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城戸朱理のブログ: 柿島屋で古本披露

2017年11月03日

柿島屋で古本披露

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今回の宴会で、私が提案したのは高原書店に集合して古本狩り、柿島屋から参加の場合は最近、入手した古本を持参するというもの。

宴会が始まり、さっそく本の披露となった。


広瀬大志くんが持ってきたのは『恐怖映画大全』――。


大志くんは満面の笑みを浮かべ、「凄いんだ、これ」。

ホラー映画のポスターやパンフを集成するムックだが、あまりに大志くんらしいセレクトにのけぞった。


高貝弘也くんが持っているのは大正3年6月に刊行された「三田文學」、第五巻第六號である。

これは北原白秋「雨中小景」の初出ということで入手したそうだが、目次を確認すると森鴎外、永井荷風、久保田万太郎と執筆陣が凄い。

高貝くんは、雑誌までよく目配りしているが、興味がある作品は、初出誌まで探すという徹底ぶりには頭が下がる。


足利美術館、国立近代美術館と、カタログ・テクストの執筆が続いている田野倉康一くんは、ギャラリー回りが忙しく、最近は古本屋を覗く余裕がないらしい。


持参したのは、大岡信『現代芸術の言葉』だったが、これは大岡さんの批評について講演を頼まれたので、その資料だという。

実用性優先というあたりが田野倉くんである。



私は、高原書店で買ったばかりの二冊を披露した。


一冊目は、サミュエル・R・ディレーニイ『バベル=17』(ハヤカワ・SF・シリーズ、1970年、初版)。


主人公は、人類が進出した五つの銀河系で、もっとも有名な女流詩人、26歳の東洋系美女、リドラ・ウォン。

天才的な言語学者でもある彼女は、同盟軍の要請を受けて、侵略者の謎の言語「バベル=17」の解析に取り組む。

スペースオペラ的な要素も満載、スリリングでイマジネーション豊かな、ニューウェーブSFの傑作である。

日本だとフィリップ・K・ディックやアーシュラ・K・ル=グインが、「文学的」なSF作家として論じられることが多いが、私にとっては、認識論的に異界を描くサミュエル・R・ディレーニイも忘れがたい作家のひとりだ。


「おお、すげぇー!
ハヤカワ文庫で読んだけど、最初はそれで出ていたんだ!
知らなかった!」


大志くんは興奮していたが、SFを読みまくっていたのは私と大志くんだけだから、ほかのメンバーには、何が起こっているのか分からなかったかも知れない。


私も『バベル=17』は、高校生のときにハヤカワ文庫で読んだが、文庫版も倉庫に保管してある。

高原書店のハヤカワ・ポケット・ミステリーの棚で、ニコラス・ブレイクの著作が何かないか探しているとき、隣がハヤカワ・SF・シリーズの棚だったので見つけることが出来た。


二冊目は竹本健治『匣の中の失楽』(幻影城、1978年、初版)。


ここで、大志くんの興奮は絶頂に達した。


「持たして、持たして!
桂子さん、俺がゲットしたっていう感じで写真を撮って!」


難事件を名探偵が解決するという旧来のミステリーに対して、敗北する探偵を描き、それ自体がミステリー批判でもあるアンチ・ミステリーという金字塔を打ち立てたのが中井英夫『虚無への供物』だが、
竹本健治のデビュー作である『匣の中の失楽』は、中井英夫の系譜を受け継ぎ、アンチ・ミステリー、メタ・ミステリーの傑作として、専門誌「幻影城」にいきなり長編連載、さらには単行本化された。

その系譜は摩耶雄蒿『翼ある闇』に受け継がれることになるのだが、『匣の中の失楽』を初めて読んだときの衝撃は今でも忘れられない。


今回は、SFとミステリーというセレクトになったが、ミステリーを手当たり次第に読みまくっているのも私と大志くんだけだから、ほかのメンバーには、やはり何が何やら分からなかったかも知れない。


posted by 城戸朱理 at 14:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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