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城戸朱理のブログ: 2016年、最後に買った本〜正宗得三郎『鐵齋』(平凡社)

2017年01月05日

2016年、最後に買った本〜正宗得三郎『鐵齋』(平凡社)

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去年、最後に求めた本は正宗得三郎『鐵齋』だった。


1961年、平凡社刊で、限定2000部のうちの1387番。

神田の美術書専門の古書店、源喜堂で見つけたのだが、一部、アートプレスによる図版を貼り込んだ贅沢な造りの本である。

正月は、酒を汲みながら、この本を開いて、あれこれ思いを巡らした。


著者の正宗得三郎は、渡仏してアンリ・マティスに学んだ洋画家だが、晩年、富岡鐵齋の研究に没頭した。

作家・正宗白鳥、歌人で国文学者・正宗敦夫は兄、植物学者・正宗厳敬は弟になる。


鐵齋は、小林秀雄の名随筆「真贋」で語られているように贋作が多い。

いや、それは、鐵齋に限った話ではなく、近代以前の日本の絵画全体に言えることで、斯会の権威による美術書でも、掲載されている図版の過半が贋作といった例まであるそうだ。

しかし、鐵齋の真筆もおびただしい数が遺されているのも事実だから、それで商売しようという人には悩ましい話だが、虚心に見るならば、鐵齋は鐵齋である。


鐵齋は自らを儒者と名乗り、画家と呼ばれることを嫌ったが、それだけに、自らの作を画賛から見ろと語っている。

鐵齋の書は、実に立派なものだが、この発言は、彼にとって、言葉が主であり、絵画は従であることを言うものであって、鐵齋の姿勢をよく現している。

儒者であるとは、故事に学ぶことであり、故事に語られている本質を自ら生きるということにほかならない。

そして、故事とは言葉によって伝えられるものである。

その意味では、鐵齋の絵とは、故事を視覚的に現前させたものと言っていい。

そこに描かれているのは空想などではなく、鐵齋にとって、動かしがたい現実なのであって、それが分からぬ人には、鐵齋という人は、理解できないものとなるだろう。


鐵齋が青年期に、歌人、太田垣蓮月尼の薫陶を受けて育ったことは知られているが、浦上玉堂を仰ぎ見るとともに、池大雅・与謝蕪村の「十便十宜帖」を臨模し、自分が見た青木木米の絵のすべてを縮写している。

その生涯は、画家と呼んでも不思議がないものなのに、本人が、それを嫌ったということに、私は、やはり驚きを禁じえない。

万巻の書を読み、万里の道を行くことを自らに課した鐵齋は、東アジア的な文人像を生きた最後の人であり、その詩・書・画、三絶の姿は、近代化のなかで私たちが失ったものを静かに教えている。
posted by 城戸朱理 at 13:23| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする