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城戸朱理のブログ: 日記

2017年08月10日

笠井叡「白鳥の湖」へ



7月30日は、日暮里のd-倉庫に、笠井叡さんの演出・振付・出演による「白鳥の湖」を見に行った。

これはダンス・フェスティヴァル「ダンスがみたい!」の19回目、10組のダンサーとカンパニーが「白鳥の湖」を踊るという企画の最終公演。


出演は笠井叡さんとバレリーナの篠原くららさんで、音源はアンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団(1976)が使われていた。

古典バレエの方向を決定した感さえあるチャイコフスキーの名曲をバックに笠井叡が登場、踊り始めるが、途中、篠原くららがソロを踊る数分を除いて、1時間5分の公演の最初から最後まで笠井叡は踊り続けた。


創造主たる神は、人間と全自然界を創り終えたとき、自分の全存在を人間と全自然界のなかに封印した、と笠井叡は言う。

この「封印された神」「魔法にかけられた自然」を解くことができるのは、人間だけなのかも知れない、と。


「白鳥の湖」を「宇宙童話」として再現しながら、終幕の「暁の黎明」のなかに「無限の闇」をも解き明かしていくダンスの試みは、果てしない地平の彼方にあるかのようだった。


また、バレリーナを間近で見るのは初めての体験だったが、その異常な身体性は、美しさの代償の大きさを痛感させるものでもあった。


終演後、笠井叡さん、久子さんとお話したが、笠井さんが「白鳥の湖」を踊るのは4回目で、チャイコフスキーの楽曲には思い入れがあるのだとか。


会場には、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)、野口泉さんもいらしていたので、それからお二人と軽く飲んで、帰途に着いた。
posted by 城戸朱理 at 14:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フェリス女学院大学で前期最後の授業

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7月28日は、フェリス女学院大学で2コマの補講を終え、前期の授業が終了した。

はっきり分かったのは、90分ではなく、2コマ連続、180分あったほうが授業がスムースにいくということ。

とはいえ、そんな時間割りを組んでもらうわけにはいかないだろう。

短期集中講義という手もあるかも知れないが。


今回の補講は、学生諸君の間で、コスプレで参加(!)という連絡が回っていたのだが、実際にコスプレしてきた学生は3人だけだった。

本人の了解をもらったので、写真をアップするが、メイドコスプレのMさんと新橋芸者に憧れるKさんである。

それにしても、今の学生は、コスプレ用衣装を持っているのかと感心したが、よくよく考えると、バンビことパンクな彼女も、ハロウィーンやクリスマスのコスプレ用衣装を持っているから、当たり前なのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 11:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月07日

冷涼たる夏か?

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8月になったら、夏とは思えぬ涼しさ、朝方など肌寒さを覚えるほどである。

昔の人なら飢饉の心配をしたのではないかと思ったら、猛暑が戻ってきてしまった。


ところで、ふと気づいたら、先月はブログを毎日、更新していたようだ。

何のためにこんなことをしているんだと思ったが、のんびりとした温泉の記事やら何を食べたかとか、どうでもいい話がほとんどなので、更新すること自体は難しくない。


もの書きの日常は、本を読んでいるか、原稿を書いているかのどちらかで、実に単調なものだが、座りっぱなしの座業だから、柳美里さんは「こんな身体に悪いことはありませんよね」と言っていたっけ。

ちなみに、8月3日は、まず、田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也氏との連詩を書いた。

大志くん出題のテーマは「美術」。

自由な発想を許すテーマだけに、どのパートも読み応えがある。


昼食後は、小憩してから「現代詩手帖」のための鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)によるコレオグラフ「桃」のレビューを執筆。

書き終えてから、かまくら春秋の山本太平さんへ、「夜の鎌倉」企画の取材先候補リストを作製してメールし、「桃」のレビューを見直して、文字量を調整してから編集部にメールした。

夜は、晩酌して読書。

さらにAmazon Videoでクリント・イーストウッド主演「ダーティハリー2」を見る。

「ダーティハリー」は、ドン・シーゲル監督による一作目と、イーストウッド自身がメガホンを取った四作目が傑作だが、テレビ出身のテッド・ポスト監督による「ダーティハリー2」は、中学生のとき、私が初めてロードショーで観たイーストウッドの主演作だった。

今や、監督として、ハリウッド・キングとまで呼ばれるイーストウッドだが、当時はアメリカでもアクション・スターとしか思われておらず、「恐怖のメロディ」や「荒野のストレンジャー」といった監督作品も、いい映画なのに、さして評価されてはいなかったのを思い出す。


当時、ショーン・コネリーの後任として、イーストウッドに007・ジェームズ・ボンド役のオファーがあったそうだが、イーストウッドは、ボンド役はイギリス人俳優が演じるべきだと言って断ったという。

ショーン・コネリーがボンドを演じたのは「007 ダイアモンドは永遠に」(1971)が最後だから、イーストウッドにオファーがあったのは、その翌年あたりだろうか。

「ダーティハリー」の公開が1971年だから、製作者がイーストウッドをボンド役にと思ったのも納得できる。

それを断るあたりもイーストウッドらしいが、イーストウッドが演じる007を見てみたかったと思うのは、私だけではないだろう。
posted by 城戸朱理 at 11:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月31日

音羽山清水寺

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音羽山清水寺も、征夷大将軍、坂上田村麻呂の草創とされ、京都、播磨と並んで日本三清水として知られる古刹である。

同じく田村麻呂に由来するとはいえ、清水寺は陽、多岐神社は陰と言えるだろうか。


本尊は田村麻呂が祀ったとされる十一面観音。

門前の市は、古くから賑わい、遠く三陸海岸や仙台からも参拝客が訪れたという。


宮澤賢治も、その宵祭の賑わいを「田園浅草」ん名づけ、教え子を連れて、幾度となく訪れたらしい。


また、賢治の詩「境内」(『詩稿補遺』)は、清水寺を舞台にするものと考えられている。
posted by 城戸朱理 at 10:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

多岐神社〜アラハバキ神を封じたところ?

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次に訪れたのは、多岐神社。

正一位、多岐大明神を祀る社だが、神社の由来は実に興味深いものだった。


桓武天皇の御代、蝦夷征伐を命じられた征夷大将軍、坂上田村麻呂は、陸奥の鬼神・悪路王、高丸らを退治するために下向した。

ところが、田村麻呂の軍勢は、三光岳に潜み、悪路王に組する鬼神・岩盤石に苦戦、道に迷い、渇きに苦しむことになった。

そのとき、翁が現れ、泉の場所を教えたために、田村麻呂の軍勢は息を吹き返し、岩盤石を破ることができたのだとか。

この翁が、万病を癒すとされた東光水という滝の化身で、多岐大明神として祀られることになる。


この由来には、二重性がある。

まず、悪路王とは、大和に対する東国だった日高見国(ひたかみのくに)の蝦夷の首長、大墓公(おおつかのきみ)阿弖流爲(アテルイ)の時代が下ってからの呼び名であり、鬼神とされる岩盤石も、大和朝廷の侵攻に対抗した蝦夷の指導者のひとりであったのだろう。

田村麻呂は大軍を率いながらも、阿弖流爲の蝦夷軍に勝つことができなかったというのが史実であり、和議を結んで、京都まで田村麻呂に同行した阿弖流爲は、田村麻呂の嘆願にもかかわらず、貴族たちに斬首されてしまう。


時代が下って、武士が台頭し、田村麻呂が武門の象徴としてもてはやされるようになると、蝦夷はことごとく悪鬼とされ、阿弖流爲は悪路王に書きかえられていく。

それを考慮するならば、今日に伝えられる多岐神社の由来の成立は、室町期ということになるだろうか。


また、蝦夷が信仰していたアラハバキ神は、石を御神体とするのがもっぱらなので、岩盤石とは、アラハバキ神を言うものであり、すなわち、それは東光水の滝にほかならなかったのではないか。


多岐神社の奥には、滝が流れる巨石がある。

この巨石が、上代にはアラハバキ神として祀られていたと考えられているが、多岐神社とは、蝦夷のアラハバキ神を封じ、大和の神に変化(へんげ)せしめるための霊的装置だったように思われる。


多岐神社もまた、東北の古層をうかがわせるひとつの例と言えそうだ。
posted by 城戸朱理 at 10:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひじり塚

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日本現代詩歌文学館の展示を見たあと、豊泉さんが連れていってくれたのは、「ひじり塚」。

かねてから、貴人が葬られたところと伝えられてきたが、近年に至って、時宗の開祖、一遍上人の事跡を描いた「一遍聖絵」(国宝)に描かれていることが分かり、一遍上人の祖父に当たる鎌倉時代の武将、河野道信の墓であることが分かった。


河野道信は、伊予の名族の出身で、平家を滅亡させた檀浦の合戦で活躍し、鎌倉幕府を開いた源頼朝の妻、政子の妹を妻とした有力者だったが、後鳥羽上皇が幕府に反旗を翻した承久の乱(1221)で上皇側につき、岩手の江刺郡に流罪となった。


道信は、江刺の極楽寺に庵を結び、余生を送ったという。


ひじり塚は、四角の段に円く盛土をし、堀を巡らした貴人にふさわしい墓所だが、一遍上人は、それと知って祖父の墓参りをしたわけである。


まわりには畑しかなく、訪れる人もなかった。
posted by 城戸朱理 at 10:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

「詩歌と音のプリズム」展@日本現代詩歌文学館

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今回の目的のひとつが、日本現代詩歌文学館で開催されている「詩歌と音のプリズム」展を観ること。

音を題材とする詩歌の自筆原稿が展示されているのだが、俳人・歌人・川柳作家が色紙で、詩人は原稿用紙。

当たり前といえば当たり前だが、この違いは面白い。


詩人だと、暁方ミセイさん、岸田将幸さん、渡辺玄英さんなどの自筆原稿を興味深く拝見した。

詩人その人とは面識があっても、どんな字を書かれるのかは分からない時代だけに、手書きの文字を見るのは、人格の別の面に触れるような面白さがある。


また、自筆原稿の合間に、新国誠一のコンクリート・ポエムやヨーゼフ・リンシンガー、北園克衛、高橋昭八郎、伊藤元之、金澤一志といった諸氏のヴィジュアル・ポエムが展示されていたのも、効果的だった。

バンビことパンクな彼女は、伊藤元之さんのミクストメディアによる作品「plastic poem No.0」を見るのが目的だったらしい。

金澤一志さんの抽象画のような写真に文字を配した作品「音を書く音」「音を消す音」も鮮やかだった。

ちなみに、ポスターに使われているのは、藤富保男「4minutes33seconds of John Cage」である。


不安定な気候が続いていたが、この日は晴天が広がり、暑いが、気持ちのよい一日になった。
posted by 城戸朱理 at 08:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

湯上がりには

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温泉から上がったら、水分補給。

バンビことパンクな彼女が、毎朝、ハンドドリップでコーヒーを淹れ、水だしの煎茶も作ってくれたが、やはり、湯上がりには牛乳かコーヒー牛乳が気分だ。

フルーツ牛乳もあったが、いずれも私には馴染み深い小岩井の製品なのが嬉しい。

毎日、売店で買っては、部屋の冷蔵庫に入れておくようにしたのだが、オリジナルのアイスクリームや奥中山高原アイスクリームもあった。

そして、私が一本、120円の牛乳かコーヒー牛乳を飲んでいるとき、バンビは一本300円もする「山のきぶどう」を得意気に飲んでいたのである!
posted by 城戸朱理 at 09:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月25日

大沢温泉

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花巻駅からタクシーで大沢温泉へ。

ひと足早い夏休みと執筆を兼ねた滞在である。


豊沢川ぞいに建つ大沢温泉は、モダンな山水閣と江戸時代に建てられた木造の自炊部・湯治屋、そして、豊沢川を渡った対岸に建つ茅葺きの菊水館から成る。

予約したのは、自炊部・湯治屋である。


2009年に、柳美里さんとバンビことパンクな彼女が、コーチとともに遠野じんぎすかんマラソンにエントリーしたときのこと。

3人は、まず大沢温泉の菊水館に一泊して、温泉卓球をやらかし、遠野に移動して一泊。

翌日、約21kmのハーフマラソンを完走すると、今度は鉛温泉に一泊して疲れを癒したのだが、バンビが大沢温泉で自炊部を見つけた。

丈陽(たけはる)くんが生まれる前は、温泉宿に長期滞在して執筆をしていた柳美里さんは、この自炊部が気に入り、
2015年に北上の日本現代詩歌文学館でトークをしたとき、柳さんの希望で、自炊部に泊まることに。

雪景色を見ながら浸かる露天風呂は最高で、いずれ再訪したいと思っていたのだ。


近所には何もない山あいの宿で、対岸では水車がゆっくり回っている。


自炊部・湯治屋は、200年前、江戸時代の木造建築。

古いが、掃除が行き届き、実に快適である。

料金も一泊、2700円と破格で、これに蒲団や浴衣、扇風機などのレンタル料を入れても、3000円強。

自炊部だけに共同炊事場で料理してもいいが、「御食事処やはぎ」があるので、食事には困らない。


自炊部・湯治屋に泊まって、入浴できるのは、江戸時代の風情を残す露天風呂「大沢の湯」、山水閣の半露天風呂「豊沢の湯」、菊水館の「南部の湯」、それに湯治屋の内風呂「薬師の湯」。

女性専用の露天風呂「かわべの湯」もあり、温泉三昧。


宮澤賢治や高村光太郎ゆかりの温泉宿だが、獨協大教授の原成吉教授と話していたら、ゲーリー・スナイダーを大沢温泉に連れていったことがあるそうだ。

現代アメリカを代表する詩人、ゲーリー・スナイダーは、第一詩集『奥の国』で、宮澤賢治を翻訳し、初めて賢治を英語圏に紹介した詩人だから、大沢温泉を訪ねたのも分かるが、それでも意外だったのは否めない。


今回の私の滞在は、一週間。

思いがけない詩想を得ることになった。
posted by 城戸朱理 at 07:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

地ビール、ベアレン

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合評会を終えて、グランドホテル・アネックスでバンビことパンクな彼女と合流。

盛岡駅に着いてみたら、少し余裕があったので、フェザンの「ビア&ヴルスト ベアレン」で、地ビールを飲むことにした。


最初は、夏のヴァィツェンを頼み、バンビのリクエストで白金豚の冷静しゃぶしゃぶを。

これが、サラダ仕立てになっており、美味しかったので、青森県は陸奥湾産帆立のカルパッチョも追加。

新鮮な帆立は、甘く、これまた驚くほど美味しい。

すっかり、調子が上がり、さらに馬肉とアボカドのタルタルを追加して、ビールをおかわりする。


バンビは、お気に入りのヴィヴィアン・ウエストウッドのパグ柄ワンピで、くつろいでいた。
posted by 城戸朱理 at 10:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月22日

第12回「 啄木・賢治のふるさと 岩手日報随筆賞」授賞式

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7月15日は、岩手日報随筆賞授賞式。

ホテルで朝食を取ってから、10時にバンビことパンクな彼女とグランドホテルに向かう。


11時からの授賞式は、岩手日報取締役編集局長の川村公司さんによる選考経過報告から始まった。

その後、代表取締役社長、東根千万億(あずまね・ちまお)さんから、最優秀賞の石川啓子さんを始めとして、優秀賞、佳作、奨励賞のみなさんに賞状が手渡される。

最優秀賞の受賞者に贈られる正賞は、第7回まで船越保武作のブロンズ「エリカ像」だったが、第8回から、照井栄作「星の雫」に変わった。


そして、東根社長による主催者挨拶。

東根社長、まるで「X-MEN」といったハリウッド映画に出演していてもおかしくない俳優のような風貌で、バンビが喜んでいる。



祝辞は、岩手県教育委員会教育長、高橋嘉行さん、I BC岩手放送社長、鎌田英樹さん、そして私。


無事に授賞式は終わり、祝賀パーティーは、会場を移して、12時から。

グランドホテルは、かつて昭和天皇が泊まられたこともあるほどの、格式を誇るだけに、料理も素晴らしい。

殻付きウニのゼリー寄せを始めとして、岩手県産の食材を使った料理が並ぶ。


作家の平谷美樹(ひらや・よしき)さん、エッセイストの千葉万美子さん、ふたりの選考委員もスピーチ。


これまで、80冊もの小説を上梓してきた平谷さんは、作家生活10年目の小説のゲラを持参し、おびただしい編集者のチェックが入った付箋紙を示して、プロとして書くことの厳しさを語った。

それにしても、平谷さんの筆力は尋常ではない。

盛岡在住の直木賞作家、高橋克彦さんも平谷さんは筆が早いと感心されていたが、現在、「岩手日報」に連載中の小説「柳は萌ゆる」――これは幕末の南部藩の家老、楢山佐渡を主人公とする歴史小説なのだが――なんと1400枚を書き上げてから、連載が始まったそうだ。

そんな新聞連載など聞いたことがない。


千葉万美子さんは、いつもお洒落なので、バンビが「千葉さんのファッション・チェックをしなくっちゃ!」と楽しみにしていたのだが、シルク・リネンとおぼしき上品なドレスで、アクセサリーも素敵だった。

辛口ながら愛のあるスピーチに会場が沸く。

私は、千葉さんの書かれたエッセイをまとめて読んだことがないので、機会を得たいものだ。


このパーティーでは、毎年、澤口たまみさんとお会いできるのも楽しみのひとつ。

澤口さんは、盛岡一高の同窓生で、大学では応用昆虫学を専攻、1990年に『虫のつぶやき聞こえたよ』で日本エッセイストクラブ賞を受賞し、エッセイストとして活躍されていたが、近年は絵本作家としての仕事が多く、今年、『わたしのこねこ』で、産経児童出版文化賞美術賞を受賞された。

澤口さん、おめでとうございます!


最後の写真は、東根社長と談笑する工藤玲音さん。

工藤玲音さんは、高校3年生のとき、第7回の最優秀賞を受賞、最後の「エリカ像」を獲得、その後、短歌と俳句で積極的な活動を展開している俊英である。

また、一昨年に岩手日報随筆賞優秀賞を受賞された武田穂佳さんは、昨年、第59回短歌研究新人賞を受賞、気鋭の歌人として活躍されており、工藤玲音さんとともに今後が楽しみだ。


パーティーのあとは、カフェに席を移し、今回の受賞者とこれまでの最優秀賞受賞者に選考委員が集って、合評会となる。

これは、直木賞作家の三好京三さんが選考委員長だったときに始まったそうだが、辛口の批評が飛び交うので面白い。

私が感心するのは、農業のかたわらで随筆を書かれている方が少なからずいらっしゃることで、そういう方が書くものは、何か動かしがたいリアリティがあるように思う。
posted by 城戸朱理 at 07:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月13日

猛暑のダンス公演

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東京の最高気温は、35℃。

歩いているだけで意識まで蒸発しそうな猛暑日だった。

たつみやでの打ち合わせを終え、平島進史、松浦梓さんとセッションハウスに入ったのは、6時半。

鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏による新作コレオグラフ「桃」の初日である。

「桃」については、別にアップしたい。


会場には、鯨井氏をダンスに誘った笠井瑞丈さんの姿が。

鯨井氏から写真家の高木由利子さんを紹介していただいたが、鯨井氏をモデルとするイッセイ・ミヤケの広告写真は、高木さんによるものである。

公演後は、いまだ余韻とも呼べね熱を抱えたまま、石田瑞穂、遠藤朋之氏、アメリカの詩人、ジュディ・モレスキさんとワイン・バーで飲んだ。


バンビことパンクな彼女と私は、半蔵門のダイアモンドホテルに投宿。

翌日は、たつみやで昼食を取ってから、バンビはひと足早く、会場入りして、撮影を始めた。

私は、鯨井氏の生後まもなくからの幼なじみにして盟友、富田真人氏が「桃」のために上京したので、一緒に会場入りする。

9日のマチネは、14時から。

気づいたら、バンビが、舞踏評論家の志賀信夫さん、詩人の林浩平さんと談笑していたが、いつの間にか顔なじみになってしまったらしい。


終了後、近くのイタリアンで、暑気払いをしつつ、バンビと富田さんの話を聞く。

10代のころは、鯨井くんとともに詩を書き、本当ならば、一緒に上京して天使館で、オイリュトミーを学ぶことになっていた矢先に、子供が出来たことが分かり、仙台に留まることになったそうだ。

富田さんは、バーテンダーの仕事のかたわらで、前衛的なパフォーマンスを続けているが、中学のころからの念願だった映画制作にいよいよ取りかかるのだという。

アバンギャルドを生きる富田さんだから、並みの映画ではあるまい。

楽しみである。


夜の公演は19時から。

渡辺めぐみさんもポエケットから駆けつけてくれたが、この日はポエケットだけではなく、TOLTAの実験的な朗読会もあり、イベントが重なっていたようだ。


私の隣には、笠井叡さん、久子夫人が座られたので、笠井さんとお話しながら、開演を待つ。

この公演には、舞踏評論の草分け、97歳の合田成男までいらっしゃったので、スタッフは騒然となった。


公演終了後、鯨井氏とM-laboratoryを主宰する三浦宏之さんのアフタートークがあったのだが、ダンサーにとって、本番直後のトークは大変だろう。

三浦さんが、先に客席に質問はないかを振るという異例のトークで、スリリングだった。


バンビは、合わせて3時間半となる全3公演で、2400枚を撮影。


打ち上げは、飯田橋のインド・タイ料理店で。

さらに、居酒屋に席を移して、閉店となる午前1時まで語り合ったのだが、三浦さんの「人類の全記憶を肉体に集約した舞台」という感想には脳髄が痺れた。
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2017年07月10日

吉増剛造さんのドキュメンタリー映画打ち合わせ

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7月4日(火)は、京都、南禅寺別荘群の真澄寺別院・流響院を舞台に春夏秋冬、撮影を重ねてきた吉増剛造さんのドキュメンタリー映画「幻を見るひと。」の今後の展開を打ち合わせるため、銀座に赴いた。

場所は、東銀座。

資生堂パーラーがプロデュースしたカフェ・セレの個室で。


井上春生監督に、アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女、「キネマ旬報」元編集長で城西国際大学客員教授の掛尾良夫さん、エグゼクティブ・プロデューサーの私の4人で、吉増剛造さんを迎えた。


昨年、竹橋の国立近代美術館で、初めての詩人の展覧会となる「声ノマ 全身詩人、吉増剛造」展が開催された吉増さんだが、
反響が大きく、今後は足利美術館、パリのポンピドー・センターなど形を変えて、吉増剛造展が開催される予定だという。


「幻を見るひと。」も吉増剛造展の関連イベントとして美術館で上映される機会があるかも知れない。


まずは、国際映画祭へのエントリー状況を確認して、公開の時期や方法を検討したのだが、関係者のための初号試写は夏に、その後、マスコミ向けの試写をすることになる。


打ち合わせのあと、井上監督と掛尾さんは、そのまま二人で打ち合わせを続け、私とバンビは、吉増さんと別れて銀座を散歩した。
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2017年07月08日

そのころ、南相馬では

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私が立川で詩友と会っていたころ、バンビことパンクな彼女は、福島県の南相馬にいた。


柳美里さんが、被災者に寄り添うべく、鎌倉から南相馬の原町区に引越したのは、3年前。

今回、柳さんは原町区から小高区に引越し、校歌を作詞した福島県立小高産業技術高校の生徒が集えるような本屋を開店するのだという。

話はうかがっていたが、それを実行してしまうあたりが凄い。

ちなみに、書店名は「フルハウス」なのだとか。


柳さんに声をかけてもらったバンビは、「作家の引越し」を撮影すべく南相馬へ。


ダンボール300箱を超える蔵書と柳さんは格闘していたらしいが、柳家3人と猫4匹は、これから小高駅から徒歩3分の新居で暮らすことになる。

井上春生監督も引越しの様子を撮影するために南相馬入りしたが、さすが柳さん、引越しのさなかでもテレビや新聞の取材に対応していたそうだ。


写真は、キジトラのトラとラグドール種のティグリ。
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田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也・城戸朱理による連詩再開打ち合わせ&宴会



「現代詩手帖」7月号に田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也と私によるトークと連詩が掲載されたので、祝杯をあげがてら、連詩再開の打ち合わせをするべく、7月2日に4人で集うことにした。


私が提案したのは、以下の3案。


(1)神田神保町で古本屋回り→ランチョンで乾杯
(2)鎌倉で古本屋回り→クルベルキャンで乾杯
(3)国立で古本屋回り→立川の鰻串焼きで乾杯


結局、みんなが鰻串焼きに反応したものだから、鎌倉からいちばん遠い中央線の立川が会場になってしまった。


なんとも暑い日だったが、大志くんと私は国立で古本を見てから立川の鰻串焼き「うなくし」へ。


高貝くんと思潮社の遠藤みどりさんは、すでに到着していたので、まずはビールで乾杯。

前の晩に声をかけた遠藤朋之氏も駆けつけてくれた。


遠藤みどりさんが、高校生のとき、初めて買った詩集が広瀬大志『喉笛城』と伊武トーマ『A=a』、
しかも、立ち読みして購入を決めたのではなく、直感で選んだのだとか。

そのきっかけになったのが、私が「幻想文学」に書いた原稿だったそうだが、本人は何を書いたか、まったく覚えていなかった。

『喉笛城』は私が栞を書いているし、『A=a』は、帯に私の言葉が引かれているので、その意味では、高校生のときの遠藤みどりさんと私も出会っていることになる。


田野倉くんは、野川朗読会出演のため、一時間遅れで合流。

再び、乾杯する。


連詩については、来年1月までに、あと10篇を書こうという話になったが、最初の出題は大志くんに決まった。


ところで、田野倉くんは相変わらず、よくしゃべる。

到着してから、一瞬たりとも途絶えることなく、話し続けていたのではないだろうか。


「ぼくはマグロと一緒で、しゃべってないと死んでしまうんだ」と田野倉くん。

マグロは泳ぎ続けていないと死んでしまうそうだが、だとしたら、田野倉くんは寝ている間も寝言を言い続けているのだろうか?


驚いたのは、高貝くんが、ボブ・ディランのファンだったこと。

小学生のとき、初めて買ったEPレコードがディランで、なんと、これまで6回の来日公演すべてに行っているというではないか。

高貝くんとは、武満徹やアルヴォ・ペルトなど、現代音楽の話しかしたことがないので、ディラン好きとは知らなかった。

「初めて聞いた」と大志くん。

「あれ、言ってなかったですか」と高貝くん。

「ビートルズの話なら聞いたけど」

そこから、話題はビートルズに。


なんと、ポール・マッカートニーの初来日のとき、3人とも会場にいたのが判明。

ちなみに、ディランの2回目の来日公演のときも、3人とも武道館にいたのが分かった。


さらに驚いたのは、高貝くんが、AKB48のファンだったこと。

なんでも、秋元康さんを尊敬しているそうで、AKB48のドラマもすべて観ているというではないか。

意外だったが、まさか高貝くんとAKB48や欅坂46のことを語り合う日が来るとは思わなかったな。


今回は、2000円以下、1000円以下で入手した古本を持ち寄ることにしていたので、それぞれ披露したのだが、この企画は実に面白い。

次回から記録を取ることにしよう。
posted by 城戸朱理 at 12:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月06日

蔵前、空蓮房の石田瑞穂展イベントへ

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盛岡から帰宅した翌日、6月24日は、蔵前の空蓮房で開催されている石田瑞穂詩個展のイベント「あなたを未だ知らない」に参加すべく、東京へ。

バンビことパンクな彼女は、イベントの記録撮影を依頼されていたので、午後1時に会場入りした。


このイベントは、長応院の本堂で、石田瑞穂、ジュディ・ハレスキ両氏のリーディングと書家、北村宗介氏のパフォーマンス、
ブック・デザイナー、奥定泰之氏のディレクションによって原稿と書が展示されている空蓮房で、鯨井謙太郎(正しくは良篇に邑)がソロダンスを踊るという2会場同時開催。

観客は、10人ずつ、長応院と空蓮房の間に敷かれた白布の「白道(びゃくどう)」を歩いて、10分間のダンスを見ては、長応院に戻る。

空蓮房は、三畳ほどの空間なので、鯨井氏は彫像のようなダンスを一時間、通しで踊ったという。


本堂の出演者は、誰ひとり鯨井氏のダンスは観ておらず、鯨井氏は本堂でどんなイベントが開催されているのか分からない。

観客は、全員が本堂でのイベントを10分は抜け出すわけで、鯨井氏のダンスを観るのも10分だけ、イベント全体を見た者はひとりもいないという欠損を孕むユニークなものだった。

「あなたを未だ知らない」というイベントのタイトルは、そこから来ているのだろうか。

北村宗介氏が、空海「灌頂記」を凄い勢いで書いていったのも圧巻だった。


イベント終了後は、居酒屋、駒忠で打ち上げ。

瑞穂くんの恩師、原成吉先生と大いに盛り上がる。

二次会は、浅草のバー、バーリィへ。


声と文字と肉体が交差するところにポエジーが立ち上がるイベントの1日は、熱気を孕んだまま終わった。



(撮影=小野田桂子)
posted by 城戸朱理 at 09:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月03日

和合亮一氏『詩の礫』でフランスの文学賞受賞!



和合亮一『詩の礫』が、フランスのレヴュ・ニュンク・ポエトリー賞外国語部門賞を受賞した。


『詩の礫』の担当編集者である徳間書店の加々見正史さんから、私に連絡があったのは、6月23日のこと。


日本語の情報がなかったので、ネットで、the japan timesを始めとする英文の記事を確認したのだが、フランスの総合文芸誌「レヴュ・ニュンク」は、2002年の創刊。

『詩の礫』は、2011年に徳間書店から刊行されたが、海外でも広く紹介されており、村上春樹の翻訳者としても知られるコリンヌ・アトラン氏によって、フランスでも昨年、刊行された。

選評によると、ドキュメンタルでありながら、詩的な深みをたたえた作品であることが高く評価された模様。

ちなみに、レヴュ・ニュンクのポエトリー賞外国語部門賞は、和合亮一氏が、記念すべき第一回目の受賞者となる。


和合さん、おめでとうございます!
posted by 城戸朱理 at 07:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

岩手日報随筆賞選考会へ

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また、今年も岩手日報随筆賞の選考会の季節になった。

前日に盛岡入りして、グランドホテルアネックスにチェックイン。

夕食は、大通りのすし処かね田で。

この店のことは別にアップしたい。


選考会は、翌日、6月22日の16時からだったので、日中は、機屋でオールドコーヒーを買ったり、八百屋で網茸を買ったりしていた。

網茸は、子供のころ茸狩りで山のように採ったことがあるだけに懐かしい。

塩蔵して、塩抜きしたものを大根おろしに添えたり、酢の物にしたりする。


盛岡城跡公園は、新緑のトンネル、岩手日報社前の柳も素晴らしかったが、これは明治初めから銀座の並木として親しまれた柳が、戦後、郊外に移植されたて大半が枯死したなか、挿し木でよみがえらせた「銀座の柳」の三世になるそうだ。


選考委員の作家、平谷美樹(ひらや・よしき)さん、エッセイストの千葉万美子さんとも一年ぶり。

おふたりとも、本当にお洒落である。

今年になってから、文庫が次々と刊行され、「月刊平谷美樹」状態になっている平谷さんは、オーダーしたウィングチップのカントリーブーツに合わせて、リネンのジャケットにデニムパンツ。

千葉さんは、夏らしい全身、白のコーディネートだった。

去年、千葉さんは、繊細で美しい腕時計、カルティエのゴールドのパンテールをされていたが、今年は、カルティエのタンク・フランセーズだったろうか。

千葉さんは夏でも涼しげだが、選考は辛口、会議は、あれこれと紛糾しながらも、最優秀賞、優秀賞、佳作が決まった。


選考会議あとは、恒例、わんこ蕎麦で有名な直利庵での蕎麦会席。

冷酒が似合う季節になった。
posted by 城戸朱理 at 09:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

なんたる掘り出し物!



先月から本と書類の整理と片付けを続けている。

5月は2回に分けて、ダンボールで計5箱を古本屋に送り出し、書類はダンボール3箱分ていどを処分したのではないだろうか。

書類の日付を確認すると、古いものが2014年。

つまり、2014年から、3年以上、ろくに整理が出来ていなかったことになる。

たしかに、2014〜15年は忙しすぎたし、その余波で、2016年は、脱力しているうちに終わってしまった。

適度に忙しいと、生活にも張りがあるが、忙しすぎるのは考えものである。


だが、整理が進むほど、片付けはしやすくなるもので、ようやく、どこに何があるかを把握できるようになったから、真夏になる前には落ち着くだろう。


本と書類だけではなく、目につくものは適宜、片付けていたのだが、クローゼットを整理していたら、買ったことを忘れていた洋服まで出てきた。

秋冬用のブリオーニのミッドナイト・ブルーのジャケットである。

本と酒以外には、めったにお金を使わない私としては、年に何度あるかという安くない買い物だったのに、タグも取らないまま忘れていたのだから情けない。


さらに旅行用のバッグやトランクをメンテナンスしようとしたら、今度は、買ったのを忘れていたバッグが出てきた。

バンビことパンクな彼女に、サプライズのクリスマス・プレゼントとしてあげようと購入したPRADAのバッグである。

クリスマスまで隠しておこうと思って、ボストンバックに入れておいたのだが、それを完全に忘れてしまい、今ごろになって、自分が驚いているのだから、自分のためのサプライズになってしまったではないか。

呆然としていたら、バンビが覗きに来た。


「このPRADAは何かな?
バンビくんのかな?」

何であれ、新しい包みを見つけると、自分のものか、そうではないのかを確認してみるのが、バンビの特徴である。

そこで、事情を説明したら――

「やったね!
今まで持っていなかった小さめのバッグだよ!
ころっと丸くて可愛いんじゃない!」


喜んで、さっそく翌日から使い始めたので、結果としては、サプライズにはなったのだが、釈然としない。

去年は、ブログには書けないようなトラブル続きだったせいもあるが、「忙しい」という言葉を改めて噛みしめることになった。

心が亡ぶと書いて「忙しい」。

心、ここにあらずという状態なわけだから、やはり、決していいことではない。
posted by 城戸朱理 at 21:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

笠井叡、降臨!



笠井瑞丈「花粉革命」公演のあと、笠井叡さんから富岡幸一郎さんとの面談のセッティングを頼まれたので、バンビことパンクな彼女が、電話やメールでやり取りしながらスケジュールを調整し、なんと笠井さんが鎌倉まで来て下さることになった。


6月15日(木)のことである。

伝説的な舞踏家の笠井叡さんだけに、富岡さんも緊張されていたが、午後4時に鎌倉駅で笠井さんと久子夫人をお迎えし、富岡孝子夫人の運転で、まずは鎌倉文学館へ。

夏目漱石展を見てから、館長室でしばし歓談し、それからクルベル・キャンに席を移した。


ワインで乾杯し、食事をしながら、会話が弾んだが、会話というよりは、観客がいないシンポジウムかトークのようで、富岡さんのカール・バルトをめぐる著作『使徒的人間』を入口に、福音の意味や黙示録の解釈、さらにはニーチェ的なアンチ・キリストではなく、ヘリオガルバス的アンチ・キリストをめぐって、会話は白熱した。

デカダンの限りを尽くしたローマの少年皇帝、ヘリオガルバスについては、アントナン・アルトーの傑作、『ヘリオガルバスまたは戴冠せるアナーキスト』があるが、14歳でローマ帝国の皇帝に即位し、18歳で親衛隊に惨殺されたヘリオガルバスを、アンチ・キリストのもうひとつの潮流の先駆的存在に据える笠井さんの思考は、その天使的な舞踏の濃い影に潜むものを示唆するものなのだろうか。

これだけの会話が酒席で交わされ、消えていくのだから、贅沢極まりない。


いささか興奮し、孝子夫人が笠井夫妻を鎌倉駅前までお送りしてから、バー・ザ・ティップルに席を移し、富岡夫妻と、飲み足す。

私は、久しぶりに英国王室用のウィスキー、ロイヤルハウスホールドを頼んだ。


前日は、嶋岡晨篇『詩国八十八ヵ所巡り』の書評を書き上げて、「洪水」編集部に送り、この日は、午後1時半から御成町法律事務所の二見宏史先生と打ち合わせと、あわただしいスケジュールだったが、笠井さんとお話していると、意識が数千年を旅するかのようで、気分が異様に高揚する。


翌朝は、6時に起床、シャワーを浴びてから、フェリス女学院大学の講義に出かけた。
posted by 城戸朱理 at 15:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする