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城戸朱理のブログ: 日記

2018年10月13日

怒濤の日々





恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館ホールで「幻を見るひと」の公開が決まってから、怒濤の日々が始まった。

なんとか「映画芸術」のゲラは戻したものの、急遽、マスコミ試写会を催すことになり、招待状やフライヤー、ポスターの制作も急がなければならなくなったのだ。

撮影時にはアシスタント・プロデューサーとスチルを兼任したバンビことパンクな彼女が、配給プロデューサーとなり、フライヤーやポスターのデザインを井原靖章さんに頼んだ。

井原さんは、装幀を担当された吉増剛造『根源乃手/根源乃(亡露ノ)手、……』で、昨年の第51回造本装幀コンクールで経済産業大臣賞を受賞、世界最大のフランクフルト・ブックフェアにも出品されたが、ローライ同盟のメンバーである。


井原さんのデザインによるマスコミ試写会の案内状が刷りあがって、京都の印刷所から届くや否や、バンビは100件を超える送付先をPCに打ち込み、ラベルシールにプリントアウトして発送。

続けて、私がテクストを書いたフライヤーのラフを入稿し、井原さんがデザインし、次はポスター、さらにチケットと作業が続いた。


いちばん仰天したのは、フライヤー13000部が届いたときである。

ダンボール2、3個と思っていたら、厚手の紙を指定し二つ折りのデザインにしたものだから、なんとダンボール13箱。

家には、そんなスペースはないので、とりあえず倉庫に積んでもらって、その日のうちに東京都写真美術館に10000枚、10箱分を送り出した。



私は9月19日、午前中からテレコムスタッフ制作の番組の試写があったので、前日に東京入りしてワシントンホテル泊まり。

Edge立ち上げたプロデューサーである設楽実氏と立川の鰻の串焼きの「うなくし」で飲みながら、来年度の番組編成の打ち合わせをした。


翌日のテレコムスタッフの番組試写は、2本。

ともに伊藤憲ディレクターによるもので、仏師の系譜をたどる「自ら仏を彫る系譜」は、運慶に続いて、鎌倉時代の奈良の仏師、善円。

ナビゲーターは彫刻家で芸大教授の籔内佐斗司さん。

運慶、快慶ら慶派をも凌ぐ超絶技巧の善派を描く番組である。

奈良では地蔵信仰がいまだに息づいているのが面白かった。


奈良時代に東大寺の大仏造立を担った行基や「越しの大徳」泰澄から、江戸時代の円空、木喰と続いてきた「自ら仏を彫る系譜」も九作目になるが、今回で終わりとなる。

もう一本は、柳美里さんをナビゲーターに青森のイタコに取材する平田潤子ディレクターのコンテンツから始まった日本の民間信仰に焦点を当てる番組で、今回は御嶽信仰を扱ったのだが、文化人類学的にも貴重な映像となった。


昼過ぎに試写は終わり、伊藤憲ディレクターの労を労うべく、寺島高幸プロデューサーの提案で、番組の事務を担う金子麻子さんに私の総勢4人で、またもや「うなくし」へ。

この日は井上春生監督とバンビが東京都写真美術館に打ち合わせに行っていたのだが、昼から鰻の串焼きで飲んでいた私は合流せず、まっすぐ鎌倉に帰った。


2日置いて、9月22日は、またもや、京都で撮影した「H(アッシュ)ごだん宮ざわ〜宮澤政人」夏篇の試写と「幻を見るひと」製作委員会の会議。

会議が紛糾し、疲れた井上監督が「うなくし」で飲みたいというので、なんと一週間のうちで3回目の「うなくし」。


いくら鰻で飲んでも、癒されることのない疲れが、粉雪のように降り積もっていく。

バンビは、午前3時を回るまで作業を続ける日が、いまだに続いている。
posted by 城戸朱理 at 15:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月11日

こけつでつ???

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「こけちでつ!」
・・・


「こけち」はバンビ語で「こけし」のこと、「でつ」は「です」のネットスラング。

つまり「こけちでつ!」とは「こけしです!」という意味で、ときどき前髪をぱっつんと切り揃えては、生きているこけし=生(なま)こけしになって遊んでいるバンビことパンクな彼女の「こけし宣言」(?)なのである。


ところがーー


「こけつでつ」

こけつ?

「あまりに疲れて、こけちがこけつになってしまったんだよ〜」

ということは、さらに疲れると「こけて」、あげくのはてには「こけと」になってしまうのだろうか?


「こけつは虎穴と書くんだよ!」

虎穴?

「そ。虎穴に入らずんば仔鹿を得ず!」
・・・・・・

意味不明である。

虎穴に仔鹿がいるとしたら、虎はいないのだろうか?


「もちろんいるよ。
洞穴の前に虎がいて、洞穴の奥には仔鹿が鎮座しているんだよ」
???

虎が仔鹿を守ってるのだろうか?

「違うよ。
仔鹿が虎を飼っているんだよ!」
!!!!!!

どれだけ弱い虎なんだ?

それとも、バンビの世界では虎が仔鹿より弱くて小さいのだろうか?


「バンビにゃん〜こ♪」


どうやら、バンビの言う虎とは「にゃんこ」くらいのサイズらしい。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 19:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

共同通信の金子直文さんの葬儀へ

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9月14日、「幻を見るひと」製作委員会の会議を終えて、鎌倉に戻った。

ロケと打ち合わせ、7泊8日の旅だったので、帰宅してからは、片付けや洗濯に丸一日かかる。


ひと息ついて、次の原稿執筆に着手しようとしたところで、共同通信社文化部部長の金子直文さんの突然の訃報が。


16日は、バンビことパンクな彼女と逗子カトリック教会での金子さんの葬儀に参列した。

教会の入口には、在りし日の金子さんの写真が飾られていたが、金子さんは「直文」という名前の通りに、言葉を大切にする硬骨のジャーナリストだった。

闘病されていたことは知らなかったので、突然の訃報が信じられない。

献花をして金子さんにお別れしたのだが、かなしい一日だった。


藤沢周氏も参列されていたので、逗子の居酒屋で藤沢さんと金子さんに献杯し、故人を偲んだ。
posted by 城戸朱理 at 23:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月07日

庭木の剪定

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前日でやるべきことは、すべて終わったので、昼食のあとはタクシーで実家の様子を見に行った。

私は鍵を持っていないので、家のなかの様子は分からないが、庭木は春に植木屋さんに剪定してもらったので、公道にはみ出している枝は、それほどない。

それでも、樹が多いので、庭に入ると森のなかにいるようだ。


剪定鋏を持っていったので、近所の迷惑にならないように、2時間ほど、伸び放題になっている玄関前の馬酔木やアララギ、笹などを刈り込み、庭の垂れ桜を刈り込んだりした。

パンクだけに、バンビの剪定は荒っぽくも素早い。

だが、終わってみると、意外とうまくいっていた。


だが、慣れない剪定などをしたものだから、私もバンビも筋肉痛になってしまったのが情けない。


バンビの提案で、スーパー銭湯を探し、タクシーで「ゆっこ盛岡」へ。

ここが快適で、サウナや露天風呂までついている。

おかげで、筋肉痛も和らいだ。
posted by 城戸朱理 at 09:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月05日

田老の風景撮影

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9月10日は、朝食のあと松本勇毅社長が車を出してくれ、松本さんの案内で田老の景色を撮影した。

沢尻海岸は美しかったし、下から見上げる三王岩には圧倒された。


それだけではなく、津波の爪痕が至るところに残されているのにも気づかざるをえなかった。


バンビことパンクな彼女は東日本大震災の津波で打ち寄せらたという巨岩を撮影していたが、分かっているつもりでも、これだけの巨岩を動かすとは、やはり信じがたいエネルギーというしかない。


漁協には渚亭たろう庵のための水槽がふたつあるというので、見せてもらった。

驚くのは4kgもの大平目。

アワビと比較すると大きさが分かると思うが、松本社長によると刺身にしたら、200人前になるという。

しかし、渚亭たろう庵は全13室。

満室になっても、お客さんは30人くらいだろう。

このまま、大平目は渚亭たろう庵の生け簀の主になってしまうのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 15:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

渚亭たろう庵で

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たろう観光ホテルで津波の映像を撮影した松本勇毅社長は、新たに渚亭たろう庵をオープンした。

全13室、全室に露天風呂を完備し、三陸の絶景を望むことができる旅館である。

部屋は清潔で広く、ジャグジーまで備えられている。


午後は、この渚亭たろう庵で、松本社長と工藤玲音さん、武田穂佳さんの会話を撮影し、最後に工藤さん、武田さん、ひとりずつに震災への想いや創作との関わりを語ってもらって、この日の撮影は終了した。


盛岡に帰る工藤さん、武田さんを宮古駅まで送り、渚亭たろう庵に戻る。

なんと、この日の宿は渚亭たろう庵。

一泊3万以上する高級旅館だが、バンビことパンクなプロデューサーが松本社長とやり取りしているうちに
「ぜひ、うちに泊まって、美味しいものを食べていって」と言われて、泊めてもらうことになったのである!
posted by 城戸朱理 at 14:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮古、田老地区

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田老地区のシンボル、三王岩。

高さ約50m、石柱状の男岩に女岩と太鼓岩が寄り添う。

リアス式海岸の三陸ならではの奇景である。



田老町は2005年に宮古市と合併したが、「津波太郎」の異名を取るほど、津波被害を被ってきた。


古くは、慶長三陸津波(1611)で村が全滅したという記録が残るが、明治三陸津波(1869)でも、住宅が一軒残らず流され、住民の83%が死亡するという壊滅的な被害を受けた。

さらに昭和三陸津波(1933)でも甚大な被害を被ったため、防災の意識が高く、高台への避難路が整備され、年に一度の避難訓練を欠かすことはなかったという。


それだけではない、田老には「万里の長城」と呼ばれる防潮堤があった。

町を囲む全長2.6km、高さ10m、世界最強の防潮堤も、東日本大震災の津波を食い止めることは出来なかったのである。


宮古観光文化交流協会では、津波の恐ろしさを若い世代に伝えていくため「学ぶ防災」ガイドツアーを実施している。

9月9日は、工藤玲音さん、武田穂佳さんのふたりに「学ぶ防災」ガイドツアーに参加してもらって、その様子を撮影した。


ガイドの元田久美子さんの説明を聞きながら、防潮堤、さらには明治・昭和・平成津波の高さが記された田老漁協の製氷貯氷施設へ。

田老では新たな防潮堤が建設されており、本来ならば今年、完成する予定だったが、3年遅れることになったという。

東京オリンピック、ラグビー・ワールドカップと建設ラッシュが続くことになっただけではなく、熊本地震、西日本豪雨災害、台風被害、そして北海道大地震と、東日本大震災の被災地が復興する前に、被災地が増え続けているという元田さんの言葉が印象に残った。



「学ぶ防災」ガイドツアーの最後は、津波遺構「たろう観光ホテル」。

2階までは鉄骨だけを残して津波にさらわれ、4階まで浸水したが、その6階で、たろう観光ホテルの松本勇毅社長が撮影した、津波が防潮堤を越え、一瞬のうちに町を流し去る映像を見ることができる。


2011年3月11日、田老では巨大地震のあと、「津波は3m超」というアナウンスのあと、停電で情報が途絶した。

田老には世界中から防災学習のため、防潮堤を見学にくる人がいるので、松本社長は従業員を避難させ、ひとりホテルに残って、津波の映像を残そうとしたのだという。

しかし、津波は10mの防潮堤を越え、たろう観光ホテルの壁も突き破った。


津波の映像を見た工藤さん、武田さんも言葉を失っていた。
posted by 城戸朱理 at 13:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月04日

宮古、浄土が浜へ

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盛岡からタクシーで、約2時間半。

浄土が浜パークホテルに到着した。

チェックインを済まし、部屋に荷物を置いて、夕暮れ前に浄土が浜に降りる。


ここではインタビューなどは撮らず、工藤玲音さんと武田穂佳さんが、海辺で思い思いに波と戯れるイメージカットを撮影した。


浄土が浜パークホテルは、三陸きっての高級ホテル。

夕食はバイキングなのだが、職人が目の前で寿司を握ってくれたり、穴子の天ぷらを揚げたり、白金豚のソテーを焼いてくれる。

佐助豚や茸野菜を好みで取る陶板焼きや、ウニの茶碗蒸し、岩手短角牛のビーフシチュー、うに飯、多彩なデザートなど、和洋のメニューを取り揃え、実に楽しい。
posted by 城戸朱理 at 12:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月03日

喫茶ふかくさで

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9月8日は、9時すぎから撮影が始まった。

今回、出演してもらうのは、若い歌人がふたり、工藤玲音さんと武田穂佳さん。

ふたりとも短歌甲子園で優勝した経験を持ち、武田穂佳さんは大学一年で、寺山修司の最年少記録を更新して、短歌研究新人賞を受賞。

工藤玲音さんは、短歌のみならず、エッセイにも健筆を振るい、『わたしを空腹にしないほうがいい』が文庫化されたばかりである。


撮影は、中津川ぞいの喫茶ふかくさで。

工藤さん、武田さんに、なぜ短歌を書き始めたのか、東日本大震災のとき何をしていたのかを語ってもらった。


撮影の合間に、ふたりはカタツムリの赤ちゃんを見つけて夢中で写真を撮っていたが、そこまでちゃんとカメラに収めた高野大樹さんは見事だった。
posted by 城戸朱理 at 17:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

盛岡での撮影

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盛岡に到着したのは、13時33分。

そのまま、駅舎や駅前の石川啄木の歌碑、さらに開運橋から北上川を撮影した。

晴れていれば、開運橋から岩手山が望めるのだが、残念なことに厚い雲がかかっている。


今回のカメラは高野大樹さん、VEが戸田裕士さん。

ベテランだけに仕事が早い。


宮沢賢治が学生時代の下宿で使っていた井戸水を引いた賢治清水、賢治の詩碑、そして盛岡城跡とロケは続き、
最後に中津川ぞいにあるいて上の橋の慶長年間に銘がある擬宝珠を撮影した。


盛岡市役所の裏を流れる中津川には、じきに鮭が産卵のため遡上してくる。
posted by 城戸朱理 at 17:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロケに出発

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9月7日、震度7という北海道大震災の衝撃を抱えたまま、新番組「故郷を生きる」のロケに立ち会うため、盛岡に旅立った。

バンビことパンクな彼女とお弁当を調達して、東京駅でクルーと落ち合う。


今回のディレクターは、長年、CMディレクターをつとめてきた久保田潤さん。

平泉を過ぎて、盛岡に近づくと、稲穂が広がっていく。


「昔、盛岡近郊の牧場で
沢口靖子さんのCMを撮影したことがありました」と久保田さん。


今回はCMではなく、ドキュメンタリーだが、バンビが作ったロケ・スケジュールは完璧だし、うまく行くことだろう。
posted by 城戸朱理 at 17:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月07日

ブログ、夏休みのお知らせ




いつも、このブログにお付き合いいただき、ありがとうございます。

豪雨、台風、地震と異常な自然災害が続いており、東京が無事なのが不思議なほどですが、私は、さまざまな仕事と、かねてから準備してきた長篇詩の書き下ろし、そして、新詩集の編集に専念すべく、ブログの更新を、しばらくお休みさせていただきます。


次の更新は、9月20日(木)からを予定しています。

再開のおりには、また、おつきあい下さいますよう、お願い申し上げます。
posted by 城戸朱理 at 23:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月06日

天変地異の国



台風21号は、まるで見えない怪獣か、凶悪な意志が通りすぎていったかのようだった。

鎌倉では日が暮れるとともに風が吹き荒れ、雨が激しくなったが、大阪や神戸のような被害があったわけではない。

それだけに、SNSにアップされる写真や動画には絶句するしかなかった。

電信柱や立木をなぎ倒し、自動車や屋根を吹き飛ばす強風なぞ、これまで見たことがない。

早く去ってくれと祈ることしかできなかった。



翌日、9月5日には、台風一過の晴天が広がったが、残暑はきびしい。

停電や断水に見舞われている被災地の方々は、苦労されていることだろう。



私は前日に選考を終えていた「岩手日報」投稿欄の選評2回分を書き終えてメールし、小憩してから、午後は「映画芸術」から依頼された原稿を執筆。

400字詰め原稿用紙で8枚を2時間ほどで書き上げることができた。


バンビことパンクな彼女は仕事に追われていたので、夕食は久しぶりに私が準備する。

鶏胸肉に豆腐と銀杏を入れた松茸の鍋を仕立て、新さんまを焼き、オクラを茹で、さらに新宿の老舗洋食屋アカシア風に、ロールキャベツをホワイトシチューにしたのだが、夕食の準備が終わってもバンビの仕事が終わらない。

感心なことに、最近のバンビは、やたらと働き者である。


関西の被災状況を気にしながら、就寝したのだが、明け方、バンビに「北海道で大地震だよ!」と起こされた。

震源は内陸の胆振地方、震度は当初、6強と発表されたが、最大震度は7に修正された。

SNSで状況をチェックしたのだが、北海道が全域停電という事態に言葉を失った。


西日本の豪雨災害、台風21号、そして北海道大地震と、日本は、天変地異が日常になってしまった感がある。

これだけの巨大地震である。

北海道の方々は、くれぐれも余震に注意していただきたいと思う。
posted by 城戸朱理 at 18:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月03日

英訳『城戸朱理詩集』の打ち合わせ@銀座スタア・バー

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コート・ドールで御馳走になったあとは、タクシーで銀座に移動し、スタア・バーで打ち合わせとなった。

なんと、アメリカで私の訳詩集を刊行したいという話だった。



スタア・バーは、1996年の「IBA 世界カクテルコンクール」で優勝し、世界チャンピオンとなった岸久さんの店だけに、世界的に知られた名店であり、海外からのお客さんも多い。

この日も、海外からの旅行者がカウンターを占領していた。


岸さん仕込みのカクテルは、さすがに素晴らしいが、ジントニックを飲んでいるときに、いきなり話を切り出されたものだから、一瞬、頭が真っ白になった。

目下、三冊の新詩集と格闘している最中だけに、
それ以外のことを考える余裕がなかったのかも知れないが、もし英訳の選詩集『Selected Poems』が実現するとしたら、嬉しい話である。


さっそく、具体的な進行を話し合ったのだが、私も、私に出来ることを進めていきたいものだ。
posted by 城戸朱理 at 00:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月28日

身軽になっていくと



この10数年というもの、さまざまな仕事で、年間80から100泊をホテルで過ごすような日々が続いた。

ようやく落ち着いたのは昨年からで、今年は今のところ46泊だから、最終的には60泊以内で済むだろう。


さすがに、トランクにパッキングするのも早くなり、国内でも海外でも10分から15分で終わるようになった。

旅に必要なものは、ふだんからまとめてあるし、バンビことパンクな彼女は、目的別にチェックリストを作ってパッキングしていくので、忘れ物もない。

飛行機の座席が狭いのは致し方ないが、移動するのは苦ではないし、日常から非日常への扉は、どこにでもある。


ただ、どこかに何泊かして戻ると、荷物の整理や洗濯などで翌日は終わってしまう。

その意味では、一週間、7泊8日の旅は、9日間の時間を要することになる。


海外だとバスタブがなくシャワーだけのホテルも少なくないし、仕事で動くときは、ゆっくりお風呂に浸かる余裕がないことのほうが多い。


だから、帰宅して何より嬉しいのは、肩までお湯に浸かることができることだが、
旅を重ねるにつれ、少しずつ身軽になっていくところがあって、それはもっぱら気持ちの問題なのだが、そうした変化を楽しめるようになった。


ここから、何かがまた始まるのだろう。
posted by 城戸朱理 at 11:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月21日

流響院に写真を撮りに

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8月16日。

前日、宮澤政人さんのインタビューを撮影しているとき、「近代庭園の祖」七代目小川治兵衛が、それまでは日本庭園に使われることのなかった台湾杉や芝生を取り込んで流響院の作庭をしたところにヒントを得て料理を考えたというコメントがあったので、
アシスタント・プロデューサーとスチルを兼任しているバンビことパンクな彼女は、井上春生監督の指示で、流響院の台湾杉を撮影しておくことになった。


ピナックル・フィルム・アワードのトロフィーも井上監督に託されたので、タクシーで岡崎の流響院へ。


最初に川端康成が『古都』を執筆した観月亭から、それから庭に出て、さまざまなアングルで、バンビは台湾杉と芝生を撮影した。


「ミッション・コンプリート!」


もともとミッション・インポッシブルではなかったので、撮影は午前中で終わり、今回のロケの仕事はすべて完了したのだった。
posted by 城戸朱理 at 15:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月20日

ごだん宮ざわで撮影、その3

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撮影は順調に進み、最後の甘味「葛きり」へ。

宮澤さんが氷の塊から削り出した氷鉢に、透明な葛きりが泳ぐ。

黒蜜はラリックのエナメル彩色クリスタルグラスで。

氷鉢は、双鹿文古染付に乗せられているのだが、古染付の絵柄は、食べ終わると氷鉢の底に現れることになる。

なんとも涼しげで、井上春生監督も、バンビことパンクな彼女も試食して歓声を挙げていた。



宮澤さんは、料理のみならず、李朝や桃山時代の美濃や唐津、乾山から魯山人、現代の作家までと器使いも素晴らしい。

博物館にあってもおかしくない名品を惜しげもなく使われているが、お店では、聞かないかぎり、何も言わないところが何とも心憎いではないか。


魯山人の絵替わり色絵双魚文皿五客など、魯山人の作品のなかでも優品として知られているが、こんな器で、焼き物を出されると、さすがに緊張してしまう。


平瀬露香旧蔵の李朝・刷毛目平茶碗・銘「浪岸」も、じっくりと見せてもらった。

見込みは粉引に見えるが、返してみると、たしかに刷毛目である。

大阪の両替商・千草屋の七代目主人で、夜な夜な粋の限りを尽くし、「蝙蝠大尽」の異名を取った平瀬露香は、幕末から明治にかけての大数寄者であり、平瀬家伝来となるといまだに評価が上がる。


宮澤さんの刷毛目平茶碗の箱を見せてもらったのだが、そこには平瀬家旧蔵の印、「集散常規 願頒同好」があった。



それにしても、宮澤さんの器愛は尋常ではない。


ごだん宮ざわが開店したのが、4年前、2014年の7月14日。

私が初めて訪れたのが、同年の10月3日で、それ以来、30回以上通っているが、行くたびに新しい器が増えていく。


それも楽しみなのだが、今回は、十四代中里太郎右衛門さんから贈られた唐津向付も見せてもらった。


唐津の中里家といえば、唐津藩の御用窯。

十二代太郎右衛門(中里無庵)は、古唐津様式の復元につとめて人間国宝となり、十三代太郎右衛門(中里蓬庵)は作陶のみならず古唐津研究にも成果を残した。


当代の中里さんは、ごだん宮ざわを訪れて、宮澤さんの料理と器使いに感銘を受け、宮澤さんが所持する古唐津向付の写しを焼いて、ぜひ使ってくれと送ってくれたのだという。

いつもの陶印ではなく、高台に「中里太郎右衛門」という書き銘のある特別な品で、中里さんの宮澤さんに対する思いが伝わってくるような作だった。
posted by 城戸朱理 at 16:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ごだん宮ざわで撮影、その2

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焼き物は「すずき汐焼き 万願寺唐辛子」。 

北大路魯山人の色絵双魚文皿は、おもだかが描かれ、水辺の気配を漂わせる。

すずきは夏が旬だが、身はぎりぎりの加熱でふうわりと、庖丁を細かく入れた皮目はしっかりと焙り、ふたつの食感が楽しめる。


口直しは「順才 黒蜜 蓮の花」。


和三盆の蜜にくるまれたじゅんさいが、蓮の花の上に朝露のように乗っているではないか。

器は尾形乾山の和蘭陀写し角向付けで、茶の花が描かれているのだが、氷で何も見えない。

たとえ、見えなくても乾山を使うのが、宮澤さんの流儀なのだろう。



そして、温物が「鱧 茄子 玉〆ソース 甘酢あんかけ 奈良漬」。


宮澤さんが骨切りした鱧を落としにしたところまでは当たり前だったが、そこからが違う。

鱧といえば梅肉だが、なんと茶碗蒸しを裏漉しした玉〆ソースに甘酢餡かけ。

みどり茄子が彩りを添え、細かく刻んだ奈良漬が味を引き締める。

撮影では、李朝の粉引茶碗を使ったが、試食のために出された花型の漆器も素敵だった。
posted by 城戸朱理 at 16:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ごだん宮ざわで撮影、その1

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8月15日、ごだん宮ざわでの撮影は、8時半から始まった。

今回は宮澤政人さんが夏の流響院にインスパイアされた料理を披露してくれるという趣向で、宮澤さんが選んだテーマは「水、透明感」。


献立は一昨日にいただいていたが、器は予定していたものでいいのか、宮澤さんが熟考し、いくつか変更があった。



先付けは「すっぽんの煮凍り キャビア」。

江戸時代初期の根来椀に、ふるふると震えるすっぽんの煮凍り。

そこに宮澤さんが宮崎産キャビアを盛り付ける。

今回、私は企画・監修者として立ち会うだけではなく、番組中で使う料理のコメントを書かなければならないので、味見をしてはノートにメモを書きつけていった。

アシスタント・プロデューサーのバンビことパンクな彼女も手伝ってくれたが、すっぽんとキャビアの取り合わせは、流響院の池泉回遊式庭園を手がけた七代目小川治兵衛が、旧来の常識にとらわれず、台湾杉や芝生などを作庭に取り入れたところから着想したのだという。

すっぽんとキャビアである。

美味しくないはずがない。

逆にコメントには苦労する。



お椀は「稚鮎 おかひじき」。

器は前端雅峯作網手朱塗り椀だが、岡ひじきを水草に見立て、泳いでいるかのように焼き鮎を配し、バンビは「お椀のなかの琵琶湖」と喜んでいる。

香魚の香りが、吸い地にも広がり、夏を感じさせるひと品だった。



続くお造りは「いさき 煎酒 汐昆布 山葵」。

いさきは糸造りにして、深さのある向付けに盛るのが常道だが、宮澤さんは、三枚におろしたいさきを、あえて大振りに引いて、古染付けの平向に盛り付けた。

これは口のなかいっぱいに、いさきの旨みが広がるようにという意図から。

梅干しを日本酒で煮詰めた煎り酒をかけ回し、汐昆布を添える。

煎り酒のほのかな酸味と昆布の旨みが、いさきを引き立てる。


こんなに酒を呼ぶ料理を味見しながら、飲めないのだから、私にとっては拷問のような仕事である(?)。
posted by 城戸朱理 at 15:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

「詩人 吉増剛造展 涯ての詩聲」@松濤美術館

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8月10日は、翌日から開催される「詩人 吉増剛造展 涯(ハ)テノ詩聲(ウタゴエ)」の内覧会があった。


渋谷駅で、福島から上京した及川俊哉氏と待ち合わせ、酷暑のなかタクシーで松濤美術館へ。


足利美術館、沖縄県立美術館・博物館と巡回してきた吉増さんの展覧会も松濤美術館が最後になる。


展示は「 I 詩集の彼方へ」「II 写真を旅する」「III 響かせる手」の三部構成で、半世紀以上に及ぶ詩人の軌跡をたどるものだった。

一昨年に竹橋の国立近代美術館で開催された「全身詩人 吉増剛造 聲ノマ」展が、写真や映像、銅板や「怪物君」の原稿など、詩人のビジュアル作品を主体とするものだったのに対して、今回の巡回展は、詩人としての吉増剛造に焦点を当てるもので、文学館ならともかく、美術館としては異例の展覧会と言えるだろう。

また、吉増さんが言及したさまざまな表現者の作品や資料も展示されており、与謝蕪村の「山水図」や良寛の書を見ることができたのも収穫だった。



控室にうかがって、吉増さん、マリリアさんに御挨拶して、「幻を見るひと」の国際映画祭での受賞を報告する。


バンビことパンクな彼女は、なんと、吉増さんからカメラ好きなら知らぬ人のない名機GRを貰って、得意になっていた。
posted by 城戸朱理 at 06:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする