サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jp のロゴ
城戸朱理のブログ: 日記

2020年05月06日

人気のない大型連休

IMG_1859.JPGIMG_1865.JPGIMG_1866.JPGIMG_1861.JPGIMG_1863.JPG



緊急事態宣言下の大型連休は、鎌倉も人気がなく、静かに時が過ぎていった。

もっとも、週に一度のスーパーでの買い出し以外は、せいぜい近所を散歩するだけだから、鎌倉も駅周辺は、多少の人出があったのかも知れない。

近所を歩くと、あちこちに野草が咲いていて、北条氏常磐亭跡は新緑が美しい。


常磐亭跡は、鎌倉幕府第七代執権、北条政村の別荘があったところで、国指定史跡になっている。

北条政村は、幼少の北条時宗にかわって執権をつとめ、時宗が第八代執権となってからは、連署として時宗を支えた。

ちょうど二度にわたる元寇という国難のさなかに政権の中枢にあったわけだが、彼が時宗と酌み交わした酒は、どんな味がしたのだろうか。


人類の経済活動が止まってしまったものだから、ヴェネツィアの水路の水は澄みわたり、ヨーロッパでも中国でも大気汚染が改善されて、青空が広がっているそうだが、私たちは、人類がいなくなった世界の様子をコロナウイルスのパンデミックという亀裂から覗いているのかも知れない。



私の場合、連休はまったく休みではなく、「岩手日報」投稿欄の選評を書き、「共同通信」の詩の月評を書き、さらにCS放送の番組の構成を考えてナレーション原稿を仕上げ、大学の遠隔授業のための講義をタイプするといった具合に、連日、執筆に追われたが、それでも余裕はある。

こんな巣籠もりの暮らしが出来るのも、感染の危険があるなか、医療に従事して下さる方々、ライフラインを保持し、物流を維持してくれる方々、食品・日用品を売る店を開けて営業を続けてくれる方々がいるからなのを切に思う。

本当に感謝しかない。



首都圏では、自粛要請が5月末まで延期になった。

緊張が解ける日は、いつか来るのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 21:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月01日

新型コロナウイルス、パンデミックのさなかに



新型コロナウイルスで、世界は一変してしまった。


世界の感染者は300万、死者は20万を超え、いまだにピークアウトは見えない。

世界人口の50%を超える40億以上の人々が、外出禁止や自粛で家に籠っており、事実上、国境は封鎖され、グローバル経済は瀕死の状態にある。

今のところ、台湾や韓国はウイルスの封じ込めに成功し、経済活動がゆるやかに再開されつつあるが、初動が遅れに遅れた日本は、出口がまるで見えない。



生活も一変した。

鎌倉ではスーパーやコンビニ以外で営業しているのは新刊書店と一部の古本屋だけ。

日が暮れると、人の姿はなく、ゴーストタウンのようだ。


政府は、今やるべきコロナ対策をよそに、今やる必要のないコロナ終息後の経済政策ばかりを打ち出しているが、終息がいつになるのかは分からないし、かりに終息したとしても、そのときには外食しようにも店は潰れ、旅行しようにも宿がなくなっているかも知れない。

建物はそのままなのに、人の営みが絶えた世界が残されているとしたら。

恐ろしいヴィジョンだが、現実になりかねない。


コロナ終息は2022年までかかるというのがハーバード大学の予測だが、それさえも希望的観測かも知れない。

新型コロナウイルスは、いまだに未知のウイルスであり、罹患して運よく生き延び、抗体ができたとしても、その抗体が何年続くのかは分からない。

インフルエンザのように、抗体が半年ほどでなくなるとしたら、コロナも何度でも罹患することになる。

ワクチンの開発が進められ、中国やアメリカでは治験に入ったというニュースもあったが、ワクチン開発に成功する保証もない。


かりに、ある国で封じ込めに成功したとしても、海外との交流を再開したら、いつウイルスが持ち込まれるか分からず、感染が再発するたびに封鎖を繰り返すことになる。


資本主義が行き着いた新自由主義は、コロナウイルスのパンデミックによって終わりを迎えつつあるが、それは世界が大恐慌の入口に立っているということでもある。

すでに、いくつかの国は食糧の輸出を禁じたが、国連は来年の世界的な食糧危機を警告した。

今まで、人類が経験したことがないような未来が待っている。
posted by 城戸朱理 at 17:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月09日

原成吉『アメリカ現代詩入門』刊行記念トークへ

IMG_1172.JPGIMG_1161.JPG


2月23日は、「かまくら春秋」の創刊50周年記念号に寄せるエッセイを執筆。


「かまくら春秋」は伊藤玄二郎代表が、鎌倉文士の長老、里見クに「鎌倉には文士が大勢いるんだから、鎌倉で出版社を」と言われて始めた会社だが、文芸タウン誌「かまくら春秋」は、4月号で600号になるそうだ。


依頼は、「身辺雑記」。


こういう依頼がいちばん難しい。


ブラジルの「ノイガンドレス」のメンバーで、戦後、ブラジル大使館の文化公報官として東京に13年を暮らし、北園克衛や新国誠一を海外に紹介したL.C.ヴィニョーレスが、鎌倉の大仏をよく訪ねたと語っていたのを思い出し、メールを送ったら、当時の写真を添えた返信が。ヴィニョーレスは今年で87歳になるが、大仏を背にした写真には、青年の彼が写っていた。




24日は『アメリカ現代詩入門』刊行記念イベント、原成吉先生とのトークのため渋谷のBAG ONEへ。


原先生はホイットマン、パウンド、ボブ・ディランの短詩のハンドアウトを用意して、トークに臨まれた。


原先生がアメリカ詩の本質を縦横に語るかたわらで、私も先生の問いかけに答えたのだが、2時間では、まるで時間が足りない。


とりわけ、ロックに話が及んだときの原先生の脱線ぶりが最高だった。



原先生が指摘したように、「アメリカ」が民族を前提としない実験の国家であり、そこにこそ根差したアメリカ詩の生成を考えることはとくに重要だと思う。


会場には遠藤朋之氏を始めとして原先生のかつてのゼミ生が集い、盛況だったが、ヤリタミサコさんの顔も。


菊石朋さんも、このトークのために大阪から来てくれた。


菊石さんは、ロバート・ブライらとともにディープ・イマジストとして知られるミネソタの詩人、ジェームズ・ライトに関心があるのだとか。


バンビことパンクな彼女は「朋ちゃんが来てくれるよ!」と喜び、連絡を取って同じホテルを予約していたのだった。



トーク後の打ち上げは、台湾料理の麗郷で。


この日は半蔵門のホテル・モントレ泊まりとなった。
posted by 城戸朱理 at 16:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

新型コロナウィルス、パンデミックへ?!



新型コロナウィルス感染症、COVID-19は、南極大陸以外の全大陸に広がり、ヨーロッパや中東でも猛威を振るっている。


アメリカのCDC(疾病対策センター)はCOVID-19の世界的なパンデミックを警告するに至ったが、今や、日本も市中感染による感染拡大の段階に入った。


不要不急の外出は控えているが、打ち合わせや会議も、ことごとく延期になっているので、そもそも外出する必要がない。


早稲田大学のように、いち早く授業の開始を4月末まで延期した大学もあるが、すべてが止まったような錯覚を覚えることもある。


中国では新たな感染者が日本より少なくなった。

流行のピークを過ぎたようだが、日本とは比較にならない封鎖や移動禁止の成果がようやく出始めたわけだから、日本では、今後も感染が拡大していくことだろう。


コロナウィルスの感染予防に手洗いが励行された結果、インフルエンザの罹患者も例年の半分以下に抑えられているそうだが、感染拡大が収束しなければ、20世紀のスペイン風邪のパンデミックから大恐慌、第二次世界大戦という歴史を繰り返しかねないだけに、不安が募る。


SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)の流行は局地的なものだったし、7ヶ月から8ヶ月で収束したが、COVID-19は感染者の約8割が軽症もしくは無症状のため、感染はより拡大しやすい。

終息の時期が見えないことが、より閉塞感を募らせるが、COVID-19は、WHO(世界保健機構)が2018年に警告した、まだ知られていない病原体による、対策が存在しない伝染病「疾病X」となるのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 18:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月25日

春の気配と

IMG_1114.JPGIMG_1145.JPGIMG_1058.JPG



ここしばらく、長谷から由比ヶ浜に出て海辺を歩くことが多い。

長谷の収玄寺には、梅や椿が咲き乱れ、若宮大路では玉縄桜が満開になった。


鎌倉は、例年より、ひと足早い春の気配に包まれている。


季節の巡りまで、何かが来るってしまって、人間はさらに狂っていくのか。

花を見ても、不穏さが募っていくばかりだ。
posted by 城戸朱理 at 23:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

鎌倉でバレンタインデー

IMG_1077.JPG

IMG_1075.JPG

IMG_1072.JPG

IMG_1083.JPG

IMG_1084.JPG




2月14日、バレンタインデーに歌人の武田穂佳さんが鎌倉まで遊びに来てくれた。


その前日、穂佳さんとメールで連絡を取っていたバンビことパンクな彼女が、
「たいへんだよ!
穂佳ちゃんはバレンタインデーのプレゼントのお菓子を手作りしているよ!」
!!!!!!


われわれも穂佳さんにプレゼントするチョコレートを買いに行かねばということになり、散歩がてら出かけた。

バンビは鎌倉の老舗、イル・ド・ショコラで貝型のチョコのなかに、さまざまな魚型のチョコが入っているものを、私はオープンして間もないメゾン・ド・ルルでアールグレイ風味の生チョコを選んだ。

バレンタインデーのチョコレートを買うのは、生まれて初めてである。



そして、当日。

バンビが「チョコレートに添えるカードを書いてあげて!」と言い出したのだが、何を書けばいいのか分からない。

「Happy Valentine Day!」と、バレンタインのカードを書いたのだが、これも生まれて初めてである。


待ち合わせは、13時。

武田穂佳さんは思いっきりショートカットになっていたので、一瞬、気づかなかった。

それから、海を見るために、由比ヶ浜へ。

穂佳さんは裸足になって、海に入ったり、貝を拾ったり、夕方まで海辺で過ごしたのだが、この日は干潮で、砂浜がいつもの倍以上に広がっていた。


材木座のカフェで小憩し、プレゼント交換。

お菓子作りが得意な妹さんと一緒に作ったという手作りのチョコクッキーとチョコが入った豆乳のスコーンをもらった。
posted by 城戸朱理 at 15:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月12日

執筆、打ち合わせ、試写、MA

IMG_0953.JPGIMG_0958.JPGIMG_0956.JPGIMG_0973.JPGIMG_0983.JPG

2月5日は「毎日新聞」夕刊の「大岡信と戦後」に掲載された私のコメントを確認してから、「岩手日報」投稿欄「日報文芸」の選評を書き始めた。

翌日、「日報文芸」選評2回分を書き上げてメールし、入選作品を宅急便で手配してから、バンビことパンクな彼女と東京へ。

外に出てみると、今年いちばんの冷え込み。北海道では氷点下20℃を下回る最低気温を記録したところもあり、積雪も凄いらしい。

鎌倉は雪こそ降ってはいないが、風が冷たい。

だが、鎌倉は東京都心部より、いつも3℃ていどは暖かいので、東京はもっと寒いのだろうと思ったら、本当にそうだった。



この日は、立川ワシントンホテルに投宿し、「幻を見るひと」京都上映の打ち合わせをした。


7日は、11時前に井上春生監督と待ち合わせ。

井上監督は、吉増剛造さんがジョナス・メカスの記憶をニューヨークにたどるドキュメンタリー映画のロケから帰国したばかりである。

11時から、プロデューサーとディレクターを兼任するバンビがナレーション原稿を読みながら、和合亮一氏が石巻を訪ねる「故郷を生きる」の試写。

終了後、井上監督と昼食を取りながら、ニューヨーク・ロケの様子を聞いた。



2月8日は、ワシントンホテルをチェックアウトして、ホテル・モントレ半蔵門にチェックイン。

ホテル・モントレは一時期、よく利用したがホテルごとにコンセプトが違って、半蔵門は写真のようにモダンな雰囲気である。


13時から半蔵門ミュージアムで、建築家の栗生明先生と打ち合わせ。

栗生先生は伊勢神宮の式年遷宮記念せんぐう館、平等院の鳳翔館、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館などを手がけられてきたが、半蔵門ミュージアムも栗生先生の設計で、設計意図を語っていただく番組の企画・監修をすることになったのだ。

バンビが打ち合わせ内容を整理してから、翌日の「故郷を生きる」のMAの準備をする間、私は地下鉄で神保町古書店街へ。

パリのポンピドゥーセンターで開催された「ダダ、シュルレアリスム展」の英語版図録を求めた。



2月9日は、13時から渋谷のNITROで「故郷を生きる」のMA。

ナレーターは天使館の野口泉さんにお願いした。

NITROでは、NHKを始めとするさまざまな放送局や制作会社の方々が作業をされているが、誰もが疲れた顔をしている。

これが制作の現場かと思ったが、徹夜続きなのか、くたびれたうえにカジュアルな服の人ばかりで、私のようにスーツ姿だと異様に浮く。


13時からスタジオに入り、ディレクターのバンビがキューを出して、ナレーションを収録する過程で若干、言い回しを修整していく。



「抒情文芸」から詩の依頼があったのでお引き受けし、隙間の時間で、次の締切となるエッセイを執筆していたのだが、これは帰宅してから書き上げることになった。
posted by 城戸朱理 at 10:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月08日

鎌倉あるある???

IMG_0835.JPGIMG_0845.JPGIMG_0811.JPG



鎌倉では梅が咲き始めた。

寒気は厳しいが、氷点下になることはないし、今年は暖冬なのだろう。


鎌倉土産といえば、豊島屋の鳩サブレ。

最近では鎌倉駅東口の不二家で鎌倉店限定のペコちゃん焼きもあるが、鳩サブレをおびやかすほどではない。


若宮大路の本店とその向かいの洋菓子店には、鳩の顔出しパネルがあって、「いざ鎌倉」ではなくて「いま鎌倉」と書いてある。


顔を出したものの、バンビはちっちゃいので、マスクをしたままだと顔がほとんど隠れてしまうのだった。


たしかに鎌倉で暮らしていると、いつも「いま鎌倉」である。


こんなことを考えていても仕方がないので、原稿を書くことにした。
posted by 城戸朱理 at 10:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月07日

「みらいらん」吉岡実特集打ち合わせ



2月3日に「みらいらん」を刊行している洪水企画の池田康さんが、昨年の田村隆一特集に続く吉岡実特集打ち合わせのため、鎌倉まで来てくれた。

小町通りの居酒屋、舵屋で18時に待ち合わせ、再会を祝してビールで乾杯してから、私が提案した特集企画を池田さんと検討した。

対談やインタビュー、批評とエッセイで構成されることになるが、実現すれば、私が知るかぎりでは、2011年に刊行された「ウルトラ」第14号以来の吉岡実特集となるだけに楽しみだ。


打ち合わせのあとは、お造りの盛り合わせと活イカの活造り、あぶりとりレバーなどをもらって歓談。

ここのところ、打ち合わせが続いている。
posted by 城戸朱理 at 08:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月05日

鶴岡八幡宮にお詣り

IMG_0817.JPG

IMG_0819.JPG




1月30日は、まず締切が近い原稿を一本書き上げ、和合亮一氏をナビゲーターに迎え、石巻で撮影した「故郷を生きる」のナレーシュン原稿をチェックした。


それから、バンビことパンクな彼女と、あれこれの振り込みのため駅前の銀行へ。

この日の所用を終えて、天気が良かったので鶴岡八幡宮にお詣りすることにした。


境内を歩いているとき、ふと思い出したのが、ピエール・ロチ、そしてラフカディオ・ハーンの鎌倉への旅行記のこと。

明治も初めのころの鎌倉は、朽ちかけた寺社があるだけの寒村で、ロチは「わびしい田んぼの中の、朽ちかけた寺ーー供え物も拝む人もなく、ひっそりとそこに古い神々は住んでいる」と書いていた。


そういえば、ブラジルの前衛詩のグループ「ノイガンドレス」のメンバーであり、日本に17年暮らして、北園克衛や新国誠一を海外のコンクリート・ポエトリーの詩人たちに紹介したL.C.ヴィニョーレスも、その若き日に毎月のように鎌倉の大仏を訪れたと言っていたが、外人の目から見た鎌倉の変遷を追ってみたら、思いがけない古都の姿が浮かび上がるかも知れない。


鎌倉の大仏を詩に書いているイギリスの作家・詩人がいる。

ディズニーが映画化した「ジャングル・ブック」の作者でもあり、ノーベル文学賞を受賞しているラドヤード・キップリングがその人で、鎌倉からミャンマーの中心寺院たるシエラダゴンパゴダを臨む壮大な作品である。


ピエール・ロチにしろ、ラフカディオ・ハーン、そしてラドヤード・キップリングにしろ、それぞれの視点が違うので、浮かび上がる鎌倉の姿も、まるで違うものになっているのが興味深い。
posted by 城戸朱理 at 13:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月04日

「甕星」舞踏特集打ち合わせ

IMG_0802.JPGIMG_0785.JPG



1月28日は寒気が厳しい一日だったが、「甕星(みかぼし)」舞踏特集の打ち合わせのために、編集主幹の平井倫行、編集の菊井崇史両氏が鎌倉まで来てくれた。

午後2時に北鎌倉の侘助で待ち合わせたので、私は資料として土方巽の没後に刊行された「アスベスト館通信」全巻を持参。

小津安二郎邸の床材で作ったテーブル席で、特集の方向性や執筆陣について検討する。


大野慶人さんが亡くなられたので、追悼の原稿はぜひ入れなければならないが、今や伝説となった草創期のことだけに囚われずに、舞踏の現在に光を当てる特集にしたいという平井さん、菊井さんの想いに賛同する。

バンビことパンクな彼女も私以上に舞踏を見ては、ステージ写真も撮っているので、バンビの写真も舞踏手とダンサーの許可を得たら、掲載されることになるだろう。



打ち合わせを終えて、鎌倉のビストロ・オランジュに席を移す。

写真家の今道子さんが合流してくれた。

平井さんは「図書新聞」の連載「刺青の森」で今道子さんの個展について書いた批評の掲載を待っているところだったし、菊井さんは、今さんの作品も展示される足利美術館の企画に携わっており、今さんの制作について、いろいろお尋ねしていた。

ちなみに、四谷シモンさんの肖像を今さんが澁澤龍彦邸で撮影したとき、アシスタントをつとめたのは、バンビである。


ビストロ・オランジュでは、スパークリングワインで乾杯してから、前菜の盛り合わせに鶏レバーのムース、キッシュやフォアグラ入りオムレツに鴨もも肉のコンフィを頼んだのだが、この日は寒気が厳しかったためか、珍しく空いていて、貸切状態だった。
posted by 城戸朱理 at 12:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

銭洗弁天へ

IMG_0751.JPGIMG_0765.JPGIMG_0753.JPGIMG_0760.JPGIMG_0769.JPG



1月27日のこと、バンビことパンクな彼女が「今日は巳の日だから、銭洗弁天に行かなくちゃ!」と言うので、佐助にある銭洗弁天まで歩いた。


トンネルを抜けると、そこは境内で、雰囲気も一変する。

奥宮の銭洗井水でお金を洗うと、何倍にもなって返ってくるといわれ、いつもお金を洗う人が絶えない。

田村隆一さんも銭洗弁天の功徳(?)をエッセイに書かれているが、新婚当時の吉増剛造さんもマリリアさんと一緒に毎月、お詣りに来ていたのだとか。

清水が湧き、岩壁から小さな滝が落ちる境内は、京都の貴船神社にも似た冷涼たる気をたたえ、神域の気配が立ちこめる。


正しくは銭洗弁天宇賀福神社。

祭神は本宮が市杵島姫命で、奥宮が宇賀神(弁財天)。源頼朝が霊夢を見て宇賀神を祀ったのが始まりと伝えられている。


私もバンビも一万円札を洗ったが、鎌倉のお店では濡れたお札を当たり前のように受け取ってくれる。

バンビは木のお札をいただいていたが、京都は祇園のサンボアで、女将さんが毎年、銭洗弁天にお詣りしていたが、去年は行けなかったので気になっているとおっしゃっていたので、女将さんに送るのだという。


お詣りしたあとは、民芸を扱うもやい工藝を覗いてから、小町通りに出た。
posted by 城戸朱理 at 11:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月02日

新型コロナウィルスのアウトブレイクについて



あわや開戦かと思われたアメリカによるイランのガセム・ソレイマニ司令官の殺害、「私はレバノンにいる」と世界を驚かせたカルロス・ゴーン被告の逃亡劇、何やら物騒な年明けになったと思っていたら、武漢から広がった新型コロナウィルスによる肺炎に、ついにWHOが非常事態宣言を出すに至った。



2月1日の段階で、中国における死者は304人、感染者は1万4380人。

武漢から日本への帰国者565人のうち8人の感染が確認されたことから推して、武漢は人口1千百万の大都市だから感染者は最終的に10万人を超える可能性もある。


武漢と周辺都市の封鎖、海外渡航の制限など、思い切ったウィルスの封じ込めは、共産党一党独裁の中国ならではと感じ入るものがあるが、新型肺炎発生を受けての武漢市と湖北省政府の初動が甘かったことと、中国人にとって大移動の季節である春節が重なり、新型コロナウィルスが世界に拡散してしまったのは、不幸としか言いようがない。


ウィルスの毒性と感染力は反比例するので、これだけのアウトブレイクが起こったということは、新型コロナウィルスの毒性はそれほど強くはないはずだが、死者も少なくないので、不安が広がっていくのも仕方がない。

そのために、日本や韓国、あるいは東南アジアでは、中国人そのものを忌避、差別する風潮が高まり、欧米ではアジア人を差別するといった問題があらわになっているが、人類が戦うべきはウィルスであって、ウィルスに感染した人間ではないし、ましてや中国人ではないことを忘れてはならないだろう。


今は、この新型コロナウィルスがパンデミックにならないように、各国政府の対策に期待するしかないし、武漢、そして中国で、感染症が終息するのを祈るばかりである。


外出時のマスクと手洗いの重要性を識者が指摘しているが、とりわけ手洗いが感染症予防には効果が高いようだ。

そういえば、私の知人にも帰宅したら、手首まで含めた手洗いをするようになってから、20年以上、風邪をひいたことがないと言っていた人がいる。
posted by 城戸朱理 at 14:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月14日

祇園サンボアへ

IMG_0602.JPGIMG_0610.JPGIMG_0605.JPG



ごだん宮ざわの夕食を終えてから、タクシーで祇園サンボアに行った。



一昨年、2018年7月のこと。

映画「幻を見るひと」の公開がいつまでも決まらず、時間ばかりが取られて停滞感のなかで途方にくれていた時期に、番組撮影に立ち会うために訪れた京都で、祇園サンボアに寄ったとき、アメリカからのお客さまと女将さんの通訳をバンビことパンクな彼女が買って出た。

そのお礼だったのだろうか、バンビは女将さんから祇園祭の長刀鉾(なぎなたほこ)の厄除け粽(ちまき)をいただいたのである。

祇園祭の山鉾のうちでも、もっとも古く、山鉾巡行の先頭を飾る長刀鉾は疫病と邪悪を払い、運を開くとされているが、その厄除け粽である。


この粽をいただいてから、いきなり映画公開の話が急展開したものだから、バンビは女将さんにお礼を言いたかったらしい。



サンボアといえば、ハイボール発祥のバー。

なかでも祇園サンボアは作家、山口瞳が愛した店として知られている。


焼きサンドをつまみに、山崎のソーダ割りを飲んだのだが、なぜか今回も、常連と言えるほど通っているわけではないのに、バンビは顧客に配る干支の盃を女将さんからいただいていた。

女将さんはバンビの顔を見ると、何かあげたくなるのだろうか?

謎である。
posted by 城戸朱理 at 00:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月13日

京都散策と打ち合わせと

IMG_0455.JPGIMG_0452.JPG



消費税増税以来、食材と日用品以外は何も買わず、年末年始も澁澤龍彦邸の新年会のための買い出し以外はお金を使わなかったので、京都でのささやかな休日を計画したのだが、1月8日は吉増剛造さん出演の「幻を見るひと」京都上映のための打ち合わせがあった。

井上春生監督の母校である同志社大学の寒梅館ホールでの上映と連動する企画で、まだ時期は決まっていないが、必ず実現したいと思っている。


打ち合わせは夜だったので、日中は散策し、寺町の骨董屋を覗いたりして過ごす。

「京あめ クロッシェ」で飴とは思えぬ色とりどりの飴をお土産に買ったりした。
posted by 城戸朱理 at 12:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祇園にハードロックカフェ京都!?

IMG_0419.JPGIMG_0430.JPGIMG_0434.JPGIMG_0438.JPGIMG_0426.JPG



餃子の歩兵で軽く飲んだあと、祇園を散策していたらハードロックカフェ京都を発見した。

京都だけにハードロックカフェとは思えぬ和風の外観。


困ったことに、学生時代からバンドをやっていたバンビことパンクな彼女としては、入ってみないわけにはいかない。


やはり、京都だからか、日本酒を使ったカクテルがあった。

私は金柑と日本酒に生姜をアクセントにした「SHOGA」を、バンビはイチゴと日本酒に山椒を効かせた「SANSHO」を頼んでみたが、どちらも美味しい。

店内は、わりと空いており、アメリカ人の子供連れの家族がハンバーガーを食べていた。


ハードロックカフェだけに、さまざまなアーティストの関連グッズが展示されている。

フィル・コリンズのドラムスティック、マドンナがファーストアルバムのジャケットで身につけていたペンダントとイヤリング、プリンスがライブで使用したタンバリン、テイラー・スウィフトの衣装。

壮観である。

撮影可だったので、バンビは写真を撮りまくっていた。
posted by 城戸朱理 at 11:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月09日

旅に出た正月?



結局、お正月らしく昼から酒を呑んで過ごせたのは、1月3日だけだった。


4日は「岩手日報」投稿欄の入選作を絞り込み、翌日、2回分の選評を執筆してメール。

並行して韓国で翻訳される詩三篇を選び、データがないので、打ち込んでからプロフィールとともに送った。


カン・ヨンスクさんから、作品は既発表のもので構わないが、韓国で好まれそうな作品をというリクエストがあったのだが、そう言われても分かるはずはない。

朝鮮王朝時代、半島の人々は白い衣装を好み、「白衣の民族」と呼ばれた。

また、韓国の人たちは雪を好むこと日本人以上なので、雪をモティーフにした詩篇がいいかも知れないと思って、選んだのが次の三篇。


「漂鳥」(『幻の母』所収)「凍った空」(「現代詩手帖」2013年1月)、そして最新作として「国境」(「現代詩手帖」2020年1月)。


私の詩が韓国で紹介されるのは三度目になるが、どのように受け止められるか、楽しみだ。



バンビことパンクな彼女は、私よりあわただしく、4日には編集を手がけている単行本のゲラを受け取るために出社し、かたわらで別件の校正の仕事を進め、さらにプロデューサーとディレクターを兼任する「故郷を生きる」の仮編集をチェックしている。


なんとか、すべての仕事の目処が立ったのは、5日の深夜。

正月休みではなく、正月が旅に出て、どこかに行ってしまったような年明けである。



世間が仕事始めとなる6日に、ようやく、わが家の正月休みが始まった。
posted by 城戸朱理 at 10:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月05日

第三次世界大戦への道



1月3日、アメリカ軍はバグダッド国際空港を空爆、イラン革命防衛隊(IRGC)の精鋭を率いる国民的英雄、ガセム・ソレイマニ司令官を殺害するというテロに打って出た。

イランの最高指導者、ハメネイ師は、報復を宣言、イランのみならずインドのイスラム教徒も反アメリカのデモに参集したが、中国とロシアがイラク支持を表明し、欧米のネット上では「第三次世界大戦」が検索ワードのトップに上がっている。


日本も中東への自衛隊の派遣を閣議決定した以上、無縁ではありえない。

2010年代は、つねに北朝鮮が危機の火種となっていたわけだし、朝鮮半島がアメリカと中国という二大超大国の衝突する場になりかねなかったわけだが、それが解消されないまま、2020年代になったとたんに中東が発火しようとしているわけで、予断を許さぬ時代に突入したことを痛感せざるをえない。

アメリカでも戦争に反対する声が沸き上がっているが、人類史が愚行によって書かれていくことに、抗っていくしかないのだろう。
posted by 城戸朱理 at 18:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月04日

澁澤龍彦邸の新年会

IMG_0258.JPGIMG_0245.JPGIMG_0249.JPGIMG_0252.JPGIMG_0259.JPG



1月2日は、澁澤龍彦邸で新年会。

私とバンビことパンクな彼女は、使い慣れた調理道具と仕込んだ料理を持って、タクシーで澁澤邸へ。

3時過ぎに着いて、当日分の仕込みを始めた。



4時すぎからメンバーが三々五々集まり始め、新年を祝ってシャンパンで乾杯する。

かつては吉岡実や土方巽が集った澁澤邸での新年会は、今や伝説だが、四谷シモンさん、今道子さんに龍子さんの旧友が集い、総勢15人の宴会となった。


シャンパン持参の方が多く、ロゼから始まって5本のシャンパンを空けてから、赤ワインを。


龍子さんが用意してくれた奈良産の鴨、コンニャクステーキ、サラダに、バンビが持参した南三陸、志津川産タコがまずは並び、龍子さんが「シロガネーゼのマダムよ」と紹介してくれたマダム作のパテ・ド・カンパーニュとサラダ感覚のクスクスのテリーヌが並ぶ。

マダムはローストビーフも焼いてくれたが、これが香味野菜で蒸し焼きにしたもので、美しいロゼ色の焼き上がり、しかも香味野菜のチャツネとホースラディッシュが添えられ、赤ワインにこよなく合った。



私は前菜に赤ピーマンのムースとジャガイモのアンチョビクリーム煮を、主菜に豚バラ肉とプラムの赤ワイン煮を作って持参。

赤ワイン煮には、バンビのアイデアでレモン汁で煮たリンゴを添えた。


澁澤邸で調理したのは、グルジア(ジョージア)料理のシュクメルリ、これはニンニクを効かせた鶏肉のミルク煮なのだが、ブロッコリーとバゲットを加えてインスタ映えを狙い(?)、最後に大量のパルミジャーノ・レッジャーノをすり下ろしてスパゲッティ・カルボナーラを調理した。


龍子さんは、大船の寿司處もり山の太巻きも用意してくれていたし、おせち料理を持ってきてくれた方もいたので、酒も食べものも十二分にあり、グラスを片手に政治や文学の話が白熱する、なんとも居心地のよいパーティーである。


龍子さんが最初こそ「詩人の城戸さん。料理がお上手なのよ」と紹介してくれていたが、次第に「城戸さんの料理は美味しいのよ」と省略形になってしまったものだから、お客さまのひとりから「料理人ですか」と尋ねられたが、もちろん違う(笑)。



来客の多さにはしゃぎ回っていた龍子さんの愛犬もみじは、ローストビーフの端っこをもらって、ご機嫌で、最後は澁澤龍彦先生の書斎で、思いっきり脱力して寝てしまった。
posted by 城戸朱理 at 15:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月03日

令和2年元旦の誤算



元旦は、まず韓国に送る作品3篇を選び、さらに次なる詩論集の目次立てを検討した。

実にいいお正月である、と書きたいところだが、さにあらず、今年は料理から解放されるはずだったのに、およそ6時間にわたって仕込みをするはめになってしまったのである。以下、その経緯。



1月2日は澁澤龍彦邸で新年会がある。

四谷シモンさんや今道子さんを始めとして10人ほどのお客さまになると龍子さんから聞いていたので、私も料理を何品か作るお約束をした。

ここまではよかったのだ。ところがーー



バンビことパンクな彼女が「龍子さんからお電話だよ!
お客さまが15人に増えたんだって!
龍子さんがパニくってるよ!」
!!!!!!


「城戸さんに多めに料理を作って欲しいみたいだよ!」
・・・・・・



これは、ふだんから厨房に立っている人なら分かるだろうが、家庭の調理道具で作れる料理は8人分が限界で、それ以上になったらバーベキューにするしかない。

かりに1kgの肉をローストしても、15人いたら、ひとり当たり60g強でなくなってしまうし、そもそも15人分を調理できるような大鍋が家庭にあるはずがない。

そんな鍋があるとしたら、相撲部屋である。


とにかく、嵩が出るメニューを考え、バンビはバイクで大量の食材を買い出しに行き、私は赤ピーマンのムースの仕込みに入った。

赤ピーマンのムースは、パリで30年以上、ミシュラン三ツ星を誇るランブロワジーのオーナーシェフであり、「孤児院育ちの天才料理人」ベルナール・パコーのスペシャリテ。

本来なら15人のパーティーに作るものではないのだが、これは龍子さんの大のお気に入りだけに作らないわけにはいかない。


豚バラ肉の塊、3本に下味をつけ、小麦粉をまぶして焼き色をつけてから、赤ワインで煮込み、ジャガイモをアンチョビとクリームで煮込み、バンビと手分けしながら仕込みをしたのだが、終わるころには、ふたりとも背中と腰が張って、よたよたする始末。


元旦から、こんなことになるとは思わなかったが、ついでに自宅用に牛すね肉の赤ワイン煮を作ったりしたのが祟ったのだろうか。

こうして、令和2年が始まった。
posted by 城戸朱理 at 00:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする