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城戸朱理のブログ: 「3・11いわて文化復興支援フォーラム」のディスカッション「震災と詩歌」へ

2017年03月15日

「3・11いわて文化復興支援フォーラム」のディスカッション「震災と詩歌」へ

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3月11日(土)。

東日本大震災から6年。

この日は、NPOによる復興支援事業「3・11いわて文化復興支援フォーラム」のディスカッション「震災と詩歌」に出席した。


会場は古い町屋が残る、鉈屋町の盛岡町屋物語館。

もともとは、岩手川酒造だった建物である。


このイベントに先立って、いわてアートサポートセンターでは詩を公募し、優秀作・入選作、20篇を詩集「いわて震災詩歌2017」としてまとめた。

イベントの第一部は、この詩集をもとに構成した詩劇。

ジャズピアニスト、鈴木牧子さんの演奏で、5人の出演者が朗読したのだが、これが異様なまでに劇的だったのは、やはり大震災の体験の重みがあるからだろう。


第二部のディスカッションは、いわてアートサポートセンター理事長の坂田裕一氏の司会で、作家・ジャーナリストの外岡秀俊氏と私のディスカッション「震災と詩歌」。


外岡さんは東大在学中に、今なお評価が高い石川啄木をテーマにした小説「北帰行」で文藝賞を受賞されたが、朝日新聞社に入社してからは小説を書くことはなく、朝日新聞の論説委員、ヨーロッパ総局長を経て、東京本社編集局長を歴任された方である。

2011年に早期退職されてからは再び小説の筆を取られているが、阪神大震災のときは1年半にわたって被災地を取材、『地震と社会「阪神大震災記」』(みすず書房)をまとめられており、東日本大震災の発生時も、すぐに被災地入りされている。

そのとき、お守りのように宮澤賢治の全集を持っていかれたそうだ。


外岡さんとの対話は、私にとっても大変、刺激的だった。

東日本大震災が起こってから、被災地では霊の目撃談が増え、東北学院大の金菱清教授による『霊性の震災学』(新曜社)といった研究や、講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞作家、奥野修司の『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』(新潮社)といった著作も発表されている。

阪神大震災のあとでは、こうしたことはなかったように記憶していたので、外岡さんにお尋ねしたところ、やはり、神戸ではとくになかったらしい。

外岡さんは、阪神大震災は早朝に起こったため、家族がそろって家にいた人がほとんどだったが、
東日本大震災は、平日の午後に発生したので、子供たちは学校に、父親は仕事に、母親は自宅にと、家族がバラバラであったこと、
いまだに遺体が発見されていない行方不明者が二千六百余人もいることが、その理由ではないかと語られていたが、うなずける話だった。

さらに、死者と共存するかのような東北の風土も、その背景にはあるのだろう。


坂田さんから、もし、啄木と賢治が生きていたら、東日本大震災を経験して、どんな作品を書いただろうかという問いかけがあったが、外岡さんの、啄木も賢治もすでに書いているという回答には、まったくその通りだと思った。


沿岸部の被災地では、3・11は、犠牲になられた方々を悼む日であり、文化的なイベントなどは催すべきではないが、逆に被害がなかった盛岡のようなところでは、東日本大震災の惨禍を忘れないために、こうした催しがこれからも企画されるべきだろう。


会場には、伊藤元之さんの姿も。


終了後は、中の橋のベアレンで打ち上げ。

私にとっては、高校の先輩である岩手詩人クラブ会長の東野正さんとも久しぶりにお話できた。
posted by 城戸朱理 at 09:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする