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城戸朱理のブログ: ささやかな古本市で〜和田芳恵から吉岡実、ジョン・コリアから西脇順三郎へ

2019年11月25日

ささやかな古本市で〜和田芳恵から吉岡実、ジョン・コリアから西脇順三郎へ

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鎌倉駅東口の東急ストア前では、年に何度か古本市が開催される。

市と言っても、一店舗の業者さんが出店するだけなので、出張古書店のようなもの。

しかも東急ストアの前の露店だから、稀書が並ぶわけでもないのだが、偶然、通りかかったら、あれこれ手に取りながら小一時間は過ごすことになる。


この古本市では、 値が張るものにはビニール袋がかけられているので、とりあえずビニールに入っている本は必ずチェックするようにしている。


先日、古本市に遭遇して求めたのは2冊。



『ジョン・コリア奇談集』中西秀男訳(サンリオSF文庫、1983年、初版)
1000円

和田芳恵『ひとつの文壇史』(新潮社、1967年、初版)1200円


どちらもビニールがかけられていたが、値段は千円ていど。

それでもスーパーの催事だから、気になる本が見つけられたというだけで掘り出し感がある。



樋口一葉研究でも知られる作家、和田芳恵は、戦前、昭和初期に新潮社の編集者として大衆小説の隆盛を生きた。

当時の作家たちを回想する随筆なのだが、「あとがき」の「雑誌編集者の略歴などは、大正期あたりに活躍した人でも、ほとんど不明になっている。(中略)雑誌編集者あがりの私がいだく実感は、編集者は、うたかたのごとく、はかない存在だということである」という一節には考えさせられた。

戦後、昭和の時代なら名物編集者によって時代が作られところがあるようにも思うのだが。


和田芳恵の娘である陽子さんは詩人・吉岡実の妻、つまり和田芳恵は吉岡さんの義父に当たる。

吉岡さんは、随筆集『「死児」という絵』のなかの一篇、「和田芳恵追想」で「おやじさん」の遺品である樋口一葉の短冊と北大路魯山人作の灰皿について語っている。

「二十数年も、あの狭い家のなかで、今日までよく破損もせずにきたものだと思った。今、私の枕元にその灰皿はある」という魯山人の織部の灰皿についての記述からは、何も語られてはいないのに和田芳恵という作家の暮らしぶりが、ふと浮かび上がってくるように感じたものだった。


和田芳恵は、戦後、出版社を興したが経営に失敗して負債を抱え、3年もの間、失踪していた時期がある。

作家として日本芸術院賞、直木賞を受賞したのは晩年のこと。波乱万丈の生涯と言えるだろう。



サンリオSF文庫はSFを謳いながら、前衛的な現代文学を多数、紹介したため評価が高く、古書値がつくが、その点、ジョン・コリアは似合いの作家だ。

短編小説の名手として知られる20世紀イギリスの作家、ジョン・コリアは岩波文庫にも入っているが、サンリオSF文庫が、最初の文庫化だったと思う。


コリアは若き日には詩集も出しているが、イギリス留学中の西脇順三郎と親交があったので、西脇の『Ambarvalia』にも登場する。

「LE MONDE MODERNE」中の「薔薇物語」に登場する「ジオン」が、その人である。




ジオンと別れたのは十年前の昼であった
十月僕は大学に行くことになってジオンは地獄へ行った
雲のかかっている倫敦(ロンドン)の中を二人が走った
ブリテン博物館の屋根へのぼってしかられた
ジオンの写真はその後文学雑誌に出た
鉛筆のなかで偉そうに頬骨を出した
公園にクローカスの花が石から破裂する時
黄色い曲がった梨がなる時
毎日酒場とカフェと伊太利(イタリア)人の中で話した




『Ambarvalia』のなかでは論じられることの少ない一篇だが、「薔薇物語」は好きな作品のひとつで、とりわけ次のような一節には痺れたものだった。




僕はその時分は南ケンジントンのブラムプトン
にある薔薇のカーペトのあるホテル
に住んでいた 我々はこのホテルを
ロマン・ド・ラ・ローズと呼んでいた
ときどき 月影にやき栗をかって 一緒に
ロマン・ド・ラ・ローズの中へはいって
電気をつけて悲しんだ




『ロマン・ド・ラ・ローズ』、すなわち『薔薇物語』は、13世紀、中世フランスの物語詩で、正篇がギョーム・ド・ロリスによって、続篇がジャン・ド・マンによって書かれたとされている。

この『薔薇物語』を『カンタベリー物語』のジェフリー・チョーサーが14世紀に脚韻を踏んで英訳することによって、アングロ・サクソン的な頭韻法が過去のものとなり、近世に至る英語詩が始まったことを考えるならば、西脇順三郎の「薔薇物語」には、ふたりの青年の交遊を活写しつつも、文学的な伝統が織り込まれていると言ってよい。

そう考えると「 ロマン・ド・ラ・ローズの中へはいって/電気をつけて悲しんだ 」という二行の意味も、その深度を変えることになる。


西脇順三郎の詩に登場するジョン・コリアかと思うと、ささやかな文庫本にも感興を覚えざるをえない。
posted by 城戸朱理 at 00:47| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする