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城戸朱理のブログ

2020年05月02日

パンデミック下の仕事



中国で新型コロナウイルスがアウトブレイクした1月、日本には、まだ切迫感がなかったが、2月後半になると緊張が高まり、3月に予定されていた打ち合わせや会議、ロケや試写はすべて延期になった。

私が仕事のために外出したのは、3月6日が最後だったが、この日はジム・ジャームッシュ「デッド・ドント・ダイ」の試写のために東京に行った。

「映画芸術」から新作映画評を依頼されたためだが、この作品に関してはDVDの貸出がなく、試写会に足を運ぶしかなかったのだ。

3月11日、奇しくも東日本大震災から9年目になるその日に、WHO(世界保健機構)が新型コロナウイルス感染症、COVID-19のパンデミックを宣言。

日本の感染拡大も明らかになり、マスクが店頭から消えた。



4月から、全国の地方紙に配信される共同通信の月評「詩はいま」を連載することになっていたのだが、担当と顔を合わせての打ち合わせも、延期。

鎌倉文学館の専門委員会も延期になり、気づくと、誰にも会わない日が続いている。


家にいる時間が長いおかげで、執筆に専念できるが、原稿を送ってからゲラが出るのも異様に早くなった。

出版社も新聞社も、通勤する日を減らしているからだろうか。


3月31日に、「映画芸術」の新作評のゲラを戻し、詩誌「ココア共和国」に詩篇を送り、第一回目となる「詩はいま」の原稿を書き上げて、共同通信に送ったところ、その日のうちにゲラが帰ってきた。

4月1日には「毎日新聞」4月9日夕刊に掲載される吉岡実没後30年の原稿を執筆、メールしたところ、翌日にはゲラが出た。

コロナウイルスが、働き方まで変えてしまった感がある。


また、4月上旬は美術家の秋山祐徳太子、そして北園克衛率いる「VOU」後期を代表するヴィジュアル・ポエット、伊藤元之さんと、親交があった方々の訃報が相次いだ。

元之さんの葬儀には何とか参列したかったのだが、いまだに感染者ゼロの緊張のなかにある岩手に行くわけにはいかない。

元之さんの書物の形をとった唯一の作品『耳の祭』を本棚から出して、遠く鎌倉から献杯し、追悼原稿を「岩手日報」に寄稿した。


一方、コロナ禍だから実現したこともある。

会えないだけに、高貝弘也、広瀬大志、田野倉康一といった友人とは、毎日、メールで情報を交換しているが、3月17日からパンデミック下の日常をテーマとする連詩を始めた。

また、詩誌「みらいらん」では、吉岡実没後30年特集を予定しているが、この特集のため朝吹亮二さんとの対談を考えていたものの実現できず、かわりにメールによる往復書簡的な対話を試みたのだが、『吉岡実全詩集』をかたわらに、朝吹さんとやり取りする日々は、実にスリリングだった。


コロナウイルスが、いつ終息するのかは、誰にも分からない。

そして、かりに終息したとしても、かつての日常は戻ってこないだろう。

今は、緊張と自粛のなかで原稿を書いていくしかない。
posted by 城戸朱理 at 18:57| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする