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城戸朱理のブログ: 日記

2017年05月24日

笠井瑞丈「花粉革命」へ

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連休中は、原稿や打ち合わせに追われて、休日らしいことは、何もできなかったが、唯一、世田谷パブリックシアターのシアター・トラムで開催された笠井瑞丈さんの「花粉革命」を観に行くことができた。


「花粉革命」といえば、瑞丈さんの父であり、土方巽、大野一雄とともに舞踏草創期を担った天才、笠井叡さんの代表作のひとつ。

このステージも演出・構成・振付を笠井叡さんがされていたので、いささかシンボリックな意味合いを持つ公演だった。


いつもなら、無尽蔵のエネルギーを感じさせる瑞丈さんが、公演終了後は憔悴していたので逆に驚いたが、体力の限界を超えて、踊り切るようなダンスだったというしかない。


客席には、野村喜和夫さんの姿も。


笠井叡さん、久子さんとも久しぶりにお会いしたが、笠井叡さんから富岡幸一郎さんと一度、話したいと言われて、バンビことパンクな彼女が、セッティングすることになった。


後日、ベルギー滞在中の瑞丈さんから、公演を終え、次の目標を立てたいというメールが。

「花粉革命」の後に、瑞丈さんが何を踊るのか、今から楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 17:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前衛活動家、マッド・バンビ???

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「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」

毎度おなじみ、バンビことパンクな彼女のテーマ曲である。

「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」
・・・

「バンビコ、ピコバン、バンビコ♪」
!!!

ひっくり返って、ピコバンになっているぞ!
「ピコバン、ピコバン、ピコバン♪」
・・・・・・

「コピンバ〜♪」
!!!!!!

今度は、コピンバである。

アナグラムのように「バンビコ」を変化させているが、いったい、どうしたのだろう?


「バンビのテーマ曲は、新國誠一先生の音声詩みたいなものなんだよ!」
!!!!!!

「前衛活動家だからね!」
・・・・・・


わが国のコンクリート・ポエトリー(具体詩)の創始者、新國誠一は、フランスのピエール・ガルニエとの共同作業によって、国境を超える「超国家詩」を唱え、さらに音声詩も試みた。

しかし、まさかバンビのテーマ曲が、音声詩化するとは。

いや、騙されてはいけない。

たんに遊んでいるだけなのである。


ヘンなテーマ曲を歌ってはいるものの、感心なことに、バンビは写真データを整理したり、校正をしたりと、連休中も仕事に励んでいた。

私も連休は仕事で終わってしまうことになったので、連休資金として用意したお金が、ほとんど減っていない。

そこで、バンビにお小遣いとして、3万円をあげることにした。


「やったね!
お小遣いだよ!」


バンビは喜び、カメラの機材をPRADAのバックパックに詰めると、どこかにパタパタと行ってしまったのである!

お小遣いをあげると、どこかに遊びに行ってしまうというのがパターン化しているような気がするが、パンクだから仕方がない。

どこかで「前衛活動」に励んでいるのだろうが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 17:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

整理開始!



書斎ばかりか、居間まで、本や雑誌、展覧会の図録に書類が山を成し、手がつけられなくなってしまった。

「Edge カニエ・ナハ篇」でも、書庫をはみ出した本がリビングを占領していたが、わが家は、さらに混沌たる有り様である。

5月12日(金)にフェリス女学院大学の講義を終えて帰宅してから、週末は、整理&大掃除にとりかかった。


とりあえず、ダンボール3箱分の本を古本屋に送り出し、不要になった書類をまとめていく。

処分した本や書類は、およそダンボール5〜6箱分くらいの容量になっただろうか。


ようやく、通路を確保できたという感じなので、本格的な整理は、これからになるのだが、今回は、引越しするつもりで、荷物を半分まで減らすのが目標なので、しばらくは、片付けを続けることになりそうだ。

片付けも、仕事のかたわらで進めるしかないので、時間がかかる。
posted by 城戸朱理 at 11:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ再開のお知らせ



連休は休みがなく、それから本や書類の整理に追われているうちに、ブログのことを、すっかり失念していた。

面白いもので、毎日、更新しているときは、それが当たり前になるのだが、数日、間が空くと、ブログをやっていたことまで忘れてしまったりする。

それだけ、別のことに熱中していたということなのだが、今日から緩やかに再開したいと思っているので、お付き合い下さい。
posted by 城戸朱理 at 11:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月10日

山藤の季節

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5月の連休のころ、鎌倉では山藤が満開となり、山々の至るところが紫にけぶったようになる。

鶴岡八幡宮に至る段葛を歩いていては分からないが、北鎌倉で下車すると、見ることができるし、名月院に至る道も山藤が見事だ。


私の住まいだと、書斎からも、ベランダからも、木々に絡みついて花を咲かせる山藤を望むことができるが、見とれて、放心してしまうことがある。

放心、つまりは心がここにないこと。

西行は鴫立沢で「心なき身にもあはれは知られけり」と詠ったが、「心なき身」という言葉の重さを、改めて想ったりする。
posted by 城戸朱理 at 08:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

旅に出た連休、その2





5月4日、連休中日。

世間は連休だが、私の連休はどこかに行ってしまったので、この日は打ち合わせと会議が続いた。

起床して、まずはバンビことパンクな彼女と経費及びギャラの請求書の起票作業。

私のように文筆業の場合、原稿料などは新聞社・出版社が登録してある私の銀行口座に各社の規定にそって、自動的に振り込まれるのが普通だが、請求書を提出しなければならないケースもかなりある。

この場合は、請求書が届いてから処理されることになるので、請求書を起票しないかぎり、ギャランティは支払われない。

一昨年など、忙しさのあまり、請求書を書く余裕がなくて、年が明けてから半年分ほどたまった分の請求書を起票したら、数百万になったものだから、これで、しばらく仕事をしなくても暮らしていけると安心したりしたのだが、結局、消費税と市民税で、半分以上が吹っ飛んでしまったので、結局、私の生活は、何も変わらなかった。


バンビが、PCで次々と打ち込んでいってくれたので、3時間ほどで終わったが、やはり手間がかかる。


そのまま、食事を取る暇もなく、東京へ。


4時に立川に到着し、まずは、テレコムスタッフの寺島高幸プロデューサーと平田潤子ディレクターによるEdge公式ホームページのプレゼンテーションと、修正箇所の確認をする。

開設から一週間で2000アクセスがあったそうだから、まずは順調というところか。


6時すぎに、寺島さん、平田さんが帰ってから、平島進史、西森基文、松浦梓、Edgeの担当3氏と、今後の展開、及び懸案事項についての会議。

そして、場所をかえ、7時からEdge立ち上げ時のプロデューサーである設楽実氏と打ち合わせになった。

この日は、ワシントンホテル泊まり。

部屋に戻ってから、綾野剛主演の「日本で一番悪い奴ら」(白石和彌監督)を観てしまったので、休んだのは午前2時。

綾野剛の狂気を孕んだ演技は、やはり特筆に値する。

藤沢周氏原作、綾野剛主演『武曲(むこく)』の公開が待ち遠しい。
posted by 城戸朱理 at 09:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

旅に出た連休?



いよいよ、ゴールデンウィーク。

鎌倉は、たいへんな混雑ぶりで、街に出ても身動きが取れない。

ならば、自宅でくつろいでいられるかというと、そうは行かなかった。


4月30日は、まず「岩手日報」投稿欄の選評2回分を執筆して、メール。

仙台に鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)のソロ公演「灰のオホカミ」を撮影に行っていたバンビことパンクな彼女が、夕方、帰宅したので、土産話を聞きながら、仙台土産の牛舌で晩酌する。

このあたりから、体調がおかしかったのだが、翌朝、起きたら、完全に失調していた。

やや熱っぽく、関節が痛み、身体に力が入らないので起きていることが出来ない。

風邪だろうか?


そんな状態なので、横になったまま、「現代詩手帖」大岡信追悼特集の原稿を書く。

昼過ぎに、所定の枚数を書き上げることが出来たのでメールし、そのまま『現代詩文庫 三井喬子詩集』の作品論に取りかかる。

こちらも、横になったまま、なんとか、夕方に書き終えることが出来た。

体調が悪いとはいえ、自分でも納得できる原稿を20枚ほど書くことが出来たので、気分はいい。

『現代詩文庫』は、昨年から『田野倉康一詩集』『広瀬大志詩集』『渡辺玄英詩集』と作品論・詩人論の執筆が続いているが、『三井喬子詩集』の次は、『和合亮一詩集』の解説を書くことになる。

連休明けには、編集部に渡すつもりだが、私自身、楽しみだ。


とはいえ、この日は入浴も控え、酒も飲まなかったのだから、やはり風邪だったのだろう。


5月2日は、本調子ではないものの、やや回復の気配が。

この日は、「Edge カニエ・ナハ篇」と「Edge Special 新國誠一篇」のDVDを見直し、Edge公式ホームページのための紹介を執筆した。

午後になって、体調がよくなってきたので、突発的にカレーを仕込む。

カレーが食べたかったわけではないのだが、病人は何をするか分からない(?)。

「美味しいカレーだね!」とバンビが喜んでいたので、よしとしよう。


5月3日になって、ほぼ復調。

この日は、「洪水」のための嶋岡晨編によるアンソロジー『詩国八十八ヵ所巡礼』の書評を書き始めた。


しかし、これでは――どう考えても連休ではない!


ゴールデンウィークに旅に出るのではなく、私のゴールデンウィークの方が、どこかに旅立ってしまったらしい。
posted by 城戸朱理 at 12:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

連休を前に



野村喜和夫・眞理子夫妻のエルスール財団記念館にお邪魔したあとは、タクシーで新宿に出て、つな八本店で、天ぷらの昼食。

それから、設楽実氏のリクエストで、靴好きの聖地、ISETANメンズ館地下一階の紳士靴売り場へ。

設楽くんは、パリ出張のときに求めたJ.M.ウェストンの修理代を確認するのが目的。

設楽くん、ウェストンの代表的なモデル、Uチップのゴルフを3足、すでに廃盤になった貴重なキャップトウ(ストレートチップ)と合わせて4足も持っているのだとか。


私は、イタリアきっての靴職人、シルヴァノ・ラッタンジのキャップ・トゥのあまりの美しさに見とれていたのだが、値段を見て愕然とした。

靴一足が45万――

「でも、片方だけなら22万5千円と思えば納得できるな」と設楽くん。

ちょっと待ってくれ、靴は片方だけあっても何にもならないではないか!

しかし、シルヴァノ・ラッタンジといえば、わが国の人間国宝に当たるようなイタリアの職人だから、手仕事の工芸品と思えば、納得できないわけではない(?)。

納得するのと、買うか、買わないかは、また別の話だが(要するに買えない)。

私が持っているラッタンジは、だいぶ前に求めたローファーだけだが、当時はジョン・ロブと変わらない値段だったと思う。

全体に値上がりした感があるのは、円安のせいだろうか?

イタリアの靴ならば、エズラ・パウンドも顧客だったストール・マンテラッシが好きなのだが、最近、日本では見かけないのが、残念だ。


旧友と、いかにも連休前といった時間を過ごしたが、悲しいことに、連休は気分だけなのが、じきに判明することになるのだが。


翌日、28日(金)は、フェリス女学院大学で講義。

今年は、土曜日の女子美術大学大学院の講座が開設されないことになったので、気楽である。
posted by 城戸朱理 at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月02日

エルスール財団記念館・詩とダンスのミュージアムへ

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連休を前にした4月27日(木)は、4月1日にオープンしたエルスール財団記念館・詩とダンスのミュージアムに行った。

井の頭線新代田駅から歩いて10分ほど。

野村喜和夫・眞理子夫妻が設立したエルスール財団は、現代詩・フラメンコ・コンテンポラリーダンスの新人賞を運営されているが、かつての野村邸を改装した記念館は、前例のない詩とダンスのミュージアム。


詩人、野村喜和夫の展示室、ダンスの展示室のほかに、野村さんの20年来の書斎も公開されている。

そこで、野村さん自身も展示品となって(?)、執筆の様子まで公開するのかと期待したが、現在の書斎は、隣の自宅にあるそうだ。

残念。


かつての眞理子さんのフラメンコのアトリエだった一階のスペースは、カフェになり、イベント会場にもなる。

二階には視聴覚室もあり、ここでEdgeをライブラリー化したいという要請が野村さんからあったので、今回はEdgeの歴代担当者である設楽実、平島進史、西森基文氏とうかがった。

近日中に、Edgeが、エルスール財団記念館でも視聴できるようになる予定である。


カフェであれこれ話していたとき、バンビことパンクな彼女が見つけて喜んだのが、「食品衛生管理者 野村喜和夫」のプレート。

さっそく、野村さんに持っていただいて、記念撮影をした。


約3000冊の詩歌関係の蔵書は、書斎に、カフェ・スペースには、それ以外の蔵書が壁一面の書架に並べられ、階段を始めとして、至るところに野村さんがコレクションした版画などの美術作品が展示されている。

いわば、野村喜和夫の内面が、外在化したかのような記念館なのだが、実に居心地がいい。


私たちが雑談していたら、アーティストの石田尚志さんがふらりと訪れたりしたが、次第に、さまざまな人が集う場所になると面白いだろう。

野村さんは、草野心平のやっていたバー「学校」や吉原幸子が自宅の一部を解放した「水族館」のように、
詩人たちが集う場を作るのが「歴程」の伝統であり、それを踏まえたものと言っていたが、踏まえようにも、現実にやろうとしたら、経済的にも時間的にも大変な労力が必要となる。

実際、エルスール財団記念館の開設には1億円以上がかかったそうだが、それを飄々と実現してしまうあたりが、野村さんの真骨頂なのだろう。
posted by 城戸朱理 at 13:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

桜吹雪の鎌倉

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京都では桜が散り始めていたが、鎌倉では、山桜が盛りを過ぎていたものの、ソメイヨシノは満開だった。


今回のロケは、撮影ではなく、打ち合わせのせいで一気に疲れ、帰宅して数日、トランクの荷物を整理することができなかったが、桜の下を歩いているうちに、何か、別のものに行き当たったようで、詩のメモを取り始める。


風が強い日など、まさに雪と見まごう見事な桜吹雪に、ただ見とれていた。
posted by 城戸朱理 at 07:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月19日

錦市場で、その1

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錦市場も、ずいぶんと様変わりして、観光客向けになった。

今回の京都は、中国や韓国よりも欧米からの観光客が目立ったが、錦市場も欧米からの旅行者が異様に多い。


なかでも面白かったのは、アメリカ人らしい初老のご婦人である。

錦市場の入り口から、スマートフォンで動画を撮りながら、解説をして、友人か家族に実況中継しているらしい。

漬物が並んでいるのは見ると、「It's nice!」、鮮魚店でブクブクと泡を吹いているカニの顔をアップで撮って、「It's pretty! 」といった調子で、延々としゃべり続けている。

まるで、吉増剛造さんのGOZO CINEのようだが、似ているのは一人称カメラだということだけ。

あまりに面白いので、バンビことパンクな彼女が話しかけ、しばらく後をついていった。


錦市場を歩いていると、鰻や子持ち鮎、鯉の旨煮など淡水魚が多く、京都が内陸の街であることを再確認したりする。
posted by 城戸朱理 at 10:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

錦市場で、その2

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歩きながら食べられるものが増えたのも、錦市場の大きな変化だろう。

たこ焼きくらいなら、まだ分かるが、飯蛸やキュウリの浅漬け、殻付きウニなど、バリエーションが凄い。


バンビことパンクな彼女は、なんとナマコ酢を見つけて、大喜び。

ナマコ酢を食べるバンビの後ろでは、フランス人の家族が、生ウニやら殻付き牡蠣を食べていた。
posted by 城戸朱理 at 10:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

漢字三千年展@京都市美術館

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打ち合わせは、6時からだったので、12日の日中は、京都市美術館に「漢字三千年―漢字の歴史と美―」展を観に行ったのだが、これが興奮せざるをえない展覧会だった。


中国側の御厚意で、会場内も撮影自由。

日本の国宝に当たる「国家一級文物も多く、甲骨文字から始まって、青銅器に刻まれた金文、さらには竹簡、木簡と漢字の生成が、文物によって追うことができる。

それが四世紀、東晋の書聖・王羲之によって、芸術に昇華されたわけだが、会場には唐の顔真卿から、明の董基昌、清の乾隆帝といった名だたる書家の作も並び、とまどうほど。

ずいぶん長い時間、行ったり来たりして、過ごすことになった。


漢字は東アジアの文化的基盤だったが、今では中国と日本でしか使われていないのは、残念だ。


この展覧会で、表意文字としての漢字の面白さと、書の美しさを改めて確認することになった。
posted by 城戸朱理 at 13:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海北友松展@京都国立博物館

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ロケが終わり、井上春生監督は奈良の実家へ。

私とバンビことパンクな彼女は、別件の打ち合わせがあったので、延泊した。

打ち合わせは、12日だったので、11日は、京都国立博物館の開館120周年記念特別展覧会「海北友松」へ。


浅井家の家臣の家に生まれながら、武士を捨て、晩年は画業に専念した海北友松は、桃山時代の巨匠だが、最初は狩野派に学んだ。

だが、次第に狩野派の色合いは消え、友松独自の画境を開いていく。

それが、よく分かる展示で、省略が多く、余白に広々とした空間が広がる減筆法は、画の世界の中に誘われているかのようだった。


建仁寺を始めとする障壁画の迫力たるや、尋常ではない。

今回は、友松の最高傑作とされるアメリカのネルソン・アトキンズ美術館所蔵の「月下渓流図屏風」も展示されていたが、その静けさは、時を忘れるほどだった。


京都国立博物館の広い前に庭は、桜が満開。

海北友松展をゆっくり観たあとは、桜を見ながら散策した。
posted by 城戸朱理 at 09:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

俳句披露

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最後に、この2日間で書いた俳句を、高柳克弘さん、神野紗希さんが披露し、批評しあう様子を撮影した。

互いに講評しあうわけだが、神野さんによると、普段は夫婦間て批評しあうことはないので、新鮮なのだとか。


どちらかというと、神野さんが高柳さんの評をうかがうという感じになるのだが、この場合は、毎回、面白いので、番組担当の平島進史さん、松浦梓さんも楽しみにしていたらしい。


場所は、かつて川端康成が滞在して『古都』を執筆した観月亭。

それぞれ、3句ずつを披露してくれたのだが、ふたりとも「眠る子」を題材にした句を詠んでいるあたりに、母であり、父であることの姿が見えるような気がした。
posted by 城戸朱理 at 09:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白妙桜の下で

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午後は、高柳克弘さんと神野紗希さんが別行動。

高柳さんは、部屋にこもって句作、神野さんは、また庭を散策しながら句作する。


流響院に桜の木は少ないが、山桜と染井吉野が満開。

白妙桜も紅を掃いたような蕾をふくらませ、一、二輪だけ咲いていた。


神野さんのインタビューを撮影して、庭の撮影は終了。
posted by 城戸朱理 at 08:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神野紗希さんの好きな場所

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流響院の池には、琵琶湖疎水の水が引かれている。

そして、茶室なら蹲(つくばい)の水音が、庭の奥なら小川のせせらぎが、母屋の前なら滝音が、というように、場所によって聞こえる水音が違う。

滝音は二段になっているが、その前に斜めになった松が配され、滝そのものは見えない。

唯一、滝を見ることができるのは、池の飛び石からで、気づくと神野紗希さんが、その位置の飛び石に座っていた。


神野さんが、流響院で、いちばん好きな場所だというが、滝を見ながら、どんな句を考えているのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 08:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

親子で流響院へ

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京都の南禅寺別荘群のなかにある真澄寺別院・流響院を舞台とするコンテンツ「H(アッシュ)」の高柳克弘・神野紗希篇は、2015年の初夏に始まり、秋篇を撮ったあとで、神野さんの妊娠されたことが分かった。

妊娠中にもかかわらず冬篇を撮影して、2016年の2月に出産されたので、最後の春篇の撮影を今年に延期することにしたのだが、なんと、番組撮影中に家族が増えるというドラマチックな展開に。

4月10日(月)は、親子3人の姿をカメラに収めるべく、一歳になったばかりの純くんも流響院に来てもらった。

純くんの世話をするため、神野さんの御両親も来て下さったので、心強い。


「近代庭園の祖」七代目小川治兵衛による池泉回遊式庭園を3人で歩いてもらう。

純くんは、砂利が気に入った様子だったが、普段、触れることがないからだろう。

高柳さんの表情も、父親のそれである。
posted by 城戸朱理 at 08:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月16日

愛媛あるある?

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京都ロケのときは、ヘアメイクは、有路涼子さんにお願いしているが、今回は有路さんが映画撮影でスケジュールが合わなかったため、先輩の立花美香さんを紹介してくれた。

有路さんの先輩だけあって、立花さんも上手い。

この立花さんが、神野紗希さんと同じく愛媛出身であることが分かり、江戸川では「愛媛あるある」で異様に盛り上がることに。


「別に相手を否定するわけじゃないんだけど、相手の話が終わる前にかぶせて話し始めてしまうんですよね」と紗希ちゃん。

「そう、そう」と立花さん。


ふたりに挟まれて、苦笑する高柳さんが、あまりに面白かった。
posted by 城戸朱理 at 09:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

下鴨神社から糺の森へ

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昼食のあとは、下鴨神社へ。

高柳さんと神野さんは、満開の山桜の前にしばらく佇んでいたが、どんな句が生まれるだろうか。

下鴨神社では、何組も結婚式があったようで、新郎新婦が記念撮影をしていた。


下鴨神社にお詣りしてから、糺(ただす)の森で、高柳さん、神野さんが別れて、吟行へ。

正岡子規の没後に、京都を訪れた夏目漱石は、糺の森で、「春寒の社頭に鶴を夢みけり」と詠んだが、高柳さんは、この句が気になっていたらしい。

「鶴」とは、子規のことだろうか。

それとも、未来の自分なのだろうか。


漱石は「京に着ける夕」という随筆で、かつて子規と訪れた京都をひとりで旅しながら、子規に想いを馳せたが、「京都はよくよく人を寒がらせる所だと思う」と書いている。


この日も、まさに「春寒」の、寒い一日だった。
posted by 城戸朱理 at 08:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする