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城戸朱理のブログ

2019年11月22日

楠本憲吉『みそ汁礼賛』(光文社)

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こちらは光文社のカッパ・ブックスのうちでも日本人の家庭生活に関わるテーマを扱う「Kappa Homes」の一冊。

昭和56年(1971)の刊行なので、日本は高度成長期、生活様式も変化のただなかにあった。



著者は、日野草城に師事し、「野の会」を主宰した俳人の楠本憲吉で、実家は大阪、船場の老舗料亭・なだ万だけに、料理も本業。

苦みの春、酸味の夏、秋は滋味、冬は甘みと歳時記仕立てで味噌汁を語る。


長崎県島原地方のふぐの味噌汁や信州名物、そばがきの味噌汁など地方色豊かな味噌汁も紹介されているし、夏のアスパラガスの味噌汁や冬の鱈の白子の味噌汁など試してみたいものも少なくない。

鱈白子の味噌汁は昆布出汁で白味噌仕立て、実には椎茸とわけぎを添え、吸い口は一味唐辛子というのだから、酒に合いそうではないか。


たしかに料理本なのだが、たとえば夏のどじょう汁なら「更くる夜を上ぬるみけり泥鰌汁」(芥川龍之介)、冬の豆腐汁なら「好き嫌ひなくて豆飯豆腐汁」(高浜虚子)といったように、あちこちに俳句や和歌など、詩歌がちりばめられ、雅味あふれる一冊になっている。

また、梅原猛、篠田正浩、夏樹静子など著名人による「わが家のみそ汁」や日本全国の味噌料理を訪ねる「みそ料理風土記」など、編集も雑誌的な凝り方で楽しめる。

たとえば、次のような一節。



『「しる屋」と称するみそ汁専門店があるのは関西特有であろう。大阪の人間にとっては、みそ汁はおかずであった。
昔、心斎橋筋鰻谷にあった「しる市」は軒店ながらことに有名であった。白みそだけを供し、ごんぼのささがきと鯛皮、鯨、たこ、どじょうなど、汁のみは季節のものをいろいろ好みにまかせていた。』



「しる屋」とは、この本で初めて知った言葉だが、織田作之助の『夫婦善哉』にも戎橋筋そごう横の「しる市」という店が登場するそうで、どじょう汁と皮鯨を食べるくだりがあるという。

今でも大阪には、しる屋があるのだろうか。


楠本さんは「粕汁は大阪らしい味である。庶民の味であり寒の味である」と語り、その理由を大阪が酒どころとして知られる灘に近いことを挙げ、粕汁には「かやくごはん」がよく合うと書いている。

「かやくごはん」とは薬味を加えた、いわゆる炊き込み御飯のことで、吉田健一も大阪の粕汁とかやく飯について書いているが、それが頭にあった私は、2009年に大阪の国立国際美術館で開催された新国誠一展のシンポジウムにパネリストとして招かれたとき、新梅田食道街の「かやくめし」の奴という店で朝食をとったことがある。

たっぷりと丼飯並みの盛りの「かやくめし」と味噌汁・漬け物で400円。

焼魚・煮魚・タラコなどのおかずが150〜300円で、その安さにも驚いたが、盛りもよければ品もよく、たいそう旨い朝食だった。

「大阪の食い倒れ」とはこういうことかと感じ入ったが、あれが「しる屋」だったのだろうか。



「わが家のみそ汁」の章には「みそ汁名言集」も収められている。

石川啄木の「ある朝の かなしき夢の さめぎはに 鼻に入り来し みそを煮る香よ」という一首まで採られているが、吉川英治の言葉には参った。


「味噌汁なるものを、あらためて思惟のお膳にのせてみると、これはたいへんなものだと気づいた。たとえば家庭における良き老母のようなものである。また庭で言うならば、べつにどういう意味もない姿でいながら、さて欠くことのできない何かを持っているキメ石のようなものだ。その味香、その伝統、その即生活的な一椀と私たちの日々には、切っても切れないものがあり、もしそれの感想にでもふれるとすれば、ちょっとやそっとで想いを述べきれそうもない。」


味噌汁を「思惟のお膳」にのせるところからして凄いが、庭の「キメ石」となると、喩えが巧すぎて言葉もない。

ますます味噌汁がありがたいものに思えてくるではないか。


現代の作家なら、誰が書けるだろうか。

炊飯器を買い替えるだけの話でも、見事な随筆になる古井由吉さんに書いてもらいたい気がする。

さらに、ありがたみが増すに違いない。
posted by 城戸朱理 at 05:13| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする