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城戸朱理のブログ: 日記

2017年04月16日

鞍馬寺吟行

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4月9日(日)。

高柳克弘さん、神野紗希さんの撮影は、鞍馬寺から始まった。

仁王門前の阿吽の虎を、まずは神野さんが撮影。

虎は、鞍馬寺の本尊、毘沙門天の使いである。


鞍馬寺といえば、牛若丸(源義経)が修行したところとして名高いが、不思議な寺である。

日本仏教は、13宗56派を数えるが、かつては天台宗に属していた鞍馬寺は、独立して、鞍馬弘教の総本山。

山上の本殿金堂には、毘沙門天、千手観音、護法魔王尊が祀られ、この三尊を一体とみなして「尊天」と呼び、本尊とする。

護法魔王尊は、鞍馬寺固有の尊格ではないだろうか。

ケーブルカーで中腹まで行ってから、長い登りが続いたが、古代には修験の山であったに違いない。

そこから、天狗の伝承も生まれたのだろう。

句材を探して、高柳さん、神野さんは、あちこちで立ち止まり、メモを取ったりしていた。
posted by 城戸朱理 at 08:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月14日

水原紫苑さんのノート

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桜の季節の京都を舞台に、水原紫苑さんが歌を詠むドキュメンタリー「H(アッシュ)」は、今年で3本目になる。

水原さんは、毎回、新しいノートを用意して吟行に臨むが、今回は着物によく映える桜色のノートだった。

ロケの2日間に生まれた短歌は、なんと50首近い。

これから取捨選択して、推敲もされるわけだから、最終的には30首ほどになるのかも知れないが、短歌を書き始める、まさにその瞬間、水原さんは中空を見つめ静止する。

それから、おもむろに筆を取り、短歌を書き始めるのだが、その姿は、憑代(よりしろ)のようでもある。


磐座(いわくら)や神籬(ひもろぎ)に降り立ちながらも、すぐさま世界の背後に退く神が、水原さんの身体を借りて残したものが、水原紫苑の短歌なのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 12:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大原、三千院

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京都、北東山の大原にある三千院は、青蓮院、妙法院と並ぶ天台宗の三門跡寺院。

門跡とは皇族や公家が住職をつとめた寺院で、その住職や寺格も指す。

開基は伝教大師・最澄、本尊は薬師如来。


水原紫苑さんは、お母様が亡くなられる前に、三千院の極楽往生院の阿弥陀三尊像を、桜が散るころに訪れ、お堂のなかに散り敷く桜の花びらを見て、母の死の予兆としか思えない歌を詠んだことがあるそうだ。


三千院では、まずお抹茶をいただきながら、庭を見る水原さんを撮影し、さらに極楽往生院で作歌する水原さん、さらにインタビューを撮影した。


思い出深い場所に立って、水原さんが詠んだ歌は、透明でありながら、異界に誘われるかのような怖さもあって、私は、ひどく遠いところに来てしまったように思った。

それは、この世に生をうけたならば、必ずや、いつか至る場所でもあるのだが。
posted by 城戸朱理 at 12:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

留守番犬???

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鴨川べりで撮影したあとは、大原の三千院に向かった。

この日は、カメラ2台、カメラマン2人の2カメ。

井上監督とカメラの安田さん、おおしまさんがロケハンする間、水原紫苑さんには駐車場で待機してもらった。

三千院の駐車場にいたのが、留守番の芝犬。

愛犬家の水原紫苑さんが喜んでいたが、張り紙が、あまりに面白かった。
posted by 城戸朱理 at 07:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

目立ちすぎる男

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この日の井上春生監督の出で立ちは、フランスのル・マンで買った赤のブルゾンと台湾ロケのときに買ったフランスはパラディウムの赤のスニーカー。

日本人離れした風貌と相まって、とにかく目立つ。


「監督、日本人に見えないなあ」と水原紫苑さんは笑う。

たしかに、イタリア人と言っても通りそうだ。


バンビことパンクな彼女は「このチームは男のほうが派手で目立つね!」と面白がっている。


私は、ごく当たり前にネイビーのジャケットだったのだが、イエローのビタミンカラーのトレンチコートを羽織っていたからだ。

アルマーニのものだが、光沢のあるナイロンだから、余計に目立つ。


ロケのときは、井上監督とカメラの安田さん、制作の赤塚さんがトランシーバーで連絡を取りながら進めるのだが、誰がどこにいるか、ひと目で分かるように目立つ格好のほうが、便利だったりする。
posted by 城戸朱理 at 07:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

満開の桜の下で

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撮影は、いつも朝早くから始まる。

とくに女性が出演者の場合は、ヘアメイクに一時間はかかるし、水原紫苑さんの場合は、着物だから、着付けの先生に出張してもらって、メイクのあとに着付けをしてもらうため、出版の2時間前から、準備をしなければならないからだ。


4月8日(土)に、準備が整って、最初に向かったのは、鴨川べり。

桜は満開だった。


この日の水原さんは、結城紬。

帯は昨日と同じ龍村美術織物のものだが、まったく違って見える。

傘は、宮内庁御用達の前原光榮商店のものだが、これは一昨年のロケのとき、雨に備えて井上春生監督が選んで、水原さんに贈ったもので、着物によく合っている。


ここでも、次々と短歌が生まれた。

「戀」という言葉が、たびたび詠み込まれているのが特徴で、それは現身(うつしみ)の恋であることを超えて、現世と幽世(かくりょ)を結ぶものであるようにも思われた。


それは、今までの水原さんの短歌にはなかった、新しいフェーズを示すものではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 06:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月13日

水原紫苑さんと「ごだん宮ざわ」へ、その3

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続いて、古染付に盛られた氷魚(鮎の稚魚)の大根おろし和え。

氷魚は琵琶湖産だろうが、これも春の味覚である。


さらに、みんなが唸ったのが、新ワカメとフキの小鍋立て。

叩いたホタルイカの旨みと溶け合った出汁に、ふわふわとはかなげなまでに柔らかい新カワメが泳ぐ。


最後は土鍋で炊き上げた御飯だが、水原紫苑さんが好きなカラスミをひと切れ追加してもらった。

この御飯も本当に美味しいのだが、すでに満腹なので、あまり食べられないのが悩ましい。

と思ったら、いつの間にか井上春生監督が5膳もおかわりしていた――

もっとも、井上監督は以前、8膳食べたことがある。


水菓子は、佐用姫みかんと佐賀ほのか、ともに佐賀県の名産。

ルネ・ラリックのクリスタルに盛られた水菓子は、美しい。

皮を炭火で焙った桜最中は、尾形乾山の土器皿で。


抹茶は、替え茶碗で出されるが、私には古唐津の皮鯨小服が出た。


翌日になっても、水原さんと井上監督が、美味しさを反芻していたが、こうして、ロケ初日の夕食は終わったのだった。
posted by 城戸朱理 at 10:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

流響院の庭をめぐって

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昼食のあとは、水原紫苑さんに流響院の庭を歩いてもらい、歌を詠んでもらう。

流響院の池泉回遊式庭園には花が少ないが、花曇りのなか、水原さん自身が花のようにも見える。


驚いたのは、庭の裏手に桜を見つけたとき。

まだ二、三分の開花だったが、歓声を挙げて水原さんが走っていった。

水原さん、走れたんだ!?


結局、2時間ほどのロケの間に生まれた歌は、21首。

ほとんど、5分に1首のペースである。


今回の水原さんの歌は、これまでと何かが決定的に違う気がしたが、それが何かは、翌日、明らかになった。
posted by 城戸朱理 at 09:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

水原紫苑さん、流響院へ

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京都に向かう新幹線の車中で、「俳句」に寄稿した関悦司『花咲く機械状独身者たちの活き造り』書評のゲラをチェックし、
さらに「岩手日報」投稿欄の選評2回分を書き上げ、翌朝、若干、推敲してメール。

ほかにも持ってきた仕事はあるが、4月7日(金)から、撮影が始まった。

水原紫苑さんは、緑に映える着物姿で、昼前に真澄寺別院・流響院に到着。


井上春生監督らクルーは、9時から、すでに庭の撮影に入っていた。

昼食を取ってから、本格的な撮影となったのだが、水原さんは今回も凄かった。

次々と短歌が生まれていく。
posted by 城戸朱理 at 08:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月11日

京都、糸屋ホテル

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京都に到着して、烏丸松原の糸屋ホテルにチェックイン、まずは荷物を解いて、明日からのロケに備える。

着替えを始めとする荷物は出来るだけ少なめにしたが、7泊8日の予定だけに、それなりの量になるのは仕方がない。


糸屋ホテルは、この数年、京都の常宿になっているので、備品も分かっているし、スタッフも親切で、快適に過ごすことかできる。


お風呂とトイレと洗面所が別になっているのが特徴で、お風呂はバスタブと洗い場が別になっているため、きわめて使い勝手がいい。


吉増剛造さんは、糸屋ホテルだとデスクが広いので、仕事ができるとおっしゃっていたっけ。

番組の企画・監修者という私の立場だと、寝に帰るだけになってしまうのだが。
posted by 城戸朱理 at 09:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

鎌倉の桜

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気づくと、鎌倉は道端にも、あれこれ、花が咲いていた。

桜は、今週末が見頃になるようだ。


例年なら、ソメイヨシノが散るころ、山桜が満開となり、その後で紅が強いエドヒガンザクラが開くのだが、今年は、ソメイヨシノより先に山桜が開花した。

この時季になると、鎌倉の山々は、あちこちが桜の花で白くけぶるようになる。
posted by 城戸朱理 at 11:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月04日

澁澤龍彦邸でのパーティー、その3

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澁澤邸は、澁澤龍彦先生のコレクションが至るところに飾られている。

それは、まるで澁澤龍彦という文学者の思考が、外在化したようでもあり、心地よい緊張がある。


ミニマリストとは真逆のありようだが、それが、いかにも澁澤龍彦にふさわしい。


シャンパンやワイン、8本が空き、最後は新保夫妻が持ってきてくれたイチゴを。

新保智子さんが、イチゴをアカシアの蜂蜜で和えてくれた。

龍子さんが、日本酒も出してくれたので、私は、小山冨士夫さんのぐい呑みをリクエスト。

以前は、小山さんから贈られたという古唐津の盃を使わせてもらったことがあるが、今回は、小山さん自作の色絵盃である。


澁澤龍彦先生はウィスキー派だったそうだが、龍子さんはワイン派。

それでも、必ず、ビールと日本酒も用意して下さっているのが、嬉しい。
posted by 城戸朱理 at 14:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

澁澤龍彦邸でのパーティー、その2

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澁澤龍子さんが乾杯のために出して下さったのは、モエ・エ・シャンドン。

新保智子さんは、シャンパンで乾杯すると、幸せな気分になるとおっしゃっていたが、まったく同感である。


そして、龍子さんの手料理が並ぶ。

タコのマリネ、鶏肉のゼリー寄せ、海苔で覆われているのが、マグロとアボカドのマリネ。

山菜のうるいと浅蜊のむき身のヌタ。

写真は撮り忘れたが、つくしもあった。

澁澤邸でのパーティーも恒例になっているので、龍子さんのつくし料理をいただくと、春になったのだなと思う。


龍子さんの手料理のあとは、私の担当である。

まずは、ミスティカンツァにホタルイカと空豆のオリーブオイル炒めを出し、続いてコッコ・バン(鶏の赤ワイン煮)。

ミスティカンツァは智子さんに好評で、コッコ・バンは、酒井忠康さんが「感動的な味だ」とおっしゃって下さった。


メンバーがメンバーだけに、美術から音楽、そして文学と話題は尽きない。

笑い声が絶えないパーティーになった。


コッコ・バンのあとは、パルミジャーノ・レッジャーノを大量にすり下ろしてスパゲッティ・カルボナーラを作り、さらに和牛ミスジ肉のステーキを焼く。

ステーキには自宅で作ってきた赤ワインソースを添えた。
posted by 城戸朱理 at 09:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

澁澤龍彦邸でのパーティー、その1

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澁澤龍子さんから、春のホームパーティーのお誘いがあったのは、ひと月ほど前のこと。

今回は、政治学者の御厨貴夫妻をお招きして、文芸評論家の新保祐司夫妻が集うということだったので、バンビことパンクな彼女が龍子さんと相談して、4月1日に決まった。

ところが、御厨先生が急なお仕事で都合がつかなくなったため、前夜に龍子さんと手分けして、別の方に声をかけてみることになり、私はフェリスの島村輝教授をお誘いした。

幸いにも島村先生が参加してくれることになったので、北鎌倉の侘助で待ち合わせて、澁澤邸に向かう。


山を背負った澁澤邸は、いつもと変わらず、澁澤龍彦先生がいらしたときのまま。


龍子さんが、お誘いしたのは英文学者の富士川義之さんと世田谷美術館館長の酒井忠康さん。

新保祐司さんと智子さんが4時すぎに到着し、総勢8人のパーティーが始まった。
posted by 城戸朱理 at 09:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月03日

かまくら春秋社、花見の宴へ

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4月1日は、冬としか思えぬ寒さ、鎌倉では最高気温が10℃を切った。

この日は、かまくら春秋社の花見の会があったので、澁澤龍彦邸のホームパーティーの前に寄らせてもらったのだが、ムートンコートを羽織ったほどである。

冬用のウールコートは、もうクリーニングに出してしまったが、ムートンだけ収納していなかったのは、幸いだった。


花見の宴の会場は、大仏で知られる高徳院の迎賓館。

タクシーを降りて、歩いていたら、「城戸さん!」と声をかけられ、振り向いてみたら、藤沢周氏だった。


会場には、若竹煮、鎌倉野菜、しらすや唐揚げ、おでんからいなり寿司まで、かまくら春秋の社員の手料理が並び、満席の盛況ぶり。


毎年、この花見の宴の日は、桜がまだ咲いていないのが恒例となっている(?)。

アトラクションは、かまくら春秋の伊藤玄二郎代表が脚本を手がけた竹山道雄『ビルマの竪琴』の朗読劇だった。

田中あつ子(朗読と歌)、高野久美子(歌)、倉本洋子(ピアノ)と、プロの音楽家によるアトラクションだったので、聞き応えがある。


花見の宴では、毎年、茶席もあって、抹茶もいただけるが、お軸が誰のものか分からない。

歌人の尾崎左永子先生と藤沢さんがネットで検索をかけたのだが、やはり不明。

写真は、お軸を眺める藤沢さん、文学館畑の重鎮、倉和男さんにバンビことパンクな彼女である。

結局、後で、このお軸は、足利尊氏の書状であることが分かり、しばし、室町時代に思いを馳せた。
posted by 城戸朱理 at 14:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

菊石朋さん、鎌倉へ

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『耳の生存』(七月堂)を上梓したばかりの菊石朋さんが、鎌倉に来てくれた。

高岡修さんに呼ばれて、鹿児島で現代詩のセミナーの講師をしたとき、わざわざ大阪から参加して下さり、4年前にも鎌倉に来てくれたが、今回は版元の七月堂に挨拶するたもかめ上京されるというので、バンビことパンクな彼女と出版祝いをするべく、お誘いしたのだ。

藤沢周氏も参加してくれたのは、何よりだった。


鎌倉駅改札で待ち合わせて、クルベル・キャンへ。

菊石さんは、お酒を飲まないので、ノンアルコール・カクテルで乾杯。

料理は、真鯛のカルパッチョ、マッシュルームの石窯グリル、トマトと赤玉ねぎのサラダから始めた。

菊石さんは、お肉も食べないが、クルベル・キャンは、肉以外のメニューも充実しているので困らない。

遅れてバンビが合流し、藤沢さんは、ひと足先に帰宅。


ピザはスモークサーモンを使ったサルモーネ、パスタはカルボナーラ。

ドルチェも頼み、菊石さんとあれこれ話した。


最後は、菊石さんとバンビで記念撮影。
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2017年03月31日

鎌倉文学館の専門委員会へ

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3月29日(水)は、鎌倉文学館の専門委員会が招集された。


司会は秋林哲也さん。

専門委員は、山本道子、高橋源一郎、藤沢周氏に私で、小田島一弘副館長が事業報告、山田雅子学芸員が補足する形で進行。

遅れて、富岡幸一郎館長が到着した。


昨年は、開館日数が303日で、総観覧者数は、11万2066人と、天候に恵まれたせいもあって、過去最高を記録したという。


次の特別展は、生誕150周年を迎えた夏目漱石展。

漱石といえば手紙の名手として知られ、全集に収録されているだけでも2500通を超える。

そんな漱石の手紙を中心にした「漱石からの手紙 漱石への手紙」展(4月22日〜7月9日)。

これは、楽しみだ。


専門委員会が終わってから、藤沢さんと鎌倉駅まで歩く。

藤沢さんは、先月、北鎌倉の高野から鎌倉に引越したばかり。

長男の卓くんも、早稲田の政経学部の3年になり、生活をダウンサイジングすべく引越したそうだが、なんと荷物の4分の3を処分したそうだ。

見習いたいものである。


ただし、引越し前の準備に3週間、引越してから荷物を解いて片付けるのに3週間かかったというから、ひと月以上、落ち着かないわけで、やはり引越しは大変である。

とりわけ、物書きの場合は、本の量が尋常ではない。

「本って重いじゃない」と藤沢さん。

まったく。


鎌倉駅の駅ビルがリニューアル・オープンしたので、2階の風凛で藤沢さんのビール。

当ては、三崎のマグロ・ステーキと鎌倉野菜の天ぷらである。


風凛は、三崎の鮮魚と鎌倉野菜が売りの居酒屋だが、以前は、隣でカウンターだけの天丼の店もやっていた。

生牡蠣で白ワインを飲み、天丼で食事をするのは、バンビことパンクな彼女のお気に入りだったが、その天丼スペースが復活したのが嬉しい。


藤沢さんの剣道小説『武曲(むこく)』が、綾野剛主演で映画化、6月に公開されるが、藤沢さんは続篇も執筆中で、これも楽しみだ。


17時過ぎに、大阪の菊石朋さんと改札と待ち合わせていたので、1時間ほど、藤沢さんと語り合った。
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2017年03月27日

愉快すぎる披露宴

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八雲神社での結婚式もつつがなく終わり、披露宴は、八雲神社隣の大町会館で15時半から。

大町会館は、昭和を感じさせるレトロなところだが、手作り感満載の披露宴も、まるで戦前の披露宴のようで、逆に新鮮だった。

久保田潤さんと山本理央さんの友人、50名ほどが集ったのだが、新郎新婦の交友の広さがうかがえる。


山本餃子関係の友人や、ヒグラシ文庫関係の友人といったように席が分けられ、まずは鏡割り。

乾杯の音頭は、私が取らせていただいた。


テーブルには理央ちゃんが長年、コレクションしてきたアフリカの布が敷かれ、久保田さんによる鶴の絵があしらわれたランチョンマット、友人によるフラワーアレンジメント、やはり友人の料理研究家によるお弁当と、すべてが手作り。


お弁当は、潮鮭、南瓜・ふき・高野豆腐の煮物、椎茸の詰めもの、菜の花のからし和え・人参と糸こんにゃくの胡麻和え・鶏胸肉の山椒焼き・豚ヒレ肉のさくら葉蒸し・ズッキーニのジョンに美しく染めた酢蓮ていった酒を呼ぶ取肴を吹き寄せにし、御飯はちらし寿司と春らしいしつらえで、料亭なみの美味しさ。

お酒は飲み放題で、バンビことパンクな彼女によると「みんなガンガン飲んでたよ!」という宴会だったが、理央ちゃんも日本酒をすいすい飲んでいたので、それでいいのである。


傑作だったのは、景品目当てのゲーム大会で、司会の矢崎敏美さんが抜群に面白い。

私など、笑いすぎて、涙が出てきたほどだった。


「横浜の吟遊詩人」スーマーさんがギターを抱えて、歌ってくれたが、最後は理央ちゃんのリクエストで「人生いきあたりばったり」。

人気のテレビドラマ「深夜食堂」のシーズン1・第2話「猫まんま」で使われた曲だが、スーマーさんのオリジナルである。


サプライズで仕込まれたのが、理央ちゃんのお母さんからの手紙。

理央ちゃんが涙ぐむのは分かるが、なぜか、ヒグラシ文庫の中原蒼二さんまで涙ぐんでいたものだから、会場は爆笑の渦。


久保田さん、理央ちゃんはやる気がなかったウェディング・ケーキも勝手に用意されていて、本人たちの意向を無視した、この勝手さ加減がまた、いい(笑)。


最後に久保田さんの挨拶があったのだが、久保田さんが「僕と理央は」と言うたびに、客席は異様に盛り上がり、「もう一回!」と騒ぎ出す。


あまりにも愉快な披露宴で、翌日まで笑いが止まらなかった。
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八雲神社で結婚式

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3月25日(土)は、久保田潤さんと山本理央さんの結婚式があった。

場所は、大町の八雲神社。

八雲神社は、平安時代後期、後三年の役を兄・八幡太郎源義家とともに戦った新羅三郎源義光の勧請と伝えられ、下って、戦国時代には小田原の北条氏直、さらには徳川家康の保護を受けた。

平安時代から続く神社ということになるが、神主さんは通いで、なんと結婚式をとり行うのは、今回が初めてなのだとか。

鎌倉の神社で挙式するのなら、鶴岡八幡宮を選ぶのが当たり前だから、それも納得できないこともない。

久保田さんと理央ちゃんらしい選択だと思った。


結婚式は親族のみだが、バンビことパンクな彼女が理央ちゃんから写真撮影を頼まれたので、様子を見ることが出来たのは、とても良かったと思う。


久保田さんは外資系の広告代理店でCMディレクターをされていたが、画業に専念するために退職、理央ちゃんは脱サラして山本餃子を開店、ふたりともサーフィンが趣味で、音楽が好きというところも共通している。

久保田さんも、理央ちゃんも和服が実に似合っていた。
posted by 城戸朱理 at 10:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月18日

死者を見送って

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2010年の暮れに受け取った岩手日報学芸部長・一戸彦太郎さんの急逝の知らせは、ショックだったが、翌年3月には、東日本大震災が起こり、2万を超える方が犠牲となった。

南相馬で入院中だった父方の伯母は、ヘリコプターで搬送された病院で亡くなり、さらに原発事故で双葉町から福島市に避難した母方の伯父が亡くなった。

翌年には、友人の日本画家・瓜南直子さんが病で急逝、さらに父が倒れ、入退院を繰り返して亡くなった。

2年前には、母も逝き、去年は、母方のもうひとりの伯父も亡くなった。


何やら、死者を数える日々が続いているような気さえするが、両親が暮らした家を訪ねても、かなしい気持ちにしかならなかった。

鍵を持っていないので、中には入れなかったが、この家で、25歳の私は、第一詩集『召喚』のゲラに手を入れ、「三ツ石伝承」(『戦後詩を滅ぼすために』所収)を書いたのだった。

それから、30余年を経て、家も記憶のなかに沈みこんでいるかのようだ。
posted by 城戸朱理 at 11:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする