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城戸朱理のブログ: エズラ・パウンドの国際会議を日本で

2007年02月01日

エズラ・パウンドの国際会議を日本で



「百花繚乱」ガラ公演の興奮さめやらぬ月曜日は、まず「表現者」連載エッセイ「日本人の眼」のゲラを戻し、さらに次回分の原稿を送った。

テーマはいずれも「真贋」。


戦後最大の真贋論争を巻き起こし、社会的問題となった佐野乾山事件についておもに書いたのだが、あと数回は、このテーマで書くことになるのだろう。


夕方には新宿へ。腰痛が再発し、歩くのさえつらいのだから情けない。


待ち合わせは新宿ビルの中華料理店、謝朋殿。


日本エズラ・パウンド協会会長の岩原康夫先生 、原成吉先生とお会いして、エズラ・パウンド国際会議を日本で開催できないか、その可能性について話し合った。

パウンドをめぐる国際会議は、今年が22回目でイタリアで開催される。次の開催は、2009年。


もし、日本で開催できたら、パウンドの実娘であるマリ・ド・ラケウィルツ公爵夫人をぜひ、お呼びしたいと岩原先生は考えておられ、私も出来るかぎりの協力をお約束した。


謝朋殿は、岩原先生がよく利用されているらしい。

高級店で、どの料理も美味しいが、とりわけ、フカヒレと生ウニのスープは、絶品だった。


パウンドのこと、アメリカ詩のこと、そして、岩原先生が発表時に衝撃を受けたという、吉岡実の『僧侶』のことなど、話は尽きない。


原先生は、じきにサバチカルで、サンフランシスコに1年間、行かれることになっている。

その間に、私が行く機会があったら、一緒にゲーリー・スナイダーが暮らすキットキットディジーに行こうと誘って下さったので、スケジュールを調整しなければならない。

もし可能なら、スナイダーがギンズバーグらとともに作りあげた、ビートニクのコミューン、キットキットディジーにカメラを入れさせてもらって、「Edge Special ゲーリー・スナイダー」篇につづく番組を制作したいものである。


そのときには、テレコムスタッフのクルーとともに通訳として、遠藤朋之氏に行ってもらうことになるだろう。


鎌倉に帰宅したのは、11時過ぎ、それから、急ぎの原稿を書き始めた。
posted by 城戸朱理 at 00:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする