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城戸朱理のブログ

2019年12月31日

年末年始、ブログお休みのお知らせ



いよいよ大晦日を迎え、令和元年も終わろうとしています。

鎌倉は晴天が広がり、冬とは思えぬ暖かさの大晦日となりました。


年末年始は、ブログの記事をアップしても反映されないことが多いので、しばしお休みをいただき、新年6日から再開したいと考えています。

来年もお付き合い下さいますよう、お願いいたします。


それでは、みなさん、よいお年を!
posted by 城戸朱理 at 13:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

壊れていく国




日本は、OECD加盟国のうち、実質賃金が下がり続けている唯一の国になった。


1997年を100としたとき、日本人の1時間あたりの賃金は、2018年時点で、8.2%の減少。

それに対して、イギリスは92%増、アメリカ81%増と倍近い伸びになっている。


アメリカなら、シリコンバレーが背後に控えるサンフランシスコだと年収1400万円でも低収入、ニューヨークやロサンゼルスでも年収1000万円でも低収入という報道があったが、実際のところ、ニューヨークのマンハッタンなら単身者用のもっとも安いアパートメントの家賃が年500万ほど、外食しようとするとランチで5000円はかかるので、年収1000万円では、まったく余裕がないし、低収入の部類になってしまうのが現実だろう。


ところが、日本だと年収1000万円超は、就労人口の、わずか4%ほどの高額所得層となる。

上海など中国の大都市部の平均年収は、もはや日本のそれを凌いでおり、日本の凋落は、あらゆる統計でもに明らかになっている。



賃金が減るばかりか、税金は上がり続けている。

日本の就労者は、所得税・住民税・消費税に健康保険・年金を合わせると所得の42%が税金で持っていかれるが、これは江戸時代の農民が四公六民と40%の税を取られていたのと変わらぬ重税である。

所得は減り、税金ばかりが増え、雇用破壊が進んだ結果、貧困層が増えるのも当たり前だろう。

貧困層は生活保護水準の年収200万円以下、厚生労働省によると、3人家族で年収が約210万円、4人家族で240万円以下が相対的貧困層とされている。

そして、今や40%の家庭が、年収300万以下なのだ。



非正規雇用は1997年の 23.2%から 2018年には 37.8%に増加し、今や5人に2人が不安定な雇用、低い賃金での労働を余儀なくされているうえ、正規雇用の正社員でさえ、給料が上がらないと言われる時代になってしまった。


日本という国が壊れていく音だけが、聞こえてくる。
posted by 城戸朱理 at 13:46| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

半年、料理をしてみたら

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12月27日、バンビことパンクな彼女は助っ人を頼まれた編集の仕事で、なんと古巣の出版社で徹夜。

帰宅できたのは28日の朝で、数時間だけ寝て、渋谷の麗郷に向かったので、完全な睡眠不足。

私も付き合って起きていたので、ひたすら眠い。

家に戻って軽く晩酌したが、すぐに休んだ。



29日、バンビはさすがに起きられず、私がいつものように昼食の用意をした。


お昼はビトーク(煮込みハンバーグ)にリボリータ。

ほかに、マッシュルームや舞茸などをニンニクとオリーブオイルで炒め、パブリカのトマト煮を並べた。

リボリータは、固くなったパンをありあわせの野菜と白インゲンで煮込んだトスカーナ地方の郷土料理だが、セロリを入れると風味がよくなるので、私は必ずセロリを使うようにしている。

この日はタマネギ・セロリ・人参・キャベツに白インゲンを煮込んだ。


ハンバーグを焼いてドミグラスソースで煮込んでいたらバンビがやってきた。


「何を作ってくれてるのかな?」


煮込みハンバーグを見つけたバンビ、「お昼なのに夕飯みたいだなあ!」と喜んでいる。




夜はバンビが毛蟹を解体してくれたので、シャンドンを開けた。

スパークリングにはフルーツが合うのでイチゴとメロンを並べる。

京都産の本しめじをバター焼きにして、私はヤリイカの刺身で晩酌を始めた。

昼に作ったリボリータも残っていたので、調理の手間はかからない。


毛蟹は久しぶりだが、蟹のなかでも味が濃く、蟹味噌も磯の香が強いので、実に酒を呼ぶ珍味である。


お昼のハンバーグもひとつ残っていたのだが、バンビが食べてしまった。


7月から、わが家では私が食事の用意をしているので、もう半年の間、御飯を作っていることになる。

ますます手早くなったが、来年は違うことに時間を使いたいものだ。
posted by 城戸朱理 at 13:42| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月30日

スペイン料理、サン・パウ2018、その3

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肉料理「カルメン」はイベリコ豚のプルーマで、サフランが香り立ち、洋梨とひよこ豆が添えられている。

肉はイベリコ豚一頭から300gしか取れない首の付け根のホセリトで、こんな豚肉があってはいけないという禁断の濃厚さ。

なるほど、カルメンという名もうなずける。


「ワーグナー」はリセウ劇場の絵のようなチーズのプレートで、チーズはマッシモレイシロ、ラズベリーソースにパブリカのジャム、焦がしレモンが風味を添える。


デザート「オペラ」は、アーモンドのケーキ、エスプレッソのゼリー、チョコレート、アーモンドミルクのソルベなどが織り成す五線譜のようなひと皿。


プティフルール「仔豚」は、シェフが豚肉屋からキャリアをスタートし、豚が幸運を運んでくれたことから、この形になったのだそうだ。

スペイン料理といわれてもイメージできなかったが、いずれも複雑に声部が響き合うような、視覚と味覚の驚きにあふれるコースだった。
posted by 城戸朱理 at 14:42| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スペイン料理、サン・パウ2018、その2

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まずは「リセウ劇場」。

これがアミューズなのだが、リセウ劇場の客席をかたどったひと皿で、オリアイゴに塩漬けの真鱈、カルキニョーリ。


前菜「カイロの鵞鳥」は、鴨のクロケッタに味噌でマリネしたフォアグラで、ピスタチオとヨーグルトのソース。

これはモーツァルトの未完成のオペラを料理で表現したものだという。


次の前菜は「三人のテノール」。

これは三大テノールの出身地、モデナ、マドリッド、バルセロナにちなんだ食材を使ったイカのサンドイッチ。


「ノルマ風パスタ」は、オペラ「ノルマ」にちなんだひと皿で、見た目にはパスタとは思えない。

茄子と紫蘇、コンテチーズをパスタでくるみ、まぐろ節のブロスをかけて供された。


魚料理「オペラ」は、カサゴとオマール海老、コウイカの煮込みで、カタロニアの郷土料理だという。
posted by 城戸朱理 at 14:29| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スペイン料理、サン・パウ2018、その1

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今年最後の外食となったのは渋谷の麗郷だったが、2018年、平成最後の年末の外食となったのが、スペイン料理だった。

京都の「ごだん宮ざわ」の宮澤政人さんが、毎年、休みを取ってスペインに行くほどスペイン料理に惚れ込み、高く評価していたものだから、友人とスペイン料理に行ってみようということになったのである。



友人が選んだのは、カタルーニャを代表する、ミシュラン三ツ星の女性シェフ、カルメ・ルスカイェーダのサン・パウ、その東京店。

訪れたのは12月28日、東京店もミシュランで二ツ星を獲得している名店だが、実にイマジネーション豊かで、創造性に満ちた料理だった。


ちなみに、『ミシュラン・ガイド』は参考にすることはあるが、私にとっては、それ以上ではない。

それはさておき、サン・パウは、扉を開けるとウェイティング・ルームで、正面にはガラス張りのワイン・セーラーがある。


2階に案内され、テーブルにつくと、メニューが置いてあった。

季節のメニューのテーマは「オペラ」。

カルメ・ルスカイェーダの次のようなメッセージも。


「オペラとガストロノミーには どんな共通点があるのでしょうか? 全部においてです。(中略)どちらも 新たに創られながら、ステージごとに生まれては消えていく はかない舞台です。二つの叙情的で美食的な作品は それぞれ別の表現ですが、どちらも同じようにゲストへの〈感動〉という結末を迎えます。それでは 幕を開けましょう! 」。


料理のすべてにオペラにちなんだ名前がつけられ、バンビことパンクな彼女は圧倒されていたが、三ツ星シェフの自信を目の当たりにする感じが楽しい。


カヴァで乾杯して、幕は上がった。
posted by 城戸朱理 at 14:13| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

渋谷、麗郷で、その3

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店内の壁に張り出された季節物のメニューを見ていたら上海蟹があった。上海蟹となると、頼まないわけにはいかない。

活きたままの上海蟹を紹興酒とタレに漬け込んだ「酔っぱらい蟹」である。

鯨井くんは初めてとのことで、感嘆していたが、蟹身は刺身の感覚、蟹味噌は生ウニからいっさいの癖を除いたような珍味中の珍味で、口のなかで溶ける。


私にとっても今年、初めての上海蟹だが、おかげで、昼から本腰を入れて飲み始めることになってしまった。

鎌倉に戻ったのは、17時ごろだろうか。
posted by 城戸朱理 at 13:46| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

渋谷、麗郷で、その2

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青菜炒めと黄ニラ炒めは、強い火力で一気に炒めた専門店ならではの仕上がり。


白海老蒸しは、ぷりぷりとした食感で、しかも味わい深い。


打ち合わせも無事に終わり、10年物の紹興酒をボトルでもらう。


「渋谷にこんな美味しい店があるのは知りませんでした」と鯨井くんは言っていたが、麗郷の台湾料理には興奮がある。


豚肉のかたまりが入ったチマキも名物。

変わり種はカエル料理、この日は唐揚げを頼んだが、癖がなく、言われなければカエルとは分からないだろう。
posted by 城戸朱理 at 13:40| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

渋谷、麗郷で、その1

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天使館の鯨井謙太郒氏は、奥山ばらば氏と共演した「阿吽山水」公演によって、2018年に第50回舞踏批評家協会新人賞を受賞、今年はソウルのダンス・フェスティバルに招待、再演されたが、私もソウルまで観に行った。

さらに2019年には宮城県芸術選奨・舞踏部門新人賞を受賞、各部門の受賞者による作品展「芸術銀河」(2020年1月20日から26日まで)が開催されることになった。

この作品展では、鯨井くんのほぼ全公演の写真を撮ってきたバンビことパンクなフォトグラファーの写真も展示することになり、12月28日に、打ち合わせを渋谷の麗郷ですることにした。


麗郷は昭和30年(1955)創業、東京でも、もっとも古い台湾料理店ではないだろうか。

私が初めて行ったのは、30年以上前になるが、去年から、ときどき寄るようになった。


高校生のときから通っているという初老の御夫婦に教えてもらったのが、肉員(バーワン)。

ぷるぷるとした得体の知れないこの料理は、肉や筍と茸の餡を米粉でくるんで蒸し上げたもので、実に旨いし、食感が楽しい。


常連が必ず頼んでいるのが、ニンニクが効いたシジミと焼きビーフン。

シジミのタレをビーフンにかけて食する。


ビールで乾杯して、打ち合わせに入った。
posted by 城戸朱理 at 13:34| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月29日

韓国での翻訳と「毎日新聞」の取材



石巻にいるとき、韓国の作家、カン・ヨンスク氏からメールで原稿依頼があった。

韓国で、もっとも権威がある文芸誌は「世界の文学」だと聞いたが、同誌の日本現代詩特集を含めて、これまで2回、私の詩が翻訳されたことがあるので、今回で3回目となる。


3篇をお送りすることにしたが、来年は、フィンランドで完訳版が刊行された『幻の母』に続く、海外での単行本となるアメリカでの選詩集の刊行に専念したいものだ。



そして、12月26日は、今年最後の仕事となる「毎日新聞」の取材を受けた。

私が指定したのは神田神保町古書店街。

古本屋をひと回りしてから、大井浩一編集委員と古瀬戸珈琲店で待ち合わせ、大井さんが一昨年から連載している「大岡信と戦後」のためのインタビューを受けた。

私への依頼は大岡さんの『蕩児の家系』について。

近代詩から戦後詩への動線をクリアに描き出し、大岡さんの同世代である50年代詩、さらには後続の60年代詩を位置づけた名著だが、1980年代以降、そうした仕事をするだけの能力をもった批評家がいなくなり、いまだに1980年代以降の現代詩、あるいは21世紀の現代詩を位置づけるに足る批評は現れていない。

かりに戦後詩を1970年代までとすると、すでにそれ以降の時間のほうが長くなっているのだが、これは批評の怠慢というしかないだろう。

大井さんによると、大岡信以降で、例外的にそうした仕事となったのが、野村喜和夫氏と私による『討議戦後詩』だったため、私にインタビューを依頼したとのことだったが、『討議戦後詩』が思潮社の戦後50年特別企画として「現代詩手帖」に連載されたのは、1995年、すでに四半世紀前になる。

それ以降に、これという仕事が見当たらないとは、どうしたことか。

私自身、考えていることはあるが、いずれ形にしたいと思っている。


インタビューを終えてから、三省堂書店の地下のビアホールで乾杯して、今日の詩について、大井さんと語りあった。
posted by 城戸朱理 at 14:46| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月28日

初めて海を見たとき

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石巻は『奥の細道』の旅の途中で松尾芭蕉と河合曽良が立ち寄ったが、「小説の神様」志賀直哉が生まれた町でもある。


志賀直哉は、私の母方の親戚なので、なんとはなしに石巻にも親しみを感じていたが、日和山に登ってみたら、さらに驚くことになった。

私にとっては高校の先輩に当たる石川啄木と宮沢賢治の詩碑があったのだ。



石川啄木は明治35年(1902)に旧制盛岡中学の修学旅行で石巻を訪れ、次なる一首を詠んだ。




「砕けては またかへしくる大波の ゆくらゆくらに胸おどる洋」




啄木が訪れた10年後、明治45年(1912)に同じく旧制盛岡中学の修学旅行で、北上川を川蒸気で下り、石巻の日和山から生まれて初めて海を見た宮沢賢治が書いた詩も碑になっている。



「われらひとしく丘に立ち
青ぐろくしてぶちうてる
あやしきもののひろがりを
東はてなくのぞみけり
そは巨いなる鹽の水
海とはおのもさとれども
傳へてききしそのものと
あまりたがふここちして
ただうつつなるうすれ日に
そのわだつみの潮騒の
うろこの國の波がしら
きほひ寄するをのぞみたり」



啄木も賢治も10代もなかばのころの作品だが、海という果てしない広がりを前にしたときの驚きが伝わってくるではないか。




日和山には啄木、賢治のみならず、齋藤茂吉と折口信夫の歌碑もあった。

茂吉は妻と石巻を訪れたらしい。



「わたつみに 北上川の入るさまの ゆたけきを見てわが飽くなくに」



一方、折口信夫は洋上に浮かぶ田代島と網地島の美しさを歌っている。



「海のおも いよいよ青しこのゆふべ 田しろあじしま あさなりてみゆ」




芭蕉が訪れ、志賀直哉の生地であり、さらには啄木、賢治、齋藤茂吉、折口信夫が訪れて作品を残しているとなると、文学館が出来てもおかしくないほどだが、今夏には石巻アートフェスティバルの企画である「詩人の家」で吉増剛造さんがひと月にわたって滞在し、作品を残している。


そして、石巻は、北上川を河口から源流とされる弓削の泉までたどる詩的旅誌として編んだ、私の詩集『幻の母』の発端となった土地でもあり、今回は和合亮一氏とともに訪れることができた。


大河と海が出会うところ、石巻。

そこは、何か始まりつづけるところなのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 00:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イギリスのアンティーク・ジュエリー〜新元号「令和」が発表された日に

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クリスマスだからだろうか、春先に奇妙な買い物をしたのを思い出した。

十字架型のアンティークのアクセサリーである。



新元号「令和」が発表された日のこと、散歩の途中でふらりと立ち寄った鎌倉のアンティーク・ショップにイギリスのアンティーク・ジュエリーが大量に入荷しているのを見つけた。


バンビことパンクな彼女は、イギリス文学を専攻しただけあって、英国好き。気になるものを選んでいたが、私も不思議なことに、写真のジュエリーが気になった。

生涯で何度もあるわけではない改元という出来事に、気持ちが華やぐところでもあったのだろうか。

今でも分からないが、ふと取り上げ、なぜかは分からぬままに購入を決めた。



19世紀末から20世紀初頭、ヴィクトリア朝かエドワード朝のものということだったが、エズラ・パウンドがロンドンにいたころものかと思ったのも買うきっかけだったかも知れない。


私の誕生石であるエメラルドを真ん中に、小さなダイアがちりばめられ、クロスの端にはルビーがあしらわれている。

身につけることなど考えられないが、ときおり取り出して眺めている。
posted by 城戸朱理 at 00:49| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月27日

ミッシェル・ナカジマのクリスマス・ディナー2019、その4

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アヴァン・デセールは、マンゴージュレ、ヨーグルトソースで、肉料理のあとだけに酸味が心地よい。


グラン・デセールは、ラズベリーとチョコレートのルーロ、濃縮ミルクアイス添え。

カカオの苦みとラズベリーの酸味が一体となったロールケーキに、ミルクを濃縮したようなアイスがよく合う。


最後にダブルエスプレッソと自家製シュトレーン。


会計を済ますと、恒例の撮影会である。

中嶋秀之シェフ、マダム、バンビにソムリエ、スタッフと。


毎年、やっているものだから中嶋シェフが待っていてくれるのも面白い。


帰宅するなり、バンビは「お腹がぽんぽんだよ〜。また、来年も連れていってあげてね!」と言って、パタッと寝てしまった。
posted by 城戸朱理 at 20:35| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミッシェル・ナカジマのクリスマス・ディナー2019、その3

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前菜だけでフルコースをいただいたような満足感があるが、主菜はこれから。


魚料理はイトヨリのヴァプール、ブイヤベース仕立て。

甲殻類を使わず魚のアラと野菜だけで取った濃厚な魚のスープ、フュメ・ド・ポアソンに、蒸したイトヨリ、牡蠣に海老、ムール貝が浮かんでいる。

フュメ・ド・ポアソンは食べるスープといった濃厚な重さがあり、スープと一緒に魚介類をいただく感じで、ブイヤベースとはまったく違う逸品だった。




口直しはシードルのグラニテ。



肉料理は、鴨か牛を選ぶのだが、ひと皿ずつお願いして取り分けた。


鴨胸肉のロースト、グリオットチェリー風味は、コーヒーで煮たゴボウが添えられ、甘みのない加熱用のグリオットチェリーが鴨肉の奥深い味わいを引き出す。


和牛A5等級、仙台牛イチボのロースト、赤ワインソース、茸のピューレはカボチャのニョッキが添えられ、茸の風味が牛肉の旨みを引き立てる。


どちらも素晴らしかったが、鴨胸肉のほうが私の好みだった。


赤ワインがまだあるので、デセールの前にフロマージュをいただくことに。

選んだのは、シェーブル、モンドール、ロックフォール。香り高いレザーウッドの蜂蜜が添えられており、チーズとワインで過ごす至福の時間である。
posted by 城戸朱理 at 13:21| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミッシェル・ナカジマのクリスマス・ディナー2019、その2

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クリスマス・ディナーの前菜は3皿。


ひと皿目は、グリルした鰆、下仁田ネギのサラダ、林檎のエクラゼとピューレ。

軽く焙って、スモーキーな香りをまとった鰆に林檎の酸味と甘さが出会う、これまで経験したことのない料理で、バンビが目を丸くしている。


ふた皿目が、フォアグラのポアレなのだが、付け合わせは、なんとビーツのわらび餅、そしてイチゴとビーツのヴィネグレット。

フォアグラには甘みのある果実系のソースが合うが、ビーツとイチゴの風味、さらにわらび餅の食感がフォアグラと一体となって、感嘆符をつけたくなった。


最後の前菜は、カリフラワーのフォンダンと赤海老のマリネ、オマール海老のコンソメゼリー。


「定番ですが」とマダムは言うが、甲殻類の旨みが凝縮したようなひと皿で、カリフラワーのフォンダンが柔らかみを添える。

「おかわりしたいね!」とバンビ。

たしかに、おかわりしたいくらいだが、主菜はこれからである。


ワインリストをもらって、ソムリエと相談しながらポール・ジュブレ・エネ2006年を開けてもらう。

まずは濃厚なベリーの香りに鞣し革のようなアロマが続き、とにかく重く、ひたすら重く、余韻が異様に長い赤ワインである。
posted by 城戸朱理 at 12:59| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミッシェル・ナカジマのクリスマス・ディナー2019、その1

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12月25日は、バンビことパンクな彼女が楽しみにしているわが家の年中行事、今年で12年目となるミッシェル・ナカジマのクリスマス・ディナーに出かけた。


バンビはクリスマスを意識して、ヴィヴィアン・ウェストウッドのワンピースにレザージャケット、エルメスのスカーフを巻き、トム・フォードの小さなバッグという装い。


店内は、品のよいクリスマスの飾り付けで、華やかな雰囲気である。

いつもの席に案内してもらって、まずはシャンパンの原型になったブランケット・ド・リムーをボトルでもらって乾杯する。


アミューズは、豆乳のブランマンジェ、備前くらげ、春菊のピューレ。

春菊がピューレすることで香り立ち、春の気配。

くらげの食感がアクセントになっている。

日本の食材をフレンチに昇華させるとこうなるのだろうか。


自家製ライ麦パンも美味しい。

パンはおかわりをお願いするとバゲットになる。
posted by 城戸朱理 at 12:45| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

帰宅して、クリスマスイブまで

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10月1日に消費税が10%に増税されてから、日用品と食品以外は買わないようにしていた。

唯一の例外は本で、こればかりは増税前と同じように買っている。


ただし、被災地を訪れたときだけは別で、むしろ積極的に買い物をするようにしており、今回のロケでも取材先では何かしら買い物をするよう心がけた。



12月23日、帰宅した翌日は、さすがに疲れて買い物に行くこともできなかったが、いろいろと買い置きしていた食材もあったので、何とかなった。


昼は鶏と大量の根菜類に茸を入れた岩手の郷土料理「ひっつみ」(すいとん)を作り、ひじきを煮て、ピーマンを炒め、外食続きの野菜不足を補う。


夜は「いしのまき元気いちば」で買ったアワビの酒蒸しに蒸しウニを出し、山形牛のステーキ。

ステーキは、焼いたときの肉汁と日本酒を煮詰め、おろしニンニクと醤油で和風のソースに仕立てる。



翌日、24日はクリスマスイブ。

クリスマスディナーは25日に予約したので、この日はストーンクラブにレモンと溶かしバターを添え、スパークリングワインを開けることに。

レタスとベビーリーフ、プチトマトにパルミジャーノを散らしたサラダを、洗面器ほどの白釉のボウルに大量に作り、トーストを添えた夕食である。


災害続きだった2019年も、ようやく終わろうとしている。
posted by 城戸朱理 at 12:12| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月26日

祝クルベル・キャン開店10周年!

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石巻ロケを終えて帰途についたのだが、12月22日は鎌倉のダイニングバー、クルベル・キャンの開店10周年。

私が鎌倉でもっともよく通っている店の10周年とあっては、顔を出さないわけにはいかない。

まっすぐ帰宅せず、お祝いするためにクルベル・キャンに向かった。


まずは、オーナーバーテンダーの秋山正治さんからロゼのスパークリングをいただき乾杯する。


頼んだのは前菜三種盛りで、この日はすずきのカルパッチオ、ヤングコーンの石窯グリル、パテ・ド・カンパーニュ。


メニューには書いていないが、坂越の殻牡蠣が今、届きましたと滝澤貴シェフが教えてくれたので牡蠣をもらい、ソフトシェル・シュリンプのフリットを。

ラフロイグをごく少量ソーダで割ってもらってピザは玉子を使ったビスマルク。


バンビことパンクな彼女が、シャンパンG.H.Mummをボトルで注文し、スタッフと開店10周年を祝って、再び乾杯した。


一時期は日参していたが、私にとっては、くつろげる店である。
posted by 城戸朱理 at 10:50| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月25日

石巻と和合亮一

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昨年、ロケに行った南三陸町のホテル観洋は、偶然にも和合亮一氏にとって思い出の場所だった。

家族旅行で出かけて、敦子さんも大地くんも大いに気に入り、2011年のお正月に家族会議をひらいて、夏休みの旅行先を考えたとき、全員一致で南三陸町に行ってホテル観洋に泊まろうと決まったそうだが、3月11日の東日本大震災で南三陸町も甚大な被害を受け、家族旅行も取り止めにするしかなかったそうだ。



一方、石巻は和合くんが最初に家族旅行で訪れた町だというではないか。

まだ大地くんが小学校低学年のときだったそうだから、14年ほど前のことだろうか。


石巻グランドホテルに泊まり、寳来でお寿司を食べたそうだから、今回のロケと同じコースである。


奇しくも、2年続けて、和合家ゆかりの土地での「故郷を生きる」ロケになったが、こういう偶然には、何やら運命的なものを感じざるをえない。



ロケ終了後は仙石線で仙台に出て、和合くんと別れ、新幹線に乗った。
posted by 城戸朱理 at 17:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マンガの町、石巻

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石巻はマンガの町、市街の至るところに仮面ライダーやサイボーグ007のフィギュアがある。


そして北上川の中州である中瀬地区は、宇宙船のような石ノ森萬画館がある。


「仮面ライダー」「キカイダー」「サイボーグ007」など数々の名作を残した石ノ森章太郎は石巻の北に位置する石森町(現登米市)の生まれで、映画監督志望だった石森少年は、自転車で3時間もかけて石巻の中瀬地区にあった岡田劇場という映画館に通ったのだとか。

石ノ森章太郎は、中瀬地区をマンハッタンに見立てて、マンガッタンと名づけたが、市民有志のマンガで町起こしという企画に応え、石ノ森萬画館が開設されたらしい。

萬画館の入口には、石ノ森章太郎原案の石巻ヒーロー、シージェッター海斗のフィギュアがある。


この日は仮面ライダードライブと撮影会というイベントをやっていて、子供や若者が行列していた。


石ノ森萬画館の裏手、北上川の川縁で、和合亮一氏に石巻の印象や感想を聞いて、この日の撮影は終わった。
posted by 城戸朱理 at 17:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする