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城戸朱理のブログ: 鶏龍山の徳利、その1

2014年01月08日

鶏龍山の徳利、その1

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李朝の陶磁器のうち、白化粧土を刷毛で施し、鉄絵が描かれたものを鶏龍山と呼ぶ。

日本では、三島手とも呼ばれる李朝の粉青沙器の一種なのだが、これは、韓国の忠清南道にあった鶏龍山窯で焼かれ、窯名がそのまま呼び名になったものである。


白磁ばかりが焼かれた李朝にあっては、特殊な器に入るが、使っているうちに白化粧土に酒が染みて、
とろりとした褐色に育っていくため、かねてから骨董好きの酒徒には人気が高い器のひとつだ。


小林秀雄が、古備前とともに常用した徳利の一本が、やはり鶏龍山の絵刷毛目だったし、白洲正子も『徳利と盃と私』(光芸出版)で、常用の徳利として鶏龍山を紹介している。

どちらも、何を描いたのか分からぬ鉄絵だが、白洲さんのものは、とりわけ賑やかだ。

白洲さん自身は、この徳利のことを次のように語っている。



「鶏龍山の徳利は私が一人で飲むときに使う。(中略)
少し騒がしいのが気になるが、子供のポンチ絵みたいな模様が面白く、
それに一人で飲む時は、いく分賑やかな方がいいかも知れない」



鶏龍山に合わせた盃は、あの小林秀雄旧蔵の無地唐津で、こちらは最後まで白洲さんの手元にあったが、鶏龍山の徳利は、『私の骨董』には掲載されておらず、結局、売ってしまったらしい。

やはり、「いく分賑やかな方がいい」と言っても、賑やかすぎたのではないだろうか。


刷毛目だけなら、柳宗悦が言うところの「無文の文」だが、それに鉄絵を伴うと、騒がしいのは当たり前で、私も何本か鶏龍山を所持しているものの、あまり使うことはなかった。

それを使ってみようと思ったのは、昨年の初めに、石田瑞穂くんが、入手したばかりの李朝片口の話から、徳利の話になって、鶏龍山の徳利を、いずれは使ってみたいと言い出したからで、
 H氏賞受賞のお祝いに、古唐津でも、もっとも古い岸岳の帆柱窯で焼かれた斑唐津盃と鶏龍山の徳利を贈ったのだが、私も鶏龍山を箱から出して、使うことにしたのだった。


三本あった鶏龍山のうち一本を石田瑞穂くんに贈ったので、手元にあるのは二本。


写真は、そのうちの一本で、鶏龍山のうちでも羽衣手と呼ばれるもの。

李朝初期、15〜16世紀の所産で、発掘品だが、無傷の完器。

胴が張り出し、安定感がある。

ずいぶん、酒が染みてきたが、育つには、あと10年はかかるだろうか。


取り合わせたのは、古唐津の皮鯨筒盃である。

これは、ぶち割れた発掘品を繋いだものだが、口縁に鉄絵を巡らした皮鯨は、酒徒に人気が高く、発掘品でもめったに出会わない。

この筒盃は見込みに青い窯変があり、酒を注ぐと、ひときわ美しい。


それにしても、鳥の羽根のような模様を「羽衣」に見立てたり、口縁の鉄絵を輪切りにした鯨に見立て、「皮鯨」と呼んだりと、昔の日本人の感覚は、なんとも面白い。
posted by 城戸朱理 at 10:36| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする