もともとは90年代のアメリカで言われ始めたものだった。
経済のグローバル化で、企業は、
労働力が安い海外に工場を移し、
アメリカの製造業が空洞化したため、
雇用が減り、働いてもぎりぎりの生存が
強いられる貧困層が登場したためである。
それに対して、ニートは、
イギリスで社会問題化して知られるようになった。
Neet(not in education,employment or traning)、
言うまでもなく、「働いておらず、
学校に行っているわけでも、
職業訓練を受けているわけでもない」人たちのことである。
イギリスやフランスといったヨーロッパの諸国では、
ニートは、階級社会が生み出した症例で、
下層階級の人たちは、就学や職業訓練の
機会そのものにハンディを負っており、
学習意欲があっても、それがかなえられずに、
生まれたものだった。
ところが、内田樹『下流志向』(講談社文庫)でも
指摘されているように、日本では事情が違う。
内田樹は、次のように語っている。
「日本では社会的弱者が進んで
差別的な社会構造の強化に
加担するという仕方で階層化が進んでいる。
弱者が自分自身の社会的立場を
より脆弱なものにするために
積極的に活動している。
この点では世界でも
例外的な事例だと思います」
つまり、日本では階層社会の結果、
ニートが生まれるのではなく、
「社会的弱者」が自ら進んでニートを選んで下層化し、
階級化をより強固なものにしているということである。
機会がないので、就学・就職をしないのではなく、
機会はあるのに、自らそれを放棄しているのが、
日本型ニートの特徴であり、
85万人とも言われる彼らは、
親にパラサイトできるうちはニートだが、
親が死んだら、ホームレスになるしかない。
少なくとも仕事がなければ、
ネットカフェ難民にすらなれないのだから。
85万人のニートという問題は、
働いても貧困から抜け出せないワーキング・プアよりは、
本人の責任が問われる問題だけに、
いまだに積極的な対策は取られていないが、
そのあらかたが結婚できないまま年を重ねていくのだろうし、
85万人のニートは、何十年後かには
85万人の孤独死という形を
とりかねない深刻な問題だと思う。
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