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城戸朱理のブログ: 「禅――心をかたちに」展@東京国立博物館

2016年11月22日

「禅――心をかたちに」展@東京国立博物館

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上野公園は、木々が色づき始めていた。

東京国立博物館で開催されている「禅――心をかたちに」展は、臨済禅師御遠忌1150年、白隠禅師御遠忌250年記念するもの。


唐の臨済義玄は、言うまでもなく中国・臨済宗の開祖。

「五逆聞雷」、五逆の大罪を犯した者が百雷を聞くがごとき厳しい棒喝で知られ、その言行は『臨済録』にまとめられている。


白隠は「五百年間出の大徳」と呼ばれる江戸時代、臨済宗妙心寺派の禅師である。


禅は6世紀初頭に達磨が中国に伝え、唐代、宋代に隆盛を迎えた。

中国の禅宗は五家七宗に分かれるが、そのうち臨済宗を栄西が、曹洞宗を道元が、鎌倉時代に日本に伝えた。

ただし日本の曹洞宗は、中国曹洞宗とは別のものであり、道元を開祖とする宗派と考えるべきだろう。

その背景には、道元の透徹した言語と世界への認識があるのは言うまでもない。


さらに、禅は中国では廃れ、日本だけに残されることになったことも興味深い。


「禅――心をかたちに」は、会場を回るだけで、禅宗の特徴を感得できる貴重な展覧会だった。

仏教であるのに、禅宗においては、仏像は展示の中心にはならない。

もっとも多いのは開山や高僧の画賛であり、あくまでも修業者の系譜によって宗門が成立していることが分かる。


禅の基本概念、「不立文字」「教化別伝」は、経典に記述されているところに仏道はなく、
「直指人心」「見成仏性」は、禅が目指すべき境涯をただちに把握、実践して大悟に至ることを言うものだが、
その意味では、大乗仏教諸宗のなかで、禅とは、時代と風土に即した方法で釈尊に回帰する仏教のラディカリズムだったのだと言えるだろう。


釈尊の時代、初期仏教から上座部の仏教においては、出家修業者は働かず、托鉢によって食を得たが、中国の禅宗は人里離れた山中に僧堂が作られたため、僧侶も作務として自給自足の生活を営んだ。

8世紀、百丈懐海の「一日作(な)さざれば一日食らわず」とは、そのことを言うものである。


また、禅は、絵画や茶の湯にも大きな影響を与えたので、会場には、大巧如拙「瓢鮎図」を始めとして、雪舟等楊、雪村周継、長谷川等泊、狩野探幽らの絵画、
そして、油滴天目茶碗、大井戸茶碗の銘「有楽」など、国宝、重要文化財の茶道具まで観ることができた。

千利休以前、茶の湯で茶碗の首座とされた井戸茶碗は、国宝の銘「喜左衛門」、重要文化財の銘「筒井筒」などがあり、銘「有楽」もバランスの取れた名碗として名高いが、実物は、図録で見るよりも、何やら、あっけらかんとしていて、私には、それが面白かった。


さらに「平安の秘仏――滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」展を観て、会場を後にしようとしたら、バンビことパンクな彼女が、「写真を撮ってあげて!」と言うので、見たら、バンビが羅漢像のパネルから顔を出しているではないか。

パンクだけに、こういう機会は決して逃さない。

いよいよ、注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:28| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする