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城戸朱理のブログ: 吉岡実エッセイ選を編纂して

2005年07月19日

吉岡実エッセイ選を編纂して



「詩の森文庫」の1冊として、エッセイ選を編むために、吉岡実が残した全散文を未刊行分まで含めて、すべて再読し、思ったことがある。


吉岡氏が、散文を苦手とし、やむを得ない場合だけ、依頼に応えて、エッセイを執筆したのは周知の通り。


それだけに吉岡実が、ほかの詩人について、何らかの文章を書いている場合は、
そのこと自体が、相手に対する並々ならぬ敬意や評価を示すものと言えるのではないだろうか。


俳人だと、永田耕衣や高柳重信が、その例。


詩人だと、とりわけ長いエッセイを残している西脇順三郎を筆頭に、吉岡さんが、詩人として出発するきっかけを作った詩友、飯島耕一氏、
飯島氏と並んで、同人誌「鰐」の仲間でもあった大岡信氏などに、やはり、特別の思いを抱いていたことが、残されたエッセイから、伝わってくる。


実際、吉岡さんは、最後の詩集『ムーンドロップ』の同年に刊行された飯島耕一『虹の喜劇』を高く評価し、当時、私に「今年は飯島と俺だ」と誇らかに語ったものだ。


吉岡さんより、下の世代では、白石かずこ氏への言及がある。


吉岡さんは自らの詩集『神秘的な時代の詩』に、「神秘的な時代」という言葉を選んだ理由を、白石かずこや吉増剛造といった若い詩人たちが登場し、
長大な詩を書くようになったことから、70年代前半を「神秘的な時代」と感じたのだと語っていたが、白石氏や吉増氏の作品は、「新しい詩」として吉岡さんを感嘆させたに違いない。



それを思うと「自筆年譜」にも登場する吉増氏についての文章が、残されていないのは、残念だ。


吉岡さんは、詩集の推薦文のたぐいを執筆することも、きわめて稀で、吉岡実の書誌を研究されている小林一郎氏によると、その晩年、3冊の詩集に、文章を寄せただけだという。

栞を書いたのが、松浦寿輝『ウサギのダンス』、
帯文を寄せたのが、私の第一詩集『召喚』と
高貝弘也『敷き藺』になるのだが、

帯文をいただいた経緯は、『吉岡実の肖像』(ジャプラン)で語った通りである。


そして、吉岡さんとの出会いから私が学んだのは、おそらくは、詩人の正しい骨格と正しい姿勢といったものだったのだろうと思う。


これまで、単行本未収録の吉岡さんの散文は、すでに小林一郎氏によって、集成・編纂されており、ほぼ一冊分の分量になる。


刊行が待たれるところである。


posted by 城戸朱理 at 12:51| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする