第二次世界大戦後、1950年代から60年代にかけて、
ヨーロッパ・南米・日本で、同時多発的に勃興し、
国際的な運動になったコンクリート・ポエトリー(具体詩)は、
文字の形象じたいに「詩」を見いだそうとするものだったが、
70年代には、言葉から写真やコラージュ、オブジェなど、
美術の素材を用いるヴィジュアル・ポエトリー(視覚詩)へと展開した。
ところが、海外に比べて日本では、この前衛運動は、
もっぱら美術の領域だけで問題にされ、
文学、ひいて詩の問題として検討されたことは、
これまで、ほとんどなかった。
しかし、21世紀を迎えて、
わが国のコンクリート・ポエトリーの創始者、
新国誠一の大規模な回顧展が国立国際美術館で開催されるとともに、
幻の詩集『0音』を含む実質的な全作品集が刊行されるなど、
具体詩と視覚詩をめぐる再評価の気運が高まっている。
新国誠一の「ASA」とともに、
日本のヴィジュアル・ポエトリーの牙城となったのは、
北園克衛率いる「VOU」だったが、
新国誠一とASA(芸術研究協会)を設立した藤富保男の全詩集、
『藤富保男詩集全景』(沖積舎)も刊行され、
その特異な世界の全貌が明らかになるとともに、
日本現代詩歌文学館では、3月14日から
「詩の姿〜藤富保男線描展」が開催されることになっているし、
新たな商業詩誌として出発した「びーぐる」第2号は、
特集「北園克衛と藤富保男」を企画している。
後期「VOU」を代表する伝説の視覚詩人、
高橋昭八郎は、代表作を集成する
作品集『第一語の暗箱』(2004)に続いて、
新詩集『ペ/ージ論』(思潮社)を準備中であり、
この新詩集の刊行も、ひとつの事件と言っていい。
さらに支倉隆子、ヤリタミサコと
視覚詩に積極的な詩人も健在だし、
作品数こそ少ないものの
卓越したセンスに支えられた
伊武トーマの視覚詩も、忘れがたい。
より若い世代の松井茂は、
コンクリート・ポエトリーの新世紀の継承者として
旺盛な活動を繰り広げており、
ヴィジュアル・ポエトリーの
新たな展開を担うと目される
辻虎志のような詩人も現れている。
その意味では、具体詩・視覚詩とは、
決して過去の前衛運動なのではなく、
現在進行形の問題でもあるわけで、
それは、私たちにとって、
詩と言語という問題を問い直す契機となることだろう。


