となるので、力が入る。


台風21号が列島に接近するなか、21日(土)には富岡幸一郎さんが新刊『鎌倉文士とカマクラ』(銀の鈴社)の刊行を記念して、鎌倉文士についての講演をされるというので、バンビことパンクな彼女とお邪魔することにした。

この講演会は鎌倉の文化を探る「かまくら学府」の一環として開催されたもので、会場は鎌倉市役所向かいの商工会議所。

私とバンビは、御成通りの太陽堂でラーメンを食べてから、会場に向かった。


鎌倉に文士が集い始めたのは、昭和の初めのこと。

大正12年に死者・行方不明14万2千人超という甚大な被害をもたらした関東大震災が起こり、昭和初年には世界恐慌、昭和6年には満州事変が始まり、
日中戦争へと至る不穏な時代を背景に、小林秀雄、林房雄、川端康成、島木健作、今日出海、里見クといった文学者たちが鎌倉に集うことになる。

富岡さんの講演は、「鎌倉を引き上げたのは一生の誤りであった」と語った翌年に自殺した芥川龍之介から語り起こし、

戦前の共産党弾圧が文学にもたらした意味を小林秀雄に探ったのち、鎌倉文士によって創刊された「文學界」の文学史的意味を読み解くところから始まった。


私の顔を見るなり「本人を前にするとやりにくいな」と富岡さんが言っていたが、『鎌倉文士とカマクラ』の第3章『現代文学と「鎌倉」の魅力』には、
2012年に鎌倉在住の文学者、藤沢周、柳美里、大道珠貴さんら芥川賞作家3人と私の4人を取り上げた鎌倉文学館、春の特別展「カマクラから創る」を枕に、
藤沢周『キルリアン』、大道珠貴『しょっぱいドライブ』、そして私の『漂流物』と、鎌倉に材を取った作品が論じられていたのである。

講演でも、富岡さんは『漂流物』について語ってくれたが、著者としては質問があると答えなくてはならない。


客席で富岡さんのお話を聞くつもりが、なかば出席者のようになってしまった。


打ち上げは、鎌倉駅ビル2階の風凛で。


夜になって雨風が強くなってきたが、未明のころの強風は、目が覚めるほどだった。
posted by 城戸朱理 at 11:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

盛岡土産は海宝漬の中村屋で

IMG_8405.jpgIMG_8409.jpg



盛岡で地元デパート、パルクアベニュー・カワトクの食品売場や、
大通りのクロステラス内にある岩手の産直食材を扱う「賢治の大地館」、
そして駅中のさまざまな岩手県産食材や食品を見て歩いたバンビことパンクな彼女が奇妙なことを言い出した。


「前沢牛に短角牛、佐助豚に白金豚に龍泉洞の黒豚、南部祝い鶏にほろほろ鳥、アワビにウニにイクラにホヤから毛蟹まで、目眩くお肉と海の幸の氾濫に圧倒されて、パタっと倒れそうだなあ!」


倒れなくてもいいのである。


岩手にはバンビの好物がたくさんあるので、喜んでいるらしい。


「どうして、こんなに美味しいものがあるのかな?」というのがバンビの口癖である。


地元の人は当たり前としか思っていないが、美味しい食材が多いのは、それだけ生産者の方が頑張っているからだろう。


日本最初の牧場、小岩井農場も岩手にあるし、畜産が盛んなので、ブランド肉のみならず、ハムやベーコンなどの食肉加工品も豊富なら、乳製品からアイスクリームやチーズケーキも多種多様である。


ただし、私もそれが当たり前としか思っていなかったのだが。


海宝漬けで有名になった中村屋の売場を覗いてみても、新商品の開発に余念がない。

今回は中村屋で、バンビの大好物、アワビステーキグラタン、それに焼うに、いくら醤油漬け、あわび肝ガーリックライスとほたてハンバーグを手配した。


ほかに駅の佐助豚の売場で、腿肉のコンフィと佐助豚の味噌漬けを購入。


これだけあると、しばらくは夕食の準備が簡単になる。


アワビの殻にウニを詰めて焼いた焼きウニは、生醤油をたらして、そのまま酒の肴になるが、実家では、酢飯で海苔巻きにすることも多かった。

私には懐かしい味のひとつである。
posted by 城戸朱理 at 13:40| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ビア&ヴルスト ベアレンで小憩

IMG_8386.jpgIMG_8390.jpgIMG_8392.jpgIMG_8397.jpg



機屋で葉書を書いたあとは、パルクアベニュー・カワトクで買物をして、盛岡駅まで歩く。


上流で雨が降ったのか、北上川は少し濁っていたが、この日も開運橋から岩手山が見えた。


新幹線を早い便に変更し、一時間ほど時間があったので、ビア&ヴルスト ベアレンで小憩。

陸奥湾産帆立のカルパッチョと牡蠣と茸のアヒージョを肴に地ビールを飲む。

小さな店だが、料理はいいし、駅の地下なので乗車前に地ビールが飲めるのは、実にありがたい。



ロケから始まった6泊7日の旅もようやく終わり、新幹線から見る八幡平の夕焼けが見事だった。
posted by 城戸朱理 at 09:47| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月21日

Edge「浄夜 詩人・広瀬大志のアレゴリーとして」、いよいよ今晩オンエア!

IMG_8107.jpg



私が企画・監修をつとめるテレコムスタッフ制作のアートドキュメンタリー「Edge」、92本目の作品となる広瀬大志篇「浄夜 詩人・広瀬大志のアレゴリーとして」が、いよいよ今晩、放送される。



10月21日 21:00〜

スカパー!ch529


出演/小林竜樹
       中村優子
       向井雲太郎

       広瀬大志

プロデューサー/寺島高幸
                        平田潤子
                        平島進史

演出・脚本/望月一扶



無料アプリ「IVY」で、スマートフォンでも視聴できるので、広瀬大志の詩世界をドラマ・ドキュメンタリーとして再現する試みを、ぜひ目撃してもらいたい。
posted by 城戸朱理 at 11:59| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

画一化する世界〜象徴的貧困について



今日のように、人間の処理能力を超えた過剰なまでの情報やイメージが氾濫すると、価値観が多様化するのではなく、むしろ判断力と想像力が損なわれ、精神的な画一化が進む。

そうした現在の状況を、フランスの哲学者、ベルナール・スティグレールは「象徴的貧困」と呼んだ。


ところで、スティグレールほど変わった経歴の哲学者も珍しい。


高校を中退し、ジャズ喫茶を始めたのは良かったがが、資金繰りに困ったあげくに銀行強盗をして逮捕され、5年の禁固刑をくらう。

獄中でプラトンに読み耽り、通信教育で学位を取得、出獄してからジャック・デリダの指導のもと博士論文を書き上げたというのだから。


彼は、ピエール・ブーレーズが組織したIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)の所長をつとめたあと、2006年からポンピドゥーセンターの芸術監督に就任したが、銀行強盗をしたことがある所長や芸術監督は初めてだろう。


スティグレールは、象徴的貧困がテレビの普及から始まったことを語っているが、ネットの普及によって、それは決定的なものになった。

情報の海へのランダムアクセスを可能にするインターネットは、かつては価値観の多様化を可能にするかのようにも思われた。

そう、エドゥアール・グリッサンの「世界は列島化した」という言葉が実現するのではないか、と。

しかし、ネットのテレビを上回る情報とイメージの洪水は、判断力と想像力の貧困化を生んだだけだったのかも知れない。


スティグレールは、象徴的貧困を資本主義の段階としてとらえており、そこで私たちは搾取される存在なわけだが、少なからぬ人が夢見たように、あらゆることがネット検索とネット社会のクラウド・ソーシングで解決できるという幻想は今や完全に潰えた感がある。


ネットサーフィンをする人は、自らが見たいものだけを選択して見る。

そこでは見ないものは存在しないことになるわけだし、裏付けのない聞きかじりの情報やデマが拡散していく。

思考を委ねたはずのネットは、逆に思考を停止させ、画一化するものとして機能し始めたわけで、こうした象徴的貧困のなかで、私たちがどうやって判断力と想像力を回復していくのか、問われているのは余人ではない。

そして、その答えはネットには存在しないだろう。


詩や芸術は、その回答たりうると、私は信じているが、それが簡単ではないことは詩を書き続けてきて痛感してきたことでもある。

だからこそ、私はさまざまな現場に足を運び、メールではなく手紙を書く。


象徴的貧困のひとつの結果として、たとえば明日の衆院選の結果がどうなるのか、今は注視するしかない。
posted by 城戸朱理 at 09:54| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

機屋でコーヒー&ポストカード

IMG_72440001.jpgIMG_8381.jpg



10月15日(日)。

グランドホテル・アネックスをチェックアウトして、まずは自宅用のコーヒーを買うべく機屋へ。


80年古木ティピカ種のグァテマラが100gだけあったので、それと、珍品だというエチオピア・サンイルガチェフ、それにコロンビア各200gを包んでもらった。


バンビことパンクな彼女は、ロケ中、自分で淹れていたスマトラ・マンデリンを、私はヤンニハラールモカ中深煎りをオーダー。

やはり、お湯の温度に細心の注意を払ったネルドリップだけに、お店で飲むコーヒーは複雑な味わいである。


さらにバンビは、大通りのさわや書店で買った岩手の風景写真のポストカードを取り出し、手紙を書き始めた。

私も勧められたので、30年近く愛用しているモンブランのマイスターシュテュック149を取り出し、友人に葉書を書く。


バンビは、旅先で必ず友人に葉書を書いているが、楽しい習慣だと思う。
posted by 城戸朱理 at 09:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夜はヌッフ・デュ・パプで、その2

IMG_8368.jpgIMG_8361.jpgIMG_8363.jpgIMG_8370.jpg



岩手産豊水梨のフローズンダイキリは、大西ファームのジンジャーシロップが添えられており、疲れた身体に優しい。


驚いたのは冷やしトマトで、見た目も美しければ、フルーツのように甘いので、バンビことパンクな彼女が目を丸くしていた。


さらに短角牛とマッシュポテトのグラタンと短角牛のミートソースのペンネを頼み、赤ワインをデキャンタでもらった。


ヌッフ・デュ・パプは六本木にも支店があるが、メニューに生産者や産地が記載されており、素材から始まる料理が特徴で、何を頼んでも間違いなく美味しい。
posted by 城戸朱理 at 00:42| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夜はヌッフ・デュ・パプで、その1

IMG_8348.jpgIMG_8352.jpgIMG_8357.jpg



わずか2時間の庭仕事で疲れはて、ホテルに戻って、昼寝。

目覚めて入浴したら、もう8時になっていた。


夕食は近所で済まそうということになり、徒歩1分のヌッフ・デュ・パプへ。

店内は結婚式の二次会の団体で賑わっている。


まずは地ビール、ベアレンで乾杯し、パルマ産生ハムと陸前高田・広田湾産の牡蠣を頼む。


大粒の牡蠣にはシャンパンだろうということになって、フェア開催中の3種飲み比べセットをもらった。

余韻が素晴らしい「ルイ・ニケーズ ブリュット・レゼルブ(プルミエ・クリュ)」、
葡萄が凝縮したような「ユレ・フレール ブリュット・アンヴィタシオン」、
それにボディがくっきりとした「A.R.ルノーブル キュヴェ・アンタンス・ブリュット」である。

私は「ユレ・フレール」が気に入ったが、バンビことパンクな彼女に言わせると、「個性ちゃん」だそうだ。


牡蠣とシャンパンのマリアージュは、やはり素晴らしい。
posted by 城戸朱理 at 00:31| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする