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城戸朱理のブログ: 宮古、田老地区

2018年10月05日

宮古、田老地区

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田老地区のシンボル、三王岩。

高さ約50m、石柱状の男岩に女岩と太鼓岩が寄り添う。

リアス式海岸の三陸ならではの奇景である。



田老町は2005年に宮古市と合併したが、「津波太郎」の異名を取るほど、津波被害を被ってきた。


古くは、慶長三陸津波(1611)で村が全滅したという記録が残るが、明治三陸津波(1869)でも、住宅が一軒残らず流され、住民の83%が死亡するという壊滅的な被害を受けた。

さらに昭和三陸津波(1933)でも甚大な被害を被ったため、防災の意識が高く、高台への避難路が整備され、年に一度の避難訓練を欠かすことはなかったという。


それだけではない、田老には「万里の長城」と呼ばれる防潮堤があった。

町を囲む全長2.6km、高さ10m、世界最強の防潮堤も、東日本大震災の津波を食い止めることは出来なかったのである。


宮古観光文化交流協会では、津波の恐ろしさを若い世代に伝えていくため「学ぶ防災」ガイドツアーを実施している。

9月9日は、工藤玲音さん、武田穂佳さんのふたりに「学ぶ防災」ガイドツアーに参加してもらって、その様子を撮影した。


ガイドの元田久美子さんの説明を聞きながら、防潮堤、さらには明治・昭和・平成津波の高さが記された田老漁協の製氷貯氷施設へ。

田老では新たな防潮堤が建設されており、本来ならば今年、完成する予定だったが、3年遅れることになったという。

東京オリンピック、ラグビー・ワールドカップと建設ラッシュが続くことになっただけではなく、熊本地震、西日本豪雨災害、台風被害、そして北海道大地震と、東日本大震災の被災地が復興する前に、被災地が増え続けているという元田さんの言葉が印象に残った。



「学ぶ防災」ガイドツアーの最後は、津波遺構「たろう観光ホテル」。

2階までは鉄骨だけを残して津波にさらわれ、4階まで浸水したが、その6階で、たろう観光ホテルの松本勇毅社長が撮影した、津波が防潮堤を越え、一瞬のうちに町を流し去る映像を見ることができる。


2011年3月11日、田老では巨大地震のあと、「津波は3m超」というアナウンスのあと、停電で情報が途絶した。

田老には世界中から防災学習のため、防潮堤を見学にくる人がいるので、松本社長は従業員を避難させ、ひとりホテルに残って、津波の映像を残そうとしたのだという。

しかし、津波は10mの防潮堤を越え、たろう観光ホテルの壁も突き破った。


津波の映像を見た工藤さん、武田さんも言葉を失っていた。
posted by 城戸朱理 at 13:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする