ある地方紙の取材を受けたときに、都内のどこかで写真を撮りたいと言われて、
私が指定したのが、神田古書店街だった。東京都内では、私がもっとも愛する街で、
そぞろ歩きしているだけでも、頬がゆるんでくる。
何冊かの本を求めて、古書店街を見下ろすビアホール、ランチョンで吉田健一のオーダーで生まれたビーフパイをつまみながら、
ビールを飲み、次第に暮れてゆく古書店街を眺めているのは、実に素晴らしい時間だと思う。
しかし、ふだんはさすがにそんな時間的な余裕はないので、
都内での打ち合わせの前に立ち寄って、何軒かの古書店を回るのがもっぱらである。
もちろん、一冊も本を求めることなく、立ち去ることもあるが、
それでも、年経た書物の雰囲気のなかに身を置くのは、私にとって望ましい時間で、
それは書物というものの、内容ばかりではない、オブジェとしての側面に触れることでもあるのだろう。
数日前に神田古書店街を訪れて、私が購入したのは、
瀧口修造の著作と、『本阿弥行状記と光悦』(中央公論美術出版)。
私が敬愛して止まない瀧口修造の著作は、みすず書房の『瀧口修造コレクション』で読むことが出来るが、
古書店で単行本を見つけると、やはり求めることになる。
今回は、1955年に刊行された『16の横顔 ボナールからアルプへ』(白揚社)と初めて出会うことが出来た。



