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城戸朱理のブログ

2018年05月31日

品川プリンスホテルでランチ

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成田に向かう前に、品川プリンスホテルで昼食を取る。

メインタワーの一階にあるバイキングのレストランは混んでいたので、バンビことパンクな彼女が「ハワイにいるつもりでステーキを食べちゃおうか?!」と言い出し、イーストタワー一階のカフェ・レストラン24へ。


しかし、さすがにステーキを食べる気にはならない。

本来ならば、ハワイアン航空の機内食、ロコモコを食べていたはずなので、ハンバーグ・プレートにした。


私の誕生日なので、スパークリング・ワインで乾杯する。

バンビは、24の内装がハワイのような雰囲気だったものだから「ハワイみたいだね!」と喜んでいた。


ランチのプレートは、サラダにコーンスープ、食後にコーヒーが付く。

朝食抜きだったので、いつもならパンを選ぶバンビもライスをチョイスしたが、サラダのドレッシングが美味しいし、ハンバーグもホテルならではの出来。

コーンスープにハンバーグという取り合わせは、海外ではお目にかからない日本の洋食である。
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フライト前の和食、になるはずが

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海外へのフライト前の食事は、和食を選びたくなる。

羽田なら寿司屋に入ることが多いが、時間があったので、居酒屋風にゆっくり飲めるほうがいいということになり、おでんの銀座おぐ羅に入った。


まずはビールで乾杯し、獺祭純米大吟醸を頼む。


澄んだ出汁が見事な、まるごとトマトの冷製おでん、驚いたのはアボカドの空揚げ。

これは家でも作ってみよう。

まぐろ納豆も漬けまぐろが使われており、酒の当てによい。


食事は鰻のひつまぶしを一人前だけもらって、バンビと取り分けた。

ひつまぶしは、御存知のように鰻丼風に楽しみ、次には薬味を加え、最後は出汁を張って鰻茶漬けにするので、満足感がある。


フライト前の食事としては、ちょうどいいと思ったのだが、思わぬアクシデントが待っていたのだった。
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日付変更線のはるか手前で?

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5月22日。


パッキングを前夜に済ませたので余裕があるものだから、午前中は書類の整理をして過ごした。

ついでに書斎のデスク周りも片付けることが出来たので、気分がいい。


詩想を得て、新作を二篇書き下ろすことが出来た。

ハワイでも原稿が書けるように、万年筆と原稿用紙を持ったが、原稿ではなく手紙を書くかも知れない。


羽田空港には7時前に到着。

チェックインを済ませてから、軽く飲みながら食事をし、免税店を歩き回る。

座席のグレードアップにも成功したし、出来るだけ疲れた状態で搭乗して熟睡し、目覚めたときにはハワイに着いているというわけ。

旅なれたバンビことパンクな彼女ならではの高度な作戦(?)である。

実際、搭乗口で待っている間に眠くなってきたので、うまくいくはずだった。

うまくいくはずだったのだがーー


今回のフライトは、JALのコードシェア便でハワイアン航空だったのだが、予定の23時20分を過ぎても搭乗が始まらない。

なんと、0時を過ぎてから、欠航が発表された。

機体に整備が必要な箇所が見つかったためらしいが、係員の先導で、パスポートに「出国中止」のレアなスタンプを押してもらって、タクシーで品川プリンスホテルに投宿。

バンビは、ハワイのホテルのコンシェルジュやタクシー会社に遅延の連絡を入れている。



「品川プリンスホテルなら、いつも電車から見ていたけど、まさか泊まることになるとは思わなかったなあ!」

まったくである。

部屋は品川駅を見下ろす32階で、夜景が美しい。


就寝は午前4時。
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ハワイ旅行の準備




バンビことパンクな彼女が、及川俊哉『ハワイアン弁財天』をデスクに置いて、ハワイに持っていく荷物のチェックリストを作っている。


『ハワイアン弁財天』標題作から。




いま世界にはハワイが足りないの
インドが足りないときもロシアが足りないときもあったわ
ローマが必要なときも、フランス不足の時期もあった
でも今はハワイが決定的に不足しているのよ
虹の光が弁財天の声に共振して揺れる
蜜がパンの生地にしみるように
その意味は僕の心にしみひろがり
心を甘く満たしていく
そうか、ハワイが足りなかったんだ
ハワイを配りに行こう
世界にハワイを!




「ハワイを配りに行こう」、思いっきり意味不明な詩句である。

及川俊哉氏は何を考えて、この詩を書いたのだろう?



私はといえば、別にハワイが足りなかったわけではないのだが、仕事でハワイに行くことになったのだった。

フライトは、22日。



大学と大学院の講義を終えた週末、渡航前の20日(日)は、落語「たがや」に寄せる詩を書き上げて、かまくら春秋社にメールしてから、「岩手日報」投稿作品を読み直し、入選作を絞り混んだ。

さらに、今年度分のCS放送番組の最終的な企画を作成する。


夕方、バンビと外出。

御成通りの靴専科にトートバッグの修理と革靴のヒールの交換を頼んでから、山本餃子で画家の久保田潤さんと待ち合わせた。

なんと、まだ6時なのに餃子が8個しかないというではないか。

ここのところ、山本餃子は、雑誌の鎌倉特集によく登場していたので、お昼で売り切れてしまったらしい。


久保田さん、理央ちゃんと是枝裕和監督のカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞に乾杯し、映画について語り合う。


今回のカンヌのコンペティション部門には、ゴダールの「イメージ・ブック」やスパイク・リー「ブラッククランズマン」、ポーランドのパヴェウ・パヴリコフスキ「コールド・ウォー」も出品されていたし、韓国のイ・チャンドン監督の「バーニング」も下馬評が高かっただけに、快挙である。


「万引き家族」、発想といい、テーマといい、ぜひ見てみたい映画だ。



翌日はハワイ行きのための荷物をトランクにパッキングした。

今回は、インドやミャンマーの旅を御一緒した下田正弘東大教授や『百年泥』で今年上半期の芥川賞を受賞したインド在住の作家、石井遊佳さんと現地でお会いできるので楽しみである。

この日は先回りして「岩手日報」投稿欄選評2回分を書き上げ、入選作品を宅急便で送り出した。


小樽の杉中昌樹さんから「食べ物+詩」をテーマとする「マドレーヌの思ひ出」vol.1が届いたが、私も「目覚めよ、と呼ぶ声がして」「悪魔的」の二篇を寄稿している。

前者は牡蠣とワインについて、後者は重石を乗せて焼くので「鶏肉の悪魔風(ディアボラ・チキン)」と呼ばれるイタリア料理から着想した作品。



ハワイ島ではキラウエア火山が噴火している。

私が行くのはハワイ島から400km離れたオアフ島だが、新詩集『火山系』を準備しているだけに、地球創生の気配を感じてみたいものだ。
posted by 城戸朱理 at 10:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月22日

ブログ更新お休みのお知らせ



このブログに、いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。


そろそろ止めようかと思ったこともあったのですが、多いときだとPVが8000を超える日もあり、力を得て、更新を続けることが出来ました。


まだ、当分は続けるつもりですが、仕事に専念するため、しばらく更新をお休みさせていただきます。


次の更新は6月1日を予定しておりますので、再開のおりには、お付き合い下さいますよう、お願い申し上げます。
posted by 城戸朱理 at 19:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アレン・ギンズバーグをめぐって

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ワタリウム美術館の和多利恵津子館長から電話があった。


故・和多利志津子前館長は、アレン・ギンズバーグと親交があり、ギンズバーグがワタリウム美術館でリーディングをした映像も残されている。

さらに1988年1月30日に、ニューヨークのギンズバーグの自宅で、志津子さんが試みた10時間に及ぶギンズバーグへのインタビューの全原稿が、現在、開催中の「理由なき反抗」展(4月7日〜7月29日)に合わせて冊子化されたというではないか。

それが『アレン・ギンズバーグと和多利志津子の会話とインタビュー 1988年1月30日、ニューヨーク』なのだが、これは日本側が起こした原稿にギンズバーグが手を入れ、自らワタリウム美術館まで持参したもので、「インタビュー」とタイプされたところを手書きで「会話」と直したのはギンズバーグ自身であるという。


ワタリウム美術館からは、ギンズバーグのサイン入りのリトグラフを贈られたことがあるが、それも志津子館長とギンズバーグの交友の賜物なのだろう。



なぜか、バンビことパンクな彼女は、恵津子さんと仲がいい。

一緒に瀬戸内まで美術展巡りの旅をしたり、お正月に恵津子さんが鎌倉に遊びにきたこともあったっけ。


何かやりましょうと恵津子さんが言っていたそうだから、ワタリウム美術館で、アレン・ギンズバーグにちなむイベントを開催することになるかも知れない。

ヤリタミサコさんや遠藤朋之先生に相談してみなくは。


詳細は決まり次第、このブログでお伝えする予定である。
posted by 城戸朱理 at 08:05| イベント告知など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

ジム・ジャームッシュ「 パターソン」レビュー、その2



 それにしても、なんという静けさに満ちた映画だろうか。ニューヨークのミッドタウンならば、街の喧騒は深夜でも変わることはないが、人口十六万の地方都市、パターソンは、バーまで喧騒と無縁である。

 映像もまた、静かだ。ここで私が言う静かとは過剰なものがないということであり、全編を通して、パンは二回、ズームは一回しか使われていない。それだけに印象深いものになっているのだが、どの場面かは、見てもらったほうがいいだろう。
 また、毎日、描かれるのが同じ時間帯の同じ場所であることも、この作品を特徴づけている。朝の室内の光。バスの車窓から見える朝の街。昼のパセイック川とグレート・フォールズ。夜の室内、そして、バー。

 その光の変容が、パターソンの一日を彩る。

 妻のローラも不思議な女性だ。家中をペイントして飾りたてているが、つねに白と黒のモノトーンで、着る服もモノトーン、通販で買ったギターも、カップケーキを焼いても、モノトーンなのだから。

 また、監督の指示通り演技しているとしか思えない愛犬マーヴィンが素晴らしい。カンヌ映画祭でパルム・ドッグを受賞したそうだが、演技するブルドッグを見たら、賞を新設しなくなる気持ちも分かる。そして、この犬が曲者なのだ。

 ローラは、パターソンを詩人として高く評価し、その詩を愛している。ところが、パターソンはノートに書くだけで、発表しようとはしないし、控えもない。ローラはノートのコピーを取るように何度も訴え、パターソンも、ようやく週末にコピーを取ることを約束する。ところが――

 土曜日に、ローラは市場にカップケーキを売りに行くが、これが好評で、二百八十六ドルの売り上げになる。それを祝って、ふたりは、古いホラー映画を見に行くのだが、帰宅してみたら、パターソンの詩のノートが粉々になって床に散乱しているではないか。

 犯人は、マーヴィンである。いつもなら地下の書斎に置いておくノートを、パターソンがソファーに置き忘れ、マーヴィンの遊び道具にされてしまったのだ。

 翌日、失意のパターソンは、散歩に出かけ、パセイック川のほとりのベンチに座っていると、日本人に声をかけられる。この日本の詩人を演じるのが、「ミステリー・トレイン」以来、二十七年ぶりのジャームッシュ作品出演となる永瀬正敏。

 日本人は、パターソンに尋ねる。「偉大な詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズをご存知ですか」と。

 このシーンでのふたりの会話は、実に興味深い。ウィリアムズのみならず、ギンズバーグ、そして、フランク・オハラといった詩人たちのことが話題になる。ちなみに、この映画の作中の詩は、オハラと同じくニューヨーク派の詩人、ロン・パジェットによるもの。
(ロン・パジェットを、この映画に推薦したのは、ジャームッシュと親交がある作家、ポール・オースターだという)

「パターソンの詩人ですか」という日本人の問いに、パターソンは「バスの運転手です。ただの運転手」と答え、自分が詩を書いていることを伏せるが、永瀬正敏演じる日本の詩人は、会話からパターソンが詩人であることに気づき、一冊のノートをプレゼントする。
「白紙のページに可能性が広がることもある」と言って。   

 パターソンのノートは愛犬によって、ボロボロになり、彼の詩は失われた。そして、パターソンは、少女の「詩を書いているの」という問いにも、日本の詩人の「あなたもパターソンの詩人ですか」という問いにも、否定の答えしか返さない。エミリー・ディキンソンがそうであったように、発表することなく、ひそかにノートに詩を書き続けるが、決して詩人とは名乗らず、そして、その詩は失われてしまう。

 それは、たんにシナリオ上の物語なのではなく、言葉にしがたいことまでも言葉にしようとする詩人という存在のメタファーなのではないだろうか。

 また、パターソン市のバス運転手にして詩人、パターソンという構造も重要だと思う。

 ウィリアムズの全五巻から成る長篇詩『パターソン』は、都市パターソンを舞台に、都市自体を擬人化して語る作品だが、この映画も、その構造を受け継いでおり、その意味では、ウィリアムズへのオマージュである以上に、長篇詩『パターソン』の映画化という要素を持っている。

 このジャームッシュの新作を見た人は、たびたび現れる双子を疑問に思うかも知れない。ウィリアムズの『パターソン』には「巨人パターソン」と「ドクター・パターソン」が登場する。それは都市の擬人化であるとともに、ウィリアムズその人の分身でもあるのだが、スクリーンに映し出される双子は、その象徴なのではないだろうか。

 詩から呼び起こされた映像という点では、アンドレイ・タルコフスキーの「鏡」やゴダールの「アワー・ミュージック」のジャームッシュ・ヴァージョンとでも呼ぶべき作品であり、いかにもワーキング・クラスらしい白いTシャツにチェックのシャツ、ネイビーのジャンパー、あるいはカントリー・ミュージックやカップケーキ、平均的なアメリカ人ならば、週に一回は深夜テレビで見るというホラー映画と、アメリカ的な記号をちりばめながら、そこに留まらない。

 言葉と沈黙が、言葉と光が、言葉と映像が測り合うかのような作品である。
posted by 城戸朱理 at 00:25| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジム・ジャームッシュ「パターソン」レビュー、その1



 舞台は、アメリカ東海岸、大西洋に面したニュージャージー州の都市、パターソン。主人公の名前も、パターソン。

 静かな映画だ。パターソン(アダム・ドライバー)は、パターソン市のバス運転手。愛する妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)、そして、ブルドッグのマーヴィン(ネリー)と暮らしている。

 パターソンの一日は、いつも変わらない。シリアルの朝食を取ると、ローラの作ってくれたサンドイッチが入ったランチボックスを持って、市場通りの車庫まで歩いていく。乗務が始まると、乗客のさまざまな会話が聞こえてくる。

 パターソンが昼食を取るのは、パセイック川のグレートフォールズ(大滝)と向かい合うベンチ。ここで、彼はノートを広げて、詩を書く。


 彼が愛するのは、二十世紀のアメリカ詩の方向性を決定したモダニズムの大詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ。ウィリアムズはパターソン市に近いラザフォードで医師として働きながら、詩を書いていたが、その作品と存在は、この映画のライトモティーフとなっている。


 仕事を終えるとパターソンは帰宅して、ローラと夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩に出かける。そして、行きつけのシェープス・バーに立ち寄って、ビールを一杯だけ飲んで帰宅する。
 バーのカウンターには、パターソン市出身の名士を称える「殿堂の壁」があり、そこには第二次世界大戦後のビート・ジェネレーションを代表する『吠える』の詩人、アレン・ギンズバーグの記事が貼られていることにも注意しておこう。
 パターソンは、ビールのうっすらとした匂いをまといながら、ローラの隣で眠りにつく。ローラは、その匂いが好きだった。

 特別なことは何も起こらない。映画は、寄り添って眠るパターソンとローラの俯瞰から毎日始まり、ビール・ジョッキから暗転して終わる一日を淡々と写していく。月曜日からの一週間を。

 だが、この映画が当たり前の日常を描いていると考えるのは間違いだろう。それは、アメリカという国、ひいては欧米社会の常識に関わっている。アメリカでは、バスの運転手のような労働者階級(ワーキング・クラス)の人間が詩を書くというのは、きわめて特殊なことと見なされる。実際、私の知るアメリカの詩人は、父親から、ワーキング・クラスの人間が詩なんか書くんじゃないと厳しくたしなめられ悩んでいる詩人がいることを語ってくれたことがあった。

 劇中、木曜日に、パターソンが詩を書く少女と出会う場面がある。パターソンは、少女の詩に感銘を受けるのだが、十九世紀のアメリカの詩人、エミリー・ディキンソンのことを尋ねられ、「好きな詩人のひとりだ」と応えるパターソンに、「クールね。ディキンソンが好きな運転手さん」と少女が言う、そのセリフの重さは、そうした社会的背景を意識すると、より鮮やかなものになるだろう。

 ジャームッシュが描く、ワーキング・クラスでありながらアーティストであるというパターソンは、その意味では、特異な存在なわけであって、だからこそ、彼は日々の出来事のなかから、豊かな詩を汲み上げていく。つまり、パターソンという詩人にとって、一見、当たり前に見える日常は、事件に満ちたものなのだ。

 さらに、全編のライト・モティーフになっているウィリアムズのことについても語っておこう。
 ウィリアムズは、事物や事象を直接的に表す、言葉によるスナップショットのような短詩を書く詩人としてスタートした。土曜日にローラが好きだというウィリアムズの詩をパターソンが朗読する場面があるが、そこで選ばれた詩「言っておくね」は、初期のウィリアムズの代表作である。

 また、水曜日にマーヴィンを連れて、夜の散歩に出かけたパターソンが、コインランドリーで、ラップ調に詩作をしているメソッド・マン(クリフ・スミス)と出会うが、そこでメソッド・マンが歌う「No ideas, but in things(観念は事物のなかにしかない)」というフレーズは、ウィリアムズが生涯をかけた長篇詩『パターソン』のなかの一節であり、ウィリアムズの詩的命題として知られている。

 いや、もっと象徴的なのは、月曜日にバスに乗り込んできた黒人の子供ふたりの会話かも知れない。

「ハリケーン・カーターは有名なボクサーだ。パターソンに住んでいた」

「デンゼル・ワシントンに似てた」。

 何気ない会話だが、殺人の冤罪で投獄され、19年を獄中で過ごしたボクサー、ルービン・ハリケーン・カーターの半生は、「ザ・ハリケーン」(一九九九、ノーマン・ジェイソン監督)として映画化され、話題を呼んだが、主演をつとめたのがデンゼル・ワシントンで、この演技によって彼は、アカデミー主演男優賞を獲得している。

 その劇中、流れる印象的なテーマ曲が、ボブ・ディランの「ハリケーン」だった。

 アルバム「欲望」(一九七六)に収録されているディランの「ハリケーン」は、まさに、ルービン・カーター事件の冤罪を訴えるプロテスト・ソングだが、このアルバムは、ディランのなかでも特筆すべきもので、ライナーノーツを、詩人、アレン・ギンズバーグが書いている。そして、ギンズバーグは、そのなかで、ウィリアムズについて、次のように語っている。



この近くで、死ぬ前に、医師にして詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズは言った。
「新しい世界とは、新しい精神にほかならない」と。
そして、彼が生涯を生粋のニュージャージー語を取り戻すことに賭けたおかげで、
後続の詩人たちは、「タフな鋼鉄」のような語りのリズムで歌えるようになった。(拙訳)



ここでギンズバーグが語っていることは、きわめて重要である。アメリカの詩は、当然のことながらイギリスの影響下にあったわけだが、ウィリアムズの生涯を賭けた詩的実験によって、アメリカの詩は、英国的な英語、ブリティッシュ・イングリッシュの規範から逃れ、初めて、アメリカ語たるアメリカン・イディオムによる、口語的な語りのリズムの詩が実現したわけであり、黒人の子供の会話は、ウィリアムズからギンズバーグ、そして、ボブ・ディランという二十世紀アメリカ詩の潮流を示すものとなっている。

 それは、ジャームッシュが考える詩史なのだろうし、パターソンが書く詩も、タフで鋼鉄のような口語の語りのリズムを持っている。
 ちなみに、ギンズバーグの『吠える』に「ご婦人がた、ドレスの裾をからげなさい。これから地獄を通るのだ」というセンテンスで終わる名高い序文を寄せたのが、ウィリアムズだった。(つづく)
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ジム・ジャームッシュ「パターソン」レビュー、オリジナル原稿公開



昨年、公開されたジム・ジャームッシュ監督による「パターソン」は、主人公が詩を書いているバス運転手、彼が愛するのが20世紀アメリカ詩の巨星ウィリアム・カーロス・ウィリアムズという設定で、全編に詩がちりばめられ、詩への愛に満ちた傑作だった。


私は「映画芸術」の依頼で、幸いにもレビューを執筆する機会を得た。

この原稿は、ゲラが出た段階で、字数がオーバーしているのが判明し、出来るかぎり削ったので、掲載された原稿は、オリジナルの三分のニの長さになった。

私が文字量を間違えるのは、きわめて珍しいが、超過してしまったのは、それだけ書きたいことがあったということにほかならない。

本ブログにオリジナルの原稿を掲載するので、アメリカ文化に関心がある人、映画を愛する人、そして、詩を愛する人は、ぜひジャームッシュの「パターソン」を見てもらいたいと思う。
posted by 城戸朱理 at 00:21| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

横浜の地ラーメンといえば、サンマー麺

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フェリスに行くときは東戸塚から、女子美に行くときは相模大野からタクシーに乗るのだが、帰りは電車で藤沢経由になる。


小田急デパ地下で買い物をして帰宅するのだが、月に一、ニ回は藤沢の町中華、古久家で昼食を取ることができるのが楽しい。


先日は久しぶりにサンマー麺を頼んだ。


サンマー麺は、横浜発祥、神奈川の地ラーメン。

戦前には、調理人のまかない料理だったという説があるが、昭和初期に中華街の聘珍楼の料理長が考案したものらしい。

野菜の餡掛けが乗った醤油ラーメンである。


今では横浜から湘南にかけて、神奈川南部なら、どこにでもあるが、東京の広東麺のようなもの。

ところで、広東麺と五目麺の違いもよく分からないが、広東麺とサンマー麺の違いも、よく分からない。

広東麺は醤油味、五目麺は塩味と分けている店もあるようだが、広東麺にしろサンマー麺にしろ、天津飯と同じく日本でアレンジされた料理で、中国には存在しないそうだ。


古久家のサンマー麺も、当たり前に美味しい。

この感覚は、町中華ならではだろう。
posted by 城戸朱理 at 09:03| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

GUCCIのデニムの行方???

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鎌倉の古着屋で、GUCCIのデニムを購入した。

このモデルは、フリーダ・ジャンニーニがクリエイティブ・ディレクターだったときの「フローラ・ナイト」コレクションだったと思うが、凝った刺繍が目を引く。

もともとダメージ加工がほどこされていたので、新品に近いコンディションと言っていい。


バンビことパンクな彼女なら穿けるだろうと思ったのだが、問題が発生。

バンビは小柄なので、裾をかなり詰めなければならない。

すると、せっかくの刺繍を裁ち落としてしまうことになる。



バンビの提案で、もらってくれる友人を探すことにした。

ところがーー

いざ聞いてみると、サイズが小さすぎて、痩身の友人でも、穿ける人が見つからないのだ。


はたして、このデニムは、誰のところに行くことになるのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 08:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クルベル・キャンでひと休み

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鎌倉に帰って、クルベル・キャンへ。

ジン・トニックを頼んで、ひと息ついた。


前菜の三種盛り合わせは、こぶ鯛のカルパッチョにヤングコーンの石窯グリル、パテ・ド・カンパーニュ。

バンビことパンクな彼女がパスタを食べたいというので、生の桜海老と岩海苔のクリームパスタを頼む。


オーナーバーテンダーの秋山正治さんがパッション・フルーツのカクテルを作っていたので、オーダーしてみたらハワイの雰囲気で、バンビが喜んでいた。


私は、久しぶりにビールをチェイサーにバーボン。

夏になると、ときどきバーボンを飲みたくなる。
posted by 城戸朱理 at 08:14| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

試写から打ち合わせへ

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5月16日(水)は、水原紫苑さんが京都で桜を詠む「H(アッシュ)」の第四弾の試写があった。

これで、このシリーズも一段落することになる。


吉増剛造さんのドキュメンタリー映画「幻を見るひと」のニューヨーク・シティ・インディペンデント国際映画祭でのU.S.A.プレミアに立ち会い、帰国したばかりの井上春生監督と立川駅で待ち合わせて、12時半から試写。

設楽実氏を始めとする担当の立ち会いのもと、ナレーション原稿をチェックする。

井上監督は「正身(むざね)のさくら」という切れ味のいいタイトルを考えてくれたが、分かりにくいかも知れないという意見もあって、「さくらの花の果てまで」というタイトルに変更した。


会議の要点は、いつものようにアシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女がまとめることになる。


井上監督から「幻を見るひと」が招待されたダブリンのシルクロード国際映画祭、NYCインディペンデント国際映画祭の報告があり、会議は終了。


その後、場所をかえて、「幻を見るひと」公開の打ち合わせ。

さらに夕方から、別件の打ち合わせが続き、疲れはてて、鎌倉に戻り、クルベル・キャンで小憩してから帰宅した。


打ち合わせや会議は、長丁場になると、執筆とは違う疲れ方をするものだ。
posted by 城戸朱理 at 08:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

絵唐津の茶碗

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父方の祖父が京都で骨董屋だったというだけあって、加藤恭一さんは長いこと、骨董に親しまれている。

モダンなお住まいには、さりげなく古器があしらわれ、話題が骨董に及ぶと、志野といえば志野が、初期伊万里といえば初期伊万里が、次々に出てくるのには驚くしかない。


この日は唐津の話になったのだが、加藤さんがどこかに行ったと思ったら、居間のテーブルに茶碗が八つほど並んだ。

作家物の唐津がひとつ、あとは古作の唐津と李朝である。


ひとつずつ手にしてみたのだが、一目で唐津と分かるものもあれば、李朝か、唐津か、判別できないものもある。

唐津は、周知の通り、豊臣秀吉の文禄・慶長の役のときに、朝鮮半島から連れてこられた陶工が始めた焼き物であり、李朝とは兄弟のようなものだから、当然かも知れない。


あれこれ話しながら、掌にちょうど収まる絵唐津の茶碗を愛でていたら、「城戸さん、それが気に入ったようだね。持っていけば」と加藤さん。


加藤さんからは、李朝の刷毛目盃、粉引盃から始まって、あれこれいただいたが、こうして絵唐津茶碗も、わが家に到来することになった。



桃山から江戸初期の古唐津だが、掘りの手で灰釉は風化しており、呼び継ぎもあるものの、見込みは綺麗で、何よりも形がいい。

ころりとしていて、これが私の手にちょうど収まるサイズなのだ。


鉄絵は何を描いたのか分からないほど単純で、素朴このうえない。


鉄分の少ない砂目のさくりとした土で、窯は特定できないが、もともとは飯茶碗として焼かれたものだろう。


さっそく、お茶を点ててみたが、茶碗としてだけではなく、御飯茶碗に、小鉢に使い倒して、どう変わっていくのかを見てみたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 00:08| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

茅ヶ崎でホームパーティー、その2

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「ところで、去年、マダガスカルに行った話、しましたっけ?」と陣野俊史氏。


聞いてないぞ。



「パリにひと月いて飽きたんで、教え子がマダガスカルにいて、行くなら今だということになって家族で行ったんです。」



陣野氏の奥さんの相田淑子さんは中央大学教授。

サバチカルでパリに一年、滞在し、リール大学で講義をしているのだとか。

マダガスカルは旧フランス領で、いまだにフランス語教育がされており、フランス語が通じるらしい。


で、何があるんだ、マダガスカルって?


「バオバブの樹とカメレオンですね」
・・・

「サン=テグジュペリの『星の王子様』の世界が広がるようなバオバブの並木道があるんです。
結局、行かなかったけど」


カメレオンは?


「そこら中にいます。
あいつら、色が変わるの遅いんですよ。
街路樹から緑色のカメレオンが落ちてきても、しばらく緑色のままで」
・・・・・・


「いや、ヤバいところでした」


全然、行ってみたいという気にならないぞ。


しかも陣野家はパリに戻る段になって、空港でもトラブルに巻き込まれたという。

お役所の仕事というものは、いずこも同じらしく、相田さんは、まだ仮のワーキング・ビザしか出ておらず、管理官が「こんなビザは見たことがない」とクレームをつけたのだそうだ。


結局、相田さんがフランス語でまくしたてて担当者をやり込め、事なきを得たそうだが、陣野家の3人を待って、飛行機が1時間半遅れで出発したというのだから、のんびりした話でもある。


凄いな、相田さん。



かくして、私の脳裡には陣野氏によって、マダガスカル=カメレオンがいっぱいいるヤバい国というイメージが刷り込まれたのだった。



文子さんの料理は煮込みハンバーグ、さらに和牛イチボのローストビーフと続き、加藤さんがアイラ・モルトを開けて下さった。


楽しいと時間が早くすぎるらしい。

8時くらいかと思ったら、もう終電に近い時間になっていた。
posted by 城戸朱理 at 11:34| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

茅ヶ崎でホームパーティー、その1

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大学院の講義を終えて、茅ヶ崎の加藤恭一さんのお宅に向かった。


ホームパーティーに集ったのは、いつものメンバー。

作家・藤沢周、文芸評論家・陣野俊史、ライター・丸山あかね、編集者・奈良岡崇子に私の五人。

陣野氏は今春から立教大特任教授になったが、「文藝」で作家としてデビューしたばかりである。


「陣野さんの肩書きは、これからどうなるんですか?」と加藤さん。

「作家・文芸評論家?」と私。

「肩書きは城戸さんがいちばんカッコいいですよ。詩人」と陣野氏。

カッコいいのではなく、苦労が多いだけという気がしないでもない。



ビールとモヒートで乾杯し、続けてワイン。

加藤さんのホームパーティーはビール、ワイン、バーボン、シングルモルトと、あらゆる酒が揃う。

おまけに文子さんは料理上手。

空豆のかき揚げに歓声が上がる。


いつもに増して、加藤さんの駄洒落が冴え渡り、藤沢さんと笑ってばかりいたら、お腹が痛くなった。

料理は各自、持ち寄ったものもあって、崇子さんは美濃吉のだし巻き玉子、藤沢さんはキッシュにすると連絡をもらっていたので、私はパテ・ド・カンパーニュにした。

丸山さんは、恒例の餃子ではないのが意表を突かれた。

陣野氏はワインである。


加藤さんが毎朝、海岸を散歩しては拾い集めたという貝殻が、美しくディスプレイされていた。
posted by 城戸朱理 at 10:57| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月15日

講義のちホームパーティー

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鎌倉は山藤が散って、紫陽花の蕾が膨らみ始めたが、5月9日と10日は、最高気温16℃と異例の冷え込みとなった。

この日は、「岩手日報」投稿欄の選評2回分を執筆。



原稿を書いてから、税金やら何やらを振り込んだのだが、あまりの出費に青ざめる。

このうち、半分弱の45万ほどは戻ってくる予定だが、いくら働いても何も残らないのは、どうしたことか。

忙しくしていても何も残らないのなら、暇にしていたいものだ。



翌日はフェリス女学院大学で講義。

気温も元に戻り、うららかな一日となった。

帰宅して、「岩手日報」に入選作品を宅急便で手配し、小憩。


『富山の置き薬』(仮)に寄せたエッセイのゲラをチェックしたのだが、かまくら春秋社からの依頼は、落語を詩にするとか、難しいものが多い。

ただ、原稿料を明記した依頼書が必ず来るし、原稿料も文芸誌より高く、「文藝春秋」並みなのは立派である。



12日は女子美大学院で講義のあと、マガジンハウスの編集者だった加藤恭一さんの茅ヶ崎のお宅で恒例のホームパーティーがあった。


パーティーの件は別にアップするが、藤沢周氏と藤沢駅からタクシーで帰宅したときには、笑いすぎでお腹が痛かった。
posted by 城戸朱理 at 09:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月14日

光原社で買ったもの、その2〜陶磁器

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光原社で目についたものに、一群の白磁の器があった。

磁器なのにフォルムが柔らかく、白の階調も李朝に通じるものがある。

会津で白磁と青磁を焼いている五十嵐元次さんの作で、どれも好ましい。

最近、コーヒーに凝っているバンビことパンクな彼女が気に入ったのは湯呑みだった。



「この湯呑みは、上からみると梅の形をしているよ!
これにコーヒーを淹れたら、コーヒーが梅の形になるんだよ!
磁器だから染みにもならないし、コーヒー用に買ったらいいんじゃないかな?」



バンビの意見を容れて、湯呑み二客と手塩皿二客を選んだ。


もうひとつ、気になったのは御飯茶碗である。

奈良茶碗のように高台が高く、手早い網手文は、くらわんか手に通じるものがある。


「くらわんか」とは、江戸時代に淀川を行き来する三十石船を相手に「飯、くらわんか、酒、くらわんか」と声をかけながら酒食を売っていた煮売り屋が使っていた粗磁で、波佐見や砥部で焼かれたもの。

使い捨ての雑器ながら、逆に雅味があって、古陶好きに喜ばれる。


この江戸時代の雑器にならって、無印良品でも波佐見焼きの「くらわんか飯碗」を売り出したことがあった。


光原社で手にした御飯茶碗は、無造作な絵付けが、より、くらわんか手を思わせるところがある。

くらわんかに通じる趣の器が、今日でも焼かれているのは喜ばしいことではないか。


サイズ的には女性用なので、バンビの替え茶碗として求めることにした。
posted by 城戸朱理 at 08:47| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

光原社で買ったもの、その1〜漆器

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3月のこと。岩手大学での宮澤賢治のシンポジウムが終わった翌日は、久しぶりに光原社をゆっくりと見て歩いた。


光原社は、日本全国の民芸品のほかに漆器の自社工房を持っており、国産漆の過半を産する浄法寺町を控えているせいもあって、良質な漆器を扱っている。

定番として作り続けられている物がほとんどだが、ときどき見たことがない作が並んでいることもあって、これがまた素晴らしい。

赤と黒を塗り分けたモダンな茶托なども、その例だが、これは以前求めたもので、この意匠は数回しか作ったことがないそうだ。


今回、求めた三色盆も初見の品で、迷わず購入を決めた。

酒器を選んで晩酌するとき、お盆があるだけで結界が生まれる。

この三色盆には、李朝の白磁徳利と盃を置いたら似合うだろう。


秋の新酒を汲むときに使おうと思っている。
posted by 城戸朱理 at 08:41| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

鎌倉の連休

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ゴールデンウィークの鎌倉は、正月並みの混雑ぶりだった。

10年ほど前なら、年間700万人ほどだった観光客が、近年では2200万人まで増えている。

もはや、人口18万弱の小さな町のキャパシティを超えているのを痛感せざるをえない。


バンビことパンクな彼女の鎌倉観といえばーー



「ちっちゃい町、ちっちゃい町、ちっちゃい町見つけた〜♪」
・・・

「鎌倉は小さな田舎の町だよ!
カッペが住んでるカッペな町なんだよ!」
・・・・・・


バンビの実家は、鎌倉時代から800年続く北鎌倉の旧家だが、そのバンビにしてからがこの調子なのである。


「んふ〜。
ちっちゃい、ちっちゃい。
今日もちっちゃいよ〜」
・・・・・・


これは鎌倉のことだろうか。

それとも、自分のことなのだろうか。


「ちっちゃいコにお小遣いをたっぷり上げたりしてみたいものだね!」
・・・・・・

こちらの「ちっちゃい」は自分のことらしい。


ともあれ、鎌倉では休日の日中は、とても外出できない。

出歩くのは夕方以降になる。


4月30日には、バンビの旧友、カナダ在住の渡辺夏子さんが鎌倉に来たので宴会。


5月2日は、バンビが若者たちと飲みに行ったので、私は久しぶりに画家の久保田潤さんと待ち合わせ、ビストロ・オランジュで食事をしてから、クルベル・キャンで飲んだ。


仕事は、CS放送の番組企画書を作製したのみ。

あとは、片付けや整理をして過ごした。

靴を磨き、バッグのメンテナンスをして、本を整理したり。


連休明けに、200冊ほどを処分したのだが、そのていどでは、何も変わらないのが現実である。
posted by 城戸朱理 at 14:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする