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城戸朱理のブログ

2018年02月28日

歩き疲れて、クルベル・キャンへ

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吉増剛造さんのドキュメンタリー映画「幻を見るひと」のポスト・プロダクションのため、プロデューサーを兼任する井上春生監督が渡米、ニューヨークでジョナス・メカス監督と会って、素晴らしいコメントをいただくことができた。

いずれ、「幻を見るひと」公式ホームページで紹介できると思う。


井上監督はさらにジム・ジャームッシュ監督の秘書と連絡を取り、ニューヨーク・シティ・インディペンデント映画祭のキュレーターと会うなど、積極的に活動して帰国した。

「幻を見るひと」は、3月8日にアイルランドのダブリンで開催されるシルクロード国際映画祭でワールドプレミアを迎えることになる。


映画関係の連絡が行き交うなか、私は海外の文学研究者からのインタビューの依頼があって日程を調整したり、シンポジウムに出席するための連絡に追われたりと気ぜわしい。


何やら落ち着かぬ一日を過ごし、夕方、バンビことパンクな彼女と合流して、海まで散歩した。


鎌倉駅まで戻ったところで、バンビが「ちゅるっと生牡蠣を食べるのはどうかな?」と言い出したので、クルベル・キャンへ。

この日の牡蠣は、兵庫の坂越(さこし)産。

殻牡蠣をひとり3個ずつもらって飲み始めた。

前回の赤穂産に劣らず、潮の香りとクリーミィーな味わいのバランスがいい牡蠣である。


生牡蠣のあとに私が選んだ前菜は、マッシュルームの石窯グリル。

これは、マッシュルームに黒オリーブとアンチョビを詰めてグリルしたもので、ビールはもちろん、ワインにもシングルモルトにも合う。


ゴルゴンゾーラのクリームソースのショートパスタを摘まみ、さらにバンビのリクエストで、信州米豚肩ロースの石窯グリルをもらった。


スコッチの杯を重ねながら、一昨年に日本チャンピオンになったバーテンダーの馬場淳也さんが、次のコンペティションに応募するカクテルを試飲させてもらったり、あれこれ興じているうちに、気づくと5時間がたっているではないか。

タクシーを呼んでもらって帰宅したのだが、その30分後に藤沢周氏が来店したそうだ。

残念。
posted by 城戸朱理 at 23:34| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月27日

正論大賞・正論新風賞贈呈式へ

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2月19日はフジサンケイグループが主催する正論大賞・正論新風賞贈呈式に出席するため、バンビことパンクな彼女と鎌倉駅で待ち合わせて、東京に向かった。

会場はホテルニューオータニの本館宴会場「芙蓉の間」。


開会には間に合わなかったが、会場に着いたときは、第18回正論新風賞の受賞者である小川榮太郎さん(文芸評論家)の挨拶の最中で、続けて、同じく正論新風賞受賞者の三浦瑠麗さん(国際政治学者)のスピーチだった。

そして、第33回正論大賞を受賞された新保裕司さん(文芸批評家)のスピーチ。

正論大賞の歴史上、正論新風賞(第8回)と正論大賞をともに受賞したのは、新保さんが初めてになるそうだ。

新保さんは、皇紀2600年の奉祝曲「海道東征」(作詞・北原白秋、作曲・信時潔)の復活公演の気運を作った批評が高く評価された。

バンビ憧れの新保智子夫人は、和服姿。

小川榮太郎夫人も和服姿だったが、会場の雰囲気も文学関係のそれとはえらく違う。

右派の授賞式だけに、受賞者と、夫人にも安倍晋三内閣総理大臣から贈られた花束贈呈があった。


二次会はホテルニューオータニ内のバー、カプリで。

ここで、ようやく鎌倉の顔馴染みの会となる。


帰りは、澁澤龍子さんと一緒に横須賀線のグリーン車で。

おしゃべりをしながら帰途に着いた。
posted by 城戸朱理 at 20:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月26日

新しいノートで新しい仕事を

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ハワイのアラモアナ・センターにはパピルスという文具店があって、実に美しいノートやカードなどを扱っている。

ハワイに行くたびに必ず覗いては、便箋や封筒、ノートなどを求めるのだが、そのうちの一冊を使って、新しい仕事を始めることにした。

クロース張りの厚手のノートで、万年筆向きの紙が使われている。


バンビことパンクな彼女に勧められ、気ままな随筆を書いているのだが、発表する気はないし、ひそかな楽しみのようなものかも知れない。

このノート一冊を書き終わったら、内容を明かす日が来るかも知れないが、今は伏せておく。


一篇ごとに、対応する写真をバンビがプリントして貼り込んでくれているので、作業じたいが楽しい。

詩集の入稿原稿を準備するかたわらで、この仕事を続けていきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 15:56| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月25日

粉引きの盃

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茶人は、粉引きを珍重する。

粉引きとは器胎が白い粉を吹いたように見えるところから名付けられたもので、李氏朝鮮から招来された高麗もののなかでも数が少なく、三井家伝来の「三好」、松平不昧公旧蔵の「松平」などの名碗が知られている。

ちなみに器全体が白化粧土をかぶったものを粉引き、腰までのものを無地刷毛目と呼ぶが、化粧掛けした白泥に染みが生じやすく、これを茶人は「雨漏り」と呼んで鑑賞する。


雨漏りが生じやすいということは酒器に使っても育ちやすいということになるが、酒が染みて器胎がとろけそうになっている粉引きの徳利や盃は酒徒垂涎の酒器と言えるだろう。


李朝工芸の美しさを発見した浅川伯教から青山二郎に伝世した粉引き徳利、銘「酔胡」など、雨漏りの肌といい、フォルムといい、絶品としか言いようがないが、そんなものが、そこらにあるはずはない。

たとえ発掘品でも、粉引きは稀少で、店頭に並ぶこともなく、顧客の手に渡っていく。


もう20年近く前のことになる。

茅ヶ崎の加藤恭一さんのお宅に遊びに行ったとき、塗り箱に収められた粉引きの盃を見せてもらった。

青山の李洞で求めたそうだが、李洞では最初に白洲正子さんに見せたところ、白洲さんは「家にはもっと厳しい形の粉引き盃があるから」と見送ったものだという。

李洞は、吉岡実さんに連れていってもらった店だから、面白い話だと思ったが、粉引き盃で飲む機会など滅多にない。

加藤さんにお願いして、粉引きで飲ませてもらうことにした。


そして、私がよほど嬉しそうにしていたのだろう、その様子を見た加藤さんの「持っていけば」のひと言で、粉引き盃は私のものになってしまった。



それからが大変である。

酒を注ぐとむらむらと雲のような染みが広がっていく。

乾くと染みは消えるのだが、酒を飲むために盃を使っているのか、盃の景色を見るために酒を注いでいるのか、分からぬ日々が続いた。


加藤さんは、この盃を80万で求めたそうだが、それを笑いながらくれてしまう気前のよさは驚くばかりである。



朝鮮半島、全羅南道の宝城で焼かれた粉引きは、胎土が黒いため、雨漏りが映えるので珍重されるが、この盃は宝城手ではなく、鉄分の多い赤褐色の胎土で、務安で焼かれたものだろう。

もっとも粉引きといえば、宝城か務安かくらいしか論じられないのも事実で、現地の窯跡調査が進めば、もっと様々なことが分かるに違いない。

朝鮮王朝時代、陶工は賤業だったため、韓国では最近まで蔑視の風潮が残り、窯跡にも調査が及ばなかったと聞く。

それだけではなく、李朝を愛した作家、立原正秋が愛用した盃を焼いた明川、斑唐津に似た藁灰釉を使う会寧といった窯は北朝鮮にあるので、調査のしようがない。

それを思うと、世界は、いまだに焼き物に現を抜かすほど平穏ではないことを痛感するが、しかし、だからこそ、酒器を選び、酒を酌む無心の時間は貴重である。



面白いことに、この盃は雨漏りが広がっていくのではなく、全体に酒が染み渡っていく。

何年か使ううちに、粉っぽかった白い肌は、色づき艶を帯びていった。



その後、無理をして宝城手の粉引き徳利も求めたが、李朝でも、粉引きほど酒になじむ器はないのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 11:28| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月24日

形見分けの李朝

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マガジンハウスの編集者だった加藤恭一さんはお祖父さんが骨董屋だったそうだが、御自身も骨董を趣味とし、優品をお持ちである。


あれは藤沢周氏が『ブエノスアイレス午前零時』で芥川賞を受賞した年のこと。

藤沢さんと加藤さんのお宅にうかがったときに、ふたりで骨董の酒器をいただいたことがある。



藤沢さんには李朝の粉青沙器(三島手)の徳利、私には李朝の刷毛目盃で、ともに李朝前期(15〜16世紀)の所産。

どちらも青山の李洞で求めたものだとうかがった。


当時は、李朝もののムックが刊行されるなど、何度目かの李朝ブームだったが、優品は数百万、数千万するものも珍しくなかった。

私などは、わずかに青山の古民藝もりたや有楽町の織田有で、李朝も末期の灯明皿や茶碗などの雑器を求めるのがやっとで、李朝の名残に親しむだけだったから、突然の贈り物に驚いたが、加藤さんは「形見分け」ですと笑っていたっけ。


伝世品ではなく発掘品だが、無傷の完品。

長年、愛用したため、刷毛目盃の白化粧土もとろりと色づいてきた。

酒徒が李朝を愛するのは、この経年変化にあるのだが、藤沢さんの徳利はどんなふうに育ったか気になってメールしてみたところ、写真を送ってくれた。

藤沢さんの徳利も、やはり育っている。


藤沢さんのメールには「高さ11センチ、幅7.5センチ」と寸法まで書いてあったが、一合二勺ほどの容量だろうか。

胴が張って、ころりとした姿が、なんとも愛らしい。


10年ほど前から、どういうルートかは分からぬが、北朝鮮の発掘品がソウルの骨董屋に出回るようになり、西日本の骨董屋でも見かけるようになった。

かなりの量があるらしく、李朝も値が下がったが、その意味では、20年前よりも手に入れやすくなったかも知れない。

それでも口径10cm以下で、盃に取り上げられる刷毛目には滅多に出会わない。


大切にしているが、この刷毛目盃には、李朝の黒高麗徳利を合わせている。
posted by 城戸朱理 at 11:32| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月23日

連詩第三弾、完成



高貝弘也、広瀬大志、田野倉康一、城戸朱理による連詩第三弾は、「現代詩手帖」1月号作品特集に各自が発表した詩のタイトルから始まるものだったが、新年会を前に「新しい心」(城戸)、「TUKISARA」(田野倉)が完成。

2月19日に「塔との闘い」(広瀬)、20日に「半色/紙背の子」(高貝)が完成し、全四篇が書き終わった。


これで四人による連詩は24篇になったが、プリントアウトしてみたところ、予想外のボリュームで大志くんが驚くほど。


連詩の最中は、詩の言葉に向けて前傾姿勢でいるため、田野倉くんは連詩が引き金となって昨秋、1200行に及ぶ新作を書き上げたという。


本人によると12年ぶりの詩の訪れだったそうだが、私も昨年の12月8日から発火した詩作が今月まで続き、170篇に達した。

私の場合は、自分の詩作のかたわらで14篇の連詩に参加したことになるが、連詩によって新たな詩の言葉が生起するところもあったのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 11:08| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月22日

珍妙な絵皿

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出光美術館の「色絵 JAPAN CUTE!」展を観たあと、わが家には色絵の器がほとんどないことに気がついた。

まったくないわけではないのだが、食卓に上がることは滅多にない。

藍一色の染付に比べると料理を盛り付けるのが難しいからだろう。


出光美術館では、デルフトを始めとするヨーロッパ諸窯が柿右衛門の絵付けを写した様々な器が展示されていたが、わが家もデルフトの色絵皿だけは食器棚に置いてあるので取り出してみた。


するとバンビことパンクな彼女がーー



「これは変態のお皿だよ!
色絵CUTE!じゃなくて、色絵FUNNY!なんじゃない!」


たしかに。

「カワイイ」ではなく「ヘン」かも知れない。



最初の天使の皿だけは19世紀、それ以外は17〜18世紀のものだが、絵付けのない白デルフトの静謐さに比べると、何やら騒がしい。

天使は腕白小僧にしか見えないし、鹿は楽しそうに笑っている。


花文の色絵皿だけは可憐な趣があるものの、最後の花鳥文皿など、柿右衛門か古伊万里が手本だろうが、描き込みすぎである。

しかし、簡略化された鳥は、なかなかいい味を出しているような気がしないでもない。

この花鳥文皿は、もっとも古い作になるが、こうして見るとヨーロッパでは、装飾性が高いものが好まれるのが分かるし、余白を生かすのは日本的な美意識であることを改めて思うことになった。
posted by 城戸朱理 at 10:43| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月21日

今日もパンクな寒冷前線???

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今年の寒さは尋常ではない。

日本全国が寒さと雪に閉ざされたかのようだ。


鎌倉は積雪こそないが、例年に比べるなら、やはり寒い。

去年は暖冬だっただけに、余計、寒く感じるのかも知れない。

一日だけ寒さが緩んだが、また寒波が襲来した。



「ふるふる。
ちゃっぷいねえ〜」


バンビことパンクな彼女も震えている。

この寒波では仕方あるまい。



「そうだね。
カンパしてあげたいね!」
!!!!!!


カンパの意味が違う!


「ちっちゃいコのお手々にお小遣いをカンパしてみたいものだね!」
・・・


「カンパしてあげてよ〜」
・・・・・・



勝手なことを言って、くるくる踊っているではないか。



さらに、LINEでバンビから不思議なメッセージが来た。


「ハムかつ
ハムマヨ
ハムたま
生ハム」
??????


生ハムはバンビの好物だが、食べたいのだろうか?



「違うよ!
ハムスターを四匹飼うとしたら、名前は何がいいか、考えていたんだよ!」
!!!!!!


ハムスターを飼うつもりなんてないのだが、バンビは何とかして私を説得しようとしているのである。

先に名前を付けて既成事実にしてから、ハムスターを買ってこようという魂胆なのは間違いない。


パンクだから仕方がないが、より厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:45| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月20日

揚子江菜館で新年会

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新年会には、高貝弘也、広瀬大志、田野倉康一ら旧友のほかに、久谷雉氏、思潮社の遠藤みどりさんが参加した。

そして、カメラ持参のバンビことパンクな彼女である。


場所は神保町すずらん通りの揚子江菜館。

明治36年(1906)創業、神保町の老舗中華だが、吉岡実さんと御一緒したとき、吉岡さんは「チャーシュー麺が食べたくなったらここに来るんだ」と語っていたっけ。


バンビがあらかじめ飲み放題プラン付きのコースを予約していたので、各自、飲み物だけをオーダーすれば済む。


まずはチャーシュー、蒸し鶏、豆腐麺の前菜三種盛り。

続けて海老チリソースが出たのだが、海老のぷりっとした食感が素晴らしく、「美味しいですね」と高貝くんが感銘を受けていた。


嬉しいことに北京ダックが出て、さらにXO醤をつかった豚肉とピーマンの炒めもの。


ここで古本披露が始まったため、あとの料理の写真は撮らなかったが、白きくらげとクコの実入りの南瓜スープ、小籠包と値段に比して、実に充実したコースだった。


揚子江菜館は焼売が美味しいので追加し、コースは五目炒飯と杏仁豆腐で終わったのだが、高貝くんは大志くんが持参した『聖三稜玻璃』に読み耽るうちに寝てしまい、かたわらで、田野倉くんが話し続けるという、いつもと変わらぬ眺めがあった。
posted by 城戸朱理 at 13:04| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古本披露

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恒例となった古本披露、今回は神田古書店街での新年会だけに、神保町の古書店で2000円以下で買った本を各自が持参することにした。



ゲストの久谷雉さんは、この日、200円で購入したというガルシア・ロルカ『ニューヨークの詩人』。

鼓直さんの訳だが、この文庫本の存在は知らなかった。


「現代詩を考えるときに、欠かすことが出来ない一冊です」と言って、高貝弘也くんが取り出したのは上田敏『海潮音』復刻版。

2000円以下という縛りなら、復刻版という選択は納得できる。


すると広瀬大志くんが「俺のも高貝くんと通じるものがある」と、山村暮鳥『聖三稜玻璃』の復刻版が登場。

革装、三方銀の素晴らしい造本である。

高貝くんは感嘆し、装幀を仔細に確かめたあとも、ずっと手にしたままだった。


田野倉康一くんは、ねじめ正一『ふ』。

H氏賞の受賞作はコレクターがいるため古書値がつく。

田野倉くんは均一台から100円で掘り出したそうだが、掘り出しは田野倉くんの得意技である。


私が持参したのは、源喜堂で求めた『William
Carlos Willams and the American Scene
1920〜1940』。

これはモダニズムの巨星、W.C.ウィリアムズの詩と現代美術の関係に光を当てたホイットニー美術館での展覧会の図録で、「洗濯船」第5号でW.C.ウィリアムズ特集を組んだウィリアムズの生誕100年に開催されたものだった。

アメリカでの展覧会だけに、日本で図録を入手できたのは嬉しかったが、いくらだったのかは覚えていない。

ただ、安価だったのは確かだ。


源喜堂では、サルバドール・ダリのオリジナル・リトグラフ一葉入りの画集を1800円で求めたこともあるが、面白い本が見つかる店である。
posted by 城戸朱理 at 11:27| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理の連詩、第三弾

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四人による連詩は、2016年1月に10篇、今年の1月にさらに10篇が完成して20篇となったが、新年会で集うことになったので、2月12日から新たに4篇の連詩を試みることにした。


今年の「現代詩手帖」1月号作品特集では、初めて高貝弘也、広瀬大志、田野倉康一に私と、学生時代からの詩友が揃って掲載されたので、そのタイトルから始まる連詩を企画したのである。


まずは「新しい心」(城戸)から始まって、「TUKISARA」(田野倉)と順調に進んだ。


17日の新年会の前に「塔との闘い」(広瀬)を完成させたかったのだが、高貝くんから始まった連詩は、田野倉くんで止まったまま新年会の当日を迎えてしまった。

みんなが顔を合わせたときに「半色/紙背の子」(高貝)を完成させる予定が狂ってしまったが、この日は各自が神田古書店街を回り、戦利品持参で4時にラドリオに集合して、連詩を始める予定だった。


バンビことパンクな彼女が、半日かけて連詩を編集し、集合前にコピーを取ってまとめてくれる間に古書店街を歩いていたら、なんと久谷雉氏と遭遇。

久しぶりに古書店を見にきたのだとか。

よかったらラドリオに顔を出すように言って、何軒か古本屋を覗いたのだが、この日は収穫なし。


吉岡実氏が神保町のシンボルと呼んだラドリオに入り、ウィンナコーヒー。

まず大志くんが現れたので、企業小説のようなドラマチックな近況を聞いてのけぞっていたら、久谷雉氏が登場。

遅れて高貝くんも到着したが、田野倉くんが来ない。

大志くんが電話したところ、なんと集合時間を一時間勘違いしていたのが判明。

こうして連詩は出来ないまま、揚子江菜館に席を移し、新年会になってしまったのだった。
posted by 城戸朱理 at 09:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

バレンタインデーに蟹三昧???

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バレンタインデーに、どのレストランに行くか考えていたら、バンビことパンクな彼女が「外食はしなくていいよ!」と言うではないか。



「ブラウンクラブのおっきな蟹爪を取り寄せて、お家でしゅんわりするのはどうかな?」とバンビ。



「しゅんわり」とはバンビ語でスパークリングワインを開けるという意味である。

それは名案かも知れない。


さっそくバンビが手配し、14日にブラウンクラブ1kgとシャンドン2本が届いた。

ブラウンクラブを取り寄せるのは、これで3回目になるが、国産の蟹爪より安いし、味が濃厚なので溶かしバターによく合う。

正月にバンビが取り寄せたモエ・エ・シャンドンが、まだ1本あるが、それは取っておいて、今回はシャンドンで乾杯しようという目論見らしい。


帰宅したバンビが冷蔵庫を開けて嬉しそうにしている。



「シャンドンに微笑みかけていたんだよ!」
・・・・・・



意味不明だが、喜びを表現しているらしい。



ブラウンクラブの殻はきわめて硬いので、木槌で割ってから盛り付ける。

前菜は、生ハム、生牡蠣にイチゴ。


蟹には溶かしバターとトーストを添える。

手間はかからないが、やたらと大きい蟹爪を前にすると贅沢な気分になる。


バンビが買ってきた熊の形をしたフランスのマシュマロチョコレートも出して、バレンタインデーの夕食にした。
posted by 城戸朱理 at 12:51| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月17日

軽食をクルベル・キャンで

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出光美術館の「色絵 Japan CUTE!」を鑑賞したあとはラッシュを避けるべく、真っ直ぐ鎌倉に戻り、クルベル・キャンで軽く飲むことにした。


バンビことパンクな彼女はギネス1パイント、私はハートランドをもらう。

生牡蠣は赤穂産。


「ニューヨークで食べるクマモトみたいにクリーミィーだね!」


クマモトは熊本原産だが、日本では絶え、アメリカでポピュラーになった牡蠣。

牡蠣は海域によって味が変わるが、日本のそれが潮が口のなかで炸裂する感じなのに対して、海外には濃厚でクリーミィーなタイプのものも少なくない。

たしかに、赤穂の牡蠣は濃厚である。


「バンビはこういうタイプのほうが好きなんだよ!」


バンビが喜んでいたが、生牡蠣は人気メニューなのだとか。


ビールをシングルモルトに変えて、鶏もも肉の石窯ハーブグリル。

香草が香り立ち、石窯で焼かれた鶏は、旨みを封じ込めて、柔らかい。


パスタは、バンビ好みのゴルゴンゾーラチーズのクリームソースを。


このていどの量を、ふたりでシェアすると、やや物足りない感じなのだが、飲みすぎる心配がないのがいい。
posted by 城戸朱理 at 11:49| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「色絵 Japan CUTE!」@出光美術館



「現代詩手帖」座談会のあとは、バンビことパンクな彼女と丸ノ内線で銀座へ。

出光美術館で開催されている「色絵 Japan CUTE!」展を観た。


色絵だけに、古伊万里や柿右衛門はもちろん、古九谷や鍋島、「日本三大陶工」仁清、乾山、木米までもが並ぶ。


鍋島藩の藩窯であり、大名の贈答品だった鍋島の精緻さ、九谷の陰鬱な豪壮さ、柿右衛門の上品な繊細さ、色絵と言ってもさまざまだが、日本の器が季節感により添うものであることを丁寧に追うことから始まる展示は、実に素晴らしかった。


とりわけ、面白かったのは、「Japan CUTE、世界を駆ける」というブース。

17世紀まで磁器を焼く技術がなかったヨーロッパでは、東洋の磁器が珍重され、富の象徴になった。

西欧のインテリアにおける飾り皿の存在は、その名残りなのだが、明に取って変わった清は鎖国をしたため、それまで中国、景徳鎮の磁器をヨーロッパに輸出していたオランダの東インド会社は、かわりを日本に求めた。

かくして、日本の磁器が大量にヨーロッパに運ばれることになったのだが、西欧でも磁器が焼けるようになると、その範を古伊万里や柿右衛門に求めたため、同じ絵付けの磁器が焼かれるようになる。

ところが鳥文や草花文を真似しても、これがまるで違うものになってしまうのだ。

繊細さや緻密さよりも、どこか大ざっぱで抽象化された絵付けになっていく。

そうした変化を学芸員の柏木麻里さんは「伝言ゲーム」と解説していたが、言いえて妙で、なんとも微笑ましい。


色絵は、家庭に持ち込むと華がありすぎて、使うのが難しいが、それだけに普段は見かけても通りすぎてしまうものだから、逆に新鮮だった。


「CUTE」というコンセプトも斬新だし、出品される全158点のうち、サントリー美術館の3点を除く155点が出光美術館蔵というあたりも凄い。

ほとんど館蔵展なわけで、あらためて「海賊と呼ばれた男」のモデルとなった出光佐三のコレクションの幅の広さに感じ入った。
posted by 城戸朱理 at 10:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月15日

「現代詩手帖」和合亮一特集座談会へ



2月13日は、『現代詩文庫 和合亮一詩集』の刊行に合わせて組まれる「現代詩手帖」和合亮一特集のための座談会に参加するべく新宿に向かった。

座談会は11時からなので、9時には電車に乗らなければならないから、朝食を取る余裕がない。


グリーン車の車中で、ホームの大船軒の売店で買ったサンドイッチで朝食。

田村隆一さんが子供のころに食べて、後に「イギリスの味」と詩に書いた大船軒のサンドイッチは、鎌倉ハムとチーズだけのシンプルなサンドイッチである。


会場の新宿三丁目のルノアール会議室には11時前に到着した。


座談会の顔ぶれは、社会学者の開沼博さんとTOLTAの山田亮太さんである。

思潮社の担当は、遠藤みどりさん。


福島出身で『フクシマ学』を始めとする著書で知られる開沼さんは、福島のラジオ番組で和合さんと何度も対談されてきた。

つまり、東日本大震災以降の和合さんと社会学者として並走されてきた方だが、一方、山田亮太さんは自らの詩的出発のころから和合さんの仕事を意識されていたそうで、その詩行を貫くものを指摘されていたのが印象深い。


座談会は、午前1時に終了。

次の仕事のため、福島に向かう開沼さんを見送ってから、残ったメンバーで、末広亭の隣の1946年創業の老舗店「ビフテキ屋あづま」で昼食を取った。
posted by 城戸朱理 at 19:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

日が沈むように



中国の勃興によって、アメリカの覇権が揺らぎ、ふたつの大国が並び立つG2の時代になりつつある。

だが、いかに凋落を語られようと、アメリカは中国の2倍以上のGDPを誇る超大国であることに変わりはない。


それに対して日本は、全世界に占める名目総生産(GDP)が、1994年には17.5%だったが、2015年には5.6%まで下がり、存在感を失っている。


アメリカと比較するならば、1人当たりGDPは1995年には147.9%と1.5倍水準だったのが、2015年には57.9%、1人当たりの実質賃金は1991年には、アメリカの81.8%だったが、2015年には60.9%まで下落した。

つまり、日本は生産性も賃金も、この20年ほどで大きく目減りしたことになる。

それは、すなわち日本が貧しくなったということにほかならない。



それを実感するのは、アメリカやヨーロッパに旅をして、物価の高さに直面したときだ。

ニューヨークのマンハッタンならば、単身者用のいちばん狭いアパートメントの家賃が、月40万。

ミッドタウンで、前菜とパスタのランチにグラスワインをつけると、チップも合わせて5000円はするし、年収1000万円水準だと貧しく感じると言われるほどなのだ。

たしかに家賃だけで、年間500万もかかるとしたら、年収1000万でも、余裕はないかも知れないが、日本の給与所得者の平均年収は414万円。


日本で、年収1000万以上といえば、上位4%ほどの高所得層になるわけだから、どれだけ日本給与体系が低くなってしまったかが分かる。


ちなみにウォール街のある金融会社の大卒新入社員の年収は1700万。

社員の平均年収が4000万の会社もあるそうだから、物価に合わせて給与も増えているのだろう。


日本では海外からの観光客が増えているが、欧米の旅行者には、日本の食費を初めとする物価は、きわめて安く感じるらしい。

それも当たり前で、欧米ではワンコイン、500円で食事ができるところなど、ほとんど見当たらない。



政府が打ち出した2%のインフレターゲットは
金融政策としては間違ってはいないが、円安の誘導は、輸出に依存する大企業には有利なものの、国民には恩恵がない。


日本は、GDPの60%以上を内需に頼っているわけだから、輸出が増えるだけでは景気が回復するはずはなく、非正規雇用の増加と下がり続ける賃金が、デフレからの脱却を妨げている。

大企業の内部留保が増えるだけで、労働者の賃金が減るばかりという現状は、人間不在の資本主義と言うしかない。


日が沈むように、日本も黄昏を迎えたかのようだ。

その停滞感は、ファシズムを招きかねない。

スウェーデンやフランスでは、徴兵制を復活させることを決めたが、日本で何が起こりつつあるのかは、国民ひとりひとりが注視しなければならないだろう。
posted by 城戸朱理 at 12:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月13日

詩集を編むために



昨年の12月8日に発火した詩作は、2月8日の段階で164篇に達したが、ついに一篇も書かない日がやってきた。

2月9日がその日で、詩の噴火は、二ヵ月続いたことになる。


これからは目次立てを考えながら、『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の詩集の入稿原稿を完成させるのが目標となる。


清書のため、浅草の満寿屋に原稿用紙1000枚を注文した。

推敲しながら清書をしていくだけで500枚ほどは使ってしまうだろうから、今年のなかばに、また1000枚注文しなければならなくなるかも知れない。


とりあえず、160篇を超える草稿はある。

しかし、詩を書いただけで、一冊の詩集が立ち上がるわけではない。

立ち上がった言葉が、詩語として、あるいは詩行として光を放ち、濃い影を落とすためには、熱い構造が必要となる。


鉄を打つように、さらに詩を書く日が近づいているようだ。
posted by 城戸朱理 at 10:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

池波正太郎も愛した清風楼の焼売

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「日曜日の散歩者」を観たあとは、伊勢佐木町の古本屋三軒を覗いてから、中華街まで歩いた。

春節を前にして、中華街はライトアップされ、提灯の龍が頭上に舞って、雰囲気を盛り上げている。


ただし、きらびやかな食べ放題の店ばかりが増えてしまったのは残念だ。


もっとも、私が中華街で入る店は、柳美里さんが中学生のときにバイトしていた桃源屯や中華粥の専門店、安記など数軒しかない。

化学調味料を使っていない店である。


今回は、バンビことパンクな彼女と相談して、関帝廟通りの清風楼に入った。

池波正太郎が『むかしの味』で「清風楼の焼売は、私の大好物だ」と書いているが、豚肉と貝柱、ネギだけを使った焼売は、素材の甘みがじわりと口のなかに広がる逸品である。

昭和20年(1945)の創業以来、変わらぬレシピで作られているらしい。

店では、四個のひと皿だけ頼み、持ち帰り用に12個を包んでもらった。



寒いなかを歩いてきたので、ビールで喉を潤してから、ワンタンと炒飯を頼んで、バンビと取り分ける。

炒飯の量は、普通の店の倍はあるだろうか、お皿ではなく、丼にたっぷりと盛られ、バンビが「びっくりしちゃうなあ」と目を丸くするボリューム。


「みんな美味しいね」とバンビは喜んでいたが、いずれも素直な味で、池波さんは「この店では、何を食べても旨いが、私は上等の五目焼きそばとネギそばが好きだ」と書いていたっけ。


もっと、あれこれ試してみたいが、そのためには大人数で訪れないと無理だろう。
posted by 城戸朱理 at 09:22| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月11日

「日曜日の散歩者」(ホアン・ヤーリー監督)を観に行く

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澁澤龍彦邸訪問の翌日、2月9日は、バンビことパンクな彼女と話題の「日曜日の散歩者」を観るべく、横浜に出かけた。

上映館は横浜シネマ・ジャック&べティ。

単館の新作ロードショー館「べティ」と横浜最後の名画座「ジャック」の2スクリーンを持つミニシアターなのだが、どちらも完全入れ替え制で、一日に何本もの映画を上映するユニークな映画館である。

場所は、伊勢佐木町の裏手で、意外と分かりやすかった。



「日曜日の散歩者」の舞台は、日本統治下の1930年代の台湾。

西脇順三郎、北園克衛、瀧口修造ら、日本のモダニスト経由で、ダダイズムやシュルレアリスムを知り、日本語で新しい台湾文学を創造しようと試みた風車詩社の詩人たちを描くドキュメンタリーである。


彼らの映像が残されているわけではないので、写真とイメージカット、役者による再現映像で映画は構成されている。

再現映像は、役者の顔が映らないアングルで撮影され、観客の役者への感情移入を妨げるように工夫されており、
あたかも詩誌や詩集が、そして言葉そのものが主役であるかのような、斬新な手法で構成されたドキュメンタリー映画だった。


ナレーションやテロップがほとんどないため、何が起こっているのかは、きわめて分かりにくいが、前衛運動に共鳴した若者たちは、今日のカニエ・ナハやTOLTAの詩人たちの姿がだぶるような清新さにあふれていて魅力的だ。

植民地下での芸術活動は、太平洋戦争の日本の敗戦、台湾の独立によって、逆に悲劇を迎えるのだが、時代に翻弄されつつも文学に生きた台湾の詩人たちの群像は鮮やかだった。


「日曜日の散歩者」には、詩や詩論が幾度となく黒地に白抜きのテロップで登場するが、作者が明示されないため、誰の言葉なのか分からない。

それは、台湾の詩人のみならず、西脇順三郎や北園克衛、瀧口修造らの言葉なのだが、その意味では言葉と映像の拮抗を目指したドキュメンタリーと言えるだろう。


再現映像は、低予算ぶりがうかがえるが、当時の小道具を丹念に揃えた徹底が、時代の雰囲気を醸し出している。

ただ、イメージカットは工夫が凝らされたものではなく、シネフィルには物足りないかも知れないし、ドキュメンタリストから見るとドキュメンタリーには見えないかも知れない。


にもかかわらず、印象深い作品であることは変わりはない。

吉増剛造さんは「日曜日の散歩者」を3回観たと言っていたが、純粋さと純粋さゆえの悲劇を刻み込んだ作品である。
posted by 城戸朱理 at 14:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

澁澤龍彦邸で

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2月7日は、「岩手日報」投稿欄「日報文芸」の選評2回分を執筆、メールしてから、入選作品を宅急便で送り出した。

午後は出光美術館での講演「古唐津と私」のゲラをチェック。

翌朝、もういちど確認して、完了した。


8日は、フェリス女学院大学の4回生で、澁澤龍彦ファンの島村輝ゼミのKさんと佐藤裕子ゼミのMさんを澁澤邸に案内する。

昨年は澁澤先生没後30年で大規模な澁澤龍彦展が開催されたため、展覧会が終わって、絵画を始めとする澁澤コレクションが御自宅に戻ってきたのが先月のこと。

龍子さんは、さぞやお疲れになったことだろう。


北鎌倉の坂道を登り、澁澤邸にたどり着くと、柴犬の紅葉が興奮して出迎えてくれた。

応接間に入って、右手壁面にはマルキ・ド・サドの書簡。

見上げると、金子國義の油彩、そして四谷シモンの天使の人形。


階段の壁面には、絵画のコレクションが並び、応接間の奥の書斎は、澁澤先生が生きていたときのまま保存されている。


龍子さんが紅茶とロールケーキでもてなして下さったが、学生諸君は、あの澁澤邸のなかに自分がいるということに舞い上がるような気分だったそうだ。


澁澤邸訪問のあとは、島村先生、Kさん、Mさんとクルベル・キャンへ。

少し遅れて龍子さんも合流し、ワインを傾けつつ歓談のときを過ごす。



「春になったら、また、やりましょう」と龍子さん。

龍子さんと私が料理を作る恒例のホームパーティーは、3月か4月になりそうだ。
posted by 城戸朱理 at 12:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする