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城戸朱理のブログ: 食卓の古唐津、その2

2017年03月12日

食卓の古唐津、その2

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「鹿千代にござりまする」

また、バンビことパンクな彼女が、時代劇モードで、子供剣士・鹿千代になってしまった。

「糠之丞(ぬかのじょう)が、活躍しているのでござりまする」
・・・

糠之丞とは、バンビ=鹿千代のぬか床の名前である。

たしかに、毎日、食卓に並ぶぬか漬けの味が、よくなっている。


ぬか漬けは、夏なら半日、冬なら一日で食べられるが、二日、三日と置くにつれ、古漬けに近づき、味わいが深まる。

浅漬けのみずみずしさも捨てがたいが、古漬けをミョウガやショウガと一緒に刻んだものもいいものだ。


バンビ=鹿千代が、キュウリのぬか漬けを盛ったのは、例によって古唐津。


松浦古唐津の市之瀬高麗神窯で焼かれた馬盥の小鉢で、灰釉の無地唐津だが、酸化炎で焼かれて黄褐色に発色している。

これを黄唐津とも呼ぶが、古唐津のなかでも、もっとも経年変化が出やすい手なので、使うにつれて味わい深くなっていくことだろう。


十三代中里太郎右衛門(中里蓬庵)の研究によると、市ノ瀬高麗神窯は、慶長3年(1598)に、肥前佐賀藩の藩祖・鍋島直茂が、慶長の役の朝鮮出兵の帰りに連れ帰った李朝の陶工によって開かれた窯という伝承があるそうだから、江戸初期の所産ということになる。

ただし、陶磁学では、かねてから古唐津や織部などの美濃ものは、江戸初期の所産であっても、すべて桃山と表記するのが通例となっているようだ。

井伏鱒二の『珍品堂主人』のモデルになった秦秀雄などは、明らかに江戸時代に入ってからの織部を、桃山とするのに異議を唱えていたが、
実は10年単位で区分できるにも関わらず、陶磁学上は、桃山の様式のものを一括して、桃山時代としているわけで、これは、日本陶磁史上での、桃山という時代の重要性を示すものだろう。


ともあれ、古唐津の小器のどれかが食卓に並ぶのは、わが家の習慣になりそうだ。
posted by 城戸朱理 at 08:42| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする