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城戸朱理のブログ: 珍しい買い物

2017年05月09日

珍しい買い物

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私のワードローブは、イタリアのモード系がもっぱらで、アメリカン・カジュアルを身につけることは滅多にない。

だが、10代のころには、アメリカン・カルチャーに憧れを持った世代ではあるので、アメカジには奇妙な懐かしさを感じるのも事実だ。


以前、画家の久保田潤さんと話していたとき、いかにもアメリカのワークウェアという感じのインディゴ染めのダンガリーシャツの話題になって、久保田さんが「無性に着たくなることがありますよね」と語っていたが、それが納得できるところがあったりする。

私より若干、年上の久保田さんなら、学生時代にアメカジの洗礼を受けた世代だから、なおさらだろう。

日本的原型に骨太に回帰した日本画家の瓜南直子さんでさえ、芸大時代は、スケートボードで大学構内を走り回っていたというのだから。

ちなみに、久保田さんは、芸大で瓜南さんの一級、上になる。


そんなことを思い出していたせいか、アメカジ・ショップに入って、私にしては珍しい買い物をした。


いまだにメイド・イン・USAにこだわり、米軍の納入メーカーでもあるCAMCOのダンガリーシャツ、VANSのフラガールを編み込んだソックスに、米軍のファースト・エイド・キット用のポーチである。

こうして並べてみると――やはり、奇妙な買い物だと思う。

アメリカ製は、タフ&ラフが身上で、作りは雑だが、ひたすら頑丈だったりする。

しかも、雑なところが魅力だったりするが、それが、世界最大の経済大国の工業製品の特徴だというあたりが面白い。

これは、ヨーロッパや日本のように職人が存在しないのが、その理由なのだろうし、実用第一というプロテスタント的なプラグマティズムが背景にあるのだろう。

実際、アメリカでは例外的に熟練した職人のハンドメイドであるオールデンの靴も、イギリスやイタリアの名門に比べると仕上げは雑で、靴なんだからこれくらいでいいと言わんばかりである。

すると、私がアメリカ製に見出だしているのは、「これくらいでいい」という感覚なのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 08:19| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする