サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jp のロゴ
城戸朱理のブログ

2020年01月30日

打ち合わせで韓国料理を

IMG_0682.JPGIMG_0678.JPGIMG_0685.JPGIMG_8649.JPG



1月17日、立川のワシントンホテルにチェックインしてから、夜は打ち合わせのために東大門タッカンマリへ。


さまざまな韓国料理が日本でも紹介されているが、まだ鶏一羽を水炊きしたタッカンマリは、あまり知られていない。

東大門タッカンマリは、その専門店。


まずは、コーンをペースト状のドレッシングにしたサラダを。

さらに生のワタリガニをニンニクや青唐辛子を入れた醤油に漬け込んだカンジャン・ケジャン。

ケジャンは唐辛子の薬味に漬け込んだヤンニョム・ケジャンをよく見かけるが、カンジャン・ケジャンのほうが蟹の旨みを味わえる。

蟹身を食べ終えたら、甲羅に御飯を入れて蟹味噌と混ぜて食べるのだが、韓国では「飯泥棒」と呼ばれるほど、美味を極めるものである。


そして、タッカンマリ。

ソウル、東大門市場にはタッカンマリの専門店が軒を連ねるタッカンマリ通りがあって、ソウルを訪れたときは必ず立ち寄るが、私とバンビことパンクな彼女が気に入っているのは、元祖チンハルメ・タッカンマリ。

去年の夏にソウルに行ったときも、3回も行って、最後はお店の御主人と記念撮影をしてきた。

ソウルでは、最後の写真のように丸鶏のまま供され、ハサミで解体するが、東大門タッカンマリでは、あらかじめ切り分けてある。

これを唐辛子、酢、辛子、醤油を好みで混ぜたもので食べるのだが、シンプルでありながらダイレクトに旨い。



打ち合わせは、無事に終わり、翌日はバンビがプロデューサーとディレクターを兼任するウェブ用番組の撮影。

寒いうえに、午後には雨が降ってきたので、撮影が屋内だけだったのは助かった。
posted by 城戸朱理 at 12:05| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月28日

ビストロさいとうのランチ

IMG_0686.JPGIMG_0689.JPGIMG_0691.JPG



1月19日。

ワシントンホテルのロビーでカメラの武井俊幸さん、音声の亜斯汗(アスハル)さんと午後の撮影を打ち合わせ、ランチは久しぶりにビストロさいとうへ。


この日のスープは人参のポタージュ。

まずはサラダが出て、オムライス。

チキンライスの上に見事な半熟のオムレツが乗っており、ナイフを入れると、とろりと広がっていく。

ドミグラスソースも味わい深く、家庭では作れないオムライスである。


ただ、家では玄米を軽く一膳という食事が続いているので、量が多いように感じるようになってしまったが。
posted by 城戸朱理 at 12:48| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月27日

勝烈庵で昼食を

Effect_20200127_152123.jpg



1月17日、翌日のロケに立ち会うため東京のホテルに向かう前に、鎌倉で昼食を取ることにしたのだが、バンビことパンクな彼女の提案で、鎌倉駅西口の勝烈庵に行くことにした。

横浜馬車道にあるカツレツの老舗の支店だが、高齢者のお客さんが多いのは、揚げ物なのに軽やかで、フルーツ各種を使った自家製ソースが美味しいからだろう。


バンビは冬季限定の牡蠣フライ、私はトンカツでは重いので若鶏フライ定食にして、牡蠣フライ2個を追加し、若鶏をバンビにシェアした。

自家製マヨネーズを使ったタルタル風のソースも頼んだが、バンビは、冬になると勝烈庵で牡蠣フライを食べるのを楽しみにしているのである。


勝烈庵の特長は、揚げ物はもちろん、御飯が美味しいことで、御飯とキャベツはおかわり自由。

御飯は一膳で充分だが、キャベツはおかわりしてたくさんいただいた。
posted by 城戸朱理 at 15:36| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月26日

貧困と自炊



自炊できるのは経済的に余裕がある人で、食材は高いうえに、貧困層には調理をする時間的余裕もないという主張が、SNSで、自炊か外食かという論争を巻き起こした。

旧来であれば、自炊したほうが節約になるというのが常識だったが、今や、そんな簡単な話ではなくなったようだ。


先日、同じような話を内モンゴルから来て、日本で仕事をしている青年から聞いた。

阿斯汗(アスハル)さんという名前からモンゴルの方と推測はできたが、モンゴル自治区の出身なので、国籍は中国。

御実家は内モンゴルの大都市で、物価が上がり続け、自炊するよりもウーバーイーツのようなデリバリーで食事をするほうが安上がりなのだという。

中国の発展は、予想を超えたものがあって、今や、内モンゴルの都市でも、スマートフォンで注文すると、コーラ1本から何でも宅配される時代なのだとか。

買い物のためには、誰も外出しなくなったというのだから、日本よりも未来的である。



中国の場合は、経済成長でインフレが続いているため、給与が増える以上に物価が上がっており、自炊より宅配のほうが安くつくようになってしまったわけだが、日本では、デフレから脱却できず、賃金が下がり続けているため、同じようなことが起こってしまったということになる。

好景気の中国と不況下の日本で、まったく逆の理由で同じようなことが起こるのだから、皮肉としか言いようがない。

飲食店の原価率は、25〜30%だから、食材を買って自分で調理するほうが外食するよりは安くなるはずだが、ひとり分を作るとなるとロスが大きいし、何よりも調理する時間がないというのが、日本の低所得世帯の現実なのだろう。


若者の貧困と格差社会が社会問題になってから、10年以上がたった。

しかし、問題は解決するどころか、さらに深刻なものになっている。

自炊さえ贅沢になりかねない労働環境が、当たり前のはずはない。


消費税の増税によって、日本はリーマン・ショック以上の不況に陥りつつある。

オリンピックの特需が終わったとき、この国はさらに沈没していくことになるのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 22:20| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月25日

京都帰りにクルベル・キャンへ

IMG_5782(1).JPGIMG_0664.JPGIMG_0667.JPG



1月10日に京都から帰ったときは、まっすぐ帰宅せずにクルベル・キャンに寄った。

錦の寿司さか井で作ってもらったお土産の鯖寿司を渡すためである。


昨年、12月に開店10周年を迎えたクルベル・キャンは、今年から日曜日が定休日にかわり、開店当初と同じく、オーナー・バーテンダーの秋山正治さん(右から2人目)とシェフの滝澤貴さん(右から3人目)の二人体制に。


写真は馬場さん(右端)が銀座のバーに転職することになり、沢木さん(左端)が入ったときのものだが、10年の間には、お店もお客さんの顔ぶれも変化することを痛感せざるをえない。


この日は、ジントニックを頼んで、芝海老のフリットとクワトロフォルマッジをもらった。

四種類のチーズのピザ、クワトロフォルマッジには蜂蜜がよく合う。
posted by 城戸朱理 at 15:52| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月23日

ラーメン・デート???

IMG_8519.JPGIMG_8553.JPG



昨年、酷暑の8月にナタリア・ドーンさんがCS放送の番組に出演するために来日してくれた。


ナタリアはアメリカ建国の父とされるピルグリム・ファーザースまで家系をたどれるアメリカの名家の出身だが、イギリスのオックスフォード大学の大学院博士課程に在籍しており、昨秋からはフェローとして教壇に立っている。

最初に会ったのはニューヨーク、再会したのはハワイ、この数年は日本で会うようになったが、「元号が令和になって平成生まれとしては、少しさびしいです」と不思議なことを言っていた。

自分が「平成生まれ」と認識しているアメリカ人なんて、ナタリア以外にいるのだろうか?


専門は日本近世、幕末というのだから面白いが、好きな和食は「カルビ!」と言うので、焼肉も和食なのかという疑問を抱きつつ、歓迎会は焼肉屋で催した。

ナタリアの横で嬉しそうな井上春生監督も面白い。



最近、海外でも日本のラーメンが人気だと聞いていたバンビことパンクな彼女が、ナタリアに、どんなときにラーメン屋に行くのか尋ねたら、思いがけない答えが。


「デートのときですね」
!!!!!!


ラーメン屋でデート???


ラーメンという食べ物が、日本人にとってのエスニック料理ようにエキゾチックなものと認識されているのかと思ったが、どうやらそうではなく、ラーメンの値段が関係しているらしい。


日本でラーメンといえば、1000円以下。ところが欧米ではラーメンは2000円はする。

トッピングを追加し、ビールでも頼んだら、チップと物品税を足すと、ひとり4000円以上になってしまうだろう。

つまり、高級品なのである。


だから、デートのときにラーメンが選ばれるのだろうが、奇妙な感じがするのは否めない。


ちなみにナタリアは、ひとりで牛角に入って、カルビを焼くこともあるそうだ。
posted by 城戸朱理 at 13:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月22日

「芸術銀河2019」展@仙台

IMG_0700.JPGIMG_0735.JPGIMG_0737.JPGIMG_0699.JPG



昨年の宮城県芸術選奨、各部門の受賞者が各自の仕事を紹介・展示する「芸術銀河2019」が、仙台市の東京エレクトロンホール宮城で開催されている。

会期は1月20日から26日まで。


宮城県芸術選奨新人賞・舞踏部門を受賞した鯨井謙太郒氏のブースでは、「灰のオホカミ」(撮影・高木由利子)のポスターと、これまでの鯨井氏の舞台を撮影してきたバンビことパンクなフォトグラファーによる舞台写真が展示され、奥山ばらば氏とのデュオで舞踏批評家協会新人賞を受賞した「阿吽山水」、笠井瑞丈氏と競演した「暁ニ告グ」の記録映像が映写されるとともに「Edge 鯨井謙太郒」篇も上映されている。


バンビは写真展示のために19日に仙台に赴き、会場入りしたが、鯨井くんの父親で美術家のTOJUさんが、動きのある展示を考えて下さったそうだ。


展示作業は開場した20日も続き、バンビは「ただいま本人を展示中でーす!」とお客さんの呼び込みをしていたらしい。

開場して、すぐに現れたのは、現在、第一作となる映画を撮影中の富田真人氏。

この映画、主演が鯨井くんで、ホラー映画と聞いたが、いったいどんな内容になるのだろうか?


文芸部門では詩人の須藤洋平氏が受賞され、須藤さんの展示もあるそうだ。


私も余裕があれば行きたかったが、お時間のある方は、ぜひ。




(撮影/小野田桂子)
posted by 城戸朱理 at 14:39| イベント告知など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月21日

京都の骨董屋で見つけたもの

IMG_0514.JPGEffect_20200120_142450.jpgEffect_20200120_142427.jpgEffect_20200120_142408.jpg



京都にいるとき、バンビことパンクな彼女が、寺町の骨董屋に行きたいといいだした。


バンビのお目当ては、アンティークbell。

手足が付いた怪しいセルロイドの小さなダルマをありったけ買い占めたり、右耳だけ垂れた奇妙なウサギのヌイグルミを買ったりしたおかげで、店員さんに顔を覚えられ新年の挨拶をしているではないか。

今回も潰れかけたセルロイドの不気味なキューピーを買っていたが、何に使うのかは謎である。


私は底が分厚くなった脚付きのグラスを取り上げた。

シングルモルトを注ぐと、ウィスキーが弾丸のような形になる。

フランスの20世紀前半のものではないかということだったが、ウィスキーの立ち姿、という言葉が、ふと浮かび、このグラスと頑健な出で立ちの李朝の鉢を買うことにした。



さらに寺町の大吉へ。

店頭にオランダ、デルフト窯の輪花風の盃があって惹かれたが、いざ使うかというと分からない。

17世紀のものだが、白デルフトが気になっていたころなら、迷わず求めたかも知れない。


ここでバンビが気になったのが革製の丸いケース。

私はルーペだろうと思って、手に取ってみなかったのだが、これが伸ばして、取手を起こして外側に倒すとカップになるという携帯用のステンレス製ショットグラス。

スキットルと一緒に持ち歩けば、ホテルの部屋でも車窓でも、自分専用のバーになる。


戦前に趣味人が注文して職人に作らせたものということだったが、なかなか洒落ているではないか。

最近では、こんな無駄を楽しむ人もいなくなったような気がする。


いずれも、ささやかな買い物だが、探すとなると見つからない。

こんなものとの出会いも、また楽しい。
posted by 城戸朱理 at 11:44| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月20日

京都で選んだ百年前のコップ

IMG_0717.JPG



2013年から2018年まで、桜が満開になる時季は京都で過ごしたが、2年前のこと。

常宿の糸屋ホテルに帰るとき、いつもは通らない高辻通りを歩いていたら、なぜか電気屋の店頭で古いガラス器を売っていた。

私はビールによさそうな戦後のグラスを100円で買ったのだが、バンビことパンクな彼女が、また覗いてみようと言うので、散歩がてら行ってみたら、なんと以前より大量のガラス器が棚に並んでいるではないか。

しかも、店頭のものとは違って、およそ百年前、大正時代のグラス類である。


さすがに値段は店頭のものよりは高かったが、それでも骨董屋で見かけるものよりは、はるかに安い。

グラスが好きなバンビは、職人がさまざまな模様を手彫りしたグラヴィエールのコップを選び、私は、またもやビールによさそうな底の厚いグラスを求めることにした。

グラヴィエールは明治初期にイギリスから伝えられた技法だが、大正時代になると模様が完全に和様化しており、今になると新鮮なものがある。


包んでもらいながら、なぜ電気屋でガラス器を扱っているのか尋ねたところ、「戦後、電気屋になった店は、戦前はガラス屋だったんです」という思いがけない答えが。

日本全国で電化が進んでいったとき、ガラスメーカーは、こぞって電線に取り付ける絶縁のための碍子を作るようになり、ガラス屋も電気屋に鞍替えしていったのだそうだ。

今、棚に並べているのは、倉庫で忘れられたままになっていたデッドストックのガラス器で、すべて大正時代のものだという。

面白い話が聞けるものだと思ったが、私たちには想像ができないほどの生活の変化が20世紀にはあったのだろう。

それは、今でも変わらない。
posted by 城戸朱理 at 16:56| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

「物憑き」の果てに



かつて大西時夫氏が発行していた詩誌「ミルノミナ」に「物憑き抄」という随筆を連載していたことがある。


瀧口修造の言葉に導かれ、私にとって「物」とは何なのかを考えてみるためのエッセイだったのだが、年齢を重ねた今、再び、「物」について考察してみたい気持ちが強まってきた。



人類の歴史は、道具とともにある。

縄文時代なら、狩猟と漁労、そして保存のための土器が作られ、弥生時代には稲作のための道具や煮炊きするための土器が作られ、次第に生存のための道具から、余剰としての「物」が生産されるようになっていく。


近代の日本、とりわけ戦後の昭和という時代は、家庭に物が増え続け、やがては溢れるまでの時間だったと言ってもよい。



それが、2007年にiPhoneが発売されてから、劇的なまでに変化した。

とりわけ、書物や音楽、映画などは、旧来の書籍、CD、DVDという「物」から、形のない情報を買ったり、レンタルするといったスタイルに変わっていったが、こうした変化は不可逆的なものであり、私たちの生活を一変させるものとなったのは間違いない。


昭和を象徴する家電でもあったテレビは、一家に一台からひとりに一台まで普及したが、今では若者の部屋にはテレビがないのが当たり前になりつつあるという。

こうした変化のなかで、私たちにとっての「物」も大きな変容を被らざるをえないのではないだろうか。


身の回りを見渡してみると、必要だと思って入手したはずなのに、物という物がうとましく思えることがある。

「物憑き」と「物疲れ」。

昔の人は、百年を経た器物は生命を得て「付喪神」という妖怪になると考えたが、「物」には何らかの用途があるという道具としての側面ばかりではなく、限りなく情緒的な正面があるということなのかも知れない。

そうした「正面」に向かい合ったのがシュルレアリスムにおける「オブジェ」という概念であったわけだが、それは、柳宗悦が民芸運動で唱えた「用の美」とは真逆の「無用の用」であった。


瀧口修造は自らの書斎を「影どもが住む部屋」と呼んで、次のように語っている。



〈物の遍歴。物への遍歴。私の一生は「持たざるもの」の物憑きとして終わったとしたらどうだろう。怖ろしいようなものだ。〉



この怖ろしさに向き合うところから、私も新しい仕事を始めてみたい。
posted by 城戸朱理 at 14:00| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月18日

いかれバンビの日の丸弁当???

IMG_8415.JPGIMG_8416.JPGIMG_8417.JPGIMG_5741.JPG



ある日のこと。

バンビことパンクな彼女が、東京に出かける用事があった。

食事をする時間がないが、大丈夫なのだろうか?


「大丈夫だよ!
お弁当を持っていって、グリーン車で食べるようにするよ!」


冷蔵庫にあるものを適当に詰めて、お弁当を作ったバンビは、元気に出かけていった。

そして、LINEでお弁当の写真が送られてきたのである。

これは、キャベツの千切りの日の丸弁当ではないか!



「そう見えるけど、キャベツの下には玄米が入っているんだよ!」



たしかに、次の写真では玄米が。

しかも、玄米のなかにラタトゥイユを入れたらしい。



「蒸し鶏もあるんだよ!」



蓋を開けたときには、キャベツの日の丸弁当だが、下に玄米、ラタトゥイユ、蒸し鶏と意外なほどバランスのいいお弁当になっている。

しかも漆塗りの弁当箱を藍染めのハンカチで包みながら、お箸はチキンラーメンのヒヨコちゃんである。


パンクなだけに発想が逆転しているのだが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 22:11| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月17日

原成吉先生、待望の単行本『アメリカ現代詩入門』刊行間近!



京都にいるとき、獨協大学の原成吉教授から電話で嬉しい知らせがあった。

これまでゲイリー・スナイダーを中心に、もっぱら翻訳を手がけてきた原成吉先生が、書き下ろしの『アメリカ現代詩入門』を出版されるというのだ。


光栄なことに帯の推薦文の依頼をいただいたので、PDFで送っていただいた本文を、いち早く読ませていただく機会を得た。


パウンド、W.C.ウィリアムズ、T.S.エリオット、e.e.カミングズといったモダニズムの巨匠から、ギンズバーグ、スナイダー、そしてボブ・ディランまで、20世紀アメリカ詩の概要を通覧できる素晴らしい内容で、一章ずつ、ひとりの詩人を扱い、その生涯を簡潔に語るとともに、代表作をバイリンガルで収録、原先生ならではの読解と解説が付されている。


これ以上はないと思わせる人選もさすがだが、解説がまた素晴らしい。

推薦文を書くために通読して、今は、ゆっくりと読み直しているところである。


決定版とも言うべきアメリカ現代詩入門、刊行が待ち遠しい。
posted by 城戸朱理 at 11:47| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月16日

じき宮ざわで、その3

IMG_0646.JPGIMG_0650.JPGEffect_20200111_150236.jpgIMG_0659.JPGIMG_0663.JPG



泉さんが自家製カラスミを切り始めたので、「ごだん宮ざわ」と同じくカラスミの飯蒸しかと思いきや、こちらはカラスミ大根。

炊いた聖護院大根にカラスミを乗せ、さらに、この日の料理で使った野菜の皮や葉だけで取ったという柔らかな味わいの出汁をかける。

熱で旨みを増したカラスミが、たまらなく酒を呼ぶ。



土鍋で炊きあげた御飯は、「ごたん宮ざわ」と同じく茶の湯の懐石のスタイルで、煮えばなから。



果物は蜜柑とイチゴ。

オレンジのような風味でゼリーのような果肉を持つ愛媛の紅まどんなにスライスした佐賀ほのかを乗せ、さらに凍らせたイチゴをすりおろした一品。


干支の形の最中をいただき、堂々たる李朝の茶碗でお薄をいただいて、食事は終わったが、和食には珍しく、多彩な出汁を、まるでフレンチのソースのように使うのが泉貴友さんの料理の特長だろう。



じき宮ざわは、カウンター10席の店だが、この日、5人は海外からのお客さま。

泉さんは達者な英語で料理の説明をされていたが、京都の飲食店では英語が必須になりつつある。


年末にお子さんが生まれたという泉さんに、命名の由来などをうかがってから、お店を後にした。
posted by 城戸朱理 at 14:15| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

じき宮ざわで、その2

IMG_0628.JPGIMG_0631.JPGIMG_0634.JPGIMG_0640.JPGIMG_0644.JPG



焼き胡麻豆腐は、胡麻のペーストに切り胡麻と胡麻尽くし。



海老の色絵皿で供されたのは、なんと「海老クリームコロッケ」。

海老芋のコロッケに車海老、豆乳を海老の頭と殻で取った出汁で伸ばし、自家製ウスターソースがかけ回されていて、こちらは、海老尽くしということになる。

これを崩し、混ぜて食べると、たしかに海老クリームコロッケ風味になる。

美しい盛り付けを、あえて崩さなければならないものだから、バンビことパンクな彼女は「いけないことをしているような気になっちゃうなあ!」と楽しんでいた。



続けて、餅米の玄米と和えた勢子蟹。

勢子蟹と内子と外子、それに玄米まで加わって、立体的な食感が面白い。

日本酒は、泉さんが勢子蟹にはこれと勧めてくれた弥栄鶴(やさかつる)にしたが、たしかに蟹と釣り合う芳醇な酒である。



焼き物は、なんと縦向きで出された。

3日寝かせた愛媛産の鰆だが、絶妙の火入れ。

蕪蒸しが乗り、鰆の骨で取った出汁を使った、澄んだ味の土佐醤油が、また素晴らしい。



室町時代の古瀬戸のおろし皿には、堀川ごぼうに穴子煮、それに乳酸発酵させた柿。

柿は甘みがなく、料理に風味を添える。


夏に「じき宮ざわ」を訪れたとき、昆布で締めたスイカに伊勢の麦わらタコを合わせ、トマトのシャーベットをかけた先付けを出されて驚いたことがあったが、柿を乳酸発酵させるなんて、どうしたら思いつくのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 14:14| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

じき宮ざわで、その1

IMG_0611.JPGIMG_0614.JPGIMG_0618.JPGIMG_0621.JPGIMG_0623.JPG



1月10日は、鎌倉に帰るだけなので、荷物を宅急便で送り出し、糸屋ホテルをチェックアウトしてから、錦市場で甘鯛や浜焼きの塩鯖、三木鶏卵の出汁巻き玉子などを買って、昼食は予約してあった「じき宮ざわ」へ。


宮澤政人さんの一番弟子で「じき宮ざわ」料理長の泉貴友さんもミシュランで星を獲得しているが、やはり素晴らしい料理だった。


小売りしていないというトウキョウ・ホワイトという白ビールをもらい、日本酒は祭蔵舞を燗で。

岡本作礼作の斑唐津扁壺徳利で燗酒が出たが、吹き寄せの盃から古染付けを使わせてもらうことにした。

バンビことパンクな彼女は、粉引盃を選んでいる。



まずは伏見の稼ぎ頭を一献。

先付けはハマグリの玉締め、百合根のすり流し。

「龍の玉子」というブランド玉子を使った茶碗蒸しだが、なんとも優しい味である。



お椀は、白味噌仕立ての京都風お雑煮で、蓋を開けたとたん、女性客から歓声があがった。



お造りは、稀少な壱岐産灸鰹(やいとかつお)。

関東では、滅多にお目にかからないが、脂は乗っているのに本鰹のような癖がなく、鰹と鮪の間のような味で、品がいい。

4日間寝かせて、旨みを引き出し、無農薬の藁で皮目を炙り、あさつきと八代の青海苔が添えられている。

さらに酢飯のおかゆをかけて、寿司風味に仕立てたお造りで、工夫も楽しいが、味も絶品だった。
posted by 城戸朱理 at 13:57| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月15日

「生誕120年記念 永田耕衣展」@姫路文学館



姫路文学館で1月11日から「生誕120年記念 永田耕衣展」が開催されている。

阪神淡路大震災で自宅が倒壊しながらも、奇跡的に助け出され、大震災を生き延びた俳人、永田耕衣。

その後も97歳の天寿を全うするまで、俳句を詠み続けた。


「白梅や天没地没虚空没」は、大震災後の一喝。


耕衣さんの没後、「朝日新聞」の取材を受け、その俳句について語ったことがあるが、今も、すぐ手が届くところに著作を置いている。


吉岡実は耕衣の俳句を愛し『耕衣百句』を編んだ。

それをきっかけにして、詩人の間にもその存在が知れわたったが、耕衣さん自身は西脇順三郎をこよなく愛し、『しゃがむとまがり』という西脇論を書いている。


私の手元にある『しゃがむとまがり』は、「洗濯船」別冊・永田耕衣特集が出来上がってお届けしたときに、句集『闌位』とともにいただいたもので、限定500部のうちの8番。

著者用として蔵されていた一書で、耕衣さん自身の鉛筆による書き込みもあったりするので、大切にしている。

「洗濯船」の特集では、吉岡実の選で『耕衣百句』以降の「耕衣三十句」が掲載されており、渋谷の喫茶店TOPで、吉岡さんから原稿をいただいたことも懐かしい。


耕衣さんは棟方志功と親交があり、明石は須磨の御自宅、田荷軒には志功の代表作「二菩薩釈迦十大弟子」の「摩訶目犍連(まかもくけんれん)」が飾られていたが、志功は、十大弟子のうちでも「神通第一」とされた摩訶目犍連(マハーモッガーラ)がおまえににふさわしいと言って、耕衣さんに贈ったものだとうかがった。

たしかに、耕衣俳句には神通としか言えない謎めいた力がある。

それを種村季弘は「芭蕉さえ嫉妬に蒼ざめる」と、いささか扇情的に評したのではないだろうか。



耕衣さんは骨董屋通いもされていて、李朝などの古器も買われていたし、書斎には白隠禅師の「秋葉大権現」の書が掛けられていたのを思い出す。

また、耕衣さん自身が味わい深い書を大量に残されているので、さぞや見応えのある展覧会になることだろう。


駆けつけたいところだが、その余裕がないのが残念でならない。

知っていたら、京都行きの時期をずらしたのだが。


関西にお住まいの方は、ぜひ姫路文学館まで足を運んで、稀代の俳人の足跡に触れてみて欲しい。
posted by 城戸朱理 at 03:08| イベント告知など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都の昼食~新京極のスタンド

IMG_0501.JPGIMG_0503.JPGIMG_0507.JPGIMG_0509.JPGIMG_0512.JPG



1月9日の夜は「ごだん宮ざわ」に予約を入れてあったので、昼食はまったく違うタイプの店にしようということになり、新京極のスタンドに行った。

昼から飲んでいるご老人もいれば、食事をしている学生もいる。

戦前のレトロな雰囲気を残す町の食堂兼飲み屋である。



きずし(締め鯖)がまだ仕込み中とのことだったので、えんどう玉子とじとまぐろのわさび和えをもらってビール。

バンビことパンクな彼女は、鴨ロースを頼み、レモンサワー。


なんとも、くつろげる店だ。


相席になったお爺さんは、注文もしていないのに、座ったとたん熱燗が運ばれてきたので、常連なのだろう。

「今日は何にしますか」と尋ねられ、ラーメンを頼んでいたから、スタンドに日参して、熱燗を一本飲み、昼食を取ることにしているのかも知れない。

いい人生ではないか。



私とバンビは、最後に日替わりの定食を一人前だけ頼んでシェアすることにしたのだが、この日はハンバーグに鶏唐揚げ3個、焼売2個の盛り合わせというボリューム。

これに御飯と味噌汁、えんどう玉子とじの小鉢がついて980円なのだから、お客さんが途絶えないのも当然だろう。


今回は頼まなかったが、スタンドのビーフカツレツも、スナック感覚で楽しい。
posted by 城戸朱理 at 02:58| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都の昼食~三条の田毎本店

IMG_0467.JPGIMG_0459.JPGIMG_0464.JPG


1月8日は、目覚めるのが遅く、遅い昼食となったが、錦の寿司さか井を始めとして、行こうと思った店はことごとく満員か定休日で、昼食難民と化し、三条まで歩くことになった。

かつくらでトンカツかリプトン・ティールームでハンバーグという手もあったが、どちらも重いので、田毎本店で蕎麦を食べることにした。


蕎麦がきと棒にしんをもらって、まずはビール。

ふだんは日が暮れてからしか飲まないようにしているので、昼酒は旅先だけの贅沢である。



バンビことパンクな彼女は、天せいろ。

私は小海老の天ぷらがついた「特撰 みそぎそば」を頼んでみた。

「みそぎそば」は数量限定、ごく少量しか取れない純白の一番粉を使った蕎麦。

たしかに、そうめんと間違えるほど白く、香りは淡く、喉ごしがよい。


田毎本店は明治元年創業だというが、老舗だけに面白い蕎麦があるものだ。
posted by 城戸朱理 at 02:56| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月14日

糸屋ホテルの朝食

IMG_0372.JPGIMG_0370.JPG



今回、朝食を食べたのは、京都に着いた翌日の1月7日だけ。


バンビことパンクな彼女は疲れて寝ていたので、私だけエッグベネディクトにオレンジジュースとコーヒーを頼んだ。

エッグベネディクトには、ブロッコリー、茸、レタスにキャロットラペ、フライドポテトが添えられ、バランスがいい。


メニューを見たら、ハムとチーズをホワイトソースとともにパンに乗せて焼いたクロックムッシュが増えていたので、後日、試してみようと思っていたのだが、朝、起きることができなかったのである。
posted by 城戸朱理 at 01:05| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祇園サンボアへ

IMG_0602.JPGIMG_0610.JPGIMG_0605.JPG



ごだん宮ざわの夕食を終えてから、タクシーで祇園サンボアに行った。



一昨年、2018年7月のこと。

映画「幻を見るひと」の公開がいつまでも決まらず、時間ばかりが取られて停滞感のなかで途方にくれていた時期に、番組撮影に立ち会うために訪れた京都で、祇園サンボアに寄ったとき、アメリカからのお客さまと女将さんの通訳をバンビことパンクな彼女が買って出た。

そのお礼だったのだろうか、バンビは女将さんから祇園祭の長刀鉾(なぎなたほこ)の厄除け粽(ちまき)をいただいたのである。

祇園祭の山鉾のうちでも、もっとも古く、山鉾巡行の先頭を飾る長刀鉾は疫病と邪悪を払い、運を開くとされているが、その厄除け粽である。


この粽をいただいてから、いきなり映画公開の話が急展開したものだから、バンビは女将さんにお礼を言いたかったらしい。



サンボアといえば、ハイボール発祥のバー。

なかでも祇園サンボアは作家、山口瞳が愛した店として知られている。


焼きサンドをつまみに、山崎のソーダ割りを飲んだのだが、なぜか今回も、常連と言えるほど通っているわけではないのに、バンビは顧客に配る干支の盃を女将さんからいただいていた。

女将さんはバンビの顔を見ると、何かあげたくなるのだろうか?

謎である。
posted by 城戸朱理 at 00:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする