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城戸朱理のブログ: 日記

2018年01月17日

暁ニ告グ@天使館

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14日は、笠井瑞丈(みつたけ)、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)によるダンス公演「暁ニ告グ」を見るべく、国分寺の天使館に行った。

鎌倉からだと、さすがに遠いが、少し早く着いてしまったので、バンビことパンクな彼女と天使館のあたりを散歩してみたら、国分寺跡に行き着いた。

上代には、このあたりが武蔵国の中心だったのかと思うと感慨深い。



「暁ニ告グ」は、笠井叡さんが天使館を会場とする企画としてプロデュースした「ダンス現在」を、瑞丈さんが引き継いだシリーズの第三回目で、公演は7時から。

華のある二人の競演だけに、写真を撮ることになったバンビは、始まる前から興奮していたが、凄いものを見てしまったというのが本音だ。


三島由紀夫のテクストを交互に語りながら、ふたりは空間を裂くように踊り続ける。


若いときにはヒップホップを取り入れたダンスも披露した瑞丈さんは、今や円熟期を迎えたかのようで、ときに大野一雄の、あるいは笠井叡の姿がだぶったりするが、それにも増して、やはり笠井瑞丈なのだった。


本来ならベートーヴェンの交響曲第七番が流れるはずだったのだが、アクシデントで、音楽はなし。

あとで分かったのだが、音楽が出ないので、瑞丈さんは、いったん止めようと思って合図を出したのだが、鯨井さんが踊り続けたため、そのまま踊り切ることになったらしい。

身体が動いて仕方がないと言わんばかりの鯨井さんは、その長い手足で時空を切り分け、風を起こしたかと思うと、忠犬ハチ公に扮したりと、破天荒なまでのダンスを見せる。



アクシデントをアクシデントと思わせないステージで、戦後日本の文化と精神を問い直し、生き直すかのような圧倒的なダンスが繰り広げられた。


途中、瑞丈さんがピアノを弾く場面があったが、それ以外は、ふたりとも激しく動き続け、息をする暇もない。

背後の鏡は布で覆われていたが、終幕近くに瑞丈さんが布を剥がし、客席が写し出された。

これもアクシデントゆえの即興だったそうだが、客席まで、日本人の自画像として踊りに組み込まれたかのようで、「暁ニ告グ」の隠された主題を告げるこよなきパフォーマンスとなった。


ぜひ、場所をかえて、再演してもらいたいプログラムである。


終演後は、笠井叡さんも参加して天使館で打ち上げ。


遠藤朋之和光大准教授を笠井叡さん、瑞丈さんに紹介できた。

遠藤くんは、なんと「暁ニ告グ」の21日の公演も予約したというのだから、すっかりダンスづいている。



「ダンス現在」の次回は、笠井禮示さんと浅見裕子さんの公演になるそうだ。


遠藤くんと国分寺駅まで歩き、軽く飲んで興奮を冷ましてから、鎌倉に帰ったのだが、往路の遠さを感じない帰途となった。
posted by 城戸朱理 at 09:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月14日

滑川の河口のあたり

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鎌倉の海岸は、滑川を境に西が由比ヶ浜、東が材木座になる。

滑川は朝比奈峠を水源とし、かつては上流から胡桃川・滑川・座禅川・夷堂川・炭売川と名前を変え、河口付近は閻魔川と呼ばれていたという。

そのことは田村隆一さんも詩に書いているが、川の名前が暮らしに根差している感じは、いかにも古都、鎌倉にふさわしい。


滑川の河口は、陸地から見て、やや左手に湾曲して相模湾に注ぐのだが、この日は干潮と強風のためか、河口が砂浜のなかばで途絶え、左に湾曲した細い流れが海に達していた。

こんな状態を見たのは初めてだが、何やら川が海に片想いしているかのような眺めで、不思議な気分になった。


小さな川だけに、河口もこんなふうに変化することがあるらしい。
posted by 城戸朱理 at 13:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月13日

脳髄の日記



詩を書くということは、私にとって、いまだに不思議なことのままだ。

いざ白紙を広げて書こうとすると、どうやって書くのか、全く分からなくなることがある。

だが、書けるときは、どうやって書いているのか、意識することもない。


ただ、普段とはまるで違う疲れ方をするのは事実だ。

それは心地よいものでもあるのだが、何やら別の世界から戻ってきたような気分に近いかも知れない。

西脇順三郎風に言えば、詩とは「脳髄の日記」なのだろうか。


1月9日は、午前中、詩に見舞われ、3篇の新作を書いた。


昼食の後、小憩してから、藤井聡氏を編集長にリニューアルされる「表現者クライテリオン」のためのT.S.エリオットと保守思想についての評論に取りかかる。


書斎のデスクが別件の資料を広げているためスペースがなかったから、田村隆一さんが稲村ヶ崎に住んでいたときに使っていた文机を和室に出して執筆した。

吉増剛造さんも、和室に二月堂食堂机(にがつどうじきどうき)を置いて仕事をされているが、文机だと、まわりに資料を広げられるところがいい。


14時から書き始めたのだが、20時に18枚で書き終えることができた。

とりわけ、なかばあたりから集中力が高まったので、順調に進んだようだ。


しかし、詩作のあとの執筆だったので、書き終わったときには、もう使い物にならない。


入浴してから、バンビことパンクな彼女が調えてくれた大間のマグロや生牡蠣で晩酌したのだが、いささか興奮した状態だったらしく、明け方まで眠ることが出来なかった。
posted by 城戸朱理 at 13:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月10日

湘南テラスモールで「スターウォーズ 最後のジェダイ」を見てから

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1月4日は、バンビことパンクな彼女の提案で、辻堂の湘南テラスモールに「スターウォーズ 最後のジェダイ」を見に行った。


バンビが初めて見た「スターウォーズ」はスピンオフの「スターウォーズ ローグワン」(ギャレス・エドワーズ監督)。

その後、DVDを買い込んで全エピソードを見ては、自称ジェダイ騎士「バンビ・ケノービ」やら「オビ=ワン・バーンビ」になって遊んでいたので、新作を見逃すわけにはいなかないらしい。


前作「フォースの覚醒」のJ.J.エイブラムスに代わって、監督はライアン・ジョンソン。

異例の抜擢と言えるだろう。


「最後のジェダイ」は奇しくもキャリー・フィッシャーの遺作となってしまったが、マーク・ハミルともどもエピソード4〜6のメインキャラクターが活躍するので、オールドファンにはたまらないところ。


私は、ダースベイダーの後を継ぐカイロ・レン役のアダム・ドライバーが目当てである。

マーティン・スコセッシの「沈黙ーサイレンスー」の神父役、そしてジム・ジャームッシュ「パターソン」の詩人&バスドライバー役から「スターウォーズ」のダークヒーローまでと、素晴らしく幅の広い個性的な俳優である。


バンビの希望で3Dで観賞したので迫力満点だったが、物凄く疲れた。


映画のあとは湘南テラスモールを見て歩いたのだが、さまざまなショップがあるのに、バンビも私も、結局、本屋と文具ばかり見ているのだから、いつもと変わらない。


これはデパートに行っても同じで、わが家の行動パターンである。
posted by 城戸朱理 at 14:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

謹賀新年

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明けましておめでとうございます。


鎌倉は、由比ヶ浜から大島が見える穏やかな新年を迎えました。



2018年が、みなさんにとって、実り多い年であることをお祈りいたします。
posted by 城戸朱理 at 09:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

年末年始、ブログ更新お休みのお知らせ



いつも、このブログにおつきあいいだだき、ありがとうございます。


いよいよ大晦日となりました。

お正月の間、ブログの更新をお休みさせていただきます。


新年の更新は1月5日からを予定しております。



新しい年が平穏であることを祈りつつ。
posted by 城戸朱理 at 10:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月29日

今年最後の打ち合わせ



12月27日は、「びーぐる」に寄稿した藤富保男論のゲラを校正して戻してから、今年最後となる試写と打ち合わせのために青山のテレコムスタッフに向かった。


現在、平田潤子ディレクターが、ミャンマーロケを含む「Edge」岡本啓篇の準備を進めており、「自ら仏を彫る系譜」運慶篇のナレーション原稿の確認も終わっているので、今回は「民衆の信仰 その祈りとかたち」シリーズの最新作「龍神信仰」の試写である。


私の企画では、龍神信仰の中心となる山形県鶴岡市の曹洞宗・龍澤山善寶寺を舞台に撮影する予定だったが、
民俗学者の川島秀一東北大学教授をコメンターに迎え、善寶寺のみならず、東北地方沿岸部に今なお息づく龍神信仰を広く映し出すものになった。

伊藤憲ディレクターの功績である。


東京では、なかなか気づくことができないが、唯物史観なぞ入り込む余地のない民俗社会が、今なお脈々と生きていることには驚きを禁じえない。

改めて世界の広やかさを思った。


寺島高幸プロデューサー、伊藤憲ディレクターと来年度の番組編成を話し合い、さらに平田潤子ディレクターにEdgeの進行予定を聞いて、会議は終了。

伊藤憲ディレクターは、これから「Edge」川口晴美篇の構成案を考えることになる。



この日は、テレコムスタッフ社員忘年会があるので、私は真っ直ぐ鎌倉に戻り、バンビことパンクな彼女と待ち合わせ、
クルベル・キャン、マイクスとハシゴし、書き下ろしの詩が百篇を超えたのを記念して、祝杯をあげた。
posted by 城戸朱理 at 01:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月27日

今日もパンクに悪だくみ???

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バンビことパンクな彼女が、iPhoneにアプリ「iライターズ」をインストールしてくれたおかげで、詩を次々に書くことが出来た。

どこでも執筆できるし、原稿用紙の升目を埋める感覚が幸いしたらしい。


するとーー



「とってもお役に立つコなんだよ!」

たしかに。

「お役に立つコに、ボーナスなどを上げてみたいもんだね!」
・・・

「ボーナスというものをたっぷり上げたりしてみたいものだね!」
・・・・・・



無茶苦茶なことを言って、くるくる踊っているのだったーー



街はクリスマスから正月モードに。

いよいよ年の瀬である。


すると、またもやバンビがーー



「頑張っているコにボーナスを上げるのはどうかな?」
・・・

「たっぷり上げてみたいものだね!」
・・・・・・



またもや勝手なことを言って、くるくる踊っているではないか。


バンビがときどきやらかす「小人さんのダンス」である。


あの手この手で、お小遣いをせしめようとたくらんでいるのは言うまでもない。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 08:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

エズラ・パウンドについてのインタビュー



撮影も無事に終了し、19日は鎌倉に帰るだけだったので、イギリスのエズラ・パウンド研究者、アンドルー・エリック・ハウウェン先生と待ち合わせた。

8月に、和光大学でのパウンド教会の合宿のときに初めてお会いしたのだが、その後、日本におけるパウンドの受容について、私にインタビューをしたいという連絡をいただいていたのだ。


アンドルー先生は立川にお住まいなので、正午に立川駅で待ち合わせ、まずはISETANのレストランKIHACHIでランチ。

パウンドのことだけではなく、ヨーロッパのクリスマスのことなど、実に楽しい話を聞くことが出来た。

アンドルー先生のご両親はオランダ系で、オランダではクリスマスを12月6日に祝うのだという。

12月6日は、サンタクロースのモデルとなった聖ニクラウスの日である。


イタリアだと、子供たちにプレゼントを持ってきてくれるのはサンタクロースではなく、魔女ベファーナだし、国や地域によって、クリスマスの祝い方は違うが、それだけ土着化したということなのだろう。

アンドルー先生もオックスフォードで修士課程を終えたので、私とバンビことパンクな彼女が、オックスフォードから来たナタリア・ドーンさんと仕事をしていたことを知って、興味深げだった。


ランチのあとは、ワシントンホテルのロビーでインタビューを受ける。

日本ではパウンドの直接的な影響を受けた著名な文学者を挙げるのは難しいが、いくつかのエピソードはアンドルー先生の参考になったようで、良かったと思う。

それにしても、彼のパウンドに対する情熱は半端なものではない。


おおいに話は弾み、インタビューが終わったのは5時。なんと5時間もアンドルー先生と話していたことになる。


心地よいが、真綿のような疲労に包まれ、帰途についた。
posted by 城戸朱理 at 11:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月21日

ナタリア・ドーンさんを迎えて

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オックスフォード大学の大学院で日本文化を研究しているナタリア・ドーンさんが、井上春生監督の番組出演のオファーを快諾して下さり、14日に羽田に着いた。

ロケ地は立川だったので、私とバンビことパンクな彼女は14日の夜に、立川ワシントンホテルにチェックイン。



井上春生監督が羽田空港までナタリアを迎えに行き、翌日からCS放送の撮影が始まったのだが、寸前まで構成台本に手を入れなければならず、
私が手を入れた原稿をバンビことパンクな彼女がPCに打ち込み、結局、撮影が始まる当日に完成した第5稿で撮影を進めることになった。



ナタリアと最初に会ったのは、5年前、ニューヨークでのことだったが、3年前には番組に出演してもらって、ハワイで撮影したので、それ以来になる。


日本に留学していたのは一年だけなのに、日本語は敬語まで含めて完璧で、バンビ宛てのメールには「ナタリア・ドーン(ナタドン)」と書いてあったそうな。

ナタドン・・・


バンビは「ナタちゃん」とか「ナタぴょん」とか呼んでいたが、来日時には「an・an」のモデルもしていた美女で、才媛である。



今回のメイクは、京都ロケでお世話になっている有路涼子さんにお願いしたのだが、メイク中、有路さんはナタリアに出身地を聞かれ、答えたら「ゆるキャラいますか?」と尋ねられたそうだ。



15日は、撮影は午前中のみ、午後は担当の平島進史、西森基文、松浦梓氏らと構成台本をめぐる会議となり、夜は設楽実氏と番組制作の方向性の打ち合わせ。


16日はオフで、17日からロケが始まったのだが、時間があるとナタリアは、神田古書店街の大江戸書房に出かけたり、代官山のTSUTAYAに行ったりと、本ばかり見ている。

さらに浅草演芸場で落語を聞いて笑っていたらしい。

どういうアメリカ人なんだ?



ちなみに、ナタリアは、メイフラワー号でプリマスに上陸し、アメリカ建国の基となったピルグリム・ファーザースまで家系をたどれるアメリカの名家の出身である。



撮影のピークは、17日。

冷え込んだ一日だったが、ナタリアがいつも笑顔で撮影に臨んでくれたおかげで、スムースに運んだ。


井上監督は「いやあ、ナタリアが座っているだけで、ロンドンの公園に見えますねえ」と感心していたが、たしかに、あちらからダニエル・クレイグが歩いてきても不思議はない。

しかし、ロンドンではなく、東京の立川なのだった。


今回のロケは、5泊6日。

いつもより余裕のあるタイムテーブルだったが、撮影でエネルギーを使い果たしてしまうので、夕食のあと飲みに行く気にはならない。


夜は、ホテルの部屋でオリオン書房で買い込んだ8冊の新刊を順番に読んだり、オンデマンドで「続・深夜食堂」(松岡錠司監督)、若き日の高倉健が主演した「網走番外地」(石井輝夫監督)、さらには遠藤周作の原作をマーティン・スコセッシが映画化した「沈黙−サイレンス」を見たりしていた。
posted by 城戸朱理 at 21:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月16日

ブログ更新、お休みのお知らせ



何かとあわただしい年の瀬ですが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。


たまにマトモなことを書くことがあるものの、たいていは、どうでもいい身辺雑記ばかりのブログに、いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。


仕事の都合で、しばらく記事をアップできなくなるので、一週間ほどブログの更新をお休みさせていただきます。


再開は12月22日を予定しておりますので、そのおりには、またお付き合い下さいますようお願いいたします。
posted by 城戸朱理 at 12:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月15日

振幅の大きい一日



12日は日本海側で大雪が降ったが、鎌倉も寒かった。

この日は詩的だったり、異様に散文的だったりする奇妙な一日だった。



午前中から幾度となく詩に見舞われ、結局、一日で7篇を書き上げる。

かたわらで、バンビことパンクな彼女が目を丸くしていたが、私が『地球創世説』を一気に書き上げたときも見ているので、そのときと同じことが起こっていると思っているようだ。



一方、先月末から出費が重なり、このままでは年が越せないという騒ぎになって、急ぎ立替分の経費を精算することにしたので、夕方から領収書を仕分けた。

私がもっとも苦手とする事務作業である。


ところが、いざ始めてみたら、思ったほど時間がかからなかったので、そのまま、来年の確定申告のための経費分の仕分けまで終えることが出来た。

文筆業の場合、資料の書籍代のほかに交通費、通信費、文具や打ち合わせのための飲食費などが経費として控除できるが、私ていどの収入でも、確定申告はかなり面倒なものになる。

吉増剛造さんは、自宅の扉に封筒を下げて、帰宅したら、すぐ領収書を仕分けられるようにしていたが、いい方法かも知れない。



夜、10時からバンビことパンクな彼女がPCで精算作業を始めたのだが、これがまた時間がかかる。

創作とは無縁の散文的な作業をふたりで進め、午前2時を回って、ようやく終えることができた。


かくして、深夜2時から祝杯をあげたのだが、翌日、バンビは二日酔いで苦しむことになったのである。



13日も「現代詩手帖」作品特集のゲラを戻すかたわらで、詩想が降ってくるたびに書き続け、5篇の新作が生まれた。
posted by 城戸朱理 at 07:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月12日

リスと林檎

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初夏のこと。


バンビことパンクな彼女が、ベランダにオリンパスOM-Dを持ち出し、何やら撮影していると思ったら、リスだった。


「リスが葉っぱを食い散らかしてるよ!」


そうなのである。



リスは、何でもかじるのだ。

わが家のSKYPerfecTV!のアンテナもリスにかじられ、CS放送を見ることができなくなってしまったし、書斎の戸袋のなかに入り込み、カリカリ雨戸をかじられたこともある。


一度など天井裏に忍び込んで走り回るものだから、バンビが虫捕り網を持って追いかけ回したこともあるほどなのだ。


追い払うだけなら、虫捕り網を使う必要はないので、ひょっとするとバンビはリスを捕まえようとしていたのだろうか?



わが家を遊び場にしているリスは三匹。

バンビは名前をつけ、トン吉、チン平、カン太と呼んでいるが、私には見分けがつかない。


カーテンに、ふさふさした冬毛の尻尾の影が見えることも多く、エアコンの室外機には無数の足跡が残されている。

どうやら、室外機の上で日向ぼっこをしているらしい。



困ったものである。



伊藤元之さんが林檎を送って下さったので、バンビが喜んで食べていたのだが、掃除をするとき一時的にベランダの棚に林檎の箱を出したら、リスも感づいたのか、林檎のうえにぶら下がっているではないか。


あわてて室内に回収したのだが、さらに柳美里さんも林檎を送って下さったので、わが家は林檎長者となった。


リスには一個もやらない。
posted by 城戸朱理 at 10:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月11日

資生堂の現代詩花椿賞贈賞式

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現代詩花椿賞の贈賞式は、6時から。

エレベーターで「花椿」編集室の真木優さんと出くわしたら、サイドが刈り上げでトップがロングのお洒落な髪型になっているではないか。


しかも、受付には塚田優子さんが。

塚田さんは、女性誌の編集部に転職したはずだが。


「今日は手伝いなんです」


なんと。再会できたのは嬉しいが意外な展開である。

塚田さんから、鈴木一平さんのことをうかがった。

鈴木さんの第一詩集『灰と家』も今回の花椿賞の候補で、選考委員の池井昌樹さんは「原初の詩魂の復活」と絶賛している。



受賞は井坂洋子さんの『七月のひと房』。

井坂さんの受賞に驚く人はいないだろうが、『七月のひと房』は私家版でひそやかに刊行された詩集であり、やはり異例と言えるかも知れない。


カニエ・ナハさんも私家版の詩集を毎年、刊行しているが、詩集とは、本来、そのようにして手渡されるものなのではないだろうか。


『七月のひと房』は入手が難しいため、当日、花椿編集室による文庫サイズの詩集が配られたが、これはとても行き届いた配慮だと思う。


「未遂産」という一篇を紹介したい。




花は長い間忘れていたことをふと思いだして咲く
忘れてしまいと咲かないという
それが何であったか
花の色は告げているのかも知れないが
解読できない
さまざまな色合いをただ美しい調和と思うだけだ
無からやってきた億万の
偶発の色
たくらみの色か
レールのゆきどまりの淋しい駅舎から夜が始まる
オーロラをはいたいする黒の深み
遠く 信号灯が発色している
新生児がもっとも好む色だ
寝ている間も絶えず流れる血の川のほとりで
あかんぼは何を思いだしたのだろう




生誕と死のはざまで、静寂をたたえたような詩集である。


小池昌代さんが選考経過を話されたあと、井坂さんがスピーチされた。



井坂さんにご挨拶して、吉田文憲さんとフェリスの学生の詩作のことなどを話したのだが、野村喜和夫さんとも久しぶりである。

当たり前か、私がこうした席にいることのほうが珍しいのだから。



川口晴美さん、杉本真維子さんと会場は何やら華やかだが、やはり資生堂だからだろうか。



ふと気づくと、バンビことパンクな彼女が、カレーにコロッケを乗せて、コロッケカレーにしていたが、こういう思いつきはパンクならでは。

御案内をいただいて、私は都合がつくか迷っていたのだが、バンビは高校時代から「花椿」の愛読者で、資生堂が大好きなものだから、私の都合も聞かずに勝手に出席の返信をしてしまったのだった。
posted by 城戸朱理 at 12:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月10日

銀座散策

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新橋で降りて、岡山県・鳥取県のアンテナショップ「とっとり・おかやま新橋館」に寄り、それから銀座へ。

今春、オープンしたGINZA SIXを初めて見たのだが、巨大な草間彌生のオブジェが飾られていた。

設計は、ニューヨーク近代美術館などを手がけた谷口吉生だが、銀座エリア最大の商業施設だけに、かなり広い。


さまざまなテナントが入っているが、私とバンビことパンクな彼女がいちばん長く滞在したのは、蔦谷書店。

万年筆の品揃えがとてもよかった。


2時間ほど歩き回り、それから資生堂へ。

現代詩花椿賞贈賞式の時間まで、11階のBAR Sで軽く飲もうというわけである。

最初にビールで渇きを癒し、それからシャンパン。

私はジントニック、バンビはイチゴのモヒートを頼む。
posted by 城戸朱理 at 10:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

バンビことパンクな彼女とは?

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思いがけない紙焼きの写真が出てきた。


ライヴの写真である。


ピンピンに逆立った髪にビリビリのTシャツ、タータンチェックのスカート、足元をエンジニアブーツで固め、1975年のヴィンテージのフェンダー・マスタングをぶんぶん弾きまくる小さくも怪しいベーシスト。


そう、バンビことパンクな彼女である。


なぜ「パンクな彼女」かというと、その言葉通り、パンクバンドをやっていたからで、今でこそ開店休業中だが、いつまた再開するか分からない。


では、なぜ「バンビ」なのかというと、これは彼女のツイッターのアカウント、@mad_bambiから。

訳すなら「いかれバンビ」だが、このアカウントのおかげで「バンビさん」とか「バンビちゃん」と呼ぶ人が増えてしまったので、このブログでは「バンビことパンクな彼女」という表記が定着してしまったのだ。


ちなみに、柳美里さんのツイッターやブログに登場するときは「アイドル桂子」。


鎌倉では、かまくら春秋社代表、伊藤玄二郎さん命名の「B.D.」、そして今は亡き日本画家、瓜南直子さん命名の「リボンちゃん」というあだ名も流通している。



そして、自称、生きているこけし=生(なま)こけしである。



パンクなだけに、マフラーやらバッグやら至るところに安全ピンを付けまくっているのも特徴で、わが家では、よく安全ピンが落ちているのだった。




「学生のときなんか、ジージャンの背中にびっしり安全ピンを刺していたんだよ!」




どれだけ時間がかかるのか見当もつかないが、洗うときには外して、また付け直していたのだろうか?

パンクのためなら、そのていどの手間を惜しんではいられないのである。


それにしても、エルメスの手帳やルイ・ヴィトンのバッグにまで安全ピンを付けてしまうのは、やりすぎな気がしないでもない。




「パンクはアティチュードなんだよ!」
・・・・・・




それをいいことに何でもやりたい放題で、昨夜は「カピバラは寒いのが苦手なんだよ!」と言って二度もお風呂に入っていたし、今日も何になったつもりなのか、しきりと「ちゅーちゅー」鳴いているではないか。

「ちゅんちゅん」鳴いていることもあれば、リスの真似をして「ぐっ、ぐっ!」と鳴いていることも多い。



本当ならば「バンビことパンクな嫁」なのだが、語呂が今ひとつだし、「バ」と打つだけで「バンビことパンクな彼女」と予測変換されてしまうので、このままで行こうと思っている。


そして、今日もバンビは絶好調。




「じゃ、行ってくるよ!」



どこに行くのかは知らないが、「バンビ離陸っ!」というツイートとともに福岡に行ってしまったこともあるし、2年前の夏など「着いたら連絡するね!」と言って出かけたと思ったら、メールで送られてきた写真は、なんとフィンランドだったこともある。

結局、バンビは一週間の夏休みをフィンランドで過ごしてきたのだが、ノンフィクション作家、ピルッコ・リンドベリさんが、日本に滞在して取材し、福島第一原発事故以後の日本の現状を書いた新刊書にもバンビが登場するものだから、現地では歓待されたらしい。



パンクなだけに何が起こるか予測不能、何をやらかすか制御不能なのである。



仕方がないとは言いながら、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 11:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

藤富保男とブルース・リー?



12月1日に4本もの原稿を書き上げて、私が休もうとしたら、バンビことパンクな彼女がとんでもないことを言い出した。




「城戸さんはおっきいからね」
???

「まだまだ原稿を書けるんだよ。
そのためにおっきく生まれてきたんだなあ!」
!!!


無茶苦茶な言い分である。



「こうやって城戸さんをさんざん働かせるブラック企業、マッド・バンビなんだよ!」
・・・・・・




バンビといっても、かわいい森のバンビではない。

パンクでイカれたマッド・バンビなのである。



そう言いながらも大胆に断捨離を進め、徹底的に掃除をして環境を整え、玄米を炊いて常夜鍋を作ったりと食事の準備もしてくれるので、実は大いに「お役に立っている」のだが。



すでに書いたように「びーぐる」追悼特集のために藤富保男論12枚を半日かけて書き上げたのは12月3日で、翌朝、「びーぐる」編集同人の高階杞一さんにお送りした。



藤富さんの詩について、あれこれ考えたわけだが『藤富保男詩集全景』に収録されている箴言集『一発』に次のような言葉を見つけて、またもや、ヤられたと思ってしまった。




詩を考える、など言わない方がよい。
詩は「思考」する世界ではない。




これは「燃えよドラゴン」のブルース・リーの名セリフ「Don't think.FEEL!」(考るな、感じろ!)の藤富流表現なのだろうか。


「燃えよドラゴン」のブルース・リーのセリフは次のようなものである。





Don't think.Feel.
It's like a finger pointing away to the moon.
Don't concentrate on the finger,you will miss all the heavenly glory.

「考えるな、感じろ!
それは遠い月を指さすようなものだ。
指ばかり見ていては、栄光はつかめないぞ」




含蓄のある言葉ではないか。

指示するもの「指」と指示されるもの「月」が等価ではないという考え方は、ソシュールの言語学に、あるいは道元禅師の思想に通低するものがある。



ほかにも『一発』から。





おもしろいことは世にみなぎっていて、一向おもしろくないことに等しい。


詩を書くということは観念を捨てることである。
けれど全体を通して、何を考えてその詩を作ったか判らないとき、それを寝言という。


この世は詩の材料で充満している。ありすぎるから選ぶのに苦労する。そして選ぶ行為が詩自体である。





いずれも藤富さん一流の肩透かしを食らわせてくれる箴言だが、最後の命題は藤富さんの詩学がマルセル・デュシャンのレディメイドの発想と同じものであることをうかがわせてくれる重要なものだと思う。



4日は詩想を練り上げ、翌朝に清書して「現代詩手帖」編集部に送った。『白鳥伝説』の一篇である。



鎌倉ペンクラブから会報に寄せたエッセイのゲラが届き、さらに、かまくら春秋社からまたもやエッセイの依頼。なんとテーマは「富山の置き薬」。

先日、伊藤玄二郎代表に言われたのを失念していたのだが、これは富山市の企画だという。



今月の番組撮影のため井上春生監督からロケスケジュールや構成台本が送られてきており、メールが頻繁に入るも、例年に比べるならば、余裕のある毎日だ。


すると、やはり『一発』に名言があった。




学生のころ〈退屈〉があったが、どういうものか退屈がなくなった。
退屈の反対は活動性にみなぎっている多忙性だろう。
しかし多忙のなかに退屈を感じることを余裕という。
余裕はある意味で世の歯車に巻き込まれるのを避けることのできる意識の問題である。
この意識が起こるか、起こらないか、持とうとするか、持つことを忘れるか、その辺が問題である。
詩はいつもそこにあるのだ。
その詩に気が付くか、付かないか、たまには本気で退屈者になってみる勇気が必要である。





「人生は退屈の味を知ってから始まる」と語ったのは吉田健一、「退屈しつくすほど、ひとつのものをじいっと見ろ。ひとつが見えてきたら、みんな見えてくる。おまえはだめだな。もっと暇に励めよ」と友人を叱ったのは青山二郎だが、ここまで行くと達人の域だろう。
posted by 城戸朱理 at 00:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

師走そして、年末進行



11月の終わりは、なにやら慌ただしかった。


市民税を始めとするさまざまな支払いが月末に集中し、50万近い出費となったので、いささか焦ったが、終わってみれば何のことはない、財布が春風のように軽くなっただけで、これはこれで心地よい。



今年、私がもっとも嬉しかったのは、出光美術館「開館50周年記念古唐津ーー大いなるやきものの時代」で講演をさせていただいたことだが、この講演は出光美術館館報に掲載される予定で、テープ起こしが届いた。



林桂さんから俳誌「鬣」に西躰かずよし句集『窓の海光』書評の依頼に続いて、かまくら春秋社から北海道東和町『椅子コレクション集』第三巻のエッセイの依頼、
さらには富岡幸一郎さんからリニューアルされる「表現者」のT.S.エリオットについての評論の依頼と、締切が来年1月となる原稿依頼が続き、年末を意識せざるをえない。



この時期は、当然のことながら、物書きが一年でもっとも忙しい年末進行の季節。



12月1日は、「岩手日報」1月1日に掲載される「新年文芸」の選評を始めとして、計4本の原稿を書き上げ、編集部に送った。



次の締切は、「びーぐる」の藤富保男論12枚である。



今年は、それなりに立て込んでいるとはいえ、年末進行もそれほど大変ではないので、気持ちのうえでは余裕がある。



むしろ、バンビことパンクな彼女のほうが大変そうなので、夕食は私が準備することにして、メロンにハモンセラーノを乗せ、ステーキを焼き、ラム肉と野菜を煮込んでクスクスを作ったのだが、このメニューでは飲まないわけにはいかない。



バンビと英国王室御用達のスパークリングワインを開けたのだが、ステーキもクスクスも美味しかったので、バンビが「今日は肉祭だよ!」と言い出し、つい飲みすぎてしまった。


進歩のない話だが、進歩なんぞAIに任せて、錯誤を生きるのが私の道である(?)。
posted by 城戸朱理 at 21:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

オイリュトミー公演「おしごとは呼吸すること」

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11月22日(水)は、再び東京へ。


柳美里さんが、移動中にiPhoneのアプリ「iライターズ」で原稿を書くことがあると言っていたが、バンビことパンクな彼女がインストールしてくれたので、車中で原稿を書いてみることにした。

これが、意外と使いやすく、新宿に着くまでに「鎌倉ペンクラブ会報」に寄せる原稿、5枚弱を書き上げることが出来た。


バンビを連れていく約束をしていた荻窪のもつやき専門店カッパに寄ってから、高円寺の劇場「座・高円寺2」に向かう。


入場するなり、バンビが「貴子ちゃんだ!」と手を振っているので、見たらミュージシャンの嶺川貴子さんではないか。


嶺川さんもバンビに手を振っている。


思いがけないところでお会いすることになったが、嶺川さんは、誰かに招かれたわけではなく、興味を覚えていらっしゃったそうだ。




笠井叡さんの天使館でオイリュトミーを学んだ野口泉さんによるオイリュトミー公演「おしごとは呼吸すること」は7時の開演。


この公演は、「呼吸」の意味を問い直すことで、世界と私たちの関係性に思いを馳せるものだった。

出演は、野口泉、三上周子、清水靖恵、オイリュトミスト3人。


朗読が、甲田益也子、灰野敬二。


甲田さんは、1980年代に「an・an」の専属モデルとして活躍され、その後、レコードデビューされたが、憧れの人だけにバンビが興奮している。


たしかに甲田益也子さんと嶺川貴子さんが同じ会場にいるというのは、驚くべきことかも知れない。



公演は、エスキモー族の「魔法の言葉」やアイヌの昔話「口くらべ」や「バガヴァット・ギーター」などのテクストの朗読をはさみながら、空間に意識の流れを作り出すかのようだった。




野口泉さんのお父さんは、アスベスト禍で亡くなられたが、その最期は泉さんの腕のなかだったという。

パンフレットから野口さんの文章を紹介しておこう。




それからしばらくして父はベッド脇に置いてあった椅子に移動しようとしました。ですが、体勢を変えようとした拍子に激しく呼吸困難に陥ったため、私が両脇から体を支える形になりました。

この数ヶ月でかなり体重が落ちていたとはいえ、父はとても重く私ひとりの力では支えきれずに、椅子のそばにしりもちをつく体勢になりました。

父はとても浅く短い息で、苦しい様子が全身から伝わってきました。私の両腕は父の上半身を支えているため呼吸器をつけてあげることもできません。かなり乱れている呼吸が整うのをそのままの体勢で待っている時でした。

父は突然、とてつもなく長い深呼吸をしたのです。まるで高原の香りを胸いっぱいに吸い込むかのような、あるいは刷毛で真っすぐ天に向かって線を引くような、清浄というより他に表しようのない呼吸でした。そして次に息を吐いた時、戻ってきたのは父の肉体だけでした。




呼吸を終えるとき、人間は、この世界から旅立つ。

つまり、呼吸とは生の証であり、生きているものにとっての仕事にほかならない。


だから、「おしごとは呼吸すること」というタイトルに込められた意味は、限りなく深いものがある。


最近、ダンス公演といえば必ずのように顔を合わせる遠藤朋之和光大准教授と鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)さんと、しばし、立ち話。ついでに記念撮影。


その後、遠藤先生とビールを飲みつつ、感想を語り合い、終電で鎌倉に戻った。
posted by 城戸朱理 at 02:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

Vivienne Westwood Winter Street Festival!

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ヴィヴィアン・ウエストウッドのイベント会場は、東京タワーの真下、スターライズタワー。

やたらお洒落な人が目につくが、みなイベント会場に吸い込まれていく。



受付で、お土産のハンカチと会場で使えるチケット3枚をもらって、いざ会場へ。


これが凄かった。


DJが、かけるのは70年代のヒット曲。

蝉の声が聞こえる会場は、完全に縁日の雰囲気である。


わた飴やチョコバナナ、ベビーカステラにかき氷などがふるまわれ、京都のジン「季の美」を始めとして、ビールも日本酒も無料。



ステージのうえでは、佐渡おけさ、マッチョな法被姿の男たちが踊り出したりと、夏祭りを意識したパーティーである。



しかも受付でもらったチケットで、スーパーボールすくいや射的、ピンボールなどが出来るのだが、ほぼ外れなしでヴィヴィアンのアイテムが貰える。



バンビと私は、まずスーパーボールすくいに挑戦した。


流れているのは、ヴィヴィアンオリジナルのスーパーボールと、LEDが仕込まれた光る指輪である。

一個もすくえなくても好きなものを4個もらえるのだが、バンビも私も金魚すくいは得意なので、スーパーボールがすくえないはずはない。


ふたりとも光る指輪を含めて3個ずつすくい、さらに2個もらったので、合計10個。



ピンボールでは、A賞を獲得して、なんと革財布をゲットしてしまった。



最後に一枚残ったチケットで、私が射的に挑戦し、バンビが欲しがっていたヴィヴィアンのモレスキンのノートをもらって、チケットは終わりに。



21:30から会場ぜんたいをランウェイに見立てたショウが始まり、バンビは撮影に夢中になる。


ヴィヴィアンのアングロマニアのコレクションだが、スタイリングはヴィヴィアン・ウエストウッド本人だけあって、ユニセックスでアバンギャルド。

モデルも個性的だった。


なにせ、大好きな縁日とヴィヴィアンが合体したようなイベントだけに、バンビは大興奮。


会場を出ると、ライトアップされた東京タワー。



かくして、バンビは、興奮続きの3日間となったのだった。
posted by 城戸朱理 at 09:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする