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城戸朱理のブログ: 前衛俳句をめぐるシンポジウムへ

2009年03月09日

前衛俳句をめぐるシンポジウムへ



土曜日は、コーヒーを飲んで、すぐに出かけた。11時すぎにお茶の水駅に到着。



数軒だけ古書店を覗いてから、12時半に如水会館へ。

1時から現代俳句協会主催の講演・シンポジウム〈「前衛俳句」は死んだのか〉に出席した。

一昨日の「詩脳ライヴ」とは違って、司会ではなく、パネリストとしての出席なので、気持ちは楽である。


最初は、金子兜太名誉会長による講演だったのだが、前衛俳句の時代を生きた生き証人による
お話だけに、興味が尽きないものがあった。


もし、詩であれば、まだ吉岡実が生きていて、
今、戦後詩について語るようなものだろうか。


非常に面白いのは、「前衛俳句」も「前衛短歌」も、現代詩ならば「荒地」と世代を同じくする戦後の一時期の潮流をいうものであることで、ひるがえって考えるならば、現代詩の世界では、「前衛詩」という言い方はないことである。

これは、現代詩というものが、つねに「前衛」であることを運命づけられたジャンルであるからかも知れない。


シンポジウムは、司会の宇井十間氏の主旨報告で始まった。

宇井さんは、東大医学部を出て、国家試験を通ってから、医師にはならずに、アメリカのスタンフォード大学で宗教哲学を学んでいるという不思議な経歴の持ち主だが、よく整理されるとともに、示唆に富む主旨報告だったと思う。


パネリストは、歌人が荻原裕幸、俳人が、田中亜美、須藤徹の諸氏。

荻原さんのお話をうかがっていて、短歌というものが私性にいかに深く根ざしたものであるかを再確認したり、諸氏の発言は、俳句と短歌の権能の違い、そして、現代詩との違いが自ずと明らかになるようなところがあって、私には、たいへん刺激的だった。


さらに面白かったのは懇親会で、シンポジウムへの厳しい批判もあり、この風通しのよさは、気持ちのよいものだと思う。

最近の詩の集まりだと、百人ていどの会で、私などは最年長の部類であることが多いが、俳句の集まりとなると、やはり、年少の部類になるのも特徴だろうか。

関悦史氏とも再会できたし、懇親会のあとは、有志でコーヒーを飲んで散会となる。


鎌倉に帰宅したのは、11時ごろか。


翌日曜日は、昼過ぎに吉祥寺へ。

久しぶりにヴィレッジ・ヴァンガードをうろうろしたり、金子光晴が通った古本屋を覗いたりして、6時にマンダラUへ。

新しいシングルCDをリリースした花実さんのライヴを聴く。

会場は立ち見まででる盛況ぶりだった。

韓国でツアー中のツルノリヒロ氏は、なんと今日、帰国したものの明日は、再び韓国入りだという。

ライヴのあとは駅前のハモニカ横町で、キッシュやレバームースで、ワインを飲んでから、帰宅した。
posted by 城戸朱理 at 11:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする